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名古屋地方裁判所 昭和36年(ワ)856号 判決 1962年9月14日

原告(反訴被告) 株式会社大垣共立銀行

右代表者代表取締役 土屋義雄

右訴訟代理人弁護士 島田新平

被告(反訴原告) 錦観光自動車株式会社

右代表者代表取締役 中山錦二

右訴訟代理人弁護士 岡田介一

主文

原告の本訴請求および被告の反訴請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用中本訴について生じた分は原告の、反訴について生じた分は被告の各負担とする。

事実

≪省略≫

理由

先ず被告の本訴の本案前の主張について判断する。

原告の本訴請求は破産宣告を受けた被告自身が破産法上許されていない破産者の帳簿書類の閲覧権に名を藉りかつ、破産者が破産管財人に代位して訴訟を提起することは破産法上明らかに許されぬことであるのにあえて原告に対し仮処分の申請とこれが本案訴訟を提起したことを原因として、これがために蒙つた損害の賠償を被告に対して求めるものであることは原告の主張自体によつて明らかである。ところで法人に不法行為能力のあることはいうまでもなく、右仮処分の申請とその本案訴訟の提起も共に株式会社である被告の代表取締役中山錦二が被告の代表機関としてなしたものであり、かつ、破産者である被告にもその帳簿書類の閲覧権ありとの見解のもとに、該権利の行使の手段としてなされたものであることが弁論の全趣旨によつて窺えるのであるから中山錦二の右所為は民法第四十四条にいわゆるその職務を行うためになされたものと解すべく、右所為によつて原告に対し不法に損害を加えた場合にはたとえ被告が現在破産者であるとしても右損害を賠償すべき義務あることは当然である。しかしていわゆる破産債権は破産宣告前の原因によつて発生した請求権のみであつて、その後の原因によつて発生した本件のごとき損害賠償請求権は破産手続外において破産者に対して行使し得ることはいうまでもない。

よつて原告が被告の代表取締役を代表者として被告に対して提起した本訴は不適法でありまた破産法人には不法行為能力がないとの被告の主張はいずれも理由がない。

よつてすすんで本訴の本案について判断を加える。

被告が原告主張の日に名古屋地方裁判所において破産の宣告を受け、同時に訴外亀井正男弁護士がその破産管財人に選任され、爾来現在に至るまで破産財団の管理換価の事務を掌理中であること、被告が原告主張の日に破産者である被告にもその帳簿書類の閲覧権ありとして、これに基いて破産管財人に代位して破産管財人よりその保管を委託されていた原告に対しこれが引渡請求の訴を名古屋地方裁判所に提起する一方、原告主張の各日に同庁においてその主張のごとき内容の仮処分決定およびこれが更正決定を受け、被告の代表取締役中山錦二が代理人弁護士訴外岡田介一ほか二、三名を帯同して原告の名古屋支店に再度に亘つて赴き右仮処分決定に基き右帳簿書類の閲覧を求めたことおよびそのため原告は訴外島田新平に委任して叙上の訴訟に対処せしめた結果、本案についての叙上の訴は被告にかかる代位権なしとの理由にて原告主張の日に却下され、被告において名古屋高等裁判所に控訴したが原告主張の日に右控訴も棄却となつて該判決が確定したことは当事者間に争がない。ところで原告は被告のなした叙上仮処分の申請と訴の提起は、破産法上許されていないこと明らかな破産者の帳簿書類の閲覧権と債権者代位権をあえてこれありとしてなされた不法行為である旨主張しているのであるが、破産法上破産者にその帳簿書類の閲覧を直接禁止した規定は存在していないばかりでなく、かえつて破産法第百九十七条、第百九十九条、第二百条には破産管財人が同第百九十七条に掲げる行為をなす場合には遅滞の虞ある場合を除くほかは破産者の意見をきくことを要すると共に、破産管財人のなした右行為について破産者はこれが中止の申立権を有する旨の定めがなされており、同法第二百三十二条、第二百四十条には破産者は債権調査の期日に出頭して意見を述べることを要すると共に届出債権に対し異議を述べることができる旨の定めがなされているほか破産者は何時にても強制和議の提供(同法第二百九十条)および破産廃止の申立(同法第三百四十七条)をすることが許されているのであるから叙上の諸権限を適正迅速に行使するためにはむしろその帳簿書類の閲覧を必要とするのであつて、現に叙上の仮処分決定をなした裁判所においてもその閲覧権あることを前提として前叙内容の仮処分決定をなしていることを考え併せると右仮処分決定の当否は別として、他に特別の事情につき何ら主張のない本件においては、被告においてかかる権利なきことを知りながら故意にその権利ありとして叙上のごとき仮処分の申請と帳簿書類の引渡を求める訴の提起をしたものということのできないのは勿論、これに過失があつたということも妥当でない。

また破産者に債権代位権ありとして被告から原告に対して提起された右本案の訴が、破産者において破産管財人に代位してなされた破産財団に関する訴であると解される以上破産者がかかる訴の原告となり得ないことは破産法第百六十二条の規定するところによつて明らかであり、成立に争のない甲第四号証および同第六号証の各記載によると名古屋地方裁判所の前叙第一審判決も同高等裁判所の控訴判決の各理由も右見解と同一であることが認められるのであるが、被告において帳簿書類の閲覧権ありとの見解をもつことがその当時において必ずしも不当でなかつたことは前認定のごとくであり、弁論の全趣旨によると破産管財人から帳簿書類の保管を委託されている原告がその閲覧を拒否し、破産管財人においてもこれを被告に閲覧させるための積極的行動をする意思のないことが窺われるような特別な事情にある場合には、破産者たる被告においてこれが閲覧を求める手段として前叙のごとき訴も許されるべきものと考えることは、必ずしも不法のものということはできないものというべきである。したがつてこの点についても被告の右本案の訴提起が不法行為であるということはできない。

よつて原告の被告に対する本訴請求は他の判断をまつまでもなく失当である。

次に被告の原告に対する反訴請求について審究する。

被告の原告に対する反訴請求は、要するに被告が原告に対する前叙内容の仮処分決定に基いて三度に亘つて原告の名古屋支店に赴き帳簿書類の閲覧を求めたのに拘らず原告において不法にこれを拒否したとの理由で、そのために被告の蒙つた損害の賠償を原告に対して求めるものであるが、右仮処分の本案訴訟である破産管財人を代位しての帳簿書類引渡請求の訴は前述のごとくその後被告敗訴の判決が確定し、かつ成立に争のない甲第五号証の記載と証人村田俊太郎の証言を綜合するとその後被告から破産管財人に対して提起された帳簿等閲覧謄写請求の訴につき、原告は右破産管財人の補助参加人となつて抗争した結果、破産者たる被告には帳簿書類の閲覧権なしとの理由で請求棄却の判決があり、被告の右敗訴の判決はその後確定したことが認められるのである。そうだとすれば被告は破産管財人に対しては勿論、原告に対してももはや帳簿書類の閲覧権あることを主張し得ない立場にあるのであるから、たとえ叙上仮処分決定の執行当時右仮処分決定が有効に存在していたとしても、本来閲覧権を有しなかつた被告が原告に対し現在において閲覧権拒否による損害の賠償を求めることは条理上許されないものと解するのが妥当であると考える。なお、成立に争のない甲第八号証の記載と弁論の全趣旨を綜すると被告が原告に対し閲覧を求めるため原告の名古屋支店に赴いたのは二回であり、当初原告が被告の閲覧を拒否したのは前述のように仮処分決定中の閲覧者につき誤記があつたためであり、被告の再度の来行は昭和三十五年六月十三日であり原告はその以前である同年同月十日に被告が閲覧を求める帳簿書類の一切を、その煩を避けるため破産管理人に返還した上同日内容証明郵便をもつて被告の代理人である訴外岡田介一にその旨通知していることが認められるのであるから原告が叙上仮処分決定により命ぜられた被告への閲覧を故意または過失によつて拒否したということはできないものと考える。

したがつて被告の原告に対する反訴請求も他の判断をまつまでもなく失当である。

よつて原告の本訴および被告の反訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 木戸和喜男)

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