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名古屋地方裁判所 昭和35年(わ)2336号 判決 1961年4月28日

被告人 河村吉弘

昭四・一・二六生 機械製作業

主文

被告人を懲役一年に処する。

押収にかかるパンビタンびん入りの青酸ソーダ様の粉末一個(証第三号)及びネオサツカびん入り青酸かり一個(証第四号)は、いずれも、これを没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三五年三月上旬ごろ、従兄にあたる河野徳治から、同人がかねてから密通している大野フミ子との関係を続けるために、同女の夫大野義男を殺害したいとの意図を打ち明けられたうえ、その殺害の方法等について、相談をもちかけられていたが、同年六月二五日ごろに至り、河野から青酸カリの入手方の依頼を受けて、同人が大野義男を殺害するのに使用するものであることを知りながら、これを承諾して、本多実から青酸ソーダを譲り受けたうえ、同月二七日ごろの午後九時ごろ、愛知県西春日井郡豊山村大字豊場字小道三番地の一村営住宅一六号の河野徳治方において、ビニールに包んだ青酸ソーダ約三八グラムを河野に手交し、もつて、河野の大野義男に対する殺人予備行為を容易ならしめてこれを幇助したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法第二〇一条、第一九九条、第六二条第一項に該当するところ、従犯であるので同法第六三条、第六八条第三号により、法律上の減軽をした刑期範囲内において、被告人を懲役一年に処し、押収にかかるパンビタンびん入りの青酸ソーダ様の粉末一個(証第三号)及びネオサツカびん入りの青酸カリ一個(証第四号)は、本件犯行の用に供したもので、被告人の共犯者河野徳治以外の者に属さないから、同法第一九条第一項第二号、第二項本文を適用して、いずれも、これを没収することとする。

(本件を殺人予備幇助と認定した理由)

検察官は、主たる訴因として、被告人の行為は、殺人予備罪に該当すると主張する。

予備罪は、刑法においては、殺人罪のほか、内乱、外患、私戦、放火、強盗など特定の重大な犯罪について、これを罰する規定が設けられている。それは、この種の犯罪においては、国家的社会的な危険性が極めて大であることから、これを企図して、事前の準備行為をする者は、それ自体刑罰をもつて処断するに足る反社会的性格を備えているものとも思われ、更には、前記のような重大な犯罪を未然に防止しようとする刑事政策的な考慮もあると考えられる。かような予備罪は、教唆犯或いは従犯のように、正犯者のために加功するものと異なり、自己の犯罪の目的のため犯意を実現する行為であつて、換言すれば、いわゆる基本的構成要件の実現を目的とする犯罪意思行為であると言いうるから、予備罪の成立には、行為者において、基本的犯罪類型の充足を目的とする意思が必要であつて、これを殺人予備について言えば、行為者が、自ら殺人の意図をもつて、その準備行為をすることが必要と考えられる。そこで、本件についてみると、前掲各証拠によれば、被告人は、河野徳治から、同人が大野義男を殺害する意図を有することを打ち明けられて、河野に青酸ソーダを手渡しているが、被告人としては、大野義男を殺害する何らの動機原因もなく、同人を殺害する意図も毛頭なかつたことが認められるから、被告人に対して、殺人予備罪をもつて、処断することはできないと言わねばならない。しかして、判示のとおり河野徳治が、大野義男を殺害するため、青酸ソーダを入手して、その準備をしたことは、まさに殺人予備行為であり、被告人において、右の情を知つて、青酸ソーダを河野に手渡ししたことは、同人の殺人予備行為を容易ならしめたものであるから、被告人の行為は、殺人予備の幇助に該当すると解するのを相当とする。こう考えると、犯罪の予備は、「実行行為に着手する」以前の行為であるから、刑法第六一条の教唆犯は、人を教唆して「犯罪を実行せしめた」る者とすることからして、同法第六二条の従犯もこれに従い解釈されていることから、実行行為以前の行為である予備には、刑法第一編総則の共犯規定の適用がないのではないかとの文理解釈からの反論があり、又、刑法第七九条が予備の幇助について、特に規定しているのは、他の予備罪には、刑法総則の幇助の適用がないのではないかとの疑問も生ずるが、刑法第一編総則の共犯規定は、特別の規定がない限り、同法第二編に規定する各種の犯罪にこれを適用すべきものであるし、前者の反論に対しては、一般に実行行為とは、刑法各本条に規定する犯罪構成要件に該当する事実を実現することと解されているが、予備罪も基本的な構成要件の修正形式ではあるが、一個の構成要件をなしているものであるから、これを充足する行為は、実行行為であると考えられ、又後者の疑問に対しては、刑法第七九条は、内乱罪の組織的集団犯の特質から、その刑について特に加重して規定したものにすぎないもので、他に予備の幇助を罰しない趣旨ではないと言いうるので、予備罪について、従犯の成立を否定する理由もないから、前述のとおり主たる訴因を排斥し、本件を殺人予備の幇助と認定したものである。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、まづ、主たる訴因について、殺人予備罪の成立しないことを指摘するが、当裁判所も同様な見解であることは、前述のとおりであるから、この点の判断を省略し、予備的訴因に対する主張について考察すると、

一、まず、弁護人は、被告人より青酸ソーダを手渡された河野徳治は、自からこれを使用して大野義男を殺害する意思はなく大野フミ子に使用させて、義男を殺すつもりでいたが、他方フミ子は、右青酸ソーダを使用して、義男を殺害する意思は全くなかつたから、殺人予備行為自体が客観的に不能であり、従つて、被告人のその幇助も成立しないと主張する。しかしながら、河野が義男を殺害する意図を有し、その殺害の手段として、本件青酸ソーダを入手したことは、前記判示したとおりであつて、本件青酸ソーダが、殺人の結果発生に充分な危険性を有することは、前掲宮地雄三作成の検査報告書謄本によつても明らかであるから、河野が青酸ソーダを自ら使用する意思を有していたか、或は共犯者に使用させるつもりでいたかは、問うまでもなく、ここに河野の殺人予備行為は成立しているもので、不能犯の概念を入れる余地はないものと考えられ、フミ子が青酸ソーダを使用して、義男を殺害する意思がなかつたとしても、フミ子の殺人予備行為を否定する理由とはなれ、これをもつて、河野の殺人予備行為が客観的に不能であるとの論拠とは到底なりえないと解するので、この点の弁護人の主張は採用できない。

二、更に、弁護人は、前記のとおりフミ子が青酸ソーダを使用して、義男を殺害する意思はなかつたから、本件殺人予備行為は、未遂に終つているもので、予備の未遂を罰する規定がないから、その幇助も成立しないと主張するが、予備罪に未遂の概念を認めるかどうかは別問題として、河野の殺人予備行為は、遅くともフミ子に青酸ソーダを手交するまでには成立しておるもので、その後のフミ子の意思によつて、未遂を云々されるものではないから、この点の主張も理由がない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋嘉平 鈴木雄八郎 横田安弘)

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