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名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)806号 判決 1998年12月09日

原告 愛銀ファクター株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 滝澤昌雄

被告 瀬戸市

右代表者市長 井上博通

右訴訟代理人弁護士 高木修

主文

一  被告は、原告に対し、一億九九三一万〇九九六円及びこれに対する平成七年一二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、一億九九三一万〇九九六円及びこれに対する平成七年一二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事実関係

(請求原因)

1  根抵当権解除の要請

(一) 原告は、売掛債権及び手形の買取並びにこれに関連する融資等を業とする会社であり、B所有の別紙物件目録記載一、二の各土地、C所有の同目録記載三の土地及び瀬戸ルツボ株式会社(以下「訴外会社」という。Cがその代表取締役である。)所有の同目録記載四の土地(右の各土地を順次「本件一ないし四の土地」といい、場合によりこれらの土地を「本件各土地」と総称する。また、右の土地所有者らを「本件土地所有者ら」ということがある。)につき別紙根抵当権目録記載の根抵当権(以下「本件根抵当権」といい、その債務者らを「本件債務者ら」ということがある。)を有し、本件根抵当権の極度額は合計三億七〇〇〇万円、被担保債権たる取引上の債権(以下「本件債権」という。)は合計三億四五〇〇万円であったところ、原告は、平成七年九月頃、Cから、本件一ないし四の土地を被告が公園用地として買収する予定であるが、公共事業の性格上、本件根抵当権を事前に解除してほしいとの要請を受けた。

(二) 原告の従業員(営業部長)Dは、平成七年九月二六日、Cと共に瀬戸市役所を訪問して、被告の建設部河川公園用地係長E(以下「E係長」という。)及び同課主幹F(以下「F主幹」という。)と面会し、その際、E係長からも、本件根抵当権の事前解除の要請を受けたので、同係長に対し、右要請に応じるためには、原告において二億九〇〇〇万円の支払を受けることが必要であること、本件土地所有者らに支払われる買収代金が、本件根抵当権の被担保債権の弁済に充てられることを確保するため、原告を代理人とする代理受領の方式を採用するか、買収代金が愛知銀行の原告の口座に間違いなく振り込まれる旨の念書の発行を求めたが、いずれも拒絶された。そしてその時、Cから、昭和六一年に瀬戸市が行った土地買収の際には、買収代金を愛知銀行の土地所有者の口座に振り込む方法で担保権の事前解除がなされたので、今回もその方式を検討してみてはどうかと提案があり、E係長からも、是非その方法を検討してほしいとの依頼がなされた。

(三)(1) 原告は、根抵当権の事前解除という異例の措置を採るためには、①被告から原告宛にその旨の依頼書が発行されること、及び、②根抵当権の事前解除後の債権保全のため、買収代金全額について原告の母体行である愛知銀行(瀬戸支店)のC、B、訴外会社各名義の預金口座宛に振込の指定がなされることが必要であるとの方針を定め、その旨をCに伝えた。

(2) Cは原告の方針を了解し、原告に対し、被告宛にその旨の振込依頼をすることを約した。そして、被告からは、原告に対し、平成七年一一月一日付文書で、本件各土地上の本件根抵当権について事前解除の協力方が要請された。

(四)(1) Cは、平成七年一一月終わり頃、右(三)(2)の約束に基づき、E係長及びF主幹に対し、「請求書及び口座振替依頼書」を提出して、本件各土地の買収代金全部を愛知銀行瀬戸支店の本件土地所有者らの預金口座に振り込むことを依頼し、E係長及びF主幹は、これを受諾した。

(2) 以上の経過により、遅くとも右の時点では、E係長及びF主幹とも、①原告が、C、訴外会社に対し、合計約三億円余の債権を有していること、②原告とC、B、訴外会社との間で、本件根抵当権の事前解除後の債権保全のため、買収代金全額について原告の母体行である愛知銀行(瀬戸支店)のC、B、訴外会社各名義の預金口座宛に振込の指定がなされることの合意が成立したこと、③被告が右②と異なる方法により買収代金の支払をすれば、原告の本件債務者らに対する債権の回収が不可能になることを認識していた。

2  担保不動産買収代金振込口座の指定

(一) 原告の従業員D及びGは、平成七年一二月四日、瀬戸市役所でE係長及びF主幹と面談し、原告としては本件根抵当権の事前解除をしたものの、被担保債権の返済が受けられないということでは困ることを説明した上、事情の理解と協力を求めた結果、E係長及びF主幹は、D及びGに対し、本件土地所有者らから被告に対し買収代金全額について愛知銀行瀬戸支店の各人の預金口座(以下「本件指定口座」という。)への振込依頼があったことの事実確認をし、かつ、被告において、右の依頼を承諾し、依頼の趣旨に沿って買収代金全額を指定された預金口座に間違いなく振り込む旨約束をした。

(二) その後、原告は、E係長及びF主幹から、本件各土地の買収代金の振込は同月一五日になると聞かされた。

3  根抵当権抹消登記手続の履行

原告は、右2(一)の事実確認及び約束を得たので、被告の要請を受け入れて本件根抵当権を事前解除することを決め、同月五日、名古屋法務局瀬戸出張所に対し、解除を原因とする本件根抵当権抹消登記手続の申請をして受理され、次いで、同年一二月一一日、本件各土地につき、本件土地所有者らから被告への所有権移転登記がなされた。

4  担保不動産買収代金振込口座の無断変更

(一) ところが、C及びBは、平成七年一二月一三日午後四時三〇分頃、瀬戸市役所を訪れ、E係長及びF主幹に対し、「愛知銀行瀬戸支店の預金口座に買収代金全額を振り込むと、後順位抵当権者に対する支払ができなくなる。」と述べて、原告に無断で、Bに対する本件一、二の土地買収代金約二億三〇九二万円の振込口座を他の銀行の預金口座に変更することを依頼した。

そして、E係長及びF主幹は、右依頼に応じることが原告との約束違反になることを知りながらこれを受け入れ、右の土地買収代金二億三〇九二万二三五五円を他の銀行の預金口座に振り込んだ結果(なお、C及び訴外会社に対する各買収代金は、予定どおり各人の本件指定口座に振り込まれた。)、本件債権のうち右買収代金でもって回収を予定していた一億九九三一万〇九九六円について、原告は弁済を受けることができなくなった。

(二) E係長及びF主幹は、C及びBから買収代金の振込口座の変更申出がなされるという重大な事実が発生したのに、これを隠して原告に知らせなかったばかりか、原告の従業員Dが、F主幹に対しては同月一四日午後二時頃、E係長に対しては翌一五日午前八時五〇分頃それぞれ電話を架けて買収代金の振込予定時間を尋ねたところ、両名とも、同日の午後二時くらいには終了するであろうと虚偽の事実を述べた(実際には、C分は同日午前九時二五分に、訴外会社分は同日午前一〇時九分にそれぞれ買収代金の振込がなされた。)。

(三) E係長及びF主幹は、事後的にも、原告が変更後の買収代金振込口座の教示を求めたのに対し、これを拒絶する態度を採った。

5  被告の責任原因

(一) 債務不履行責任

右1(三)(1)、(2)、(四)(1)及び2(1)の事実によれば、平成七年一二月四日、瀬戸市役所において、原告と被告との間に、被告は、本件各土地の買収代金を愛知銀行瀬戸支店の本件土地所有者らの預金口座に振り込むこと、それ以外の方法でその支払をしないことの約束が成立したものというべきであるから、被告が、本件一、二の土地買収代金をBの本件指定口座以外の口座に振り込んだことは、右約束に違反するものであり、したがって、被告は、原告に対し、債務不履行責任に基づき、これにより原告が被った後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 不法行為責任

(1) 本件根抵当権の事前解除は被告の強い要請により被告の利益のためなされたものであったことに加え、被告は、原告が本件債務者らに対し債権を有していることやその債権額を知っており、また、原告がもともとB所有の本件一、二の各土地について本件根抵当権を有し、右各土地の買収代金の本件指定口座への振込は、本件根抵当権を事前解除するに当たり、これに代わる債権保全の方法であり、本件債権の支払を担保する目的に出たものであることを知った上で、これを承認したのであるから、担保としての期待利益が主観的にも客観的にも強度にかつ明確に現れており、したがって、被告は、原告の右の期待利益を侵害してはならず、また、公平の観点からも、被告は、原告が本件根抵当権の事前解除をしたことにより損害を被ることの危険性を回避すべき注意義務があった。

(2) 原告が本件根抵当権の事前解除に応じることを決めたのは、被告が、Cから依頼されたとおり、本件各土地の買収代金を本件指定口座に振り込む旨原告に約束し、原告がこれを信頼したからである(通常被担保債権の弁済もないのに担保権者が担保権の事前解除に応じることがないことは、公知の事実である。)。したがって、自己の先行行為により原告をして本件根抵当権の事前解除をせしめた被告においては、これと矛盾する行為をして原告の信頼を裏切ることのないようにすべき注意義務があった。

(3) しかるに、被告は、右の注意義務に違反して、①C及びBからなされた本件一、二の各土地買収代金の振込口座変更申出に応じて、これを本件指定口座以外の預金口座に振り込み、②土地買収代金の支払期限直前になされた不自然かつ不可解な右の振込口座変更申出が原告の了解を経たものではありえず、かつ、原告に対し非常に不利な結果を招来するものであるのに、原告に問い合わせをせず、かえって、故意にその事実を隠し、③右①の違法行為の後、変更後の買収代金振込口座について原告の教示要請にも応じなかった故意又は過失行為があった。

(三) そのため、原告は、予定していた弁済金を受領することができず、仮差押申請その他債権保全の措置を講じる機会も失い、損害の拡大を防止すべき善後策すら講じることができなかった。そして、本件債務者らは他にみるべき資産もなく、原告は、本件債権のうちBに対して支払われる買収代金でもって回収予定の一億九九三一万〇九九六円について弁済を受けることが不可能になり、右債権額に相当する一億九九三一万〇九九六円の損害を被った。

6  よって、原告は、被告に対し、民法四一五条又は七一五条により、本件損害金一億九九三一万〇九九六円及びこれに対する違法行為の日である平成七年一二月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

1(一)  請求原因1(一)の事実中、原告が本件各土地上に本件根抵当権を有していたこと、その極度額が合計三億七〇〇〇万円であったことは認めるが、その余の事実は知らない。

(二)  同1(二)の事実中、原告の従業員(営業部長)Dが、Cと共に瀬戸市役所を訪問して、E係長及びF主幹と面談したことは認めるが、その余の事実は争う。なお、右訪問の際、Dは、Cと被告との土地買収状況を確認するために立ち会ったにすぎない。また、その時、E係長が、Cに対し、委託払いの方法を採るかどうか確認したところ、Cは、その話を遮り、Dに対し、昭和六一年の土地買収の時と同じ方法を採ることを提案し、Dはこれを持ちかえって検討することになった。

(三)  同1(三)(1)の事実は知らない。同(2)の事実中、被告から原告に対し平成七年一一月一日付文書を送付したことは認めるが、その余の事実は争う。右の文書は、土地所有者らから原告に対し、根抵当権の抹消に関する協議があったときは、協力してほしい旨を通知したにすぎず、被告が原告に対し直接本件根抵当権の事前解除について協力要請をしたものではない。

(四)  同1(四)の事実中、Cが、原告主張の頃、E係長及びF主幹に対し、原告主張のとおり、本件各土地の買収代金全部の振込依頼をし、E係長及びF主幹がこれを受諾したことは認めるが、その余の事実は争う。

2(一)  同2(一)の事実中、原告主張の日に、原告の従業員D及びGが、瀬戸市役所でE係長及びF主幹と面談したことは認めるが、その余の事実は争う。D及びGの右面談の目的は、本件土地所有者らから原告に対して送付された請求書及び口座振替依頼書のコピーが、事実に合致するものかどうか再確認に来たにすぎない。

(二)  同2(二)の事実は争う

3  同3の事実は認める。

4(一)  同4(一)の事実中、原告主張の日時にC及びBが瀬戸市役所を訪れ、E係長に対し本件一、二の土地の買収代金の振込指定口座につき他の銀行の預金口座への変更方を依頼し、E係長がこれに応じたことは認めるが、その余の事実は争う(なお、F主幹は当時不在であった。)。E係長は、Cから「債権者との調整ができたので」とか、「土地代金が愛知銀行瀬戸支店に振込まれるという噂が債権者に流れ、このまま振込まれると、債権者が銀行に乱入して大変なことになるのだ。」等と言われ、口座変更について何の疑念も抱かなかった。

(二)  同4(二)の事実中、原告の従業員Dが、同月一四日にF主幹に対し、翌一五日にE係長に対し、それぞれ電話を架けてきたことは認めるが、その余の事実は争う。

(三)  同4(三)の事実は認める。

5(一)  同5(一)の事実は否認する。原告と本件土地所有者ら間に何か約束があったかどうかについても、被告には何ら説明がなかったので、被告は知らない。また、そもそもE係長、F主幹が被告を代理して原告主張の約束をする権限はなく、D、Gにおいても原告を代理して右約束をする権限はない。金融関係に携わる会社である原告が、このような重要事項に関する約束を口頭ですることもありえない。

(二)  同5(二)、(三)の各事実は争う。なお、被告には守秘義務があるから、変更後の振込口座を教えることができず、したがって、被告が原告に対し変更後の振込口座を教えなかったことをもって、過失とはいえないことが明らかである。

第三当裁判所の判断

一  <証拠省略>証人C、同Dの各証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(この認定事実の一部は、「第二 事実関係」欄記載のとおり当事者間に争いがない。)。

1  原告は、本件各土地につき本件根抵当権を有し、その極度額は合計三億七〇〇〇万円であり、被担保債権たる金融取引上の訴外会社及びCに対する債権(本件債権)は合計三億四五〇〇万円であった。

2  原告の従業員(営業部長)Dは、平成七年五月頃、Cから、被告による本件各土地の買収の話が具体化しているが、買収が実現するためには本件根抵当権の事前解除が必要であるとして協力方を要請された。Dは、同年九月二六日、Cとともに瀬戸市役所を訪れて、担当のE係長に面談し、その際、E係長に対し、原告が本件根抵当権の事前解除に応じるためには、原告に対し二億九〇〇〇万円を支払ってもらう必要がある旨伝えたほか、本件根抵当権の事前解除後の本件債権の支払確保について不安を述べ、買収代金の原告による代理受領の方法を採ることや、買収代金が愛知銀行の原告の口座に振り込まれる旨の被告の念書の発行を打診したが、E係長から拒絶された。そして、その際、Cから、昭和六一年の土地買収の際に買収代金を中央相互銀行(愛知銀行の旧商号)の土地所有者の口座に振り込む方法で抵当権の事前解除がなされているので、今回もそれと同じ方法を採ってはどうかと提案がなされ、E係長からもDに対しその方法の検討方が依頼された。

3  原告は、社内で検討した結果、本件各土地の買収の公共性を考え、前回と同じ方法を採ることで、本件根抵当権の事前解除をすることもやむをえないとの方針を決め、Cに対し、本件根抵当権の事前解除に応じる条件として、(一)被告から原告に対して本件根抵当権の事前解除のお願い書を出してもらうこと、(二)愛知銀行の本件土地所有者らの預金口座に本件各土地の買収代金を振り込んでもらって本件債権の支払を確保すること、(三)被告から原告に対しその旨の念書を提出してもらうことの三項目を伝えた。

4  同年一一月初旬頃、被告から原告に対し右3(一)の趣旨の文書が送付され、同月下旬頃、C、B及び訴外会社から被告に対し、本件各土地の買収代金を愛知銀行の同人らの口座(本件指定口座)に振り込むことの依頼書(表題は「支払請求書及び口座振替依頼書」。以下「本件依頼書」という。)が提出された。しかし、右3(三)の念書については、Dにおいて、E係長に電話して確認した結果、E係長から、本件各土地の買収代金の本件指定口座への振込は必ず履行するが、念書は出せないとの返答がなされた。

5  その後、Cから原告に対し、本件依頼書の写しが提出されたので、Dは、同年一二月四日、C、B及び訴外会社の同意を得て、同人らから、本件指定口座の預金通帳、支払請求書、小切手等を預かった後、原告の従業員Gとともに、瀬戸市役所を訪ねて、E係長及びF主幹と面談し、本件依頼書の写しのとおり本件各土地買収代金の振込依頼があったことを確認し、かつ、右両名から、本件依頼書に基づく振込依頼を被告が受諾したことが確認され、その履行の約束もなされたので、原告は、本件根抵当権の事前解除をしても、右のとおり本件各土地買収代金が本件指定口座に振り込まれることにより、本件債権のうち右振込予定金額相当の約二億七五〇〇万円(以下「弁済予定債権」という。)の支払確保ができたものと考え、本件根抵当権の事前解除を決定し、翌五日、本件根抵当権抹消登記手続を履行した。

6  ところが、本件各土地の買収代金支払日である同月一五日の直前である同月一三日、CとBが瀬戸市役所を訪れ、原告との約束に違反して、E係長に対し、Bに支払われる買収代金二億三〇九二万二三五五円の振込口座を東海銀行瀬戸支店の同女の預金口座に変更してほしい旨を申し出た。E係長は、右口座変更が原告の承認を得たものではないこと、右口座変更申出に応じれば、原告において右買収代金でもって回収を予定していた債権の弁済がなされなくなることを知りながら、同月一五日、右申出に応じて右買収代金を右変更申出にかかる預金口座に振り込んだ。

7  右6のE係長の行為により、原告は、弁済予定債権のうち一億九九三一万〇九九六円の弁済が受けられず、ほかに右債権の支払の担保となるべき財産がなく、右債権の回収は事実上不可能になった。

以上の認定事実によれば、原告は、被告からその旨の協力要請があったことと、E係長及びF主幹が、Dらに対し、本件指定口座への土地買収代金の振込を約束し、原告においてこれにより本件根抵当権の事前解除をしても弁済予定債権の満足を得ることができると判断されたことから、本件根抵当権の事前解除に応じたものであって(なお、原告は、Bにおいて被告に対し、土地買収代金の振込指定口座の変更を申し出たり、被告がこれに応じて土地買収代金を他の預金口座に振り込むことはないものと信じて、本件根抵当権の解除をしたものであるから、右の法律行為にはその意思決定の要素となった前提事実の認識に錯誤があったと解する余地もあろう。)、かかる事実関係のもとにおいては、被告の職員であるE係長において、本件指定口座への土地買収代金の振込により弁済予定債権の満足を得ることのできる原告の利益を侵害しないようにすべき注意義務があったものというべきであり、しかるに、E係長において、Bからなされた前示の土地買収代金の振込口座の変更申出に応じれば原告がその買収代金でもって回収予定の債権の満足を得られないことを知りながら、これに応じて本件指定口座以外の口座に土地買収代金の振込をしたのであるから、右の注意義務に違反するものであって、原告に対する不法行為を構成するものというべきである。

もっとも、証人Eは、(一)被告から原告に対し本件根抵当権の事前解除の協力方を要請した事実はないとか、(二)DがCとともに瀬戸市役所にE係長に対して代理受領等の打診がなされたことはなく、かえって、E係長からCに対し代理受領(「委任払」という表現を用いたという。)の意思があるかどうか尋ねた際、同席したDにおいてこれに関心を示すことがなかった旨、(三)平成七年一二月四日、DとGが、瀬戸市役所を訪問し、E係長及びF主幹と面談した際、本件各土地買収代金の本件指定口座への振込が話題になったことはなく、E係長及びF主幹において原告に対し本件各土地買収代金の本件指定口座への振込を約束したこともなく、その他の方法によっても、被告が原告に対し右のような約束をしたことはなかった旨、(四)E係長がB及びCからなされた土地買収代金の振込口座の変更申出に応じたのは、同人らが、その理由として債権者間の調整が済んだと述べていたためであって、これによって原告が害されるとは考えられなかった旨等を述べて、前記認定に反する供述をしている。

しかし、被告から原告に対し本件根抵当権の事前解除の協力要請があったことは、被告から原告に対して送付された「公共事業に伴う根抵当権付き土地等の買収のお知らせ」と題する書面である甲第三号証及び原告の通知書に対する回答書である同第二号証の各記載自体からも明らかであり、Eの陳述書である乙第一号証にもこれを自認する記載があるから、右の事情に照らして、証人Eの右(一)の供述部分は採用することができない。

また、DがCとともに瀬戸市役所にE係長を訪ねて面談した際、原告の従業員であるDの最大の関心事が、本件根抵当権の事前解除後の原告の債権の保全方法にあったこと、そして、同人からE係長に対し、「契約ができたら、代金は愛銀ファクターの方へ払っていただけるのでしょうね。」という話が出たこと(右の言動自体が代理受領について触れたものと解することも十分可能である。)は、証人Eの自認するところであるから、右の事情に照らして考えても、右の機会にDがE係長に対し代理受領の方法や買収代金を愛知銀行の原告の口座に振り込まれる旨の被告の念書の発行を打診した旨の証人Dの証言こそ信用するに値し、他方、E係長の方から代理受領を示唆したのに、Dが関心を示さなかったとする証人Eの右(二)の供述部分は不自然であって採用することができない。

平成七年一二月四日にDとGが瀬戸市役所を訪問してE係長及びF主幹と面談したことの主要な目的が、被告による本件各土地買収代金の本件指定口座への振込が確実になされることを直接確認することにあったことは、証人Dの証言や同人の陳述書である甲第二二号証、及びその前後の事情とりわけその翌日に原告が本件根抵当権抹消登記手続を履行していることからも明らかというべきであり、本件各土地買収代金が本件指定口座へ振り込まれることについてE係長からの約束がなく、本件根抵当権解除後の債権保全につき不安がある状態で、原告が本件根抵当権の解除に応じたということに帰着する証人Eの右(三)の供述部分は極めて不自然で採用することができない。

証人Cは、E係長に対し、Bに支払われる買収代金二億三〇九二万二三五五円の振込口座を東海銀行瀬戸支店の同女の預金口座に変更してほしい旨を申し出た際、E係長からその理由を聞かれ、原告が承知しているかどうかも質問されたが、CはE係長に対し、原告は承知していないが、口座変更しないと買収代金は原告に対する債務の弁済に充てられてしまい、自分の運転資金が残らないから変更したい旨述べたと証言し、また、前示のとおり、原告の最大の関心事が本件根抵当権の事前解除後の原告の債権の保全方法にあったことは、証人Eの自認するところであるほか、同証人は、本件指定口座に振り込まれる予定の土地買収代金でもって、原告の本件債務者らに対する債権の弁済に充てる予定であったことを知っていたことを自認しているから、これらの事情や証人Dの証言、甲第二二号証の記載に照らして考えれば、Cから、債権者間の調整が済んだと聞かされたとか、原告を害するとは思わなかったという証人Eの右(四)の供述部分も採用することができない。

そのほか、証人Eの証言及び乙第一号証の記載中前記認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用し難く、他に前記の認定判断を左右するに足りる証拠はない。

そして、前記の事実関係によれば、原告は、E係長の本件不法行為により前示の回収不能になった債権一億九九三一万〇九九六円に相当する損害を被ったものというべきである。

二  以上によれば、民法七一五条に基づき本件損害金一億九九三一万〇九九六円とこれに対する本件不法行為の日である平成七年一二月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由がある。

第四結論

よって、不法行為責任を理由とする原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用し、仮執行宣言の申立ては相当ではないので却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 髙橋勝男)

<以下省略>

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