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名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)3262号 判決 1997年4月09日

主文

一  被告は、原告平松多賀子に対し、金五七九八万四五六四円及びこれに対する平成六年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告松崎正道及び原告松崎信子に対し、各金一八二六万七二二八円及び右各金員に対する平成六年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告平松多賀子に対し、金六〇六六万九〇五二円及びこれに対する平成六年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告松崎正道及び原告松崎信子に対し、各金一八七六万七二二八円及び右各金員に対する平成六年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、宅地造成工事に従事中、稼働中のクレーンから落下したコンクリート製擁壁の下敷きになって死亡した被害者の遺族が、右クレーンの運行供用者であるとともに右クレーンの運転者の使用者である被告に対し、自賠法三条、民法七一五条により、損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

1  前田榮は、平成六年四月一八日午前八時二〇分ころ、愛知県西加茂郡藤岡町石畳の宅地造成工事現場(以下「本件現場」という。)において、東海プレコン株式会社(以下「東海プレコン」という。)の稲垣俊彦運転手がトラックで運搬してきたL字型コンクリート擁壁(以下「本件擁壁」という。)を、クレーン車(以下「本件クレーン」という。)を操作して地上に降ろす作業を行っていた際、右擁壁がクレーンから落下し、その近くで作業に従事していた松崎俊夫(昭和三八年一〇月一一日生まれ。以下「俊夫」という。)はその下敷きとなり、内臓破裂により同日午前九時一〇分死亡した。

2  俊夫は、松崎建設興業株式会社(以下「松崎建設」という。)の従業員であり、同会社が行う宅地造成工事に従事していた。

3  被告は、本件事故当時、本件クレーンを所有し、自己のために運行の用に供していた。また、前田は、被告の従業員であった。

4  原告平松多賀子は俊夫の妻として、原告松崎正道及び原告松崎信子は俊夫の父母として、俊夫の権利義務を相続により取得した。

5  原告多賀子は、俊夫の死亡により、遺族年金前払一時金一二九〇万九〇〇〇円、平成六年五月から平成九年一月までの二年九か月分の遺族厚生年金一一七万五三五〇円の支払を受けた。

二  争点

1  被告は、自賠法三条による賠償責任を負うか否か。

被告は次のとおり主張し、原告らは右主張をいずれも争う。

(一) 俊夫は、前田、稲垣らと共同して本件擁壁を地上に下ろす作業中に従事していたものであるから、自賠法二条四項の運転補助者であり、同法三条の他人には該当しない。

(二) 本件事故は、本件擁壁に埋め込まれていたアンカーへの吊具のカプラーの取付けが不完全であったことから、カプラーがアンカーから外れたために発生したものであり、その原因は、右取付け作業を行った東海プレコン株式会社の従業員の稲垣の過失にあり、クレーンの操作に当たった前田には何らの過失もない。

また、本件クレーンには構造上の欠陥も機能上の障害もなかった。

2  被告は、民法七一五条による賠償責任を負うか否か。

(一) 原告らの主張

(1) 松崎建設は、前記工事のうちの擁壁設置工事のために、被告に対し、クレーン免許を有する運転手によるクレーン作業を注文し、被告は、右クレーン工事を請け負い、前田を運転手として本件クレーンを派遣し、業務を遂行させたものであり、本件事故は、前田が被告の事業を執行している間に発生した。

仮に、被告が本件クレーンを松崎建設に賃貸したものとしても、被告は、その所有するクレーン車を免許を有する運転手付きで賃貸して賃料を取得することを直接の営業目的とするものであるから、前田の本件クレーンの操作は、被告の事業の執行に付き行われたものというべきである。

(2) 前田は、本件クレーンを操作して、トラックの荷台に長辺の背部を下にして寝かせた状態で置かれていた本件擁壁を地上に下ろし、所定の場所に設置する作業に従事していたが、右作業を行うに当たっては、擁壁の三箇所に固定されているアンカーに平均的に荷重がかかるようにし、かつ、ワイヤーの緊張を緩めずに、クレーンのワイヤー一本による三点吊りの方法によって擁壁を吊り上げ、いったん地上に下ろした上、クレーンを操作して地上で擁壁を立て起こし、そのままの状態で設置場所まで運ぶという手順を踏むべき注意義務があった。

ところが、前田は、右注意義務を怠り、クレーンの親子二本のワイヤーを使用し、本件擁壁の背部(アンカー一箇所)を親ワイヤーで、底部(アンカー二箇所)を子ワイヤーで吊り上げ、宙吊りのまま二本のワイヤーの操作により底部が下になるように擁壁の立起こしを行ったために、四トンの擁壁の全重量が一箇所のアンカーにかかり、そのためにワイヤーの先のカプラーがアンカーから外れ、擁壁が落下したものである。

(二) 被告の主張

(1) 被告は、松崎建設に対し、本件クレーンを前田運転手付きで賃貸したものである。そして、前田は、松崎建設の現場責任者の指揮命令の下に、東海プレコンの運転手の稲垣らの指示に従い、本件クレーンを操作していたものであり、前田は、右操作を被告の事業の執行として行ったものではない。

(2) 本件事故は、前記1の(二)のとおり、稲垣の過失によって発生したものであり、前田には過失はない。また、被告は、本件クレーンの運転手の選任及び自らの事業の監督につき相当の注意をしていた。

3  過失相殺

被告は、俊夫には、地上に吊り上げられていた本件擁壁に不用意に接近した重大な過失があるから、五〇パーセントの過失相殺をすべきである旨主張し、原告らは右主張を争う。

4  損害額

原告らは、本件事故により、俊夫は、逸失利益八一六〇万三三七二円(給与年額五六五万二〇七二円、就労可能年数三七年)、慰謝料二五〇〇万円の損害を被り、原告らは、原告多賀子につき三〇〇万円、原告正道、同信子につき各一〇〇万円の弁護士費用相当の損害を被った旨主張し、被告は、これを争う。

第三争点に対する判断

一  争点1の(一)について

1  証拠(甲一〇、証人前田榮、同稲垣俊彦、同土本磐)によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件擁壁は、背部の長さは三メートル、底部の長さは二・一メートル、幅は二メートルで、重量は約四トンであり、背部の一箇所及び底部の二箇所に吊り下げ用のカプラーを接続するためのアンカーが埋め込まれていて、アンカー一箇当たりの耐荷重は二トンであった。

(二) 稲垣は、コンクリート擁壁の製造、販売を業とする東海プレコンの従業員であり、本件事故当日、東海プレコンの業務として、松崎建設から注文を受けた本件擁壁を含むコンクリート擁壁三個をトラックの荷台に背部が床に接するように重ねて積載して本件現場に運搬し、松崎建設の現場監督の土本磐から指示された場所にトラックを停止させた。

右コンクリート擁壁の引渡しの方法は、車上渡しの約束になっていたので、稲垣としては、これを本件現場まで運搬すれば足りたが、従前の慣習に従い、その後のトラックからの荷下ろし作業も手伝うこととした。

(三) 松崎建設と被告との契約により前田が行うものとされた作業は、本件クレーンを操作して稲垣が運搬してきたコンクリート擁壁をトラックから吊り上げ、所定の位置に設置するというものであり、前田は、右作業に着手するに先立ち、土本と作業手順について打合わせを行い、土本から本件クレーンを設置する位置やコンクリート擁壁を下ろす場所について指示を受けた。本件クレーンを操作するには、クレーンオペレーターの資格を有することが必要であり、前田は、昭和五二年四月にその資格を取得していた。

(四) 本件擁壁を吊り上げるについては、まず、背部及び底部の三箇所のアンカーに吊具のカプラーを取り付け、クレーンのワイヤーと接続する玉かけ作業を行うことが必要であるが、クレーンの親ワイヤーと子ワイヤーとを同時に使用すると空中でコンクリート擁壁の立起こし作業を行うことができ、これを親ワイヤー一本で三点吊りの方法により荷台からそのままの姿勢で地上に下ろした上、地上において立起こしの作業を行うのに比べ、作業の手間が省略できることから、稲垣は、前田に対し、親子二本のワイヤーを使用して吊り上げることを提案し、前田も異議を述べることなく稲垣の提案に従った。

(五) 右の玉かけ作業は稲垣が行い、稲垣は、親ワイヤーの先端のカプラーを本件擁壁の背部のアンカーに、子ワイヤーの先端で分岐したカプラー二個を底部の二箇所のアンカーにそれぞれ接続し、その作業を終えた後、トラックの荷台から、腕を頭上で回して前田に対しクレーンのワイヤーを巻き上げるように合図を送った。

前田は、稲垣の合図に従って本件擁壁を吊り上げ、クレーンのジブ(ブーム)を右へ四五度ないし五〇度旋回させた後、中空で二本のワイヤーを操作して底部が下にくるようにこれを立て起こした。

(六) 俊夫は、コンクリート擁壁の設置が完了した後に行う土の埋戻し作業のためのバックホーの運転担当者であり、本件事故当時、右の作業を行うために本件現場に来ていた。

しかし、右作業の開始には間があったため、俊夫は、コンクリート擁壁を設置する基礎のコンクリートベースに擁壁を接着するためのセメントモルタルを塗布する作業を手伝っていた。

(七) 俊夫は、前田と稲垣が本件擁壁の立起こしを終えたのを見て、腕を上げ、手招きをするようにして、前田に対し本件擁壁を下ろすべき場所を指示した。

前田は、本件擁壁を立て起こした姿勢の状態に維持したまま、俊夫が指示した場所まで水平に移動させ、次いで地上約五〇センチメートルのところまで下ろした。前田は、そこで本件クレーンのジブ(ブーム)を停止させ、今度は本件擁壁の向きを変えるため、子ワイヤーを緩めた。その時、俊夫は本件擁壁の背後の地上にいたが、擁壁の向きを変えるためにこれに手を触れ、少し回転させた時、背部のアンカーに取り付けていたカプラーが外れて本件擁壁が落下し、俊夫は倒れてきた擁壁の背部の下敷きとなった。

2  右のとおり、俊夫は、本件現場において、コンクリート擁壁が所定の場所に設置された後に行うべき土の埋戻し作業にバックホーの運転者として従事するため、自分の出番がくるのを待っていたところ、その間に、たまたまその場に居合わせたことから、右作業の前段階として行われていた前記セメントモルタルの塗布作業を手伝い、さらに、前田と稲垣が行っていた本件擁壁の荷下ろし作業をその最終段階で手助けしたに過ぎないものであるから、俊夫をもって本件クレーンの運転につき自賠法二条四項の運転補助者に当たるものとみなすことはできないものというべきである。

二  争点1の(二)について

1  前記認定事実によれば、本件事故は、本件擁壁の背部のアンカーに取り付けていたカプラーが外れたために発生したものであり、したがって、稲垣が行った玉かけ作業に不手際があったことが推認されるが、前田は、本件擁壁をトラックの荷台から吊り下ろすのに、本件クレーンの親ワイヤーと子ワイヤーとを同時に使用し、しかも、空中に吊り上げたままこれを立て起こす作業をしたものであり、右のような操作方法をとれば、本件擁壁の重心が移動し、吊り下げられた擁壁が不安定な状態になることは見易いところであり、本件擁壁が約四トンの重量を持ち、アンカー一箇所当たりの耐荷重が二トンであったことからすれば、前田が行った操作方法は極めて危険なものであったといわなければならず、右の操作方法が稲垣の提案によって採用されたものとはいえ、クレーン操作の資格を有する前田が、稲垣の右提案に何らの疑問を抱くこともなく従ったことには過失があったことが明らかである。

2  したがって、前田に過失がなかったことを前提として自賠法三条の責任を否定する被告の主張は失当であって、被告は自賠法三条による賠償責任を免れないから、被告は、争点2について判断するまでもなく、本件事故により俊夫及び原告らに生じた損害を賠償しなければならない。

三  争点3について

本件擁壁を所定の位置に正確に設置するためには、最終段階で人手による調整作業が必要であり、そのためには作業員がこれに接近する必要があることは明らかであるのみならず、俊夫が、前田の本件クレーンの操作により本件事故が発生することのあり得ることを予見することができたということはできないから、被告の過失相殺の主張は失当である。

四  争点4について

1  逸失利益 八一六〇万三三七二円

証拠(甲九)によれば、俊夫は、平成五年四月から平成六年三月までの一年間に松崎建設から五六五万二〇七二円の給与の支払を受けていたことが認められ、同人の就労可能年数は六七歳までの三七年とし、生活費控除割合は三〇パーセントとすることが相当であるから、以上を基礎とし、ホフマン方式により中間利息を控除して、俊夫の逸失利益の本件事故当時の現価を求めると、八一六〇万三三七二円(5,652,072×(1-0.3)×20.6254=81,603,372)となる。

2  慰謝料 二二〇〇万〇〇〇〇円

俊夫の年齢、家族構成その他の事情に照らせば、俊夫の慰謝料の額は二二〇〇万円と認めるのが相当である。

五  原告らの相続

右四によれば、俊夫の損害額の合計は一億〇三六〇万三三七二円となり、原告らは、右損害額を法定相続分に従い、原告多賀子が六九〇六万八九一四円、原告正道、同信子が各一七二六万七二二八円の損害賠償請求権を取得した。

六  損害の填補

原告多賀子は、遺族年金前払一時金一二九〇万九〇〇〇円、遺族厚生年金一一七万五三五〇円の支払を受けたから、右金額を原告多賀子の損害賠償請求権から控除すると、その残額は五四九八万四五六四円となる。

七  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、原告多賀子につき三〇〇万円、原告正道、同信子につき各一〇〇万円と認めるのが相当である。

(裁判官 大谷禎男)

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