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名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)1458号 判決 1996年1月19日

主文

一  訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  本件は、株式会社の取締役の職務遂行に関し、不正行為ないし法令違反たる競業避止義務違反行為があるにもかかわらず、当該取締役の解任決議が株主総会で否決されたことを理由として、商法二五七条三項に基づき、少数株主が当該取締役の解任を求める訴訟であるが、被告は、取締役解任の訴えは、当該取締役と株式会社とを共に被告とすべき固有必要的共同訴訟であり、その一方にすぎない被告のみを相手方とする本件訴えは不適法である旨主張するので、以下この点につき判断する。

二  取締役解任の訴えについては、これを会社に対して取締役の解任を求める給付の訴えと解した場合には、勝訴判決を得ても、あらためて株主総会による解任手続を経ない限り所期の目的を達しえないこととなるが、商法二五七条三項がかかる迂遠な方法を要求したものとは考えられないところであるから、少数株主が直接会社と取締役との間の委任関係の解消を求める形成の訴えと解するのが相当である。そして解任請求の対象となった取締役はその判決の効果を直接受ける当事者であるうえ、訴訟において専ら争われるのが取締役自身の不正行為や法令違反行為の有無であることに照らせば、その主張立証につき最も有効適切な訴訟活動を期待できる者は当該取締役であると考えられる一方、仮に会社のみが被告適格を有するとすると、その訴訟においては当該取締役の取締役としての非違行為の有無及び解任の当否が直接の争点となっているのに、当該取締役は、原告と対等の立場に立って攻撃防御を尽くしうる訴訟当事者としての地位を当然には保障されないままに、取締役解任という、その地位を一方的に喪失せしめられる判決の効果を甘受しなければならないこととなるが、このような訴訟手続は、解任の対象となる取締役に対する手続保障に著しく欠けるものと言わなければならない。取締役解任の訴えが社団法的な関係において、社団の機関たる地位を剥奪する手続にすぎないと解してみても、訴訟手続における手続保障の不完全性を正当化する理由にはなりえないものである。従って、当該取締役にその解任の訴えにおける被告適格を認めるのが相当である。

もちろん、判決の効果を直接受けるもう一方の当事者である会社もまた、株主総会で当該取締役の解任決議を否決した株主の総意を代表するものとして、独立した被告たるべき適格性を有することは明らかである。

そしてその判決によって形成される法律関係は、社団法的な法律関係において対世効を持つものと解され、当事者全員につき合一に確定することが要請されるものであるから、取締役解任の訴えにおいて被告となる会社と当該取締役に対する各訴訟は、固有必要的共同訴訟であると解するのが相当である。

三  これに対し原告は、乙山が被告の代表取締役であり、本訴の提起及びその内容について十分知りうるところであること、またその利益保護を図るには共同訴訟的補助参加を認めることで足りるから、会社と取締役とに対する各訴訟を固有必要的共同訴訟と解すべき必要性はないと主張する。

しかしながら、委任関係の終了という効果を受けることとなる取締役は、本訴の帰趨について、一般の株主が持つ利害を超えて特別に重大な利害関係を持つものであるから、当該取締役は、共同訴訟的補助参加によってその権利の伸長を図るのでは不十分であって、会社と同様に独立対等の当事者である被告としての適格性を認められるだけの法的利益を有しているというべきである。偶々実際の訴訟の場において、当該取締役が、訴訟提起の事実及びその内容について知っていたか、また訴訟に参加する機会を有していたか等の事情によって右判断は左右されるものではない。

なお、同様に判決の結果によって取締役の地位を失うこととなる取締役選任決議の取消訴訟や取締役選任決議の存否・効力の争われる取締役選任決議不存在確認訴訟及び同決議無効確認訴訟においては、会社のみが被告適格を有することとされているにせよ、右各訴訟の争点は、主として株主総会における取締役選任決議の存否ないしその手続上の瑕疵の存否や決議内容の法令定款違反の存否等にすぎないのであるから、訴訟の争点との関連性という観点で見る限りは、取締役解任の訴えと前記各訴えとは、質的に異なるものであって、前記各訴えにおける被告適格は、当然には本件の被告適格の帰趨を左右するものではないと解せられる。

また、平成二年法律第六四号による削除前の商法二七〇条一項や、商法二七二条の文言をもってしても、取締役解任の訴えの被告を会社のみで足りるとする十分な根拠にはなりえないというべきである。

四  したがって、解任を求める取締役を擁する会社のみを被告とする本件訴えは、その余の点につき判断するまでもなく不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永吉盛雄 裁判官 佐藤陽一 裁判官 荻原弘子)

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