大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成5年(ヨ)85号 決定 1993年3月11日

債権者

冨長利

右代理人弁護士

松本篤周

森山文昭

渥美雅康

加藤美代

債務者

堀田吉房

株式会社橋本建設

右代表者代表取締役

橋本正明

右両名代理人弁護士

浅井正

主文

一  債務者らは、別紙物件目録(略)記載の建物のうち、別紙図面(略)記載の赤斜線部分一(イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、オ、ワ、カ、イの各点を順次結んだ線で囲まれた部分)及び同図面記載の赤斜線部分二(A、B、C、D、E、F、Aの各点を順次結んだ線で囲まれた部分)につき、三階以上の建築工事を中止しなければならず、これを続行してはならない。

二  債務者らは、前項の建物につき、前項の赤斜線部分一及び同二の部分の三階以上の部分に存在する前項の建物建築のための木製の仮枠、鉄筋及びコンクリート等の構造物を本決定の送達を受けた日から五日以内に取り除け。

三  債務者らが、右期間内に前項の履行をしないときは、債権者は、債務者らの費用で、前項の仮枠、鉄筋及びコンクリート等の構造物を取り除くことができる。

事実及び理由

第一  債権者の申立ての趣旨

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、債権者が、日照を享受する権利(人格権又は所有権)に基づき、建築基準法による日影規制が存する近隣商業地域において債務者らが建築中の日影規制外建物(平均地盤面からの高さが一〇メートル以下の建物)について、その建築工事禁止(差止)の仮処分命令を求めた事案である。

第三  当事者の主張

債権者の主張は、本件仮処分命令申請書及び「準備書面」(五通)に各記載のとおりであり、債務者らの反論は、「答弁書」及び「準備書面」(四通)に各記載のとおりである。

第四  当裁判所の判断

一  本件疎明資料によれば、以下の各事実が一応認められる。

1(一)  債務者堀田吉房(以下「債務者堀田」という。)は、別紙物件目録記載一の各土地(以下「債務者土地」という。)上に同目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)の建築を計画し、債務者株式会社橋本建設(以下「債務者会社」という。)に建築工事を請け負わせ、債務者会社において、現に建築工事中である。

(二)  債権者は、別紙物件目録記載三の建物(以下「債権者建物」という。)を所有している者である。

(三)  債権者建物の南側二階開口部は、債務者土地との境界線から、約四メートル六〇センチメートル離れたところにあり、経線を基準にすると、若干東側に向いている。

2  債務者土地は、都市計画法上近隣商業地域に指定され、建築基準法上のいわゆる日影規制により、高さ一〇メートルを超える建築物については、平均地盤面からの高さ四メートルの水平面において、隣地境界線から一〇メートル以上の範囲における冬至の日の日影時間は一日三時間以内、同五メートルから一〇メートルの範囲におけるそれは、一日五時間以内におさめるよう規制されている。

3  本件建物は、設計図上、債務者土地の平均地盤面からの高さ九メートル九四センチ七ミリの三階建(一部四階建)建物である。

4  債権者建物における日照は、本件建物建築前は、一年間ほぼ完全な日照が亨受できていたが、本件建物の当初の設計図に従って本件建物が建築された場合、債権者建物における日照は、冬至において、南側二階開口部においても、ほぼ一日中日影となるような計画であった。

5  債務者らは、本件建物の当初の設計を一部変更し、三階北側の廊下のひさし部分をガラス張りにするとともに、北側屋上の一部をより傾斜の強い角度にすること等の措置を講じ、その結果、冬至における、債権者建物の南側二階開口部への日照時間は、二時間四〇分から二時間〇二分程度確保されるようになるが、右日照の確保は、その相当部分が、ガラスのひさしを通過する日照であって、右ガラスのひさしを固定するための梁による日影の考慮がなく、また、右ガラス屋根部分のメンテナンスによって影響がでるなど、かならずしも十分な日照の確保ということはできない。

6  設計変更後の本件建物による日影を、仮に建築基準法上のいわゆる日影規制にあてはめると、本件建物の平均地盤面からの高さ四メートルの水平面における、隣地境界線から五メートルの空間において、日影が五時間以上確保される部分はほとんどない。

以上のとおり一応認められ、右一応の認定を覆すに足りる疎明資料はない。

二  当裁判所の判断

右に一応認められる各事実を総合すれば、次のとおり言うことができる。

すなわち、近隣商業地域における建築基準法上の日影規制が、平均地盤面からの高さ一〇メートルを越える建物を規制対象とした趣旨は、近隣商業地域における住環境に必要な日照の確保が、三階建以上の建物については不十分になる虞があるため一律に規制し、もって、右地域における住環境を確保しようとしたものであると解するのが相当である。

そして右の趣旨からすれば、建築基準法上の日影規制の基準は、民事紛争におけるいわゆる受忍限度を判断する上においても重要な要素となると解するべきである。

右に述べた観点から、本件事案を検討した場合、本件建物は、前記一応の認定のとおり、建築基準法上の規制対象である一〇メートルぎりぎりの建物として設計された三階建の建物であり、かつ、仮に建築基準法上の日影規制にあてはめると、規制に適合できない建物であることからすれば、債務者らの内心的意図はともかくとして、客観的には建築基準法の日影規制を免れる目的をもって設計されたものとみるのが自然である。

ところで、債務者らは、設計変更の結果、債権者建物の二階開口部における日照が、二時間四〇分から二時間二分程度確保され、これにより、本件建物の日照阻害は、債権者の受忍限度内にとどまる旨主張する。

この点、建築基準法上の日影規制によると、隣地境界線から五メートルの範囲において、三時間の日照を確保しなければならないというのであるから、隣地境界線から四メートル六〇センチしか離れていない債権者建物の南側二階開口部においては、右三時間よりも若干短い時間の日照の確保であっても、なお債権者の受忍限度内にとどまると解する余地はある。

しかしながら、債務者らの設計変更による日照確保については、前記一応の認定のとおり問題点があり、右問題点に鑑みれば、債務者ら主張の日照時間の確保をもってしても、債権者の受忍限度内にとどまると言うことはできない。

ところで、本件疎明資料によれば、本件建物中、別紙図面中の赤斜線部分一及び同部分二についての三階以上の部分(以下「本件差止部分」という。)の建築工事を禁止すると、債権者建物の南側二階開口部における日照は、三時間程度に回復し、受忍限度内にとどめることができることが、一応認められ、また、本件差止部分は、本件建物の設計を前提としており、また、債権者の受忍限度内にとどめるための差止としては、債務者堀田にもっとも影響の少ない部分であると一応認められることからすれば、本件差止部分の建築工事の禁止は、債務者らにおいて、甘受すべき範囲であるというべきである。

以上のとおりであるから、本件建物のうち、本件差止部分の建築工事をすることは、債権者の受忍限度を越えていると言うべきであるから、債権者の本件申立てにかかる被保全権利について、その疎明があると言うべきであり、また、事案の性質上保全の必要性も一応認められると言うべきである。

なお、債務者らが主張する本件建物の建築が、受忍限度を越えない事情のうち、債権者建物が建築されるに際して、債務者堀田の協力があって建築基準法の建築確認申請が認められたという事情は、右受忍限度の判断を左右するに足りる事情ということはできず、また本件建物の存する地域が近い将来商業地域に変更されるという点については、その疎明がなく、また本件建物の周囲の状況(地域特性)も、前記受忍限度の判断に影響を及ぼすべきものではないと言うべきである。

(裁判官黒田豊)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例