大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)3200号 判決 1993年3月26日

原告

近藤耕司

外五六二名

右原告ら訴訟代理人弁護士

安田信彦

佐藤裕人

古川靖

被告

株式会社講談社

右代表者代表取締役

野間佐和子

被告

野間佐和子

元木昌彦

森岩弘

佐々木良輔

早川和廣

島田裕巳

右被告ら訴訟代理人弁護士

河上和雄

的場徹

同復代理人弁護士

山崎惠

成田茂

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一原告ら

被告らは、連帯して、原告らに対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれに対する平成三年一一月二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二被告ら

(本案前の申立)

本件各訴えを却下する。

(本案の申立)

主文同旨

第二事案の概要

一経緯

1  原告ら

原告らは、宗教法人幸福の科学(以下「幸福の科学」という。)の正会員、すなわち、自らの正しき心を日々探究する意欲を有し、原則として、幸福の科学の書籍を一〇冊以上読み、入会願書の審査を経て、幸福の科学に入会を認められた者であると主張している。

幸福の科学は、平成三年三月七日に大川隆法こと中川隆(以下「大川隆法」という。)を代表役員とし、「地上に降りたる仏陀(釈迦大如来)の説かれる教え、即ち、正しき心の探究、人生の目的と使命の認識、多次元宇宙観の獲得、真実なる歴史観の認識という教えに絶対的に帰依し、他の高級諸神霊、大宇宙神霊への尊崇の気持ちを持ち、恒久ユートピアを建設すること」を目的として設立された宗教法人である(<書証番号略>)。

原告らは、その具体的な信仰対象が、「神の言葉を預かる予言者にして地上に降りたる仏陀」である大川隆法であると主張している。

2  被告ら及び被告らの行為

(1) 被告講談社は、別紙一覧表記載の週刊「現代」誌、週刊「フライデー」誌、月刊「現代」誌、CADET誌等の雑誌及び書籍の出版等を目的とする会社である。

被告野間は被告講談社の代表取締役である。

被告講談社は、別紙一覧表記載のとおり、その出版する各雑誌に、幸福の科学及び大川隆法に関する各記事を掲載して、これを出版、販売、広告した。

(日刊ゲンダイとスコラの記事を除き争いがない。日刊ゲンダイとスコラがそれぞれ株式会社日刊現代、株式会社スコラの出版物であることについては争いがなく、原告らは、両会社は被告講談社グループに属すると主張する。日刊ゲンダイとスコラに別紙一覧表記載の各記事が掲載されたことについては<書証番号略>)

(2) 被告元木は、被告講談社発行の週刊「フライデー」誌の編集人であり、別紙一覧表記載のとおり、週刊「フライデー」誌に幸福の科学及び大川隆法に関する各記事を掲載した(争いがない)。

(3) 被告森岩は、被告講談社発行の週刊「現代」誌の編集人であり、別紙一覧表記載のとおり、週刊「現代」誌に幸福の科学及び大川隆法に関する各記事を掲載した(争いがない)。

(4) 被告佐々木は、被告講談社発行の月刊「現代」誌の編集人であり、別紙一覧表記載のとおり、月刊「現代」誌に幸福の科学及び大川隆法に関する各記事を掲載した(争いがない)。

(5) 被告早川は、別紙一覧表記載の週刊「フライデー」誌に幸福の科学及び大川隆法に関する各記事(該当記事末尾に同被告の名を記載した記事)を執筆した(記事の見出し部分の執筆を除き争いがない)。

(6) 被告島田は、日本女子大学文学部史学科助教授であり、別紙一覧表記載の月刊「現代」誌の各記事(該当記事末尾に同被告の名を記載した記事)を執筆した(記事の見出し部分の執筆を除き争いがない)。

3  本件請求

原告らは、別紙一覧表記載の各記事が、事実の捏造又は誹謗中傷の程度が著しい見出しや表現を含むものであり、幸福の科学及び大川隆法を誹謗中傷してその名誉を棄損すると同時に、幸福の科学の正会員として幸福の科学の宗教上の教義を信仰し、本尊である大川隆法を信仰する原告らの宗教上の人格権(自らが帰依する宗教団体及びその信仰の対象たる御本尊をみだりに汚されることのない利益並びに宗教上の領域における心の静穏の利益を併せ持つ人格権)を侵害し、またそれらの記事を読んだ他の人々から中傷され、迫害され、布教活動を妨害されるなどし、このため原告らが多大の精神的苦痛を被ったとして、被告らに対し、共同不法行為を理由に(主位的に被告ら全員の共謀ないし客観的関連共同の共同不法行為に基づき、予備的に被告元木、被告森岩、被告佐々木、被告早川及び被告島田については他人の人格的利益を侵害することのないように記事を掲載し、販売させ又は執筆すべき注意義務に違反したことを理由とする民法七〇九条、被告講談社については右記事の出版、販売についての同条のほか、被用者である被告元木、被告森岩及び被告佐々木の使用者として同法七一五条、被告野間については他人の人格的利益を侵害する出版、販売を中止すべき義務に違反した不作為による民法七〇九条にそれぞれ基づき)慰謝料の一部を請求する。

二争点

1  原告らの請求は、権利保護の利益を欠き、訴権を濫用したものか。

被告らは、次のとおり主張し、本件各訴えが不適法であると主張する。

(1) 原告らは、被告講談社の行った幸福の科学及び大川隆法に関する報道全般を無差別かつ無限定に問題とし、また信者であるというだけの理由で原告らがそれらの報道に接したかどうかを問わずに慰謝料を請求するというものであるから、本件請求は特定された法的請求とは言えない。

(2) 原告らの請求は、幸福の科学を主宰する大川隆法に対する不敬を一切許さないとするもので、思想、良心の自由、言論、出版、表現の自由に反し、公序良俗に反するものであって、不適法である。

(3) 本件各訴は、それと同一内容の集団訴訟が他に全国六か所の地方裁判所に提起されており、被告講談社の信用を失墜させ、信者を被告講談社の攻撃に駆りたて、また被告らに応訴を義務付けて、その準備、対応、応訴費用等の時間的経済的負担を課すことにより、今後被告らに幸福の科学及び大川隆法に対する批判的言論を行うことを断念させることを真の目的とするものであって、その動機目的において違法であり、訴権の濫用である。

2  被告らの行為の違法性

原告らは、別紙一覧表記載の各記事は、いずれも幸福の科学及び大川隆法に関する明らかな捏造記事、誹謗中傷記事で、市民的および政治的権利に関する国際規約(いわゆる国際人権B規約)二〇条二項にも反する等極めて違法性の高いものであるとし、被告らがこれを執筆、出版、販売、広告し、またこれを中止しなかったことが、大川隆法と深い精神的結びつきのある原告らの宗教上の人格権を侵害したと主張する。

被告らは、原告らが主張する宗教上の人格権が実定法上の根拠を欠くのみでなく、その具体的な概念、内容、要件、効果等が不明確であって権利保護の対象とはならないと主張する。

3  原告らに生じた損害の有無及びこれと被告らの行為との間の法的因果関係の有無

原告らは、別紙一覧表記載の各記事により、甚だしい精神的苦痛を受けたと主張するほか、これらを読んだ原告らの家族、親族、友人、同僚その他の者等が、幸福の科学及び大川隆法に対して誤った評価を抱き、この結果幸福の科学及び大川隆法を信仰する原告らに対し、頭ごなしに幸福の科学から脱退するように迫ったり、布教活動を妨害・拒絶したり、原告らを中傷誹謗したり、差別的取扱をしたりし、また客商売をしている原告については、悪評の流布により店の信用低下と売上の減少をきたすなどしたため、精神的苦痛を受けたと主張する。

第三争点に対する判断

一争点1について

原告らの本件請求は、被告らのした具体的な執筆、出版、販売、広告等の行為ないしこれを放置した不作為が、原告らに対する関係で違法有責であり、これによって原告らが精神的な苦痛を受けたことを理由にその損害の賠償として金銭給付を求めるものであるから、特定された法的請求であることは明らかであり、また権利保護の利益を疑うべき事情も窺われない。なお、原告らは、その被侵害利益として、「宗教上の人格権」を主張しているが、そのような権利が法的に保護されるべき実体法上の権利として認められるかどうかという問題は、不法行為に基づく損害賠償請求である本件各訴えの適法性についての判断に消長をきたさない。

また、原告らの本件請求は、幸福の科学及び大川隆法に対する被告らの執筆、出版、販売活動等を不法行為と捉え、これに基づいて損害賠償を求めているが、そのことが直ちに被告らの思想、良心の自由、言論、出版の自由を侵害するとは言えず、もとよりそれ自体が当然に公序良俗に反するものとも言えない。

さらに本件各訴えが、動機目的において違法であり、訴権の濫用であると認めることのできる証拠はない。

したがって、本件各訴えが不適法であるとする被告らの主張は理由がない。

二争点2について(この項においては、被告らの行為それ自体が原告らに対して違法性を有するか否かについて判断する。別紙一覧表記載の各記事に接した第三者らが、原告らに加害行為を行った場合についての被告らの行為の違法性については、次項において判断する)。

被告らの行為が不法行為としての違法性を帯びるかどうかは、結局のところ、被害者であると主張する原告らの被侵害利益の性質と被告らの侵害行為の態様との相関的な判断によって決せられる。

1  原告らの主張する被侵害利益は、原告らが信仰する宗教団体及び本尊に対する誹謗中傷行為によって、それらと深い精神的結びつきを有する原告ら自身の内心的、宗教的な人格上の利益が侵害されたというものである。

このように侵害の対象として主張されているのは、原告ら自身の名誉ないし名誉感情ではなく、原告らが深く信仰する宗教団体幸福の科学及び生身の人間である本尊大川隆法に対する、その宗教活動や人格等についての名誉ないし名誉感情が棄損されるような言論活動が行われたことにより苦痛を受け、心の静穏を乱されたとする原告ら自身の内心の宗教的な感情である。それ自身は、幸福の科学や大川隆法自身の法的利益とは別個の利益ではあるが、その性質上きわめて密接な関係にあることは明らかである。そして本件においては、直接の侵害の対象とされた幸福の科学及び大川隆法自身において、被告らの行為がその非財産的利益を侵害し、あるいは名誉を棄損するとして、損害賠償を求め、名誉回復を求める法的措置をとることが可能であり、現にその回復のための訴訟が係属中であることは原告らの自陳するところである。それらの名誉回復の措置等が採られた場合に、直ちに原告らの精神的な苦痛の感情が完全に慰憮されるものではないとしても、両者の性質及びその密接な関係に照らすと、大幅にその苦痛を減殺するものであることは明らかである。またそれが幸福の科学及び大川隆法に対する関係で名誉棄損等にあたらないか、名誉棄損等にあたるとしても違法性がないと判断されるような態様の名誉侵害等の行為であるとすれば、それらと密接な関係に立つ原告らに対する関係においても、侵害行為の違法性はないか、あるいはあっても軽微と評価されるものと言える。

このように、原告らの主張する被侵害利益は、幸福の科学及び大川隆法の被侵害利益とは別個のものであるとはいっても、その性質上きわめて密接で、侵害行為の態様によっては、あたかもこれを補完するにすぎないような関係にあり、原告らに固有の法的利益を認める必要性は一般的には乏しいと言わざるを得ない。

2  一方、被告らの侵害行為は、専ら言論出版広告活動等をとおして、別紙一覧表記載の各記事のような内容による批判非難によってなされているにすぎず、その各記事内容の真偽という点を除けば、行為それ自体が当然に違法性を帯びると評価できるような態様のもの、即ち宗教団体や本尊を物理的に抹殺、破壊したり、その宗教活動を強制的に阻止したり、現実的な著しい不利益を与えるなどして、原告らの信仰そのものを不能ないし著しく困難にするような態様のものではない。原告らは、その各記事内容が誤謬に満ちているとして、これを「言論の暴力」と非難する。しかし、その行為態様としては、非権力的、非物理的侵害にすぎないし、被告講談社の全国的出版物としての影響力及びそれが累次に及ぶ記事であることを斟酌しても、後になって内容の虚偽性及び違法性等が明らかになった場合になされるであろう将来の名誉等回復等の措置により、それらの被害の大部分が回復可能であると考えられるような侵害行為なのであるから、上記のように回復が不可能か又は著しく困難な損害を生じさせるような例の場合と比べて、侵害行為の態様としては、強度のものとまでは言えない。

3  以上のような原告らの主張する被侵害利益の性質と侵害行為の態様とを相関的に考慮してみると、原告らがその信仰の対象である幸福の科学及び大川隆法に対する被告らの批判的行動等によって、精神的な苦痛を覚えたにせよ、それが社会的に許容された受忍限度を超える程度のものとまでは解せられない。したがって、被告らの行為等が原告らに対する関係で、不法行為上の違法性があるとまで評価することはできない。

三争点3について

別紙一覧表記載の各記事を読んだ原告らの家族、親族、友人、同僚その他の者等の介在した行為そのものが社会的にみて違法性があるとは言えない程度のものについては、行為の違法性としては争点2において判断したところと異なるところはなく、結局被告らの行為等について全体として違法性があるとは評価できない。また、それらの各人の行為が社会的に見て違法性を帯びると評価できるものがある場合でも、右各記事自体の内容からみて、特に原告らが指摘するような違法行為を煽動しあるいはこれを慫慂しているとまでは認められない本件においては、それらの各行為者による独自の違法行為と評価されるものであって、最早被告らの行為等とは別個独立の新たな不法行為と言うべきである。したがって、これによって原告らが被った損害と被告らの行為等との間には相当因果関係を認めることはできない。

なお、被告らの行為等の結果、悪評の流布により店の信用低下と売上の減少をきたすなどしたときには、財産上の損害賠償請求が可能な場合があるが、通常はそれによって精神的損害も填補されると解されるから、他に特段の主張のない本件においては、精神的損害の填補を求める原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官佐藤陽一 裁判官生野考司 裁判官鈴木芳胤)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例