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名古屋地方裁判所 平成2年(行ウ)5号 判決 1994年6月15日

原告 丸中縫工株式会社

被告 西尾税務署長 ほか一名

代理人 長谷川恭宏 加藤裕 田中勲 松井運仁 ほか四名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告西尾税務署長が昭和六三年三月三一日付けでした原告の昭和六一年三月一日から昭和六二年二月二八日までの事業年度(以下「本件係争事業年度」という。)の法人税の更正のうち所得金額一三八万四五六九円、納付すべき税額四二万二八〇〇円を超える部分(審査裁決により一部取り消された後のもの)及び過少申告加算税賦課決定(審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

二  被告国税不服審判所長が平成元年一一月二二日付けでした審査裁決(更正及び過少申告加算税の賦課決定の一部を取り消した部分を除く。)を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告は、衣服等の縫製加工等を業とする株式会社であり、本件係争事業年度における原告の役員の職務の状況等は、別紙一記載のとおりである(<証拠略>)。

2  原告は、本件係争事業年度の法人税につき、代表取締役天野恒夫(以下「恒夫」という。)に対する役員報酬を一八〇〇万円、取締役天野さだ子(以下「さだ子」といい、恒夫と合わせて「恒夫ら」という。)に対する役員報酬を九六〇万円とし、それぞれを損金の額に算入して所得金額を一三八万四五六九円と計算し確定申告をした。

3  被告西尾税務署長は、右確定申告に対し、昭和六三年三月三一日付けで更正(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。また、被告国税不服審判所長は、本件更正処分及び本件賦課決定処分に対し原告がした審査請求に対して、平成元年一一月二二日付けで審査裁決(以下「本件裁決」という。)をした。本件更正処分及び本件賦課決定処分並びに本件裁決の手続の経緯は、別紙二記載のとおりである。

4  原告の昭和五九年度ないし昭和六三年度における売上金額、役員報酬額、使用人の給料支給状況等は別紙三記載のとおりである(<証拠略>)。

また、被告西尾税務署長が本訴において法人税法施行令(以下「令」という。)六九条一号における同業種・類似規模の法人として用いた法人は別紙四記載のとおりであり(以下、それら法人を「本件類似法人」という。)別紙五及び六は、売上金額と役員報酬額に関し本件類似法人と原告との関係を示したものである。

5  国税不服審判所の担当審判官が原処分庁から任意に提出を受けた書類は、<1>法人税決議書(本件係争事業年度分)、<2>類似法人検討表、<3>質問てん末書(恒夫に対する質問応答)、<4>現金出納長(昭和六一年三月から昭和六二年二月まで)、<5>昭和六一年分所得税源泉徴収簿、<6>取締役会議事録、<7>総勘定元帳の役員報酬勘定、<8>セントラルマネジメント誌の抜粋、<9>「丸中縫工(株)の報酬について」と題する書面、<10>類似法人検討表作成のための資料(類似法人の申告書、当該申告書に添付されていた貸借対照表、損益計算書、役員の報酬手当等及び人件費の内訳書並びに概況書の写し)である。また、同審判官が職権により取り寄せた書類等は存在しない(弁論の全趣旨)。そして、同審判官は、平成元年三月一七日、<1>及び<2>の書類を原告の閲覧に供した。

二  争点に関する当事者の主張

1  本件更正処分及び本件賦課決定処分の適法性について

(一) 原告の主張

(1) 法人税法三四条一項の合憲性について

<1> 法人税法(以下「法」という。)三四条一項に規定する「不相当に高額」という要件は納税者が申告に際し判断しなければならないものであるから、具体的に判断できるだけの明確性を備えていなければならないところ、右概念は積極的に定義づけることが困難な概念である。また、令六九条一号の規定する「不相当に高額」か否かの判断基準も、極めて抽象的、曖昧で不明確である。したがって、それらの規定において、納税者が申告に際し「不相当に高額」でない役員報酬、すなわち、適法な税額を申告するために役立つ具体的な基準を定めているということはできない。そして、その他「不相当に高額」か否かについての具体的な基準を公示することを義務づけた規定は存しないし、課税庁から具体的な資料も公表されていない。したがって、通常の判断能力を有する一般人にとって、「不相当に高額」な金額を正確に予測することは困難である。

<2> よって、法三四条一項の規定は、国民経済生活に法的安定性と予測可能性を付与する課税要件明確主義を宣明する憲法八四条に違反して無効であるから、右法令に基づいてされた本件更正処分及び本件更正処分を前提としてされた本件賦課決定処分は、違法である。

(2) 適用違憲について

<1> 法三四条一項の「不相当に高額」なる概念は、令六九条一号に照らしても一般の納税者が申告時に具体的に判断できるだけの明確性を備えているとはいえないが、本条項をあえて合憲的に解釈するとすれば、<2>に述べるとおり「不相当に高額」を「明白かつ著しく高額な報酬」に限定すべきである。

<2> すなわち、役員報酬は、本来、当該法人とその受任者である役員が私的自治の原則にしたがって自由かつ合理的に決定すべき事柄であるから、その報酬契約に当たって勘案された、あるいは存在していた個別具体的な事情は、その役員報酬が「不相当に高額」か否かを決定するについては最大限尊重されなければならない。しかし、ときに右権利を濫用し経済的合理性を著しく無視した役員報酬が決定される場合があるため、課税の公平と私的自治の原則を調整する見地から、看過できないほど著しく高額な役員報酬に対する課税上の特例として法三四条一項が規定されたものである。

したがって、報酬金額の相当性については当該法人の個別具体的な事情に起因して相当な幅があるところ、同項は、その相当性の限界を超えてさらに高額な部分の金額をはじめて否認する趣旨、課税上看過しえない例外的な報酬金額に適用される趣旨の規定であるというべきである。そして、右趣旨に従って同項を合憲的に解釈すれば、法三四条一項にいう不相当に高額な報酬とは、令六九条一号が例示列挙する、a 当該役員の職務の内容、b 当該内国法人の収益、c 使用人に対する給与支給状況、d 類似法人の役員報酬の支給状況、e その他に照らして「明白かつ著しく高額な報酬」をいうと解すべきである。

<3> しかるに、本件更正処分は、法三四条一項について右のような合憲限定解釈が可能であるにもかかわらず、もっぱら租税回避防止の観点のみから令六九条一号に定める前記abceの列挙事項を無視し前記dを「類似法人の平均報酬額」と文理を逸脱した恣意的な解釈をすることにより、類似法人の平均報酬額以上の金額は、「不相当に高額な部分の金額」に当たるとして行われたものである。

しかしながら、納税者は、申告に際し「類似法人」の平均報酬額を知ることは不可能であるから、右解釈による場合には申告の際に予測不可能な金額によって課税される結果となる。また、納税者は、課税処分後においても「類似法人」の平均報酬額の正否を検証する手段を持たないため、違法な課税処分に対し、行政不服審査や行政訴訟を提起すべきか否かについての客観的・合理的な判断を加えることも事実上不可能である。したがって、平均報酬額を基準とする本件更正処分は、課税要件明確主義に違反している。

<4> よって、本件更正処分は、法三四条一項及び令六九条一号につき、課税要件明確主義を定めた憲法八四条に反する違憲的な解釈適用をしてされたものであるから違法であり、本件更正処分を前提としてされた本件賦課決定処分も、違法である。

(3) 本件更正処分の法三四条一項及び令六九条一号違反について

<1> 法三四条一項の不相当に高額な報酬とは、文理上、相当の幅を有する報酬額のうち、「明白かつ著しく高額な報酬」を意味するものであるが、その実質的な判断は、令六九条一号の前記aないしeの各基準に該当する諸事実を総合勘案して判断するか、又は右各基準のどれか一つから合理的な説明が可能であれば他の特段の事情がない限り相当な報酬と判断するかのいずれかの解釈によりされるべきである。

<2> しかるに、被告西尾税務署長は、前記dの「同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する報酬の支給状況」を「類似法人の役員の平均報酬額」であるとし、これを上回る報酬を不相当に高額な報酬と解釈し原告に適用した。しかしながら、法三四条一項及び令六九条一号の法文をどのように解釈しても、「類似法人」の平均報酬額という基準を導き出すことはできないのであって、被告西尾税務署長の右解釈は、課税の便宜のために法令の文言から著しく離れた恣意的なものと言わざるを得ず、納税者に不意打ちを与えるものである。

さらに、右解釈は、法三四条一項が権利の濫用にわたるような例外的なケースを規制する趣旨であるのに、全体のおよそ半数のケースを規制する結果となる点において、また、令六九条一号の「その役員の職務の内容」「その法人の収益の状況」など他の実質基準を考慮すべきであるのにそれらを全く無視し、本来重視さるべき当該法人の個別具体的な事情を捨象して判断している点において、右各条項に明らかに違反している。

<3> なお、本件類似法人の抽出基準も合理性を欠いているというべきである。すなわち、本件類似法人のように抽出対象を特定業種、規模、地域に限定すると、役員報酬の平均レベルの低い場合には、低い報酬額を強いることとなり、税の公平に反する(したがって、業種、規模等に関係なく、全法人について役員報酬額の支給の傾向をも参酌すべきである。)。また、原告は、枕カバーやブラウスも若干製造していたのであるから、原告の業種を外衣製造業(和式を除く)とのみ把握したことは誤りである。さらに、本件類似法人の中に他業種を営業している法人を取り込んでいたり、取締役の報酬及び人数の中に監査役の報酬及び人数を取り込んでいる可能性があり、そのサンプリングが正確であるとはいえない。

<4> したがって、本件更正処分は、法三四条一項及び令六九条一号に違反してされた違法な処分である。

(4) 令六九条二号について

本件係争事業年度の役員報酬額(恒夫につき月額一五〇万円、さだ子につき月額八〇万円)は、昭和六一年二月二三日の取締役会において決定されたものである。したがって、恒夫らに対する右報酬の支給は、令六九条二号の「報酬として支給することのできる金額」の限度内である。

なお、被告西尾税務署長は、本件口頭弁論期日において右決定がされたことをいったん認めたにもかかわらず、後にこれを否認するに至った。原告は、右自白の撤回に異議がある。

(5) よって、原告は、本件更正処分及び本件賦課決定処分の取消しを求める。

(二) 被告西尾税務署長の主張

(1) 法三四条一項の合憲性について

<1> 法三四条一項は、「役員報酬のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額」は損金不算入となる旨規定しており、同項に基づく令六九条も、不相当に高額な部分の金額について客観的数値をもって具体的に示してはいない。しかし、経済生活の安定と予測可能性という租税法律主義の目的とするところが実質的に阻害されない限り、租税の公平負担の原則から見て不確定概念をもって課税要件を定めることは許されないものではなく、また、当該法人の役員報酬が不相当に高額であるか否かは、令六九条各号に掲げられた諸々の事情等に照らせば自ずから明らかとなるものであり、その予測も不可能ではない。したがって、法三四条一項は、租税法律主義に違反するものではない。

<2> なお、本件においては、令六九条一号掲記の勘案事項を総合検討した結果、類似法人の平均報酬額をもって相当な金額と判断したに過ぎず(したがって、右勘案事項を無視したものではない。)、申告に際し一般的に「類似法人」の平均報酬額を把握する必要はないから、(一)(2)<3>の原告の主張は、失当というべきである。

(2) 法三四条一項及び令六九条一号違反について

<1> (1)記載のとおり、法三四条一項の「不相当に高額な部分の金額」については令六九条一号に定めがあるが、同号に基づく過大な役員の報酬額の判断は、あくまで支給された報酬が提供された役務の評価額として所得の計算上損金として認められるべき範囲内であるか否かという観点からなされるものである。そして、報酬が法人の役員の職務の内容等から見て対価として相当であると認められる金額を超える場合には、その超える部分が高額部分となるのであるが、不相当に高額であるか否かは、右規定に掲げられた諸々の事情等に照せば自ずから明らかとなるべきものである。

ところで、役員の職務の対価として相当であると認められる金額は、同号掲記の勘案事項を総合検討して判断すべきであるが、具体的には、通達回答方式によって抽出した類似法人の役員報酬支給状況の検討によって相当性の判断の基準となる具体的・客観的数値(平均値)を求めるとともに、当該法人における役員の職務の内容、当該法人の収益の状況及び使用人に対する給料の支給状況という事情の中に当該法人の固有のものとして特別に考慮すべき事情があるか否かを検討して右平均値を増減することによりなすべきである。しかるに、原告においては右平均値を増減すべき具体的・客観的理由は認められなかったことから、被告西尾税務署長は、原告の役員報酬額を類似法人の平均報酬額とした。原告における具体的な高額部分算定の方法は、<2>のとおりである。

<2> すなわち、被告西尾税務署長は、通達回答方式によって抽出した本件類似法人一四社の検討を行ったところ、原告の売上金額は本件類似法人の売上金額の平均額に近似しているのに対し、原告の代表取締役報酬額及び取締役報酬額はいずれも、本件類似法人の役員報酬支給状況に対比して極めて多額であった。そして、本件においては、類似法人の役員報酬支給額の状況を相当な報酬額の判断材料の一つとすべきことから、ばらつきのあるデータを欠落のないように一つの具体的判断材料とするために平均値をとったものであるところ、右平均値以外に、役員報酬相当額の具体的・客観的数値を見出せないことから、令六九条一号に規定する類似法人の役員報酬支給額の状況については、本件類似法人の平均値であると判断したのである。

さらに、他の勘案すべき状況等について見るに、本件係争事業年度における原告役員の職務の内容及び状況は、それ以前の事業年度と変わるものではなく、また、職務の内容も役員として通常行うべきものであったことから、類似法人の役員と比べて際立った違いがあるとは認められない上、原告の本件係争事業年度における売上増加はラックコートの製造販売によるものであるところ、ラックコート等の婦人用衣服のヒットは、原告が右商品の製造販売を開始する以前の昭和五九年ころには始まっており、また、右商品のヒットにより原告の同業者の多くが右商品の製造販売に参入し、いずれの商品も飛ぶように売れたのであるから、単に大幅な売上増加があることをもって原告の特殊事情であるということもできない。

さらに、使用人に対する本件係争事業年度における給料の額は、前事業年度に比べわずかに約五〇万円増加しているに過ぎないのに対し、賞与の額は、約九六万円の増加となっている。したがって、他の勘案すべき状況等の検討からでは前記平均値にさらに報酬額を加減すべき具体的・客観的理由は認められないから、原告の役員報酬の相当額は本件類似法人の平均値(代表取締役は六二〇万円、取締役は三八〇万円)であるというべきであって、右平均値を超える部分の金額は「不相当に高額な部分の金額」に当たり、法人所得の計算上損金に算入することはできない。

<3> なお、原告は、(一)(3)<2>のように主張するが、令六九条一号の「当該役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額」の具体的認定に当たっては、類似法人における役員報酬の支払状況のみならず問題となった類似法人について当該役員の職務の内容、当該類似法人の収益及びその使用人に対する給料の支給の状況をも勘案するのであるから、これらの法人の独自の状況如何によっては、本件類似法人の平均報酬額がそのまま当該類似法人における「相当であると認められる金額」となるとはいえないから、その指摘は当たらない。

(3) 令六九条二号違反について

原告の取締役会議事録(<証拠略>)においては、恒夫、さだ子及び非常勤取締役である恒夫の父天野勇が、昭和六一年二月二三日開催の取締役会において役員報酬を増額することを決議した旨記載されているが、原告の役員報酬は少なくとも昭和六一年一二月までは増額されたとする額の全額の支払はされていないこと、役員報酬に対する源泉徴収税額は未払額を含めた役員報酬計上額に対する税額のうち実際に支給した額の割合をもって計算されるところ、本件では実際に支給した額そのものに対する税額を計算・納付していることからして、前記決議がされたと評価することはできない。したがって、本件係争事業年度の増額部分に係る役員報酬は、すべて高額部分となり、法人所得の計算上損金の額に算入することはできない。

(4) 以上によれば、(3)においてはもとより、(2)においても原告における役員報酬の損金不算入額は一七六〇万円であり、原告の本件係争事業年度の課税所得金額は一八九八万四五六九円となるから、本件更正処分(本件裁決により一部取り消された後のもの)はその範囲内にあり適法である。また、原告は、本件係争事業年度に係る所得金額を過少に申告していたので、被告は、本件更正処分(本件裁決により一部取り消された後のもの)に伴い原告が納付すべき法人税額を基礎として過少申告加算税を賦課決定したものであるから、本件賦課決定処分(本件裁決により一部取り消された後のもの)は適法である。

2  本件裁決の適法性について

(一) 原告

(1) 本件裁決には、以下のような裁決固有の手続的瑕疵がある。

原告は、閲覧申立書により、又は国税不服審判所の担当審判官(以下「担当審判官」という。)との口頭のやりとりによって、本件更正処分のもととなった全資料の閲覧請求をしたところ、右担当審判官は、一連の手元資料のうち、閲覧の対象をわずかに「法人税決議書」と「類似法人検討表」(いずれも昭和六一年三月一日から昭和六二年二月二八日までの事業年度分)の二種類に限定し、その余の文書の閲覧を拒否した。

しかしながら、国税通則法九六条二項における閲覧の対象となる書類その他の物件は、担当審判官が職権によって取り寄せた書類等も含め閲覧請求時点に存在するものすべてと解すべきであるから、担当審判官が原告の閲覧に供すべき書類としては、<1>類似法人の申告書及びその添付書類(明細書、損益計算書、貸借対照表、内訳書等)等原処分庁から提出を受けた書類、<2>原処分庁から職権にて取り寄せた書類、<3>担当審判官の調査メモ等被告国税不服審判所長が収集した全資料というべきである。したがって、前記担当審判官の措置は、審査請求人の書類等閲覧請求権を侵害する違法な措置であって、本件裁決には手続的瑕疵があるというべきである。

(2) よって、原告は、本件裁決の取消しを求める。

(二) 被告国税不服審判所長

(1) 国税通則法九六条二項にいう閲覧請求の対象となる書類等は、原処分庁から任意に提出された書類等に限られ、担当審判官が職権によって取り寄せた書類等及び担当審判官が自ら収集した資料は含まれないと解すべきである。また、閲覧請求の対象となる書類等であっても、第三者の利益を害するおそれがあると認めるとき、その他正当の利益があるときには閲覧を拒むことができる。

本件において、国税不服審判所の担当審判官が原処分庁から任意に提出を受けた書類は、前記第二の一5記載の各書類であったところ、原告及びその代理人らが提出した閲覧申立書には、閲覧請求書類につき「原処分庁の採用した類似法人に関する一切の資料」と記載されていたことから、担当審判官は、右申立書記載の閲覧請求書類には、前記書類のうち<1><2><10>が該当すると判断した。そして、担当審判官は、右<1><2>についてはこれを原告に閲覧させたが、<10>については、法九六条二項に規定する第三者の個人的秘密に属する記載があり、客観的に第三者の利益を害すると認められる事項が記載されていると判断して閲覧に供しなかったものである。また、<10>を閲覧に供しなかったものの、第三者の利益を害するおそれがあるものを除いてこれを要約した類似法人検討表を閲覧に供しているのであるから、裁決手続における原告の防御権は実質的に保障されているのであり、何ら違法はないというべきである。

(2) したがって、本件裁決には手続的瑕疵はない。

第三当裁判所の判断

一  本件更正処分及び本件賦課決定処分の適法性について

1  法三四条一項の合憲性について

(一) 法三四条一項は、「内国法人がその役員に対して支給する報酬の額のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない」と規定しているが、右規定の趣旨は、役員報酬は役務の対価として企業会計上は損金に算入されるべきものであるところ、法人によっては実際は賞与に当たるものを報酬の名目で役員に給付する傾向があるため、そのような隠れた利益処分に対処し、課税の公正を確保しようとするところにある。そして、令六九条は、右規定を受けて「不相当に高額な部分の金額」を、支給した報酬の金額のうち、<1>当該役員の職務の内容、当該法人の収益及び使用人に対する給料の支給の状況、同種・類似規模の法人の役員報酬の支給の状況等に照らし相当であると認められる金額を超える部分の金額(一号)、又は、<2>定款の規定、株主総会の決議等により定められている役員報酬の限度額を超える部分の金額(二号)のいずれか多い金額であるとしている。

したがって、法三四条一項の「不相当に高額な部分の金額」それ自体は不確定概念ではあるものの、法の趣旨によりその意義を明確になしうるものであり、しかも政令に定められた内容によって、その判断基準も客観的に明らかになっているといえるから、同条項は、憲法八四条の課税要件明確主義に反するものではないというべきである。

(二) なお、原告は、令六九条一号の内容をもってしても、相当であると認められる金額の予測は不可能であるなどとして法三四条一項は憲法八四条に違反する、又は合憲限定解釈を必要とする旨主張するが、令六九条一号に定められた当該役員の職務の内容、当該法人の収益及び使用人に対する給料の支給の状況という判断基準は納税者自身において把握している事柄であり、同業種・類似規模の法人の役員報酬の支給状況(これが決定的基準でないことは、後記のとおりである。)についても入手可能な資料からある程度予測ができるものであるから、相当であると認められる金額を超える部分であるか否かは、申告時において納税者においても判断可能であるといえる。したがって、この点に関する原告の主張は、採用できない。

2  本件更正処分の法三四条一項、令六九条適合性について

(一) 令六九条一号(実質的基準)について

(1) まず、令六九条一号に規定される「相当であると認められる金額を超える部分の金額」については、当該役員の職務の内容、当該法人の収益及び使用人に対する給料の支給の状況、同業種・類似規模の法人の役員報酬の支給の状況等に照らして定まる客観的相当額(ある役員の役務の対価として相当と認められる金額は一定額に限られるものではないから、ここにいう額は、その性質上、相当と認められる金額中の最高額を意味することになる。)を超える部分の金額が、これに当たるというべきである。そして、右客観的相当額の算定については、令六九条一号に規定する事項を総合考慮して、当該法人の各役員について、職務に対する対価として相当であると認められる金額の限度を確定すべきである。

右の点につき原告は、法三四条一項の「不相当に高額な部分の金額」は「明白かつ著しく高額な金額」と解釈されるべきである旨主張するが、法及び令の文言にない「明白」とか「著しく」といった要件を付加すべき合理的根拠はない。

他方、被告西尾税務署長は、本件類似法人の役員報酬額の平均値を基準とし、原告にこれを増減すべき固有の特別事情があるか否かを検討すべきであると主張するが、令六九条一号の文言からそのような結論を導き出すことはできない上、平均値が原則的として相当な報酬額の上限であるとすべき合理的根拠もない(役員報酬は各法人においてその具体的事情に応じ個別的に定めているものであり、類似法人として業種等の条件がほぼ同一の法人を抽出することができた場合であっても、法人間で報酬額に多少の差異があるのが通常である。その場合に原則としてその平均値が相当な報酬額であり、特殊事情がなければ、平均値を超える額は常に不相当に高額な部分となるとすることができないことは、明らかである。)。したがって、被告西尾税務署長の主張するように、特別事情がなければ平均値が相当な報酬額の上限であるという判断方法も採用することはできない。

(2) そこで、次に、令六九条一号に規定する基準を総合考慮して原告における客観的相当額を検討する前提として、まず、令六九条一号掲記の事情のうち、原告における役員の職務の内容、収益の状況及び使用人に対する給料の支給の状況等について、見ることとする。

<1> 役員の職務の内容

<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。

a 恒夫は、枕カバー製造業として原告を設立したが、昭和五七年ころからワーキングウェアの試作を始め、昭和五八年ころからラックコートの商品名でその生産を開始したこと。

b そして、昭和五九年からその売れ行きが好調になり、昭和五九年、昭和六〇年には、それぞれ、二万枚を製造販売したこと。

c また、昭和六一年一月には当時の製造能力を超える一〇万枚にのぼる大量の注文が来たため、本件係争事業年度においてはワーキングウェアの製造販売に専念したこと。

d 恒夫らは、昭和六一年四月ころからは右の注文を処理するため早朝から深夜まで働かなければならないことが多くなり、また、休日を返上してラックコートの製造に従事するようになったこと。

e 原告は、縫い子等として数名(四月までは四人、五月から一〇月までは五人、一一月、一二月は六人)のパートタイム従業員を雇用していたが、そのほかに約三〇箇所に縫製の外注をしていたこと。

f 恒夫は、代表取締役として会社業務全般に従事し、特に、外注先の確保や指導に当たり、さだ子も常勤の取締役として恒夫の職務全般を補佐し、また、自ら縫製を担当したほか、縫い子に縫製の指導をするなどしたこと。

右各事実及び前記第二の一4の原告の収益の状況によれば、本件係争事業年度の恒夫らの取締役としての職務の内容は、前年度に比して、かなり、多忙なものであったものと認められる。

<2> 原告の収益の状況

前記第二の一4の原告の収益の状況及び<証拠略>によれば、本件係争事業年度は前年度に比して、原告の売上金額は約一・四三倍となり、売上総利益では約二・二五倍となったことが認められる。

<3> 使用人に対する給料の支給状況

前記第二の一4の使用人に対する給料の支給状況によれば、本件係争事業年度は前年度に比して、使用人(パートタイム従業員)の給料の総額は約四六万円(約一・一六倍に)増加し、賞与の総額は約九六万円(一・六四倍に)増加したことが認められる。

(3) 次に、令六九条一号掲記の事情のうち、類似法人における役員報酬の支給状況について検討する。

<1> 本件類似法人の抽出基準について

<証拠略>によれば、被告西尾税務署長は、原告の業種を日本産業分類における外衣製造業(和式を除く)と捉らえて、これと同種の営業を営み規模の類似する法人(具体的には、いわゆる倍半基準を採用し、売上金額が九三一六万円を超え、三億七二六七万円以下の範囲内にある法人で申告所得金額が欠損金額でないもの)を基準とし、愛知県三河地区を対象地区と選定して、類似法人の抽出を行ったことが認められる。

原告は、右抽出基準について、業種、規模、地区を限定することはそれら法人役員報酬の平均的レベルが低い場合には税の公平に反する旨主張するが、令六九条一号は、同業種・類似規模の法人を掲げている上、一般的に見て同業種・類似規模で同地域にあれば、当該法人も同様の経済状況にあり、また、その役員の役務に対する報酬として通常支払われる額も類似するといえるから、右基準は、何ら不合理ではなく、原告の右主張は、採用できない。

また、原告は、外衣製造業(和式を除く。)は原告の業種に合致していない旨主張するが、ラックコートの素材、形状等(<証拠略>)からして右の製造は和式を除く外衣製造業に当たるものと認められ、しかも、前示のように原告は昭和六一年四月からはもっぱら右製品の製造を行っていたものであるから、被告西尾税務署長の原告に関する業種把握は正当というべきである。

ところで、同業種・類似規模の法人の抽出については、報酬額の比較のための資料である以上、業種、業態、規模(売上金額、期末資産合計額、従業員数)、収益状況等できるだけ当該法人と類似するものであることが望ましいものの、その報酬額は客観的に相当な金額を算定するための一資料として用いられるに過ぎないものであることからすれば、その類似性は厳密なものでなくとも資料としての意義は失われないものと考えられる。したがって、本件においては、被告西尾税務署長の抽出基準が業種、規模(売上金額のみ)、地域に限られており、類似性の点で若干緩やかなきらいはあるものの、資料としての意義は有するものと解される。

なお、原告は、本件類似法人の抽出作業の正確性に疑問を呈するが、<証拠略>によれば、本件類似法人は、本訴提起後、被告西尾税務署長において再度前記基準によって抽出し直したものであることが認められ、その正確性に疑問を入れるべき事情を認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、セントラルマネジメントなる雑誌(<証拠略>)を用いて原告の役員報酬として相当であるとする金額を算出しているが、それによっては、資本金ランクと常勤役員の役位とのみによる分類に基づく平均報酬月収しか把握できないから、右金額は、同業種・類似規模の法人における役員報酬額の資料として適当ではない。

<2> 本件類似法人と原告との役員報酬額の比較

別紙四によれば、次の点を指摘することができる。

a 原告の本件係争事業年度の売上金額と本件類似法人の売上金額の平均はほぼ類似すること。

b 原告の期末資産合計額は、本件類似法人の期末資産合計額の平均の約一・二倍であり、役員報酬額を除外しない原告の営業利益は、本件類似法人の営業利益の平均の約一・四五倍であること。

c 役員報酬額については、恒夫の報酬額は本件類似法人の代表取締役の平均の約二・九三倍であり、さだ子の報酬額も本件類似法人のその他の取締役の平均の約二・五六倍であること。

d 本件類似法人のうちの役員最高報酬額は、代表取締役については八四〇万円であって恒夫の報酬額はその約二・一四倍であり、その他の取締役については七六四万円であってさだ子の報酬額はその約一・二六倍であること。

右によれば、本件類似法人と比較して、原告において役員報酬額が著しく多くなっていることは明らかである。

(4) また、別紙三のとおり、原告は、本件係争年度においては、役員に賞与を支給せず、また、株主への配当をしていない(争いがない。)。

(5) そこで、(2)ないし(4)の諸点を総合考慮するに、本件係争事業年度においては、恒夫らの役員としての職務内容における最大の変化は、ラックコートの大量の注文を処理するため勤務時間が著しく長くなったという点にあり、その質において前年から基本的な変化があったとすることはできない(原告は、昭和五九年からラックコートを売り出しており、昭和六〇年には約二万枚を製造販売しているのであるから、恒夫らの職務が昭和六一年になって質的に大きく変化したとすることはできない。また、昭和六一年三月以降に製造販売したラックコートは、同年一月の時点ですでに約一〇万枚の注文があったのであるから、恒夫らが、本件係争事業年度においてその新規注文をとるために特別の働きをしたとすることはできない。)。

また、原告は、約三〇箇所の外注先を有していたのに対し、直接雇用していたのは、パートタイムの従業員数名であり、その給与の総額が昭和六〇年と比較して約四六万円しか増加していないことからすると、原告における製造の中心は外注先であったというべきであり、恒夫らの職務は、外注先の確保・指導と、原告における製造の一部担当、取引先との対応等の事務が中心となっていたものと認められる(<証拠略>)。

ところで、恒夫らは、株式会社の取締役であるから、一般の従業員とは異なり、その超過勤務時間に応じて給与を支給すべきものではないが、その報酬の決定に当たっては、勤務時間も十分考慮すべきところ、その評価は、右の態様の職務内容からして、原告の売上金額の増加(約一・四三倍)を基本とし、これに売上総利益の増加(約二・二五倍)を加味して行うのが最も合理的と考えられる(ただし、ラックコートは、いわゆるヒット商品として飛ぶように売れたのであるから(甲一六、原告代表者)、当然に利益率は高くなる。したがって、役務の対価としての報酬の相当額を判断するに際しては、利益率の増加を特に重視することはできない。特に商品のヒットに基づく利益の増加のような一時的な利益の増加は、本来、役務の対価としての報酬ではなく、利益配分としての賞与の支給額の決定に際して考慮されるべき性質のものである。)。

そうすると、右の事情からして、恒夫らの報酬については、前年度の一・五倍までの範囲で増額(恒夫については五四〇万円、さだ子については四五〇万円)がされた場合には、相当な報酬の範囲内にあるものといえる。

そこで、さらに、右の点を前提とした上、類似法人の役員の報酬額を併せ検討するに、原告の売上金額は、類似法人の売上金額の平均額とほぼ一致しており、本件においては、原告の役員の報酬が類似法人の役員の平均報酬額(被告西尾税務署長は、代表取締役については、六二〇万円、その他の取締役については三八〇万円としている。)を下回るのが相当であるとすべき特段の事情を認めることはできない。

そうすると、前示の(2)ないし(4)の諸事情を、右に判示した点に着目して、総合考慮すると、恒夫については、平均報酬額に基づく六二〇万円が相当額の上限、さだ子については、前年の報酬額を一・五倍した四五〇万円が相当額の上限と認めるのが相当である。

(6) したがって、令六九条一号によると、本件係争事業年度における不相当に高額な部分として損金不算入にすることができる金額は、恒夫に支給された報酬一八〇〇万円のうち右相当額六二〇万円を超える部分一一八〇万円とさだ子に支給された九六〇万円のうち右相当額四五〇万円を超える部分五一〇万円との合計額一六九〇万円となる。

(二) 令六九条二号(形式的基準)について

<証拠略>によれば、恒夫、さだ子及び非常勤取締役である恒夫の父天野勇は、昭和六一年二月二三日開催の取締役会において役員報酬を恒夫につき月額一五〇万円に、さだ子につき月額八〇万円に増額することを決議したことが認められる。被告西尾税務署長の指摘する点(第二の二1(二)(3))は、いずれも右認定を覆すに足りない。したがって、恒夫らに対する本件係争事業年度の役員報酬の支給は、いずれも令六九条二号の報酬として支給することができる金額の限度内であるから(原告においては、昭和五九年四月三〇日の株主総会において取締役の報酬総額の上限を三〇〇〇万円と定め、その具体的金額の決定は取締役会に委ねていたものと認められる(<証拠略>)。)、同号の基準から見た不相当に高額な部分として損金不算入となるべき金額は存在しないこととなる。

(三)(1) (一)及び(二)によれば、原告について法三四条一項の「不相当に高額な部分の金額」として損金不算入とすることができる金額は、令六九条一号による一六九〇万円となる。

(2) そうすると、原告の本件係争事業年度における所得金額は、申告に係る一三八万四五六九円に右損金不算入額を加算した一八二八万四五六九円となり、本件裁決において認定された所得金額一六三八万四五六九円を超えることになるから、本件更正処分(本件裁決により取り消された後のもの)は適法であり、本件賦課決定処分(本件裁決により取り消された後のもの)も適法というべきである。

二  本件裁決の適法性について

1  閲覧請求書類について

<証拠略>によれば、原告の提出した平成元年二月一七日付け及び同月二二日付け閲覧申立書には、「上記審査請求事件に係る原処分庁の採用した類似法人に関する一切の資料を閲覧賜りたく申立をする。」と記載されていること、平成元年三月一七日の閲覧日以後においても原告から右類似法人に関する書類以外の書類の閲覧の申入れはなかったことが認められる(原告は、口頭により「原処分庁から提出された一切の書類その他」の閲覧を請求したとするが、本件全証拠によっても右事実を認めることはできない。)。

そうすると、原告は、「原処分庁の採用した類似法人に関する一切の資料」の閲覧のみを申請したものと認めることができる。

そして、第二の一5の事実によると、右閲覧請求に係る書類は、<1>法人税決議書(本件係争事業年度分)、<2>類似法人検討表、<10>類似法人検討表作成のための資料(類似法人の申告書、当該申告書に添付されていた貸借対照表、損益計算書、役員の報酬手当等及び人件費の内訳書並びに概況書の写し)であると認められ、そのうち<10>のみが原告の閲覧に供されなかったことになる。

2  本件裁決に手続的瑕疵は存するか。

(一) 前記1の閲覧請求書類のうち、<10>類似法人検討表作成のための資料(類似法人の申告書、当該申告書に添付されていた貸借対照表、損益計算書、役員の報酬手当等及び人件費の内訳書並びに概況書の写し)について、国税通則法九六条二項に規定する閲覧拒絶事由があるか否かについて検討するに、<証拠略>によれば、右資料には、類似法人の営業内容の調査結果、役員・使用人の報酬・賞与等の個人情報に関する事項が含まれていたものと認められるから、右資料を閲覧に供することは第三者の利益を害するおそれがあったものと認められる。したがって、国税通則法九六条二項により、右資料の閲覧を拒んだことをもって違法とすることはできない。

(二) また、前示のように、担当審判官は、右<10>の資料に代えて、<2>の類似法人検討表を原告の閲覧に供しているところ、<証拠略>によれば、同表には類似法人について売上高、従業員数、所得と役員報酬との合計額、役員報酬の合計額及びその内訳等が法人ごとに示されているのであって、原告に本件更正処分の理由を検討し、攻撃防御方法を講じる機会を与えるという国税通則法九六条二項の趣旨を充足させるものであるから、その点からしても、本件における担当審判官の措置をもって裁決の違法を来すべき手続的瑕疵があるとすることはできない。

3  よって、本件裁決は、適法である。

第四総括

以上の次第で、原告の請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡久幸治 後藤博 入江猛)

別紙一ないし六<略>

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