大判例

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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)9号 判決 1994年9月30日

愛知県豊田市<以下省略>

原告

右原告訴訟代理人弁護士

岩本雅郎

山﨑浩司

大阪市<以下省略>

被告

パイオニア貿易株式会社

右代表者清算人

Y1

大阪市<以下省略>

被告

Y1

大阪府吹田市<以下省略>

被告

Y2

大阪府吹田市<以下省略>

被告

Y3

大阪市<以下省略>

被告

Y4

大阪府箕面市<以下省略>

被告

Y5

右被告六名訴訟代理人弁護士

福島啓氏

静岡県浜松市<以下省略>

被告

Y6

主文

一  被告パイオニア貿易株式会社、同Y1、同Y2、同Y3、同Y5、同Y6は原告に対し、連帯して金七九八万五三〇一円および平成二年一月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告Y4に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告と被告パイオニア貿易株式会社、同Y1、同Y2、同Y3、同Y5、同Y6との間では全部被告らの連帯負担とし、原告と被告Y4との間では全部原告の負担とする。

四  この判決は右一項につき仮に執行することができる。

事実

(甲)  申立

(原告の請求の趣旨)

一  被告らは原告に対し、連帯して金七九八万五三〇一円および平成二年一月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告らの答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

(乙)  主張

(原告の請求原因)

第一、当事者

一 原告は愛知県豊田市に居住し、農業を営みながらa株式会社にて配管工として稼動する者である。

二 被告会社は昭和五六年三月設立された海外(香港)市場の先物取引を業とする会社である。

被告Y1は被告会社の設立以来の代表取締役であり、同Y2は被告会社の設立以来の取締役である。同Y3は被告会社管理部次長であり、同Y4は監査役である。同Y5は取締役であり、かつ名古屋支店営業部第一課次長という肩書を有する。同Y6は被告会社の営業担当社員であり、名古屋支店営業部第一課係長の肩書を有する。

第二、先物取引被害の基本的パターン、先物取引の危険性、適格性について

一 先物取引被害の基本的パターン

被告会社は先物取引の専門知識をもった組織的有機的な集団である。この種の欺瞞商法を行っている会社は大部分豊富な資金力を背景に顧客を獲得するための見栄えのよいパンフレットを作ったり、豪華な営業所を構えて顧客を騙すための舞台を作り名簿を利用した電話勧誘から始める。電話でのやり取りで多少でも脈があると見込めば、強引に訪問して長時間居座るなどして時々は真実も交えるが多くは虚偽の事実を説明し、被害者をして先物取引の意味がわからないまま先物取引が元本の保障された有利な貯蓄であるかのように思わせて契約書に署名押印させる。そして、最初は少額の利益が出たといって現金を持参して、いわば「撒き餌」をばらまくなどして巨額の取引へと引きずり込み、その後、「両建」をさせるなど相場の投資の技術を駆使し呑みまたは向い玉を利用して預かった金銭などを損金および手数料として収奪する。

二 先物取引の危険性

先物取引にはつぎのような基本的な危険性、すなわち金銭喪失の蓋然性がある。

1 誰かの益は他の誰かの損の上にのみ生ずるという、ゼロ・サムの世界であるから通常益が出るか損が出るかは五分五分である。業者が手数料を徴収することも併せて考慮して、また過去の統計から経験則的に結論を出しても、一回の取引で手数料を支払ってもなお益を出すものは四人のうち一人くらいにすぎない。換言すれば、四人のうち三人までは損になってしまう危険性がある。

2 総約定代金に比べて証拠金は三ないし一〇パーセントくらいに過ぎない。したがって、売買した商品が一〇パーセント値上がりしても値下がりしても預けた証拠金の全額を喪失してしまう危険性がある。特に、農産物は値動きが激しく一〇パーセントくらいはたちまちのうちに上下する。

3 約定代金が五パーセントくらい上下すると預託証拠金の半額が損になるため、預託証拠金の約半額という追加証拠金を要求されて新しい資金を出さなければならなくなる危険性がある。

4 ストップ高、ストップ安などのために清算のための取引が成立せず、預託した証拠金だけで評価損の全額をまかなえず、追加して清算金を要求される危険性がある。

5 普通六ケ月以内という短期間に反対売買をして清算をしなければならない危険性がある。現物取引でしかも保存のきく金塊、株式などの商品であれば長期間保存することによって損害を現実のものとすることなく評価損が回復することを待つことができる。しかし、商品先物取引で買った農産物を現実に受け渡して受領し倉庫に保管して値上がりを待つなどという事は商品の品傷みが生じて商品価値が下落し、また倉庫料が必要となるといった新しい危険を負うことになる。また、総約定代金を支払わなければならないため、新しく預託した証拠金の九倍の資金を出さなければならない。したがって、現物の受渡しによる決済は素人のできることではない。結局、期限までに反対売買をして清算せざるを得ない立場にたたされる。これは、現物の売買に比べると非常に短期間に決済を迫られる危険性があることを意味している。

三 商品先物取引に参加する人の積極的な適格性。

取引所指示事項に商品先物取引への参加不適格者として規定されている人達が勧誘された場合は、指示事項違反であるがゆえに違法として把握されている。

しかし、更に商品先物取引へ投機家として参加できる積極的な適格性についてはつぎのように説明されている。

1 先物取引の仕組みを理解することができ、かつ先物取引の危険性を承知していること。

2 先物取引の「商品」についての知識が充分あり、かつ熱波、エルニーニョ、台風など天変地異や原発事故、戦争の勃発などの人為的出来事を含めどのような要因が価格の変動に影響を与えるか予想する能力があること。

3 投入する資金が余裕資金であること。特に、老人の生活資金であったり、子供の養育資金では不適格である。

商品先物取引の契約の内容は非常に複雑多岐にわたるが、このうち最も重要な危険性の開示が契約の内容になっている。

また、この開示は海外商品先物取引規制法第四条同省令第二条第二項において契約の内容とするよう要求されている。

第三、被告らの不法行為と責任

一1 以上のように先物取引は極めて危険な取引であるに拘らず、被告らは原告に対し、「絶対にもうかる」、「Aの近所の人もやっている」、「農協の職員もやっている」、「一口三〇万円だが、一〇口三〇〇万やれば一月半もすれば手数料を引いても一〇〇万円以上のお金が儲かる」など虚構の事実を申し向けて執拗に勧誘し、あるいは断定的判断を提供して昭和六三年七月六日原告を先物取引に参入せしめ、被告Y6は翌七日預託証拠金として金三〇〇万円を受領した。

2 さらに、同年七月九日原告をして被告会社に訪問させ同所において被告Y5は「今まだ値上がりしている。今が絶対の買い時だから、今買えば絶対儲かる。農協から是非金を下ろしてこっちへ回すように」と申し向け、「海外商品取引業者は、海外先物契約を締結してから一四日を経過した日以降でなければ、当該海外先物契約に基づく顧客の売買指示を受けてはならない」旨の海外規制法第八条の脱法行為をしてまでも執拗に勧誘し、同年七月一一日預託証拠金として金四五〇万円を受領した。

3 さらに、同年七月一二日被告Y3は「大変なことになった。砂糖が値下がりしているので、このまま値下がりするとあなたの資金がなくなる。この状態を切り抜けるにはもう七五〇万円工面してもらわなくてはならない。そうでないと、追加金が出ますよ」と執拗に勧め、原告がこれを断ると、同年七月二九日被告Y5が原告方を訪れ、「全取引を終了しました」と述べ、清算金として金四六万四六九九円を持参した。

4 これに対して原告が異議を唱えると、同年八月二日手数料として金七五万円を返還したにとどまった。

二1(一) 被告らは右強引な勧誘のほか、原告の損害を拡大する意味しかない両建を行っており、しかもそれが委託証拠金なしに行われている。

のみならず、被告らは本件取引に際し、ノミ取引もしくは向かい玉による取引をし原告に対する勧誘の初めから原告から交付を受ける金員をノミ取引もしくは向かい玉による取引の作用を利用して返還しなくともよい損害金相当分および手数料として騙取する意図を持っていたものである。

(二) そして、被告会社をはじめとする被告ら全員は会社ぐるみで原告からの金員騙取の目的を達成するために共謀して各自が分担する役割を振り分け、有機的組織体として行動していたものであり各人が民法第七〇九条の不法行為責任を負うものというべきである。

2 なお、被告会社は被告会社以外の被告従業員らのその事業の執行に関してした一連の不法行為に関し、その使用者として民法第七一五条によっても責任を負うべきものである。

3 さらに、被告Y1、同Y2、同Y5は被告会社の取締役であり、その職務を行うにつき悪意または重大な過失があったというべきであり、商法第二六六条の三によっても責任を負うべきものである。

4 さらにまた、被告Y4は、被告会社の監査役であり、その職務を行うにつき悪意または重大な過失があったというべきであり、商法第二八〇条によっても責任を負うべきものである。

三 被告らの右不法行為により、原告はつぎの損害を受けた。

1 被告会社へ預託した証拠金合計金七五〇万円のうち、被告会社が手数料および損金相当額である旨主張して返還しない金六二八万五三〇一円。

2 原告は被告らの不法行為により夜も眠れない日が続いた。この精神的損害は金一〇〇万円をもって慰謝するのが相当である。

3 本件訴訟に要する弁護士費用は金七〇万円を下ることはない。

第四、よって、原告は被告らに対し、各自右合計金七九八万五三〇一円およびこれに対する本訴状が最も遅く被告Y1に送達された日の翌日である平成二年一月二六日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する被告らの答弁および主張)

第一、請求原因第一項一は不知。

同項二を認める。

ただし、被告Y1は設立以来の取締役ではない。また、被告Y5は現在名古屋支店営業部第一課次長ではない。

同第二項一を否認する。

被告会社が海外商品市場における先物取引に関し、営業活動を行い、当該営業活動に必要な範囲で各担当の者が必要に応じて、専門的知識を有している事実は存するが、それ以上の専門的知識を有しているものではない。また、被告会社は組織的有機的な商法上の会社であるが、それ以上でもそれ以下でもない。

パンフレットの作成、営業所の程度、電話勧誘などは不特定多数の者を顧客とするあらゆる企業が行っていることであり、被告会社に特有なものではない。

同項二1を否認する。

先物取引の世界はゼロサムの世界ではなく、ゼロサムの世界である競馬や宝くじとは根本的に異なる。

同項二2を否認する。

被告会社が取扱う香港市場の場合、証拠金はおおむね一五パーセント位であり、原告が取引を行ったときも一四パーセントであった。したがって、一〇パーセントの上下で証拠金の全額を喪失することはない。また、農産物の値動きが特に激しいということはない。

同項二3を否認する。

同項二4を否認する。

ストップ高、ストップ安の場合には、取引が成立する場合とできない場合がある。取引が成立しない場合については清算金の追加はあり得ない。

同項二5を否認する。

取扱い商品によって、清算の期間は異なり、例えば、被告会社の取扱商品である砂糖は一年である。先物取引は農産物に限らず株式や金融を含めて、あらゆる先物商品について信用取引を行うことの性質上、一定期間に清算すべきルールが存在することは世界中同じである。

同第三項一1ないし4をすべて否認する。

同項二1(一)および(二)をすべて否認する。

同項二2ないし4をすべて争う。

同項三1ないし3をすべて否認する。

被告会社は海外商品先物取引に関する法令に記載されているあらゆる義務を尽くし、取引を行う前に原告に取引の内容や危険性を説明し、「お取引きについて」と題する書面や契約書や手引書などを原告に交付し、いやしくも取引相手である原告に誤解を与えることのないように注意を尽くした。しかしながら、原告が取引を行った当時、それまで一本調子で上がり続けてきた砂糖の相場がたまたま下降に転じ、原告は最終的に大きな損害を被ってしまった。被告会社は途中原告が被った損害を最小限に食い止めるための方法として両建の方法をとり、一方で金五九万二六三二円の利益を得たが、これも部分的な損害の減少に止まり、結局全面的な損害の解消には至らなかったものである。

同第四項を争う。

第二、一 先物取引について

1 およそ、商品の自由取引を建前とする自由主義経済体制を前提とする限り、商品の先物取引は必然的な現象である。

自由主義経済体制の下において、商品取引量が増えれば増えるほど、経済体制が進化すればするほど、商品先物取引の全商品取引量に占める割合は増加し、その量も種類も増えざるを得ない。

そして、商品取引所は商品の価格変動に悩まされる人々、逆に商品の価格変動を望む人々、すなわち、資本主義経済社会に生きるすべての人々に共通な悩みを平等に解消し、かなえてくれる場所である。その取引所で行われる先物取引は、人類の英知が生んだ最も高度な、洗練された売買取引のシステムである。

2 日本国内における商品先物取引は、古くは江戸時代から、戦後再開されてからでも三〇年以上の歴史を持つにも拘らず、その優れた機能を投機市場としての魅力が正しく認識されていないのが現状である。

しかしながら、ここ数年わが国においても商品先物取引についての認識が急速に高まり、金融先物の導入や、オプション取引などの新商品が次々と開拓されるに至った。

このような商品先物取引の流れは、自由主義経済の高度化、国際化に伴う必然的なものである。

3 先物取引の慣習は、古くは古代ギリシア、ローマ時代まで遡るといわれている。しかし、先物市場が公設された最初は、一七三〇年の日本の米市場である。一方、アメリカの先物市場は、歴史的な先例に倣ったというよりは現実的な経済上の必要性から自然発生的に生まれたものである。

貯蓄設備、倉庫も持たず、一方で支払いのための現金を必要とする農家は、慣習的に収穫と同時に全ての穀物を市場に運んで行き、膨大な量の穀物で仲買業者の倉庫はすぐに満杯になってしまった。余った穀物は道路や広場に野積みされ、投げ売りの対象となり、価格がみるみる下落していった。

しかし、その後数ケ月もすると、こんどは穀物の供給量が不足し、必然的に価格はうなぎ登りに上昇し、一般市民の台所を直撃、企業は原材料の不足から倒産の憂き目に遭うといった事態も珍しいことではなかった。こうした混乱、無節操な状況を打開するための何らかの制度が必要であり、この要望から生み出されたのが先物取引のしくみであった。

公開された市場では、売り手は最も高く買ってくれる相手方を確実に見出だし、買い手もまた同様に売り手を確実に見出だすことができる。

先物を買い約定しておき、後でその買い約定を転売することによって、事業家たちは買おうとしている商品の値上がりによる危険を未然に防ぐことができることに当初から気づいていたであろうし、また、この手順を逆に行い、始めに先物を売り約定しておき、後になって買い戻して相殺することで農家の人々は収穫して手持ちしている穀物の値下がり損を未然に防ぐことができる。こうした取引の方法は、いわゆるヘッジとして今では誰もが進んで利用している。

4 世界で最大の商品先物取引市場であるアメリカのシカゴ・ボード・オブ・トレードについてみると、政府の正式機関である商品取引委員会(CFTC)の管理下で取引所は運営され、価格が公正な競争売買のもので決定されるために必要な基本的なルールが決められている。そして、ボード・オブ・トレード・クリアリング・コーポレーションがシカゴ・ボード・オブ・トレードの全ての約定を保証している。

シカゴ・ボード・オブ・トレードで決まる価格(相場)は、商品の種類、価格の決まった日時、状況にかかわりなく、多数の売り手と買い手の意見が一致したものであるから極めて公正なものであるということができる。これは人類がこれまでに工夫し得た最上の方法、競争売買を自由にし、公開したことによって得られたものである。

シカゴ・ボード・オブ・トレードの全ての売り買いは、取引所の規則により「公開のせり」によるものでなければならない。したがって、買い手は全ての売り方を知ることができ、売り手のオファーも全ての買い方に伝わる。

売り手、買い手とも相互に牽制し合い値段を決めるため、その両者の相互作用もまた価格変動の原因となり、特に急変を招くこともある。取引所は一日価格変動の制限幅・リミットを決めているが、その制限幅一杯に値段が動くこともある。

5 公開の場で、自由競争のもとに決まる価格は、その商品の現在の価値を定める最も有効な指標となるが、実際に売買に携わっている人々にとっては、単に指標として以上の重大な意味を持っている。

それは、将来のために定められた日時に、売り手がその価格で引き渡しを承認し、買い手はその価格での受け取りに同意したという、確固とした、しかも法的に拘束力を持った成約のひとつの重要な構成要素となっているからである。いうならば、先物市場の完璧さ、ひいては商品取引所の存在そのものが、これらの成約の完全であることに依存しているわけである。

そして、この完全さを陰で支える役割を担っているのがシカゴ・ボード・オブ・トレード・クリアリング・コーポレーションである。

シカゴ・ボード・オブ・トレードで売買された先物取引の不履行で、顧客がただの一セントも損をすることがないのは、立会場であるフロアのわずか数階上に本部を置くボード・オブ・トレード・クリアリング・コーポレーションの努力の結果である。

二四時間フル活動する再新鋭のコンピューターを駆使したクリアリング・コーポレーションの仕事は、全て先物取引の約定が終了したその時点から始まる。立会終了のベルの鳴り止まないうちに、クリアリング・コーポレーションは何万、何十万という個々人の売買を照合する仕事に着手し始める。「公正」な取引のため、売買の照合には決して間違いは許されない。全ての取引の照合と清算業務が終了して、はじめて翌日の立会い開始の準備が整うわけである。

商品取引所とそれに付随するクリアリング・コーポレーションは表裏一体の関係で、商品先物取引の円滑な運営に参与しているが、ブローカーの間で売買取引が成立すると同時にクリアリング・コーポレーションは買い手として各々の売り手に対する代理人を、また、売り手の各々の買い手に対する代理人を法的に務めている。

クリアリング・コーポレーションは、毎日相場の変動によって生じる計算上の損益を清算する。

価格が変動した結果、損計算になった者からは差損金を回収し、利益計算になった者の口座に振り込まれる。このようにして、全ての未決算の売買約定は、日々の立会いが開始されるまでには前日のセツルメントプライスで値洗いが完了している。

6 先物市場は公開市場であるから、商品の売買のオーダーは誰が出してもよい。しかし、誰でも立会場の中に入ってよいというものではない。

このオーダーは取引所の会員であるブローカーによって立会場で取引されることになる。

市場に参加する人の大半は、自己の業務につきものの価格リストを最小限に抑えたいと願う個人や企業、あるいは価格の変動により利益を求める投機家たちである。

市場を利用し、先物取引を活用することによって、予想外の価格変動から身を守ろうとする企業経営者、収穫した、あるいは収穫前の穀物の価値を事前に確定しておきたい農家、穀物の売買、保存に携わる倉庫業者、貴重な小麦の在庫を抱えている製粉業者、売値を決定する前に材木の買値を固定しておきたい合板メーカー、銀相場の上昇を懸念する宝石製造業者、金利の急変によるリスクを避けたいと願う銀行、などの全ては価格変動リスクにさらされているという共通点がある。

現代の事業家たちは、彼等の対処するものに不透明さが少なければ少ないほど、事業を計画運営していくうえで有利であることを熟知している。だからこそ価格変動リスクに対する対処の方法が、健全な経営を行うための非常に重要な部分を占めているのである。そしてこれは一世紀以上も前に供給過剰とそれにともなう価格の暴落、暴騰という不透明さに直面した人々が一堂に会して、そこで先物取引の仕組みを考え出し、実行するようになった理由とさして違いはない。

7 企業努力だけではどうにもならない価格変動の保険機関として先物市場を利用しようとするとき、このコスト計算は多少の複雑さをもってはいるものの、考え方そのものは単純である。

つまり、多量の商品在庫を抱えているため、価格の下落からダメージを被る企業は先物市場においては価格の下落によって利益を得るポジション、すなわち、価格が下落したときに買い戻すという前提で売り約定を行うというポジションをもつわけである。そして、実際に価格が下がれば、先物市場で得られる利益が企業で抱える在庫の値下がり損を相殺する。先物市場の利用は価格保証の手段となるわけである。もちろん、これと逆の立場をとる企業もある。価格が上昇すると原料高から損失を被る企業がそれである。このリスクを防ぐため価格が上昇したときに、企業が利益を得られるポジション、すなわち、価格が上昇したときに転売する前提で買い約定をするというポジションをとる。そして、価格が上昇したときに先物市場で得られる利益が原材料高を相殺する。このように値下がりによる危険も、値上がりによるリスクも、先物市場を活用することによって未然に防ぐことが可能である。そして、これらの保険的な先物市場利用は総称してヘッジング(保険つなぎ)と呼ばれている。

長期にわたるヘッジングがよく利用されるのは、先物市場における値段の動きが現物取引(現金引渡し取引)の値動きと平行していく傾向があるからである。今日、受け渡しされる穀物価格をブッシェル当たり一〇セント下落させる要因は、同時に先物市場における穀物価格もブッシェル当たり一〇セント下落させる。

逆に、現物取引価格を上昇させる材料が登場したときは、先物市場の価格も上昇する。

8 商品先物市場に参加するすべての人々が、価格変動リスクから身を守るためのヘッジャーであるとは限らない。価格変動から利益を得ようとする投機家達の存在がある。

先物市場でヘッジャーが取るポジションは、価格上昇リスクを避けたいのか、価格下落によるリスクから逃れたいのかで必然的に決まるが、投機家のポジション選択は全く自由である。ある商品の価格が上昇すると推理するか、下落すると予想するかによって、買い出動するか売り出動するかが決まる。そして、予測が当たれば利益を得られるし、外れれば損になる。

株式市場において投機家が果たす役割は、業績好調、株価上昇を見込んで、ある企業の株式を買うことにより産業資本を提供するという重要なものであるが、商品先物市場における投機家の存在も、市場を健全に機能させるために欠かせない存在である。

投機家の最大の役割は、市場でほとんどの売買約定を手仕舞い(反対売買による差金決済)することにある。この手仕舞いがないと、売り手となっているヘッジャーは常に現物を受け取る意思のある買い手のヘッジャーを探さなければならないことになる。

さらに大手のヘッジャーが同時に売りに回る時、もしくは買いに回る時、穀物などの季節商品の場合、これは充分あり得ることなのであるが、こうした事態になったとき、投機家の存在が大きな意味を持つ。価格が下落したときは買おうとし、上昇したときは売ろうとするのが投機家の大半が取るポジションだからである。

注意すべきことは、商品先物市場における投機は必ずしも万人にとって適切なものではないということである。読みが正しければ短期間で巨大な利益をもたらすが、読みを誤れば短期間でかなり損をする可能性があるからである。

もちろん、これはあらゆる資産運用について言えることであるが、起こり得る全てのことを考慮にいれて、しかも許容できるリスクを最初から決めておくことが肝要である。そして、あらゆる資産運用に関し、失くしてはいけない生活資金を投下することは避けなければならない。

9 生産者は価格が上昇することを望み、消費者は安くなるのを願っている。しかし、瞬間に決まってしまった価格が、商品の真の価値を反映するのは、自由でしかも公開された市場で、その商品の価格動向に関心を持つ全ての人々の意見が集約された結果でなければならない。

商品取引所とはまさにこうした市場であり、実際に完全競争の理想的な形態に最も近いものである。先物取引のシステムが存在しなければ、商品の価格は実際の価値以上に激しく変動するというのは定説であり、過去の実例が証明している。

そのひとつの根拠は前述のように、下落したときに買い、上昇したときには売り向かう投機家の存在である。事実、大豆が急騰した年の政府統計によると、投機家による先物市場への参加は、売りから入った人の数が買いから入った人を上回っている。このようにして、投機家は価格の上昇に歯止めをかける役割を担う。しかし、この売りで参加した投機家たちが全て、先物市場で損をしたかというとそうではない。

投機家は商品の価格変動を正確に予想し得た範囲でのみ利益を得る。価格が永遠に上昇し続けることがない以上、彼等の方針は正しかったといえる。「投機家とは未来を予測し、それが現実に起こる前に行動に移る人のことである。」という言葉がある。したがって、投機家たちは需給関係に関する貴重な情報を消化し、市場で公表する立場にあるともいえる。

また、ヘッジャーも価格安定に主要な役割を担う。ヘッジの機会や場所、すなわち、先物市場が存在しなければ、生産者や大口消費者である企業は、商品を保有していることで生じる破壊的なリスクに対処できない。その結果、収穫時には供給過剰により暴落し、そのすぐ後には供給不足と価格の大暴落が訪れることになる。先物市場がなければ、世界中の人々の常食である食糧のコストは確実に上昇すると思われる。

その理由は簡単である。ヘッジによるプライス・リスクの引き受け手となる投機家達が存在しない以上、それを価格に転嫁し、顧客に負担させざるを得ないからである。結果として、プライス・リスクは単に他の経費と全く同様に扱われ、食料品店やスーパーマーケットの棚の端に掲げられた値段表に付け加えられることになるであろう。

二 投機について

1 自由主義経済下の企業経営は投機そのものである。

あらゆる企業活動は、見込み(見込生産、見込仕入等)によって成り立っているといえる。

売れるであろう、人が来るであろう、といった見込みを前提に投資を行うわけである。この未来に対する見込みによる投資こそ投機である。

2 ところで、一般大衆による投機は、何よりもお金儲けのためであり、資産の有効な運用のためである。

商品取引所は、一般大衆が投機を行う場所として、極めて安心して取り引きを行うことのできる場所である。

ここでは、いかなる大企業も、一個人も全く平等の立場である。

不良品を捕まされることも、不当な値段で買わされることもない。

しかも、参加する人々すべてに、その投下資本の一〇倍もしくはそれ以上の信用を供与してくれる。

商品先物取引所の保証金として、例えば金一〇〇万円を預託すると、即座に金一〇〇〇万円の商品を買い、または売ることが可能となる。

商品先物取引以外では、これ程妙味のある取引はできない。もちろん、半面同じだけのリスクがつきものであることはいうまでもない。

三 被告会社について

1 被告会社は、海外商品取引業者であり、香港先物取引所準会員であった(正会員は現地法人でなければならない)。なお、現在は準会員ではなく、海外会員である。

被告会社が顧客から委託を受けた取引は、香港先物取引所の正会員である市民国際有限公司に直ちに連絡され、同有限公司が取引所において直接取引を行うことになっている。

2 被告会社は、香港先物取引所の準会員(現在は海外会員)として、顧客の取引を仲介または代理することを業とする株式会社として存在するものであり、それ以外の何ものでもない。

3 被告会社は、商品先物取引の仲介または代理業者として誠実に業務を行い、これを発展させようとし、日々努力している。

4 被告会社は、相場の変動が激しくなったときに、ときには顧客とのトラブルもあったが、常に誠意をもって対応し、これまでに本案訴訟になったことは一度もない。被告会社に対する原告の主張は、独断と偏見に満ちている。本件においても、被告会社は原告に対し、誠意をもって対応してきたものであり、違法行為は一切行っていない。

四 商品取引参加者の適格性について

1 わが国の商品取引業界は、主務官庁の行政指導により、取引所指示事項により、商品取引参加者の適格性について、自主的に取決めをしているが、それによればつぎの者が適格性がないとされている。

(1) 未成年者、禁治産者、準禁治産者および精神障害者

(2) 恩給、年金、退職金、保険金などにより主として生計を維持する者

(3) 母子家庭該当者および生活保護法適用者

(4) 長期療養者および身体障害者

(5) 主婦など家事に従事する者

(6) 農業、漁業などの協同組合、信用金庫などおよび公共団体等の公的出納取扱者

2 なお、前項(4)ないし(6)については、本人に充分な資産や能力があって、本人からの強い希望があれば、参加してもよいことになっている。

3 原告の商品取引参加者の適格性には全く問題がないと被告らは判断している。

五 両建の正当性について

1 先物商品取引を行う者が建玉(取引所において売買取引された売買約定によるもので未決済のもの)をした後、相場が予想と反対に動き、追証をしなければならない状況となった場合、当該取引者が対処すべき方法として、基本的につぎの四方法が考えられる。

(1) 仕切る(建玉を決済すること)

(2) 委託追証拠金を預託する

(3) 難平(相場の上下に応じて売買の値段を平均して相場を仕掛ける平均売買の方法のこと)

(4) 両建(同一の客が、商品取引員に対して、同一商品、同一限月の売り玉と買い玉を建てておくこと)

2 当該取引者がいかなる方法を選択するかは、当該取引者自身が決定すべき事項であるが、その際重要なことは、まず現在の建玉を仕切るのか、維持するのか、という判断であり、この判断はその時の相場動向をどう見るかに掛かっている。

3 最初の判断を正しいと貫き通すには、追証や難平(買いなら買いか売りなら売りの建玉をさらに行う)の方法があるが、再度相場が予想に反した場合、損失が大きくなるばかりか、その建玉を維持しようと思えばさらに追加資金が必要となる。

しかも、相場の動きが大きいときは、回復するチャンスも多い半面、もっと深みにはまる場合も少なくない。

4 最初の判断が間違っていたと判断した場合は、仕切ることになるが、損失が発生する。

5 最初の判断が正しいか間違っているかいましばらく様子を見たいと思うとき、両建の方法をとる。両建をすることにより、損計算額を一時的に固定させ、最初の判断が正しいか否かを冷静に検討する時間を稼ぐわけである。

両建をしておけば、その後の相場がどれだけ大きく変動しても損失額が増えることはなく、相場の流れをゆっくりと見極めることが可能となる。

6 そして、再度自分の見通しを明らかにした上で、片方の建玉をはずし、残った建玉により回復する時期を待つのである。

7 被告会社従業員が原告に両建をするのを勧めたのは右の理由によるものであり、何ら不当な行為ではない。

(被告らの抗弁)

一  昭和六三年八月二日原告は和解金七五万円を受領すると共に被告会社ならびに被告会社の社員に対する一切の請求を放棄する旨の和解をした。

二  仮に被告らの行為に違法行為があり、その違法行為によって原告が損害を被ったとしても、そのような先物取引に安易に応じた原告にも大きな過失がある。

よって、被告らは過失相殺の主張をする。

(抗弁に対する原告の答弁)

いずれも否認する。

(原告の再抗弁)

被告らは先物取引についての知識をまったく有しない原告に対し、「絶対に儲かります」などと申し向けて極めて危険な取引である先物取引に引きずり込み、しかも「海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律」第八条を潜脱して取引を開始し、さらに原告の損害を拡大する意味しか有しない両建をした。しかも、被告らは本件取引に関してノミ取引ないしは向かい玉による取引をし、原告が被告会社に預託した保証金を騙取する意図を有していた可能性が極めて濃厚である。

そして、原告が被告に騙取された金七五〇万円のわずか一割である金七五万円を餌にして形式的に和解を成立させたが、これは被告らの不法行為の「最後の仕上げ」としての意味しか有しておらず、公序良俗に反し無効である。

(再抗弁に対する被告らの答弁)

否認する。

(丙) 証拠

記録中の書証目録および証人等目録記載のとおりである。

理由

第一、一 原告本人尋問の結果によると、請求原因第一項一の事実が認められ、これに反する証拠はない。

二 被告代表者兼被告Y1尋問の結果(以下、単に被告Y1本人尋問の結果という)、被告Y5本人尋問の結果、ならびに成立に争いのない甲第一一号証よれば、被告Y1は昭和五六年一二月二五日から被告会社の代表取締役の地位にあった者、被告Y5は昭和六三年当時被告会社名古屋支店営業部次長の地位にあった者であることが認められ、その余の請求原因第一項二の事実は当事者間に争いがない。

第二、一1 原告本人尋問の結果によると、原告に対する被告会社の勧誘の方法と取引の後始末の方法は、別紙取引交渉一覧表「原告主張経過欄」の他、

(1)  原告には豊田市のb用地にその土地を売却した金員が入ったことを聞き付けてか、昭和六三年七月四日被告Y6より電話があり、同被告より、株をやっているかとか、世間話の後、先物取引の話を持ちだし、銀行金利はうんと安いがこれをやれば今干魃でずいぶん値上がりしているので絶対儲かると持ち掛け、話を聞くだけなら聞くという原告の応答に乗じて翌日原告方を訪問したが原告不在とのことでその日は目的を達せず、

(2)  その翌日の同月六日午後八時頃同被告は原告方を訪問して玄関先からつかつかと上がり込む格好であったので、原告においてこれを制止したが、同被告は玄関先において、「先物取引は畝部の農協のBさんやらAの隣の人がやっている。」などと大声でまくしたてるので、原告の妻が上がってもらったらというと、この言葉に乗じて上がり込み、洋間において、パンフレットなどを提示したり紙に書いたりして、「絶対儲かる、間違いない。預けた金の三〇パーセントから五〇パーセントは短期間のうちに、一月か二月で儲かる。やるなら早くやれ。」などと執拗に勧誘するので、原告はこれに負け最終的には一〇口金三〇〇万円を預託する契約をしてしまったこと、

(3)  翌七月七日午後九時分同被告は被告Y5を伴い原告方を訪れ、金三〇〇万円を集金して行った、この際、原告は間違いないかと念を押すと、被告Y5のカラー写真が写っているブックをめくって見せて同被告が取引資格を持っているかのように見せ付けて間違いないと押し切り、原告は一度被告会社に行って様子を見ると約束してしまったこと、

(4)  同年七月九日原告が被告会社を訪問して帰り際、他の被告会社社員の取次ぎで電話に応対していた被告Y5が原告に対し、「今お宅さんの際の人が家を建てたいが資金が足りないので資金を作りたいという電話があった、お宅さんも金が要るで追加したらどうか。」と勧められ、原告は断ったが、同被告はさらに紙に書いて計算を原告に示し、「もっとやれば利益がある。」と勧めるものだから、三年契約の農協の定期しかないと原告が言うと、「一時借りるだけで絶対返せるから。」と言い、さらに金額的に追及し、金五〇〇万円の定期があると言ったら、「それを全部やりなさい。」と言うので、原告が断るとさらに、「金四五〇万円か、」と問うので、原告において、「それくらいなら。」と答えると契約書様の書類に印はなくともよいからとてサインさせられ、金四五〇万円を預託する旨約束させられたこと、

(5)  同年七月一一日被告Y5が集金に原告方を訪れたが、原告が額面金四五〇万円の小切手を渡すと、「ちょっと今相場が下がったが、心配することはない。ただ、一遍会社にきてもらわなければいかん。」と言われて被告会社に行くことを約束させられ、

(6)  翌一二日原告が被告会社に行くと、被告会社大阪本社の被告Y3より原告宛電話があり、「Xさん、大変なことになった、相場が下がったから追加を出してもらわないといけない。」旨言われて、原告は帰りの車の中でぼやき通しであったが、同道した被告Y5よりしきりに、今少し追証を出せば挽回できるから追証を出すようしつこく勧められたが、原告は断り続けていたこと、

(7)  翌一三日原告は指定したc公園に行き、居合わせた被告Y3および同Y5から、もう金七五〇万円出すよう言われたが、原告においてこれをきっぱり断ると、同被告らは、「それでは被告会社で工面する。」と言われ、

(8)  同年七月二九日被告Y5が原告方を訪れて全取引が終了したとして金四六万四六九九円を提示したので、原告は、「そんなひどいことはない、儲かる儲かると言って、その揚げ句にこんなひどいことをやってせめて掛けた金くらい戻してほしい。」と申し向けたが、同被告は帰って行ってしまった、

(9)  同年八月一日同被告らより電話がかかってきた後、同被告と被告Y3が原告方を訪れ、損が立ったので謝るという言い方をされたので、原告はその妻共々愚痴を述べていると、被告Y5において、「そりゃ儲かる儲かるといわなければならんから。」という言い方であったので、「儲かると言っておきながら、一割にも達しないような金を持ってきてあまりにもひどい、農機具も買い替えなきゃならん時に来ている、その金としてとっていた金も出したし、定期も出したし困る。」と申し述べると、被告らからは金七五〇万円の一割の金七五万円を出すとのことであったので、翌日会うこととし、

(10)  翌二日打合せ場所のc公園に原告が赴くと、被告Y3が来ていてその指示で原告は金を貰わないと困るという感じで同被告の車に乗ると、同被告は書類を出してこれに判をつけと言うので言うとおりにしたら、金七五万円を出してくれた、

(11)  右(5)ないし(6)の頃、原告において金が幾らかでも貰えない状態になったとき、何かやる方法はないかと原告が問うと、買いと売りがあるとのことであったので、原告は金七五〇万円の残りで両建みたいなことをやるというふうに聞いていたので、それをやってすぐ明くる日に止めたと聞いている、

ということであったことが各認められるところである。

2 これに対し、原告より受領した金七五〇万円についての被告会社の運用は、被告Y5本人尋問の結果によって成立の認められる乙第七号証の一ないし六、乙第八号証の一ないし五によると、別紙取引一覧表記載のとおりであって、

(1)  建前は同表番号1および2記載のとおり昭和六三年七月一一日二五口の買いを建て、同年七月一三日二五口の売りを建てているが、

(2)  実際は、同表番号(1)ないし(4)のとおり両建の方法により取引がおこなわれて欠損が生じていること、

が各認められるところである。

二1 被告Y5本人尋問の結果によると、

(一)(1) 被告Y5は当時被告会社名古屋支店の営業次長をし、現場営業マンの指導をしていたものであるが、

(2) 新規に顧客を獲得する場合には、高齢者や主婦、身体障害者、禁治産者、準禁治産者などは勧誘せず、また、夜遅くの訪問とか、強引な勧誘方法は避けるよう指導し、

(3)  具体的には、顧客には取引の最初に「お取引について」と題する書面(乙第一八号証の一、二)、「届出印鑑登録票」(同号証の三)の他、難解な先物取引における契約の理解のために契約書を補足する意味で被告会社において作成している「海外商品取引における先物取引委託の手引」(同号証の五)を交付して、客の理解を惹起こし、元本の保証がないことを念を押し、「商品先物取引契約書」(同号証の四)を二通作成して契約するというのであり、

(二) 原告との具体的取引経過については、

(1) 昭和六三年七月六日被告Y6において原告と契約した際に、原告に対し「海外商品取引における先物取引委託の手引」、「お取引について」と題する書面、「商品先物取引契約書」をそれぞれ渡して、原告から「届出印鑑登録票」(乙第三号証)、「お取引について」と題する書面(乙第四号証)、「『海外商品市場における先物取引委託の手引』の受領について」と題する書面(乙第五号証)、「商品先物取引契約書」一通(乙第六号証)を受領し、

(2) 原告には香港砂糖の先物取引を扱うこととし、

(3)(イ) 同年七月七日原告から金三〇〇万円を受領して、(ⅰ) 同年七月一一日別表取引経過表番号1欄記載のとおり二五枚買っていただき、(ⅱ) 同年七月一三日同表番号2欄記載のとおり二五枚売っていただきいわゆる両建を行ったこと、

(ロ) ついで、(ⅰ) 右(イ)(ⅰ)の買いの二五枚のうち、二〇枚を同表番号(1)欄記載のとおり同年七月二二日決済して金七二〇万円ほどのマイナスが出て、(ⅱ) 右(イ)(ⅱ)の売りの二五枚を同表番号(2)記載のとおり同日決済して、金二五九万円ほどのプラスが出て、差引き金四六一万円ほどのマイナスとなったこと、

(ハ) ついで、残五枚の売りと買いについては、(ⅰ) 同表番号(3)記載のとおり同年七月二六日売りを決済して金五九万円ほどの利益を得たが、(ⅱ) 同表番号(4)記載のとおり同年七月二八日買いを決済して金三〇一万六〇〇〇円ほどのマイナスが出て、結局トータル金七〇三万五三〇一円のマイナス勘定となったこと、

(4)  右(イ)ないし(ハ)の取引の結果はその都度報告がなされ、顧客には「残高照合確認書」(乙第一〇号証の一ないし五)でその都度確認をさせていること、

(5)  しかし、被告会社において受領している保証金が取引額の半分以下になったときに補充する必要性があるとして、被告会社においては原告に対して追加保証金を、(イ) 同年七月一二日金七五〇万円を、(ロ) 同年七月一三日金七五〇万円を、(ハ) 同年七月一四日金七五〇万円を、(ニ) 同年七月二七日金七五〇万円を各請求していること、

(6)  同年七月二九日原告の納得のうえ、預かりおいていた保証金を取引帳尻と相殺して残額金四六万四六九九円を返還して解約するに至った、

というのであるが、

(四) 原告との具体的取引交渉は、別紙取引交渉一覧表「被告ら主張経過欄」記載のとおりであり、同年七月七日被告会社の指示のもとに初めての集金の時に当たるので、被告Y5は被告Y6とともに初めて原告宅を訪問し、改めて取引の危険などを含めて確認の意味で取引の説明を行っており、同年七月九日原告が被告会社名古屋支店に来店の折りはさらに注文を受け、同年七月一二日相場が暴落したとのことで追証を請求し、かつ、この対策としての両建を説明して二五枚の得り注文を承諾させたが、追証が入らなかったので被告Y3とともに原告と会い現況説明をし、さらに同年七月一六日には原告方を訪れて原告の妻に現況と両建の仕組みを説明して追証を要求するが、結局資金ができなかったので、同年七月二一日には預かりし置きし資金の中より二〇枚宛清算して同年七月二五日に残り五枚を売り玉に、同年七月二七日に五枚を買い玉に仕切り、翌二八日に清算して報告したところ、原告は納得した、

というのである。

3 被告Y3本人尋問の結果によると、

(一)(1) 新入社員に対しては、三ケ月の社内研修を行い、先物取引の知識を養い、国内の新規委託者保護管理規則に照らして、老人や主婦、禁治産者等の不適格者については参入を防止するよう教育し、

(2) 社員の契約した客に付いては顧客カードを作成して、挨拶状を送ると同時に営業課の被告Y3において電話をし、顧客がどの程度の理解度を有しているか、資金的な余裕などをチェックし、その後はさらに、三ケ月後、半年後、一年後にアンケートを送り、

(3) 月一回月末に勘定元帳の写を顧客に送って現在の取引状況を確認し、また、社員には顧客から残高確認照合書を徴している、

(二) 被告会社は香港先物取引所の準会員であって、正会員のレジデンスインターナショナルに商いを出して取引しているものである、

(三)(1) 原告とは被告Y3において被告会社大阪本社から名古屋支店で他に電話をしている際、原告が同支店に見えたという連絡によりその電話で原告に挨拶したのが最初である、原告は前記(一)(1)の不適格者には該当しなかった、

(2) 原告の場合、今日買ったら明日暴落したという状態であったから、原告に、「大変なことになった。」と話したのは原告が二回目に被告会社に赴いたときである、すなわち、

(イ)  砂糖を含め国際商品は昭和六三年五月位から全銘柄が上昇過程にあった時期に、被告社員が原告に電話して勧誘したのであるが、原告の場合取引の翌日か翌々日に一転して大暴落し、金一一〇〇万円程度の追証を必要とする状態となってしまっていたので、昭和六三年七月一二日夜被告会社名古屋支店から今原告に被告会社名古屋支店に来てもらっているが、追い証状態で放置できないから、とりあえず両建という処置をしたいとの電話が被告会社大阪本社に架かってきたものであるから、被告Y3において金七五〇万円程度の資金的な余裕の有無を含めて両建をするかどうかの確認を求めた、

(ロ)  原告は、今直ぐにいわれても、今金七五〇万円預けたばかりで今日は無理だけれども、このまま放置するわけにはいかないので資金のほうはなんとかするから両建をしていわゆる売りを入れて一時損を固定し、急激な変動を乗り切りたいということであったので、担当社員なりその上司と相談してやりなさいと話しておいた、そのときは騙されたとかいう話しはなかったが、被告会社としては両建の方法をとった、

(ハ)  翌日原告から資金が難しいと連絡があったので、被告Y3は岡崎市に赴き両建ての説明をし、さらに原告との契約が解約となった後の同年八月一日岡崎市に赴き原告方で原告と会い、たまたま相場がそういう動きをして損の形で終わったが、悪意をもって騙したのではないことを話し、被告会社には手数料として金一五〇万円しか残っていないが、とりあえずその半分の金七五万円を見舞金として支払う旨話し、税法上の処理のため後に和解書を交わして金七五万円を支払い納得してもらった、

というのである。

三 以上を総合して判断するに、(イ) 別紙取引交渉一覧表「原告主張経過欄」の昭和六三年七月四日欄、同月六日欄および前記一1(1)(2)(3)記載のとおり、また、「被告ら主張経過欄」の同年六月一六日欄および同月二五日欄記載のとおり前記被告会社営業担当社員の被告Y6は新規委託者の開拓を目的として無差別に電話による勧誘をしたことを契機に、断定的判断、利益保証をして、先物取引に無知である原告をして一〇口金三〇〇万円を預託する契約を締結させるに至ったものであること、(ロ) 右締結させるに至った際、つぎの手段として被告会社の様子を見に来店するよう原告をして誘っていること、(ハ) 前記取引交渉一覧表「原告主張経過欄」の同月九日欄記載のとおり来店の際に間撥を入れず追加保証を要求していること、(ホ) 原告に資金がないと看るや原告に説明と了解もなく別紙取引経過表(1)ないし(4)記載のとおり両建の方法を行っていること、(ヘ) やがて原告を見限り取引の終了として別紙取引交渉一覧表「原告主張経過欄」の昭和六三年八月一日欄と同月二日欄記載のとおりたかだか手数料として金七五万円を交付して示談終了させており、右の一連の行為は被告会社においてあらかじめ仕組まれたシナリオどおりのいわゆる客殺しというべき行為に当たるといわなければならない。

すなわち、そもそも利潤を上げて金銭的な満足を得たいというのは、人間の誰しもに備わっている基本的な欲求といえるものであるが、通常は現実の様々の人間社会の中でいろいろな障害によりその実現が制限されている潜在的な欲求に過ぎないところ、倫理的な批判を除外して考えれば、腕のいい勧誘員(セールスマン)の立場からすればこの潜在的な欲求を顕在化させ拡大させること、すなわちニーズを呼び起こし、利益を誘導し、不利を隠し巧みな話法を駆使してその欲求充足に至る手段を決断させるところにあることは常識といえるべく、右被告Y6の採った電話による無差別勧誘は右潜在的な欲求の掘り起こし作業であり、また原告との契約締結に至るまでの同被告の言動や行動は前記本項一1(2)のような執拗な態度のほか、夜半原告方に押し掛け、「株の方は難しいが、今短期間で一割から一割五分前後の実績の採れるものがあるので、一度聞いてください。」と導入し、「貯金だけをしてもお金は増えたりはしません。」と話し、原告の妻の「上がってもらったら。」というすきを見て上がり込み、生命保険会社の変額保険のパンフレットを見せ、利回りの違いが大きいことを説明し、「三倍から一〇倍は違いますよ。」、中部経済新聞を見せて砂糖の価格を説明し、「価格が二〇セントまで上がります。」などと利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して執拗に勧誘しているのである。

右に至るたった夜の一、二時間の経過の中で、原告をして先物取引がいかなる仕組みをしているものか、一体いかなる危険が伴うかを熟慮する余裕はなかったものと見られる。被告らは前記本項二1(二)(1)記載のとおり被告Y6において「海外商品取引における先物取引委託の手引」、「お取引について」と題する書面、「商品先物取引契約書」等を原告に交付したとされているが、原告はその日のうちに金三〇〇万円の出費を約束させられているのであり、その短い時間の中では原告において到底細かい契約約款(前掲乙第六号証)に目を通す余裕はなく、また、元本保証のないこと(前掲乙第四号証)を深く考える時間もなかったといわざるを得ないのである。

さらに、その契約の当日ないし翌日には同被告において何気ない風をして世間話の呈で原告が名古屋に出る用事を聞きつけると、様子窺いに被告会社名古屋支店に来るように誘い、前記本項一1(4)認定および前記取引交渉一覧表「原告主張経過欄」の同月九日欄記載のとおり名古屋に来た原告をわざわざ親切に見せかけて自動車で出迎えて同支店まで来させるや、態度を豹変させて執拗に追加保証の話を持ち出して勧誘し、ついに金四五〇万円の出費を約束させているのである。

原告の被告会社来店の目的は、単に被告会社の様子を見に行くというだけのことであり、積極的に売買の指示をするためのものではなく、原告の同支店来訪は被告会社側の主導において行われているのである。海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律(以下、海先法という)第八条第一項本文には、「海外商品取引業者は、海外先物契約を締結した日から十四日を経過した日以降でなければ、当該海外先物契約に基づく顧客の売買指示を受けてはならない。」とあり、同条項但書には、「海外商品取引業者の事業所においてした顧客の売買指示については、この限りではない。」とあるところ、右条項本文は顧客においていわゆるクーリングオフの期間を与えて、その間の市況変化等を観察させ冷静な判断に基づく相場観による売買指示をさせ、もって新規委託者の保護を図ったものであり、同条項但書を設けた趣旨は、顧客が海外先物取引について充分な知識があり、自ら自発的積極的に業者の事務所に赴き、積極的に売買指示をする場合にはこれを保護する理由と必要性に乏しいからである。しかるに、原告は先物取引に関しては全くの素人であって今回初めて被告Y6の執拗な勧誘に負けて取引させられたものというべきところ、右原告の来店の目的も積極的な売買指示ではないのにこれを機会に執拗な勧誘のみがなされており、被告会社からは右クーリングオフの説明がなされた形跡は後にも先にも一向に窺われないのである。

加えて、原告をして二度目の証拠金を投入させた後の昭和六三年七月一一日から一二日にかけては、別紙取引交渉経過一覧表の原告主張昭和六三年七月一一日以降の欄、および本項一1(5)ないし(10)認定のとおり、まず砂糖の相場が下がり気味であることを匂わせておき、原告が被告会社名古屋支店に赴いた同月一二日には被告会社大阪本店よりの電話があったと称して相場が下がった旨を告げて追証を要求しているのであり、原告の資金が底をつくと見られた機会をとらえて実にタイミングよく間撥を入れずつぎの証拠金を求め、これができないと知るやもはや原告をして諦めさせ、わずかな手数料の半分を和解金として提供して取引を終了させているのである。

四1 確かに、先物取引の沿革および構造は、請求原因に対する被告の答弁第二項一および二記載のとおりであるとしても、それは高度に技術化ないし専門化した分野であり、原告の請求原因第二項三1ないし3の積極的な適格性を有する者でなければ業者に支払う手数料を含めて短期間のうちに利益を出す者は経験的に少なく、殊に熱波、エルニーニョ、台風などの天変地異や、世界的人為的出来事が価格の変動にどのような影響を及ぼすかを予想するにはよほどの高度の知識を有する必要があって、難しいものであるところ、前記三認定の被告会社各社員の一連の行動を検討すると、被告会社をはじめとする被告ら全員は被告Y4を除き会社ぐるみで原告からの金員騙取の目的を達成するために共謀して各自が分担する役割を振り分け、有機的組織体として行動していたものといわざるを得ない。

2 被告らは、被告会社は商品先物取引の仲介または代理業者として誠実に業務を行い、これを発展しようとして日々努力してきたと反論し、

(一) 被告Y1本人尋問の結果によれば、昭和四一年訴外吉原商品なる名称の先物取引を扱う会社に入社し、昭和四六年その分裂した被告会社の前身である大都通商に入り、その社員であった被告Y2、同Y5、同Y3らが昭和五六七年被告会社名に変更すると同時に入社し、被告Y1が代表取締役に就任したものであることが認められるが、

同本人は、(イ) 社員を会社で個々に指導するケースはあまりなく、海先法などの規制ができたときは、それを遵守するように本社に社員を呼んで説明をしたことが年に一回ぐらいはあったかも知れない、新入社員に対しての顧客に対する勧誘についての指導は各支店で責任者なり営業担当の者がする、その責任者の指導については月一回本社で管理職以上の会議を行っていたから、必要とあらばそのときに代表者である被告Y1なり役員がやっていた、同法の規制などは同被告自身が理解するだけではなく、各営業社員にも管理職にも当然すべて読ませ、それは国内の取り引きのときから大半のものが管理職も営業マンもいたのでそのときから引き続きそういう規制があることは知っていたので、改めて勉強するほどではなかった、しかし、(ロ) 本件取引を担当した被告Y6は国内商品取引の経験はなかった、同被告に対する指導は営業担当の役員と支店の責任者、上司である管理職などが担当し、本社へ呼んだときに代表者の被告Y1が年に一度くらいは指導したと思う、(ハ) 別紙取引交渉経過一覧表被告ら主張欄についても先物取引についての危険性を説明した箇所はないが書面で告知している、「二〇セントぐらいあがる」などと被告Y6が説明するのは自由である、ただきちんと業務が遂行できるように指導している、それ以外の何者でもない、などと新入社員の指導については首尾一貫せず曖昧な供述であるし、

また、(ニ) 海先法第八条の趣旨には積極的にとは書いていない、もともと相場商品にクーリングオフという制度はなじまない法律だといわれている、と供述するかと思えば、(ホ) 一四日以内のクーリングオフがあるのだから、顧客が事務所にきても注文を取ることは避けるよう指導しており、現に非常に少数の顧客だけであると、首尾一貫しないばかりか、事実に反する供述をしているのである。

さらに、取引に際して「お取引について」と題する書面(乙第四号証)を渡し、それに「商品先物取引については元本は保証されていない、商品の売買はあなたの意思によって御注文ください。」「相場の動きに対するアドバイスは弊社社員がするが、社員に売買を任せることは絶対になさらないように。」と書いてあり、顧客はこれを承知で取引をする、万一これに反する取引が行われた場合には、ただちに大阪本社の被告Y3に報告される、旨の供述があるが、前記一1および三で判断したように右は形式的に顧客に交付するのみであって事実はまったく逆なのである。

(二) 被告Y2は、(イ) 被告会社の営業担当の取締役をしていたが、もっぱら大阪本社の営業の指導監督を行い、名古屋支社の方は関与せず、支社の社員の指導は支社の責任者がこれを行うが、被告会社としては、投機的な勧誘は一切するなとは常々言ってきた、例えば、顧客との世間話の段階で金利の話が出て、それと比較して何倍も有利だという言い方は一切指示していない、それぞれの社員が自分で勉強して自分の予測でこの辺まで上がるという言い方はしていると思うが、半ばそれが確定しているような言い方は一切するなとは常々言ってきた、(ロ) 理由を付けて顧客を被告会社に連れて来て契約をさせることは知っている限り、ほとんどなかった、ただ個々の社員によっては預けるところがどこにあるか見てもらったほうが信用がつくと思って連れてきてその際に注文を受けるということはできないことではない、(ハ) 大阪本社で月に一回会議ある際に、営業教育などは徹底していた、などと供述するが、前記一1および三認定の事実に照らしにわかに措信し難い。

五 以上のとおりであるとすると、被告Y6、同Y5、同Y3は共同して原告に対し違法な勧誘方法で砂糖の先物取引に引き摺り込み、損害金および手数料名下に金員を出捐させ、これを取得したものというべく、民法第七〇九条に基づき、また、右被告ら従業員のその事業の執行に関してした一連の不法行為について被告会社は使用者として同法第七一五条に基づき、被告Y1、同Y2はその取締役としての職務を行うにつき右従業員をして違法な勧誘方法を行わないよう充分な指導監督をすべき立場にありながら、これを放置するという重大な過失があったというべきであるから、商法第二六六条の三に基づき、連帯して原告に対しその受けた損害を賠償すべき責任がある。

もっとも、被告Y4については、被告会社の監査役の職にあったことが成立に争いのない甲第一六号証、および同被告本人尋問の結果によって認められるが、右は名義を借りた形式上の監査役であって直接営業に関与したものではないことが同被告および被告Y1各本人尋問の結果によって窺われるので、右不法行為責任を問われる根拠はないといわざるを得ない。

第三、一 原告の受けた損害はつぎのとおりとなる。

1  第二項一で認定したとおり原告が被告会社へ預託した証拠金合計金七五〇万円のうち、被告会社が手数料および損金相当額である旨主張して返還しない金六二八万五三〇一円。

2  原告本人尋問の結果、ならびに弁論の全趣旨によると、被告らの違法な勧誘行為によって、自ら主体性なく砂糖の先物取引に引き摺りこまされて預貯金を使い果たしたことによる精神的苦痛は極めて甚大であることが認められるところ、これを金銭に評価すると、少なくとも金一〇〇万円をもって相当とする。

3  また、弁論の全趣旨により、右損害の回復のためには、弁護士に依頼して本訴を提起することを余儀無くされたものであることを考えれば、その弁護士費用は少なくとも金七〇万円を下ることはないというべきである。

二1 なお、被告らは原告が昭和六三年九月二日和解金七五万円を受領するとともに被告会社およびその社員に対する一切の請求を放棄する旨の和解をしたと主張するけれども、前記第二項一ないし三認定の事実からすれば、これは被告らのした不法行為の最後の仕上げとしての意味しか持たないといわざるを得ず、公序良俗に違反して無効というほかはない。

2  さらに、被告らは先物取引に安易に応じた原告にも重大な過失があるとして過失相殺を主張するが、前記第二項一ないし三認定の事実からすれば、被告らのした勧誘行為は原告の主体的な判断をさせない程度の執拗な、かつ間撥を容れずに金員を出捐させる方法であったから、過失相殺を容れる余地はない。

第四、以上のとおりであるから、被告Y4を除き被告らに対して連帯して金七九八万五三〇一円およびこれに対する本訴状が最も遅く被告Y1に対して送達された日の翌日であることが一件記録上明らかである平成二年一月二六日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める原告の本訴請求はこれを認容することとし、被告Y4に対する本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条第一項但書、第九二条但書、第八九条を、原告勝訴部分の仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宗哲朗)

<以下省略>

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