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名古屋地方裁判所 平成元年(ホ)1683号 決定 1990年11月28日

被審人

日本サーキット工業株式会社

右代表者代表取締役

松村司郎

右代理人弁護士

木村豊

主文

一  被審人を処罰しない。

二  手続費用は国庫の負担とする。

理由

一  愛知県地方労働委員会の緊急命令不履行通知の内容

1  愛知県地方労働委員会(以下、「愛労委」という。)は、被審人に対し、昭和五八年(不)第三号、同六〇年(不)第一号併合不当労働行為救済申立事件(以下、「本件救済申立事件」という。)主文第一項において、「昭和五七年度の賃上げ、夏季一時金、年末一時金及び昭和五九年度の賃上げの考課における申立人(寺沼一雄)の考課率を一般従業員の平均考課率まで是正し、是正前の考課率を基礎として既に支払われた金員と考課率の是正に伴い支払うべき金員との差額及びこれにそれぞれ申立ての翌日から支払いが完済した日までの期間について年五分を乗じた金額を、申立人に支払わなければならない。」との命命をなした。

2  右救済命令に対し、被審人は、愛労委を被告としてその取消を求める訴訟を提起したので、愛労委は、当庁に対し、右救済命令主文第一項につき緊急命令の申立てをし(当庁昭和六二年(行ク)第八号緊急命令申立事件)、当庁は、平成元年九月八日、右救済命令主文第一項に従わなければならない旨の緊急命令を発した(以下、「本件緊急命令」という。)。

3  被審人は、平成元年九月二二日、別紙昭和六二年(行ク)第八号緊急命令申立事件にともなう是正計算書(略)記載のとおり、昭和五七年度の賃上げ、夏季一時金、年末一時金及び同五九年度の賃上げにおける寺沼一雄(以下、「寺沼」という。)の考課率をいずれも一・〇に是正し、既払い額との差額及び遅延損害金として金二三万一七八八円を寺沼に支払った。

4  しかしながら、寺沼の代理人弁護士山田敏から愛労委に対し、平成元年九月二九日受付の要請書により、被審人には、以下の点で本件緊急命令の不履行がある旨の上申がなされた。

(一)  被審人は、考課率の是正を命じられたのに、その是正の効果を基本給そのものに反映させないため

(1) 翌年以降の基本給が是正されないままである。

(2) 一時金については、考課率是正にかかる当該年分についてさえ算定ベースとして、是正前の基本給を使用している。

(二)  昭和五七年及び同五九年分についてのみ差額計算をしているにとどまり、同五八年及び同六〇年以降の各年分については一切差額を支払わない。加えて、緊急命令発令(平成元年九月)以降の分についても一切是正の効果が反映されていない。

5  右要請を受けて、愛労委から当庁に対し、平成元年一二月二二日、緊急命令不履行通知がなされたもので、右通知書には、被審人に本件緊急命令の一部について不履行が認められるとの記載があるのみで、いかなる点について不履行があるのか明示されていないが、寺沼の代理人からの前記要請書の内容を援用しているものと考えられる。

二  当裁判所の判断

1  被審人に本件緊急命令違反の事実が認められるか否かは、本件緊急命令が従うことを命じた救済命令主文第一項が、昭和五七年度の賃上げ及び一時金並びに同五九年度の賃上げの考課における寺沼の各考課率を是正し、当該年度における是正前後の差額の支払いを命じるにとどまるのか、考課率是正に伴う基本給の増額分を、当該年度の一時金及び翌年度以降の賃上げ額算定に繰り越し反映させ、その差額分を支払うことまでも命じるものであるのかの解釈にかかるものと考えられる。そこで、以下右の点について検討することとする。

2(一)  一件記録によれば、被審人においては、前年度の基本給に平均昇給率、出勤率及び考課率を乗じて当年度の賃上げ額を、当年度の基本給に平均支給月数、出勤率及び考課率を乗じて一時金の支給額を決定することが認められ、このため、ある年度の考課率上昇により発生した基本給差額は、当該年度の一時金支給額に差額を生じさせ、かつ、次年度以降の基本給に繰越差額分を生じさせるとともに右差額に対応する賃上げ額差額が新たに発生するので、当初に発生した差額は増加しつつ累積していくことになる。

(二)  また愛労委には、本件救済申立事件に先立ち、寺沼を申立人、被審人を被申立人とする昭和五五年(不)第三号不当労働行為救済申立事件(以下、「先行救済申立事件」という。)が係属しており、右事件において愛労委が、救済命令主文第二項で、昭和五四年度、同五五年度及び同五六年度の各賃上げ、夏季一時金及び年末一時金の考課における寺沼の考課率を一般従業員の平均考課率まで是正し、是正前の考課率を基礎として既に支払われた金員と考課率の是正に伴い支払うべき金員との差額を、同人に速やかに支払わなければならないとの命令をなしたことは当裁判所に顕らかであるところ、先行救済申立事件の一件記録によれば、以下の事実を認めることができる。

寺沼は、先行救済申立事件において、昭和五四年四月から同五七年三月までの間に実施された各年の賃上げ並びに夏季及び年末一時金のすべてについて、被審人の男子従業員全員の平均考課率相当額までその格差を是正し、その是正後の金額を基として、以降の各昇給及び一時金支給に影響した差額金額をも含めて、すべての差額金の支払いを求めていた。また、寺沼の昭和五三年度の基本給は、一四万八九〇〇円であったが、被審人は、愛労委昭和五〇年(不)第七号、同五一年(不)第一〇号併合不当労働行為救済申立事件の救済命令に関して、当庁が昭和五三年七月一七日になした緊急命令に従い、四六〇〇円増額して一五万三五〇〇円として昭和五四年度の昇給計算をしていた(同年度の基本給は一六万〇五〇〇円となった)にもかかわらず、昭和五五年度の昇給計算をするに当たり、右緊急命令に基づく是正は必要ないとの見解から、昭和五四年度基本給の計算をし直し、一五万五七〇〇円としている(このため、昭和五五年度の基本給は一六万八二〇〇円となるべきところ、一六万三二〇〇円にとどまった)が、寺沼は、右緊急命令による是正額を付加した金額を基準に算定した差額の支払いを求めていた。これに対し、愛労委は、寺沼の申立てのうち、女子を除いた従業員の平均考課率までの救済及び昭和五五年三月度の基本給に認容決定に基づく是正額を付加した金額を基準に算定したバック・ペイを求める点については理由がないとして棄却したうえ、主文第二項のとおり命令したものであり、是正後の金額を基として、以降の各昇給及び一時金支給に影響した差額金額をも含めて、すべての差額金の支払いを求めた点については寺沼の請求を排斥する旨の判断を示していない。

(三)  一件記録によれば、寺沼は、本件救済申立事件の申立てにおいては、申立ての翌日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを付加したほかは、先行救済申立事件救済命令主文第二項と同一の文言を用い、「是正前の考課率を基礎として既に支払われた金員と考課率の是正に伴い支払うべき金員との差額」の支払いを求め、また、昭和五七年度の基本給が是正されればそれ以降のすべての支給賃金額(基本給及び一時金)に影響を及ぼすとして累積差額を算出主張していること、愛労委は、寺沼が管理監督者を含め女子を除いた従業員の平均考課率までの救済を求めた点は排斥しているものの、その余の点については寺沼の請求を排斥する旨の判断を示していないことを認めることができる。

3  右事実によれば、本件緊急命令が従うことを命じた救済命令主文第一項は、昭和五七年度の賃上げ及び一時金並びに同五九年度の賃上げの考課における寺沼の考課率の是正及び当該年度における是正前後の差額の支払いを命じるにとどまるものではなく、是正に伴う基本給の差額分を当該年度の一時金及び翌年度以降の賃上げ額に反映させ、その差額分の支払いを含め賃金格差の完全な原状回復を命じたものと解するのが相当である。したがって、愛労委から本件緊急命令不履行通知がなされた時点においては、被審人に、本件緊急命令の不履行があったものといわなければならない。

4  しかしながら、審尋の結果によれば、被審人の右不履行は、本件緊急命令が従うことを命じた救済命令主文第一項の趣旨が必ずしも明確とはいえないため、とりあえず、当庁昭和五三年(行ク)第一二号緊急命令申立事件において当庁が従うことを命じた愛労委昭和五〇年(不)第七号、同五一年(不)第一〇号併合不当労働行為救済申立事件の救済命令につき、被審人が用いたと同じ計算方法によったことに起因するものであり、審尋期日において、右救済命令主文第一項に関する当裁判所の見解を述べ、その履行を勧告したところ、被審人は直ちに、別紙再是正計算書(一)(略)、(二)(略)記載のとおり、当庁昭和五八年(行ク)第六号緊急命令申立事件の緊急命令と合わせて合計金四四七万一一五三円を寺沼に支払ったものであり、現時点においては、本件緊急命令違反の状態は治癒されている。

三  結論

以上説示したところによれば、被審人を敢えて処罰する必要はないから、同人を処罰しないこととし、手続費用の負担につき非訟事件手続法二〇七条四項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 清水信之 裁判官 遠山和光 裁判官 後藤眞知子)

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