大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所八日市場支部 昭和48年(わ)32号 判決 1973年6月26日

主文

被告人を懲役四年に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、中学校卒業後、工員、土木人夫、大工等の仕事に従事していたものであるところ、昭和四七年八月四日夜、当時勤務していた千葉県○○市内の工務店から同僚の甲野某を誘って同県○○郡○○村ロの××××番地の実家に帰宅したが、所持金もあまりなかったことから、右甲野を十分もてなすことが出来ないと考え、翌五日午後一時三〇分頃、実父のタロウ(死亡当時七八年)に小遣銭をねだったところ、同人から素気なく断わられたため、その腹いせに、同人が大切にしていた蘭の植木針を蹴飛ばし、これに憤慨した同人と取っ組み合いの喧嘩を始めたが、居合わせた実母のキク等に制止されてその場は一旦収まった。しかし被告人は、間もなく、自宅庭先において、右タロウから長さ一メートル余の草薙と称する農具で背後から左脇腹を殴打されて憤激し、同人を地面に押し倒したうえ、なおも右草薙で殴りかかろうとする同人の顔面、胸部等を土足で数回足蹴りする暴行を加え、そのため同人に右第三ないし第八肋骨々折を伴う胸部打撲等の傷害を負わせ、よって、同月一一日午前六時一五分頃、同村ロの二七四七番地石橋医院において前記胸部打撲による気管支肺炎により同人を死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法二〇五条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処することとする。

(刑法二〇五条二項を適用しなかった理由)

刑法二〇五条二項は、傷害致死の犯人が、被害者の直系卑属又はその配偶者であることのみにより、普通の傷害致死の犯人に比して重く処罰しようとするものであるから、右条項は、直系尊属が直系尊属であるゆえに、特に尊重さるべきものとし、卑属の自己又は配偶者の直系尊属に対する傷害致死は強い道徳的非難に値するという見地に立って設けられたものであり、その目的とするところは、子の親に対する服従ないしは報恩義務を内容とする儒教的封建的家族倫理の維持、擁護にあるものと考えられる。

しかしながら、人倫、自然の情としての子の親に対する愛情あるいは感謝の念は人格の平等という基本原理のうえに立った主体的かつ自発的な意思によって実現さるべきものであると考えられる。

従って直系尊属が直系尊属であることだけの理由で特別の保護を受くべきものとして、これを法的な制裁を伴う義務ずけによって維持しようとすることは、親の子に対する権威と一方的支配、子の親に対する服従と報恩という個人の尊厳や人格の平等を否定する家族秩序を法律によって強制するものという外ない。

その意味で、尊属傷害致死という特別の規定を設けて刑を加重することは、それ自体が合理的でない身分的差別を設けるものと考えられるのであって、刑法二〇五条二項は憲法一四条一項に違反する無効な規定であると解しなければならず、尊属傷害致死については刑法二〇五条一項を適用すべきものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 亀下喜太郎 裁判官 井上廣道 長岡哲次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例