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千葉地方裁判所佐倉支部 昭和35年(ワ)8号 判決 1961年6月30日

原告

能勢博

外一名

被告

明地耕

主文

一、被告は原告能勢博に対し金二十万円、原告能勢勇に対し金十五万六千八百三十円及び右各金員に対する昭和三十五年三月四日から右完済まで各年五分の割合いによる金員を支払うべし。

原告両名その余の請求は孰れもこれを棄却する。

二、訴訟費用は五分し、その一は被告の負担、爾余は原告両名の連帯負担とする。

三、この判決は原告等勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告両名訴訟代理人は請求の趣旨として被告は原告能勢博に対し金七十五万円及び原告能勢勇に対し金八十九万六千八百三十円並びに右各金に対する昭和三十五年三月四日から右完済まで各年五分の割合いによる金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として原告能勢勇の長男原告能勢博(昭和三十年十一月六日生)はその子守りである訴外足立冬子(当時十八歳)と共に昭和三十五年一月二十八日午前十時頃佐倉市井野千七百四十三番地先県道(幅員約六米)を右側に寄つて歩行中、これに対向して被告はその所有の自家用小型貨物自動四輪車(トヨエース五十七年型千せ千二百二十七号)を時速六十粁位の速度で運転して京成志津駅方向にジグザグに進行して来たので、右足立冬子は危険を感じ原告博を庇い道路右端の側溝(溝の幅約六十糎にして水は皆無。)の淵で被告の右自動車を避譲していたところ、被告は後方から進行せる三輪車に追い越されようとしたのでこれを避譲するためハンドルを左に切り過ぎたため、原告博の避譲せる位置に暴走して原告博に自動車の左側(自動車の進行方向に向つて)のフエンダー附近を接触せしめ因つて原告博の左頭部耳翼の上部から左眼の下眼瞼にかけて全治三週間を要する打撲裂創等の傷害を負わした。被告は当時自動車の運転免許を有せず、剰え酒気を帯びて無謀操縦したものである。原告勇は長男博の右奇禍の急報に接し現場に駈けつけ訴外医師榎沢操の応急手当を受けたが、原告博は左側顔面から頭部にかけて強打を蒙り、且つ裂傷を受けたので、その顔面には終生拭うべからざる烙印を押されて仕舞い、この創痕は将来就職、結婚等にまで支障を来すであろうし、又頭部の打撲は将来において機能障碍を起す虞れ充分あるものである。被告の右不法行為に因り原告博の精神上肉体上蒙つた打撃は甚大であり、原告勇も亦右博の父として長男博の右受傷により蒙つた精神上の苦痛は想像に絶するものがある。原告勇は耕地面積約一町三反歩を保有して農業を営む傍家畜商をも営み、又被告は耕地面積約二町歩を保有して農業を営む傍、これ亦乳牛約二十余頭を飼育して家畜商を営むものであつて通観して原被告共その部落においては中流程度の生活を営むものである。そこで被告に対し、原告博は被害者本人として、又原告勇は原告博の近親者(実父)として被告の前記加害行為により受けた精神上の苦痛を慰藉するため、各金七十五万円宛、又原告勇は原告博の扶養義務者として原告博の前記創傷治療のため医療費及び附属出費等合計金五万六千八百三十円の支出を余儀なくせしめられたによる右同額の損害金の各支払いを求むべく、本訴請求に及んだと述べ、尚被告は本件交通事故により昭和三十五年五月十一日付佐倉区検察庁検察官より業務上過失傷害及び道路交通取締法違反の各罪により起訴せられて、その頃佐倉簡易裁判所において略式命令により罰金二万円に処せられ該命令は既に確定しているものであると附陳した。(立証省略)

被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする旨の判決を求め、答弁として原告等の主張事実中その主張の日時場所において、被告がその所有の自家用小型貨物自動四輪車(トヨエース五十七年型千せ千二百二十七号)を運転して進行中運転を過り右自動車を原告博に接触せしめて交通事故を惹き起し原告博の頭部、顔面等に打撲裂創を負わしたこと、当時被告は右自動車の運転免許を得ていなかつたこと原告博は原告勇の長男であつて昭和三十年十一月六日生れの幼児であること、原告博は事故直後訴外医師榎沢操の応急手当を受けたこと、原告勇及び被告は孰れも原告等主張の如く資産を保有(但し被告は畑一町七反程度)して農業を営む傍家畜商を営み、又被告は当時乳牛十七頭を飼育していたこと(但し現在は乳牛は皆無)被告は本件交通事故により原告主張の如く佐倉区検察庁検察官より起訴せられて佐倉簡易裁判所において略式命令により罰金二万円に処せられ該命令は既に確定していることは孰れもこれを認めるが、本件事故発生当時被告は酒気を帯びていたこと、時速六十粁で自動車を運転進行したこと、原告博の子守訴外足立冬子は事故直前に原告博を庇つて自動車を避譲していたことは孰れも否認する。又原告博主張の慰藉料額及び原告勇主張の慰藉料並びに医療費、その他の出費による損害金の請求及びその損害額については孰れもこれを争うと述べた。(立証省略)

理由

原告主張の日時場所において被告がその所有の自家用小型貨物自動四輪車(トヨエース五十七年型千せ千二百二十七号)を運転して進行中、右自動車を原告博(当時六才未満)に接触せしめて交通事故を惹き起し、原告博の頭部、顔面等に全治三週間を要する打撲裂創を負わしたこと、右事故は被告の無免許運転により、且つ原告主張の如き被告の自動車運転上の過失に基因することは孰れも当事者間に争いがないものと認める。然らば被告は右事故に因り原告博に対して与えた損害を賠償する義務がある。そこで慰藉料額につき按ずるに成立に争いがない甲第一、二号証、同第三号証の一、二、同第四号証、同第五号証の一、二、証人足立冬子、同松本啓衛、同竹内春江の各証言及び原、被告各本人(但し被告本人の供述中以下認定と牴触する部分を除く)に対する尋問の結果を綜合すれば、右事故の原因は以下認定の如く被告の一方的な過失に基因するものであること、即ち原告博は当時六才未満の幼時であつたが、昭和三十五年一月二十八日午前十時頃子守の訴外足立冬子(当時十八才)に連れられ佐倉市井野千七百四十三番地先県道(幅約六米)を右側に寄つて原告博が訴外冬子の先になり歩行中被告が時速約五十粁の速度で前記自動車を運転して原告博及び訴外冬子等の方向に対向して進行し来つたので、訴外冬子は原告博の万一の際の身の危険を感じて大急ぎで駈け寄り原告博を庇い博と共に道路の右端の側溝(幅約六十糎位、当時流水は皆無。)の渕に立ち停つて避難するや、被告は偶偶その後方から進行し来れる三輪車に追い越されようとしたので、これを避譲するためハンドルを左に切り過ぎて周章狼狽し停車その他適切な措置を講じなかつた過失により却つて原告博の右避譲位置にまで自動車を暴走せしめて自動車のフエンダー附近を原告博の左頭部及び耳翼に接触せしめ自動車の左側前後の車輪が側溝に落ち込み自動車は停車したが、その際原告博は傾斜せる右自動車の車体左側面と側溝添いの築堤との間に押し挟まれてそのまゝ放置すれば圧死する程の挟撃を受けたものであつて、右事故により原告博は左側頭部の耳翼上部より左眼の下眼瞼にかけて打撲裂創を負い、その打撃や右の挟撃で一時失神状態に陥り急拠附近の医師榎沢操の応急手当てを受け左耳翼より左眼瞼にかけて十三針もの縫合手術を施したこと、右医師の全治見込み日数三週間を経過せるも快癒するに至らず、更に言語障碍を起し、又化膿性中耳炎をも併発したので脳の機能障碍を惹き起さないとも保し難く、憂慮せられたこと、右治療のため昭和三十五年一月二十八日から同年二月二十日まで通して二十四日間佐倉市井野千四百四十四番地前記訴外榎沢医院及び東京都江戸川区東小松川町四丁目千三百八十二番地同愛会病院に入院してその間痛く難渋したと認められること、原告博の創傷は医師の縫合手術により完全に癒看したが、同部位に今尚長さ約七糎位の傷痕を残し、将来も精神的苦痛は消え去らないものと思われること、而して本件事故は原告側には全く過失のないことが認められる。被告は道路交通の法秩序を無視し被告の自認するが如く無免許運転を敢行し、日頃交通事故に対する関心が極めて薄く、この種遵法精神に著しく欠くるところがあつたと認められること、被告は所謂轢き逃げの類とは異なり事故発生するや、直ちに他の協力を得て原告博を前記の状態から救い出し、訴外榎沢医院に連れて行き介抱したことは認められるが、しかしその後に至つて業務上の過失傷害並びに道路交通取締法違反の刑責を問われて略式命令により罰金二万円に処せられ、右罰金を納入するや、爾後原告側に対する慰藉の方法について充分話し合いの上医療費その他慰藉料等の支払いに誠意をもつて努力したと認められる形跡がなく僅かにカステラの菓子折一個を持参して見舞いしたのに過ぎず誠意の程は認められないこと、ところで原告博の受傷は前記認定の如く、今尚長さ約七糎の傷痕を残し、精神的苦痛も消え去つたとは思われないが、傷口も全く治癒し事故直後憂慮せられし脳の機能障碍も起らず、而して原告博の身体の全機能は総じて回復し格別異状のないことが認められること、原告博は昭和三十年十一月六日生れの幼児であるが同人を扶養する父原告勇は特に取立てゝ社会的地位身分を有する者とは言い得ないまでも農地約一町一反歩山林若干、宅地住家等を保有し農業を営む傍家畜商をも営み月収平均金四万五千円乃至五万円を降らず部落において中流程度の生活をしていること、又被告は畑、山林等一町七反歩位、宅地住家を保有し農業を営む傍家畜の仲買いを業とする印南畜産株式会社専務取締役として生活をしているものであることが認められ、それに現今における貨幣価値の程度を斟酌し、叙上認定の事実並びに全事情を綜合して被告は原告博に対して本件交通事故に因り与えた精神的肉体的苦痛を慰藉するにその慰藉料として金二十万円を支払うことを要し、これをもつて足りるものと認定する。

次に被告は原告博の近親者(実父)である原告勇に対しては本件交通事故に因る加害行為につき必ずしもその責任原因従つて損害賠償責任を自認する(尤も原告博に対しても慰藉料額については争いがあつた。)ものとは認め難いから進んで原告勇の被告に対する本件損害賠償請求の当否について考察しなければならない。そこで近親者の生命侵害に因る損害賠償請求については民法第七百十一条に加害者は被害者の父母、配偶者及び子に対して損害賠償の責任のあることを規定しているが、身体傷害に因る近親者の損害賠償請求権については直接に触れていないところから、民法第七百十一条は生命侵害せられた者の近親者にのみ限つて賠償請求権を取得せしめるものとし、而してその反対解釈により身体傷害に因る近親者の賠償請求権は寧ろ否定したものと解する見解があるが、然りとすれば交通事故に因る加害行為の続発する今日時には瀕死の重傷を受けた者の如き父母の立場を著しく無視し、社会通念にも反し不都合を生ずることを考慮しなければならない。そこで同条は単に生命侵害せられた者の近親者が賠償請求権を行使する場合の特則として被害者の父母、配偶者及び子に対し生命侵害による権利侵害乃至損害の発生につき立証の困難を救済する意味において特にその挙証責任を軽減、緩和したのに過ぎないものと解すべきであつて、生命侵害せられた者の近親者だけに事を限定して賠償請求権を取得せしめて身体傷害を受けた者の近親者の賠償請求権はこれを一切否定した趣旨のものと解すべきではないとの見解が妥当であるものとする。そこで生命若しくは身体を侵害せられた者の近親者(若しくはこれに準ずる者、以下同じ)右孰れの場合においても一般的不法行為に関する民法第七百九条、第七百十条を根拠規定として加害者に対して賠償請求権を取得するものであつて、生命侵害せられた者の近親者も民法第七百十一条に拠るものではなく(但し同条により挙証責任の減軽せられることは前説示の通りである。)又身体傷害せられた者の近親者も同条を準用する必要も理由もない。只この場合民法第七百九条、第七百十条に根拠規定を求めるとしても賠償請求権者たる近親者は加害者によつて自己のいかなる権利を侵害せられたかが問題となる。或は権利侵害を違法性と置き換える見解もあるが、凡そ不法行為には他人の権利の侵害が必要要件であると解せられ(鳩山秀夫著日本債権法各論(下巻)八百五十九頁以下参照)侵害の対象となるものにつき民法第七百九条は「他人の権利」第七百十条は「他人の身体、自由、名誉、財産権」と規定していることに鑑み侵害の客体については一応権利として目せられるものたることを要する。しかしだからといつて不法行為において侵害の対象たる権利は厳格に右の所謂権利に限定する趣旨ではなく、又一々何々権と呼称しなくとも、広くその実体を見極め法によつて保護する価値のある利益であれば、ここに所謂権利と目して差し支えない。かく解するとき近親者は互に自己の近親者の生命、身体を他人から侵害せられざる利益を有し、この利益は単なる事実上感情上の利益たるに止ゝまらず、近親者たる身分に附着し法律上の保護に値する利益として、近親者の固有する親族関係上の権利であると言い得る。従つて生命、身体を不法に侵害せられた者の近親者は自己の固有するこの親族関係上の権利を直接に侵害せられた者として、その受けた損害(精神的苦痛)につき加害者に対して賠償請求権を取得するものである。然らばいかなる者が賠償請求権を取得せる近親者と言えるか、又その範囲をいかに劃定するか、それは加害行為の具体的場合に応じて生命、身体の直接の被害者との身分上及び生活上、経済上の関係の緊密度(前記民法第七百十一条参照)。而して加害行為に因る損害(特に精神的苦痛)の程度等を具体的に普遍妥当性と相当因果関係の理念によつて吟味し、証拠によつて認定すべきであるから自ら規制せられることは当然であつて、一族郎党へと無限に拡がる心配はない。

さて本件において原告勇はその長男たる原告博が被告の前記加害行為に因り前記認定の如く身体に創傷を受けたものであり近親者(実父)として原告博の身体を他人から不法に傷害せられざる権利(親族関係上の利益)を被告の右加害行為によつて不法に侵害せられたものに係り、而して原告博の創傷の部位程度が前示認定の如くであるのに鑑み、原告勇の直接に受けた精神的衝撃は相当甚大であつたものと認められるところ,前示証拠に徴し、原告勇の右損害は前説示の理由によつて被告の加害行為と相当因果関係があるものと認め得べく、しかも前示認定の如く原告側には右事故につき何等過失の責むべきものがなく、専ら被告の過失に基因するものと認められるから被告は原告勇に対しても慰藉料支払いの義務があるものである。而してその慰藉料額は前示認定の如き原告博の受傷の部位、程度、被告の交通事故に因る加害行為の態様(特に無謀操縦)事故にあたり被告の執りたる措置及び事故後の原告等に対する態度、本件事故に因り総じて原告勇の受けたと認められる精神的打撃の程度原告勇及び被告の各資産生活状態、現今における貨幣価値の程度等を彼れ是れ参酌した結果により被告は原告勇に対し慰藉料として金十万円を支払うことを要しこれをもつて足りるものと認定する。次に前示甲第二号証、同第三号証の一、二及び原告本人勇に対する尋問の結果を綜合すれば、原告勇は訴外榎沢医院に対し原告博の入院治療費金五千三百五十円並びにその間の附添人に対する食費及び礼金等金四千五百円、事故当日支出した雑費金三千三百五十円、訴外同愛病院に対する原告博の入院治療費金一万二千七百九十円並びに附添人に対する食費金四千四百円及び礼金一万二千円、看護婦に対する礼金七千四十円、原告等の自宅から右同愛病院までのタクシー代二回分合計金五千円及び電車賃、その他の雑費等合計金二千四百円以上合計金五万六千八百三十円を支出したことが認められ右金は原告勇が原告博に対する扶養義務者として原告博の創傷治療のため右病院等に入院治療せしめたことによる入院治療費及びこれに附随した費用として必要的に支出した金員であつて原告勇は右同額の損害を蒙つたものというべく、右は被告の本件加害行為と相当因果関係あり、而して通常生ずべき損害額なりと認むべきであるから被告は原告勇に対し損害賠償として右金五万六千八百三十円を支払う義務があるものと認定する。

要するに被告は本件交通事故に因り与えた損害賠償として原告博に対し慰藉料金二十万円、原告勇に対し慰藉料金十万円及び物質的損害金五万六千八百三十円並びに右各金に対する本件訴状が被告に送達せられた日の翌日であることが記録上明らかな昭和三十五年三月四日から右各金完済まで各年五分の割合による民事法定利息を各支払う義務があるにより、右認定の限度において原告等の各請求は正当として認容するが爾余は失当なるにより棄却すべく、民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文第九十三条第一項を各適用して訴訟費用は五分し、その一は被告の負担、爾余は原告両名の連帯負担とすべく、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項、第三項を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 立沢貞義)

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