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千葉地方裁判所 昭和46年(行ウ)14号 判決 1981年11月11日

千葉県浦安市堀江三二二番地の二

原告

吉野秀雄

右訴訟代理人弁護士

楠本博志

同県市川市北方一丁目一一番一〇号

被告

市川税務署長

長田嘉雄

右指定代理人

細井淳久

伊藤貞保

佐藤恭一

高野幸雄

岩井明広

横山貞夫

右当事者間の頭書事件について次のとおり判決する。

主文

一  被告が原告に対し昭和四五年三月四日付でなした昭和四三年分の所得税に関する過少申告加算税賦課決定処分のうち二万三六四五円をこえる部分を取消す。

二  原告のその余の主位的請求を棄却する。

三  原告の予備的請求に係る訴えを却下する。

四  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  (主位的請求)

被告が原告に対し、昭和四五年三月四日付でなした原告の昭和四〇年分、昭和四一年分の各所得税の決定及び各重加算税の賦課決定並びに昭和四二年分、昭和四三年分の所得税の各更正及び各過少申告加算税賦課決定の各処分を取消す。

2  (予備的請求)

被告が原告に対し、昭和四五年三月四日付でなした昭和四三年分の青色申告書提出承認の取消処分はこれを取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の申立

(一) 原告の予備的請求に係る訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案に対する申立

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  (原告)請求原因

(主位的請求原因)

1 原告は、昭和三二年一〇月頃株式会社田代商店(以下「田代商店」という。)に入社し、昭和三九年頃から田代商店の営業所である東京都中央卸売市場(以下「中央市場」という。)内の仲買店舗において、鮮魚部主任としてせり及び店舗販売の業務に従事していた。

2 ところが、被告は、昭和四五年三月四日付で原告に対し、

(一) 原告の昭和四〇年分総所得金額を一三七万七〇一九円、所得税額を一五万五五〇〇円と決定し、重加算税五万四二〇〇円を賦課決定し、

(二) 原告の昭和四一年分総所得金額を四二〇万六二二八円、所得税額を一〇七万〇七〇〇円と決定し、重加算税三七万四五〇〇円を賦課決定し、

(三) 原告が昭和四三年三月一六日にした昭和四二年分の所得税確定申告について、申告に係る総所得金額五二万円、所得税額二二〇〇円をそれぞれ二八一万八二八三円、五〇万八〇〇〇円と更正し、過少申告加算税二万五二〇〇円を賦課決定し、

(四) 原告が昭和四四年四月一四日にした昭和四三年分の所得税確定申告について、申告に係る総所得金額九七万三五五三円、所得税額一万四〇二〇円(還付)をそれぞれ二八一万五四六五円、四八万九八〇〇円と更正し、過少申告加算税二万五一〇〇円を賦課決定し、

いずれもその頃原告に通知した。

原告はこれを不服として昭和四五年四月三日付で被告に対し異議申立をしたところ、被告は同年六月三〇日付でこれを棄却する旨の決定(ただし、別表一のとおり、所得税額及び各加算税額が一部減額された。)をしたので、原告は更にこれを不服として同年七月二七日付で東京国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同審判所長は昭和四六年九月三〇日付でこれを棄却する旨の裁決をし、その頃原告に送達した(右各課税処分を一括して以下「本件課税処分」という。)。

3 しかしながら、本件課税処分は以下の理由により違法であって取消を免れない。

被告は所得税法一五六条に基づき原告を独立の事業者としてその所得金額を推計したものと考えられるが、原告は、昭和四〇年一月一日から昭和四三年一二月三一日までの間において、昭和四三年三月一日から同年四月三〇日まで及び同年一一月一六日から同年一二月三一日までの間田代商店から一時的に仲買店舗を賃借して独立の事業者として鮮魚仲買業を営んだのを除いて、中央市場内で独立の事業を営んだことがないのであるから、原告を独立の事業者としてなした本件課税処分は違法である。すなわち、原告は、右独立事業者でない期間においては、前述のとおり田代商店に勤務して前記業務に従事しており、その間毎月給与の支払を受けていたので、給与支払者たる右会社が原告の負担すべき所得税相当額を源泉徴収して、これを所轄の京橋税務署に納付していたものである。

4 また、後記予備的請求原因のとおり、被告がした昭和四三年分の青色申告承認取消処分には瑕疵があるから、右処分は無効であり、したがって原告は依然として青色申告の承認を受けた者というべきところ、被告が昭和四五年三月四日付でした昭和四三年分の所得金額及び税額に関する更正並びに過少申告加算税賦課決定には、更正の理由として具体的事実の記載がなく、青色申告書に係る更正としては理由不備の違法がある(所得税法一一五条二項)。

5 よって、原告は被告に対し、主位的請求として本件課税処分の取消を求める。

(予備的請求原因)

1 原告は、青色申告書により確定申告をすることにつき税務署長の承認(所得税法一四三条)を受けていたところ、被告は、昭和四五年三月四日付で原告に対し、昭和四三年分の青色申告の承認を取消す旨の処分(以下「本件青色取消処分」という。)をし、その頃その旨原告に通知した。

2 しかしながら、右通知書には「所得税法一五〇条一項一号に掲げる事実に該当する。」と記載されているだけで、同号に該当する具体的事実が記載されていないので、右取消処分は理由不備の違法があり(所得税法一五〇条二項)、無効でないとしても、少なくとも取消を免れない。

3 よって、原告は被告に対し、予備的請求として本件青色取消処分の取消を求める。

二  (被告)請求原因に対する答弁及び主張

(主位的請求原因について)

1 請求原因第1、2項の事実は認める。なお、本件課税処分の経過をまとめると次の表のとおりである。

昭和四〇年分

<省略>

昭和四一年分

<省略>

昭和四二年分

<省略>

昭和四三年分

<省略>

2 同第3項のうち、原告がその主張の期間中中央市場で独立の事業を営んだ事実(但し、後記3(二)に述べるように、原告が独立の事業者として営業したのは、右原告主張の期間だけではなく、昭和四〇年一月一日から昭和四三年四月三〇日までの間と、同年一一月一六日から一二月三一日までの間である。)、田代商店が原告の負担すべき所得税相当額を源泉徴収したとして、これを京橋税務署に納付していた事実(但し、これは、後記3(一)に述べるように、原告及びその従業員を田代商店の従業員であるかのように装うためである。)、以上の事実は認めるが、その余は争う。

3 同第4項の主張は争う。

4 本件課税処分の適法性―所得の帰属

原告は、以下に述べるとおり、昭和四〇年一月一日から昭和四三年四月三〇日までの間及び同年一一月一六日から同年一二月三一日までの間独立の事業者として事業を営んでいたものであり、被告が右の認定のもとに原告に対してした本件課税処分には何らの違法もない。

(一) 田代商店の仲買店舗の賃貸借について

(1) 中央市場における仲買人は、東京都中央卸売市場業務規程(東京都条例)により東京都知事の仲買業務許可を受けなければ市場内で仲買業務を行うことができないものとされており、右許可を受けた者には知事からいわゆる「せり鑑札」が交付されるとともに、市場内に売場(「小間」あるいは「仲買店舗」とも呼ばれる。以下「仲買店舗」という。)が割当てられ、右売場については二年ないし三年毎に店舗場所割振り抽選が行われていた。仲買人は、右鑑札によりせり、入札等によって市場内の卸売人(荷受会社)から商品を買受け、各仲買店舗で分荷販売することを義務付けられ、卸売人との売買、商品代金決済等の取引はすべて仲買業務の許可名義人でなければできないこととされていた。また、正当な理由なくして引続き一月以上仲買業務を休止した場合には仲買業務許可を取消されるものと定められていた。そこで、本件係争期間である昭和四〇年ないし昭和四三年当時においても、許可名義人自身で営業できないが仲買業務許可を確保する目的を有する場合など特殊な事情の下においては、事実上仲買店舗の賃貸借(転貸借)がなされていた。

(2) 田代商店は、右仲買人の業務許可を受けており、昭和四二年一月当時は、仲買店舗七小間を有し、うち二小間を本店営業所と称して練製品の販売を営み、他方市場外の中央区築地六丁目一番七号に加工場を有し、伊達巻等の練製品の製造販売業も併せて行っていた。そして、田代商店は、右本店営業所二小間を除く他の仲買店舗五小間(「第一揚物部」、「第二揚物部」、「貝部」、「鮪部」等と称していた。)を、店舗場所割振り抽選が行われた昭和三五年一〇月ころから、第一揚物部の店舗二小間を土井梅彦に、第二揚物部の店舗一小間を山中豊に、鮪部の店舗一小間を町山喜一郎に、貝部の店舗一小間を原告に、それぞれ賃貸し、昭和三九年一〇月以降は、右鮪部一小間も貝部の一小間として原告に賃貸した。(原告への賃貸の詳細は後記(二)参照。)

(二) 原告の営業の概況及び営業期間

(1) 原告は、前述のとおり、昭和三五年一〇月田代商店から同社の営業所である仲買店舗屋号「貝部」の店舗を借受けるとともに、田代商店から独立して右店舗で鮮魚仲買の事業を開始した。次いで、原告は、昭和三九年一〇月に行われた中央市場内魚類部の店舗場所割振り抽選の結果田代商店に割当てられた小間の内店舗番号七一五三(通称「田代」)及び七一五四(通称「貝部」又は「田代第二」)の二小間を同月一八日に田代商店から月額一二万円の賃料で賃借し、その後、昭和四二年一〇月の抽選の結果田代商店から店舗番号六一三一及び六一三二(通称「田代五号」)の二小間を賃借し、営業を行っていた。原告は、昭和三九年一一月以降従来の「貝部」を発展、拡大させて、貝類のみでなく、いわゆる「上物」「特種物」といわれるすしだね鮮魚などの仲買を行っていた。

(2) 原告は、独立して鮮魚仲買の事業をするようになってからも、右各店舗における事業の取引に関し自己の名称を用いず、本件税務調査の頃は賃貸人たる田代商店が従来使用していた取引の屋号である「田代五号」を用いてせりによる仕入・仲卸売等を行っていた。これは、(一)で既述したように中央市場で仲買を行うには知事の許可が必要であるため、形式的に右許可を受けている田代商店の屋号を用いたにすぎず、実質的には原告個人の事業として取引されたのである。

(3) ところが、昭和四二年一月田代商店が法人税法違反の嫌疑により東京国税局査察部の調査を受け、その結果田代商店が原告の事業を同商店の事業であるかの如く装って確定申告していた事実が判明し、右会社は昭和三八年度に遡って修正申告書を提出するに至ったが、その過程において右会社代表者田代善次郎(以下「田代」という。)は、昭和四三年二月末まで会社の事業であると仮装していた原告の主宰する右仲買店舗の取戻しを意図し、同年四月末に原告との店舗賃貸借契約を解除したうえ、同年五月から田代の次男田代秀明を「田代五号」店舗の責任者として営業を行わせ、田代商店の事業の一部とした。(なお、右貸店舗契約解除の際、田代商店は、原告の昭和四三年四月現在の棚卸商品を全部買取り、その代金二一三万〇三二〇円を同年五月一日と同月一六日の二回にわけて小切手で原告に支払った。)しかし、右田代秀明の経験不足等から業績が極めて低調であったため、田代は、店舗賃貸料の形で安定収入を図ることが得策と考え、従来の賃貸先である原告に再度店舗の賃貸をすることとし、原告はこれを受けて昭和四三年一一月一六日から仲買営業を再開したのである。したがって、原告の昭和四三年の営業期間は、同年一月一日から同年四月三〇日まで及び同年一一月一六日から同年一二月三一日までの通算五・五か月である。

(三) 原告の事業と田代商店との関係

(1) 原告は、田代商店と共謀し、次のとおり原告の事業の一部を田代商店の事業のように仮装していた。すなわち、原告は、自己の経営する仲買店舗における事業を田代商店の事業の如く装い、原告の事業から生じた仕入金額のうち、市場の卸売人から仕入れ、かつ、商慣習により後払いになる代金(掛払の仕入金額)を会社の仕入金額と仮装すべく、日々田代商店に報告していた。これは、原告が卸売人から仕入れる際にはその取引名義を仲買業務の許可を受けている田代商店とせざるを得ず、かつ、商慣習により取引の日の四日後までに卸売人に対し仕入代金を田代商店名義の小切手で決済する必要から、右金額を明確にする必要があったためである。そして、原告は、仕入金額にその一割程度を加算した金額若しくは仕入金額に一か月を通じ店舗賃借料程度を加算した金額を田代商店の仮装売上金額とすべく、現金により日々田代商店に納入していた。これは右金額を田代商店の売上金額としてその帳簿に計上させるとともに、原告が仕入れた掛払の仕入代金を会社名義の小切手で決済することから生ずる田代商店名義口座の払出しを補填し、また、田代商店の原告に対する賃貸料を確保させるためであった。

他方田代商店は、原告に対する貸店舗を自社の営業所のように仮装し、原告の行った取引を自社の取引の如く装うために、原告の掛払の仕入金額を自社の仕入金額として計上し、前記のようにして原告から受領した金額を自社の売上金額として計上するなどの不正な経理処理及び税務処理をしたほか、原告及びその従業員を自社の従業員であるかのように装って架空給料を計上し、この架空給料から計算される源泉所得税相当額を原告から預り、これを京橋税務署に納付していた。(なお、右納付に係る源泉所得税については、その後田代商店の誤納額還付請求に基づき、京橋税務署長から還付された。)

そして、田代商店と原告とは、原告の事業を田代商店の事業であるかの如く仮装するために行った右のような現金の授受すなわち原告が日々田代商店の売上金額と仮装して同商店に支払った金額と原告が田代商店に対して支払うべき掛払の仕入金額及び賃借料との差額について毎月清算を行っていた。

(2) 原告が独立して事業を行っていたことは次の事実からも明らかである。すなわち、原告は、中央市場内の店舗における売上げによって得た現金を係争年度当初から京橋信用金庫、大洋信用金庫、暁信用組合に対し原告本人名義、家族名義及び架空名義で定期積金(日掛)等の預金をしていた。原告が給与所得者であったならば、かように多額な日掛預金をすることは不可能であり、右事実は原告が独立事業者である証左にほかならない。また、原告は、大洋信用金庫から事業資金の借入れをした際、右定期積金(日掛E八九二)を担保として差入れている。

5 所得金額計算の適法性―推計課税の適法性

(一) 原告は、本件各係争年度分のうち、昭和四〇、四一両年分については無申告であり、昭和四二年分については所得税法一四三条に定める税務署長の承認を得た青色申告でない確定申告書(いわゆる白色申告書)を、昭和四三年分については右承認を得た青色申告にかかる確定申告書を、それぞれ被告に提出した。

右各年分について被告が調査したところ、原告は所得金額算定の基礎となる諸帳簿等の記録及び保存が不備であったので、被告は、昭和四五年三月四日付で原告の昭和四三年分の青色申告承認を取消した。

更に、被告は、原告の保存していた書類によっては実額により所得金額を計算することが不可能であったため、やむをえず原告の右各年分の売上金額及び必要経費の一部分を推計し(所得税法一五六条)、原告の右各年分の所得金額を算定のうえ、昭和四〇、四一年分については所得金額及び税額を決定するとともに(国税通則法二五条)、重加算税を賦課決定し(同法六八条二項)、また昭和四二、四三年分については所得金額及び税額を更正するとともに(同法二四条)、過少申告加算税を賦課決定(同法六五条一項)した。

(二) 被告が本訴において主張する原告の右各年分の所得金額及びその算定根拠は次のとおりであり、右範囲内でなされた本件課税処分はいずれも適法であり、何ら取消されるべき違法はない。

(1) 昭和四〇年分

総所得金額一四八万一三三八円

右所得金額はすべて事業所得であり、次の<1>売上金額から<2>必要経費の額を減じた額である。

<1> 売上金額四三五九万三五〇七円

イ 右は、原告の売上原価三八四〇万五八八〇円(後記<2>イ)を同業者の平均売上原価率(以下「同業者率」という。)八八・一〇パーセントで除して得た推計額である。

ロ 右同業者率は、原告と同様の事業を営む者、すなわち中央市場本場において生鮮魚介類の仲買業を営む個人及び法人の中、次の各条件の全てに該当する者の全員の売上原価率(別表三)の平均値である。

(イ) 主として貝類・ハマチ・ウニ・文甲イカ・エビ・アジ等の生鮮魚介類を売買していた者

(ロ) 個人にあっては当年中において、法人にあっては翌年六月三〇日までに終了した事業年度(但し一年間)において事業を継続していた者

(ハ) 売上原価が、原告の売上原価の約半額以上で約倍額以下の範囲内にある者

(ニ) 青色申告者又は実額調査をなした白色申告者

ハ 右売上金額を算式で示すと次のとおりである。

売上原価 同業者の平均売上原価率 売上金額

38,405,880円÷88.10%=43,593,507円

<2> 必要経費四二一一万二一六九円

イ 売上原価三八四〇万五八八〇円

次の各仕入先にかかる仕入金額と同額である(期首及び期末棚卸高は、帳簿書類の保存がなく実額により算定できないため、同額と算定した。なお、昭和四一年分、昭和四二年分も同様である。)。

<省略>

ロ 給料賃金六二万七一〇〇円

原告が、当年中に支払った金額であり、その内訳は次のとおりである。

<省略>

ハ 利子割引料四万六六七八円

原告が、当年中に支払った金額であり、その内訳は次のとおりである。

<省略>

ニ 地代家賃一四九万三六六〇円

原告が、当年中に支払った金額であり、その内訳は次のとおりである(なお、(ロ)、(ハ)は昭和四三年分のそれが五・五か月分であることに基づく推計額である。)。

<省略>

ホ その他の経費一五三万八八五一円

原告申告にかかる昭和四三年分必要経費(別表二)のうち売上原価以外の経費(「専従者給与」は後記により除く。)合計三六五万一五七一円から給料賃金、利子割引料、地代家賃及び売上値引を除いた金額(当年分その他の経費に対応するもの)一八二万三二九三円の昭和四三年の売上金額五一六一万八〇一四円(後記(4)<1>)に占める割合三・五三パーセントを原告の当年分の売上金額四三五九万三五〇七円(前記<1>)に乗じて得た推計額である。

なお、右当年分その他の経費に対応する昭和四三年分必要経費の算定にあたり、売上値引及び専従者給与を除いたのは次の理由による。すなわち売上値引は、必要経費ではなく売上高から控除すべきものであり、専従者給与は、青色申告者と生計を一にする親族がもっぱら右の者の営む事業に従事し、右の者から給与の支給を受けた場合、その支払額が必要経費に算入されるものである。

右その他経費を算式で示すと次のとおりである。

当年分売上金額 その他の経費の割合 当年分その他の経費

43,593,507円×3.53%=1,538,851円

<3> 推計の必要性

前記<1>(売上金額)、同<2>ニ(地代家賃)の中の(ロ)東仲車輌組合分及び(ハ)東京都分並びに同<2>ホ(その他の経費)については、各実額を算定しうる資料がないので、推計せざるを得ない。

(2) 昭和四一年分

総所得金額四二三万八一〇三円

右所得金額はすべて事業所得であり、次の<1>売上金額から<2>必要経費の額を減じた額である。

<1> 売上金額七七八二万七九七九円

イ 右は、原告の売上原価六八四七万三〇五六円(後記<2>イ)を同業者率八七・九八パーセントで除して得た推計額である。

ロ 右同業者率は、前記昭和四〇年分のものと同旨の者の売上原価率の平均値である。

<2> 必要経費七三五八万九八七六円

イ 売上原価六八四七万三〇五六円

次の各仕入先にかかる仕入金額と同額である。

<省略>

ロ 給料賃金八五万〇七〇〇円

<省略>

ハ 利子割引料二万五一三二円

<省略>

ニ 地代家賃一四九万三六六〇円

右は、前記昭和四〇年分と同一である。

ホ その他の経費二七四万七三二八円

右は、前記売上金額七七八二万七九七九円に、前記昭和四〇年分のものと同一の割合三・五三パーセントを乗じて得た推計額である。

<3> 推計の必要性

昭和四〇年分と同一である((1)<3>参照)。

(3) 昭和四二年分

総所得金額四五一万六三〇一円

右所得金額はすべて事業所得であり、次の<1>売上金額から<2>必要経費の額を減じた額である。

<1> 売上金額九一三三万六七九七円

イ 右は、原告の売上原価八〇二七万五九一一円を同業者率八七・八九パーセントで除して得た推計額である。

ロ 右同業者率は、前記昭和四〇年分のものと同旨の者の売上原価率(別表五)の平均値である。

<2> 必要経費八六八二万〇四九六円

イ 売上原価八〇二七万五九一一円

次の各仕入先にかかる仕入金額と同額である。

<省略>

ロ 地代家賃一四九万三六六〇円

右は、前記昭和四〇年、四一年分と同一である。

ハ 利子割引料

原告が当年中に支払った利子割引料はない。

ニ その他の経費(給料賃金を含む。)五〇五万〇九二五円

原告申告にかかる昭和四三年分必要経費(別表二)のうち売上原価及び専従者給与以外の経費合計三六五万一五七一円から利子割引料、地代家賃及び売上値引を除いた金額(給料賃金を含む当年分その他の経費に対応するもの)二八五万六七九三円の昭和四三年分の売上金額五一六一万八〇一四円(後記(4)<1>)に占める割合五・五三パーセントを原告の当年分の売上金額九一三三万六七九七円(前記<1>)に乗じて得た推計額である。

<3> 推計の必要性

昭和四〇年、四一年分と同一である((1)<3>参照)。

(4) 昭和四三年分

総所得金額三二一万一四七八円

右総所得額の内訳は、事業所得二五九万四一八九円、譲渡所得(損失)四万円、不動産所得一五万〇六二五円及び給与所得五〇万六六六四円である。以上の内、事業所得以外はいずれも原告が申告したとおりであり、事業所得の金額は次の<1>売上金額から<2>必要経費の額を減じた額である。

<1> 売上金額五一六一万八〇一四円

イ 右は、原告の売上原価四五〇九万八六五九円(後記<2>イ)を同業者率八七・三七パーセントで除して得た推計額である。

ロ 右同業者率は、前記昭和四〇年分のものと同旨の者(但し、それらの者の売上原価の範囲は、原告の売上原価を一年分に換算した金額の約半額以上で約倍額以下である。)の売上原価率(別表六)の平均値である。

<2> 必要経費四九〇二万三八二五円

次のイ売上原価(原告の申告額の積算誤り一〇〇〇円を含む。)とロその他の経費との合計額である。

イ 売上原価四五〇九万八六五九円

原告の申告にかかる売上原価四四一一万四七四〇円(別表二)に、原告申告額の積算誤り一〇〇〇円と申告脱漏額九八万二九一九円との合計額を加えた金額であり、右申告脱漏額は次のとおりである。

<省略>

右被告調査仕入額の詳細は次のとおりである。

<省略>

ロ その他の経費三九二万五一六六円

右は、原告の申告した昭和四三年分必要経費明細表(別表二)の合計額四八四一万六三一一円から同表の売上原価の額、売上値引の額、青色専従者給与の額を各減算し、これに白色事業専従者控除額三〇万円を加算した額である。原告は昭和四三年分所得税の確定申告において、原告の妻吉野峰子及び吉野行晴に係る青色事業専従者給与の金額を必要経費に算入しているが、これは青色申告書を提出することにつき税務署長の承認を受けている者に限りその支給に係る年分の必要経費に算入することが認められているのであるところ、原告は前記のように昭和四五年三月四日付で昭和四三年分以後の青色申告の承認を取消されているのであるから、同年分以後は、右青色事業専従者給与の金額を必要経費に算入することができない。そこで、被告は右青色事業専従者給与の金額六五万円を必要経費から除外し、右二名の者は専ら原告の営む事業に従事するものと認められるので、事業専従者控除額三〇万円を必要経費とみなしたのである(昭和四六年法律第一八号による改正前の所得税法五七条三項)

<3> 推計の必要性

前記<1>(売上金額)については、その実額を算定しうる資料がないので、推計せざるを得ない。

(5) 昭和四三年分所得控除認定の経緯は、次表記載のとおりである。

<省略>

被告が吉野重蔵(以下「重蔵」という。)を原告の扶養親族から除外した理由は、昭和四三年において、右重蔵は、千葉県東葛飾郡浦安町堀江三二六番地においてたばこ小売店を経営し、それにより五万円を超える事業所得を有していたと認められたからである(昭和四四年法律第一四号による改正前の所得税法二条三四項)。

すなわち、重蔵は、昭和四二年分のたばこ小売業に係る所得を売上金額二七一万六一五六円、所得金額二三万四八三六円として確定申告をしているところ、重蔵の翌昭和四三年分のたばこ売上金額は約二八〇万円であることから、同年分のたばこ小売業に係る事業所得の金額は、右昭和四二年分の同所得金額二三万四八三六円を上回るものである。

6 本件各加算税賦課決定処分の適法性

(一) 昭和四〇、四一年分の重加算税

被告は、前記4に述べたように、原告が、所得税の申告義務があることを認識していたにもかかわらず、本件各決定処分により納付すべき所得税額の計算の基礎となるべき事実の全部を隠蔽、仮装し、当該各法定申告期限までに各納税申告書を提出せず、かつ、右不提出について国税通則法六六条一項但書に規定する「正当な理由」がなかったので、同法六八条二項の規定に基づき本件各決定処分により納付すべき所得税額(裁決後の額)にそれぞれ一〇〇分の三五の割合を乗じて計算した各重加算税を賦課決定したものである。しかして、右各賦課決定処分に係る加算税の計算の基礎となった所得税額は、いずれも被告が本訴において主張する金額の範囲内であるから、本件各重加算税の賦課決定処分には何ら違法は存しない。

(二) 昭和四二、四三年分の過少申告加算税

被告は、本件各更正処分により納付すべき所得税額の計算の基礎となった事実が更正前の所得税額の計算の基礎とされていなかったことについて国税通則法六五条二項に規定する「正当な理由」があるとは認められなかったので、同法六五条一項の規定に基づき本件各更正処分により納付すべき所得税額(裁決後の額)にそれぞれ一〇〇分の五の割合を乗じて計算した各過少申告加算税を賦課決定したものである。しかして、右各賦課決定処分に係る加算税の計算の基礎となった所得税額は、いずれも被告が本訴において主張する金額の範囲内であるから、本件各過少申告加算税の賦課決定処分には何ら違法は存しない。

(予備的請求原因について)

1 本案前の申立の理由

原告は、本件青色取消処分に対して法定の期間内に異議申立、審査請求を経由しておらず、右処分はすでに確定している。したがって、本件予備的請求は、不服申立の前置を欠き、また出訴期間を徒過した不適法な訴えである(原告が予備的請求を追加したのは、昭和五〇年一〇月三日の本件第二三回準備手続期日においてである。)から、却下されるべきである。

2 請求原因に対する認否

請求原因第1項の事実は認め、同第2項の主張は争う。

三  (原告)被告の主張に対する認否、反論

1  被告の主張4の冒頭の事実中、原告が、昭和四三年三月一日から同年四月三〇日までの間及び同年一一月一六日から同年一二年三一日までの間、田代商店から賃借した仲買店舗で独立の事業者として事業を行ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告が昭和四三年三月一日から同年四月三〇日まで及び同年一一月一六日以降独立して事業を行った経緯を述べると次のとおりである。すなわち、原告は、昭和四三年初め頃より田代から仲買店舗を都合によって賃貸するので独立して営業するように強く勧められた。そこで原告は、確定的に独立して営業する場合の危険を考慮し、田代商店と協議した結果、原告が一応数ケ月間試験的に独立して営業することとし、昭和四三年三月一日から右仲買店舗を賃借して独立営業を開始したが、予期した営業成績を上げ得なかったため、原告は右店舗の賃貸借契約を解除し、同年五月一日から再び田代商店の従業員の地位に復した。しかし、原告は同年一一月一六日本格的に田代商店から独立し、同商店から再び仲買店舗を賃借して、鮮魚仲買を再開し、更に同四五年一〇月二六日に事業組織を原告個人から原告を代表者とする有限会社吉秀商店に変更し現在に至っている。

2  被告の主張4(一)(1)のうち、中央市場における仲買人は、東京都中央卸売市場業務規程(東京都条例)により東京都知事の仲買業務許可を受けなければ仲買業務を行うことができないものとされており、右許可を受けた者には知事からいわゆる「せり鑑札」が交付されるとともに、市場内に仲買店舗が割当てられ、右仲買店舗は二年ないし三年毎に店舗場所割振り抽選が行われていたこと、市場内の卸売人との取引はすべて仲買業務の許可名義人でなければできないこととされていたこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は不知。

同(一)(2)のうち、田代商店が中央市場における仲買人の業務許可を受けていることは認めるが、昭和三五年一〇月頃から田代商店の仲買店舗のうち、貝部等を原告に賃貸したとの点は否認する、その余の事実は不知。

3  同(二)(1)のうち、田代商店が被告主張の時期にその主張の場所の割振りを受けた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

同(二)(2)のうち、原告が独立して鮮魚仲買の営業を行った前記期間中、原告が自己の名称を用いず、田代商店の取引の屋号である「田代(五号)」を使用したこと、これは、中央市場で仲買取引を行うには東京都知事の仲買業務の許可を受ける必要があるところから、右許可を受けている田代商店の屋号を形式上用いたものであること、以上の事実は認めるが、その余は争う。

同(二)(3)のうち、田代商店が昭和四三年四月原告との店舗賃貸借契約を解除し、その際原告の棚卸商品を買取ったこと(但し、その代金額は約一八〇万円である。)、原告が同年一一月一六日から独立の事業体として仲買営業を再開したことは認める。田代商店が被告主張の時期に法人税法違反の嫌疑により東京国税局査察部の調査を受けた事実は不知、その余の事実は否認する。

4  同(三)(1)のうち、原告が市場の卸売人から仕入れる際にはその取引名義を仲買業務の許可を受けている田代商店とせざるを得ず、かつ、商慣習により取引日の四日後までに卸売人に対して仕入代金を田代商店名義の小切手で決済する必要があったこと、田代商店が原告から受領した金額を売上金額として計上したこと及び源泉所得税が納付されたことは認め、右源泉所得税について田代商店の請求により誤納額の還付がなされた事実は不知、その余の事実は否認する。

同(三)(2)のうち、原告が大洋信用金庫から事業資金の借入れをしたことは認めるが、この借入れにつき定期積金(日掛E八九二)を担保として差入れたとの点は不知、その余の事実は否認する。原告が大洋信用金庫から借入れをなしたのは、田代商店の田代五号店の営業とは関係なく、原告が浦安の自宅において営んでいた貝加工事業の運転資金として使用したものである。

5  同5(一)のうち、原告は、昭和四〇、四一両年分については無申告であること、昭和四二年分についてはいわゆる白色申告書を提出したこと、昭和四三年分については青色申告書を提出したこと、被告が昭和四五年三月四日付で原告の昭和四三年分の青色申告承認を取消したこと、被告が原告の右各年分の売上金額及び必要経費の一部を推計して各年分の所得金額を算定のうえ同日付で本件課税処分をしたこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は不知、推計の必要性については争う。なお、昭和四二年分の確定申告書記載の所得金額は、田代商店の営業とは関係なく、たまたま原告が一回だけ田代商店から蒲鉾を買受け、他に売却したことによって得た所得に関するものである。

同5(二)のうち、(3)<2>ハの事実は認め、同業者の売上金額に占める売上原価の割合を平均した割合(平均売上原価率)に関する事実は不知、その余は争う。

6  同6は争う。

7  予備的請求に対する被告の本案前の抗弁のうち、原告が本件青色取消処分に対し、法定の期間内に異議申立、審査請求等の不服申立をしていないことは認めるが、主張は争う。

8  本件青色取消処分は、同年分の所得税の更正及び加算税賦課決定の各処分の前提をなすものであり、かつ、これと密接不可分の関係にある。したがって、右所得税更正等の課税処分の取消請求と本件青色取消処分の取消請求とは請求の基礎を同じくするものであり、また、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)一三条六号に規定する関連請求にも該当するから、不服申立(国税通則法一一五条)を要せず、出訴期間の制限(行訴法一四条)に服することなく、訴の変更が可能である(行訴法一九条一、二項)。また、原告はいずれも法定期間内に昭和四三年分の所得税更正等の課税処分に対し、異議申立、審査請求を経て、本訴を提起したのであり、右異議申立及び審査請求の各段階で、右更正処分等の前提となった本件青色取消処分についても、被告または東京国税不服審判所長において当然その是非を検討したはずであり、実質的に審理を経たのと同様である。しかして、右異議申立、審査請求の経過を考えると、仮に原告が本件青色取消処分について不服申立をしたとしても、認容されなかったことが明らかである。したがって、本件の場合、原告が本件青色取消処分について不服申立をしなかったことにつき国税通則法一一五条一項三号にいう「正当な理由」があるというべきであり、また、行訴法一四条三項但書の「正当な理由があるとき」にも該当し、結局、予備的請求の追加的変更は適法である。

四  (被告)予備的請求についての本案前の抗弁に関する原告の反論(三8)に対する再反論

青色取消処分(所得税法一五〇条)は、個人に対して一旦与えた青色申告者としての地位をはく奪する処分で、その効果は将来にも及ぶものであるのに対し、課税処分(国税通則法二四条以下)は、当該年分の納税義務を具体的に確定する処分であって、両者はそれぞれ別個の効果を目的とする独立の処分であり、両者の間には一方が他方の前提処分であるとか一連の手続を得て完成する数個の行政処分であるという法律上の関係はなく、青色取消処分が課税処分に先立ってなされることがあるとしても、前者が後者の前提となり、両者が不可分の関係にあるものでもない。したがって、課税処分の取消請求と青色取消処分の取消請求との間には関連請求の関係はないというべきであるから、本件予備的請求の追加的併合もしくはこれへの訴の変更は許されない。仮に右両請求が関連請求にあたるとしても、そもそも行訴法一九条により関連請求を取消訴訟に追加併合するためには、まず当該関連請求が出訴期間その他の訴訟要件を具備しなければならないところ、既述のとおり本件予備的請求は国税通則法上要求される行政不服審査手続を経由しておらず、出訴期間も徒過しているから、不適法な訴えとして却下を免れない。更に、被告は、課税処分に対して原告が行った異議申立の審理の際、何ら異議申立の対象となっていない本件青色取消処分の是非についてまで再考する必要はなく、事実その審査をしていないのであり、このことは国税不服審判所における審査請求の手続においても同様であるから、課税処分に対する異議申立及び審査請求の段階で青色取消処分の当否についても再審査されたはずであることを理由に国税通則法一一五条一項三号及び行訴法一四条三項但書の「正当な理由があるとき」に該当するとの原告の主張も、その前提を欠き、失当である。

第三証拠関係

一  原告

1  甲第一号証の一ないし六、第二号証、第三号証の一ないし九九、第四号証の一、二、第五ないし第七号証、第八号証の一ないし三

2  検甲第一号証の一ないし六(一ないし三、五、六は、いずれも昭和五〇年一月ないし四月ごろ撮影した原告が亡妻峰子の指輪印をはめた写真及び右指輪印の写真であり、四は、右指輪印による印影である。)

3  証人岩波智幸、同須賀英四郎、同折本正次、原告本人

4  乙第一、第二号証、第三号証の一ないし四、第四号証の一ないし五、第五号証の一、二、第二九ないし第三一号証、第三二号証の一、二、第三四、第三五号証、第三七ないし第三九号証、第四〇号証の一ないし四、第四一号証の一ないし五、第四二、第四三号証、第四八号証、第五〇号証、第七六ないし第八〇号証、第八四ないし第九一号証、第九三号証の成立はいずれも認める。第六ないし第二〇号証のうち、市川税務署長作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知。第二一ないし第二五号証のうち、東京国税局長作成部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は不知。第四六号証のうち、原告名義の署名部分の成立は認めるが、その余の部分の成立は否認する。第二六号証の一ないし三、第二七号証の一ないし五、第二八号証の一ないし四、第三六号証、第四四、第四五号証の成立はいずれも否認する。その余の乙号各証の成立は不知。

二  被告

1  乙第一、第二号証、第三号証の一ないし四、第四号証の一ないし五、第五号証の一、二、第六ないし第二五号証、第二六号証の一ないし三、第二七号証の一ないし五、第二八号証の一ないし四、第二九ないし第三一号証、第三二号証の一、二、第三三ないし第三九号証、第四〇号証の一ないし四、第四一号証の一ないし五、第四二ないし第四八号証、第四九号証の一ないし二五、第五〇ないし第八〇号証、第八一、第八二号証の各一ないし五、第八三号証の一ないし四、第八四ないし第九一号証、第九二号証の一、二、第九三号証

2  証人三浦千尋、同笹原辰彦、同佐藤晃郎、同佐々木善春

3  甲第一号証の一ないし六、第五ないし第七号証の成立は認める。その余の甲号各証の成立は不知。検甲号証の撮影年月日、被写体及び印影はすべて不知。

理由

第一主位的請求について

一  主位的請求原因第1、2項の事実(原告の経歴及び本件課税処分の経過)は、当事者間に争いがなく、原告が右審査請求棄却の裁決があったことを知った日から三か月以内に本件訴を提起したことは本件記録上明らかである。

そこで、以下本件課税処分の適法性について判断する。

二  本件係争期間(昭和四〇年一月一日から昭和四三年一二月三一日までの四年間をいう。但し、原告が田代商店から独立した事業者であったことに争いのない昭和四三年三月一日から四月三〇日まで及び一一月一六日から一二月三一日までの間を除く。以下同じ。)において、原告は、田代商店の一従業員であった旨主張し、一方被告は、原告が田代商店から独立した事業者であった旨主張するので、先ずこの点につき以下検討する。

1  中央市場における仲買人は、東京都中央卸売市場業務規程(東京都条例、以下「業務規程」という。)により東京都知事の仲買業務許可を受けなければ市場内で仲買業務を行うことができないものとされていたこと、右許可を受けた者には知事からいわゆる「せり鑑札」が交付されるとともに、市場内に売場(仲買店舗)が割当てられ、右仲買店舗については二年ないし三年毎に店舗場所割振り抽選が行われていたこと、市場内の卸売人との取引はすべて仲買業務の許可名義人でなければできないこととされていたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第八八号証(業務規程)によれば、仲買人は市場内で卸売人から買い受けた物品を市場内の売場(仲買店舗)で分荷販売することを義務付けられており(三〇条、三六条)、また、仲買人は、知事の承認を得た場合を除き、使用許可を受けた市場施設(仲買店舗)の全部又は一部を転貸し、又は他人に使用させてはならないものとされ(四四条)、これに違反したとき又は正当な理由なくして引続き一月以上仲買業務を休止した場合には、知事は仲買業務許可を取消し若しくはその業務を停止することができるものとされている(五二条)ことが認められる。

次に、田代商店が東京都知事の業務許可を受けた仲買人であることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証及び証人三浦千尋の証言によれば、田代商店は、本件係争期間において中央市場内に仲買店舗七小間を有し、そのうち一小間を本店営業所と称して蒲鉾、伊達巻等の練製品の仲買販売業務を営むかたわら、同会社の代表者田代の住所地(事実上の本店所在地)である東京都中央区築地六丁目一番七号に工場を有し、練製品の製造もあわせ行っていたことが認められる。

2(一)  前掲乙第一号証、成立に争いのない乙第二号証、第三号証の一ないし四、第三四号証、第三八、第三九号証、第四一号証の一ないし五、第五〇、第七六号証、第九〇、第九一号証、後記乙第三三号証、第四九号証の一ないし二五、証人三浦千尋、同佐藤晃郎の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると次の各事実が認められる。

(1) 田代商店は、昭和四二年一月二四日法人税法違反嫌疑により東京国税局査察部の調査を受け、東京都中央区築地六丁目一番七号の田代商店事務所の検査の結果、原告の鞄中から、原告名義の暁信用組合の普通預金通帳(番号〇九九〇。後記乙第六四号証がその元帳の写しである。)、吉秀吉野峯子名義の同信用組合の日掛積金通帳(番号<特>二〇三。後記乙第六七号証がその元帳の写しである。)、吉野峯夫名義の京橋信用金庫のにこにこ日掛定期積金通帳(番号三〇〇一。後記乙第五三号証がその元帳の写しである。)、吉野秀夫名義の大洋信用金庫の普通預金通帳(番号四九六七。後記乙第六二号証がその元帳の写しである。)、中野栄一名義の同信用金庫の日掛積金通帳(番号一三〇二。後記乙第六三号証がその元帳の写しである。)等の通帳が発見され、千葉県東葛飾郡浦安町堀江三二六番地の原告方(原告は吉野重蔵方であると主張するが、その採用できないことは後記(二)に説示する。)からは、田代が吉野重蔵(原告の妻峰子の実父)に中央市場内の仲買店舗二小間を賃料月額一二万円で賃貸することを内容とする昭和三九年一〇月一八日付賃貸借契約書(乙第三三号証)、日計票(乙第四九号証の一ないし二五)、売上明細書等の関係書類が発見され、他方田代が三井倉庫のトランクルームに預入れていた物品中からも右賃貸借契約書と同一内容の賃貸借契約書が発見され、いずれも差押えられた。

(2) 以上のような調査結果に基づき、東京国税局査察部が田代及び原告から事情を聴取したところ、次の事実が判明した。すなわち、田代商店が保有していた仲買店舗七店のうち、前記本店営業所及び「田信店」と称していた一店舗を除く五店舗を知事の承認を得ずに原告ほか数人に賃貸し、「第一揚物部」(賃借人土井梅彦、賃貸期間昭和三五年一〇月から昭和四二年一〇月まで)、「第二揚物部」(賃借人山中豊、賃貸期間昭和三五年一〇月以降)、「貝部」(後述)、「鮪部(鮮魚部)」(賃借人町山喜一郎、賃貸期間昭和三五年一〇月から昭和三九年一〇月まで)等のあたかも田代商店の営業所の如き名称のもとに、それぞれ独自の営業活動を行わせていたこと、田代商店は原告に対しては、昭和三五年一〇月頃通称(貝部」店を賃貸し、中央市場内魚類部の店舗場所割振り抽選実施毎に順次契約を更新し、昭和三九年一〇月以後は賃借名義人を吉野重蔵として通称「田代五号」店二小間を賃貸し仲買業務を行わせていたこと、賃料は昭和四〇年一月以降月額一二万円であったこと(契約書上は昭和三九年一一、一二月以降月額一二万円であったが、右二ケ月分は六万円に減額した。)、田代商店は、右賃貸にかかる仲買店舗を自社の営業所であるかのように仮装し、右賃貸料収入と右賃貸事実を隠ぺいする目的で、原告ら賃借人が掛払で仕入れた商品の仕入金額を田代商店の仕入金額として計上し、右掛払の仕入代金を田代商店振出の小切手で支払い、他方、原告らのそれぞれにつき右仕入金額に一割程度加算した金額を現金有高表に記帳したうえ毎日入金させ、これを田代商店の売上金額として計上していたこと、これは、前記のとおり、市場内での仲買取引が田代商店名義でしか行えず、仕入代金の決済も同商店名義で行うほかないための措置であったこと、そして、原告らが田代商店に対し日々売上金額であるとして入金した金額と原告らが田代商店に支払うべき掛払の仕入金額及び仲買店舗賃借料は、両者間で毎月精算されていたこと、田代商店は、原告ら及びその従業員が同商店の従業員ではなくこれに給料も支給していないのに、その従業員であるかの如く装ってその給料を架空計上し、その源泉所得税を原告らに代わり京橋税務署長に納付していたこと、右源泉所得税相当額は、各店舗の水道料、電気料、電話料、組合費とともに、原告ら賃借人から後日田代商店に支払われていたこと、田代商店は、その他架空経費も計上していたこと、田代商店が前記のように法人税法違反嫌疑で調査されたため、その追及を免れる目的のもとに、昭和四二年三月一五日付で、原告ら店舗賃借人との間で賃貸店舗契約不存在確認の内容虚偽の公正証書を作成したこと、以上の事実が判明した。

この事実は、東京国税局査察部が昭和四七年四月一三日田代商店より任意提示を受けた精算覚え書(昭和三九年五月から昭和四二年二月までの間における原告と同商店との精算関係を示したもの。乙第三号証の一ないし四はその控え。)によっても裏付けることができた。

(3) 田代商店は、右不正計算を自己否認して、昭和四三年六月二八日と同年八月二七日に、昭和三八年度に遡って法人税の修正申告書を京橋税務署長に提出し、更に田代商店は、昭和四四年三月二五日、二六日同署長に対し、原告ら賃借人及びその従業員を田代商店の従業員として源泉所得税を納めていたことは誤りであるとして、昭和三八年五月から昭和四三年四月までの五事業年度分の誤納額還付請求をなし、同署長は、これを承認した。

(二)  前掲乙第三三号証及び第四九号証の一ないし二五の差押場所並びにその成立について付言するに、前掲乙第五〇号証によれば、乙第三三号証及び第四九号証の一ないし二五の差押の場所は「千葉県東葛飾郡浦安町堀江三二六番地」であるが、成立に争いのない甲第六、第七号証及び原告本人尋問の結果によれば、右差押場所は原告の妻峰子の父吉野重蔵の住民票上の住所であって、当時の原告の住民票上の住所は右同所三二三番地であったことが認められるけれども、住民票上の住所と実際のそれがくい違うことは珍しいことではないばかりでなく、前掲乙第三八、第三九、第五〇号証、成立に争いのない乙第四〇号証の四、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証の二によると、右捜索差押には吉野重蔵が立会っているが、同人が右捜索差押に何ら異議を述べた形跡がないこと、原告自身「堀江三二六番地」をその住所地として表示していたことが認められるから、右差押の行われた堀江三二六番地は、当時の原告の実際の住所であったと認めて差支えないというべきである。かように、前掲乙第三三号証及び第四九号証の一ないし二五は原告の住所において差押えられたものであり、かつ、田代商店が割当を受けた本件店舗において実際に営業活動をしていたのが原告であるところから見て、前掲乙第三三号証は田代商店と原告との間に責正に成立した賃貸借契約書であると認めることができ、また、その内容、体裁から見て、原告の日々の取引上の入出金状況を記載したものと認められるから、前掲乙第四九号証の一ないし二五は原告の意思に基づいて作成されたものということができるのである。

(三)  なお、前掲乙第三八号証によれば、原告は、昭和四二年一月二四日田代商店の法人税法違反嫌疑事件に関し東京国税局査察部の取調べを受けた際、当初は、あくまでも田代商店の一従業員であって仲買店舗賃借の事実はない旨供述したものの、これを訂正して、結局右(一)(2)の事実と符号する供述をしたことが認められる。

ところで、原告は、右に認定したように、東京国税局査察部の取調において、当初の否定的陳述を覆して、田代商店から仲買店舗二小間を借受けて独立して仲買事業を営んでいた事実を自認したことについて、「原告は昭和四二年一月二四日自動車教習所において受講中突然東京国税局に同行され、午後五時過ぎ頃から翌二五日午前零時過ぎにかけて取調べを受けたうえ、係官から「自宅では妻君が高血圧で倒れる寸前だから、お前は心配だろうからとにかく帰ってあげなさい。」と言われたので、その意に反して虚偽の自認をするに至った。」旨供述し、成立に争いのない甲第五号証(内容証明郵便)によると、原告は、昭和四二年二月九日付東京国税局長宛の内容証明郵便をもって、同年一月二四日の取調べにおける原告の供述はその意に反したもので真実ではないとして、その訂正方を申入れたことが認められる。しかしながら、前掲乙第三八号証によれば、原告は、店舗賃貸借契約書(前掲乙第三三号証)という動かし難い証拠を係官から示されて右自認に及んだ経過が明らかであり、また、前掲乙第三九号証によれば、原告は右取調べから約一年経過した昭和四三年二月二七日の東京国税局の取調べにおいて、あらためて、田代商店から「貝部」の仲買店舗を賃借して自ら独立して仲買業務を営んでいた旨を賃貸料の支払状況、従業員の給料及びその源泉所得税支払の実情、仕入代金等の精算方法等に即して供述するとともに、右内容証明郵便は田代の指示により書いた内容虚偽のもので深くおわびする旨の供述をしたことが認められる上、原告本人尋問の結果中にも、右内容証明郵便は、田代の指示に基づき、田代商店の渡辺計理士が書いた原稿を見て原告が作成したものである旨の供述があり、更に、原告は、その本人尋問において、右内容証明郵便の送付もこれと相容れない内容の昭和四三年二月二七日の東京国税局の取調べに対する供述もともに田代の指示に従ってしたものである旨矛盾に満ちた供述をしており、しかも乙第三九号証の質問てん末書の中で積極的に嘘を述べた個所があるかとの被告代理人の質問に対して明確な答えができないなど、その本人尋問における供述には不自然かつ不合理な点が少くないのであって、これらの事情を併せ考慮すると、原告が独立した事業者であった旨の前記取調べの際の供述が虚偽のものであるとの原告の前記弁解はにわかに措信し難いものというほかない。

3  前掲乙第四〇号証の四、第四九号証の一ないし二五、第七六号証、成立に争いのない乙第四〇号証の一ないし三、証人三浦千尋の証言により真正に成立したものと認められる乙第五一ないし第六三号証、証人佐藤晃郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第六四ないし第七五号証、証人三浦千尋、同佐藤晃郎の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和三八年頃から昭和四三年頃にかけて、京橋信用金庫、大洋信用金庫魚河岸支店、暁信用組合、市川信用金庫浦安支店に、原告本人名義(吉野秀夫、吉野峯夫名義を含む。)、家族名義(吉野秀子名義を含む。)及び架空名義等(清水一、中野栄一、稲毛英夫、振興会吉秀、十四会田代名義)で別表七記載の日掛もしくは月掛の定期積金等の預金をしていたこと、このうち、番号8、9、13の各定期積金の積立が、いずれも契約期間中であるにもかかわらず、田代商店の法人税法違反嫌疑事件で強制捜査がされた昭和四二年一月二四日を境として中断され、番号12の普通日掛預金も前同日を境としてその積立が中断されたが、番号3、14、17の日掛は同日の前後を通じて続けられていたこと、また、昭和四〇年四月一日から同月三〇日までの間に積立てられた日掛預金の状況は別表八のとおりであり、同期間の日計票(前掲乙第四九号証の一ないし二五)の「日掛」出金の記載とほぼ合致すること、以上の事実が認められる。このことは、原告が田代商店から仲買店舗を賃借し営業を開始した後である昭和三八年頃以降本件係争期間を含め昭和四三年頃までの間、日々収入を得ていたことを示すものということができる。

ところで、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件係争期間を通じて自宅近くで貝加工業を経営し、右貝加工及びから浅利等の仕入販売等により一月五〇万ないし六〇万円の純益をあげていたというのであるが、原告には田代商店からの給与所得しかなく、他に事業所得等の収入がないと主張して本件訴(主位的請求)に及んだ原告が、田代商店から仲買店舗を賃借した事実はないが、他に多額の事業収入(右事業所得の額は、被告が決定した所得金額をはるかに上回るものである。)を得ていたと自認すること自体、右主張と矛盾し、本件訴の基礎を失わせるものと言わざるを得ないが、それはさて措き、右事業収入が原告の住所地に近い市川信用金庫浦安支店における別表七の番号20ないし25の日掛貯金の源資となっていることは十分考えられるとしても、前記2の認定事実をも参酌すると、その余の定期積金等は前記仲買店舗における営業収入がその源資となっているものと判断するほかはない。また、昭和四一年以降になされた定期積金等が、昭和四〇年以前の貝加工品の販売等により得た収入を源資としてなされた定期積金等を満期に払戻しを受け、これを資金としてなされたものであることを認めるに足りる証拠はない。

4  次に、前掲乙第三四号証、成立に争いのない乙第三五号証、第三七号証、第四八号証、第八五号証、右乙第八五号証により真正に成立したものと認められる乙第二六号証の一ないし三、第四四号証、証人佐藤晃郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第三六号証及び原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)を総合すると、原告と田代商店は前記「田代五号」の店舗賃貸借契約を昭和四三年四月三〇日限り合意解除し、原告は、同年一一月一六日あらためて右店舗を田代商店から賃借して独立の事業者として仲買業務を再開するまでの間、吉野勝重らその従業員と共に、田代商店の従業員として、「田代五号」の営業責任者となった田代秀明のもとで働いたこと、右合意解除の際、田代商店は原告の同日現在の棚卸商品を代金約二一三万円で全部買取ったことが認められる。(原告が昭和四三年五月一日から同年一一月一五日までの間田代商店の従業員であったこと及び田代商店が原告の昭和四三年四月末日現在の棚卸商品を全部買取ったことは、当事者間に争いがない。)

なお、原告は、前記乙第二六号証の一ないし三(原告の昭和四三年分所得税青色申告決算書)、第三六号証(原告作成にかかる吉野勝重の昭和四三年分給与所得の源泉徴収票)及び第四四号証(原告の昭和四三年分所得税の確定申告書)の成立を争うけれども、前掲各証拠と対比し、かつ、成立に争いのない乙第八四号証及びこれによって真正に成立したものと認められる乙第四五号証、第四六号証によれば、原告は昭和四五年三月二〇日頃自ら税理士深川忠志に「所得税の更正及び不服申立て等に関する一切のこと」を委任し、深川が原告の代理人として同年四月三日原告の昭和四三年分所得税の更正処分に対し異議を申立てたこと(原告が右日時に異議申立てをしたことは当事者間に争いがない。)が認められることに照らしても、前記各書証の成立に関する原告の供述はにわかに措信できない。

5  以上1ないし4に説示したところを総合し、かつ、前記乙第九〇、第九一号証をも参酌すると、原告は、本件係争期間において、昭和四三年五月一日から同年一一月一五日までの間を除き、田代商店から前記仲買店舗を借受けて独立して仲買業を営んでいたことが明らかである。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できないし、甲第一号証の一ないし六、第二号証、第三号証の一ないし九九、第四号証の一、二、第八号証の一ないし三及び検甲第一号証の一ないし五も右認定を左右するに足りず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  次に、原告の所得金額について検討する。

1  原告が本件各係争年度分の所得税につき、昭和四〇、四一両年分については無申告であり、昭和四二年分については、所得税法一四三条に定める税務署長の承認を得た青色申告でない確定申告書(いわゆる白色申告書)を被告に提出したこと、また、昭和四三年分については右承認を得た青色申告書を提出したことは当事者間に争いがなく、証人佐藤晃郎の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が右青色申告書と共に提出された青色申告決算書(前掲乙第二六号証の一ないし三)の記載を裏付ける帳簿書類及び取引に関する記録の提示を再三にわたって求めたにもかかわらず、言を左右にしてこれに応じなかったので、被告は、被告の業務に係る帳簿書類の備付け、記録又は保存が所得税法一四八条及び大蔵省令の定めるところによって行われていないものと認めて、昭和四五年三月四日付をもって、原告の昭和四三年分の青色申告の承認を取消した(本件青色取消処分)ことが認められる。(本件青色取消処分がなされた事実は、当事者間に争いがない。)

2  推計の必要性について

被告が、原告の各年分の売上金額及び必要経費の一部を推計して各年分の事業所得の額を算出し、本件課税処分を行ったことは、当事者間に争いがないところ、原告は右推計の必要性を争うので、まずこの点について判断するに、証人佐藤晃郎の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の再三の提出要求にもかかわらず、既に見た昭和四三年分はもとより、昭和四〇年ないし昭和四二年分についても、その事業所得額を実額で知り得る帳簿書類等の資料を一切提出しなかったこと、また、被告の田代商店に対する反面調査でも、わずかに前掲乙第三号証の一ないし四の提出が得られただけで、他に的確な資料を得られなかったこと、右乙第三号証の一ないし四は、昭和三九年五月から昭和四三年二月までの間の原告と田代商店との前記精算の結果を記載したものであるが、全体的に見て原告から田代商店に対して支払う金額の方が多いという精算結果となっている点において不自然であるばかりでなく、前記のように原告が営業収入の中から行っていたと見られる日掛・月掛の定期積金等があり、更に、原告名義の普通預金にかなりの額の小切手による入金がある等、右乙第三号証の一ないし四に記載された売上入金額は原告の実際の売上金額の一部にすぎないものと認められ、したがって、これをもって原告の売上金額を把握することはできないと判断されたこと、また、前記昭和四三年分の青色申告決算書(乙第二六号証の一ないし三)も、前記のように、その内容が適正か否かを確認すべき帳簿書類等の提出がないため、これをもって直ちに原告の事業所得の実額算定の根拠となし得なかったこと、以上の事実が認められるのであって、このような事実関係のもとにおいては、被告が原告の各年分の売上金額及び必要経費の一部を推計して各年分の事業所得の額を算出したことは、まことにやむを得ない措置であったというほかなく、何ら違法ではないというべきである。

3  被告の所得金額算定(推計)の合理性、相当性について

原告の各年分の所得金額についての被告の算定の根拠及び経過は、被告の主張二5(二)のとおりである。

そこで次に、各項目ごとに被告のした算定(推計)が相当であるか否かについて判断する。

(一) 売上金額(被告の主張二5(二)(1)ないし(4)の各<1>)

成立に争いのない乙第四号証の一ないし五、証人佐藤晃郎、同笹原辰彦の各証言によれば、前記のように原告の各年分の売上金額を実額で算定し得る資料がなかったところから、被告は、原告が仲買業務を営んでいた東京都中央卸売市場築地市場内で原告と同様の生鮮魚介類の仲買業を営む個人及び法人のうち、(イ)主として貝類、ハマチ、ウニ、文甲イカ、エビ、アジ等の生鮮魚介類を売買している者、(ロ)個人にあっては昭和四〇年ないし昭和四三年、法人にあっては昭和四一年から昭和四四年の各六月三〇日までに終了した事業年度において事業を継続していた者で、かつ、その売上原価が、後記のようにして算出された原告の売上原価の約半額以上で約倍額以下の範囲内にある者、(ハ)青色申告者又は実額調査をした白色申告者、以上の各条件に該当する者全員の売上原価率(売買差益率と同じ。売上原価の売上金額中に占める割合)を調査し、その結果得られた別表三ないし六の売上原価率表に基づき、各年の同業者の平均売上原価率(同業者率)を算出し、後記(二)(1)により推計算出された原告の各年の売上原価を右同業者率で除して原告の各年の売上金額を推計したことが認められ、右同業者率算出の前提となった同業者の選定については、無作為性、網羅性及びその売上原価率算出の基礎となる数値の確実性の点において何らの恣意も認められず相当なものと考えられ、したがって、右同業者率による売上金額の推計には合理性があるものというべきである。

(二) 必要経費

(1) 売上原価(被告の主張二5(二)(1)ないし(4)の各<2>イ)

前掲乙第二六号証の一ないし三、成立に争いのない乙第七七ないし第八〇号証、被告作成部分についてはその成立に争いがなく、その余の部分については証人佐藤晃郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第六ないし第二〇号証、右乙第八〇号証により真正に成立したものと認められる乙第二一号証、右乙第七七号証により真正に成立したものと認められる乙第二二号証、証人岩波智幸の証言により真正に成立したものと認められる乙第二三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二四号証、証人須賀英四郎の証言により真正に成立したものと認められる乙第二五号証(乙第二一ないし第二五号証中東京国税局長作成部分についてはその成立に争いがない。)、証人佐々木善春の証言により真正に成立したものと認められる乙第八一、第八二号証の各一ないし五、第八三号証の一ないし四、証人佐藤晃郎、同佐々木善春の各証言を総合すると、被告は、原告の取引先である第一水産株式会社ほか四社について原告の昭和四〇年ないし昭和四三年の仕入金額を調査した結果、被告主張のとおり、

昭和四〇円 三八四〇万五八八〇円

昭和四一年 六八四七万三〇五六円

昭和四二年 八〇二七万五九一一円

昭和四三年 四五〇九万八六五九円

の調査結果が得られたこと、期首及び期末の棚卸高については、前記のとおり帳簿書類等が提出されず、実額により算定できないため(前掲乙第二六号証の一ないし三は、この点でも実額算定の資料となし得ない。)、同額と算定したことが認められる。

しかして、期首及び期末の棚卸額を同額と算定し、各年分の仕入価額をもって売上原価と算定した点は、原告から帳簿書類の提出について協力が得られず、かつ、原告の事業が、在庫量及びその変動がさして大きくないと考えられる生鮮魚介類の仲買業であるところから見ても、不合理な措置ではないと考えられる。

(2) 給料賃金(被告の主張二5(二)(1)、(2)の各<2>ロ、(3)<2>ニ、(4)<2>ロ)

証人佐藤晃郎の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第二七号証の一ないし五、第二八号証の一ないし四によれば、昭和四〇年分及び昭和四一年分の従業員に対する給料賃金については、原告が作成備付けていた所得税源泉徴収簿の記載に依拠して、被告主張のとおり実額算定されたこと、昭和四二年分については、その実額を算定する資料が得られなかったため、後記(5)のとおり推計が行われ、昭和四三年分については、後記(5)のとおり、原告の申告額がそのまま認められたこと、以上の事実が認められる。

(3) 利子割引料(被告の主張二5(二)(1)ないし(3)の各<2>ハ、(4)<2>ロ)

成立に争いのない乙第二九ないし第三一号証、第三二号証の一、二及び証人佐藤晃郎の証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告が昭和四〇年、及び昭和四一年に支払った利子割引料は、関係金融機関の反面調査の結果に基づいて、被告主張のとおり実額算定されたこと、昭和四二年分については利子割引料の支払いがなく(この事実は当事者間に争いがない。)、昭和四三年分については、後記(5)のとおり、原告の申告額がそのまま認められたこと、以上の事実が認められる。

(4) 地代家賃(被告の主張二5(二)(1)、(2)の各<2>ニ、(3)、(4)の各<2>ロ)

前掲乙第二六号証の一ないし三及び証人佐藤晃郎の証言によれば、後記(5)のとおり、原告が支払った昭和四三年分の地代家賃については、原告の申告額がそのまま認められたが、昭和四〇年ないし昭和四二年分については、原告が田代商店に支払った月額一二万円の店舗賃借料はそのまま実額算定し得たものの、その他の地代家賃についてはその実額を算定できる資料がなかったところから、昭和四三年分の申告に係る東仲車輌組合に対する駐車場料金一万八〇〇〇円及び東京都に対する店舗料八八三〇円を基礎とし、同年分の申告金額が五・五か月分の支払金額であることに基づき、その倍額をもって前記三年間の各年分の駐車場料金等と推計したことが認められ、右推計は不合理ではないというべきである。

(5) その他の経費(被告の主張二5(二)(1)、(2)の各<2>ホ、(3)の<2>ニ、(4)の<2>ロ)

前掲乙第二六号証の一ないし三及び証人佐藤晃郎の証言並びに弁論の全趣旨によれば、昭和四三年分の売上原価を除くその他の経費(給料賃金、利子割引料及び地代家賃を含む。)については、その実額を算定できる資料がなかったが、一般に納税者は必要経費を過大に申告することはあっても過少計上はありえないと考えられるところから、原則として別表二の原告申告に係る同年分の必要経費額をそのまま認めることとしたこと、しかし、同表記載の売上原価以外の必要経費のうち、売上値引は本来経費性がないのでこれを除外し、また、青色事業専従者給与六五万円については、前記のように原告に対する青色申告の承認が取消されたところから、これを必要経費から除外したが、吉野峰子及び吉野行晴を専ら原告の営む事業に従事するものと認めて、事業専従者控除額三〇万円を必要経費とみなし、結局別表二の3ないし24に右事業専従者控除額三〇万円を加えた合計三九二万五一六六円を同年分の売上原価を除くその他の経費として認めたこと、昭和四〇年及び昭和四一年分の売上原価、給料賃金、利子割引料、地代家賃を除くその他の必要経費については、その実額を算定できる資料がなかったため、原告申告に係る昭和四三年分必要経費(別表二)のうち売上原価以外の経費から前述の理由によって除外される専従者控除及び売上値引のほか給料賃金、利子割引料及び地代家賃を除いた金額(昭和四〇年及び昭和四一年分のその他の経費に対応するもの)一八二万三二九三円が前記推計に係る昭和四三年の売上金額五一六一万八〇一四円に占める割合を求め、この割合三・五三パーセントを前記推計に係る昭和四〇年及び昭和四一年の売上金額四三五九万三五〇七円及び七七八二万七九七九円に乗じて、右両年度のその他の経費の額を推計したこと、また、昭和四二年分の売上原価、利子割引料、地代家賃を除くその他の経費については、その実額を算定できる資料がなかったため、右と同様の方法により、原告申告に係る昭和四三年分の必要経費のうち売上原価、利子割引料、地代家賃、専従者控除及び売上値引を除いた金額(昭和四二年分のその他の経費に対応するもの)二八五万六七九三円が前記昭和四三年の売上金額五一六一万八〇一四円に占める割合を求め、その割合五・五三パーセントを前記推計に係る昭和四二年の売上金額九一三三万六七九七円に乗じて、同年度のその他の経費の額を推計したこと、以上の事実が認められる。

しかして、右算定及び推計は不合理でないというべきである。

(三) 事業所得以外の所得(昭和四三年)(被告の主張二5(二)(4)の冒頭)

前掲乙第四四、第八五号証によれば、原告は昭和四三年には事業所得以外に被告主張の譲渡所得(損失)、不動産所得及び給与所得があったことが認められる。

4  以上によれば、原告の総所得金額は、昭和四〇年一四八万一三三八円、昭和四一年四二三万八一〇三円、昭和四二年四五一万六三〇一円(以上前記3(一)の売上金額から同(二)の必要経費を控除した額)、昭和四三年三二一万一四七八円(前記3(一)の売上金額から同(二)の必要経費を控除し、これに同(三)の所得を加算((損失分については控除))した額)となることが計数上明らかである。

してみると、原告の総所得金額を右金額の範囲内で認定してなされた本件各決定(昭和四〇年分及び昭和四一年分)並びに各更正(昭和四二年分及び昭和四三年分)には、何らの違法はないというほかはない。

5  また、原告が、昭和四〇年分及び昭和四一年分の前記事業所得の全部を隠ぺい又は仮装し、その隠ぺい又は仮装したところに基づいて各法定申告期限までに納税申告書を提出しなかったものであることは、叙上の認定説示に徴して明らかであり、かつ、期限内申告書の提出がなかったことについて国税通則法六六条一項但書にいう「正当な理由」があったとは認められないから、被告が同法六八条二項により右両年分について重加算税を賦課決定したことは正当であって、何ら違法ではなく、その税額の算定についても何らの違法もない。

更に、本件全証拠によるも、原告が昭和四二年分及び昭和四三年分の所得を過少申告したことについて同法六五条二項にいう「正当な理由」があったとは認められないから、被告が同法六五条一項により右両年分について過少申告加算税を賦課決定したことは正当である。ただし、その税額の算定は昭和四二年分については違法はないが、昭和四三年分については、更正処分に対する異議申立についての決定により、納付すべき所得税額が四七万二九〇〇円とされたのであるから、同法六五条一項により賦課される過少申告加算税はその一〇〇分の五に相当する二万三六四五円である。したがって、同年分の過少申告加算税賦課決定処分は右金額をこえる限度で違法である。

四  原告は、被告がした昭和四三年分の青色申告承認取消処分(本件青色取消処分)が無効であることを理由に、同年分の更正及び過少申告加算税賦課決定の違法を主張するけれども、本件青色取消処分に何らの瑕疵もないことは、既に認定説示したところに徴して明らかであるから、原告の右主張はその前提を欠き理由がない。

五  以上の次第で、本件課税処分の取消を求める原告の主位的請求のうち、昭和四三年分の過少申告加算税賦課決定処分につき二万三六四五円をこえる部分の取消を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとする。

第二予備的請求について

一  原告は、青色申告書により確定申告をすることについて税務署長の承認を受けていたところ、被告が昭和四五年三月四日付で本件青色取消処分をし、その頃その旨原告に通知したことは、当事者間に争いがない。

二  原告は、本件青色取消処分は理由不備で違法であり、取消を免れない旨主張するが、この点の判断はしばらく措き、まず被告の本案前の抗弁について判断するに、原告が、本件青色取消処分につき法定の期間内に異議申立、審査請求を経由していないことについては当事者間に争いがない。(本件記録によれば、原告が本件予備的請求を追加的に申立てたのは、昭和五〇年一〇月三日の本件第二三回準備手続期日においてである。)そうだとすれば、本件予備的請求は、国税通則法上要求される行政不服審査手続を経由しておらず、かつ、出訴期間も経過していることが明らかであるから、不適法なものというほかはない。

原告は、この点につき、本件青色取消処分は、同年分の所得税の更正、加算税の賦課決定の前提をなすものであり、かつ、これと密接不可分の関係にあるから、本件予備的請求は右課税処分の取消を求める主位的請求と関連請求(行訴法一三条六号)の関係にあり、また、請求の基礎を同じくするから、不服前置、出訴期間の制限に服することなく、訴の変更(行訴法一九条一、二項)が可能であると主張する。しかしながら、行訴法一九条により関連請求を取消訴訟に追加的に併合するためには、当該関連請求が出訴期間その他の訴訟要件を具備しなければならないと解せられるので、右原告の主張は採用できない。

また、原告は、右課税処分につき適法な異議申立、審査請求を経由したうえで本訴(主位的請求)を提起したのであり、右課税処分に対する不服申立の審理の際、本件青色取消処分の是非についても検討したはずであり、実質的に審理を経たのと同様であるし、右異議申立、審査請求の経過を考えると、仮に原告が本件青色取消処分について不服申立をしたとしても認容されなかったと考えられるから、原告が本件青色取消処分について不服申立しなかったことにつき国税通則法一一五条一項三号にいう「正当な理由」があり、また、出訴期間を徒過したことについても行訴法一四条三項但書にいう「正当な理由」があるときに該当する旨主張する。しかしながら、右課税処分と本件青色取消処分はそれぞれ別個の法律効果を目的とする独立の処分であり、青色取消処分が課税処分に先立ってなされることがあるとしても、両者が不可分の関係にあるとか、前者が後者の前提をなすとかの関係に立つものではない。したがって、青色取消処分と課税処分に対する行政不服申立及びその審理も全く別個に独立してなされるべきものであり、出訴期間の点についても同様である。原告の右主張は独自の見解に立脚するものであって到底採用できない。

三  以上の次第で、本件予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく、不適法で却下を免れない。

第三結論

よって、原告の主位的請求は前記第二の五に説示した限度で理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却し、原告の予備的請求に係る訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 魚住庸夫 裁判官片野悟好は転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官 松野嘉貞)

(別表一)

(一) 昭和四〇年分

<省略>

(二) 昭和四一年分

<省略>

(三) 昭和四二年分

<省略>

(四) 昭和四三年分

<省略>

(別表二) 「原告申告にかかる昭和四三年分必要経費明細表」

<省略>

(別表三) 「昭和四〇年分の同業者の売上原価率表」

<省略>

(別表四) 「昭和四一年分の同業者の売上原価率表」

<省略>

(別表五) 「昭和四二年分の同業者の売上原価率表」

<省略>

(別表六) 「昭和四三年分の同業者の売上原価率表」

<省略>

(別表七)

<省略>

番号14、20、21の各日掛額は日によって異なるが、上記金額は最も回数の多い日掛額である。

(別表八)

<省略>

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