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千葉地方裁判所 平成6年(わ)1522号 判決 1997年3月27日

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、ぱちんこ店舗等を有限会社a(代表取締役A1ことA、以下「a社」という。)、有限会社b(代表取締役右同人、以下「b社」という。)、有限会社c(代表取締役右同人、以下「c社」という。)及び有限会社d(代表取締役右同人、以下「d社」という。)(以下、右四会社を総称して「関連会社」という。)等に各賃貸して賃料を得ていた有限会社e(代表取締役A1ことA、以下、同会社を「e社」、Aを「A」という。)が資金繰りに窮した上、平成四年一一月二四日千葉地方裁判所から破産宣告(平成五年一月五日同宣告確定)を受けていたところ、同破産宣告前、e社が近く支払不能に至るおそれが高いことを了知するや、被告人及びAの利益を図り、e社の一般債権者を害する目的をもって、Aと共謀の上、

一  破産財団に属すべきe社の関連会社に対する金銭債権及び固定資産を隠匿し、e社が関連会社に賃貸しているぱちんこ店舗等の営業を継続しようと企て、e社が、株式会社f(代表取締役B1ことB)、株式会社g(代表取締役C)及び株式会社h(代表取締役D)(以下、右三会社を総称して「関係会社」という。)に対して何ら債務を負担していないのに、平成四年一〇月二〇日ころ、東京都新宿区<以下省略>所在のi会計事務所(以下「i会計事務所」という。)において、情を知らない同事務所従業員をして、同事務所内に設置されているパーソナル・コンピュータで処理するフロッピー・ディスク上に記録されたe社の総勘定元帳ファイルに、e社が株式会社fに対して七億円、株式会社gに対して八億円及び株式会社hに対して五億円の各金銭債務(合計二〇億円)を負担している旨の内容虚偽の情報の入力をさせ、さらに、同月七日ころから同月下旬ころまでの間に、東京都千代田区<以下省略>所在の株式会社k(代表取締役被告人、以下「k社」という。)の事務所(以下「k社事務所」という。)において、別表記載のとおり、e社、関係会社並びに関連会社のうちa社、b社及びc社とのそれぞれの間において、e社の関係会社に対する右架空債務とe社の関連会社に対する金銭債権とを相殺すること、関係会社がe社からe社が所有する物件設備一式を譲り受けること等の内容を合意した旨の協定書と題する書面三通(以下「各協定書」という。)を作成し、同年一一月五日ころ、i会計事務所において、e社が関連会社であるa社、b社、c社及びd社に対して各金銭債権合計一六億五二七万一五一三円(同年八月三一日時点において、右各会社に対する債権額は、右順に、三億円、三億六七四二万四二〇九円、八億三七八四万七三〇四円及び一億円)を有していたのに、情を知らない同事務所従業員をして、右各金銭債権を記載しない清算貸借対照表を作成させた上、同年一一月一〇日、これを、千葉市<以下省略>所在の千葉地方裁判所に対し、e社の破産申立書とともに提出し、もって、法律の規定により作るべき商業帳簿である総勘定元帳に不正の記載をするとともに、e社の破産財団に属すべき関連会社に対する金銭債権及び固定資産を隠匿し

二  e社が関連会社であるa社に対して有する建物賃貸借契約に基づく賃料が一か月六〇〇万円であったのに、破産財団に属すべき賃料債権を圧縮してa社の営業利益を増加させようと企て、同年一〇月二七日ころ、i会計事務所において、情を知らない同事務所従業員をして、同事務所内に設置されているパーソナル・コンピュータで処理するフロッピー・ディスク上に記録されたe社の総勘定元帳ファイルに、e社のa社に対する平成三年一一月分からの賃料を一か月一〇〇万円とする旨の入力をさせた上、そのころ、前記一記載のk社事務所において、賃貸人をe社、賃借人をa社、同年一〇月分から賃料を一か月一〇〇万円とする内容虚偽の同年一〇月一日付け建物賃貸借契約書を作成し、もって、法律の規定により作るべき商業帳簿である総勘定元帳に不正の記載をするとともに、e社の破産財団に属すべき賃料債権を隠匿し

たものである。

(証拠の標目)省略

(争点に対する判断)

第一  弁護人の主張

弁護人らは、本件各公訴事実(平成八年一月三一日付け書面による訴因変更後のものをいう。)につき、要旨次のとおりの理由から、被告人はいずれも無罪である旨の主張をする。

一  本件公訴事実第一について

1 i会計事務所の総勘定元帳のもとになるコンピュータのe社関係の会計磁気ディスクに、株式会社f外二社の架空債権合計二〇億円を入力処理したことをもって、「総勘定元帳への記載」ということはできない。すなわち、コンピュータへデータを入力することは電磁的記録物を作成することであるが、電磁的記録物自体は文書ではなく、破産法三七四条三号にいう「法律ノ規定ニ依リ作ルヘキ商業帳簿」に当たらないから、データ入力行為は不正記載罪としての実行行為に該当しないのである。

また、コンピュータ会計制度を利用した不正記載罪の実行行為は、データを印刷物としてプリント・アウトする点に求められるべきであるが、本件総勘定元帳(平成七年押第二七三号の3)は、被告人がその作成を指示したものではなく、また、いつ、誰によって、どのような目的でプリント・アウトされたか不明であるから、被告人が不正記載をしたことの証明がないものというべきである。

仮に、被告人が本件総勘定元帳の不正記載に関与していたとしても、「不正記載」が「隠匿」、「毀棄」と並列して破産法違反の行為として列挙されていることに鑑みると、「不正記載」に当たるというためには、「隠匿」、「毀棄」と同程度に評価し得るほどの違法性が存在することが必要であるが、本件総勘定元帳は、記載のもととなった証憑書類を参照したり、関係者から事情を聴取することによって、容易に虚偽記載が判明しうるから、「不正記載」には該当しない。

2 破産法三七四条三号にいう「法律ノ規定ニ依リ作ルヘキ商業帳簿」とは商法三二条の商業帳簿を指すものであるが、清算貸借対照表は、会社を閉鎖、解体処分する際に作成されるもので、商法上の貸借対照表とは評価原則が異なり、簿価でなく実処分価額としての資産・負債の状況を表すものであるから、商法上の商業帳簿に含まれず、したがって、破産法上の商業帳簿にも含まれない。

3 各協定書の作成については、これがどのように使用されたか特定されていない上、いかなる経緯を経て管財人の目に触れたかも不明であり、これをもって、破産財団に属すべき財産について、債権者の追求を困難ならしめ、債権者全体に絶対的不利益を及ぼす行為というべき「隠匿」に当たるとすることはできない。

4 平成四年一一月一〇日のe社の破産申立てに際し、同申立書には清算貸借対照表と題する会計書類(以下「本件清算貸借対照表」という。)が添付されたが、右清算貸借対照表に有限会社a等関連会社四社に対する各金銭債権合計一六億五二七万一五一三円が記載されなかったことは、i会計事務所における作成過程において生じたことであり、ましてや、被告人の指示により関係会社に対する各架空債務と右債権とを相殺仕訳する処理により記帳がされなかったものではない。

右の各金銭債権が記載されなかったのは、資産の換価処分を行う破産手続の性質から、破産申立を行ったI弁護士らが金銭債権の回収見込等を踏まえた実価額を表示するとの合理的な目的のもとに関連会社とe社との関係、資産状況等から、同金銭債権を無価値なものと評価して指導したことによるものである。

二  本件公訴事実第二について

1 総勘定元帳のもとになるコンピュータの会計磁気ディスクに賃料債権減額のデータを入力することが「総勘定元帳への記載」に当たらないことは、前記一の1に記載したとおりである。

2 有限会社aへの賃料が一か月六〇〇万円であったのに、同賃料が一〇〇万円である旨が総勘定元帳に記載(パソコン入力)されたのは、被告人の指示によるものではなく、それまで実際に支払われていないa社の帳簿上の欠損金を適正にするため、i会計事務所の担当者が行ったものである。

3 右賃料債権は、そもそも資産価値のないものであり、これを減額表示しても、隠匿ないし不正記載に当たらない。また、破産管財人は、右賃料を六〇〇万円と認識して職務を遂行しており、隠匿の危険性は存しなかったものである。

三  前記一及び二のとおり、破産法三七四条各号所定の事実が存しないことはもとより、被告人は、e社のぱちんこ店舗等の営業用財産を、いわゆる特殊債権者から守り、一般債権者に対する返済の財源を確保するために、e社の和議開始の申立て、破産申立て等のe社の債務整理等に関連する事項に関与してきたものであり、A及び被告人の利益を図り、e社の一般債権者を害する目的は有していなかったものである。

そこで、右各争点について検討し、当裁判所が本件公訴事実第一について判示一の事実を、本件公訴事実第二について判示二の事実を、判示冒頭の事実を含め、それぞれ認定した理由を説明する。

第二  証拠上認められる事実

一  証拠の標目掲記の関係各証拠によれば、次の各事実は、明らかにこれを認めることができ、被告人及び弁護人も争わない。

1 平成四年一〇月二〇日ころ、東京都新宿区<以下省略>所在のi会計事務所において、同事務所従業員らが、同事務所に設置されたパーソナル・コンピュータで処理するe社関係の会計情報が磁気記録として保存されているフロッピー・ディスク上の総勘定元帳ファイルに、e社に対し、株式会社fが七億円、株式会社gが八億円及び株式会社hが五億円の各金銭債権を有する旨の磁気入力をしたが、各債権は実体のない虚偽のものであり、被告人及びAは右債権が架空虚偽のものであることを認識していた(以下、右各債権(e社の各債務)を「本件架空債権(本件架空債務)」という。)

2 遅くとも同年一〇月下旬ころまでに、k社事務所において、判示一の事実の別表のとおりの内容を記載した「協定書」と題する書面三通が被告人により作出されたが、右各書面に記載された権利義務の消滅、移転については実体のない虚偽のものであり、各作成名義人の真意に基づき作成されたものではなかった。

3 i会計事務所で、e社の破産申立書に添付する書類として本件清算貸借対照表が作成され、平成四年一一月一〇日、これがe社の破産申立書に添付書類として添付されて、千葉地方裁判所に提出されたが、本件清算貸借対照表には、右申立書に同様に添付された修正貸借対照表その一と題する会計書類に記載されていたa社に対する三億円、b社に対する三億六七四二万四二〇九円、c社に対する八億三七八四万七三〇四円及びd社に対する一億円の各金銭債権(合計一六億五二七万一五一三円、以下「本件金銭債権」という。)の記帳がなされていなかったところ、本件金銭債権は、その有効な発生原因を有し、e社に帰属するものであった。

4 平成四年一〇月下旬ころ、i会計事務所従業員らが、同事務所に設置されたパーソナル・コンピュータで処理するe社関係の会計情報を磁気記録として保存しているフロッピー・ディスク上の総勘定元帳ファイルに、e社がa社に対して賃貸する建物の賃料が一か月六〇〇万円であったのに、平成三年一一月分から一か月一〇〇万円であった旨の磁気入力をし、そのころ、k社事務所において、被告人が、右の賃貸建物につき、賃貸人をe社、賃借人をa社、平成三年一〇月分からの賃料を一か月一〇〇万円とする同年一〇月一日付けの右の者らを作成名義人とする建物賃貸借契約書を作出した。

5 e社は、平成四年一一月一〇日、千葉地方裁判所に、破産申立てをし、同月二四日破産宣告決定がなされ、同決定は平成五年一月五日確定した。

二  そして、証拠の標目掲記の関係各証拠によれば、次のとおりの事実を認めることができる。

1 被告人は、昭和五二年ころ、株式会社lを設立し、さらに、昭和五六年にはk社を設立するなどして金融業を営んでいたところ、平成四年三月に二回手形の不渡りを出し、取引停止処分に処せられたが、その後、私的整理を行い、k社の営業を続けていた。

Aは、昭和五八年九月有限会社m(以下「m社」という。)を設立し、同社の代表取締役として、「○○」「◎◎」などのいわゆるラブホテルを経営していたが、昭和六一年六月、自らを代表取締役とし、長女E1ことE(以下「E」という。)ら親族を役員としたe社を設立し、e社の事業として、ぱちんこ店「□□パチンコ鹿島」の経営を開始して成功し、昭和六三年以降、金融機関から融資を受けて、次々と、e社名義で土地を購入してぱちんこ店を建設したり、既存のぱちんこ店を敷地と共に買収するなどして事業を広げた。Aは、いずれも自己が設立して代表取締役に就任した有限会社n(以下「n社」という。)、a社、b社及びc社に対し、e社から、その土地及び建物をぱちんこ店舗として、ぱちんこ台にぱちんこ玉を流す設備機械であるいわゆる島工事などを有体動産として賃貸し、右各会社は、それぞれ、ぱちんこ店「△△パチンコ神栖店」、「◇◇パチンコ等々力店」、「□□パチンコ佐原店」及び「□□パチンコ江古田店」を開店して、営業するとともに、同様に自己が設立して代表取締役に就任したd社に対し、店舗及び右設備機械を賃貸し、d社は、カラオケ店「ゴールドラッシュ」を開店、営業した。Aは、m社を設立した昭和五八年ころから、自らの経営する各会社の会計、税理関係の処理をFが所長を務めるi会計事務所に全て任せていた。そして、n社及び関連会社が右のとおり賃借する店舗の賃料及び機械リース料については、Aが、投下資本額、立地条件等を勘案した上で、右Fと協議をしてその金額を決定し、関連各社の会計帳簿に記載していたが、現実にはe社及び関連会社の経営状態に応じた金銭の支払いが行われており、賃料等の未払いについては、e社の会計帳簿上は関連会社からの未収入金として会計処理されていた。e社と関連会社との賃貸借の実状は右のとおりであり、a社の賃料は一か月六〇〇万円とされていたが、「◇◇パチンコ等々力店」の開店のための設備投資に高額な資金を要したことから、右賃料については相当な額とされていた。しかし、e社は、ぱちんこ店の営業利益が上がらなかったため、平成三年六月ころから収支が赤字に転じ、当初、友人や暴力団関係者の経営する街金融から高金利で融資を受けていたが、さらに、経営が悪化し、平成四年七月ころには、右融資の返済額が一か月当たり約二億一〇〇〇万円になるなど、その資金繰りに窮するようになった。また、e社は、平成三年ころには、その借入金の返済にあてるため、ぱちんこ店「△△パチンコ神栖店」及びホテル「◎◎」を第三者であるq社に賃貸して、保証金及び賃料収入を得ていた。

被告人は、Aらとは交際がなかったが、被告人の両親とAの両親とが交友をもっており、また、被告人の実兄で、金融業を目的とする株式会社o(以下「o社」という。)の代表取締役であるG(以下「G」という。)は、かつてAの父から自らの経営する会社に対して資金援助してもらったことがあり、A及びその家族に対して恩義を感じていた。

2 Aは、平成四年六月ころ、資金繰りのためにホテルやぱちんこ店等の一部の売却を考え、Gの支援を受けるため、同年七月上旬ころ、Gに対し、e社所有のホテルの売却の仲介と融資を依頼したものの、買い手は見つからず、また、o社としても、e社を資産調査した結果、所有財産に比して債務額が多かったため融資をすることはできないと判断していた。

そのころ、被告人は、実兄のHから、Aがぱちんこ店を売却しようとしているとして、その買収を打診されていたところ、Gが、o社からの融資ができない旨伝えるためA宅へ赴くに際し、同伴して、当時千葉市花見川区幕張本郷にあった同女宅に赴いた。被告人は、この際、Aの経営するぱちんこ店の経営状況等を聞いて、e社の資金繰りが苦しいことを知り、自らも営業調査をして、その内容が芳しくないことを知った。

被告人は、同年九月三〇日、Aから、電話で、同日の手形決済のための資金融資の依頼を受け、これに応じて、Aの指定する銀行口座へ一二〇〇万円を振り込み、同金額を無利息無担保で貸したが、同日夜、A宅において、同人から、e社の負債総額が約一二〇億円あり、借金の金利も支払える状態ではなく、このままでは経営が行き詰まること、再建のためには二〇億ないし三〇億円必要であることなどを聞かされた。これを聞いた被告人は、e社の再建は難しいと考えたが、Aが手形の不渡りは嫌だなどと繰り返すため、同女に対して、「倒産するしかないのではないか、裁判所に和議の申立てをして立ち直ることもできるだろう。」などとアドバイスをした。

被告人は、同年一〇月二日、Gと共に、A宅を訪れたところ、やはり、Aから、e社の再建について相談されたため、同女に対し、「e社を早急に手当てしないと悪化するばかりだ。うまくやれば今あるe社の財産がいくらかでも残る。」などと述べ、さらに、同月六日、Eをo社の事務所に呼び出し、Gらと共に、Eと会い、同女に対して、現在の状況を乗り切るには和議しかないこと、債権者が押し掛けてきたときにはAらは身を隠せばよいことなどを話した上、同日、Eをk社の顧問弁護士であるI(以下「I」という。)の法律事務所に連れて行って、同人に紹介し、EはIに対し、e社の負債状況、倒産寸前であることなどを話し、同人は、Eに対し、e社の決算書、資産表などを用意するよう指示した。

被告人は、同月七日、g社代表取締役Cの夫で、同社の取締役でもある知人のJ(以下「J」という。)を呼び出して、債権者の取立てからAらを守ることに協力するように依頼した上、Jとともに、A宅に赴き、同女らに対して、Jが同女らに助力してくれる者である旨紹介した。そして、Aは、e社の倒産を覚悟し、JとともにA方を訪問した被告人に対して、e社の今後の整理を任せる意向を告げ、被告人は、Aに対し、同人の要望に沿うようe社の管理、運営をするので、その処理を全面的に任せて欲しいこと、そのためにe社及びその関連会社の各代表者印及び会社印、A及びその親族らの実印、e社所有の不動産の登記済権利証等を被告人に預けることを求め、Aは、これに応じて、「今後もe社グループの営業は続けたいので、ぱちんこ店の営業権を確保して下さい。」などと頼んで、右印鑑等を黒色鞄に入れて被告人に手渡した。

被告人は、同月八日、A及びEをk社事務所に呼び出して、貿易会社を営むK1ことK、元暴力団員のLらを紹介した上、被告人が債権者等との交渉を、Jがe社の関連会社が営業するぱちんこ店、カラオケ店の営業を、Kが銀行、ノンバンク等との交渉を、右LがAのボディーガードをするとの役割分担を決めた上、さらに、A及びEをIの事務所に連れて行き、Aが同弁護士にe社の経営状況等を説明したが、同日、被告人は、e社、その関連会社及びAらの印鑑登録証明書、e社の商業登記簿謄本等を取ってくるように依頼し、前記印鑑等をAらに返還した。翌九日、Eは前記印鑑登録証明書等の交付を受けてk社事務所に赴き、これらを被告人に手渡したが、その際、被告人は、Eに対して、「土地や建物を守るために仮登記をつける。あくまでも一時的なもので、すぐに外すから大丈夫だ。」などと述べた上、同女に対し、e社が賃貸しているぱちんこ店舗に賃借権設定仮登記を設定することを承諾する書面にAら家族の名前を書いた上、実印を押捺するように指示しこれを実行させるとともに、再度前記印鑑等の交付を受けた。

3 被告人は、前記のように印鑑登録証明書、印鑑等をAらから交付された後、同月九日以降、a社、b社、c社、d社等に対してぱちんこ店舗等として賃貸されていたe社所有の土地ないし建物について、被告人が代表取締役を務める株式会社p、被告人が実質的な経営者である株式会社h(ぱちんこ店経営、代表取締役は被告人の義姉D)、Kの実兄のBが代表取締役を務めるf社及びJの妻であるCが代表取締役を務めるg社を各権利者とする賃借権設定仮登記の各登記申請を行い、これらの登記を了した。また、そのころ、被告人は、a社、b社及びc社がe社から賃借していた各建物について、右各会社が、それぞれ、f社、g社及びh社に賃貸する旨の平成四年一〇月一日付けの各賃貸借契約書(いずれも賃料一か月一〇〇万円)を作出するとともに、前記一の2に記載したとおり、同日付けの右各当事者間の各協定書を作出し、それまでe社がa社に対し月額六〇〇万円の賃料で賃貸していた「◇◇パチンコ等々力店」の店舗について、前記一の4に記載したとおり、平成三年一〇月一日付け建物賃貸借契約書を作出した。

被告人は、商業登記簿上も、n社及びa社のそれまでのAら一族からなる役員を辞任させ、Bを役員とし、a社の商号を「有限会社a1」に、b社及びd社の役員も、右同様にJに、b社の商号を「有限会社b1」に、c社の役員も同様に、右Bの知人のMに、それぞれ変更するなどの申請手続を平成四年一一月中までに完了するとともに、a社及びc社について、名称・代表者の変更について風俗営業許可証の書換えを受け、b社及びd社についてはその経営する店舗の管理をJが行うようになった。

4 被告人は、平成四年一〇月九日夕方、Aらに電話連絡し、同女らに対して、「和議を進めることで債権者が騒ぐかもしれない。一週間くらいどこかに行ってほしい。」と述べ、この勧めに応じてAら一家は、所有していた静岡県熱海市内のリゾートマンションに身を隠し、被告人は、同月一〇日午前中、右熱海のマンションを訪れ、「債権者のやくざ者が騒いでいる。ここもやくざ者に見つかる。やくざ者が騒いでいるので、和議が成立するまでの間e社所有の土地建物に仮登記を付けた。」と述べた上、被告人の所有する同県伊東市内の別荘に身を隠すように勧め、Aら一家は右別荘に赴いた。

そして、被告人らは、同月一一日、Eに対し、「今後Jが店を管理するから従業員にはそのことを説明してくれ。」などと述べ、これを受けたEは、Jとともに、ホテル「○○」及びカラオケ店「●●」を訪れ、右各店の支配人らにその旨説明するとともに、右各店の売上金をJに手渡した。その後、Eは、被告人から、Iの事務所で和議のための準備をするように申し向けられ、同月一四日、右事務所で和議開始の申立てのため、Iの指示の下、e社の個人債権者の住所、氏名、借入額、金利等を記載した一覧表を作成するなどし、その後、被告人から和議開始の申立てに必要な会計書類を用意するために、i会計事務所に被告人のことを紹介して欲しいと頼まれた。Eは、同月一八日、i会計事務所に電話して、同事務所の関係者に対し、被告人がe社の和議開始の申立てに協力してくれているので、e社の会計書類を作成して被告人に交付するように依頼するとともに、同月二〇日、Iの事務所において、被告人、I、Fと会合を持ち、Eらは、Fに対して、e社の再建を和議手続を通じて行うこと、被告人らに協力して会計書類等を作成すること等を依頼し、その後右書類等の作成に関して会合、連絡がなされた。

このころから、e社の債務の処理は被告人及びIを中心にして進められた。

5 被告人とFらi会計事務所従業員らとの、平成四年一〇月二〇日以降の会合、連絡等の状況、内容並びにそれに関連する同事務所の処理の状況、内容は次のとおりであった。

(一) 被告人及びIは、同年一〇月二〇日、F及びi会計事務所従業員のN(以下「N」という。)をI事務所に招き、e社の経営悪化を伝え、その処理のため、裁判所に和議開始の申立てをする予定であり、その添付書類として、貸借対照表、損益計算書、財産目録、修正貸借対照表、清算貸借対照表などを作成するように依頼した。被告人らは、F及びNに対し、清算貸借対照表については、財産、負債をe社の債権者、裁判所に説明するものであると話し、同人らから、その作成の了解を得た後、作成に関する連絡等の過程で、同表には、実質的に換価価値のあるものだけを載せること、不動産も帳簿価額でなく処分可能見込み価額で計上すること、関連会社に対するe社の貸付金、未収入金については、「親会社が潰れたのだから、子会社への貸付金、未収金などは取れない、だからその部分は省いてくれ。」など述べて、その除外などを指示し、清算貸借対照表上の固定資産額についても、Gが以前に不動産の売却をAから依頼された際に土地及び建物の評価をして作成したものを渡し、Nらにその指示どおりの清算貸借対照表を作成させた。また、被告人は、右二〇日の会合の際、e社には簿外債務があるとして、債権者数約四〇名で本件架空債務二〇億円を含めた債務総額約六六億円等を記載した一覧表をNに渡し、この一覧表を受け取ったNらは、そのころ、i会計事務所内のパーソナル・コンピュータを使用して、e社の総勘定元帳ファイルに本件架空債務を含む簿外債務を入力するとともに、同債務を清算貸借対照表にも記入した。

被告人の主導により、i会計事務所は、和議開始の申立てに際して提出する会計書類として、修正貸借対照表その一(平成四年八月三一日現在のもの)、同表その二(同年一〇月二〇日現在のもの)及び清算貸借対照表(同日現在のもの)を作成した。しかしながら、右各修正貸借対照表には架空債務及び関連会社への金銭債権(ただし、同表その一、その二においては、c社に対し六億九四三七万七九九〇円、二億九四三七万七九九〇円、b社に対し三億六七三七万六一八九円、一億二七三七万六一八九円、a社に対し四億三一五六万三六二二円、一億九一五六万三六二二円、d社に対して一億四万円、六六四万五〇〇〇円とそれぞれ各記載)がいずれも記載されていたが、清算貸借対照表には、本件架空債務は記載されていたものの、右金銭債権は記載されていないという内容のものであった。

(二) 被告人らは、Fらに対し、和議が不調となり、手続上破産になった場合も、強制和議で処理するようにするが、その際債権者を納得させる為の資料として弁済計画表を作る旨説明し、そのころから、Fらと共に、e社の弁済計画を立案する協議を行い、被告人は、Fらに対し、本件架空債権を有する関係会社に、関連会社の有する各ぱちんこ店の営業権を三年間に限定して譲渡し、その見返りとして本件架空債務の免除を受けるものとする旨の弁済計画を提案し、右計画を帳簿処理にも反映させるために、Fらと協議を重ね、同会計事務所担当者は、右関係の事情、会計を調査するために各メモを作成(Fの検察官調書(甲一五)に添付の「FAX送付ご案内」とある文書写しの番号7ないし番号10参照。なお、同様の文書はNの検察官調書(甲一九)にも添付されている。)し、内容確認のためこれらを被告人に交付するとともに、そのための会計処理案を相互にやりとりするなどし、同年一一月五日に、同会計事務所から右計算内容を記載したファックス文書が被告人宛に発信されていた。

(三) 被告人らは、和議開始の見込みが立たなかったため、右作業と並行して、破産申立てのための添付資料の作成も進め、被告人は、Fらi会計事務所従業員に、それら書類の作成を依頼し、総勘定元帳の記載に基づいて前記二〇億円の本件架空債務、本件金銭債権すなわちa社、b社、c社及びd社に対する貸付金及び受取利息債権(三億円、三億六七四二万四二〇九円、八億三七八四万七三〇四円及び一億円)等を記載した修正貸借対照表その一(平成四年八月三一日現在のもの)、本件架空債務及びa社らへの本件金銭債権が記載されていない本件清算貸借対照表が作成された。

(四) a社の賃料は、かねてより月額六〇〇万円と定められ、e社の総勘定元帳上、平成元年一〇月一日から平成二年九月三〇日までの総勘定元帳(平成七年押第二七三号の1)上及び平成二年一〇月一日から平成三年九月三〇日までの総勘定元帳(同押号の2)上においては、月額六〇〇万円と記載されており、a社の帳簿上もこれに従った会計処理がなされていた。

被告人は、平成四年一〇月下旬ころ、i会計事務所の従業員Oをk社事務所に招き、a社が従前e社に支払うことになっていたぱちんこ店の建物賃借料月額六〇〇万円につき、平成三年一〇月まで遡り、これが月額一〇〇万円であったことにして会計処理するようにとの指示を行った上、そのころ、Nが、i会計事務所内のコンピュータを使用して、総勘定元帳ファイルの賃料情報を一〇〇万円と入力した。

6 i会計事務所の会計処理の状況は、次のようなものであった。すなわち、Fは、昭和四五年に税理士資格を取得し、i会計事務所の所長として、平成四年時以降多数の事務所従業員を使用して、顧客である個人及び法人との委任契約により、会計業務、税務申告等の業務をしていた。i会計事務所では、昭和五〇年ころから、その顧客に委任された会計処理のためにコンピュータを使用し、昭和六二年ころから、株式会社ミロク情報サービス発売の「会計大将」というコンピュータ会計用ソフトウエアを使用して、会計処理を行っており、平成四年当時、e社及びその関連会社の会計処理についても、同様の処理をしていた。手作業会計においては、日々の取引を発生順に記載する仕訳帳を作成するか、各種伝票に必要事項を記入することによって仕訳帳に代用した上、そこから、右情報を総勘定元帳に転記し、試算表、清算表の作成を経て、貸借対照表及び損益計算書の作成に至るが、右ソフトウエアを利用したコンピュータ会計においては、日々作成される伝票の情報を「仕訳入力データ」として手作業で入力した上、コンピュータに総勘定元帳ファイルの情報を表示するように指示すれば、手作業による転記作業が省力化され、コンピュータが自動的に演算を行い、即時に右ファイルがコンピュータのディスプレイ上に表示され、右ファイルを即時にプリント・アウトすることもできるものであった。そして、i会計事務所では、一か月に一度、右各会社の各種伝票等を預かり、コンピュータ内に「仕訳データ」を入力し、入力された情報は、会社ごとのフロッピー・ディスクに保存されるものの、総勘定元帳ファイルは日常的にはプリント・アウトせず、税務申告のための決算書を作成する時期、すなわち、事業年度末から二か月以内に、プリント・アウトして編綴した上顧客に交付していた。右仕訳データ等の情報が保存されたフロッピー・ディスクは、三年間保管することにしていた。

なお、平成四年度のe社及びその関連会社に関しては、Aらe社関係者の居場所が不明になる前の平成四年八月末日までの会計処理は右通常の処理により適宜入力されていたが、右不明となって以降は、通常の処理によれず、取引先等への照会で前記各修正貸借対照表が作成されるなど変則的なものであり、右元帳ファイルへの入力は、平成四年一一月末までに入力は済まされたものの、総勘定元帳がプリント・アウトされることはなく、平成六年七月二六日にFによって任意提出されたプリント・アウト済みのe社の総勘定元帳(平成七年押第二七三号の3)が、いつプリント・アウトされたかは証拠上明らかでない。

7 e社は、平成四年一〇月二三日及び同月二六日、各手形不渡りを起こし、同月二九日銀行取引停止となった。

その間、Iは、e社について、同月二八日千葉地方裁判所に対して、和議開始の申立てを行ったが、同会社の大口債権者から和議についての了承が得られなかったため、同年一一月一〇日には、右申立てを取り下げるとともに、破産の申立てを行った。なお、右破産申立書には、修正貸借対照表その二も添付書類とする旨の記載があり(破産申立書(甲二)の添付書類欄参照)、i会計事務所により、そのための修正貸借対照表その二と題する書面が作成されていたところ、同表その二は右申立ての際添付提出されなかった。同表その二の控えは、i会計事務所に存したところ、そこには、関連会社への本件金銭債権及び関係会社の本件架空債権はいずれも記載されていなかった(甲二三参照)。

e社に対する破産宣告後、P弁護士が破産管財人に選任され、e社の財産状況の調査を行っていたが、平成五年二月ころ、e社所有不動産の利用状況を調査した際、被告人は、右宮原に対して、知人を介して、前記f社等の賃貸借契約書、協定書等のコピーを、e社に関する権利義務関係の書類として示した上、e社の所有の不動産を使用してぱちんこ店の経営継続を依頼し、これは許可されなかったが、関連会社のぱちんこ店経営から手を引こうとはしなかった。右破産手続において、平成五年三月一八日債権者集会が開かれ、同破産管財人により報告がなされ、本件清算貸借対照表を基にした資産状況の報告もなされていた。

8 Jは、被告人の指示で、d社が経営していたカラオケ店「●●」の営業を行い、被告人の承諾を得て、月々五〇〇万円の売上の中から、六〇万円を管理費としてg社が受領し、二〇〇万円を従業員の給料、その他を電気代、リース料等にあて、平成五年一月以降は、管財人に一か月五〇万円を送金した。なお、被告人は、Jが開設した口座を通してぱちんこ店の売上げの内、一四七万円を取得した。

また、Bは、ぱちんこ店「△△パチンコ神栖店」及びホテル「◎◎」について前記q社が供託した賃料合計三〇〇万円を被告人の指示で払い戻してこれを被告人に交付し、その後、右q社がf社名義の口座に振り込んだ賃料合計三五〇万円については、被告人の承諾を得て、右Bの経費及び生活費として使用した。さらに、右Bは、被告人の指示でa社が経営していたぱちんこ店「◇◇パチンコ等々力店」の経営に乗り出そうとしたが、e社の債権者の一人であるQが同店を占拠したため、その交渉が難航した末、結局、被告人らはぱちんこ店開店資金を集めることができず、矢野敏次に業務委託して、その経営を任せ、また、ぱちんこ店「□□パチンコ江古田」についても、Rに業務委託し、被告人は、右岡本から一二〇〇万円を前払い賃料として取得した。

被告人らは、右ぱちんこ店等の経営等を通じて、約五〇〇〇万円以上の金員を得たが、被告人自身は、平成四年一〇月以降、平成五年三月ころまで、一か月当たり約五〇万円の生活費の援助をしたり、個人債権者への弁済、弁護士費用、ぱちんこ店再開のための経費等を支弁するなど持ち出しも多かった。

三  被告人は、当公判廷において、「総勘定元帳に本件架空債務二〇億円を記載させた覚えはなく、ただ架空債権を記載した債権者一覧表を作成するように依頼しただけである」「総勘定元帳の賃料の減額を遡って指示した覚えはない」「e社の関連会社に対する貸付金等や本件架空債務二〇億円が清算貸借対照表で落とされた経緯は知らない」などと供述し、右の行為は、i会計事務所のFらがその判断によって行ったものであるかのような弁解をしている。しかしながら、Fら会計事務所の従業員が、被告人の指示や資料の提供もないのに、独断で虚偽の会計帳簿や貸借対照表を作成することは考え難く、とりわけ、Fについては、このような虚偽の会計帳簿等を作成することは税理士資格の喪失につながりかねないものであるところ、関係各証拠を検討しても、Fが右のような危険を冒してまで、e社の財産隠匿を図る必要性はもちろんこれによって受ける利益も何ら見出せないのであり、被告人の右供述は到底信用することができない。

また、被告人は、a社の賃料月額の減額に関し、当公判廷において、「i会計事務所に対し、a社の賃料月額を六〇〇万円から一〇〇万円に総勘定元帳に減額記載(パソコン入力)するよう指示したことはない」旨供述する。しかしながら、i会計事務所においてe社の会計処理を担当していた従業員のOは、捜査段階及び当公判廷において、被告人から、a社の賃料を六〇〇万円から一〇〇万円に減額することを指示された旨供述し、i会計事務所の従業員であるNも、捜査官に対し、平成四年一〇月下旬ころ、Oから、被告人にa社の賃料を平成三年一〇月に遡り月額六〇〇万円より一〇〇万円に減額してほしい旨指示されたとの報告を受けたので、e社の総勘定元帳にa社の店舗賃料を一〇〇万円とする記帳をした旨供述するとともに、当公判廷においても、ほぼ同旨の供述をしているところである。そして、被告人も捜査段階において、Oに対し、a社に対する賃料を遡って一〇〇万円とするよう指示した旨供述している上、前記一の4に記載のとおり、被告人が賃貸人をe社、賃借人をa社、平成三年一〇月分からの賃料を一か月一〇〇万円とする旨の賃貸借契約書を作成したことが明らかであることを考慮すると、被告人の当公判廷における供述は信用できない。なお、この点に関して、弁護人は、右の賃料減額は、i会計事務所の担当者がa社の帳簿上の欠損金を適正にするために行った旨主張するが、i会計事務所の従業員が独断で虚偽の賃料月額を総勘定元帳に記入(パソコン入力)することが考え難いことは、前記のとおりであり、関係各証拠を検討しても、i会計事務所が右のような意図で会計処理を行ったことをうかがわせる証跡はない。

第三  当裁判所の判断

一  公訴事実第一に関する弁護人の主張について

1 i会計事務所のコンピュータによりe社の架空債務が電磁的に入力処理されたことによる不正記載罪の成否

(一) 本件架空債務二〇億円がe社の会計処理用のコンピュータにより入力処理された経緯については、前記第二の二の5に認定したとおりである。

右の事実によれば、被告人は、I法律事務所において高額な債権者一覧表をi会計事務所の李所長らに提示交付し、その後同事務所従業員が右債権者一覧表により本件架空債務も含めた簿外債務を会計処理のコンピュータにより電磁的に入力作業したものであり、前記第二に認定したとおり、被告人がe社の代表者であるAを代理する立場にあったことを併せ見ると、本件架空債務は、被告人が、その内容が虚偽であると知りながら、会計処理の委任契約に基づき、情を知らないi会計事務所従業員をして入力させたものというべきであり、被告人による虚偽の会計処理と認めることができる。

(二) 前記第二の二の6に認定した事実によれば、e社の総勘定元帳は文書の形式になっておらず、電磁的記録媒体上に記録された総勘定元帳のファイルとして保存されていたものである(なお、総勘定元帳は、会計実務でいう会計帳簿中の主要簿であって、商法三二条の商業帳簿に該当するものであり、破産法三七四条三号にいう「法律ノ規定ニ依リ作ルヘキ商業帳簿」に含まれることは明らかである。)。

弁護人は、破産法三七四条三号にいう「商業帳簿」は、それ自体、可視性、可読性を必要とする旨主張する。しかしながら、右の電磁的記録物としての総勘定元帳のファイルは、e社の総勘定元帳としての実質を有するものであり、それ自体可視的、可読的ではないけれども、必要な時には、いつにてもプリント・アウトすることにより可視的、可読的な文書(総勘定元帳)として再生することのできるものであり、右の再生された文書としての総勘定元帳と右電磁的記録物(総勘定元帳のファイル)とは一体不可分な関連を有するものというべきである。そして、破産法三七四条三号が、同条一号及び二号のような破産財団に対する直接の侵害行為と並んで、商業帳簿に対する不正記載等を重く罰することとしたのは、破産手続が適正に実施されるためには、その前提として債務者の財産状態を正確に把握することが不可欠であり、商業帳簿に不正の作為等が加えられる場合には、債務者の財産状態の正確な把握が困難となり、それだけで総債権者の利益が侵害される危険が大きいことなどによるものであるところ、右の電磁的記録物がコンピュータのディスプレイなどを通じて見読可能であり、いつでもプリント・アウトできることに照らせば、これに虚偽の情報を入力する行為は、文書の形式となった総勘定元帳に手書きで虚偽の記載をする行為と同一視できる上、処罰の必要性においても何ら異なるところがないのである。そして、右のような破産法三七四条三号の立法目的に加え、破産法上、破産申立において、裁判所に対して総勘定元帳の提出が必要的とはされておらず、債権者に対して総勘定元帳の閲覧が予定されているとはいえないことを併せ考えると、同号にいう「商業帳簿」には、電磁的記録物である総勘定元帳のファイルが含まれると解するのが相当であり、このように解したからといって、罪刑法定主義に反するものとはいえない。なお、コンピュータ・データの不正作出については、昭和六二年法律第五二号による刑法の一部改正により電磁的記録不正作出罪(刑法一六一条の二)等の罰則の整備、刑法一五七条の改正がなされ、商業帳簿への不正記載を罰する破産法三七四条三号については特に改正がなされなかったところであるが、右罰則の整備等が破産法三七四条三号に関する前記の解釈を不当なものにするとは解されない。

以上のとおりであるから、コンピュータの総勘定元帳ファイルに本件架空債務を入力した行為が、「商業帳簿の不正記載」に当たることは明らかであり、右の行為が債務者の財産状態の正確な把握を困難にし、総債権者の利益を害する危険性を有することはいうまでもない。弁護人の主張は理由がない。

2 各協定書作出による隠匿罪の成否

(一) 前記第二の一の2に認定したとおり、各協定書の作出が被告人の意向に係るものであり、その内容が真実の権利義務の変動を伴わない架空のものであることを被告人において認識していたことは明らかである。

(二) 右の各協定書は、e社の重要な資産についての消滅、変動をきたす、法律行為を証する書面であり、前記第二の二で認定した被告人とe社との関係、各協定書の作出の時期等に照らすと、その作出は、被告人が関連会社のぱちんこ店営業をe社との債権債務関係から切り離すことを意図したものと認められ、その内容が、関係会社のe社に対する本件架空債権を引当としたe社の関連会社に対する本件金銭債権の相殺を経て、e社所有の物件設備一式のうち、関連会社b社関係の物件を関係会社のg社に、a社関係の物件をf社に、c社関係の物件をh社にそれぞれ譲渡するというものであるから、各協定書の存在自体において、e社の金銭債権及び固定資産について、その帰属、存否を左右し、不明確にするものであり、各協定書の作出は、破産法三七四条一号所定の「隠匿」に当たるものというべきである。

3 本件清算貸借対照表における本件金銭債権の不記載、固定資産価額の減額記載による隠匿及び不正記載罪の成否

(一) 前記第二の一の3及び二の5に認定した事実によれば、平成四年一〇月二八日の和議開始の申立てに当たり申立書に添付された修正貸借対照表その一(平成四年八月三一日現在のもの)、修正貸借対照表その二(平成四年一〇月二〇日現在のもの)及び清算貸借対照表には、いずれもe社が関係会社に対して負ったとされる本件架空債務合計二〇億円が記載されており、また、右の各修正貸借対照表には、関連会社に対する金銭債権が記載されているが、右清算貸借対照表には金銭債権の記載がなされていなかった。

次に、前記第二の一の3及び二の5で認定した事実によれば、同年一一月一〇日の破産申立に当たり申立書に添付された修正貸借対照表その一(平成四年八月三一日現在のもの)には、本件架空債務合計二〇億円が記載されているところ、本件清算貸借対照表にはこれが記載されておらず、また、右の修正貸借対照表その一には、e社の関連会社に対する各金銭債権合計一六億五二七万一五一三円が記載されていたが、本件清算貸借対照表には、右の各金銭債権は記載されていなかった。

また、前記第二の二の5に認定した事実及び関係各証拠によれば、e社が有していた土地及び什器備品等の有形固定資産の評価額は、破産申立書添付の修正貸借対照表その一では、六一億八二四三万五五三円と表示されていたところ、本件清算貸借対照表では、有形固定資産として五六億四二八七万九〇〇〇円と表示されているが、右金額は、かつて、被告人の兄Gにおいてe社の不動産の売却を依頼された際に行った土地建物のみの評価額である五六億四二八七万九〇〇〇円と同額であること、e社が関連会社に賃貸していたぱちんこ店舗等の什器備品等は、各協定書、賃貸借契約書、ファックス文書の記載内容から明らかなとおり、営業譲渡の名目で、関係会社に所有権譲渡したものとされていることが認められる。

(二) 前記第二の二の5に認定したとおり、被告人は、本件清算貸借対照表、それに先立つ和議開始申立書添付の清算貸借対照表の作成に際し、「e社が破綻すれば、子会社である関連会社も営業が立ち行かなくなり、関連会社に対する金銭債権が回収できなくなる。」旨述べて、各清算貸借対照表に、e社の関連会社に対する金銭債権を記載しないように指示している。しかしながら、被告人が真実このような認識のもとに、真意で各清算貸借対照表に金銭債権を記載しないように指示したとすることには疑問がある。すなわち、前記第二の二の2ないし5、7及び8に認定した事実関係によれば、右の認識では、無資力となって債権が無回収となるはずの関連会社について、その営業の存続を前提とした各協定書及び賃貸借契約書の作成、関連会社の名義及び役員の変更をしている上、実際の営業面では、自分が信頼を置いているBらを送り込んで経営を掌握し収益を上げようとしていること、被告人は、破産宣告後、管財人に対し前記の各協定書、賃貸借契約書等を示し、e社所有の不動産を使用して関連会社のパチンコ営業を継続することを要請していることが認められるのであり、右の事実に照らせば、被告人が真意で前記の指示をしたとすることは極めて不自然、不合理であり、かえって、右金銭債権が価値あることを認識し、その請求がなされないよう、前記のとおりの評価的見地を口実に、敢えて記載しないように指示したものと認めるのが相当である。

この点に関し、弁護人は、右不記載が、I弁護士による回収率ゼロと評価した結果である旨主張するとともに、その理由として、和議開始申立書に添付された清算貸借対照表と、本件清算貸借対照表とが、本件金銭債権を除外している点では共通したものであり、本件架空債務を前提とした相殺仕訳を記載したファックス文書が同年一一月五日に発信されていることから、右に認定した関連会社の営業譲渡及びそれに関連した相殺仕訳とは関係のないものであり、右金銭債権が不記載となっていることは被告人の関与するところではない旨主張する。しかしながら、本件架空債務は、前記のとおり和議開始申立書添付の清算貸借対照表に記載され、弁護人らにおいて清算貸借対照表とは評価方法が異なるとする各修正貸借対照表にも記載されていたにもかかわらず、本件清算貸借対照表には記載されていないところ、このような債務の記載、不記載の異同は、本来評価の見地により左右されるものではなく、その不記載の指示は評価的見地からされるはずのないものである。この点について、弁護人らは、「i会計事務所の操作過程において生じたことである」旨主張するのであるが、各修正貸借対照表に記帳され、和議開始申立書添付の清算貸借対照表にも記載されていた本件架空債務を、右会計事務所が独断又は過誤で記載しないことはあり得ないから、これは作成依頼者の指示によるものというべきであり、前記の金銭債権の不記載も、この架空債務の不記載に対応、関連した評価的見地によらない操作の結果であることが認められる。弁護人らの右主張は理由がなく、前記認定に疑いを抱かせるものではない。

(三) してみると、本件清算貸借対照表は、破産法一三八条所定の「財産の概況を示すべき書面」に該当するものというべきであり、本件清算貸借対照表が、破産申立てに際し財産の概況を示す書面として作成提出されたことは、被告人もI弁護士との折衝及び打合せで十分に認識していたものと認められるから、敢えて価値ある資産である本件金銭債権合計一六億五二七万一五一三円を除外して記載しない本件清算貸借対照表を作成し、裁判所に提出したことは、右金銭債権の「隠匿」に当たることは明らかである。

(四) 検察官は、本件清算貸借対照表には、破産申立書添付の修正貸借対照表その一に記載されていた建物付属設備等の固定資産が除外されて記載されていないから、右固定資産についても、財産の「隠匿」がある旨主張し、弁護人らはこれを争っている。

そこで検討すると、前記のとおり、本件清算貸借対照表に記載された固定資産評価額五六億四二八七万九〇〇〇円については、右修正貸借対照表その一には同評価額六一億八二四三万五五三円と記載され、前者の評価額が、すでに被告人の兄Gにおいてe社の不動産の売却を依頼された際に行った土地建物のみの評価額と同額であり、前記各協定書に、関連会社がe社から賃借していたぱちんこ店舗の什器備品等が営業譲渡に関連して所有権移転された旨の記載のあることから、右評価減が、前記(一)で説示したとおりの右什器備品等の虚偽の譲渡操作に関連する一部固定資産の移転減に対応した、会計処理上の減額表示と見られる余地はあるものの、弁護人提出の「鑑定意見書」(弁三九号証)に記載のとおり、ファックス文書上の相殺仕訳との数値上の合致はなく、不記載とされる什器備品等に当たるべき有形固定資産の特定も全くなされていないことから、有形固定資産の隠匿については、未だこれを認めるに足りないというべきである。

(五) 検察官は、e社の関連会社に対する合計一六億五二七万一五一三円の金銭債権及び建物付属設備等の固定資産を除外して本件清算貸借対照表に記載しなかった行為が、破産法三四七条三号の「商業帳簿」の不正記載に当たる旨主張し、弁護人らは、本件清算貸借対照表は、同号の「商業帳簿」に該当しない旨主張する。

そこで検討すると、同号にいう「商業帳簿」は、商法三二条一項の商業帳簿、すなわち、会計帳簿及び貸借対照表をいうと解するのが相当であるところ、弁護人主張のとおり、同条項にいう商業帳簿である貸借対照表は簿価を評価原則とするものであるが、清算貸借対照表は、会社の閉鎖、解体処分をするときに簿価でなく実処分価額としての資産・負債の状況を表したものであって、評価原則を異にするため、商業帳簿である貸借対照表には含まれないと解される。そうすると、清算貸借対照表は破産法三四七条三号の「商業帳簿」には該当しないことになり、前記金銭債権及び建物付属設備等の固定資産を除外して本件清算貸借対照表にこれを記載しなかった行為は同号に当たらないというべきであり、罪とならないものである(なお、本件清算貸借対照表に建物付属設備等の固定資産を除外して記載しなかった行為について、これを「隠匿」と証明するに足りる証拠がないことは前記説示のとおりであり、この点からも建物付属設備等の固定資産の不記載については、これを「不正記載」と証するに足りる証明がないことに帰する。)。

二  公訴事実第二に関する弁護人の主張について

前記第二の二の5の(四)に認定したとおり、e社のa社に対する賃貸店舗の賃料は、従前一か月六〇〇万円と記帳されていたところ、被告人の指示を受けたi会計事務所の従業員であるOを介し、同事務所従業員のNによって、コンピュータ処理によりe社の電磁的記録に係る総勘定元帳ファイルに平成三年一一月分から賃料を月額一〇〇万円とする旨の入力が行われたことが明らかである。

そして、関係各証拠によれば、e社の関連会社に対する店舗賃料は、Aらによって、投下資本額、立地条件等を勘案して決定されたものであり、帳簿上もe社及びa社の会計帳簿に継続して六〇〇万円と記載されて会計処理されてきたことが認められるのであり、a社については、家賃を六〇〇万円としても利益が上がること(Nの検察官に対する供述調書・甲一九)を併せ考えると、現実にはa社からe社に対する賃料支払いの事実がなかったとしても、賃料債権に財産的価値がないとはいえないものである。したがって、コンピュータ処理による電磁的記録に係る総勘定元帳のファイルに賃料に関する前記の虚偽の情報を入力をすることは、e社の賃料債権を秘匿し、その調査、回収等を困難ならしめるものであり、破産法三七四条一号の「隠匿」に当たるとともに、同条三号の「商業帳簿の不正記載」に該当するというべきである(コンピュータの総勘定元帳のファイルに虚偽の会計情報を入力することが、破産法三七四条三号の「商業帳簿の不正記載」に当たることは、前記一の1の(二)に詳述したとおりである。)。なお、前記第二の一の4に認定したとおり、被告人によって、e社とa社との間で平成三年一〇月分からの賃料を一か月一〇〇万円とする虚偽の賃貸借契約書が作出されているが、右の行為がe社の賃料債権の消長をきたす「隠匿」行為に当たることは明らかである。

三  被告人の詐欺破産の目的の有無(弁護人の主張三について)

前記第二の二の1及び2に認定した事実によれば、Aは、被告人に対して、e社が倒産しても、引き続きe社グループがぱちんこ店の営業を継続できるようにするため、e社の社印、登記済権利証等を渡すに至ったことが明らかである。そして、前記第二の二で認定した事実関係によれば、被告人は、e社が間もなく支払不能に陥るおそれが極めて高いことを十分認識した上で、e社が所有し、a社等関連会社に賃貸していた土地建物につき、右各会社とf社等関係会社との間で、協定書、賃貸借契約書を作成するとともに、賃借権設定仮登記を設定し、商業登記簿上も関連会社の役員・社名を変更し、風俗営業許可証の書換えを受けるなどした上、Bら知人を経営の目的でぱちんこ店等に派遣し、破産管財人が選任された後も、知人を介して管財人に対し、前記虚偽内容の賃貸借契約書、協定書などを真実であるかのように装って示し、ぱちんこ店の営業をさせるように頼むなどしてBらの占有の正当性を主張し、実際にも被告人はぱちんこ店等の売上金を自ら取得しているものである。また、弁済計画の協議の中で、本件架空債務二〇億円を利用して、a社等が営業するぱちんこ店の営業権を前記関連会社に譲渡する計画を練るとともに、前記一及び二で詳述したとおり、帳簿上も、f社等関係会社に対する本件架空債務を総勘定元帳に記入するように指示する一方で、被告人は、関連会社に対する債権を和議開始申立て及び破産申立てに添付する清算貸借対照表で除外し、a社に対する賃料債務は一年間遡って減額して総勘定元帳に記入させているのであり、これによれば、被告人は、Aの依頼の趣旨を了知した上で、e社が破産宣告を受けることになっても、ぱちんこ店舗等を破産財団から独立して営み、そこから上がる収益をできるだけ確保し、これによって利益を得る目的を有していたものと推認できるのである。

そして、被告人は、捜査段階において、「Aさんの言うとおりぱちんこ屋などの営業権を確保すると、債権者がそれだけ弁済を受けられなくなり、その利益を害することになるとは思ったが、Aの頼みに協力することにした。」「私の最初の計画では、三年くらい経てば利益が出るので、これをAに渡して、同女が選んだ債権者に弁済してもらおうと考えた。」(検察官に対する供述調書・乙一三)、「関連会社が営業できなくなることは明白であったので、その前に社名や役員の変更を行い他人名義で営業を続けて利益をあげ、これに基づいてAを通じて個人債権者に少額でも返済してやろうと考えた」(司法警察員に対する供述調書・乙六)などと供述し、当公判廷でも、「パチンコを軌道に乗せて、納得する報酬はいただこうと思っていました。」など(第四回公判調書中の供述部分)と供述しているところである。

以上のとおりの被告人がAから依頼を受けた経緯、その後の被告人のe社及びその関連会社に対する関与状況に加え、被告人の右供述内容を併せ考えれば、被告人は、ぱちんこ店舗等を、破産財団から独立して営み、そこから上がる収益をできるだけ確保して、自己及びAの利益を得る目的で判示各所為に出たことが明らかであり、また、右各所為は、破産財団に属すべきe社の財産の隠匿や帳簿の不正記載であって、破産財団を共同担保とする他の一般債権者を害するものであることは明らかであるから、被告人に破産財団に対する加害の目的があったこともまた明らかである。

弁護人は、被告人の本件における一連の行為は特殊債権者を排除して一般債権者に対する返済の財源を確保する目的に出たものである旨主張するが、巨額の架空債務を作出し、商業帳簿に不正の記載をし、破産財団に属すべき財産を隠匿する行為が、右の目的に資するものとは到底いえないから、右主張は理由のないものといわざるを得ない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、包括して、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法六五条一項、六〇条(以下「刑法」は改正前の刑法をいう。)、破産法三七六条前段、三七四条一号、三号に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(公訴事実中の無罪部分について)

既に説示したところから明らかなとおり、本件公訴事実第一中には、罪とならないため、無罪たるべき部分があり、本件は、判示の限度で罪となるべき事実を認定すべきところ、右の罪とならないとすべきところは、判示各認定事実と包括一罪の関係にあるものとして起訴されたものであるから、被告人に対し、この点につき、主文において無罪の言渡しをしない。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、ぱちんこ店舗等の賃貸等を業とする会社である破産寸前のe社の代表取締役から依頼を受けて、同人と共謀の上、主要なぱちんこ店舗をe社の経営から分離した上、営業を継続させて収益を確保して、右代表者及び被告人の利益を図ることを企て、判示罪となるべき事実に摘示のとおり、破産財団に属すべき財産の隠匿及び商業帳簿への不正の記載をした事案である。

近時、急激な経済情勢の変動により、倒産が相次ぐ中で、適正に関係者間の利害関係を調整し、倒産による社会的混乱を最小限に止めることが重大な問題となっており、裁判上の破産手続にも、国民全体の関心と期待が寄せられ、債権者の保護とそのための適正かつ迅速な処理が急務とされているところ、本件犯行は、これに逆行して債権者の利益を一顧だにすることなく破産財団に属すべき財産を侵害し、不明瞭たらしめたものであり、動機において酌量の余地はなく、厳しい非難を免れない。しかも、その犯行態様は、重要な資産である土地建物につき、本件犯行に加えて、不実の賃借権設定仮登記、虚偽の商業登記簿変更及び風俗営業許可証の書換などをした上、知人をぱちんこ店舗に派遣して実力支配し、加えて破産管財人が選任された後も、右占有を継続するなど、多種多様な虚偽、不誠実な行動を取ったものであり、計画的かつ巧妙なものである。そして本件犯行の結果は、破産財団の捕捉、換価を困難ならしめ、適正妥当な破産手続の進行を著しく阻害したものであるところ、被告人は、特殊債権者対策のものであった旨の弁解を弄するなど、右のとおりの倒産整理における全債権者のための公正なる措置への自覚は乏しく、真摯な反省の態度を認めることはできない。右の諸事情を勘案すれば、本件犯行における被告人の犯情は悪質で、その刑事責任には重いものがある。

しかしながら、被告人が、本件破産会社の整理に関与するようになった経緯については、自己の親族が旧知の関係にあり恩義も受けている右会社代表者から、倒産を前にして切なる懇願があった事情が見て取れ、検察官指摘のように、当初から危殆に瀕した右会社からぱちんこ店舗営業を乗っ取り、これを食い物にするために関与したものとは言い難く、破産手続を混乱させたものの、本件起訴に係る金銭債権、賃料債権及び固定資産の免脱又は譲渡の実現には至らず、被告人自身もかかる関与により、自己資産の出捐をするなどしており、格別の利得をしたことも認められない上、被告人には前科はなく、これまで金融業を営む会社を経営し、問題のない社会生活を送ってきたことなど、酌むべき事情も認められる。そこで、これら事情を総合考慮して、今回に限り、社会内で更生する機会を与えることとし、その刑の執行を猶予し、主文のとおりの刑を定めた。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役三年)

(別表)

書面作成日付及び当事者 書面記載内容要旨

書面作成日付 平成四年一〇月一日 当事者 ・千葉市<以下省略> 有限会社b 代表取締役 A ・千葉市<以下省略> 株式会社g 代表取締役 C ・千葉市<以下省略> 有限会社e 代表取締役 A g社は、b社及びe社所有の物件設備一式をb社及びe社から譲り受け、右物件設備に関する両会社の未払金は、g社が引き受ける。 e社は、b社のe社に対する保証金二億四〇〇〇万円の返還請求権をg社に譲渡することを承諾する。 e社がb社に対して有する債権五億九〇〇〇万円と、g社がe社に対して有する債権六億円とを相殺する。

書面作成日付 平成四年一〇月一日 当事者 ・千葉市<以下省略> 有限会社a 代表取締役 A ・横浜市<以下省略> 株式会社f 代表取締役 B ・千葉市<以下省略> 有限会社e 代表取締役 A f社は、a社及びe社所有の物件設備一式をa社及びe社から譲り受け、右物件設備に関する両会社の未払金は、f社が引き受ける。 e社は、a社のe社に対する保証金二億四〇〇〇万円の返還請求権をf社に譲渡することを承諾する。 e社がa社に対して有する債権五億九〇〇〇万円と、f社がe社に対して有する債権六億円とを相殺する。 書面作成日付 平成四年一〇月一日 当事者 ・千葉市<以下省略> 有限会社c 代表取締役 A ・東京都江東区門前仲町二丁目三番四号 株式会社h 代表取締役 李 福順 ・千葉市<以下省略> 有限会社e 代表取締役 A h社は、c社及びe社所有の物件設備一式をc社及びe社から譲り受け、右物件設備に関する両会社の未払金は、h社が引き受ける。 e社は、c社のe社に対する保証金二億四〇〇〇万円の返還請求権をh社に譲渡することを承諾する。 e社がc社に対して有する債権五億九〇〇〇万円と、h社がe社に対して有する債権六億円とを相殺する。

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