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千葉地方裁判所 平成5年(ワ)1908号 判決 1996年9月25日

本訴原告兼反訴被告

佐藤重雄

右訴訟代理人弁護士

田村徹

伊藤安兼

本訴被告兼反訴原告

脇本和夫

右訴訟代理人弁護士

伊丹経治

主文

一  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金三〇万円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴原告(反訴被告)のその余の本訴請求、及び反訴原告(本訴被告)の反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを五分し、その二を本訴原告(反訴被告)の、その余を本訴被告(反訴原告)の各負担とする。

四  この判決は第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 本訴被告(反訴原告)は、読売、朝日、毎日各新聞及び千葉日報の各千葉版に、別紙記載の謝罪広告を別紙記載の条件で各二回掲載せよ。

2 本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は本訴被告(反訴原告)の負担とする。

4 2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 本訴原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は本訴原告(反訴被告)の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 反訴被告(本訴原告)は、反訴原告(本訴被告)に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成五年一二月八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は反訴被告(本訴原告)の負担とする。

3 1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 反訴原告(本訴被告)の請求を棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告(本訴被告)の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 当事者

本訴原告(反訴被告、以下「原告」という。)は、昭和五四年の統一地方選挙において、船橋市議会議員に当選し、以後現在に至るまで(ただし、昭和五八年から同六二年を除く)同市議会議員(日本共産党所属)の職にあるもので、平成七年四月実施予定の同市議会議員選挙(以下「次回市議選」という。)に日本共産党公認候補として当時立候補を予定していたものである。

また、本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、第四〇回衆議院議員選挙(平成五年七月一八日投票、以下「本件選挙」という。)において、当時の千葉県第一区から無所属で立候補したものである。

2 被告の不法行為

(一) 政見放送

被告は、平成五年七月六日、千葉テレビ株式会社(以下「千葉テレビ」という。)による本件選挙の候補者のテレビ政見放送用の録画撮りに際して、「次に、嘘つきを含む正直者が馬鹿をみるを許さず、を具体的に申します。日本共産党は企業献金選挙していないと公約しています。日本は饒舌不退転という格言があります。ららぽーとスキードーム・ザウス建設運営会社から、企業いじめ、利用者に割高な料金、私はスキーが好きです。そのおかげで開発企業、公害対策費として、住民の代表共産党の市会議員が二億円をいただきました。一つが共産党にいったわけであります。そういうことで、私は、この問題で道路公害だとか、あらゆる問題をしていない共産党、渋滞の問題を訴えたいと思います。」等の発言(以下適宜「本件発言」という。)をし、この録画映像は、同月七日、同九日の二回にわたり、いがれも千葉テレビによって政見放送として放映された(以下「本件政見放送」という。)。

(二) 街頭演説

また、被告は、本件選挙期間中の街頭演説においても、左記の日時場所で、多数回にわたり、原告の個人名を挙げて、原告がスキードーム建設に関して公害対策費名目で億単位の資金提供を受けながら何らの対策もしていない旨の発言をした。

(1) 船橋市役所前 平成五年七月六日 午前九時過ぎころ

(2) 船橋東警察署付近 同九日 時間不詳

(3) 習志野市役所前 同一三日 午後五時〇五分ころ

(4) 若松二丁目団地商店街 同一六日 午後三時三〇分ころ

(三) タウン誌への記事掲載

さらに、被告は、本件各政見放送に先立つ平成五年六月一日に発行された月刊タウン誌「myふなばし」の編集後記欄に、被告と縁戚関係にある同誌の編集長中沢卓実と通じて、原告がスキードーム建設に関して個人的に一億円の資金提供を受けた金権議員であるかのような内容の記事を掲載した。

(四) 被告が、右(一)ないし(三)で問題とした資金については、スキードーム・ザウスの建設運営に携わっていた三井不動産株式会社及び株式会社ららぽーと(以下「関連二社」という。)が、若松二丁目自治会(会長原告)及び若松二丁目分譲自治会(会長佐谷富夫)に対し、若松二丁目団地の居住者にスキードームの建設・運営による公害被害が将来発生した場合にそれを補填する基金として、金一億円(以下適宜「本件一億円」という。)を預託し、その基金管理については右二自治会(以下適宜「両自治会」という。)から選出された理事会が行うというものであり、関連二社と両自治会との間でその旨の文書による協定書(以下「本件協定」という。)も締結されていた。

しかるに、被告は、右事実を十分に知っていながら、次回市議選において原告の当選を得させない目的で、右(一)ないし(三)のとおりあたかも原告が個人的に関連二社から二億円の資金提供を受けた金権議員であるかの如き発言を繰り返して、右事実関係とは異なる虚偽の事実を公にして公然と摘示した。

被告による右(一)ないし(三)の各行為は、公職選挙法二三五条の三の犯罪行為となるとともに、原告の名誉を故意に著しく毀損する不法行為となるものである。

3 損害

原告は、被告による右不法行為当時、数期にわたり船橋市議会議員を務めるなど相当な社会的地位にあり、今後も日本共産党の政策である「清潔な政治」を課題に市政に尽力していこうと志しているものであるところ、被告が故意に前記のような虚偽の事実の公表を繰り返したことにより、原告の政治家としての名誉・信用を極度に失墜させられ、同時に多大な精神的苦痛を被ったものである。

原告の右信用失墜については、名誉回復のための手段を講ずる必要があり、また、原告の精神的損害について、これを慰謝するものとして相当な額は一〇〇万円を下るものではない。

4 よって、原告は、被告に対し、民法七二三条による名誉回復のための適当な処分として別紙記載のとおりの内容・条件による謝罪広告の掲載、及び、同七〇九、七一〇条に基づく損害賠償として慰謝料一〇〇万円とこれに対する本訴状送達の翌日である平成五年一一月六日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実のうち、原告が次回市議選に共産党公認候補として立候補を予定していたことは知らない、その余の事実は認める。

2(一) 同2(一)の事実は認めるが、これが、公職選挙法違反の犯罪行為になることや原告の名誉毀損となることは否認する。

本件発言は、日本共産党の政治姿勢を批判する趣旨のもので、原告個人を対象としたものではなく、このことは、本件発言には原告の個人名は一切出ていないこと等からも明らかである。

また、本件発言を含む被告の政見放送をテレビ局が二回にわたってそのまま放送したことも本件発言に問題がなかったことの証左である。

(二) 同2(二)の事実中、被告が本件選挙期間中に多数回の街頭演説をしたことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同2(三)の事実のうち、平成五年六月一日発行の月刊タウン誌「myふなばし」の編集後記欄に、スキードーム建設に関連する一億円についての記載のあることは認め、その余の事実は否認ないし争う。

(四) 同2(四)の事実のうち、本件協定の締結等(第一段)については知らない。その余の事実については否認ないし争う。

3 同3の事実は否認する。

4 同4は争う。

三  抗弁(請求原因2(一)本件政見放送における名誉毀損の主張に対する仮定抗弁)

本件政見放送における被告の本件発言は、仮に原告個人の名誉を毀損する事実の摘示を含むものであったとしても、公共の利害に関する事実について専ら公益を図る目的に出たものであり、かつ被告において摘示事実が真実であると信ずるにつき相当な理由があったから、違法性がない或いは被告に故意もしくは過失がないものとして不法行為とはならない。

即ち、本件発言は、地域住民のためにということで公害対策費名目の金員を受領しながら何らの対策も講じない者を批判し、その活動姿勢を質す趣旨・内容のものであるから、公共の利害に関する事柄について公益を図る目的でなされたものであることは明らかである。

また、被告は、スキードーム関連二社が本件公害対策費を拠出するに至るまでの具体的事情を十分に知りうる立場にあった信頼すべきある人物から、「スキードーム関連二社らが、共産党の市議会議員ら団地住民の建設反対運動を中止させて建設同意を得るための対策費として、二億円の資金を支出せざるを得なかった。」との情報を得て、右情報が真実であるものと信じ本件発言をしたものであるから、被告には、本件発言で摘示した事実が真実であると信ずるについて合理的で相当な理由があったものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は全て知らない。

本件発言につき、名誉毀損の違法性ないし被告の故意・過失がないとの主張は争う。

(反訴)

一  請求原因

1 原告の不法行為

(一) 原告は、被告の本件発言等が原告の名誉を毀損する不法行為であるとして、被告に対する本訴損害賠償請求訴訟を提起している。

(二) しかし、被告の本件発言等は日本共産党の志誠を批判する意図・内容のものであって、公職選挙法違反の犯罪行為に該当しないことは勿論、原告の名誉を毀損するものではなく、原告に対する不法行為には該らない。

即ち、本件発言自体は、日本共産党の党としての政治姿勢を質す趣旨でしたものであり、被告は、本件発言中で原告の個人名には一切触れていないし、本件発言は、原告の公職者(市議会議員)としての地位と直接関係のない衆議院議員選挙における被告の政見放送として行われたものであることからしても、本件発言が、原告個人の名誉を毀損するものとはおよそいえないものである。

また、被告は、原告の主張するような内容の街頭演説をしたことも、月刊タウン誌上に公害対策費に関する記事を掲載するように依頼したこともなく、これらの点でも被告の原告に対する名誉毀損行為といえるものはなかった。

(三) それなのに、原告が、敢えて本訴を提起したのは、公害対策費名目の金員を受領しながら具体的対策を講じないとして日本共産党内で原告に対する責任追及がなされるのを防ぐという目的によるものである。

(四) 右のとおり、原告の被告に対する本訴提起は、違法な不当訴訟であって、原告の不法行為とされるべきである。

2 損害

被告は、次期衆議院議員選挙に立候補を予定している者であるが、原告の右不当訴訟の提起という不法行為により、当該訴訟提起の事実が新聞各社を通じて広く報道されるところとなり、被告は、著しく名誉を毀損され多大な精神的苦痛を受けた。そして、被告のこの精神的苦痛に対する慰謝料は、少なくとも二〇〇万円を下らない。

また、被告は、原告の右不当訴訟に対抗するため応訴を余儀なくされ、被告訴訟代理人に訴訟の追行・解決を委任し、その着手金として五〇万円を既に支払い、さらに報酬金五〇万円の支払を約した。これらの弁護士費用一〇〇万円は、原告の右不当訴訟という不法行為により被告が負担を余儀なくされた損害である。

3 よって、被告は、原告に対し、民法七〇九、七一〇条に基づく損害賠償として三〇〇万円(慰謝料二〇〇万円、弁護士費用一〇〇万円)及びこれに対する反訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1(一)の事実は認める。

同1(二)乃至(四)の事実は、否認ないし争う。

2 同2の事実のうち、前段の被告が次期衆議院選挙に立候補の予定であること及び後段の弁護士費用については知らない。その余の事実は否認ないし争う。

3 同3は争う。

第三  証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  本訴請求について

1  (名誉毀損行為等の基礎的な事実の存否について)

(一)  請求原因1の事実(当事者)(但し、原告が次回市議選に日本共産党公認候補として当時立候補を予定していた者であるとの点を除く。)、同2(一)の事実(政見放送)は、当事者間に争いがない。

また、同2(二)の事実中被告が本件選挙期間中に街頭演説を多数回行っていること、及び同2(三)の事実中平成五年六月一日発行の「myふなばし」の編集後記欄にスキードーム建設に関連する一億円についての記載のあることは当事者間に争いがない。

(二)  しかしながら、本件では、被告が当時多数回の街頭演説をしたことは前記(一)のとおり当事者間に争いがないが、その街頭演説の中で原告の主張する内容の発言(本訴請求原因2(二)の一部)があったことを認めるに足りる的確な証拠はない(甲2伊藤余一郎の陳述書は原告の右主張事実を認めるに足りるものとはいえない)。

また、平成五年六月一日発行の「myふなばし」(編集長中沢卓実)の編集後記欄に原告が環境基金と称して一億円を獲得した旨の記載がある(右(一)後段の争いがない事実、甲5の15各号)けれども、当該タウン誌の記載について原告が右編集長と通じていたことを認めるに足りる証拠もない。

(三)  そうすると、原告が被告による名誉毀損行為等として主張する本件政見放送での発言、街頭演説、タウン誌編集長と通じたタウン誌への記載、のうち、右街頭演説、タウン誌への記載が不法行為であるとする原告の主張は、本件証拠上はその基礎となる事実が認められないので、既に理由がないことになる。

(四)  そこで、基礎となる事実関係の存在(本件発言)に前記(一)のとおり争いがない右政見放送での発言に限って検討を進めることとする。

2  (本件発言内容の受取られ方について)

(一)  本件政見放送における被告の発言(本件発言)は、「共産党の市会議員がららぽーとスキー場の建設運営会社から公害対策費として二億円をもらい、そのうち一つが共産党にいった」という内容を含む発言である。

この発言は、話があちこちに飛んでいて趣旨が必ずしも明確ではないところもあるけれども、視聴者からは、少なくとも、「共産党の市会議員が企業から公害対策費として二億円もの大金を個人的に受取り、そのうち一億円を共産党に渡した」という事実を述べていると、通常受取られるものといえる。

ところで、右発言にいう「共産党の市会議員」については、発言の中に個人名は出てこないことは明らかである。

これについて、原告は、当時船橋市における「ららぽーとスキー場」建設問題に対する住民の反対運動とそこでの原告の活動の様子は付近住民のみならず新聞報道を通じて千葉県民に知られていたから、視聴者にとっては、本件発言にいう「共産党の市会議員」が原告個人を指すことは容易にわかることであると主張し、他方、被告は、本件発言は共産党批判であり原告個人に対するものではない、と主張する。そこで、本件協定前後の当時の経過・報道等の事情を考慮して、本件発言にいう、「共産党の市会議員」について視聴者にどのように受け取られるか等につき、検討することとする。

(二)  本件協定前後の経過・報道等につき、前記争いがない事実、並びに甲第三、第四号証、同第五号証の各号、同第一五号証の一、二、乙第二ないし第二二号証、原告被告各本人尋問の結果、及び、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 三井不動産株式会社及び株式会社ららぽーと(関連二社)は、船橋市浜町三丁目の船橋オートレース場隣のゴルフ場跡地に、人工スキー場(スキードーム)の建設を計画したところ、平成元年頃に同建設予定地に隣接する若松団地の住民(原告もその住民の一人である)らから、右建設により、眺望阻害、交通渋滞等の環境被害が予想されるとして、反対運動が起こった。右反対運動は、主に原告が会長を務める若松二丁目自治会や若松二丁目分譲自治会(会長佐谷富夫)を含めた周辺団地の四自治会によって構成されている既存の若松谷津公害阻止協議会(以下「阻止協」という。)の名で行われていたが、その構成自治会の間で利害状況が異なることから、関連二社等との間の環境対策についての具体的交渉は、各自治会ごとに行っていた。

(2) ところで、若松二丁目自治会(会長原告)と同二丁目分譲自治会(両自治会)は、建設予定のスキードームの東側に面する同一団地(約一八〇〇世帯が居住)の各自治会であって、右建設に関して抱える環境問題はほぼ同様であるということから、共同で関連二社等との交渉にあたることとし、平成元年四月から同二年八月までの間に、右各自治会(原告を含む両会長と会員数名)と関連二社等との間で、全体説明会、個別協議会、専門家からのヒアリング等一〇回以上の協議を行った。この過程で、交通渋滞・騒音・一般振動・風害・眺望美観阻害等については、問題が殆どないことや問題があっても回避策が取れることが明らかとなったけれども、低周波空気振動による人体被害等についての問題のように将来的な被害の発生の有無や発生する場合の内容・程度を不明とする外ない問題も残った。

(3) そこで、両自治会と関連二社は、右(2)の協議会等の結果を踏まえて、迷惑料的な趣旨での解決金や将来的な被害に備えた填補資金の預託等のそれぞれの立場からの趣旨を含めて、関連二社が予め一定額の金銭を拠出して住民側に預託することで公害問題の解決を図るという基本的合意を経て、平成二年九月一〇日、阻止協のうち両自治会(若松二丁目自治会・同二丁目分譲自治会)と関連二社(三井不動産株式会社・株式会社ららぽーと)の間で、文書により、右基本的合意による拠出金を一億円とした公害防止等に関する協定(本件協定、甲3)を締結した。

(4) 両自治会は、本件協定による関連二社からの拠出金の受入管理組織として若松環境基金を設立して、関連二社は、本件協定の二〇条に従って平成二年九月末日頃若松環境基金に対して公害対策費の名目で一億円を拠出した。

(5) 若松環境基金は、両自治会から選出された理事で構成する理事会によって管理運営される組織で、右(4)の拠出金の運用果実等を用いて両各自治会内の団地住民のために公害被害者の救済をはじめとした周辺環境の整備・保持の為の諸活動を行うものとされ、その理事長には原告が就任した。その後、若松環境基金の名前で、「若松環境基金ニュース」を発行して若松団地住民に配布したり、低周波振動の測定も可能な分析器や健康管理のための血圧測定器を各購入して若松団地住民に貸出す等の活動が行われ、その会計報告も右基金ニュース誌に記載された。

(6) 関連二社のスキードームの建設計画についての付近住民の居住環境上の問題点や本件協定の締結と関連二社の一億円の拠出については、当時、阻止協が発行した何回かの「公害阻止協ニュース」でかなり詳しく記載され、右阻止協ニュースは少なくとも、若松団地の住民の多くが読んでいた。

また、協定締結及び関連二社の一億円拠出の事実については、当時の新聞紙上において、一般に報道され、その中で、関連二社側の談話として、同拠出金は近隣対策費としての拠出であり使途は住民側の自由である旨の報道もされた。

(7) その後、平成二年一二月に、一億円協定をただす会中沢卓実(タウン誌編集長)から阻止協・若松二丁目自治会会長原告宛に関連二社からの前記拠出金一億円の使途・運用方法について、「迷惑料の趣旨なら全戸に均等配分すべきではないか。」等と主張する公開質問状が出され、当時、千葉日報外の新聞各紙において右公開質問状が出されたことと中沢卓実の右主張及びこれに対する原告のコメントが、報道された。

(三)  右(二)で認定した事情と前記一1(一)の争いのない事実、同(二)後段の認定事実によれば、前記若松団地(約一八〇〇世帯居住)の住民の多くには、本件政見放送当時において、原告が若松団地に居住し、日本共産党所属の市会議員を務めていること、原告が若松二丁目自治会長として本件協定に至る「ららぽーとスキー場」等の建設問題に対する若松団地の住民運動で中心的な働きをし、本件協定による拠出金一億円等の管理運営組織(若松環境基金)の理事長を務めていること、その後、右拠出金につき公開質問状(前記(二)(7))やタウン誌(前記1(二)後段)で、原告個人に対する批判が出されたこと等は、住民運動の広報誌等を通じて良く知られていたと推認され、また、これらの点は、一般新聞でも折々報道されて、船橋市民、千葉県民の間でも、ららぽーとスキー場建設問題に対する住民運動に当時関心を持つ者には、前記拠出金と結びつけて原告の名前が記憶されていたと推認される。

そうであれば、本件政見放送での発言で原告個人名が出ていなくとも「共産党の市会議員」ということから、若松団地住民の多くは、直ちに原告個人のことと受け取ったとみられるし、それ以外の船橋市民や千葉県民にあっても、ららぽーとスキー場建設問題に対する住民運動に関心を持つ者であれば、右「共産党の市会議員」とは原告個人のことと受取るのが通常とみられる。

3  (本件発言の名誉毀損性等について)

(一) 本件発言が衆議院議員選挙の政見放送として、千葉テレビから二度にわたって放送された(前記1(一)争いのない事実)ことから、広く一般視聴者が観るところとなったのは明らかである。そして、本件発言にいう「共産党所属の市会議員」が、原告を指すと受取る者は、前記2(三)のとおり、地域・関心により限定された範囲の者ではあったといえるけれども、若松団地の世帯数(前記2(二)(2))や右住民運動に対する当時の一般の関心度(前記2(二)(6)(7)のとおり、折々一般新聞で報道されていたことからも窺われる)からみれば、不特定多数の者というに足りるものといえる。

(二) 次に、本件発言は、右(一)及び前記2のとおり、「原告個人が企業から二億円を受取り、うち一億円を日本共産党に渡した」という事実を摘示していると不特定多数の者に受取られるものであるところ、本件拠出金一億円は原告個人が貰ったり取得したりしたものではなく(前記(二)(4)(5))、また、本件では、本件拠出金とは別にさらに一億円が関連企業から原告個人に出ていて原告がこれを日本共産党に渡したという事実があった形跡は全くみられない(弁論の全趣旨)ことに照らせば、被告の本件発言による右事実の摘示は、虚偽の事実の摘示に該当するものである。

(三) そして、本件発言による右虚偽の事実の摘示は、原告が、若松団地住民から、本件拠出金以外に隠れて企業から一億円を個人的に受取るという背信行為をしたような疑惑をもたれかねないものであるうえ、若松団地住民を含めた船橋市民等からも、企業献金を受けないという船橋市議会議員としての公約(原告本人・弁論の全趣旨)に反して献金を受けた金権議員であるとの印象を持たれるものであるから、被告の本件発言が原告の個人或いは船橋市議会議員としての社会的評価を低下させるものであることは明らかである。

(四) 以上の検討結果によれば、被告の本件発言は、右虚偽の事実の摘示により原告の名誉を毀損したものというべきである。

これに対して、被告は、本件発言は共産党に対する批判であって、原告個人名は出していない、として、本件発言が原告に対する名誉毀損に該当しない、と主張する。

しかしながら、本件発言が共産党批判であって原告の個人名を明示していないとしても、その発言の中には、右(一)乃至(三)のとおり、不特定多数の者に、原告個人についての事実の摘示と受取られる部分が有るのであって、この点も含めた右検討結果に照らせば、被告の本件発言は原告の名誉を毀損するものであるというべきであるから、被告の右主張は採用できない。

(なお、本件発言を含む被告の政見放送が二回にわたって千葉テレビから放映されたこと(前記1(一)の争いのない事実)は、当該放送局の担当者が本件発言が明白な公序良俗違反となるものではないと考えていたとは推測されるものの、本件検討結果を左右する事情とはならないものである。)

(五) しかしながら、被告の本件発言が、公職選挙法二三五条の三の犯罪行為であるという原告の主張については、被告の本件発言に、「次回市議選で原告の当選を得させない目的」があったと認めるに足りる証拠はない。

また、本件発言が原告の船橋市議会議員としての信用失墜につながるものであるとしても、当該発言は原告の公職者としての地位には直接関係のない被告の立候補した衆議院議員選挙の政見放送の場で為されたことや、原告が立候補を予定していたという次回市議選は本件発言の二年先のことであること等の事情を考慮すると、本件発言から前記「原告の当選を得させない目的」を推認することもできない。

4 (被告の抗弁について)

(一) 被告は、仮に本件発言が原告の名誉を毀損するものであっても、本件発言は公共の利害に関する事実について専ら公益を図る目的に出たものであり、被告にはその内容が真実であると信じるにつき合理的で相当な理由があったから、被告は不法行為責任を免れる、との旨を主張する。

(二) 本件発言は、地域住民のためにと公害対策費名目の金員を受領しながら何らの対策も講じない者を批判し、その活動姿勢を質す内容を含むものであるから、その限りでは、公共の利害に関する事柄について公益を図る目的でなされたものといえないこともないが、前記3の検討結果のとおり、虚偽の事実を摘示するものであるから、たとえ右のような公益目的があったとしても、正当化されるものではない。

(三) これにつき、被告は、本件発言の内容について、被告が発言当時真実であると信じるにつき信頼すべき人物からの情報や近隣住民の間での風評等の相当な根拠と理由があったと主張する。

しかしながら、本件主張立証では、被告が右主張するような情報を誰から得たのか不明であるうえ、被告が得たという右情報・風評についてその根拠となる具体的資料も見い出せず、またその他裏付調査・情報収集を行った形跡も窺えない。

そうすると、被告において、本件発言内容を真実であると信ずるについて合理的で相当な理由があったということはおよそできないから、原告の名誉等を毀損する被告の本件発言について、右相当な根拠の存在を理由とする被告の右免責の主張は失当である。

従って、本件発言により虚偽の事実を公然摘示したことについて、被告は少なくとも過失責任は免れないところである。

5  (本訴請求について)

(一)  以上によれば、被告の本件発言が原告の名誉等を毀損させる不法行為となる、といえる。

(二)  ところで、本件発言によって原告は名誉・信用等が毀損され、これによる精神的な苦痛や無形の損害を受けたと推認される。そして、本件では、本件発言が衆議院議員選挙の政見放送という一般に広く視聴されるテレビ放送の中で為されたものであるうえ、内容的にも、原告個人が企業から億単位の巨額の金員を受取ったかのような謝った印象を一般視聴者に与えたり、本件拠出金以外にも巨額の金員を企業から受取ったような疑いをもたれかねないものであって、原告の名誉・信用を毀損し、船橋市議会議員としての地位に悪影響を与えかねない内容であるとはいえるけれども、他方、本件発言では原告の個人名の明示はなく当該発言が原告のことを言っていると受取る者の範囲も若松団地住民等を主にして比較的限定されており、本件協定と本件拠出金については住民運動の広報誌を通じて若松団地住民の多くに前記2(二)の事情が報っていて本件発言による若松団地住民等からの原告に対する具体的な不信・疑惑が出ていることは窺えない。これらの点も含めた本件に現れた一切の事情をも総合考慮すれば、本件発言によって受けた原告の精神的苦痛や無形の損害に対する慰藉料としては、三〇万円とするのが相当である。

なお、原告は、損害賠償に加えて別紙記載の内容・条件での謝罪広告の掲載をも請求するが、本件発言では被告の個人名までは挙げられておらず、本件発言を原告個人についてのことと受取る不特定多数人の範囲が比較的限定される等、右慰藉料算定においても考慮した諸事情によれば、本件では、右慰謝料の支払いの外に謝罪広告の掲載までを認めるのは相当ではないというべきである。

二  反訴請求について

1  被告は、原告の本訴謝罪広告等請求訴訟の提起について、被告の本件発言が、原告個人の名誉を毀損する内容のものではなく、また、被告は街頭で原告の主張するような内容の演説をしたことも月刊タウン誌上に公害対策費に関する記事を掲載するように依頼したこともないのに、原告が、被告には原告の名誉等を毀損する右各不法行為があったとして、被告に対し、本訴の謝罪広告等請求訴訟を提起したこと自体が、原告自身の政治責任が追求されることを回避する目的に出た不当訴訟(不法行為)であると主張する。

2  ところで、原告の本訴提起については、被告が右主張するような原告の本訴提起が不当な訴訟目的でなされたことを認めるに足りる証拠はなく、却って、本訴については、前記第一項で判断したとおり、被告の本件発言が原告の名誉等を毀損する不法行為に該当するとの判断に基づき、その請求が一部認容となるものであって、原告の本訴請求原因事実の一部には証拠上認められない部分があったにせよ、本訴は相当な根拠に基づく訴えで主要な部分につき理由がある訴であるから、原告の被告に対する本訴提起自体に違法性は見い出せない。

3  そうすると、原告の本訴提起自体は正当な権利行使であって、これを不当訴訟(不法行為)ということはできない。

4  従って、その余の検討をするまでもなく、被告の反訴請求は理由がないことになる。

三  結論

以上によれば、原告の不法行為に基づく本訴請求は、慰謝料三〇万円とこれに対する本訴の訴状送達の翌日であることが記録上明らかな平成五年一一月六日から支払済まで民法所定の年五分の割合により遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度においてこれを認容し、その余の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないからこれらをいずれも棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九三条を、主文第一項に仮執行宣言を付すにつき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千德輝夫 裁判官大久保正道 裁判官髙宮園美は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官千德輝夫)

別紙謝罪広告<省略>

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