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千葉地方裁判所 平成3年(行ウ)24号 判決 1993年12月20日

千葉県佐倉市新町五〇番地一

原告

小澤功子

千葉県成田市加良部一-一五

被告

成田税務署長 田尻憲

右指定代理人

木下茂樹

吉森明彦

青柳允隆

山岸誠

開山憲一

藤原文夫

本多三朗

田邊誠一

川田武

石井一成

高梨六郎

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し平成元年七月四日付でした原告の昭和六一年分及び昭和六二年分の所得税の各更正処分のうち、総所得金額が昭和六一年分については六五万五三〇〇円を、昭和六二年分については四七万二八八〇円を超える部分をいずれも取り消す。

2  被告が原告に対し平成元年一二月二六日付でした原告の昭和六三年分の所得税に関する更正処分のうち、総所得金額二七万六二〇〇円を超える部分を取り消す。

3  被告が原告に対し平成元年九月一三日付でした、原告の昭和六一年分の所得税に係る還付金一七万三八五〇円を原告の昭和六一年分所得税及び相続税に係る未納付税額に、原告の昭和六二年分の所得税に係る還付金二七万一〇三六円を原告の昭和六二年分所得税及び相続税に係る未納付税額に、それぞれ充当する旨の処分をいずれも取り消す。

4  被告が原告に対し平成二年五月三一日付でした、原告の平成元年分の所得税に係る還付金三七〇〇円を原告の昭和六三年分所得税に係る未納付税額に充当する旨の処分を取り消す。

5  被告が原告に対し平成二年二月二六日付でした原告の昭和六三年分の所得税に係る督促処分を取り消す。

6  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同趣旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件各更正処分について

(一) 原告は、被告に対し、昭和六一年分、昭和六二年分及び昭和六三年分の所得税について、別表一ないし三の確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は、同更正処分欄記載のとおり更正処分をした。そこで、原告は、被告に対し、同異議申立て欄記載のとおり異議申立てをしたが、同異議決定欄記載のとおりいずれも棄却されたので、同審査請求欄記載のとおり国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、同所長は、同審査裁決欄記載のとおりこれをいずれも棄却する裁決をした。

(二) しかし、本件各更正処分は、その手続が違法であり、また、不動産所得の必要経費を過少に認定している点で違法である。

2  本件各充当処分について

(一)(1) 被告は、原告につき、昭和六一年分及び昭和六二年分所得税更正処分税額並びに昭和六一年六月一一日に父小澤喜一郎(以下「喜一郎」という。)の遺産を相続したことにより発生した相続税に係る滞納税額があるとして、平成元年九月一三日付で原告の昭和六一年分及び昭和六二年分所得税に係る還付金を還付に代えて右滞納税額に充当した。そこで、原告は、右充当処分に対し国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、右所長は、平成三年五月一七日付でこれを棄却する旨の裁決をした。

(2) また、被告は、原告につき、昭和六三年分の所得税更正処分課税額に係る滞納税額があるとして、平成二年五月三一日付で原告の平成元年分の所得税に係る還付金を還付に代えて右滞納税額に充当した。そこで、原告は、右充当処分に対し国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、右所長は、平成三年五月一七日付でこれを棄却する旨の裁決をした。

(二) しかし、原告には、昭和六一年分、昭和六二年分及び昭和六三年分の本件各更正処分税額並びに相続税に係る滞納税額はないから、本件各還付金をこれらに充当する旨の本件各充当処分は違法である。

3  本件督促処分について

(一) 被告は、原告に対し、平成二年二月二六日付で、昭和六三年分所得税更正処分税額を納期限が徒過するも完納しないとして督促をした。そこで、原告は、本件督促処分に対し国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、右所長は、平成三年五月一七日付でこれを棄却する旨の裁決をした。

(二) しかし、原告には、昭和六三年分更正処分税額に係る滞納税額はないから、本件督促処分は違法である。

4  よって、原告は、本件各更正処分のうち課税総所得金額が原告の確定申告額をそれぞれ超える部分、本件各充当処分及び本件督促処分の各取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち、(一)の事実は認め、(二)の主張は争う。

2  請求の原因2のうち、(一)の事実は認め、(二)の主張は争う。

3  請求の原因3のうち、(一)の事実は認め、(二)の主張は争う。

三  被告の主張

1  本件各更正処分の根拠及び適法性

(一) 昭和六一年分

(1) 被告が本訴において主張する原告の昭和六一年分の総所得金額は二一三万八六八一円であり、その内訳は、次表のとおりである。

<省略>

(2) 不動産所得の金額の計算根拠は、次表のとおりである。

<省略>

右表の各項目のうち、収入金額の内訳は、別表四の昭和六一年分欄記載のとおりである。租税公課は、同年分は喜一郎に課され、原告に課されたものはない。また、建物減価償却費は、賃貸の対象となっている建物が建築後償却期間を大幅に経過しているので、認められない。

(二) 昭和六二年分

(1) 被告が本訴において主張する原告の昭和六二年分の総所得金額は二一二万二二五〇円であり、その内訳は、次表のとおりである。

<省略>

(△印は、赤字の金額であることを示す。以下、同じ。)

(2) 不動産所得の金額の計算根拠は、次表のとおりである。

<省略>

右表の各項目のうち、収入金額の内訳は、別表四の昭和六二年分欄記載のとおりであり、租税公課の額の算定は、別表五の昭和六二年分欄記載のとおりであり、建物減価償却費は、(一)(2)と同様の理由から必要経費と認められない。

(三) 昭和六三年分

(1) 被告が本訴において主張する原告の昭和六三年分の総所得金額は四二万七〇六二円であり、その内訳は、次表のとおりである。

<省略>

(2) 不動産所得の金額の計算根拠は、次表のとおりである。

<省略>

右表の各項目のうち、収入金額の内訳は、別表四の昭和六三年分欄記載のとおりであり、租税公課の額の算定は、別表五の昭和六三年分欄記載のとおりであり、建物減価償却費は、(一)(2)と同様の理由から必要経費と認められない。

(四) 被告が本訴において主張する原告の本件係争各年分における総所得金額は、(一)ないし(三)のとおり、

昭和六一年分 二一三万八六八一円

昭和六二年分 二一二万二二五〇円

昭和六三年分 四二万七〇六二円

となるところ、本件各更正処分に係る総所得金額は、

昭和六一年分 一九二万四九八三円

昭和六二年分 一五五万五二八九円

昭和六三年分 四一万八四三八円

であって、いずれの年分も被告が主張する右各金額の範囲内であるから、本件各更正処分は適法である。

2  本件各充当処分の根拠及び適法性

(一)(1) 原告には、昭和六一年分の所得税について源泉徴収により納付した税額があったところ、原告が別表一の確定申告欄記載のとおり確定申告をしたことから、被告に同欄記載の還付金の額に相当する税額(以下「昭和六一年分還付金等」という。)の還付義務が発生した。被告は、申告書の記載内容を調査していたことから、一時右昭和六一年分還付金等の還付手続を保留した。

原告は、昭和六二年分の所得税について、別表二の確定申告欄記載のとおり確定申告をしたことから、昭和六一年分と同じように被告に同欄記載の還付金の額に相当する税額(以下「昭和六二年分還付金等」という。)の還付義務が発生した。被告は、申告書の記載内容を調査していたことから、一時右昭和六二年分還付金等の還付手続を保留した。

(2) 被告は、原告の所得税につき、別表一及び二の各更正処分欄記載のとおり各更正処分を行ったので、原告は右各更正処分に基づいて納付すべき税額(昭和六一年分につき一四万六四〇〇円、昭和六二年分につき一一万二八〇〇円。以下「昭和六一年分及び昭和六二年分更正処分額」という。)について、納付義務を負った。

(3) そして、原告は、被告を徴収の所轄庁とする右(2)のとおりの昭和六一年分及び昭和六二年分更正処分額並びに昭和六一年六月一一日喜一郎の遺産を相続したことにより発生した相続税額を滞納していたので、被告は、平成元年九月一三日、国税通則法五七条一項により、(1)の昭和六一年分及び昭和六二年分還付金等を右滞納税額に充当した。

(二)(1) 被告は、原告の所得税につき、別表三の更正処分欄記載のとおり更正処分を行ったので、原告は右更正処分に基づいて納付すべき税額(八一〇〇円。以下「昭和六三年分更正処分額」という。)について、納付すべき義務を負った。

(2) 原告は、平成二年三月一二日、被告に対し、平成元年分の所得税について、総所得金額二〇万八五〇〇円、還付金に相当する税額三七〇〇円とする確定申告をしたことから、被告に右還付金の額に相当する税額(以下「平成元年分還付金等」という。)の還付義務が発生した。

(3) そして、原告は、被告の徴収の所轄庁とする右(1)の昭和六三年分更正処分税額を滞納していたので、被告は、国税通則法五七条一項の規定に基づいて、(2)の平成元年分還付金等を右滞納税額に充当した。

3  本件督促処分の根拠及び適法性

被告は、原告が昭和六三年分更正処分税額をその納付期限を徒過するも完納しないので、国税通則法三七条一項の規定に基づいて、原告に対し督促をした。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  本件各更正処分について

被告の主張1の各年度の総所得金額((一)ないし(三)の各(1))のうち、<1>(不動産所得の金額)及び<4>(総所得金額)は争い、<2>(配当所得の金額)及び<3>(給与所得の金額)は争わない。

被告の主張1の各年度の不動産所得の金額の計算根拠((一)ないし(三)の各(2)のうち、<2>(租税公課の額)を争う。<3>(建物減価償却費の額)は争わない。<1>(収入金額)も強いて争うことはしない。

2  本件各充当処分について

(一) 被告の主張2(1)の事実は認め、同(2)及び(3)の主張は争う。

(二) 被告の主張2(2)の事実は認め、同(1)及び(3)の主張は争う。

3  本件督促処分について

被告の主張3は争う。

五  原告の主張

1  本件各更正処分の違法性

(一) 不動産所得に関する必要経費の認定の恣意性

被告は、不動産所得の必要経費金額を以下のように恣意的に決定しており、本件各更正処分は違法である。

(1) 租税公課について

別表六の物件目録(1)及び(2)記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)はもと喜一郎の所有であり、本件不動産所得ももと喜一郎について生じていたものであるが、喜一郎が昭和六一年六月一一日死亡したので、同日までは喜一郎について、同月一二日以降は相続人である原告らについて所得が生じたものである。

ア ところで、本件不動産はすべて株式会社小沢印刷所(以下「小沢印刷所」という。)に貸し付けられているので、本件不動産に賦課される租税公課のすべてを経費として控除すべきである。

イ 喜一郎は、昭和五九年分及び昭和六〇年分の所得税の確定申告において、アの趣旨で不動産所得の必要経費としてそれぞれ一九五万二四四〇円、一九七万七五三〇円の租税公課を申告したところ、被告は更正処分をすることなくこれを是認した。しかるに、喜一郎及びその相続人である原告らの昭和六一年分及び昭和六二年分の所得税の確定申告については更正処分として、租税公課をそれぞれ九三万六四一五円、九六万三一九六円とした(本件訴訟においても、昭和六二年分及び昭和六三年分につき右に近い金額を主張している。)。

このような本件各更正処分は恣意的であって、信義則に反し違法である。昭和六一年分、昭和六二年分及び昭和六三年分についても昭和五九年分及び昭和六〇年分と同様に本件不動産のすべてに係る租税公課を必要経費とすべきである。

ウ しかも、被告は、本件訴訟においては、原告の昭和六一年分については租税公課を必要経費として認めておらず、不合理である。

(2) 車両借上料について

喜一郎は、昭和六〇年分の確定申告において、車両借上料四〇〇万円を不動産所得の必要経費として計上した。被告は、更正処分をすることなくこれを是認したので、原告は、昭和六一年分の確定申告においても同様に車両借上料を計上した。これに対して、被告が異議申立てに対する異議決定で突然車両借上料の計上を否認し、本件各更正処分及び本件訴訟においても否認するのは、信義則に反する。

(二) 本件各更正処分の手続について

(1) 理由附記欠如の違法

原告は白色申告者であるが、白色申告者に対してであっても更正処分には、理由を附記すべきであり、本件各更正処分に理由附記がなされていないのは違法である。

(2) 推計課税の違法

昭和六一年分及び昭和六二年分の各更正処分の不動産所得は、推計課税によっているが、推計課税をする必要性がなく、また推計の内容にも合理性がないから、違法である。

(3) 反面調査の違法

昭和六三年分の不動産所得についての更正処分において、原告に対して調査をせずに、原告の非協力を理由として反面調査を借地人につき行ったが、それは違法である。

(4) 総額主義の違法

被告が、総額主義により課税の正当性を主張するのは、失当である。すなわち、更正処分(実体面のみならず手続面)が違法であれば、その後の確定された税額が総額において更正処分による額を上回っていたとしても、更正処分が適法であることにはならない。被告は、更正処分における不動産所得の計算過程を明らかにすべきである。

2  本件各充当処分の違法性

被告が昭和六一年分、昭和六二年分還付金等をいたずらに保留したのは、国税通則法五六条一項に違反する。

そして、前記のとおり昭和六一年分、昭和六二年分及び昭和六三年分の各所得税の更正処分は違法であるから、昭和六一年分及び昭和六二年分の所得税の還付金の充当処分並びに平成元年分の所得税の還付金の充当処分は違法である。

3  本件督促処分の違法性

右のとおり昭和六三年分更正処分は違法であり、原告には納付義務がないから、本件督促処分は違法である。

六  原告の主張に対する被告の認否及び反論

1  本件各更正処分について

(一) 不動産所得に関する必要経費について

(1) 租税公課について

原告の主張1(一)(1)のうち、本件不動産の所有及び相続に関する原告の主張は争わない。

本件不動産のすべてが小沢印刷所に貸し付けられているとの点は争う。小沢印刷所に貸し付けられているのは別表六の物件目録(1)及び(2)にその旨を記載した不動産のみである(なお、被告の主張する収入金額も賃貸している不動産の賃料収入に限定していることはもとよりである。)。

喜一郎が昭和五九年分及び昭和六〇年分につき原告主張の金額を必要経費として申告したこと、被告がこれらにつき更正処分を行わなかったことは認めるが、被告は原告の申告額を是認したものではない。殊に昭和六〇年分については疑問があったが、調査について原告の協力が得られなかったなどのため更正期限が経過してしまったにとどまるものである。

(2) 車両借上料について

同(2)のうち、喜一郎が昭和六〇年分の確定申告において、車両借上料四〇〇万円を不動産所得の必要経費として計上したこと、原告が昭和六一年分の確定申告においても同様に車両借上料を計上したこと並びに被告が異議申立てに対する異議決定、本件各更正処分及び本件訴訟において車両借上料の計上を否認した事実は認め、その主張は争う。車両借上料を必要経費として認めることはできない。

(二) 本件各更正処分の手続について

(1) 理由附記について

原告の主張1(二)(1)のうち、原告が白色申告者であること及び本件各更正処分について理由が附記されていない事実は認め、その主張は争う。

白色申告者に係る更正通知書に更正の理由を附記することは、法律上の要件とされているものではない。原告は、白色申告者であるから、更正通知書にその理由の記載がなくても違法となるものではない。

(2) 推計課税について

同(2)のうち、昭和六一年分及び昭和六二年分の不動産所得について推計課税によっているとの事実は否認し、その主張は争う。

被告は、更正処分の段階では建物減価償却費の額について推計をしたが、本件訴訟においては、不動産所得のうち、収入金額及び租税公課(固定資産税及び都市計画税)について実額で把握しており、また、前記三1(一)(2)のとおり、建物の減価償却を否定したので、推計課税はしていない。したがって、原告が、推計課税についての違法性を主張するのは、失当である。

(3) 反面調査について

同(3)のうち、被告が昭和六三年分の不動産所得の更正処分において、原告の非協力を理由として反面調査を行った事実は認め、その主張は争う。

反面調査において、質問検査権の対象者を所得税法二三四条一項一号の納税義務者等に限定するか、または三号所定の者にまで押し及ぼすか、その順序方法等をどのようにするかは、当該調査の必要性と相手方の私的利益とを比較衡量し、社会通念上相当の限度内である限り、権限ある税務職員の合理的選択に委ねられているものと解すべきであり、三号の反面調査が法律上一号の臨宅調査等の補充的規定であって、後者の調査が不可能である場合に限り許されると解すべきではない。

反面調査の直前に行われた昭和六一年分及び昭和六二年分の原処分調査及び異議申立てに係る調査の状況から、被告は原告の協力を得ることができないと判断したものである。

(4) 総額主義について

同(4)の主張は争う。

課税処分取消訴訟の訴訟物は処分の違法性一般であるところ、その処分の同一性については、処分によって確定される租税債務の同一性によって捉えるのが相当である(総額主義)。とすると、課税処分取消訴訟の審理の範囲は、当該処分によって確定された税額が総額において処分時に客観的に存在した税額を上回るか否かを判断するために必要な事項の全般に及び、税額算出の根拠となる事実は単なる攻撃防御方法に過ぎず、被告は、課税処分時の認定理由に拘束されることなく、当該処分に係る税額を維持するため訴訟の段階で新たな処分理由を主張できる。

本訴における争点は、調査手続と必要経費として認容すべき固定資産税等の額にあるから、被告はその点において立証すれば足り、被告がなした更正処分の計算過程を明らかにする必要はない。

2  本件各充当処分及び督促処分について

原告の主張2及び3は争う。本件各充当処分及び督促処分は、国税通則法五七条一項、三七条一項により適法に行われたものである。

国税の納付義務を具体化し、その納付すべき税額を確定させることを目的とする課税処分と国税の還付金等を納付すべきこととなっている国税に充当する処分ないし既に具体化し確定し納税義務の強制履行を目的としてなされる徴収処分手続の一環である督促処分とは、それぞれ別個の効果を有する処分であり、課税処分が無効であるかまたは取り消されないかぎり有効である。前述したように、本件各更正処分は有効であるから、それらを前提としてなした本件各充当処分及び督促処分もまた有効である。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録の記載を引用する。

理由

一  本件各処分の存在等

請求の原因1ないし3の各(一)の事実(本件各更正処分、本件各充当処分及び本件督促処分の存在並びにそれぞれに対する異議申立て等に関する事実)は、当事者間に争いがない。

右事実及び本件記録によれば、本件訴えは、不服申立て前置の要件を満たし、出訴期間内に提起された適法なものということができる。

そこで、以下、本件各更正処分、本件各充当処分及び本件督促処分の適法性について判断する。

二  本件各更正処分について

1  被告の主張1の各年度の総所得金額((一)ないし(三)の各(1))のうち、<2>(配当所得の金額)及び<3>(給与所得の金額)は当事者間に争いがない。

また、被告の主張1の各年度の不動産所得の金額の計算根拠(同(一)ないし(三)の各(2))のうち、<1>(収入金額)及び<3>(建物減価償却費の額)も当事者間に争いがない。

2  そこで、不動産所得に関する必要経費の認定の適法性について判断する。

(一)  租税公課について

(1) 本件不動産の所有者及び相続に関する事実並びに本件不動産のうち別表六の物件目録(1)及び(2)にその旨記載された不動産(順号12、13及び16の土地とその上に所在する順号24ないし33及び36ないし38の建物並びに順号39の土地の二口)が小沢印刷所に貸し付けられていることは当事者間に争いがない。

原告は、右二口のみならず本件不動産のすべてが小沢印刷所に貸し付けられていると主張し、本人尋問においてこれに沿う供述をする。

しかしながら、原告本人の供述を裏付ける証拠はなく、かえって乙第三、第六号証、第七号証の一ないし四、第八号証の一ないし四、第九号証の一ないし四、第一〇ないし第二〇号証、第二二号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

<1> 江苅内晢夫統括国税調査官(以下「江苅内調査官」という。)が調査したところ、本件不動産のうち右二口の不動産を除いた残りのすべての不動産が小沢印刷所に貸し付けられているという事実を確認することはできなかった(乙第二二号証)。

<2> 原告の平成元年八月三一日付異議申立てに係る調査を担当した園田上席調査官(以下「園田調査官」という。)の調査の結果、別紙物件目録(1)の順号15の土地は清水たかに、同順号18の土地は根本徳造に賃貸されていることが判明した(乙第二二号証)。

<3> 根本徳造は賃料を月額一万五〇〇〇円として供託していたが、その被供託者は、小沢印刷所ではなく、喜一郎ないしその相続人となっており(乙第六号証、第七号証の三、四、第八号証の三、四、第九号証の三、四、第一〇ないし第二〇号証)、喜一郎の生前は、喜一郎が右供託金の還付を受けていた(乙第六号証、第七号証の一、二、第八号証の一、二、第九号証の一、二)。

<4> 原告は、本件不動産のうちの農地について農業委員会の賃貸借に関する許可を受けていなかった(乙第二二号証、原告本人尋問の結果)。

<5> 原告(法定相続分八分の一)の昭和六二年分の賃料収入の総額は年間六万円にすぎなかった(乙第三号証)。

右事実を総合すると、賃貸不動産は、小沢印刷所に賃貸している前記二口の不動産、清水たかに賃貸している不動産及び根本徳造に賃貸している不動産の四口のみであると認められ、本件不動産のうち前記二口の不動産を除いた残りのすべての不動産も小沢印刷所に貸し付けられているとする原告本人尋問の結果は信用することができない。

したがって、不動産所得の必要経費として認められるのは、右四口の各不動産に係る租税公課のみとなり、本件不動産に賦課される租税公課のすべてを必要経費として控除すべきであるとの原告の主張は採用できない。

(2) 喜一郎が昭和五九年分及び昭和六〇年分の所得税の確定申告において、本件不動産のすべてが小沢印刷所に貸し付けられていることを前提に、租税公課をそれぞれ一九五万二四四〇円、一九七万七五三〇円と申告したこと及び被告がこれらにつき更正処分を行わなかったことは当事者間に争いがない。

原告は、被告が喜一郎の右各申告を是認したにもかかわらず、喜一郎及びその相続人である原告らの昭和六一年分及び昭和六二年分の所得税の確定申告に対する更正処分においては、租税公課の一部しか認めておらずこのような恣意的な処分は信義則に反し違法であると主張するので、この点を検討する。

乙第一、第二〇、第二一号証、証人江苅内晢夫の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

<1> 喜一郎の昭和六〇年分及び昭和六一年分、小澤美惠子(以下「美惠子」という。)の昭和六一年分並びに原告の昭和六一年分及び昭和六二年分の所得税の各確定申告書は、いずれも源泉所得税の還付を求める内容であったが、被告係官からみると、不動産所得の金額が収入金額とのバランスを考えた場合に通常あり得ないほどの赤字であった(乙第一、第二一号証、証人江苅内晢夫の証言)。

<2> そこで、被告係官は、喜一郎の昭和六〇年分の確定申告書が被告に対し提出されて以来、その内容を検討して、確定申告の修正が必要であると想定し、被告の担当者である安達直行、中野憲弘上席調査官(以下「中野調査官」という。)等は、喜一郎、美惠子及び原告に対し、不動産所得の経費内容等について来署して説明してほしいと依頼した。しかし、原告の来署が得られず、十分な説明を受けることができなかったので、被告は、税額還付を留保した(乙第一、第二一号証、証人江苅内晢夫の証言、原告本人尋問の結果)。

<3> 中野調査官から事務を引き継いだ江苅内調査官は、昭和六三年七月から一一月ころにかけて、原告と電話で三回にわたり話をし、還付を保留している理由及び不動産所得の必要経費の範囲等を説明した。そして、確定申告の内容について来署して説明してほしいと依頼し、さらに調査に伺いたいと申し出た。しかし、原告は、必要経費については以前の担当者に説明して納得してもらっているから説明に行く必要はなく、調査に来てもらっては困るし、反面調査もしないでほしいと答えた(乙第一、第二一号証、証人江苅内晢夫の証言、原告本人尋問の結果)。

<4> 江苅内調査官は、調査のため原告の自宅へ行ったが、原告は不在であった(乙第一号証、証人江苅内晢夫の証言)。

<5> そうこうしているうちに、喜一郎の昭和六〇年分についての更正期限である平成元年二月一五日が経過した(乙第一号証)。

右各事実を総合すれば、被告は、喜一郎らの確定申告書の内容に疑問を持ったことから、喜一郎らの協力を得て調査しようとしていたところ、その協力を得ることができないうちに、喜一郎の昭和六〇年分についての更正期限が経過してしまったものと認められ、被告が昭和六〇年分の喜一郎の申告額を是認したわけではないと認められる。

したがつて、被告が喜一郎及びその相続人である原告らの昭和六一年分及び昭和六二年分の所得税の確定申告に対する更正処分において、租税公課をそれぞれ三万六四一五円、九六万三一九六円とし、本件訴訟においても、昭和六二年分及び昭和六三年分につき右に近い金額を主張したとしても、恣意的とはいえず信義則に反するともいえない。

(3) 被告が、原告の昭和六一年分について租税公課を必要経費として認めていないことは当事者間に争いがない。

原告は、右の点を不合理であると主張するので、検討する。

固定資産税及び都市計画税の賦課期日は、いずれも当該年度の初日の属する年の一月一日とされているところ(地方税法三五九条、七〇二条の五)、前記認定事実及び弁論の全趣旨によると、本件不動産の昭和六一年一月一日における所有者は喜一郎であったので(前記のとおり喜一郎は昭和六一年六月一一日死亡した。)、被告も昭和六一年分の不動産所得については、喜一郎の確定申告について租税公課を必要経費として認め、反面相続人である原告らの不動産所得(年度途中から発生した。)については租税公課を必要経費として計上しなかったものと認められ(原告自身も確定申告においては租税公課の必要経費を計上しなかったのに、本件訴訟においてあえて主張しているものである。)、被告の措置ないし主張に不合理な点はない。

(4) 以上において検討したとおり、租税公課の額は、被告の主張するとおり、昭和六一年分が〇円、昭和六二年分が一一万七〇五〇円、昭和六三年分が一二万〇三八八円となる。

(二)  車両借上料について

喜一郎が昭和六〇年分の所得税の確定申告において、車両借上料四〇〇万円を不動産所得の必要経費として計上したこと、原告が昭和六一年分の所得税の確定申告において同様に車両借上料を計上したこと並びに被告が異議申立てに対する異議決定、本件各更正処分及び本件訴訟において車両借上料の計上を否認した事実は当事者間に争いがない。

原告は、車両借上料を不動産所得の必要経費として認めるべきであり、被告が異議申立てに対する異議決定、本件各更正処分及び本件訴訟においてその計上を否認するのは信義則に反すると主張するので、その点について検討する。

原告本人尋問の結果によると、原告が小沢印刷所名義の車両を使用している事実を認めることができ、原告本人は、賃料収入を得るために右車両を使用しているかのごとく供述する(原告本人尋問の結果)。

しかしながら、賃貸不動産は(一)(1)の認定のとおり四口の不動産のみであるところ、小沢印刷所に賃貸している不動産に関しては賃料の集金に車両が必要であるとは考えられず、清水たかに賃貸している不動産は原告の自宅近くに存在すること(乙第二一号証)、根本徳造に賃貸している不動産は地代の紛争から地代が供託されていること(前記認定のとおり)が認められるから(乙第二一、第二二号証)、これらの不動産についても賃料の集金のために車両が必要であるとはいえない。また、賃貸不動産について隣地との紛争等が存在するなど特に物件の見回りのために車両が必要であると認めるに足りる証拠もない。

したがって、車両借上料を必要経費として、認めることはできないから、被告が異議申立てに対する異議決定、本件各更正処分及び本件訴訟において車両借上料の計上を否認しても信義則に反するとはいえず、この点に関する原告の主張は採用できない。

3  本件各更正処分の手続について

(一)  理由附記について

原告が白色申告者であること及び本件各更正処分について理由が附記されていないことは当事者間に争いがない。

所得税法一五五条二項は、青色申告者に対し適用される規定であり、白色申告者に係る更正通知書に更正の理由を附記することは法律上要件とされていない。したがって、白色申告者に対しても理由を附記すべきであるとの原告の主張は失当である。

(二)  推計課税について

原告は、被告が昭和六一年分及び昭和六二年分の不動産所得について推計課税を行ったと主張し、その違法を主張するので、その点を検討する。

乙第二一、第二二号証に弁論の全趣旨を総合すると、江苅内調査官は、昭和六一年分及び昭和六二年分の不動産所得を算出するにあたり、収入金額及び租税公課(固定資産及び都市計画税)については実額で把握し、建物の減価償却費の額については原告の協力を得ることができなかったので、別表六の物件目録(2)記載の順号24ないし33の建物及び同36ないし38の建物について現地に赴して調査し、取得価額を固定資産税の課税標準額を基準とし、耐用年数を現況から判断して店舗については二四年、倉庫については一六年とし、定額法により算出したが本件訴訟における原告本人の供述などに照らし、被告は、本件訴訟において建物の減価償却費の必要経費計上を一切否定したことが認められる。右事実によれば、被告は、本件訴訟において推計課税を行っていないので、原告が推計課税についての違法を主張するのは、失当である。

(三)  反面調査について

被告が昭和六三年分の不動産所得の更正処分において、原告の非協力を理由として、反面調査を行った事実は当事者間に争いがない。

原告は、右反面調査が違法であると主張するので、その点を検討する。

証人江苅内晢夫の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、

(1) 前記2(一)(2)<1>ないし<4>の原告と被告係官の折衝に関する事実に加え、

(2) 原告の平成元年八月三一日付異議申立てに係る調査を担当した園田調査官は、原告に対し、原処分の内容を見直すために調査に伺いたいと要望したが、原告は、原告の主張する争点が解明されない限り調査に来られても無駄であると答えた。

ことが認められる。

ところで、反面調査においては、特に納税義務者の承諾を得る必要はなく、質問検査を必要とする客観的理由が存在する限り質問検査権行使の一環として反面調査をすることができるのであって、それは権限ある税務職員の合理的選択に委ねられていると解される。

したがって、右に認定した事実を総合すると、本件反面調査の直前に行われた昭和六一年分及び昭和六二年分の原処分調査並びに異議申立てに係る調査の状況からして、被告が質問検査を必要とする客観的理由が存在すると判断したのは合理性があるということができ、被告の行った反面調査は所得税法二三四条一項三号に反しない。

(四)  総額主義について

原告は、被告が総額主義により課税の正当性を主張するのは失当であるとし、更正処分における不動産所得の計算過程を明らかにすべきであると主張するので、この点について検討する。

課税処分取消訴訟の訴訟物は処分の違法性一般であるところ、その処分の同一性については、それによって確定される租税債務の同一性によって捉えるのが相当である(総額主義)。したがって、税額算出の根拠となる事実は単なる攻撃防御方法に過ぎず、被告は、客観的な処分理由が処分時に存在していることを主張すれば足りる。よって、この点に関する原告の主張は採用できない。

4  以上によれば、被告が本訴において主張する原告の本件係争各年分における総所得金額は、

昭和六一年分 二一三万八六八一円

昭和六二年分 二一二万二二五〇円

昭和六三年分 四二万七〇六二円

となるところ、本件各更正に係る総所得金額は、

昭和六一年分 一九二万四九八三円

昭和六二年分 一五五万五二八九円

昭和六三年分 四一万八四三八円

であって、いずれの年分も被告が主張する右各金額の範囲内であるから、本件各更正処分は適法である。

三  本件各充当処分について

1  被告の主張2(一)(1)及び同(二)(2)の事実(被告の還付義務の発生及び還付手続の保留)は当事者間に争いがない。

原告は、昭和六一年分、昭和六二年分及び昭和六三年分の本件各所得税更正処分税額並びに相続税に係る滞納税額はないから、本件各還付金をこれらに充当する本件各充当処分は違法であると主張するので検討する。

既に認定した事実に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、昭和六一年分(一四万六四〇〇円)、昭和六二年分(一一万二八〇〇円)及び昭和六三年分(八一〇〇円)の各所得税更正処分額並びに喜一郎の遺産を相続したことにより発生した相続税に係る滞納税額であったことが認められる。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  次に、原告は、被告が昭和六一年分、昭和六二年分還付金等を保留したことが国税通則法五六条一項に反すると主張するので、この点を検討する。

前記二2(一)(2)<1><2>の事実(還付を保留した理由)からすると、被告が昭和六一年分、昭和六二年分還付金の還付を保留したことは、国税通則法五六条一項の「遅滞なく」の要件に反せず、同項に違反しない。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

3  さらに、原告は、本件各更正処分が違法であるから本件各充当処分も違法となると主張するが、前記二において認定したように、本件各更正処分は適法であるから、それらを前提として国税通則法第五七条一項によりなされた本件各充当処分も適法である。したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。

四  本件督促処分について

1  原告は、昭和六三年分更正処分税額に係る滞納税額はないから本件督促処分は違法であると主張するが、前記三1において認定したように、昭和六三年分更正処分税額(八一〇〇円)に係る滞納税額が存在したことが認められる。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  次に、原告は、昭和六三年分更正処分が違法であり、原告には納付義務がないから、本件督促処分は違法となると主張するが、前記二において認定したように、昭和六三年分更正処分は適法であり、弁論の全趣旨によると、原告は、右更正処分税額を納付しなかったことが認められる。

したがって、原告には納付義務があるから、それを前提として国税通則法三七条一項によりなされた本件督促処分は適法であり、この点に関する原告の主張は理由がない。

五  結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩井俊 裁判官 原道子 裁判官 細矢郁)

別表一

昭和六一年分 課税処分の経緯

<省略>

別表二

昭和六二年分 課税処分の経緯

<省略>

別表三

昭和六三年分 課税処分の経緯

<省略>

別表四

不動産所得の収入金額

<省略>

別表五

租税公課の額

<省略>

別表六

物件目録(1)

(佐倉市所在の物件)

<省略>

物件目録(2)

(佐倉市所在の物件)

<省略>

(千葉市所在の物件)

<省略>

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