大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 平成元年(わ)1455号 判決 1991年6月19日

本籍

東京都江戸川区西瑞江三丁目三四番地

住居

千葉県船橋市三山四丁目三番五号

会社役員

鶴田弘行

昭和一二年五月二六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官富岡淳出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金二億五〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、特殊鋼材等の販売等を目的とする矢田産業株式会社及び損害保険の代理業務等を目的とする株式会社アロークレンの代表取締役としてその経営に従事するかたわら、個人で営利を目的として継続的に有価証券売買を行つていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、架空の株式売買損を控除して売買益の一部を除外するなど不正な方法により所得を秘匿したうえ、

第一  別表(一)及び(四)記載のとおり、昭和六〇年分の実際総所得金額が一億九一六九万九八六七円であつたにもかかわらず、昭和六一年三月五日、千葉県船橋市本町二丁目二七番二五号所在の所轄船橋税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が三四七五万一一九六円で、これに対する所得税額が三一九万〇四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により、同六〇年分の正規の所得税額一億〇八八七万四九〇〇円と右申告税額との差額一億〇五六八万四五〇〇円を免れ、

第二  別表(二)及び(四)記載のとおり、昭和六一年分の実際総所得金額が五億八一〇六万八八〇七円であつたにもかかわらず、昭和六二年三月一一日、前記船橋税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が三六〇三万七五三七円で、これに対する所得税額が四九六万七四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により、同六一年分の正規の所得税額三億八二五一万五一〇〇円と右申告税額との差額三億七七五四万七七〇〇円を免れ、

第三  別表(三)及び(四)記載のとおり、昭和六二年分の実際総所得金額が一〇億八四三〇万八二八六円であつたにもかかわらず、昭和六三年三月一〇日、前記船橋税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が五二一一万二三五六円で、これに対する所得税額が一一〇七万二二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により、同六二年分の正規の所得税額六億二九三四万七四〇〇円と右申告税額との差額六億一八二七万五二〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人作成の申述書

一  被告人の検察官に対する供述調書八通

一  証人山田芳孝及び同臼井慶治の当公判廷における各供述

一  近藤弘己、井上輝、根本恭夫、鶴田直子及び田中政司の検察官に対する各供述調書

一  新原治及び鶴田直子の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  山田芳孝作成の申述書

一  東京法務局墨田出張所及び同江戸川出張所各登記官作成の登記簿謄本二通

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料、有価証券売買益調査書、有価証券売買益調査書(訂正分)、売買回数及び売買株数調査書、支払利息調査書、管理料調査書、振込手数料調査書、書換料調査書、有価証券取引税調査書、利子収入調査書、配当収入調査書、配当経費調査書、貸付金利息収入調査書、貸付金利息収入調査書(訂正分)並びに貸付金利息経費調査書

一  押収してある手帳一冊(メモ書五枚を含む、平成二年押第二二六号の4)、メモ書四八枚(同号の5)、借用証一枚(同号の6)、金員借用證書一枚(同号の7)並びに委任状一枚(同号の8)

判示第一及び第二の事実について

一  大蔵事務官作成の競走馬収入調査書及び競走馬経費調査書

判示第一及び第三の事実について

一  大蔵事務官作成の買取請求取次料調査書

判示第一の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(自昭和六〇年一月一日至昭和六〇年一二月三一日のもの)

一  押収してある昭和六〇年分所得税確定申告書(平成二年押第二二六号の1)

判示第二及び第三の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料(訂正分)、給付補てん金調査書、譲渡収入調査書、譲渡経費調査書及び譲渡所得控除調査書

判示第二の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(自昭和六一年一月一日至昭和六一年一二月三一日のもの)及び脱税額計算書(訂正分、同期間のもの)

一  押収してある昭和六一年分所得税確定申告書(平成二年押第二二六号の2)

判示第三の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(自昭和六二年一月一日至昭和六二年一二月三一日のもの)及び脱税額計算書(訂正分、同期間のもの)

一  押収してある昭和六二年分所得税確定申告書(平成二年押第二二六号の3)

(弁護人の主張に対する判断について)

一  被告人の逋脱の故意及び不正行為について

1  弁護人は、

(1) 法人税法上有価証券の評価損の損金算入が認められているところ、被告人は、株式を保有すること自体は法人と個人とで性質上何ら異なるところがないから、個人であつても、所得から手持ち株式の評価損を控除できるものと確信して、実際の売買益から評価損を控除して申告したもので、右控除は、税法解釈の相違に起因するものであつて、この部分につき被告人には逋脱の故意がなく、右部分は逋脱所得金額の算定から控除すべきである旨、

(2) 被告人は、法人税法と同様、所得税法においても有価証券の評価損を控除できるとの確信に基づき、単なる記憶喚起のため雑記帳などに右評価損を記帳していたものであつて、右記帳は「偽りその他不正の行為」に該当しないし、また、過少申告行為それ自体が「偽りその他不正の行為」に当たる場合には、当該申告によつて、税を逋脱することの積極的意思の存在を要するところ、本件においては被告人は前記事情によつて、評価損を控除したものであり、被告人には右積極的意思はなく、被告人は「偽りその他不正の行為」を行つていない旨、各主張する。

2  前掲各証拠によれば、被告人が有価証券の架空の売買損を所得から控除した動機は次のとおりであると認められる。

<1> 矢田産業株式会社の経営には資金を要するところ、銀行との関係では同社の信用だけではなく、被告人自身の資産が多額である必要があり、そのため少しでも貯蓄しておきたかつたこと。

<2> 被告人は、以前株式仲間から、株の売買で儲けた分につき税金を納める者はいないと言われたことがあり、株式売買について、すべて正直に申告して税金を納めるのは馬鹿馬鹿しいと思つていたこと。

<3> 被告人は、損をしてまで株式の売却はしない方針であつたが、保有銘柄の株価が下がると損をした気持ちになり、現実に得た売買益を正直に申告する気になれなかつたこと。

<4> 被告人は、法人税法上、保有株式の評価損について控除できると聞いたことがあり、所得税法においても、控除できてもよいのではないかと考えたこと。

3  右<1>ないし<3>の動機は、被告人の検察官に対する供述調書(平成元年一二月七日付、六枚綴りのもの)によつて認められるところ、同供述調書の信用性を疑わしめるような事情は認められず、同供述調書中には「脱税がそれ程悪いことだとの考えも持たないでいた。」旨の供述など、被告人の真情を吐露している部分もあり、右供述調書は信用できる。

4  弁護人は、被告人が所得税法上保有株式の評価損を所得から控除できる旨の確信をもつていた旨主張するが、所得税法上そのような規定はなく、同法上保有株式の評価損について控除できると解する余地はないところ、前掲各証拠によれば、被告人は、法人税法上保有株式の評価損について控除できるという話を聞き、被告人自身、法人において認められるのなら、個人でも認められても良いのではないかと考えたこと、被告人は税法等の専門家から所得税法上も控除可能であると教えられたわけではないこと、被告人の所得税確定申告書については、昭和五〇年ころから、被告人が用意した資料に基づき、矢田産業株式会社の顧問である田中税理士が記載し、被告人作成名義で税務署に提出しているが、被告人は右控除について、右田中税理士に相談することも可能なのに相談していないこと、被告人は、架空の売買損を計上した後も、同銘柄の株式を現実に売買したときには、架空の買い戻しのときの価格ではなく、実際に購入した際の価格を基準に売買による利益を算出していたことが認められ、右各事実及び前掲各証拠によれば、被告人は、自分自身の考えから保有株式の評価損について所得税上控除できても良いのではないかと思つていたことは認められるものの、その旨の確信までは持つていなかつたものと認められる。

5  被告人の逋脱の意思を推認する事実として、前掲各証拠によれば以下の事実が認められる。

<1> 被告人は、昭和三二、三年ころから株式取引を行つているところ、昭和三六、七年ころ、江戸川税務署から配当金の申告漏れを指摘された際、税務署の担当者から、一年間に株式売買回数が五〇回以上で、売買株式が二〇万株以上の取引を行つた場合、株式売買益の申告をしなければならないと教えられた。

<2> 被告人は、昭和五二年ころから、自己の株式取引が税金の申告を必要とする要件を満たしていることを知りながら、申告していなかつたが、昭和五八年ころ、株式取引関係の脱税事件が摘発され、税務署の調査も厳しくなると思つたので、株式売買益も申告することにした。

<3> 被告人は、昭和六一年及び同六二年分につき申告額が多額で税額も多くなるので、逋脱のため、雑収入金額について、架空の株式売買損を控除した後、全く根拠がないにもかかわらず、被告人自身が適当と考えた、昭和六一年分は約一六〇〇万円、昭和六二年分は約一五〇〇万円の金額を控除した。

<4> 被告人は、本件に関し、所得税確定申告書を記載してもらつていた田中税理士に何ら相談をしていないこと、架空の売買損を計上した後も、株式を実際に購入した際の価格を基準に利益を算出していたことは前認定のとおりである。

6  そもそも、税法の不知のため、所得税法上株式の評価損を所得から控除できると考えていたとしても、それはいわゆる法律の錯誤であつて故意を阻却しないものと解されるし、本件では前記認定のとおり、被告人は株式の評価損について所得税法上控除できても良いのではないかと思つていたにすぎないこと、右2認定の本件犯行の動機、右5認定の事実並びに前掲各証拠を総合すれば、被告人が架空の株式売買損を控除した点につき、単なる所得税法上の見解の相違ではなく、被告人は逋脱の故意を有していたものと優に認めることができる。

7  被告人は、逋脱の意思により、架空の株式売買損を控除し、昭和六一年分及び昭和六二年分については、更に何ら根拠がなく適当に所得額を圧縮して、虚偽の過少申告をしたものであるから、被告人は、「偽りその他不正の行為」により、所得税を免れたものと認められる。

8  よつて、弁護人の主張はいずれも理由がない。

二  本件株式売買益が雑所得であることについて

1  弁護人は、被告人は個人で営利を目的として継続的に有価証券売買を行つていたものであり、その取引回数、収益性などからして、本件株式売買益は、雑所得ではなく、事業所得である旨主張する。

2  株式売買益が事業所得に該当するか否かは、一般社会通念に照らし、営利性、有償性の有無、継続性・反復性の有無のほかに事業としての社会的客観性の有無が問われなければならず、この観点からは、その取引の種類、取引におけるその者の役割、取引のための人的・物的設備の有無、資金の調達方法、取引に費やした精神的、肉体的労力の程度、その者の職業、社会的地位などの諸点が検討されなければならない。

3  前掲各証拠によれば、<1>被告人は特殊鋼材等の販売等を目的とする矢田産業株式会社及び損害保険等の代理業務等を目的とする株式会社アロークレンの代表取締役として、日々両社の職務を遂行していたこと、<2>被告人及び矢田産業株式会社の取締役である被告人の妻の両名が同社から受け取る収入により、被告人及びその家族は生活していたこと、<3>被告人は、株式売買益の大部分を再び株式を購入するための資金として証券会社に留保し、一部は当時交際していた女性への手当て等に費消したこと、<4>被告人は、原則的に自己資金で株式取引を行つており、信用取引で購入した株式を現引きするときには、自己名義で銀行から借り入れた金員を用いていたこと、<5>右矢田産業株式会社及び株式会社アロークレンも代表者たる被告人の注文により株式取引を行つていたが、その資金繰り、株券の保管及び預り証の受け渡しは、被告人以外の役員や従業員が行つており、被告人の資金と会社の資金とが混同することはなく、被告人は個人の株式取引に関し、会社の資金を用いていないことが認められ、また全証拠からしても、被告人が個人として右株式取引を反復継続して行うための人的物的設備が存在するとは認められないことなどを考慮すれば、本件株式売買益は事業所得ではなく雑所得であると解するのが相当である。

三  違法収集証拠について

1  弁護人は、検察官提出の脱税額計算書、有価証券売買益調査書などは、被告人が船橋税務署の税務調査に際し、質問調査権に応じて各証券会社から取り寄せた各勘定元帳の写しを提出したところ、同写しは同税務署長から東京国税局査察官に送付され、同査察官が右写しに基づいて各証券会社を了知し、形式的に右証券会社から取り寄せた顧客勘定元帳の写しに基づき作成された書証であり、右各証拠は所得税法二三四条二項に違反して収集された違法収集証拠であつて、証拠能力を欠くものである旨主張する。

2  前掲各証拠並びに大蔵事務官作成の捜索差押てん末書三通、領置てん末書及び証拠品提出書によれば、検察官提出の有価証券売買益調査書などの大蔵事務官作成の報告書類は、大蔵事務官が裁判官の発布した令状に基づき行つた捜索差押により取得した証拠書類等、大蔵事務官が作成した被告人や参考人に対する質問てん末書、大蔵事務官が証券会社等を臨検して得た検査てん末書(被告人の顧客勘定元帳や注文伝票の写しが添付されている)、銀行や証券会社等の回答書などに基づいて作成されていることが認められる。弁護人は、被告人が質問調査権に応じて提出した各証券会社の勘定元帳の写しが、船橋税務署長から東京国税局査察官に送付され、査察官は右写しに基づいて各証券会社を了知した旨主張するが、そのような事実は認められない(被告人は当公判廷において、船橋税務署の税務調査の後に国税局の査察が行われたが、そのとき国税局の査察官は被告人が取引していた証券会社名やその支店名を知らない様子であつた旨、供述している。)。所得税法二三四条二項は、税務調査中に犯則事件が探知された場合、これが端緒となつて収税官吏による犯則事件としての調査に移行することをも禁ずる趣旨ではないと解されるところ、本件において、右の場合を逸脱し所得税法二三四条二項に違反するような事実は認められないので弁護人の主張は採用しない。

四  刑法六条(刑変更の規定)の準用について

1  弁護人は、本件当時、株式取引は原則非課税であり、事業所得、又は一定の回数及び株数による取引の場合は雑所得として課税されていたが、その後の所得税法の改正により、平成元年四月一日から原則課税となり、納税者において、株式の譲渡価格の一パーセントの課税とする源泉分離課税か、売買益の二〇パーセントの課税とする申告分離課税のいずれかを選択することになつたところ、右所得税法改正に伴う経過措置として「なお従前の例による。」と規定されてはいるが、本件当時でも一般に株式売買益を申告するものは殆どなく、現行法令下においては、殆どの人達が源泉分離課税を選択しており、かつ、株式取引の殆どが本件のような証券市場を経由してなされる限り、株式売買益に限つていえば、利益を逋脱することは不可能であるから、右所得税法の改正により、実質的には株式売買益に関する逋脱犯の構成要件そのものが廃止されたものと同視できるから、刑法六条の趣旨を準用して、不処罰と解すべきであると主張する。

2  弁護人の所論のとおり、所得税法等が改正(昭和六三年法律第一〇九号、所得税法等の一部を改正する法律)となり、株式売買益については、納税者において、株式の譲渡価格の一パーセントの課税とする源泉分離課税か、売買益の二〇パーセントの課税とする申告分離課税かのいずれかを選択することになつたものではあるが、右改正法律附則一条三号リにおいて、右各規定の施行期日は昭和六四年四月一日と定められ、同附則二条は右改正法律一条の規定による改正後の所得税法の規定につき、同附則六二条は同一〇条の規定による改正後の租税特別措置法第二章の規定につき、いずれも「昭和六四年分以後の所得税について適用し、昭和六三年分以前の所得税については、なお従前の例による。」と規定しており、本件各年分の有価証券譲渡益課税については、いずれも従前の例によることとなつているのであるから、従前の行為に関する限り何らの変更はなく、刑法六条の適用も準用の余地もない。また、右所得税法の改正により、証券市場を経由する取引に関し、売買益を逋脱することが実際上困難になつたとしても、そのことによつて、実質的に株式売買益に関する逋脱犯の構成要件が廃止されたものとは到底解することはできず、弁護人の見解は右附則の明文規定に反するものであり採用できない。

五  貸倒損失について

1  弁護人は、別表(五)記載の各債権につき、確実に回収不能となつたため、貸倒債権として昭和六二年一〇月一日に被告人の損失のもとに償却したので、同金額を損金として逋脱所得額から減額すべきであると主張する。

2  前掲各証拠によれば、被告人は、臼井慶治を仲介者として同人が紹介した者や、自己の知人に、別表(五)記載のとおり金員を貸し付けていたところ、借主から利息の入金もなく、借主が不渡りを出すなどして倒産し、行方不明になるなどし、しかも、右貸付金については、不動産等の担保をとつていないため、右臼井とも協議し、昭和六二年一〇月一日を期して、同表記載の貸付金のうち、番号1ないし12については、全額被告人の損失として、番号13ないし19については、半額ずつ被告人と右臼井との各損失として各償却したことが認められるので、同表記載の被告人の負担となつた合計三七二八万五〇〇〇円の貸付金については昭和六二年にその全額が回収できないことが明らかになつたものとして、必要経費に算入するのが相当である。

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役及び罰金の併科刑を選択し、かつ、情状によりいずれも同法二三八条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年六月及び罰金二億五〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金四〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、株式売買などで多額の所得を得た被告人が昭和六〇年から同六二年分の三年間にわたり、架空の株式売買損を控除するなどし、更に昭和六一年及び同六二年分については、恣意的に所得の一部を減額するなどして、虚偽の所得税過少申告をし、合計一一億円余の巨額の所得税を免れた事案であり、右三年間を通算した逋脱率は九八パーセントもの高率に達する悪質な事案である。

その犯行の動機については、前認定のとおり、<1>会社経営のため資金を保有しておきたかつたこと、<2>保有株式が値下がりした場合に、そのことが所得の算出に反映されないのは不合理であると考えていたこと、<3>株式売買益を正直に申告するのは馬鹿馬鹿しいと考えていたこと、<4>法人税法と同様所得税法でも株式の評価損を控除できるのではないかと考えていたことがあげられるが、右<4>の点については、所得税法上そのように解釈する余地はなく、容易に専門家に相談できたのにしておらず、被告人自身の自己に有利な勝手な解釈によるものであること、右<2>及び<3>の点については、株式取引を行う者は当然税法等法律の範囲内で行うべきであり、当時においても一定の場合には株式売買益に税金が課せられており、被告人もそのことを熟知していたのであるから、当然その制度の枠内で行うべきであることからして、いずれも動機において特に酌むべき事情とは認められない。

被告人は会社を経営しており、被告人が服役すると右会社の経営に影響がでることが予想されるが、そうであるならば、なおさら自らの地位を自覚し、法律に違反することのないよう心掛けるべきであり、法律違反の懸念があるならば、専門家に相談して、法を遵守すべきであるところ、被告人は会社経営者として平素から税理士との付き合いがあるのであるから、税金の専門家に相談して、法律に従つた所得税の確定申告をすべきなのに、そうしなかつたもので、会社経営者であるという事情を軽々に被告人に有利に解することはできない。

また、当時、株式売買益につき納税すべき要件を満たしている者の中で正直に申告する者は少なかつたとも言われているが、そのような事情を被告人に有利に解することは、脱税を助長する結果になりかねず、申告納税制度を否定するものであつて、妥当とはいえない。

他方、被告人は、昭和五八年から同六二年分まで所得税の修正申告をし、本税、重加算税、延滞税、地方税を完納していること、被告人は株式取引に自己名義の口座を用いており、他人名義や仮名口座を使つたものではなく、仮名預金などもしておらず、脱税の手段として特に悪質巧妙な手段を用いたわけではないこと、被告人は会社の経営手腕にすぐれ、会社経営者として真面目に稼働してきたこと、本件事件について反省し、株式会社アロークレンの代表者を辞任していること、前科としては競馬法違反による罰金前科一犯のみであることなど被告人に有利な諸事情も認められるが、本件では逋脱税額が高額であること及び逋脱率が高いことなどからして、被告人を主文掲記の実刑に処するのが相当であると判断した。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋哲夫)

別表(一)

修正損益計算書

<省略>

別表(二)

修正損益計算書

<省略>

別表(三)

修正損益計算書

<省略>

別表(四)

<省略>

別表(五)

貸倒損失額表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例