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前橋地方裁判所高崎支部 昭和35年(わ)111号 判決 1961年3月03日

被告人 高橋十市

大四・一〇・一七生 農業

主文

被告人を禁錮一年六月に処する。

未決勾留日数中百五十日を右本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、かねてから酒癖がわるく、焼酎三合をこえて飲むと病的酩酊に陥り、心神喪失の状態で家族やその他の者に暴行を加わえ、その生命身体に危害を及ぼしたことは、最近数年間に少くとも十数回にわたつており、みずからもこの素質を自覚していたものであるが、このような者は、右素質にかんがみ飲酒によつて他人の生命身体に危害を加えるおそれがきわめて大きいから、その原因となる過度の飲酒を抑止し、または制限する等して右危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるにかかわらず、これを怠り昭和三十五年六月二日夜、飲酒を避けえないような特別の事情もないのに、みずから飲酒の機会を求め、単身で、群馬県富岡市富岡飲食店初音こと南ケサ方に行き、同店で、焼酎約四合を飲んで病的酩酊に陥り、心神喪失の状態になり、翌三日午前二時頃肩書自宅において、実父子之吉(明治九年二月二十五日生)の頭部顔面等を手拳で十数回殴打し、よつて同人を即時大脳の蜘網膜下出血により死亡するにいたらせ、もつて重大な過失により人を死に致したものである。

(証拠の標目)(略)

(主たる訴因を認めなかつた理由)

本件公訴事実の主たる訴因および罪名は、

被告人は飲酒のうえ、昭和三十五年六月三日午前二時頃肩書自宅に帰つた際、実父子之吉(明治九年二月二十五日生)の些細な言動に立腹した結果、手拳で同人の頭部、顔面等を十数回殴打し、よつて同人をして即時同所において、左大脳の蜘網膜下出血により死亡するにいたらしめたもので、右は尊属傷害致死罪に該当する。

というのであるが、前掲各証拠を綜合すると、被告人は、実父子之吉を殴打して死に至らしめた当時、判示のとおり、病的酩酊により心神喪失の状態にあつたと認められるから、主たる訴因を認定することはできない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件犯行当時被告人は病的酩酊のため心神喪失状態にあつたもので、刑事責任能力がなかつたから、無罪であると主張する。そこで、これについて判断をする。なるほど、被告人が実父子之吉に暴行を加えて同人を死にいたらしめた当時病的酩酊のため心神喪失状態にあつたことは、主張のとおりであるが、被告人は判示のような重大な過失により判示所為に及んだものであるから、右主張は結局これを採用しがたい。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法第二百十一条後段、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するところ、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期範囲内において被告人を禁錮一年六月に処し、刑法第二十一条により未決勾留日数中百五十日を右本刑に算入し、訴訟費用につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用しこれを全部被告人の負担と定める。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 古賀清三郎 松田正已 簔原茂広)

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