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前橋地方裁判所 昭和40年(ワ)80号 判決 1969年3月14日

原告

田中タニ

ほか二名

被告

東京トヨタ自動車株式会社

ほか二名

主文

被告東京トヨタ自動車株式会社、同有限会社高橋自動車商会は、各自、原告田中タニに対し金一万四〇〇〇円、原告田中勵吉に対し金七〇〇〇円、原告田中豊吉に対し金七〇〇〇円およびこれらに対する昭和四〇年五月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による各金員の支払をせよ。

原告等の右被告両名に対するその余の請求、および被告金子正男に対する請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用中原告等と被告東京トヨタ自動車株式会社、同有限会社高橋自動車商会との間に生じた費用は、これを一〇分し、その九を原告等の負担、その一を右被告等の各負担とし、原告等と被告金子正男との間に生じた費用は全部原告等の負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

(当事者の求める判決)

原告等訴訟代理人は「被告等は連帯して原告田中タニに対し金一〇〇万円、原告田中勵吉に対し金五〇万円、原告田中豊吉に対し金一二九万三〇六二円と右金員に対しそれぞれ昭和四〇年五月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告等訴訟代理人等はいずれも「原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

(請求原因)

被告東京トヨタ自動車株式会社(以下東京トヨタという)、被告有限会社高橋自動車商会(以下高橋商会という)、被告金子正男(以下被告金子という)に対して、

一、被告金子は被告高橋商会の従業員であるが、昭和三九年四月七日午後七時一五分頃、登録番号品4な6167トヨペット型式六四年式PT三六V車台番号四PT36~56345の自動車(以下本件自動車という)を運転し国道一七号線を前橋市内より高崎方面へ向けて西進中、前橋市古市町二〇四番地先付近にさしかかつた際、折から右国道を高崎方向より前橋方向へ向けて道路左端に沿つて自動二輪車を運転し東進してきた訴外田中元吉(原吉田中タニの夫、同田中勵吉、同豊吉の父)が先行する自転車を追い抜こうとしてその右側に出た直後に、同訴外人の自動二輪車に自車を衝突させ、同人はその場に転倒したが右事故により左脛骨腓骨開放性骨折及右足関接開放性脱臼、顔面打撲、脳震盪、脳内出血の傷害を負い市内渡辺外科病院に入院し治療を加えたが同月八日午前四時四〇分頃右傷害のため死亡した。

二、亡訴外人は被告金子の右行為によつて金一一七万一一六七円の財産上の損害を蒙つた。この損害額は(一)亡訴外人が右傷害により前記病院に入院し治療した際に支出した費用の金五万九五〇円と(二)亡訴外人が死亡当時勤務していた北関東トヨタ家庭用品販売株式会社高崎営業所における月収が二万一、〇〇〇円であり、同人は明治四四年一月三〇日生れ(当時五三才二月一〇日)でその余命は二〇・〇五年(厚生省第一〇回生命表による)であるから就労可能年限を満六〇年とすると同人の残存就労可能年数は六年九月二〇日である。従つて、右収入額より同人の生活費として月額金五〇〇〇円を差引きこれに右の残存就労可能年数を乗じこれより年五分の中間利息をホフマン式計算法により控除して算出した得べかりし利益の金一一二万二一七円、の合計額である。

三、原告田中豊吉(以下原告豊吉という)は亡訴外人に対する他の相続人である原告田中タニ(以下原告タニという)および原告田中勵吉(以下原告勵吉という)が昭和三九年八月二五日前橋家庭裁判所において亡訴外人に対する相続を放棄をする旨それぞれ申述したため単独に右損害に基く賠償請求権を相続したものである。

四、原告豊吉は亡訴外人の死亡によりその葬儀を営みその費用およびこれに関連する諸費用として金一二万一八九五円の支出を余儀なくされ右金額の財産的損害を蒙つた。

五、原告タニは亡訴外人の妻として、原告勵吉、同豊吉は亡訴外人の子として、同人の不慮の死によつて精神的損害を蒙つた。これに対する慰謝料として原告タニは金一〇〇万円、原告勵吉同豊吉はそれぞれ金五〇万円が相当額であると思料する。

被告東京トヨタに対して、

六、被告東京トヨタは昭和三九年三月一一日前記自動車を自己の販売代行店である被告高橋商会をして販売させる目的をもつてその所有権を自己に留保したまま同被告に引渡しもつて自己のために右自動車を運行の用に供していた。

被告高橋商会に対して、

七、被告高橋商会は昭和三九年三月一一日前記自動車を被告東京トヨタより引渡しを受け右自動車を販売する目的をもつてその従業員である被告金子をして運転せしめもつて自己のために運行の用に供していた。

八、仮に、被告高橋商会が自己のために自動車を運行の用に供する者でないとしても、被告金子は請求原因九に明らかなごとく、前記自動車の運転中、同人の過失により亡訴外人に自車を衝突させ同人を右衝突による傷害によつて死亡させたものであり、被告高橋商会は自動車の販売等をその業務内容としており、その業務の遂行のために被告金子を使用していたものであり、被告金子は右被告高橋商会の業務に従事中亡訴外人に対し前記損害を与えたものである。

被告金子に対して、

九、被告金子は請求原因一記載の事故現場付近に差しかかつた際、自動車運転者としては前方を注視して運転をなすべき業務上の注意義務があるにも拘らず不注意にもこれを怠り漫然道路中央付近を時速三五キロメートル以上の速度で進行したため亡訴外人の発見が遅れそのため同人が先行する自転車を追い抜こうとしてその右側に出た直後同人に自車を衝突させその際に与えた傷害により死亡させたものであり、被告金子の過失によつて亡訴外人に対し損害を与えたものである。

一〇、以上被告東京トヨタは自動車損害賠償保障法三条、被告高橋商会は同法同条又は民法七一五条一項、被告金子正男は同法七〇九条にそれぞれ従つて原告等に対しその損害を賠償する責に任じなければならない。

よつて被告等に対し、原告タニは金一〇〇万円、原告勵吉は金五〇万円原告豊吉は金一七九万三〇六二円の損害(相続した分を含む)中金一二九万三〇六二円及びこれらに対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日である昭和四〇年五月一四日以後完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

(請求原因に対する認否)

一、被告東京トヨタ、同高橋商会、同金子

(一)  請求原因一の事実中、原告等主張の日時場所で、被告金子が本件自動車を、また亡田中元吉が自動二輪車を、各対向して運転していたこと、その両車が接触したことは認めるが、その状況に関する原告主張の事実を否認する。被告金子は道路左側を時速三五粁で進行中、反対側から来た亡田中元吉運転の自動二輪車が、その前方の二人乗り自転車を追い越そうとしてこれに接触し、そのためふらふらと被告金子運転の自動車の前に飛び出し、同被告が急ブレーキをかけて停車させた右自動車の前部に自ら突込んで来たものである。

亡田中元吉が原告等主張の頃死亡したことは認めるが、その傷害の部位程度は知らない。

(二)  請求原因二、三、四の各事実は不知。

(三)  請求原因五の事実を争う。

二、被告東京トヨタ

請求原因六の事実中、被告東京トヨタがもと本件自動車を所有していたことは認めるが、その余の事実を否認する。

三、被告高橋商会

(一)  請求原因七の事実につき、被告高橋商会が本件事故当時本件自動車の運行供用者であつたことを否認する。

(二)  請求原因八の事実中、本件事故当時被告金子が被告高橋商会の従業員であつたことは認めるが、その過失を否認する。

四、被告金子

請求原因九の事実を否認する。被告金子は熟練の運転者であり前方を十分注意していたので、反対側から来た亡田中元吉運転の自動二輪車およびその前方を走つていた二人乗りの自転車のあることを認め、注意しつゝ本件自動車を運転し、右自動二輪車が前方の自転車に追突し、右側に突進してくるのを見るや直ちに急停車の措置をとり、停車すると同時に前部ボンネットに右自動二輪車が突込んで来たものであり、被告金子は自動車運転者として要求されるすべての注意義務を完全に果たし、それ以上に右衝突を防ぐ術はなかつた。

(被告等の主張)

一、被告東京トヨタ

(一)  被告東京トヨタは被告高橋商会との間に中古自動車特約販売協力店契約を結び、同契約に基き昭和三九年三月一一日本件自動車を代金四五万円で被告高橋商会に売却してその所有権を譲渡し、且つその引渡も了した。右売却後も所有名義が被告東京トヨタになつていたのは、登録名義変更手続が未了であつたにすぎない。

仮りに、本件事故当時本件自動車の所有権がなお被告東京トヨタに帰属していたとしても、被告高橋商会は前記契約を締結して本件自動車を受領し、更にこれを自己の名でその責任と計算のもとに第三者に転売する目的で東京から群馬県前橋市の店に持ち帰り運行の用に供していたのであり、同被告は被告東京トヨタのための代理商でもなければ販売代理人又は周旋人でもなく、全く別個の会社であつて相互間に資本・人事について共通ないし交流性はなく、したがつて、被告高橋商会が本件自動車を引取つた後は、被告東京トヨタとしては、その転売先について指揮監督等何らの干渉をすることもできず、その保管運行についても何らの支配権を有していなかつた。

(二)  仮りに被告東京トヨタが本件自動車の運行供用者であつたとしても、被告東京トヨタおよび被告金子は自動車の運行に関し注意を怠らなかつたのみならず、本件事故は亡田中元吉の自動二輪車の運転操作上の過失に因るものであつて、当時本件自動車には構造上の欠陥又は機能上の障害はなかつた。

二、被告高橋商会

(一)  仮りに被告高橋商会が本件自動車の運行供用者であつたとしても、被告高橋商会および被告金子は自動車の運行に関し注意を怠らなかつたのみならず、亡田中元吉には自動二輪車の運転を誤つた過失があり、且つ本件自動車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつた。

(二)  仮りに被告金子に民法七〇九条による不法行為責任があるとしても、被告高橋商会は被告金子の選任監督に相当の注意をなし、又相当の注意をなすも本件損害の発生を避けることはできなかつた。

三、被告高橋商会および被告金子

仮りに被告高橋商会、同金子に賠償責任があるとしても、亡田中元吉は自動二輪車の運転を誤り先行する自転車を追い越そうとしてこれに接触し、反動で道路中央線を越えて被告金子の運転する自動車の直前に走行進入して来たものであつて、本件事故の発生については亡田中元吉にも過失がある。

(被告等の主張に対する答弁)

一、被告東京トヨタと被告高橋商会間の本件自動車売買契約を否認する。被告東京トヨタは右売買契約をしたと主張する日よりも後である昭和三九年三月一七日八王子市内の自己の営業所所在地を自動車使用の本拠地として登録している。東京トヨタが本件自動車につき運行利益・運行支配を有しなかつたとの事実も否認する。

二、被告等がそれぞれ本件自動車の運行に関し注意を怠らなかつたとの事実、および被告高橋商会が被告金子の退任監督につき相当の注意をなしたとの事実は、これを否認する。

(証拠)〔略〕

理由

一、事故発生について

昭和三九年四月七日午後七時一五分頃、被告金子が本件自動車を運転し国道一七号線を前橋市内から高崎方面へ向けて西進中、前橋市古市町二〇四番地先附近に差しかかつた際、折から同国道を高崎方面から前橋方面へ向けて自動二輪車を運転東進して来た訴外田中元吉が、右自動車の前面に衝突したことは当事者間に争いがなく、右に因り右田中元吉が左足関節開放性骨折兼脱臼、顔面打撲、脳内出血の傷害を負い、そのため同月八日午前四時四〇分頃死亡したことは、〔証拠略〕により明らかである。

二、被告金子の不法行為責任について

原告等は被告金子において前方注視を怠たり道路中央附近を時速三五粁を超えた速度で運転していたと主張するが、かかる事実を認めるに足る証拠はない。すなわち、〔証拠略〕によると、亡田中元吉は自動二輪車を運転して国道一七号線を東進していた際、その前方を二人乗りの自転車が走つていたが、事故現場近くのバス停留場のあたりに来たとき、その自転車が急にとまつたため、これをよけきることが出来ず後から接触し、自転車も倒れかかつたが、右元吉は慌てて右にハンドルを切りそのまま急に道路の中央をはるかに越えて反対側の方へ約一二米程斜めに突込んでゆき、折柄道路の左側を、時速三五粁位(同所の制限速度は四〇粁)で西進して来た被告金子運転の自動車の前面に対し、ほゞ四五度位の角度でぶつかつていつたこと、および、有衝突は被告金子が危険を察知してハンドルを左に切り急ブレーキをかけて停車寸前の自動車に対し行なわれたことが認められるから、被告金子に若し過失があつたとすれば(い)徐行ないし減速義務の懈怠(ろ)前方不注視(は)制勤等危険回避操作の不手際のいずれかでなければならないが、前掲各証拠によれば、そのいずれをも積極的に認めることは到底困難であり、他にその過失を認むべき証拠はない。

したがつて、原告の被告金子に対する請求は理由がない。

三、被告東京トヨタが運行供用者であることについて

〔証拠略〕を総合すると、被告高橋商会はもと被告東京トヨタの商品たる自動車を委託販売していたがその後両者間の取引形態をあらため、昭和三八年七月一〇日に覚書を交わして所謂中古自動車特約販売協力店契約を結び、同契約に基き取引をするようになつたのであるが、その取引の骨子は、被告高橋商会の社員が東京に在る被告東京トヨタの店に赴き、展示されている多くの中古車の中から取引物件を選定して交渉の結果値段をつけ、これを買取り、注文書が作成され、被告高橋商会は被告東京トヨタに対し約五〇日後を満期とする代金相当額の手形を振出交付し、他方自動車は直ちに引渡を受けて被告高橋商会の社員によつて前橋まで陸送し、その店頭に展示する等の方法で、需要者たる買手(ユーザー)をさがしてこれに被告高橋商会の名を以て販売し、そのユーザーから手形を受け取るとこれを被告東京トヨタに裏書し、これと引換えに先に交付してあつた自己振出の約束手形の返還をうけるという方式をとるものであり、本件自動車もまた此の契約に基いて取引されたものであるが、その約款は更に詳細をきわめ、次の如き約定が結ばれていた。すなわち、(一)前述のように手形が被告東京トヨタに交付されても、現実に代金が完済されるまでは所有権は被告東京トヨタに留保され、(二)被告高橋商会が被告東京トヨタから自動車の引渡をうけてから三〇日を経過してもこれを一般需要者に販売できないときは、直ちに自動車を被告東京トヨタに返還し且つこれがために被告東京トヨタの受けた損害は被告高橋商会において賠償するものとし、但し被告高橋商会がこのような自動車の返還を望まないときは、先に振出交付してある手形を自己の出捐で支払つて名実ともに買取るという便法も認められていたこと、(三)被告高橋商会が被告東京トヨタから引渡をうけた自動車の販路は地域的に限定され、且つあらかじめ被告東京トヨタの定めた定価及び販売条件にしたがつて販売しなければならないこと、(四)被告高橋商会が自動車の買手を見つけてもそれが月賦販売のときは、買主の信用を調査の上これを被告東京トヨタに報告してその承認を得なければ契約の締結ができないとされていたこと、(五)被告高橋商会はその営業状態を各月確実に被告東京トヨタに報告する義務があるほか、被告東京トヨタが必要と認めた場合は何時でも実地に調査させなくてはならず、且つ資本金、役員又は商号の変更その他営業上重要なる変更を行わんとするときは予め被告東京トヨタの承認を得なければならないこと、等が約定されていた。以上の事実によれば、被告東京トヨタが本件自動車を含めてその商品たる自動車を被告高橋商会に売り、且つ引渡した後は、その自動車の運行に関しては、第一次的には被告高橋商会の具体的判断に委ねられるものであるものの、被告東京トヨタもそれらの運行を通じて買手を見出すことについては共通の利益を有し、買手に対する販売条件等について若干の指示・承認権を留保し、且つ被告高橋商会の経営組織、経営活動に対する各種の統制を通じて、間接的になお、売渡した自動車の運行につき支配を及ぼしていると認めるのが相当であり、右認定に反する〔証拠略〕は採用できない。

すると、被告東京トヨタは、本件事故当時、本件自動車を所有し且つ後記認定の被告高橋商会と重畳して、本件自動車を自己のために運行の用に供していたものである。

四、被告高橋商会が運行供用者であることについて

前示認定のとおり、被告高橋商会は被告東京トヨタから本件自動車を買受けても、その所有権は被告東京トヨタに留保されていたものであるが、しかし、その自動車の引渡をうけた後は自己の社員によつて前橋まで陸送し、更に被告金子、同高橋商会代表者の各第一回供述によれば、右自動車を被告高橋商会の名で一般需要者に販売するか又は被告東京トヨタに返還するまでの間は、その保管、整備、点検、運行等の具体的なことはすべて被告高橋商会においてこれを行い、本件事故当時も、被告高橋商会における検査主任として整備と販売面を担当していた被告金子が、県内多野郡、藤岡市方面における売掛代金集金のため、本件自動車を社用で運転使用していたものであることが認められ、右事実によれば、被告高橋商会もまた本件自動車を自己のために運行の用に供していたものであることが明らかである。

五、被告東京トヨタ、同高橋商会の免責の抗弁について

右被告両名は、本件事故発生に際し本件自動車の運転者たる被告金子において、その自動車の運行に関し注意を怠らなかつたと主張するものであり、被告金子について、同人の過失を積極的に認めるに足る証拠のないことは、前に示したとおりである。

しかしながら、〔証拠略〕によれば、被告金子は、終始一貫して、同人が本件自動車を時速三五粁の速度で運転して本件事故現場にさしかかつた際、前方を注視していると反対方向を進行して来た自動二輪車が先行の自転車に追突し、道路の反対側通行区分すなわち本件自動車の進行する前面に突込んで来るのを認めたので、直ちにアクセルを踏みかえて急ブレーキをかけると共に、ハンドルをやや左に切り、みぎ急制動によつて本件自動車が停車したと同時に、みぎ自動二輪車が衝突して来たものであり、最初に自動二輪車と自転車との追突を認め且つ直ちにブレーキをかけ始めた地点から本件自動車の停車した地点までの距離は五米であつた旨述べるのであるが、〔証拠略〕によれば、本件事故のあつた道路はアスファルト舗装道であつて、当時雨天のため路面が滑り易い状態にあつたことが認められるところ、経験則によれば右状況の如き道路上を三五粁の速度で走行中の四輪自動車が急ブレーキをかけた場合、制動距離だけで少くとも八米以上に達し、更に運転者の反射時間・踏替時間・踏込時間によつて構成される空走時間は、四輪乗用車における実験例では早い人でも〇・五秒を要し、時速三五粁の場合にはその間に四・八米の空走距離を走ることが必然であるから、被告金子の指示説明する「追突を現認」し「急ブレーキをかけた」地点は、全く客観性がなくこれを採用することができず、他に右両地点を確認するに足る証拠はなく、結局本件すべての証拠によるも実際に右両地点が具体的にどの地点であつたか認定することはできず、従つてまた、前方注視中に追突を現認し直ちに急ブレーキをかけたとの被告金子の抽象的な供述自体も、そのまま信用することはできない。他方、前掲証拠によれば、現場は見通しのよい直線道路であり、且つ前記認定のとおり、亡田中元吉運転の自動二輪車は本件自動車が停車する寸前に斜めの方角からこれに衝突したのであるから、これから推測すると、もしも被告金子において僅か早く手前の地点で追突を認め危険を察知し得たか、もしくは僅か早い地点で敏速に急ブレーキをかけ得たものとするならば、当然本件衝突という結果を回避し得る可能性もあつたのであろうと認められるので、前述のように両地点を確定できずこのような可能性を否定できない限り、被告金子が本件自動車の運行につきその注意を怠らなかつたことの証明があつたとすることはできない。

尤も、〔証拠略〕によれば、亡田中元吉運転の自動二輪車が先行自転車に追突した地点から、真直に突込んで来て本件自動車と衝突した地点までは一二・一米であり、この間を走つた右自動二輪車の速度の方が本件自動車の速度を超えているとすれば、右「追突」時に本件自動車は右「衝突」地点からすでに一二・一米以内の近距離にあつたものであり、前示本件自動車の制動に要する距離に徴しても、本件自動車はもはや本件衝突を回避することが不可能であつたということになる。しかし、その前提となる亡田中元吉運転の自動二輪車の速度は本件証拠によるも明らかでなく、〔証拠略〕によれば「バイクの方がちよつとライトバンよりスピードが出ていたのではないかと思います。」というのであるが、同人の右認識は勿論正確に計測されたものでなく、突嗟の感覚によつて得られたものであることは、その証言の前後に照らし明らかであり、しかも、同証人の他の証言部分によれば、その「バイク」は自転車のあとを追随して走つて来たものであり、その自転車たるや二人乗りでしかも間もなく停止したものであるからその速度は極めて緩慢であつたとみるほかはなく、その上自転車に追突したとはいうもののその自転車には何らの被害もなく激突されたのではないから、右「バイク」もまたかなり遅い速度で走行していたと推認せざるを得ず、果たして然らば亡田中元吉運転の自動二輪車は、自転車に追突したはずみで飛び出したとはいえ、急に高速に変化するにしては余りにも短時間のことであり、その点に疑問があるので、結局右荒木証言も右自動二輪車の衝突直前の速度を確定する証拠とはなし難い。

かくして、被告東京トヨタ、同高橋商会の免責の抗弁は、他の要件事実について判断するまでもなく、採用できない。

六、亡田中元吉の蒙つた損害とその相続関係

(一)  〔証拠略〕によると、亡元吉は本件衝突によつて蒙つた傷害により直ちに渡辺外科医院に入院して治療をうけたことが認められ、〔証拠略〕によれば昭和三九年四月八日同人の入院治療費として金四万九九五〇円が右医院に支払われていることが認められるから、同人は右傷害により直ちに右同額の財産上の減少を来たしたものというべきである。

(二)  〔証拠略〕によると、亡元吉は明治四四年一月三〇日生れ(当時五三才二月一〇日)の健康な男子で北関東トヨタ家庭用品販売株式会社の高崎営業所に集金係として勤務し一ヶ月に少くとも二万一〇〇〇円の収入を得ていたものであり、同会社は停年制がなく、厚生省第一〇回生命表によれば同人と同年令男子の平均余命は二〇・〇五年であるから、同人も少くとも満六〇才に達するまで就労可能であつたところ、前記死亡によりこれが不能となり、この間同人の一ヶ月の生活費五〇〇〇円を控除し、毎月一万六〇〇〇円の割合の将来の得べかりし利益を喪つたことが認められ、その総額をホフマン式により年五分の中間利息を控除し、現在額として計算すると、一一二万二六一五円(四捨五入)となる。

(三)  ところで、本件衝突の主たる原因が亡元吉自身の自動二輪車運転上の過失にあることは前記二、において認定したとおりであり、右被害者自身の過失は損害額算定上これを考慮すべきところ、その過失の程度は著しいものがあるので、右(一)(二)の合計額一一七万二五六五円に対する約一割、すなわち一二万円をもつて亡田中元吉自身の蒙つた損害と算定するのが相当である。

(四)  〔証拠略〕によると原告タニは亡元吉の妻、原告勵吉は長男、原告豊吉は二男であるが、原告タニ、同勵吉両名は前橋家庭裁判所に対し相続の放棄を申述し、昭和三九年八月二一日右申述が受理されたと認められるので、結局原告豊吉が単独相続により、前記(三)記載の損害賠償債権を承継したものである。

七、原告等の蒙つた損害

(一)  〔証拠略〕によると、右元吉の死亡による葬儀費用、葬儀に必然的に伴う飲食等の費用、死体火葬費用として計八万三四〇円の支出がなされたことが認められる。なおその余の原告主張の損害(計四万一五五五円)は、原告タニ尋問の結果によれば香典返しとしてのノート、敷布、風呂敷、茶の購入代金であつて、これらは原告等が得た香典に対応する支出であるから、これを損害中に計上することは失当である。そして、前記相当因果関係の範囲内にあると認められる八万三四〇円の支出について、これも被害者自身の過失を斟酌して、その約一割、八〇〇〇円を以て本件事故による損害と算定するのが相当であり、右損害は弁論の全趣旨によれば原告豊吉が蒙つたものとして、これを請求しているものと認められる。

(二)  原告等と亡元吉との身分関係は前記認定のとおりであり、原告タニ尋問の結果によれば、原告等はいずれも夫たり父たる元吉の不慮の死により多大の精神的打撃を蒙つたことが認められるので、元吉自身の過失等諸般の事情を考慮して、原告等各人の蒙つた精神的損害(慰藉料)は、原告タニが二〇万円、原告勵吉、同豊吉がそれぞれ一〇万円であると算定するのが相当である。

八、結論

以上のとおり、被告東京トヨタ、同高橋商会は、不真正連帯債務者として、それぞれ、原告タニに対しては金二〇万円、原告勵吉に対しては金一〇万円、原告豊吉に対しては金二二万八〇〇〇円の各損害賠償債務を負担したものであるところ、原告等は昭和三九年八月二五日自動車損害賠償保障法による損害賠償金として金五〇万円を受領したことを自認しており、同金員はその性質上先ず亡元吉の蒙つた損害及び葬祭費の全額の弁済に充てられ、その残が原告等の蒙つた精神的損害につき按分してこれが補填に充てられたものと考えられる。すると、原告等の現に有する損害賠償債権額は、原告タニが金一万四〇〇〇円、原告勵吉、同豊吉が各七〇〇〇円、であり、原告等の本訴請求は、右金員およびこれらに対する亡元吉死亡後たる昭和四〇年五月一四日から各支払済まで民事法定利率による遅延損害金を求める限度で理由があるが、これを越える部分はすべて理由がなく失当である。

よつて、原告等の被告東京トヨタ、同高橋商会に対する請求中、前記理由ある部分を認容し、理由のない部分を棄却し、また、被告金子に対する請求をすべて棄却し、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安井章)

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