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函館地方裁判所 昭和44年(ワ)167号 判決 1971年11月12日

原告

山木一郎

右法定代理人親権者 A

同母 B

原告 B

右両名代理人

大沼喜久衛

被告

大村太郎

被告

大村ハナ

右両名代理人

山形道文

主文

一  被告らは、連帯して原告山木一郎に対し金二〇〇万円、原告Bに対し金九万三、一七六円およびこれらに対する昭和四四年四月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は、原告山木一郎において金六〇万円の、原告Bにおいて金三万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

原告山木一郎(以下単に原告一郎という。)は、昭和四三年九月五日午後四時ころ山越郡八雲町○○所在の同町々立○○中学校々庭において級友といわゆるムカデ競走の練習中、同校庭内で自転車に乗つて遊んでいた訴外大村春夫(以下単に春夫という。)運転自転車に衝突され、その場に転倒しその結果右大腿骨皮下骨折の傷害を受けた。

2  被告らの責任

右事故は、八雲町立○○小学校の児童である春夫が、同校で禁止されていたにもかかわらず八雲町立○○中学校々庭で自転車を乗り廻したことおよび同人の運転技術未熟の為に生じたものである。ところで、春夫は、当時八才一〇カ月(同小学校二年生)であつてその行為の責任を弁識する能力はないから、被告らは春夫の親権者父母として、本件事故による損害を賠償する義務がある。

3  原告らの損害

(一) 原告一郎の慰藉料

原告一郎は、右事故後直ちに魚住医院に入院し、昭和四三年九月七日に町立八雲病院へ転院し、昭和四三年三月二九日まで同病院に入院し、退院後も通院しているが、同病院において右膝屈曲障害(最大屈曲一〇〇度)の後遺症が残るとの診断を受けた。一郎は中学一年生であるが、この後遺症により著しい跛行となり、起居は不自由で、一般生徒とともに運動することは不可能となり、かつこのような身体障害のため精神的な負担も大きく、勉学能力が減退することになる虞れも充分ある。また、将来その職業選択に自ら制約を受けるなど精神的、物的損害は計りしれないものがある。従つて、これらの精神的損害の慰藉料としては金二〇〇万円が相当である。

(三) 原告Bの逸失利益の喪失

原告Bは、原告一郎の母であるところ、一郎が本件事故によつて入院した昭和四三年九月五日から昭和四四年一月一五日まで一三二日間、同人の付添看護を余儀なくされた。Bは日雇労働者であるが、例年九月ないし一〇月は主として農業または土建業に、一一月ないし翌年二月は水産加工または土建業に従事し、その賃金は農業労働の日給は金一、〇〇〇円、水産、土建業に従事したときの日給は金一、二〇〇円であるから、平均日給は金一、〇〇〇円を下らない、昭和四二年度の同期間における稼働日数はそれぞれ左記の通りで、その暦日数一五三日中稼働日数は一〇八日であるから、これを参考にして本件事故によりBの蒙つた逸失利益を算出すると金九万三、一七六円となる。

昭和四二年 九月 稼働 二六日

同   年一〇月 同  二七日

同   年一一月 同  二三日

同   年一二月 同  二四日

同 四三年 一月 同   八日

計  暦日数  一五三日

稼働日数 一〇八日

4  よつて、原告一郎は被告らに対し連帯して金二〇〇万円、原告Bは被告らに対し連帯して金九万三、一七六円およびこれらに対する訴状送達の翌日である昭和四四年四月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実中、本件事故発生の時刻、場所を除くその余の事実は認める。本件事故は、昭和四三年九月五日午後三時一〇分ころ八雲町立○○小学校々庭内において発生した。

2  同第2項の事実中春夫の当時の年令および同人と被告らとの身分関係は認めるがその余の事実は否認する。

3  同第3項の事実中、原告一郎の当時の学年および同人と原告Bとの身分関係は認めるが、その余の事実はすべて不知。

三  抗弁

1  免責の抗弁

訴外春夫の本件行為については、もつぱら親権者に代わる監督義務者である○○小学校々長や同校教員およびその使用者である八雲町が損害賠償責任を負うもので、被告らには責任はない。

すなわち、小学校の児童の学校ないしこれに準ずる場所における教育活動およびこれに資する生活関係に随伴する行為については、学校長や教員が親権者等の法定監督義務者に代つて児童を監督すべき義務を負担しているのである。具体的には右学校長や教員は、児童の行為の時間、場所、態様、学年等諸般の事情を考慮したうえ、学校の生活環境下において通常発生し得る行為について代理監督者として責任を負う。本件についていえば、○○小学校では交通安全の見地から放課後同校々庭で児童が自転車の運転練習をすることを積極的に指導、容認していたが、右校庭において本件運動会練習のように多数の児童生徒が校庭の全面を使用する場合には走行中の自転車が練習中の児童生徒に衝突する危険が予想されたのであるから、同校学校長および教員は児童の自転車乗入れや運転走行を禁止制限し、もつて事故発生を防止すべき監督義務があるというべきである。そして、事故発生の時間が春夫にとつて放課後であると否とにより右監督義務に消長をきたすものではない。かえつて、本件事故が同校学校長、教員の勤務時間内である午後三時一〇分ころに発生したこと校内教職員室には春夫の担任教員ほか数名の教職員がおり、前記校庭内を一望の下に看取できる状況にあつたことを考えれば、本件加害行為は春夫がもつぱらその代理監督者である同校の学校長および教員の監督下にあるときに発生したものといえるから、その行為の責任は、右代理監督者およびその使用者に専属するものであり、被告らには責任はない。

2  過失相殺

仮りに前記抗弁が認められないとしても、被害者側にも重大な過失があるから損害賠償額の算定につき斟酌されるべきである。すなわち、原告一郎は○○中学校一年生であり、同校々庭において同校の教育課程に基づく授業もしくはこれに密接不離の生活関係に随伴する行為としての運動会競技(ムカデ競走)練習をしていたものであるから、同中学校長および担任教員は代理監督義務者としての責任を負うものである。従つて、右監督義務者らは、本件事故当時の校庭使用状況、一郎らの練習種目特にその危険性の度合、さらに平常小学校児童が同校庭内に自転車を乗り入れ走行している事実等を考慮するならば、必ず右運動会競技練習の現場に立ち会い、事故防止の措置をとるべき義務があるのに、これを怠つた過失がある。これら監督義務者らの過失は、被害者側の過失として斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項の事実は否認する。

○○小学校では自転車通学をする者が多いところから事故事故防止の一環として自転車の運転練習を希望する者に全校の授業終了後に限つて校庭使用を一般的に許容していたにすぎず、学校が課外教課として指導するものではないから、自転車運転の合格試験を行なうような特殊の場合を除き、日常職員を配置指導させていないのが実情である。このように、運転練習には危険が予想されるのでその練習時間は在校児童のいない全校の授業終了後と定められていた。

事故発生の時刻には、小学校の三学年以下は午後二時をもつて授業が終了していたが、四学年以上は八雲町全町小学校体育大会(以下単に小体という。)の練習中であつた。故にこの時は校庭での自転車運転練習の禁止中で、春夫がいつたん帰宅した後にこれを犯してひそかに校庭に乗り入れしたものであるから、学校としてはこれによつて生じた事故について何等責任を負うべきではない。なお、○○小学校、同中学校の校庭は両校共同使用のもので、地域的に何等の区画制限はなく、使用に当つては相互に事前に通告し合つて使用上調整を計り、円滑に運用してきたものである。事故当日は、中学校が校庭の北部中央においてムカデ競走の練習をし、小学校が南部方面において小体練習をしていたものである。

2  同第2項の事実中、原告一郎が本件事故当時○○中学校一年生であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

ムカデ競走自体には何等の危険性はなく、従つて危険防止のため教職員が立会すべき義務はない。

第三  証拠<略>

理由

一請求原因第1項の事実は、本件事故発生の時刻および場所の点を除き、当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、本件事故は昭和四三年九月五日午後四時ころ、山越郡八雲町字落部一三三番地の一所在の同町々立○○小学校および○○中学校の共同使用にかかる校庭(両学校が共同管理のもとに共同使用しており、校庭内に使用範囲等の区分はない。以下単に共用校庭という。)で起つたこと、が認められ、右認定に反する証拠はない。

二1 <証拠>によれば、次のような事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  ○○小学校では、自転車による通学児童の交通安全指導の一環として、年二回自転車の運転試験を行ない、この試験に合格した児童に免許証を与えており、また同校児童が放課後共用校庭を自転車の運転練習に使用することを許可していた。しかしながら、右自転車の運転練習は危険を伴なうものであるため、右小学校全校の授業が終了した後で、かつ同校および○○中学校において行事等のために共用校庭を使用していない時に限り、校庭での自転車の運転練習が許されていた。

(二)  ところで、本件事故当時共用校庭では、○○小学校高学年の児童約一四〇名が、同校教員松崎義行の指導のもとに小体の練習をしており、さらに○○中学校の生徒約二〇名位が、運動会の競技種目であるいわゆるムカデ競走の練習をしていた。原告一郎は、共用校庭中央部東側付近で他の三名の同級生とともに互いの足をなわで結び合つてムカデ競走の練習をしていた。

(三)  春夫は、本件事故当日午後零時一五分ころ授業を終え、いつたん帰宅した後自宅から自転車を持ち出し、午後四時ころ前記共用校庭で自転車に乗つて遊んでいる際に、他の児童に後から自転車で追いかけられたのに気を取られて後方を見ながら自転車を運転し、進路前方に対する注意がおろそかになつたため、前記のようにムカデ競走の練習をしていた原告一郎らに気づかず、同人に自転車を衝突させ、同人を負傷させたものである。右認定の事実によれば、春夫は、当時共用校庭では小学校高学年の児童および中学校の生徒が運動会の練習等をしていたのであるから、共用校庭で自転車を運転することが禁止されていたのにこれを犯して自転車を運転し、また前方を注意せずに自転車を運転し、その結果原告一郎を負傷させたのであるから、本件事故は春夫の違法な行為により生じたものであるということができる。ところで、春夫が本件事故当時、八才一〇か月の小学校二年生であつたことは当事者間に争いがないから、春夫はその行為の責任を弁識するに足りる能力を有していなかつたものと認めるのが相当であり、春夫は原告一郎に与えた前記傷害につき責任を負わないものといわなければならない。そして、被告らが春夫の父母であり、同人の親権者であることは当事者間に争いがない。従つて、被告らは春夫の法定監督義務者としてその監督を怠らなかつた旨の主張、立証をしない限り、本件事故による損害を賠償する義務を免れないものである。

三ところで、被告らは、春夫の本件行為については親権者たる被告らには責任がなくもつぱら親権者に代わる監督義務者である○○小学校々長および同校教員ならびにその使用者である八雲町に責任があると主張するので、この点について判断する。

公立小学校の学校長や担任の教員は、学校教育法によつて児童を親権者等の法定監督義務者に代つて監督すべき義務を負うものであり、その義務の範囲は、これらの者の地位、権限および義務に照らし、学校における教育活動およびこれと密接不離の関係にある生活関係についての監督義務に限られるものと解するのが相当である。

ところで、これらの代理監督義務者の監督義務の範囲内にある生活関係において児童が他人の権利を侵害した場合に児童の親権者の責任はどのように考えるべきであろうか。親権者は児童の生活の全面にわたつて監督義務を負うものであるから、学校長等の代理監督義務者に損害賠償責任があるからといつて、そのことによつて当然に親権者の責任が免除されるということはできない。当該行為の行なわれた時間場所、態様、児童の年令等諸般の事情を考慮したうえ、その行為がもつぱら代理監督義務者の監督下で行なわれ、かつそれが学校生活において通常発生することが予想されるような性質のものである場合にかぎり、親権者は当該行為の責任を免れることができるものと解するのが相当である。けだし、右のような行為については親権者は児童の監督を全面的に代理監督義務者に委ねており、親権者が介入し得る余地がないものと考えられるからである。

そこで、本件事故について考えてみると、前記二の1で認定したように、春夫は、午後零時一五分ころ授業を終えていつたん帰宅したのち、自宅から自転車を持ち出したうえ、午後四時ころ共用校庭が小体の練習等で使用されており、したがつて右校庭での自転車の運転が禁止されていたにもかかわらず、右校庭に自転車を乗り入れて運転しているうちに、本件事故を惹起したものである。このように、本件事故は校庭において学校長等の勤務時間内に発生したものであるとはいえ、授業が終了しいつたん帰宅した後の行為であるうえ禁止に違反して自転車を校庭に乗り入れた結果発生したものであるからもつぱら代理監督義務者である学校長または教員の監督下で発生したものということはでできず、親権者である被告らの責任は免れ得ないものといわなければならない。かりに被告ら主張のように○○小学校長、同校の教員または八雲町に本件事故についての責任があるとしても、これにより被告らの責任が免除されるものでないことはさきに述べたとおりである、

従つて、被告らの主張は失当である。

四次に、原告らの損害につき判断する。

1  原告一郎の慰藉料

<証拠>によれば、一郎は本件事故により昭和四三年九月五日から昭和四四年三月二九日まで約七カ月間入院生活を余儀なくされ、とくに昭和四四年一月一五日までの間は歩行不能のため付添看護を要するような状態であつたこと、一郎は右入院中学校を欠席したため進級が一年遅れたこと、博則は町立八雲病院において、昭和四四年三月二九日退院の際に右膝屈曲障害(最大屈曲一〇〇度)が後遺症として残る旨の診断を受けたこと、右症状は現在相当程度回復したとはいえ、なお足を前に出さなくては坐ることができない状態で、右膝屈曲障害が残り走行も不自由であることが認められ、右認定に反する証拠はない。また、原告一郎が将来職業を選択する際右膝屈曲障害のために受ける制約も少なからぬものがあることは想像に難くない。これらの事実に前記認定の本件事故の態様、一郎の負傷の程度その他諸般の事情を考慮すれば、原告一郎の蒙つた精神的苦痛は金二〇〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

2  原告Bの逸失利益の喪失

原告Bが原告一郎の母であることは、当事者間に争いがない。前記甲第五号証および原告B本人尋問の結果によれば、Bは例年九月から一〇月末ころまでは農作業、一二月中旬ころまでは土建仕事、翌年三月末ころまでは水産加工の日雇としてそれぞれ働いており、農作業では金一、〇〇〇円、土建仕事および水産加工では金一、二〇〇円ないし一、三〇〇円の日給をそれぞれ得ていたこと、右日雇仕事は月平均二四、五日位あり、これによる月収は金三万円前後であつたこと、Bは、一郎が前記のように付添看護を要する状態であつたため、昭和四三年九月五日から翌四四年一月一五日まで一三二日間魚住医院および町立八雲病院において一郎の付添看護にあたり、そのため右期間中日雇として稼働できなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。してみれば、原告Bは、本件事故により少なくとも原告主張の金九万三、一七六円の得べかりし収入を失つたことになる。

五被告らは、○○中学校の校庭または担任教員において運動会競技の練習に立会つて事故防止の措置をとるべき義務があるのにこれを怠つた過失があると主張するので、この点について判断する。

原告一郎が本件事故当時○○中学校一年生であつたことは、当事者間に争いがない。<証拠>によれば、原告一郎らが練習していたムカデ競走は、四人が一組となつて縦に並び、四人の右足および左足をそれぞれ一本のなわで結びあつたうえ前方へ走る速さを競う競技であるが、これは中学生の運動競技種目として危険なものではなく、従つてその練習そのものも格別危険を伴なうものではないことが認められる。公立中学校の学校長および担任教員が生徒を親権者等の法定監督義務者に代つて監督すべき義務を負うことはいうまでもなく、生徒の身体の安全に対する危険防止の義務もその中に含まれることはもちろんであるけれども、本件のように被監督者が中学生で責任能力者に近い程度の事理の弁識能力を有し、かつ被監督者の行為(ムカデ競走の練習)が一般にさほど危険を伴なうものではない場合までも、学校長または担任教員が右練習に立会し、これを監督する義務を負うものとはいえず、被告らの主張は採用できない。

六よつて、被告らは、本件事故による損害賠償として、連帯して原告一郎に対し金二〇〇万円、原告Bに対し金九万三、一七六円およびこれらに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年四月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告らの請求はいずれも全部理由があるものとしてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(新海順次 今井功 久保真人)

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