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佐賀地方裁判所 昭和32年(わ)210号 判決 1962年8月27日

被告人 中島勇 外三名

主文

被告人四名はいずれも無罪。

理由

一、本件公訴事実

被告人中島勇は、昭和三十一年四月一日から同三十二年三月末日まで佐賀県教職員組合(以下単に佐教組と略称する)副執行委員長であり、同三十二年一月以降執行委員長不在中これを代理していたもの、被告人北崎稔は昭和三十一年四月一日以降同組合の書記長をしているもの、被告人丸山正道は同日以降同組合の書記次長をしているもの、被告人杉山郁夫は昭和二十九年四月以降同三十二年三月末日まで同組合の執行委員(組織法制部担当)であつたものであるところ、同組合における佐賀県内市町村立学校県費負担教職員の定員削減反対、完全昇給昇格実施の要求貫徹の目的を以つて被告人らは同組合傘下組合員である市町村立小中学校教職員をして年次有給休暇に名を籍り、市町村教育委員会(以下単に地教委と略称する)及び学校長の承認なくしてもなお就業を拒否し、同盟罷業を行わしめるため、これを煽動することを他の執行委員等と共謀の上

第一、昭和三十二年一月二十三日佐賀市松原町所在の教育会館で開催された同組合第百六十五回中央委員会において、同県内市町村立小中学校教職員たる出席中央委員に対し、「二月十二日より一週間の間知事査定の重大段階に二、二、三、三割の休暇斗争を行う」旨の「春季斗争に関する件」なる議案を提出し、その際「校長の態度如何に拘らず休暇請求書を出して休暇をとることは合法である」旨記載した「二、二、三、三休暇斗争に対する法的見解」なる文書を配布して、年次有給休暇に名を籍る一斉就業拒否の方法による斗争の必要性と合法性を強調して組合員の斗争参加を促し、更に同年一月二十五日頃同県内において同組合傘下組合員である市町村立小中学校教職員に対して、右中央委員会において右提案における休暇斗争に参加すべき者の比率及び期間を修正してこれを可決し、「二月十二日より一週間知事査定の重大段階に三、三、四割の休暇斗争を行う」こと等を決定したこと等を通報してこの斗争に参加を求める趣旨の同月二十五日付佐教組執行委員長藤山正己名義の指示第四号を配布し、

第二、同年二月上旬第百六十五回中央委員会決定の実力行使については二月五日の第百六十六回中央委員会及び全組合員の直接記名投票を経て二月十日の第三十二回臨時大会で決定するが、この際団結の力を示さなければ教育が混乱する重大時機と考え全組合員が敢然と立ち上るべき旨及び校長と話し合いがつかぬ場合は校長の態度如何にかかわらず休暇請求書を出して休暇をとるべき旨の前掲斗争方法による斗争の必要性と合法性を強調して組合員の斗争参加を促す記事を掲載した同組合発行の「佐賀県教育新聞」第百四十四号約三千部を同県内において同組合傘下組合員たる市町村立小中学校教職員に配布し

第三、同年二月五日前記教育会館で開催された同組合第百六十六回中央委員会において、前記市町村立小中学校教職員たる出席中央委員に対し「二月十四、十五、十六日各分会三、三、四割の割合による前掲方法による休暇斗争をもつて要求を貫徹する」旨を骨子とする「春季斗争に関する件」と題する議案を来るべき臨時大会に提案して傘下組合員たる教職員をしてこの斗争を実施せしむべきことを提案強調し更にその頃同県内において右中央委員等を介して右提案を可決した中央委員会の決定事項を夫々同組合員たる市町村立小中学校教職員に伝達し

第四、同年二月十日佐賀市赤松町所在の産業会館で開催された同組合第三十二回臨時大会において、前記市町村立小中学校教職員たる出席代議員に対し、「春季斗争に関する件」と題して前掲斗争方法をも記載せる議案書を配布すると共に右議案を提出してその斗争方法をも説明し、これが可決決定された後、その場において「各分会は昭和三十二年二月十四日、十五日、十六日の三日間三割三割四割の年次有給休暇をとり佐賀市及び唐津市において開催する要求貫徹総決起大会に参加せよ」なる旨の同日付同組合斗争委員長中島勇名義の年次有給休暇に名を籍る一斉就業拒否の斗争指令を右代議員に配布し、更に翌十一日頃同県内において右代議員等を介して右決定事項及び右指令内容を夫々同組合傘下組合員たる前掲市町村立小中学校教職員に伝達し

第五、同年二月十三日「タイセイカンビハイレ」なる右休暇斗争を実施すべき旨の電信を同組合分会の置かれた同県内の三百八校宛夫々打電して、同組合傘下組合員たる前掲市町村立小中学校教職員に右斗争実施を指令し

第六、右一斉就業拒否による要求貫徹総決起大会を開催するに当り、態度不明の学校分会員に対し斗争参加方を督励するため

(一)  被告人中島勇は、同年二月十五日同県杵島郡山内村立山内東中学校において同校外三校の同村立小中学校教職員田中保外三十名位の者に対し「明日一日だけでもよいから参加して貰いたい」旨申し向け

(二)  被告人丸山正道は、同年二月十三日佐賀市立本庄小学校において同校教職員福岡弘外十数名の者に対し「今度の斗争には絶対脱落しないで、しつかりやつてくれ」と申し向け

(三)  被告人杉山郁夫は、前同日佐賀市立城南中学校において同校教職員津田本来外四十数名の者に対し「今回の休暇斗争は権利の行使であるから、決して心配することなく休暇斗争に参加して貰いたい」旨申し向け

以つて、地方公務員である市町村立小中学校教職員に対し同盟罷業の遂行をあおつたものである。

二、当裁判所の認定した事実

(一)  佐教組の組織及び被告人らの地位

佐教組は、佐賀県内の市町村立小中学校の教職員(校長、教論、助教諭、本務講師、養護教諭、養護助教諭、及び事務職員をいう)で組織された地方公務員法第五十二条第一項に規定する団体(いわゆる「単位団体」)の連合体であつて、単位団体及び単位団体を組織する教職員(以下組合員と略称する)の経済的、社会的、政治的及び文化的地位の向上をはかり、教権を確立し、教育及び学問の民主化に努め、もつて文化国家の建設に寄与することを目的として、昭和二十二年から組織されている法人であり、他の都道府県教職員組合とともに連合体である日本教職員組合(以下日教組と略称する)を組織している。佐教組は、最高議決機関として大会(単位団体に所属する各分会毎に組合員二十九名までは一名、三十名以上の場合は二十名又はその端数をこえる毎に一名を加えた数、並びに事務職員部、養護職員部、婦人部及び青年部において、その部の細則により各二十二名づつ、それぞれ単位団体又は各部毎に所属組合員の直接無記名投票によつて選出される代議員並びに中央委員及び支部長をもつて構成する)大会に次ぐ議決機関として中央委員会(各支部毎にその支部の代議員会において各支部の所属組合員三百名又はその端数毎に各一名づつを加えて選出される中央委員、事務職員部及び養護職員部から各二名、婦人部及び青年部から各三名づつ選出される中央委員、並びに各支部の支部長をもつて構成する)を設けるが、大会又は中央委員会の決議により、更に組合員の一般投票(全組合員の直接無記名投票により、その過半数の賛成がなければその効力を生じない)を行なうことができ、大会又は中央委員会の決議が一般投票で否決されたときは、その後その決議は効力を失う。執行機関として執行委員会を設け、役員として、執行委員長一名、副執行委員長二名、書記長一名、書記次長二名、会計委員二名、執行委員若干名その他を設け、執行委員長は組合を代表し、大会、中央委員会及び執行委員会を招集し、執行委員会の議長となり、書記局を総括し、副執行委員長は、執行委員長を補佐し、執行委員長に事故あるときは、あらかじめ定められた順序によりこれを代理し、書記長は、正副委員長を補佐し、書記局の運営の責任者として書記局の事務を総括し、書記次長は書記長を補佐し、書記長に事故あるとき、あらかじめ定められた順序によりこれを代理し、会計委員は会計事務を掌り、執行委員は業務を執行する。執行委員長、副執行委員長、書記長、書記次長、会計委員及び執行委員が執行委員会を構成し、執行委員会は業務を処理するために書記局を置き、書記局は情宣部、調査部、組織法制部その他の部に分れ、部には正副部長が置かれる。また、執行委員会の構成員に各支部長または各支部事務長(或は書記長と称する)若しくはその双方を加えて構成される拡大執行委員会を設け、重要な大会及び中央委員会の議案の検討に当らせている。

なお組合が斗争状態に入つた場合には、執行委員会を斗争委員会とし、拡大執行委員会を拡大斗争委員会としている。佐教組は、佐賀市、唐津市、三養基郡、神埼郡、佐賀郡、小城郡、東松浦郡、西松浦郡、杵島郡及び藤津郡に各支部を、各学校に分会を置き、各支部は組合の目的を達成するために所属の分会又は組合員と本部との連絡並びに分会相互間及び組合員相互間の連絡提携にあたり、必要な事業を行ない、最高議決機関として総会、総会に次ぐ議決機関として代議員会(重要な議案については各校長を加えた拡大代議員会を開くことがある)、執行機関として常任委員会を、役員として支部長、事務長、常任委員その他を設け、支部の議決機関及び執行機関は、本部の拘束を受ける。

被告人中島は、昭和二十七年以降現在まで武雄市立武雄小学校教諭であり、同三十一年四月一日から同三十二年三月末日まで佐教組副執行委員長であつて、同三十二年一月五日頃から同年二月末頃まで執行委員長藤山正己の外遊中これを代理し、一方書記局情宣部長として下部組織に配布する佐教組発行の佐賀県教育新聞、短信等の編集、企画等の業務に従事していたもの、被告人北崎は、昭和二十二年以降現在まで鳥栖市立基里中学校教諭であつて、同三十一年四月一日から同三十三年三月末日まで佐教組書記長をしていたもの、被告人丸山は、昭和二十五年四月以降現在まで佐賀市立神野小学校教諭であり、同三十一年四月一日から同三十三年三月末日まで佐教組書記次長であつて、一方書記局調査部長として県財政問題及び定員、勤務条件等の調査の業務に従事していたもの、被告人杉山は昭和二十五年四月以降現在まで唐津市立鬼塚小学校教諭であり、同二十九年四月から同三十二年三月末日まで佐教組執行委員であつて、一方書記局組織法制部長をしていたものである。

佐賀県における財政再建計画の発展と本件統一行動に至るまでの経緯

佐賀県財政は昭和二十五年度から実質的赤字を生じ、殊に県費負担公務員の増加とベースアツプによる人件費の増加、災害の頻発、特に昭和二十四年頃と昭和二十八年の水害による事業費の増加及び歳入の不足を補うために起した地方債の元利償還金の累積によつて実質的赤字の累計は昭和二十八年度には約六億三千万円に、昭和二十九年度には約八億五千万円に、昭和三十年度には約十一億円になつた。これがため、昭和二十九年三月の県議会においては、小中学校の児童生徒数の自然増加に伴い、教員の定数を百九十一名増加することが一旦提案され、可決されたのにかかわらず、同月末には、これを取り消し、逆に教職員を減員する旨の決議がなされるに至つた。佐賀県においては、その頃から財政の再建をはかるために県機構の簡素合理化と定員の削減を押し進める自主再建計画の検討を始め、同年五月の県議会において、縮減予算の提案がなされた。

それは教育費についても約五千五百万円を削減しようとするものであつたので、佐教組は、新聞及びニユースカーにより県民に対し、或は組合員に父兄、県議会議員、教育委員等の自宅訪問を行わせて、それぞれ実情を訴え、一方、組合員による一斉昼食抜き、県庁前坐り込み、デモ行進、県議会陳情等の統一行動によつて抗議を行なうとともに、地教委及びP・T・Aにも協力を要望した結果、これに呼応して地教委P・T・A、医師会等多方面から反対陳情がなされ、遂に前記予算案は県議会の会期満了によつて審議未了となつた。しかし同年九月の県議会において、前回を上廻る教育費約一億円の削減を含む縮減予算案が提出されたので、佐教組、地教委、P・T・A等は再び前回同様の反対運動を行なつたが、右予算案は同月十八日の県議会(いわゆる乱斗県会)で可決された。県のこのような予算縮減計画は、はやくも同年六月頃から教職員の給与の遅払い、分割払いとなつてあらわれ、昭和三十年三月には宿日直手当を二百五十円から二百円に減額するに至つた。そこで、県人事委員会は昭和三十年三月三十一日県知事に対し、宿日直手当はこれを三百六十円まで増額するよう要望し、更に同年六月十日、県知事、県教育委員会(以下県教委と略称する)に対し、「給与の遅払い、分割払いは職員の家計並びに志気に影響するところ極めて甚大である」として、給与条例に定められた支給日を厳守するよう要望した。また県は昭和三十年四月、職員の定期昇給について、その発令をしなかつたので、佐教組は同年六月八日と同月十五日の二回、高等学校教職員組合(以下高教組と略称する)及び県庁職員組合(以下県職組と略称する)とともに県知事及び県教委に対し、給与は条例通り二十一日に必ず支給すること、昇給昇格を抑制することなく、直ちに発令すること等を要望し、同月十三日指示第二号を発して組合員各人が県知事、県教育長、県教育委員、県総務部長その他に昇給昇格の財源措置、旅費、宿日直手当の増額、定員の増員、一学級生徒定員の緩和等について、文書陳情を実施するよう指示した。

昭和三十年五月、地方財政再建促進特別措置法案が国会に提出されたが、継続審議となつた。佐教組は、「この法案は地方財政の赤字解消という美名にかくれて、何らの財源的措置をせず、一方的に地方自治体に対し、機構改革、予算削減を義務づけ、地方税を増額せんとするものであり、地方自治体は予算の行使にも自治庁の指図を受けることとなり、民主的地方自治制度を破壊するものである」として、これに絶対反対の態度に出で、同年五月二十九日第二十八回定期大会において、同法案反対の決議をし、県議会議員に同法案に対する反対運動を要請し、更に同年六月十三日指示第二号を、同年七月二日指示第六号をそれぞれ発して、組合員各人が同法案反対の文書陳情を衆参両議院議長、同議員、関係大臣等に対して実施すること、P・T・A、地教委その他各種団体に働きかけて、これら団体または個人から文書による陳情を実施してもらうこと、宣伝用ポスターやビラを街頭に貼付したり県民に配布して、その啓蒙をはかること等を指示した。また、同月二十三日には佐賀市産業会館において同法案に反対する「生活と郷土を守る県民大会」が開催された。

県は同年七月再び定期昇給及び昇格についてこれを発令しなかつたので、九州地方教育長協議会は同年七月七日九州各県知事に対し、教職員の定期昇給昇格の早期実施を要望し、県人事委員会も、また同月十九日県知事、県教委等に対し、四月一日付及び七月一日付定期昇給の実施を要望した。

同年七月頃、県知事部局は県教委に対し、教職員の定員を千四百名削減する定数条例原案の送付を要求した。そこで、佐教組は同年八月三十日、県知事に対し、「もし、我々の期待を裏切り、子供の教育を破壊する人員整理、予算削減をあえて強行しようとする方向が打ち出されるとすれば、我々は重大な決意をもつて、強じんな闘争を展開する」旨の警告宣言を発し、同時にP・T・Aと提携して県議会議員を説得する等の反対運動を展開した結果、県教委も千四百名削減案に反対する態度を打ち出し、独自の四百八名削減案を決定し、知事に通知したところ、同年十月八日に至り、知事は県教委に対し、七百名削減の原案送付の要請をしたが、県教委は教育の低下を防ぎ、その水準の維持をはかるためには四百八名が限界であるとして、同月十日四百八名を削減する定数条例(以下四百八条例と略称する)原案を送付することを決定した。ところが、同月十二日に至り、地教委連合会が四百八条例原案を更に相当下廻つた数の削減人員を示してこれに反対したため、県教委は同月十四日さきの原案送付の決定を取消し、教育委員七名のうち四名はその責任を負つて辞任した。そこで、佐教組は同日、高教組と連名で県知事に対し、全国に前例のない人員整理を取止めるよう声明書を発し、更に同月十六日県下全教職員が、県庁前に集合して「地方自治と教育を守る教職員総決起大会」を開催し、「我々はここに鍋島知事が教育と地方自治を破壊するものであることを確認し、組織をあげてこれと対決するとともに即刻首切り案の県会提出を取止めるよう要求する」旨の大会宣言を行なつた。ところが留任した有浦教育委員長外一の教育委員は地教委連合会と協議することもなく、同月十八日突如四百八条例原案を県知事に送付ししたため、同月二十日地教委連合会は有浦教育委員長に対し、強い抗議書を発した。佐教組は更にその頃、この条例案を阻止すべく課外授業、日直及び宿直拒否の遵法斗争を行ない、また県民、P・T・A、校長会、地教委に呼びかけ、校長会、P・T・A、地教委等主催の再建計画反対の県民大会を開催し、また佐教組執行委員長藤山正己はその頃自治庁に陳情に行き、更にP・T・A及び校長会にも働きかけた結果、同年十一月頃P・T・A、及び校長会からも自治庁に陳情に赴いた。また、同年十一月頃、県の学校保健大会があつたが、出席養護教諭は定員削減反対を決議し、陳情書を知事及び県教委に提出した。しかしながら、これらの強力な反対運動のかいもなく、四百八条例案は県議会に提出され同年十一月の県議会で可決された。この四百八条例は、昭和三十年十月の現在員八千三十七名から四百八名を昭和三十年度及び同三十一年度の二年にわたつて削減し、七千六百二十九名を定数としようとするものであつて、四百八名の内訳は県立高校の教職員三十三名及び市町村立小中学校の教職員三百七十五名であつた。

これよりさき、県は昭和三十年九月頃、未だ四月及び七月の定期昇給の発令をしなかつたので、人事委員会は、同月十四日県知事及び県教委等に対し、「県職員の給与は、初任給に昇給が積み重ねられる方法になつており、昇給は年令の増加に伴う生計費の上昇、仕事の熟練に伴う能率に応ずる制度として給与体系の重要な一部をなす」として、規定どおりの定期昇給の実施を勧告した。然るに、県は同年十月の定期昇給についても、これを発令しなかつたので、人事委員会は同年十一月十五日更にその規定どおりの実施を要望した。

佐教組は、同年十二月一日、県教委に対し、昭和三十一年度教育予算編成に関する要求書を提出し、一学級の児童、生徒数は小学校五十六名、中学校五十四名をそれぞれ限度とし、一学級の教諭数を小学校一・三人、中学校一・七人とすること、養護教諭を全校に配置すること、事務職員を六学級以下の小学校にも配置するとともに、二十学級以上の学校には増員すること、昇給、昇格完全実施の所要経費を計上すること、宿日直手当を三百六十円とすること、超過勤務手当を給与法第十六条、第十九条により計上すること、旅費は一人年間八千円を計上すること等を要求した。

昭和三十一年二月十六日に至り、県側の要求により、県知事及び県教育長と県職組、佐教組及び高教組との間で、「昭和三十年度の昇給昇格は定期日に発令するが、発令の日から昇給差額七百円未満の者は六ヶ月間、七百円以上千四百円未満の者も六ヶ月間、千四百円の者は九ヶ月間、千五百円以上の者は十二ヶ月間、それぞれ増額分の請求権を放棄する(いわゆる六、六、九、十二の請求権放棄)。この協定書による措置は今回限りのものとする」との協定がなされたが、同時に秘密協定として「六、六、九、十二ヶ月と三、三、六、九ヶ月との差額三ヶ月分を知事在任中に支払うべく誠意をもつて努力する」との約束がなされた。

また、昭和三十一年一月から同年三月にかけて教職員に対する強力な退職勧奨が行なわれ、被勧奨者を困惑に陥れるような半ば強制的な事例も少くなかつた。この退職勧奨の結果、同年四月の人事異動で、事務職員及び養護教諭には二校以上兼務する者が各十数名生じた。

更に、県は昭和三十一年度の暫定予算案に、職員の昇給額を全く計上しなかつたので、県人事委員会は同年三月十九日、県知事、県教委等に対し、善処方を勧告した。なお、県は昭和三十一年度当初、宿直手当を二百円から百五十円に減額したので、人事委員会は同年四月六日、国家公務員なみに三百六十円に増額するよう要望した。更に、当時県は職員の旅費についても、一人年間四千円から三千円に、学校事務職員の超過勤務手当についても、本俸の四パーセントから二パーセントに(一般職員は三パーセント、警察職員は四パーセント)それぞれ減額した。

これよりさき、昭和三十年十二月、地方財政再建促進特別措置法案が国会で可決されたが、県知事はさきに同年十月の県議会において、四百八条例審議の過程で、自主再建計画を、自治庁からの同法による法定再建計画の要請に対する防波堤にしたいと言明していたにも拘らず、同三十一年三月の県議会に、佐賀県が同法による財政再建団体として指定を受けることを提案し、県議会がこれを可決するや、県知事は、更に自主再建計画を凌ぐ法定再建計画案を県議会に提出した。

これに対して、佐教組は同年四月九日指令第一号及び同月十九日指令第二号をそれぞれ発し、組合員は、一斉に県知事に対し、自治庁の干渉を強力に拒否することを要求する旨の陳情書を送付すること、市町村別に地教委、青年団、婦人会及びP・T・Aを主力とする教育問題研究会を開催し、定員削減に絶対反対する旨の決議及び陳情書に各団体名を記入して県知事に送付すること等を指令した。

また、県教委も法定再建計画に対し反対の態度をとり、同年五月一日県知事に対し、「教職員の配置については、現行の定数条例による昭和三十年度の配当基準を維持すること、完全昇給昇格に要する財源の確保について特に遺憾のないよう措置すること、宿直手当は最低二百円の予算措置を考慮すること、学校事務職員の超過勤務手当について、一般職員との間に差別を設けず、均等に支給すること」なる旨を要望する意見書を提出した。

佐教組は、更に同年五月四日指示第一号を発して、「各分会は、分会会議を開き、再建計画による現場の実態を具体的に協議検討し、四百八条例実施による教育現場の窮状を述べて出身県議会議員、県教委及び地教委に陳情するとともに、P・T・A総会、理事会等に働きかけて、県教委、地教委、県議会議員に対する陳情方を要請すること、各分会から代表を出して、同月八日から十五日までの県議会開会中に、父兄を帯同して県議会に対し動員陳情を行なうこと」等を指示し、組合員はこれを実行した。

また、同月十四日午前二時から佐賀市公会堂において、県教委、地教委、県P・T・A連合会、県小中学校校長会、県高校校長会及び県高校後援会の共催による「教育を守る県民大会」が開催されたが、同大会は「四百八条例によつて学校では幾多の混乱が生じ、数数の子供の不幸が訴えられている。その上に、小中学校で四百二十三名、高校で百八十四名の教師の減員は直接子供を不幸に陥れるものであり、吾吾父兄の黙過し難い所である」として、教職員の定数については四百八条例より削減しないいこと、教職員の生活を考慮し、教育意欲の振興のため昇給昇格の完全実施、諸手当の現状低下を避けること等を決議した。

しかしながら、以上のような佐教組、県教委、地教委、P・T・A、校長会等の反対運動にもかかわらず、翌十五日の県議会において法定再建計画の具体案が可決された。この再建計画の基本方針は、昭和二十九年以降の自主再建計画に基いて実施した財政再建に関する措置を含め、昭和三十年から昭和四十年までの十一年間を財政再建の期間とし、この間に行政規模の合理化、行政組織の簡素合理化、職員の配置の合理化等を、人口、財政規模、産業等の類似した他県と比較検討しながら押し進めるとともに、事務処理の能率化、予算執行の合理化をはかつてゆくというものであつた。この法定再建計画によれば、昭和三十年から昭和四十年末までの間に教職員の定員(高校を含む)を約七百名削減し、その間に整理退職と自然退職により、約三千名を退職させて、平均年令の低下による教職員の平均給与単価の引き下げをはかることになつており、そのため教職員の配置も、小学校については、一学級当り一・一九人に、中学校については一学級当り一・五八人に、いずれも昭和三十年度の学級数を乗じたものを基準として、当該年度の学級数の推定増減数につき一学級当り一人を増減員したものを当該年度の教職員数とし、学級数の基礎となる一学級当りの児童生徒数の最高を、小学校については六十人、中学校については五十六人とし、養護教諭及び事務職員は昭和四十年までの間にこれを全廃し、昇給財源については昭和三十一年度は昭和三十年度末の現給を基礎として二パーセントを計上するが、昭和三十二年度以降はこれを計上せず、一般財源の自然増加の範囲内で行なうことを考慮するものとし、超過勤務手当は一般職員三パーセント、警察職員四パーセント、学校事務職員二パーセントとするが、なお将来漸減を考慮することとし、日直手当を二百円、宿直手当を百五十円とすることになつていた。

当時、県は職員の四月の定期昇給について未だ発令をしなかつたので、佐教組は、同年五月三十日付で、高教組及び県職組と連名で、県知事及び県教委に対し、「四月の定期昇給を発令するとともに、七月以降の完全昇給昇格予算を確保されたい。人事委員会の勧告をすら無視される態度は法を無視し権利をふみにじる行為といわざるを得ない」旨の要望書を提出した。

ところが、県は四月のみならず七月についても定期昇給の発令をしなかつたため、県人事委員会は同年七月九日付勧告書をもつて、県知事、県教委等に対し、「職員に犠牲のみを負わせると、いつの日か破綻を生ずることは必至である」として「規定どおり四月および七月の二期分の定期昇給を可及的速かにしかも完全に実施されるとともに今年度の十月および一月の後期分のそれにもこと欠かないよう予算措置をされるよう」との勧告をした。

これよりさき、同年六月十日頃、佐教組は以上のような情勢のもとに第三十一回定期大会を開いたところ、出席代議員から「昭和二十九年三月以来教育予算削減、教職員の定員削減に対してあらゆる運動方法で反対してきたにも拘らず、要求を貫撤することができず、遂に法定再建計画まで決議されるに至つた。これでは佐賀県の教育は大変なことになる、佐教組としては更に強力な運動を展開しなければならないのではないか」との強い発言があり、結局、最重要段階においては実力行使を行なう旨の決議がなされた。

佐教組は、同年七月二十一日、高教組と連名で県教委に対し「現予算定員を下廻ることのないように定員確保に努力されたい。事務職員及び養護職員の定員確保と適正配置に努力されたい。定期昇給昇格については七月九日付佐賀県人事委員会の勧告の主旨に則り早急且つ完全実施ができるよう予算化されたい。超過勤務手当は基本給の六パーセントを計上されたい。日宿直手当の増額による予算計上に努力されたい」旨の要望書を提出した。これに応じ、県教委はその頃、「定数条例は改正しないこととし、予算定員は暫定予算の定員のままとする。定数条例外の職員については、昭和三十年度分整理退職の実数を控除した残人員を要求人員とする。職員の給料は、昭和三十一年五月一日の現給単価とし、これに昇給昇格に要する額を加算する。昭和三十年度昇給昇格の権利放棄分の支給措置を行なうよう要求する」旨の昭和三十一年度教育予算編成要領を決定したが、これによると法定再建計画による定員をはるかに上廻る定員を要求するものであつた。ところが、当時県知事部局が決定した本予算編成方針は、再建計画の範囲内のものであり、欠員を補充しないことを原則とするものであつた。

同年八月頃、昭和三十一年度の本予算査定(同年度は当初六ヶ月の暫定予算を組んでいた)の段階において、県知事部局は、文部省指定統計による同年五月一日現在の教職員数が七千七百七十三名(高校を含む)であつて、法定再建計画による定数七千五百十四名より二百五十九名超過していることを発見し、県教委に対し、これが削減方を要求したが、県教委は年度途中でこれを削減することは教育現場が混乱するから年度末まで延期されたい旨県知事部局に申し入れた。このことを知つた佐教組は、県教委及び県知事部局に対し、年度途中はもとより年度末においても削減しないよう要求し、更に父兄その他一般県民にビラを配布したりして、教育現場の実情と年度途中における二百五十九名削減の影響とを訴え、更に同月二十三日より二十六日頃まで、県庁前において坐り込みを実施した。ここにおいて県知事部局も最初の要求を撤回し、同月二十九日県教委との間に、「二百五十九名は六ヶ月分を本予算に組む。五ヶ月分は本年度追加計上する。残り一ヶ月分は県知事と県教委の双方が努力して財源を捻出する。県知事は右の限度において再建計画の変更方を自治庁に申し入れ、その承認を得る。県教委は年度末までに教職員数を再建計画の定数に合致させるよう努力する」旨の協定を結んだ。そして、この頃から県知事は昭和三十一年度末には二百五十九名の削減を強行する決意を示すに至つたのである。

佐教組は、同年八月三十日の第百六十一回中央委員会の決定に基いて、同年九月には討論資料を作成して組合員に配布し組合員は討論集会を開き、右資料に基いて再建計画に伴う教育行政の問題点を理解することにつとめるとともに、父兄その他県民にこれを宣伝した。更に、佐教組は同月二十一日、組合員に対し、「組合員は各分会毎に各P・T・A会長に対して、本年度途中は勿論、来年度以降も現定員から減員できない実情及び昇給昇格の財源確保の必要な実情を説明し、更に組合員は各会長に、同月二十五日に開催されるP・T・A臨時大会に是非出席して、同大会が右の趣旨にそつた請願書を県議会に提出するよう、同大会で働いてほしい旨要請すること」なる旨を指示した。

なお、その頃佐教組が組合員の意向調査を行なつたところ、同盟罷業或は一斉賜暇斗争を実施すべきであるとの意見が相当数あらわれるに至つた。

同年九月三十日、教育委員会法(旧法)が廃止され、同年十月一日から地方教育行政の組織及び運営に関する法律(新法)が施行されて、教育委員は公選制から任命制に切り替えられることとなり、それに伴い佐賀県においては同日より新しい教育委員が県知事によつて任命された。

佐教組は、同月五日の第百六十二回中央委員会において「一率二千円のベースアツプを獲得すること、不当な再建計画の執行に反対し、計画変更を斗いとること、定数条例、再建計画の首切りに反対する、昇給昇格の完全実施を獲得すること」等を斗争目標とし、秋季から年末にかけての斗争方針と併せて、春季斗争方針として、「新年度予算の知事査定、首切りに本年最大にして強力な行動と法廷斗争を準備すること」を提案し、これを決定した。

佐教組は第百六十二回中央委員会の決定に基き、同年十一月二日各分会代議員に対し、「各分会は十一月十日より十六日までに作製の教育白書に基き、P・T・A及び地教委と懇談会をもち、当面の教育問題について話し合いをする。各支部は分会の教育白書に基き、人事問題について教育事務所交渉を強化する。各支部は市、郡校長会に出席し、学校運営上定員削減の勧告には応じられない態度決定を要請する。各支部は人事対策委員を中心とした法制研究会を十六日までに実施する」こと等を指示し、分会及び支部はこれらのいわゆる教育白書運動を実施した。また、その頃、佐教組は、教育白書を要約した「教育を守るための栞」を作成し、各組合員が父兄や地教委に訴えるための参考資料として各組合員に配布した。

更に佐教組は同年十月中二、三回にわたり、県知事及び総務部長に定員問題、給与問題、昇給昇格問題等について要望書を提出して交渉したが、十月二十二日には高教組と連名にて県知事に対し、「一率二千円のベースアツプを実施されたい。教育の現場は四百八条例、再建計画により非常な混乱と教育の低下を来しているから、現定員を確保するため、再建計画変更を強力に中央に折衝されるとともに追加予算、新年度予算に計上されたい。四月及び十月の定期昇給(県は十月分の定期昇給も発令しなかつた)、七月の定期昇給昇格を早急に発令されたい旨の要望書を提出した。これらの要求に対し県知事は同年十一月五日、要求内容の実現は困難である旨の回答書を発した。

ここにおいて、佐教組は、同月十三日の第百六十三回中央委員会の決定に基き、各分会代議員に対し、指示第三号を発して、日教組計画にかかる全国統一行動である同月十七日の旧町村単位の職場大会において、二千円ベースアツプ要求の決議文を倉石給与担当大臣に、昇給昇格即時発令要請書を県教委に、再建計画変更、不当な退職勧告反対等の要請書を地教委、教育事務所及び県教委にそれぞれ提出すること等を指示した。

また、佐教組は同月十九日、県教委に対し、本年度予算未計上の二百五十九名の人件費を早急完全に追加計上すること、五月一日以降の欠員を補充すること(例えば、三根東中学では英語教師が欠員のまま補充されなかつたため、英語の学力が非常に低下した)、新採用者で六ヶ月間の条件付期間満了者は当然本職員に切りかえること期限付採用の方法は同年四月から実施され、該当者は約百十名いた、期限付採用という無謀な採用形式はこの際撤回すること、助教諭の単位修得のための講習会を開催するとともに臨時免許状の再交付をすること(県は昭和三十一年度は財源の制約から単位修得のための講習会を開かなかつた。また県教委は当時臨時免許状所有者に対しては昭和三十二年三月末をもつて免許状の更新をしないという方針を決定していたが、臨時免許状所有者は約五百名いた)、単位修得に伴う任用がえを十一月中に実施すること(助教諭は教諭の資格をとると直ちに教諭として任用されなければならないのに、資格をとつても、財源面の制約から任用替えが行なわれない状態が一年間も続いていた)、四月、七月及び十月の昇給昇格を早急に完全に実施すること等を要求する旨の要望書を提出した。

県人事委員会は、同月(十一月)二十日、県知事、県教委等に対し、「九州各県の半数以上が四月、七月をすまし、十月の昇給昇格も発令寸前にあります」として四月以降の昇給昇格の速かな実施を勧告した。

県知事部局は同月二十六日、昭和三十二年度の予算編成方針を決定したのであるが、右方針によれば、教職員二百五十九名は再建計画どおり昭和三十二年三月末にこれを削減するというものであつた。佐教組は再三県教委及び地教委に再建計画の経過と教育の現状を訴えたが、任命制になつた県教委はあつさりと県知事部局の予算編成方針に従い、昭和三十二年一月、この方針どおりの予算要求書を県知事部局に提出した。佐教組は、前記第百六十三回中央委員会の決定に基いて、日教組の計画にかかる全国統一行動に参加するため、昭和三十一年十一月二十九日、組合員に対し、指令第四号を発して、「十二月五日(水)午後二時を期し、全国一斉に授業を打ち切り、直ちに全組合員は要求貫徹総決起大会に参加せよ、大会には可能な限り、県会議員、友誼労組、民主団体、父兄の参加を求めること、昇給昇格完全実施要求、首切り反対の決議文を県知事及び県教育長に、二千円ベースアツプ要求の決議文を関係大臣にそれぞれ送付すること」等を指令し、組合員は指令に従つてこれらを実行した。

ところが、県知事部局は同年十二月上旬、県教委を通じて佐教組に対し、「昇給は条令通り定期に発令するが、昇給額につき、六、六、九、十二の権利放棄をしてほしい」旨要求した。県教委は佐教組と交渉すると同時に、県知事部局に対しその緩和方を要請したが、その結果県知事部局は昭和三十二年一月、前記六、六、九、十二を三、三、六、九に緩和して請求権放棄を要求するに至つた。

以上のような情勢において、佐教組執行部は、被告人らも出席して佐賀市教育会館で開かれた昭和三十一年十二月十三日及び十四日の執行委員会、十五日の拡大執行委員会で協議のすえ、佐教組が過去においてとつてきた運動方式では殆んど効果がなく、一部組合員からも執行部に対して強力な斗争方法を強く要求していたところから、組合員の団結力を最大限に示すとともに県民に問題の重要性を再認識させる効果があり、しかも学校の授業になるべく支障をきたさず、合法の範囲内で、組合員全員が参加できる統一行動の方式として、第一日二割、第二日二割、第三日三割、第四日三割(以下二、二、三、三と略称する)の賜暇斗争を含む実力行使を中央委員会に提案することを決定し、同月二十日、教育会館で開かれた中央委員会において、「昭和三十二年度予算斗争の件」として「再建計画を変更させる。教育を確保する立場に立つて最少限定員を確保する。生活と権利を守るため、国の基準による給与、諸手当を最少限確保する」ことを斗争目標にかかげ、「教育白書によるP・T・Aや町村民との懇談会を強化し、『教育予算を増額する』P・T・A、町村民の署名、請願、陳情を一月末までに行なう。一月二十日前後に分会代表一名よりなる家族総会を行なう。二月上旬より支部単位による家族動員交渉を行なう。一月末までに全組合員から教育委員長、県知事に対し、はがき陳情を行なう。知事査定の重大段階に全分会は知事宛電報を打つ。査定の重大時期に動員交渉や坐り込み交渉を行なう。重要段階(二月中旬)では二、二、三、三の賜暇斗争を含む実力行使を行なう」こと、及び「昇給昇格斗争に関する件」として「昇給昇格の発令は全員定期日に条例通り発令させる。実支給はまず予算に計上されている財源を直ちに合理的な方法で支給させる。次に残余については県の一般財源ののびで追加支給させる」ことを斗争目標にかかげ、「執行部は対県交渉を最大限に強化し、継続する。情勢によつては庁舎内に坐り込む。各分会一割動員による『昇給昇格完全実施要求決起大会並びに団体交渉』を○月○日より五日間佐賀市において連続開催する」こと等を提案した。同中央委員会はこれらの議案について討議の結果賜暇斗争を含む実力行使については、更に各分会で討議したうえで検討しようということで継続審議となり、その余の議案については原案どおりこれを決定した。そしてこれらの中央委員会の決定はいずれも実施された(但し、なかには第百六十五回中央委員会で具体的に決定されて実施されたものもある)。

なお、佐教組は同日(十二月二十日)、県教委に対し、昭和三十二年度教育予算要求書を提出して、一学級の最高人員を小中学校とも五十名とすること、校長は一学校一名とすること(二校兼務の校長は約二十校あつた)、教員の配当率は、小学校一・二五人、中学校二・〇人とすること、事務職員及び養護教員は一学校各一名として児童生徒が千名を超える場合は各二名とすること(以上の基準によると二百五十九名を削減しない現定員を更に上廻る数が必要である)、教職員の給与水準を一率二千円引上げること、昇給昇格の完全実施に要する財源措置をすること、事務職員の超過勤務手当を六パーセント予算化すること、日宿直手当は三百六十円とすること及び普通旅費は一人年額六千円を計上すること等を要求した。

ところで、教職員については他の県職員と異なり校長以外に職階制がないため、これを補う意味で、昭和三十年度まで昇給と昇格の二本建すなわち、定期昇給とは別個に昇格が認められてきたが、昭和三十一年十二月下旬に至り、県知事部局は、人件費節減のために、県教委に対し、昭和三十一年度以降教職員の昇給昇格を一本化するよう指示した。県教委はこれを佐教組に伝えたが、佐教組は昇給額の請求権放棄に加うるに、昇給昇格の一本化という昭和三十年度よりも更に苛酷な県知事部局の要求に憤り、これらの要求をすべて拒否した。このため、県庁職員については昭和三十二年一月十六日に、警察官については同年二月七日にそれぞれ県知事部局との間に昇給額の三、三、六、九の請求権放棄の協定が成立し、昇給の発令をみたが、ひとり教職員についてのみ妥結をみるに至らなかつた。

昭和三十一年十二月下旬頃、県校長会代表者三名及び佐教組代表者一名は上京して文部省及び自治庁に定員及び教育予算の削減反対の陳情に赴き、佐賀県の実情を訴えた。

昭和三十二年一月十日より希望退職者の受付が始まつたので佐教組は、教職員に対し年度末の定員削減のための退職勧告がなされることを予想し、同月十七日、県教育長に対し、本人の希望以外は勧告を行なわないこと、臨時免許状の再交付又は期限延長の措置をとり、臨時免許状所有者を勧告の対象にしないこと、勧告については不当な強制や人権を無視した言動がないよう県教委の責任において教育事務所及び地教委に徹底させること等を要望した。

佐教組執行部は、被告人らも出席して教育会館で開かれた同年一月七日及び十日の拡大執行委員会、同月十八日頃の執行委員会及び同月二十一日の拡大執行委員会での協議を経て、同月二十三日同会館で開かれた第百六十五回中央委員会において「春季斗争に関する件」として「昭和三十二年度教育予算は教育を守るため大巾確保する。三十一年度昇給昇格を有利に獲得し、既得権を確保する。不当な転退職を拒否し、定数と身分を確保する。そのために中央、地方を通じ再建計画粉砕を期す。二千円の賃上げと大巾減税を獲得する」ことを斗争目標にかかげ、「一月二十二日より一月二十五日まで二支部単位の動員交渉を行なう。一月二十八日、二十九日、三十日の三日間坐り込み又はハンストを県庁前で行なう。二月一日各分会家族代表を集め、県家族総会を行ない、家族総会は決議文を採択し、県教委及び知事に陳情交渉を行なう。第一波実力行動として二月四日より三日間、組合員の一割動員交渉を行なう。二月七日、八日、九日の三日間、各支部は代議員会を開催し、臨時大会の議案検討を行なう。二月十日を目標に行なわれる臨時大会においては、第二波実力行使の再確認を行なうと同時に、声明書を発し、県民に実力行使を表明する。第二波実力行使として、二月十二日より一週間の間知事査定の重大段階に、二、二、三、三の休暇斗争を行なう。本部は実力行使を背景に日教組、県総評の協力を求め、徹底的な対県交渉を行なう」こと等を提案した。同中央委員会はこれらの議案について討議した結果「二月四日より三日間、組合員の一割動員交渉を行なう」との原案を「二月四日より三日間、各分会選出の代議員数による動員交渉を行なう」と修正して決定し、二、二、三、三の休暇斗争の原案については、その割合について「二、二、三、三」「三、三、四」「五、五」「一割十日」「十割一斉」等多くの意見が出て紛糾したので、小委員会(各支部から代表者一名を選出して構成した)を開いて討議した結果、「三、三、四」と「十割一斉」の二案にしぼつたうえ、本委員会で採決を行なつたところ「三、三、四」は途中で切り崩しに合うおそれはあるが、或程度授業が確保できるということで、絶対多数の賛成をもつて「三、三、四」休暇斗争に修正して決定し、なお、これを全組合員の一般投票にかけることを決定し、その他の議案については、いずれも原案どおり決定し、これらの中央委員会の決定はいずれも実施された。

佐教組は、右中央委員会の決定に基き、同年一月二十五日頃指示第四号を発し、組合員に右決定内容を通知するとともに実力行使については、全組合員の一般投票を行ない、二月十日第三十二回臨時大会において実力行使の再確認を実施する旨を通知した。

同年二月一日鳥栖市校長会は「再建計画によつて、年年教職員の定員が削減されたならば、子供の教育に取りかえしのつかない衝撃を与える。再建計画の変更は努力の如何によつては可能であるし、又そうあらしめねばならないと信じる」旨の文書を採択し、これを父兄に配布して訴えた。

同日佐賀市産業会館において、前記佐教組第百六十五回中央委員会の決定に基く家族総会が開かれ、「一般源の伸びが予想されるが、これを教育費に充当し、定員を増加すること、教育経験に富み、有能な教職員の年限延長をはかること、P・T・Aの教育費負担はその限度に来ているので父兄の負担を軽減すること、教職員の生活安定のため、昇給昇格を完全に実施し、諸手当の増額を行なうこと」等を決議し、県知事、県議会議長、県教育長等にこれらを陳情した。

佐教組執行部は、第百六十五回中央委員会の決定に基き、被告人らも出席して教育会館において開かれた同月一日、二日及び四日の拡大斗争委員会における協議を経て、同月五日同会館で開かれた第百六十六回中央委員会において、休暇斗争の日程を具体的に二月十四日、十五日及び十六日とし、この三日間に各分会三、三、四の休暇斗争をもつて要求を貫徹するとの案件を全組合員の直接無記名投票に付し、二月九日までにこれを実施し、集計すること、並びに同月十日に第三十二回臨時大会を開催して、二月十四日、十五日、十六日の三日間定員削減の重要段階に各分会三、三、四の休暇斗争をもつて要求を貫徹すること及びその実施要項に関する議案を同大会に提案することを提案し、同中央委員会はこれらの議案を原案どおり決定した。

同日(二月五日)、県高等学校の臨時校長総会は、県教委に対し、定員削減反対の要望を行ない、同月六日高教組は、午後二時より組合員の一斉早退により、定員の確保、昇給昇格の完全実施、学校設備の整備、授業料の値上反対を目標として、佐賀市公会堂で集会を持ち、更に代表者二十名は県教委にこれらを要求した。

県小中学校長は、同月七日佐賀市勧興小学校で臨時総会を開催し、「もし、この財政再建計画が断行されることになれば本県教育は萎靡沈滞し、児童生徒の学力低下、不良児の続出、勤務過重による教職員の疾患激増、年令低下による練達教師の減少等悲しむべき事態が年とともに深刻化することは、火を見るよりも明らかで、正しく佐賀県教育は一大危機に直面しているというべきである」として、「教職員の定数については現員を確保するよう再建計画の変更を要望する。昇給昇格の完全実施を可能ならなしるため再建計画の変更を要望する。不合理な退職勧奨に反対し、教職員の勤務年限延長を期する」旨の決議文を採択し、総会終了後、理事約三十名が五班に分れて、県議会、県教委、県知事部局、県P・T・A等に右決議文を提出してこれを要望した。

佐教組執行部は、被告人らも出席して教育会館において開かれた同月七日の執行委員会及び同月九日の拡大執行委員会において、同月十日に開催される第三十二回臨時大会の運営について打ち合せを行ない、「指令第五号」及び十一日以降の分会、支部及び本部のとるべき詳細な具体的行動を規制する「十一日以降の行動について」という文書を右大会出席者に配布することを決定し、これらの原案の一部を修正して決定し、オルグ派遣についても協議したうえ、同月六日から八日までの間に各分会で実施された組合員の一般投票の結果を集計したところ、約七十八パーセント強が三、三、四休暇争斗に賛成であることが判明したので、これを右大会に提出して確認を受けることとした。

ところで、県知事は、同月初頃から県立病院に入院し、佐教組からの交渉に応ずることを拒否し、総務部長は同月六日頃上京し、県知事も同月八日頃退院すると同時に上京してしまつたので、佐教組、県教委等は県知事部局と折衝する機会を失つた。

佐教組は、第百六十六回中央委員会の決定に基き、同月十日佐賀市所在の産業会館において、第三十二回臨時大会を開催し、執行部は「春季斗争に関する件」として、前記第百六十五回中央委員会議案と同趣旨の斗争目標をかかげ、「二月十四日、十五日、十六日定員削減の重要段階に各分会三、三、四の休暇斗争をもつて要求を貫徹する。この指令権を中央斗争委員長中島勇に委譲する」旨及びその実施要項を提案して前記一般投票の結果を発表したところ、同大会は絶対多数の賛成でこれを確認し、右議案を決定した。

右実施要項が定めるところは、「各分会は二月十一日職場集会を開催し、斗争態勢を完了し、支部へ連絡する。各分会斗争委員長は、休暇届をそれぞれ前日までにとりまとめ学校長に提出する。届出とともに休暇中の児童生徒の措置と計画を呈示する。十四日、十五日、十六日佐賀市公会堂及び唐津市公民館において要求貫徹総決起大会を開催する。この集会は昇給、昇格、定員について、組合員個々の措置要求書を提出するための集会である。休暇動員者は児童生徒に、休暇日における自習計画を話し、徹底させる。低学年の場合は隣接学級学年の組合員に細部を口頭にて連絡する。休暇者以外の残留者は休暇の事後処理を完全ならしめるよう措置する。隣接学年学級の自習の世話、臨時に起る休暇動員者の事務は積極的に措置する。各支部は分会激励のため行動隊を設置する」こと等であつた。

右確認、決定後、執行部は「各分会は二月十四日、十五日、十六日の三日間三、三、四の年次有給休暇をとり、佐賀及び唐津において開催する『要求貫徹総決起大会』に参加せよ、大会開催要項、一、佐賀市公会堂、午前十時半、参加支部は三養基、神埼、佐賀市、佐賀郡、小城、杵島、藤津、二、唐津市公民館、午前十時半、参加支部は唐浦、東松津、西松浦」なる旨の「指令第五号」を発し、その書面及び前記「十一日以降の行動について」という文書を出席代議員にそれぞれ配布した。更に、同大会は「今日県当局は再建計画どおり昭和三十二年度の予算編成を行ないつつある。佐賀県教育は、教職員の三百名に及ぶ大量退職という悲惨な断崖に立たされているのである。定員減が、学校教育に重大な支障を与え、教職員に労働過重を強い、児童生徒の学力は低下の一途をたどつている。そして父母の負担は増加し、義務教育の本質は歪められ、教育の機会均等は大きく侵害されているといわなければならない。このときに当り佐教組は、佐賀県教育を守るため、来る二月十四日以降第一波実力行使を断行し、県当局や政府の善処方を強く要望するとともに、教職員の団結を固め広く父母県民に理解を求め、教育を守る県民の総決起を促さんとするものである」旨の宣言文を採択した。

同日(二月十日)、県P・T・A臨時大会が鳥栖市で開催されたが、同大会は、「財政再建法の適用に伴い教育費、教職員数の削減が行われつつあるのは、教育の現場に多くの混乱と支障を与え、やがては児童生徒の健全な育成も危ぶまれる。このような重大な時期に直面したわれらP・T・Aは郷土を愛し、教育を愛するが故にこの現状を黙視しえない。総力を結集し、教育費、教職員費削減に反対し、興亡の岐路に立つ本県教育を守り抜くことを誓う」旨の宣言文を採択するとともに、今後定数確保のために強力な運動を開始するが、佐教組の三、三、四休暇斗争はこれを延期させること等を決定し翌十一日佐教組にこの旨申し入れた。

同日(二月十一日)、佐教組書記長である被告人北崎外二名は、坂井教育長に前記第三十二回臨時大会の宣言文を提出して、三、三、四休暇斗争を決定した旨を通告するとともに、県教委との間に交渉をもちたい旨要求したところ、県教委は教育委員会を開き、佐教組との交渉に応ずることを決議して翌十二日佐教組副委員長被告人中島及び被告人北崎の出頭を求め、「三、三、四統一行動は学校の正常な運営を阻害するのみならず、教育上いろいろの問題を惹起するから、絶対に回避してもらいたい」旨の文書を交付したうえ、交渉にはいつでも応ずるとの前記決定を通告した。

校長会理事会も(同日二月十二日)、佐教組の鶴田尚執行委員に対し、「定員削減反対、昇給昇格の完全実施ということは全面的に賛成で校長会としても努力を進めるが、三、三、四休暇斗争は思い止まつてもらいたい」旨を申し入れた。

ところで、当時上京していた宮副県総務部長は、教職員二百五十九名過員に対する昭和三十一年度内の予算措置及び昇給昇格の差額の請求権放棄を六、六、九、十二から三、三、六、九に緩和することについて、いずれも自治庁の承認を得たので、これを佐教組に伝えて、三、四、四休暇斗争を阻止すべく、県知事の命により二月十二日夜佐賀に帰着した。そこで佐教組は翌十三日午後四時頃、県庁総務部長室で、総務部長と交渉をもつたところ、総務部長は、佐教組に対し前記二点について自治庁の承認を得て解決したことを伝えて、翌十四日からの統一行動を中止してほしい旨を要望し、更に二百五十九名の年度末削減反対、再建計画変更及び昇給昇格の二本建とその完全実施を求める佐教組の要求に対しては、これを拒否したので交渉はものわかれとなつた。

そこで、佐教組は、同日午後七時頃から翌十四日午後四時頃まで、県教委と交渉をもつたが、県教委側の回答は、結局、「二百五十九名は年度末に削減しなければならないが、教育の低下をきたさないように財源面でこれを補うように県知事部局との交渉において最善の努力をする。昇給昇格も昭和三十年度の実績を下廻らない額を得ているが、その一本化は免れない。無理な退職勧奨はしない。もし行き過ぎがあれば十分指導する」ということであつたので、佐教組はこれを不満として交渉は遂に不調となり、ここにおいて、佐教組は同日より三、三、四休暇斗争に入つた。

佐教組と県教委とは、その後も連日交渉をもつたが、結局その内容は一歩も進展せず、佐教組の組合員である佐賀県下の市町村立小中学校の教職員五千九百二十九名中約五千二百名は共同して、同月十四日、十五日及び十六日の三日間、三、三、四の割合で校長に対し休暇届を提出して、年次有給休暇を請求したうえ、勤務に就かずに、佐賀市公会堂及び唐津市公民館において、いずれも午前十時半から開かれた前記要求貫徹総決起大会に参加したのである。

(三)  公訴事実に対する事実認定

第一、被告人四名は、さきに認定したように、前記教育会館において開かれた執行委員会及び拡大執行委員会において他の執行委員等と協議したうえ、定員削減反対、財政再建計画粉砕、昭和三十二年度教育予算の大巾確保、昭和三十一年度昇給昇格の完全実施、一率二千円の賃上げ等を斗争目標としてかかげ

(1) 昭和三十二年一月二十三日、前記教育会館で開催された佐教組第百六十五回中央委員会において、佐賀県内の市町村立小中学校教職員(以下小中学校教職員と略称する)である出席中央委員に対し、「二月十二日より一週間の間、知事査定の重大段階に二、二、三、三割の休暇斗争を行う」旨の「春季斗争に関する件」なる議案を提出し、その際、「予め二、二、三、三割を決定し、指令に従つて休暇をとる。校長との話合いで休暇がとれるよう努力するが、話し合いがつかぬ場合は、校長の態度如何にかかわらず、請求書を提出して休暇をとる。休暇をとつた者は、支部毎に開催する集会に出席する。この集会は昇給昇格、定員等について組合員個個人の意見を聴取するための集会である。年次有給休暇は権利であつて、組合が法律の規定に従つて、個個人の意見を徴するための集会を開き、個個人は権利としての休暇をとつてこれに参加するもので、すべて合法的なものであり、争議行為ではない」旨記載した「二、二、三、三休暇斗争に関する法的見解」なる文書を配布し、被告人北崎及び同丸山から「これ以上の定員削減は教育現場が困るからこれを阻止しなければならない。定員削減問題はもはや話し合いでは到底駄目である。中央委員のなかにはこのような実力行使を行なうと世論の支持を失うという人もあるが、世論というものは普通の話し合いでは問題の核心を知つて協力してくれない。このような強力な実力行使をやつてこそ、本当に問題の重要性を認識して、われわれを支持し、協力してくれると思うし、またそれでこそ県当局との交渉も始めて解決するものと思う」旨述べて、二、二、三、三休暇斗争の必要なことを説明し、更に同年一月二十五日頃、同県内において、組合員である小中学校教職員に対して、「第百六十五回中央委員会において、二月十二日より一週間知事査定の重大段階に、三、三、四休暇斗争を行なうことの決定をみた。この決定に基き、全組合員の一般投票を行ない、二月十日第三十二回臨時大会において、その再確認を実施する」旨を記載した同月二十五日付佐教組執行委員長藤山正己名義の指示第四号を配布し

(2) 同年二月五日、前記教育会館で開催された佐教組第百六十六回中央委員会において、小中学校教職員である出席中央委員に対し、「休暇斗争の日程を二月十四日、十五日、十六日とし、この三日間に各分会三、三、四の休暇斗争をもつて要求を貫徹する」との案件を全組合員の直接無記名投票に付し、二月九日までにこれを実施し、集計すること、並びに二月十日に臨時大会を開催して、右休暇斗争をもつて要求を貫徹すること、及びその実施要項を「春季斗争に関する件」として同大会に提案すべきことを提案し、更にその頃、同県内において右中央委員、支部代議員会及び分会会議等を介して、右提案を可決した右中央委員会の決定事項を組合員である小中学校教職員に伝達し

(3) 同年二月十日、佐賀市赤松町所在の産業会館で開催された佐教組第三十二回臨時大会において、小中学校教職員である出席代議員に対し、「春季斗争に関する件」と題して「二月十四日、十五日、十六日定員削減の重要段階に各分会三、三、四の休暇斗争をもつて要求を貫徹する。この指令権を中央斗争委員長中島勇に委譲する」旨及びその実施方法として、「十四日、十五日、十六日連続三日間佐賀、唐津において要求貫徹総決起大会を開催する。この集会は昇給昇格定員について組合員個個の措置要求書を提出するための集会である。各分会斗争委員長は、休暇届をそれぞれ前日までとりまとめ学校長に提出する。校長との話し合いで休暇がとれるよう努力するが、校長が受けとることを拒否し請求書の提出と同時に教育委員会の業務命令が出されるおそれのある場合は、残留する組合員に委託して帰る。委託された組合員は委託された旨説明して校長に提出する。休暇をとつた者は佐賀、唐津において開催する集会に出席する」旨を記載した議案書を配布するとともに右議案を提出して、「休暇願いが出て校長が受け取らないときは、机の上におきつぱなしにしておけばよい」と斗争方法を説明し、大会において右議案が可決決定された後、その場において、「各分会は二月十四日、十五日、十六日の三日間、三、三、四の年次有給休暇をとり、佐賀、唐津において開催する要求貫徹総決起大会に参加せよ」なる旨の同日付佐教組斗争委員長中島勇名義の指令第五号を右代議員に配布し更に翌十一日頃、同県内において、右代議員等を介して、右決定事項及び右指令内容をそれぞれ組合員である小中学校教職員に伝達し

(4) 同年二月十三日午後五時頃「タイセイカンビハイレ」なる右休暇斗争を実施せよとの趣旨の電信を佐教組分会の置かれた同県内の市町村立小中学校宛打電し

(5) 被告人杉山は、同年二月十二日午後一時頃、佐賀市立城南中学校からの要請に応じて同校に赴き、同校図書室において、同校教職員津田本来等四十数名に対し、「組合員が休暇をとることは労働基準法上認められている。従つて要求決起大会にわれわれが休暇をとつて参加しても違法ではない。福岡県教職員組合の三、三、四休暇斗争でも誰も処分された者はいないから、心配せずに休暇斗争に参加してほしい」旨申し向け

(6) 被告人丸山は同年二月十三日午後零時過ぎ頃、福岡県教職員組合久保田執行委員長及び佐賀市市議会議員等四名とともに佐賀市立本庄小学校に赴き、同校職員室において、同校教職員福岡弘等約十名に対し、対県交渉の経過及び県内各支部の足並み等を説明したうえ「お互いに頑張りましよう」と申し向け

(7) 被告人中島は、同年二月十五日、山内村立小中学校四校は同日以後休暇斗争に参加できないとの情報を聞知したので、その事情を調査するとともに、参加するよう要請するために、福岡県教職員組合の執行委員某及び鹿児島県教職員組合の某とともに、同日午後五時過ぎ頃、山内東中学に赴き、同校職員室において、右四校の教職員田中保等約三十名に対し、定員削減、昇給昇格等の問題について教育の低下を招来している実情及び休暇斗争を実施している理由を説明したうえ、「臨時大会で確認したように、この三、三、四休暇斗争に参加しようではないか」と申し向け

第二、被告人中島は佐教組書記局情宣部長として佐教組発行の佐賀県教育新聞の編集及び企画に従事していたものであるが、同年二月上旬、同県内において、「教育混乱を防ぐ為に」と題し、「第百六十五回中央委員会決定の実力行使について、二月五日第百六十六回中央委員会、十日第三十二回臨時大会、全組合員の直接無記名投票で決定するが、この際団結の力を示さなければ、教育が混乱する重大時機と考え、全組合員が敢然と立ち上るべきである」旨の記事及び「三、三、四休暇に対する法定見解」と題して前記「二、二、三、三休暇斗争に関する法的見解」なる文書と同趣旨の記事を提載した前記佐賀県教育新聞第百四十四号約三千部を組合員である小中学校教職員に配布し

たことを認めることができる。

しかし、右第二の事実(公訴事実第二)については、被告人中島以外の被告人三名が右記事の掲載及び右新聞の配布に関して意思を通じ、或はこれを実行したことを認めるに足る証拠はない。

(四)  証拠(略)

三、被告人らの前示(二の(三))行為と地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する同盟罷業との関係

被告人らの行為は、組合員である地方公務員たる教職員が二、二、三、三或は三、三、四の割合をもつて、共同して休暇請求書を校長に提出し、校長との話し合いで休暇がとれるように努力するが、校長が受取ることを拒否し、話し合いがつかないときは、校長の態度如何にかかわらず、休暇請求書を提出して休暇をとり、地方公務員法第四十六条に基き、県人事委員会に対し、昇給昇格、定員の問題について措置をとるよう要求するために開催される集会に参加することを、佐教組中央委員会及び大会に提案し、地方公務員たる教職員である出席中央委員、代議員或は組合員にその合法性、必要性或は斗争方法を掲載した文書を配布し、これを説明し、これを可決した中央委員会及び大会の決定を組合員である地方公務員たる教職員に伝達し、その実施を指令し、督励したものである(以下「提案等をした」と略称する)。

そこで、地方公務員である教職員が統制的、集団的に休暇届を提出して就業しない、いわゆる一斉休暇が、労働基準法第三十九条の年次有給休暇請求権を行使するものとして地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する同盟罷業としての評価を受けないかどうか、及び教職員が統制的、集団的に就業せず、右のような措置要求を行なうことが、地方公務員法第四十六条の措置を要求する権利を行使するものとして、右の同盟罷業としての評価を受けないかどうかについてそれぞれ検討しなければならない。

(一)  年次有給休暇と同盟罷業との関係

地方公務員である教職員は地方公務員法第五十八条第二項により、労働基準法第三十九条の適用を受けて、年次有給休暇が認められ、使用者は請求された時期に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げない限り、労働者の請求する時期にこれを与えなければならない。佐賀県の市町村立学校の県費負担教職員については、佐賀県市町村立学校県費負担教職員の勤務時間、休日および休暇に関する条例(昭和三十一年九月三十日佐賀県条例第五十一号)第二条、佐賀県立学校教職員の休日および休暇に関する条例(昭和三十一年九月三十日佐賀県条例第五十号)第六条により、休暇は一年を通じて二十日とし、教職員の請求する時期に与えられることになつている。年次有給休暇制度は、元来、労働者を毎年一定期間就業から解放してその心身に休養の機会を与え、労働力の維持培養をはかるために確立されたものではあるが、これが制度として確立され、労働者の権利となつた以上、この休暇を如何なる目的に使用するかは労働者の自由であつて、精神的或は肉体的に却つて疲労をもたらすようなスポーツ、娯楽、労働等に利用するとしても、使用者はこのことを理由として休暇を与えることを拒否することは許されない。しかしながら、およそ休暇という概念は、あくまで使用者が労働者の労働力を管理支配していることを前提とするものであつて、使用者が労働者の労働力を管理支配しないところに休暇というものは存在しない。ところで、地方公務員法第三十七条第一項前段に規定する「同盟罷業」も労働法一般に使用されている「同盟罷業」と同一の概念であつて、労働組合その他の労働者の団体が自己の主張を貫徹するために、業務の正常な運営を阻害することを意図し、少くとも正常な運営を阻害することを知りながら、労働組合その他の労働者の団体の統制のもとに、その所属員が集団的に労働力を引きあげ、結果として使用者の業務の正常な運営を阻害することであるから、使用者の労働力に対する管理支配を団結の力で一時的に排除することを本質とする。したがつて、同盟罷業と休暇とは本質上相容れない性質のものといわなければならない。そこで有給休暇届を提出して就業しないという形式をとつたとしても、その手段の実体が右に述べたような同盟罷業であると評価されるときは、労働基準法上正当な有給休暇としての取り扱いを受けることはできない。そして、このことは年次有給休暇請求権が形成権であるか、使用者の承認を要求する請求権であるかによつてその結論を異にするものではない。そうでなければ、実体において同盟罷業の要件を備えながら、有給休暇なるが故に使用者に賃金支払の義務を課することになつて明らかに不合理である。したがつて、労働組合その他の団体が自己の主張を貫徹するために、業務の正常な運営を阻害することを意図し、少くとも認識しながら、労働組合等の統制のもとに、その所属員が集団的に有給休暇届を提出し、使用者がこれを承認しないのにかかわらず、就労せず業務の正常な運営を阻害する場合には実態において同盟罷業と評価されるから、仮に事業の正常な運営を妨げないときであつても正当な有給休暇として取扱うことはできない。もつとも、使用者が右有給休暇の請求を明示的に又は黙示的に承認したときは、仮に業務の正常な運営が阻害されるとしても、使用者の労働力に対する管理支配を排除したことにならないから、同盟罷業ということはできず、正当な有給休暇として取り扱うべきである。

(二)  措置要求権の行使と同盟罷業との関係

地方公務員である教職員は、地方公務員法第四十六条により人事委員会に対し、給与、勤務時間その他の勤務条件に関する措置の要求をする権利があり、佐賀県においては、職務に専念する義務の特例に関する規則(昭和二十六年十一月二十二日佐賀県人事委員会規則第十一号)第二条第八号によつて職員は措置要求権の行使にあたつては、職務専念義務の免除をうけ得るのであるが、職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和二十六年二月十二日佐賀県条例第三号)第二条によつて任命権者またはその委任を受けた者の承認をうべきものとされている。もつとも、仮に地方公務員が地方公務員法第三十五条の職務専念義務に背き、その免除の承認を得ないで措置要求権を行使した場合でも、その職務専念義務にそむいたことにおいて何らかの責任を問われることがあるのは格別、そのことによつて措置要求権の行使そのものの効力に何らの消長をきたすものではない。しかしながら、労働組合その他労働者の団体が、自己の主張を貫徹するために、業務の正常な運営を阻害することを意図し、少くともこれを知りながら、労働組合その他の労働者の団体の統制のもとに、その所属員が集団的に、任命権者またはその委任を受けた者の承認を受けることなく、労働力を引き上げ就業せず、措置要求のための手続を共同して行なうための集会に参加し、よつて業務の正常な運営を阻害するときは、一方において有効な措置要求があつたとしても、他方右のような手段は実態において同盟罷業としての評価を受けることを免れることはできない。

(三)  被告人らの前示行為と業務の正常な運営の阻害

以上述べたように、年次有給休暇の請求或は措置要求権の行使ということがあつたとしても、それらの手段の実態が同盟罷業と評価されるときは、同盟罷業が成立するのであるが、そのためにはその手段が、業務の正常な運営を阻害することを意図し、又は少くともこれを認識してなされること及びその手段によつて業務の正常な運営が阻害されることを要する。したがつて、被告人らの前示行為が地方公務員法第三十七条第一項の同盟罷業をあおつたものというためには、まず、被告人らが提案等をしたことがらが、学校の業務の正常な運営を阻害するものであり、且つこれを被告人らが認識していたことを要する。そこで、この点について検討しなければならない。

そもそも、公立小中学校は初等中等普通教育を施すものであるから、平日においては教職員によつて、予定された授業計画どおりの教育活動が行われることが正常な状態である。したがつて、平日に多数の教職員が共同して出勤しないために児童生徒に対する教育活動が平常どおり行なわれることを不可能ないし著しく困難にするようなことがあれば、それは異常な状態であるから、その結果、仮に年間の教育計画に影響を及ぼさないとしても、右のような状態を惹起するかぎりにおいて、学校の業務の正常な運営を阻害するものといわなければならない。

前掲各証拠によれば、被告人らが提案等をしたことがらは、公立小中学校の教職員が、二、二、三、三或は三、三、四の割合で、四日間或は三日間一斉に公立小中学校に出勤しないで、措置要求集会に参加することであるから、その間学校においては授業計画を変更し、自習、テスト或は合併授業を行なわなければならず、児童生徒に対し、平常どおりの教育活動を行なうことが不可能ないし著しく困難な状態になることは明白であり、また、被告人らを含む佐教組執行部も組合員に対し、休暇斗争中の自習計画等について詳細な指示を与えているのであつて、このことは被告人らが休暇斗争によつて右のような状態が発生することを認識していたことの証左である。したがつて被告人らが提案等をしたことがらは、公立小中学校の業務の正常な運営を阻害するものであり、被告人らは、これを認識しながら提案等をしたものといわなければならない。もつとも、前掲各証拠によれば、公立小中学校においては、研究発表会、研修或は教科書展示会等に約三割の教職員が出張することが屡々あり、そのような場合には、授業計画を変更したり、自習計画或は合併授業等をしていることが認められるし、また事業の正常な運営を妨げないかぎり、教職員が数人同時に正当な有給休暇をとることも法律上可能なのであつて、このような場合もやはり同様の状態が発生することは明らかである。しかしながら、前者の場合は、学校業務の運営そのものに伴なういわば必要悪であつて、学校の業務の正常な運営を阻害するか否かという評価をさしはさむ余地のない場合であるし、後者の場合は、労働者としての教職員の権利として法律上当然認容すべきことであるが、そのことは、結果として発生する前記のような状態に対し、業務の正常な運営を阻害するとの客観的評価を妨げるものではない。すなわち、有給休暇は業務の正常な運営を阻害する場合であつても、事業の正常な運営を妨げないかぎり、これを与えなければならないということである。したがつて、これらの事例があるからといつて、前記の如き状態の発生を同盟罷業の要件としての業務の正常な運営の阻害として客観的に評価することを妨げるものではない。

(四)  被告人らの前示行為と同盟罷業との関係

そこで、最後に、以上説示したところを綜合して被告人らの行為が同盟罷業を提案等したものであるかどうかについて考察しなければならない。

既に認定したように、被告人らは、定員削減反対、財政再建計画粉砕、昭和三十二年度教育予算の大巾確保、昭和三十一年度昇給昇格の完全実施、二千円の賃上げ等を佐教組の斗争目標とし、これを貫徹するために、業務の正常な運営を阻害することを認識しながら、佐教組の統制のもとに、組合員が二、二、三、三或は三、三、四の割合をもつて集団的に有休給暇届を校長に提出し、校長との話し合いで休暇がとれるように努力するが、校長が受け取ることを拒否し、話し合いがつかないときは、校長の態度如何にかかわらず、休暇請求書を提出して休暇をとり、就業しないで、措置要求集会に参加することを提案等したのである。もし、被告人らの提案等の内容が、単に、組合員が有給休暇届を校長に提出し、校長との話し合いで休暇をとつて措置要求集会に参加することにとどまるならば、それは使用者の労働力に対する管理支配の排除を含まないから、この点において同盟罷業の要件を欠缺することになるのであるが、右に述べたように、被告人らの提案等はそれにとどまらず、更に、校長が休暇届を受け取ることを拒否し、話し合いがつかないときは校長の態度如何にかかわらず、佐教組の統制のもとに集団的に休暇請求書を提出して、出勤しないで措置要求集会に参加することをもその内容とするものであるから、このかぎりにおいて、使用者の労働力に対する管理支配の排除を含み、既に述べた同盟罷業の要件を充足するから、その実態において同盟罷業と評価されるものをもその内容とするものといわなければならない。

四、地方公務員法第三十七条、第六十一条第四号と日本国憲法第二十八条との関係

以上説示したところによつて、被告人らの提案等をしたことがらが地方公務員である教職員の同盟罷業を含むことは明らかになつた。ところで、憲法第二十八条は、勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利はこれを保障すると規定しているが、一般職に属する地方公務員(以下単に地方公務員と略称する)である教職員も、地方公共団体に対して自己の労働力を提供し、その対価として受ける給与によつて生活する者である以上、同条にいう「勤労者」に属する。したがつて、地方公務員である教職員もまた同条によつてその争議権を保障されているものといわなければならない。そこで、地方公務員の争議行為を禁止し、これをあおつたりした者に対し刑罰を規定した地方公務員法第三十七条、第六十一条第四号が、右の憲法第二十八条に違反しないかどうかについて考察しなければならない。

憲法は、個人の尊厳を最高の価値とし、人間性の尊重をその最高の指導理念としている。かかる憲法のもとにおいては、国家の存在そのものが、個人の生命、自由及び幸福を実質的に公平に保障し、且つこれを最大限に伸張することを究極の目的とするのであつて、個人の生命、自由及び幸福と無縁な、それらを超越した国家或は一部の国民のみの目的或は利益というものは存在しえない。憲法が多くの基本的人権を保障し、その前文において「そもそも国政は国民の厳粛な信託によるものであつてその福利は国民がこれを享受する」と規定するのはこのことを宣言したものである。

しかしながら、これらの基本的人権の主張は多くの場合、他人の生命、自由、幸福或は権利と多かれ少かれ、直接または間接に矛盾し、衝突する。かかる場合国家は、両者の人権をひとしく尊重しつつ、実質的に公平に、その矛盾衝突の調整をはからなければならない。権力者或は一部の国民の利益とか政策によつて、その一方だけを不当に保護し、他方を軽視することは許されない。けだし個人の生命、自由及び幸福の最大限の伸張という国家の理想は、論理必然的に個人の人権相互間の矛盾衝突の実質的に公平な調整を内含するからである。したがつて、憲法にいう「公共の福祉」とはまさにこの人権相互間の矛盾衝突の実質的に公平な調整すなわち人権相互の統合的な調和の原理そのものでなければならない。憲法第十二条及び第十三条が、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、ヽヽヽヽ国民はこれを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」「すべて国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と規定するのは、この必然的な原理を注意的に明らかにしたにすぎないのであつて、これらの規定によつて、人権の保障に対する制約が新しく設けられたものと解すべきではない。このように、憲法で保障された人権といえども、絶対無制限なものはありえず、右に述べたような意味内容をもつた「公共の福祉」によつて制約されるべきものである。したがつて、憲法第二十八条によつて保障された争議権も本質的内在的に、かかる意味における「公共の福祉」のために制約されたものということができる。そこで、憲法で保障された人権を制限、剥奪する法規が憲法に適合するかどうかを判断するには、人権に加えられている制限の内容を具体的に検討して、それが人権の実質的に公平な保障すなわち統合的な調和を確保するために必要な制限剥奪であるかどうかを判断しなければならない。

ところで、地方公務員は全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない性質のものであり、(地方公務員法第三十条)住民は使用者として地方公務員の奉仕によつて福利を享受するのであるから、地方公務員の争議行為によつて、多かれ少かれ、不利益を受けることは明らかである。しかしながら、さきに述べたように、この場合国としては両者の人権をひとしく尊重しながら、実質的に公平な調整をはからなければならない。形式的な公平にとどまつたり、その一方のために他方を軽視してはならない。地方公務員法は第三十七条、第六十一条第四号において、地方公務員が争議行為を実施すること及びこれをあおつたりすることを禁止し、あおつたりした者に対しては刑罰を規定すると同時に、その代償として、その適正な勤務条件を確保する手段を講じているのである。すなわち、職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮し、その職務と責任に応じて条例で定め、給与以外の勤務条件は国及び他の地方公共団体の職員との間に権衡を失しなわないように適正な考慮を払つて条例で定めることとし(第二十四条)、都道府県は、人格が高潔で地方自治の本旨及び民主的で能率的な事務の処理に理解があり、且つ人事行政に関し識見を有する者のうちから議会の同意を得て、地方公共団体の長が、二人以上が同一の政党に属することにならないように選任した委員三名をもつて組織される人事委員会を置くものとし(第七条、第九条)、人事委員会に対しては、職員に関する条例の制定又は改廃に関し、地方公共団体の議会及び長に意見を申し出ること、人事行政の運営に関し、任命権者に勧告すること、毎年少くとも一回、給料表が適正であるかどうかについて、地方公共団体の議会及び長に同時に報告し、給与を決定する諸条件の変化により給料表に定める給料額を増減することが適当であると認めるときは、あわせて適当な勧告をすることができること、職員の給与がこの法律及びこれに基く条例に適合して行なわれることを確保するために必要な範囲において、職員に対する給与の支払を監理すること職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関する措置の要求を審査し、判定し、及び必要な措置をとること等の権限を付与し(第七条、第八条、第二十六条、第四十七条、第五十条)、一方、職員に対しては、給与、勤務時間その他の勤務条件に関し人事委員会に対し、地方公共団体の当局により適当な措置が執られるべきことを要求することができ、任命権者より懲戒その他その意に反して不利益な処分を受けたときは、人事委員会に対し当該処分の審査を請求することができる権利を認めている(第四十六条、第四十九条)。

かくして、国は地方公務員の争議権と住民の利益との形式的な公平をはかつているのであるが、そもそも勤労者にとつて争議行為は、その団結の力で使用者と対等の立場に立ち、有利に団体交渉を展開し、適正な労働条件を確保するための唯一の効果的な手段であるから、その手からこれを剥奪するには相当効果的な代償措置が施されなければならない。しかるに右に述べた代償措置は争議権に代るには必らずしも十分であるとはいえない。何故ならば、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関する条例及び人事委員会の勧告乃至意見は執行機関等において誠実に実施されて、はじめて、職員の適正な勤務条件を確保する機能を果すのであるが、現実には、例えば、地方公共団体の長や議会その他の機関が財政上の都合等を理由に、これらを実施しないことがありうるにもかかわらず、前記の人事委員会のもろもろの意見や勧告には相手機関を拘束する法律上の効力がなく、単に、道義的な負担を与えるに過ぎず、相手機関がこれらを誠実に実施しない場合のてあては何ら講じられていないからである。更に、地方公務員といつてもその職種は、権力行政にたずさわるものから、単純労務を行なうものに至るまで多岐多様であり、その争議行為の方法においても、各種の態様が考えられる。したがつて、これら争議行為の主体と方法の差異に応じて、住民に与える不利益の性質及び程度は千差万別である。かくて、具体的事案においては、地方公務員の勤務条件の劣悪の程度、人事委員会の勧告等の実施状況、争議行為の主体と方法による住民の不利益の性質、程度等を綜合して、地方公務員が争議権を剥奪されたことによつて具体的に蒙る不利益と住民が地方公務員の具体的な争議行為によつて受ける不利益とを比較考量するとき、住民の受ける不利益の方が地方公務員の受ける不利益よりもはるかに小さい場合もありうることは想像するに難くない。すなわち、地方公務員の争議行為といえども、人権相互間の実質的に公平な調整という意味における「公共の福祉」に反しない場合がありうるのである。したがつて、地方公務員の争議行為を一切禁止するならば、住民の利益を不当に重視し、地方公務員の勤労者との利益を軽視することになつて、かえつて公共の福祉に反する場合が生ずるから、かかる法規があるとすれば、それは憲法第二十八条に違反するものというほかはない。

以上説示したところを綜合して考えると、地方公務員法第三十七条が、地方公務員の争議行為を禁止するのは、それが多くの場合「公共の福祉」に反するおそれがあるからであつて、したがつて、同条は具体的に公共の福祉に反するおそれのないことが明らかな争議行為までも、これを禁止する法意ではないと解すべきである。すなわち、公共の福祉に反するおそれのないことが明らかな争議行為は、地方公務員法第三十七条、第六十一条第四号にいわゆる争議行為に該当しないのであり、かく解してはじめて右各法条は憲法第二十八条に適合するのである。

五、被告人らが提案等をした同盟罷業と公共の福祉

そこで、地方公務員法第三十七条、第六十一条第四号を具体的事案に適用する場合には、地方公務員の勤労条件の劣悪の程度(条例内容の実施状況を含む)、代償措置の機能発揮の程度(特に人事委員会勧告内容の実施状況)、地方公務員が争議行為を決意するに至つた事情、特に過去において他の手段を試みたか否か、更に他の手段を試みる余裕はないか(争議行為の必要性、緊急性)、地方公務員が争議行為によつて貫徹しようとしている主張の内容、争議行為の方法、住民が争議行為によつて蒙むる不利益の性質、程度等を綜合勘案して、地方公務員の権利と住民の権利とをひとしく尊重しながら、その実質的に公平な調整点すなわち「公共の福祉」を発見しなければならない。

(一)  教職員の勤務条件の劣悪の程度

さきに認定した事実及び前掲各証拠を綜合すれば、次の事実が認められる。

佐賀県財政は昭和二十五年頃から窮迫をきたし、赤字が累積したため、昭和二十九年度より財政の自主再建計画をたて、行政機構の簡素合理化、人件費の節減、定員の削減による予算の緊縮をはかることとなつた。このため当時児童生徒の数が増加する傾向にあり、それに応じて県自体の教育計画においても教職員数の増加が想定されていたにもかかわらず、逆に県は、昭和二十九年五月、教育費約五千五百万円削減案を県議会へ提出したが、審議未了となるや、更に同年九月の県議会で再び前回を上廻る教育費約一億円の削減案を提出し、県議会はこれを可決した。爾来、定員の削減が始まり、更に昭和三十年七月頃、県知事部局は県教委に対し、教職員の定員千四百名の削減を要求したが、紆余曲折の末、同年十一月の県議会で、いわゆる四百八条例が可決された。この条例は昭和三十年度及び同三十一年度を通じ、教職員の定員、県立高校三十三名及び市町村立小中学校三百七十五名をそれぞれ削減するというものであつた。更に昭和三十一年五月十五日県議会は、地方財政再建促進特別措置法に基く法定再建計画を可決した。この計画によると、昭和三十年から同四十年までの間に教職員の定員を約七百名削減し、その間に整理退職と自然退職により約三千名を退職させて、平均年令を低下させ、教職員の平均給与単価の引き下げをはかることになつており、また、教職員の配置は、小学校については、一学級当り一・一九人に、中学校については一学級当り一・五八人に(学校教育法施行規則は、中学校は一学級あたり教諭二人を置くことを基準としている)いずれも昭和三十年度の学級数を乗じたものを基準として当該年度の学級数の推定増減数につき一学級当り一人を増減したものを当該年度の教職員数とし、学級数の基礎となる一学級当り児童生徒数の最高は、これを小学校六十人、中学校五十六人(学校教育法施行規則は小中学校とも五十人以下と定めている)とし、養護教諭及び事務職員は昭和四十年までの間にこれを全廃する(学校教育法は学校には養護教諭を置かなければならないと定めている)というものであつた。そして、昭和三十一年八月、県は県教委に対し法定再建計画による教職員の定数と現在員との差二百五十九名の削減方を要求したが、県教委は年度途中の削減は教育現場に混乱を生ずるとの理由で反対したため、結局これを同年度末(昭和三十二年三月末)に削減することになり、昭和三十一年十一月二十六日の県の昭和三十二年度予算編成方針も、右二百五十九名を昭和三十二年三月末に削減することを前提とするものであつた。このように財政再建計画の名のもとに、教職員の数は、昭和三十年の十月現在の八千三十七名を昭和三十一年五月一日現在は七千七百七十三名に削減され、更に昭和三十二年三月末には七千五百十四名に、更にこの法定再建計画が軌道に乗るならば昭和四十年度末までに七千名になるまで削減されることになつていたのである。このような削減のため、本件統一行動の昭和三十二年二月当時には、公立小学校の殆んど全部において校長、教頭、養護教諭及び事務職員を除けば、学級数ぎりぎりの教員しか配当されておらず、生徒数約六十名の学級をも生じ、中学校においても、ある教科担任の教諭が欠員になつたまま補充されないため、学力の低下をきたした学校があつた。更に養護教諭及び事務職員については、二校以上兼務するものが各約十数名生じ、これらを欠く学校さえあつた。また、当時佐賀県は他の県に比し、教職員の平均年令が低く、再建計画によつて更に教育経験の豊富な教職員が減少しつつあつた。なお当時、佐賀県の小中学校は、いわゆる類似県十県に比して、一学級当り教員数においては最上位にあつたが、一学級当り児童生徒数において二位に位し、結局教員一人当り児童生徒数は三位を占めていた。元来教員は本来の学習指導及びそれに附随する業務以外に、P・T・Aの事務、集金事務その他の雑務を抱えているうえ、このような定員削減の結果、教職員の負担はいよいよ加重され、教員は超過勤務手当を支給されないのにかかわらず、勤務時間を超過して執務しなければならないような状況にあり、昭和三十一、二年頃には結核患者が漸増し、当時既に、より以上に定員を削減することができない限界にきていたということができる。このような状況において、昭和三十一年三月には教職員の定員二百五十九名を削減し、更に昭和三十二年度以降法定再建計画が軌道に乗ることになれば、教職員の負担加重もさることながら、財政再建のためとはいえ、佐賀県教育の前途は甚だ暗いものがあつた。このように教職員の定員削減によつて、その負担は著しく加重されてきた一方、前記のような財政再建計画のいま一つのあらわれとして、教職員の給与、諸手当は実質的に悪化の一途を辿つた。すなわち昭和二十九年六月頃から教職員の給与は条例に定められた支給日に支払われず、遅払い、分割払いが始まり、また、職員の給料表の改訂(ベースアツプ)は昭和二十九年一月一日以降本件統一行動の当時まで一度も行なわれなかつただけではなく、昭和三十年度以降定期昇給及び昇格も条例どおり実施されたことがなく、昭和三十年度は昭和三十一年二月十六日に至り、県側と組合側との間で昇給額のいわゆる六、六、九、十二の請求権放棄(二の(二)参照)の協定がなされた(しかし、別に秘密協定を結び、実質は三、三、六、九の請求権放棄になるようにした)。ところで、右協定にはこのような措置は今回限りのものとするとの約定が付せられていたにもかかわらず、昭和三十一年度も昭和三十一年十二月上旬に至り、県は再び組合側に対し、昇給額の六、六、九、十二の請求権放棄を要求したが、結局昭和三十二年一月に至り、県は三、三、六、九の請求権放棄に緩和した案を提出した。しかし、県は昭和三十一年十二月下旬頃、県教委を通じて佐教組に、教職員の昇給昇格の一本化(教職員については校長以外に職階制がないため、これを補う意味で、従来昇給と昇格の二本建をとつていた)を要求していたので佐教組は、県のこれらの要求を拒否したが、県は最後までこれらの線を譲らなかつた。また教職員の宿日直手当については、昭和三十年三月、二百五十円から二百円に減額し、更に昭和三十一年四月には宿直手当を二百円から百五十円に減額し(国家公務員の宿日直手当は三百六十円)、旅費は一人年間四千円から三千円に、事務職員の超過勤務手当も本俸の四パーセントから二パーセントにそれぞれ減額した(超過勤務手当は県庁職員、警察職員よりも悪い)。そのうえ、法定再建計画によれば、昭和三十二年度以降予算には昇給財源を計上しないで、一般財源の自然増加の範囲内で行なうことを考慮するにすぎないこと、超過勤務手当についても将来漸減を考慮することとなつていた。なお当時佐賀県職員の給与水準は他県に比し劣位にあつた。

以上のように当時教職員の定員は法規に定められた基準を無視して削減されたため、教職員の負担は著しく加重されたにもかかわらず、その給与は条例どおり実施されず、あまつさえ地方財政法第四条の趣旨にも反するような昇給額の請求権放棄が行なわれ、更に再び行なわれようとしていたのみならず、昇給昇格も一本化されようとしていたし、諸手当も漸減し、将来更に悪化しようとしていた。ここにおいて、昭和三十二年三月末に二百五十九名が削減せられ、昭和三十二年度以降法定再建計画が軌道にのり、計画どおり実施されることになれば、教職員の勤務条件は更に悪化することは明白であつた。

(二)  代償措置の機能発揮の程度

右に述べたように、職員の給与及び昇給昇格が条例に適合して行なわれなかつただけではなく、既に認定したように、県人事委員会は県知事等に対し、昇給昇格の完全実施について昭和三十年七月十九日要望書を、同年九月十四日勧告書を、同年十一月十五日要望書を、昭和三十一年三月十九日、同年七月九日及び同年十一月二十日いずれも勧告書を、それぞれ提出し、また宿日直手当については、昭和三十年三月三十一日及び昭和三十一年四月六日いずれも三百六十円に増額の要望書を、給与の遅払い、分割払いに対しては昭和三十年六月十日に条例の支給日厳守の要望書を、それぞれ提出したが、県執行機関はいずれもこれを無視して実施しなかつた。ところが、法律上、執行機関に対して、これらの条例、勧告及び要望の内容の実施を強制するてあては講じられていないから、結局地方公務員法の定める前記のような代償措置は、地方公務員たる教職員の適正な勤務条件を確保する機能を果しえなかつたものといわなければならない。

(三)  被告人らが本件同盟罷業の提案等を決意するに至つた事情はさきに(二の(二))詳細に認定したように、佐賀県下の小中学校の教職員の勤務条件は昭和二十九年度以降、県の財政再建計画の発展に伴い、次第に悪化したので、爾来、佐教組はあらゆる機会に、父兄その他の県民に対する宣伝、啓蒙、地教委、県教委、県知事部局、自治庁、文部省、関係大臣、衆参両議院議員、県議会議員等に対する陳情、要望、県民大会、総決起大会、動員交渉、県庁前坐り込み、デモ行進、一斉昼食抜き、一斉早退、雑務排除による遵法斗争、臨時免許状所有者に対する単位修得のための講習会の開催等あらゆる斗争方法を執拗に繰り返し、これとともに、高教組は勿論、P・T・A、地教委、県教委、校長会等も、財政再建計画の実施は佐賀県教育を危うくするものであるとして、佐教組と協力して反対運動を行なつた。しかし、これらの運動にもかかわらず、県は昭和三十二年三月末教職員二百五十九名の削減を実施する方針を変えず、教職員の昇給昇格、及び諸手当についても、更に不利益な事態が予想されていたのみならず、同年三月の県議会には教職員の勤務条件を更に悪化させるような法定再建計画どおりの予算案が提出されようとしており、本件同盟罷業当時(二月中旬)は丁度右予算案の知事査定の段階であり、また強力な退職勧奨が予想された時期であつた。したがつて、佐教組としては、当時既に同盟罷業以外のあらゆる斗争方法を試み、その効果の薄いことを経験していたのみならず、当時法定再建計画を阻止或は変更させる最後の機会であつたため、更に他の方法を試みる余裕がなかつたことが認められる。

(四)  被告人らが同盟罷業によつて貫徹しようとした主張の内容

既に認定したように、被告人らは、本件同盟罷業の斗争目標として、定員削減反対、財政再建計画粉砕、昭和三十二年度教育予算の大巾確保、昭和三十一年度昇給昇格の完全実施、及び二千円の賃上げ等をかかげたものであつて、既に述べたような勤務条件の著しい悪化を阻止し、その原因を排除しようとするものであつたことが認められる。

(五)  争議行為の態様

前掲各証拠によれば、被告人らが提案等をした争議行為の方法は、県内の地方公務員である小中学校教職員約六千名が、二、二、三、三乃至三、三、四の割合をもつて、四日間乃至三日間にわたつて、同盟罷業を行なうというものであるが、被告人らは執行委員会等で協議のうえ、その間できるだけ学校業務への支障を最小限に止めようとして、最初二、二、三、三の割合を提案したものであるし、昭和三十二年二月十日の第三十二回臨時大会の際、出席代議員に配布した議案書には「実施要項」として「休暇動員者は児童生徒に休暇日における自習計画を話し、徹底させ、低学年の場合は隣接学級学年の組合員に細部を口頭にて連絡する。休暇者以外の残留者は休暇の事後処理を完全ならしめるよう措置する。隣接学年学級の自習の世話、臨時に起る休暇動員者の事務は積極的に措置する」旨、「休暇請求書の作成と提出について」として「休暇をとる者の事後処理(自習計画)についても全員で協議し、A教師の学級(中学校であれば授業)はB教師が自習の指導監督をするというように話し合う。研究会等の出張と同様、自習計画を作成し、隣接学級、学年等の組合員に自習についての指導監督を依頼する。自習計画は休暇請求書と共に校長に呈示する。校長は休暇をとる者の児童生徒に対する措置(自習計画等)に対してできるだけ授業に支障をきたさないように指導する」旨、及び「三、三、四割の割当(誰がいつ休暇をとるか)について留意すべき事項」として「三日間を通じて各分会は毎日、残留責任者、集会参加責任者を決定する。同一学年、隣接学級が特定の日にかたよると、児童生徒の指導監督に支障が予想されるので、かたよらないよう配慮する。校長と教頭はなるべく異なつた日に参加する」旨それぞれ記載し、同じく同大会で配布した「十一日以降の行動について」なる文書の分会欄の十一日の欄には「一斉に分会会議を開き、臨時大会の報告、確認、休暇割当、名簿作成、自習計画等について充分協議する」旨及び十三日の欄には「放課後全職員集合、割当に基き休暇請求書を校長に提出、児童生徒の取扱い、行動責任者、残留責任者再確認等万全の準備を完了する」旨記載している。更に二月十二日頃、各分会に対し、「校長は要求貫徹大会に参加せず、学校運営の責任者として残留し、正常な運営を阻害しないよう充分留意する。組合員は児童生徒の措置については万全の注意をして特に事故の発生しないよう特に留意する」旨を記載した「十一日、十二日の各方面の動き」と題する文書を配布するとともに、その趣旨を電話で指示したことが認められる。このように、被告人らを含めて佐教組執行部は本件同盟罷業による学校業務の運営への支障を最小限に止めるよう努力し、その方法を講じたものである。

(六)  住民が被告人らの提案等をした同盟罷業により蒙るべき不利益

憲法第二十六条は、国民に対し教育を受ける権利を保障するとともに、法律の定めるところによつて、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負わせ、これに基き、教育基本法は、国民に対し、その保護する子女に九年の普通教育を受けさせる義務を負わせるとともに、国または地方公共団体の設置する学校における義務教育については授業料を徴収しないこととし、学校教育法は、市町村はその区域内にある学令児童生徒を就学させるに必要な小中学校を設置しなければならないものとし、これらの学校は公の性質をもつものであり、その教員は全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚してその職責の遂行に努めなければならないものとしている。したがつて、かかる学校の教職員が二、二、三、三或は三、三、四の割合による四日間或は三日間の同盟罷業を行なつたならば、その間児童生徒の教育に支障を生じ、憲法により保障された国民の教育を受ける権利が侵害されることは明白である。しかしながら、被告人らが、本件同盟罷業による教育への支障を最小限に止めるべく、十分の注意を払つたことはさきに述べたとおりであり、また前掲各証拠によれば、現実に行われた本件同盟罷業によつて、従来の授業計画は他の学科、自習、テスト、映画観賞、学芸会の練習等に変更され、或は合併授業が行なわれる程度の支障はあつたが、教職員は平素の研修、研究発表会等における出張のときよりも一層細心の注意をもつて自習計画、自習乃至テスト用プリント等の作成、授業計画の変更、指導監督、合併授業等にあたつたこと、当初よりたまたま学芸会の練習或は映画観賞が予定されていたため支障がなかつた学校もあつたこと、中学校では殆んど支障がなかつたこと、学校では研修、研究発表会、教科書展示会等で三割程度の教職員が出張することが屡々あること、教職員は一年を通じ、二十日の年次有給休暇をとる権利があるが、当時殆んど行使されていなかつたこと、後に補充授業を行なえば支障の回復が可能であること、従来、小中学校とも実際の平均出校日数は、文部省が定める指導を要する基準日数を十日乃至三十日上廻つていること、及び実際の出校日数、出校日数のうち授業を全く行なわなかつた日数、授業の一部を欠かした日数、農繁休業、臨時休業等の日数は、いずれも学校によつて大きな開きがあり、したがつて教育に柔軟性、弾力性のあることが認められる。以上の事実を綜合すると、学校の教育活動全体からながめる場合、被告人らの提案等をした同盟罷業が学校の年間教育に及ぼすべき支障は極めて僅少であり、それによつて、住民が蒙るべき実質的な不利益は比較的軽微であつたというべきである。

以上検討した諸点を綜合して勘案すると、本件同盟罷業時佐教組の組合員である教職員が、争議行為を禁止されることによつて受ける不利益は、被告人らが提案等をした同盟罷業によつて住民が蒙るべき不利益に比し、はるかに深刻且つ重大であつたというほかはない。したがつて、両者の権利の実質的に公平な調整という公共の福祉の基準に照らせば、被告人らが提案等をした同盟罷業は、公共の福祉に反するおそれのないことが明らかである、といわなければならない。

六、結論

既に述べたように、地方公務員法第三十七条、第六十一条第四号にいわゆる争議行為は公共の福祉に反するおそれのあるものにかぎるのであつて、具体的に公共の福祉に反するおそれのないことが明らかな争議行為は右各法条にいわゆる争議行為に該当しない。そして、以上詳論したように被告人らの提案等をした同盟罷業は公共の福祉に反するおそれのないことが明らかであるから、地方公務員法第三十七条、第六十一条第四号にいわゆる争議行為にあたらない。したがつて、被告人らの行為は、同法第三十七条第一項及び同法第六十一条第四号に該当しないから、その余の争点について判断するまでもなく、本件は罪とならないものというべく、刑事訴訟法第三百三十六条前段により被告人らに対し、無罪の言渡をすることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤秀 佐古田英郎 岡田春夫)

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