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佐賀地方裁判所 平成8年(行ウ)1号 判決 1997年2月28日

原告

前田勝成

右訴訟代理人弁護士

松岡肇

被告

伊万里市議会議長

江頭橘次

右訴訟代理人弁護士

夏秋武樹

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が平成七年五月一六日に対してなした、原告の伊万里市議会議員辞職願に対する辞職許可処分は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の答弁

主文同旨

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  事案の概要及び争点

本件は、市議会議長である被告が、市議会議員である原告の議員辞職願に対し辞職を許可する処分をなしたところ、原告が、右の辞職願は真意に基づくものではないなどとして、右辞職許可処分の効力を争い、その無効確認を求めた事案である。

一  基本的事実関係

争いのない事実及び証拠(甲一、二、乙一、二、弁論の全趣旨)により認められる事実

1  原告は、平成七年四月二三日に行われた佐賀県伊万里市議会議員選挙において、これに立候補して当選し、伊万里市議会議員の身分を取得した。

2  原告は、平成七年四月二九日、右選挙における事前運動を理由に、公職選挙法違反容疑のため逮捕・勾留され、いわゆる接見禁止(刑事訴訟法三九条一項に規定する者以外の者との接見又は書類若しくは物の授受の禁止)に付された。

3  原告は終始無罪を主張していたが、原告の起訴前弁護人である日野和也弁護士(以下「日野弁護士」という。)の指示により、平成七年五月一六日午前中に辞職願を作成し、これを右弁護士に宅下げ交付した。

4  右辞職願は、同日午後四時ころ、日野弁護士の指示により、原告の妻によって伊万里市議会事務局に届けられ、同議会事務局長高木久彦がこれを受領し、同日午後四時半ころ、伊万里市議会議長である被告に手渡された。

5  被告は、同日午後四時四〇分ころ、議会閉会中のため、地方自治法一二六条ただし書に基づいて右辞職願に対し辞職許可処分(以下「本件許可処分」という。)を行い、同日、辞職許可通知書を同人の妻に交付した。

6  また、被告は、右同日、伊万里市選挙管理委員会(以下「市選管」という。)に対し、公職選挙法(以下「法」という。)一一一条一項三号に基づく欠員通知をし、これを受けて、市選管は、平成七年五月一七日、前記(第二の一1)の市議会議員選挙の選挙長に対し、同条二項に基づく欠員通知をした。

7  選挙長は、平成七年六月一日、法一一二条五項に基づき繰上補充の選挙会を開き、議員の欠員を理由に、法九五条一項ただし書の規定による法定得票数の得票者で次点の訴外草場利秋(以下「草場」という。)を当選人と定め、同日、法一〇一条の三第一項に基づき市選管に対してその旨の通知をし、市選管は、同条二項に基づき、これを告示した。

これにより、原告はその市議会議員の地位を失った。

8  原告は、平成七年六月一四日、法二〇六条一項に基づき市選管に対し、繰上当選の決定及び告示について異議の申立てをし、右辞職許可は無効であり、ひいては繰上当選の決定及び告示は無効であると主張したが、市選管は、同年七月一〇日、これを棄却する決定をした。そこで、原告は、同月二七日、同条二項に基づき佐賀県選挙管理委員会(以下「県選管」という。)に対し審査の申立てをしたが、県選管は、同年一一月二日、原告の右申立てを棄却した。

9  原告は、平成七年一一月二九日、法二〇七条に基づき、福岡高等裁判所に対し、県選管を被告として繰上当選無効請求の訴え(同裁判所平成七年(行ケ)第五号)を提起したが、平成八年三月二七日、原告の請求を棄却する旨の判決が言い渡され、原告はこれを不服として上告(最高裁判所平成八年(行ツ)第一四五号)したが、同年九月一七日、上告人は棄却され、右判決は確定した。

二  争点

1  本案前の争点

訴えの利益の有無

(被告の主張)

本件訴えは、行政事件訴訟法三六条による無効確認の訴えであるから、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、これを提起することができるところ、原告は現に公職選挙法に定めるところに従って繰上当選無効請求の訴えを提起していながら、更に本件訴えも提起しており、かかる訴は許されるべきものではない。

また、右繰上当選無効請求の訴えと本訴請求とは、結局のところ議員辞職許可処分の有効性を争うもので、その原因事実が同一のものであるから、本訴請求は訴えの利益を欠くものである。

(原告の主張)

本訴請求が認容されても、原告が議席を回復する余地はなく、その限りでは原告の訴えの利益はない。しかしながら、原告は刑事弁護人の日野弁護士の強い勧めによって、あくまでも検察官の取引のためだけのものと認識して辞職願いを書いたものであって、これが原告の意に反して議会に提出されるとは全く考えていなかったのである。したがって、原告の議席回復はできないとしても、この点に関する真実を明らかにし、このような事態がなかったならば、原告は議員としての身分を維持していたはずだということを内外に明らかにすることは、原告の名誉のためにも、原告を選出してくれた選挙民に対しても、更に今後この問題について展開が予想される問題の解明のためにも必要不可欠の訴訟であり、その意味で、なお原告にとっては本件訴えの利益は大きいというべきである。

2  本案の争点

原告の辞職願は、真意に基づくものか。

(原告の主張)

地方公共団体の議会の議員が辞職という公的行為をなすについては、それが本人に辞職の意思があり、その意思に基づいて辞職願が議長に提出されたものであることが必要なところ、原告は、伊万里市議会議員を辞職する意思はなく、また、辞職願が存在するとしても、これを被告に提出する意思はなかった。妻を含めて誰に対しても、辞職願を被告に届けるように依頼したことはない。

したがって、本件辞職願は本人の意思に基づかない無効のものであり、無効の辞職願に対してなされた本件許可処分もまた無効である。

(被告の主張)

原告は自ら辞職願を作成し、妻をしてこれを被告に提出せしめたものであり、辞職願は意思に基づくものであるから、本件許可処分は有効である。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本案前の争点)について

1  前記第二の一(基本的事実関係)において認定した事実によれば、平成七年六月一日、本件許可処分を受けて草場が繰上当選したこと、右繰上当選について、原告は、公職選挙法に基づき当選無効請求の訴えを提起したが、平成八年九月一七日、原告の敗訴が確定したこと、以上の事実が認められる。右によれば、新議員である草場の就任が確定したことにより、旧議員である原告はその地位に復する余地はないことになるから、議員の辞職許可処分の無効確認を求める請求は法律上の利益を失ったものというべきである。

2  なお、原告は、自己の名誉の回復等訴の利益を基礎づける事実を主張するが、単なる名誉の回復が本件処分の無効確認を求めるべき法律上の利益にあたらないことは明らかであり、また、その余の主張についても、その内容は抽象的であり、とうてい右処分の無効確認を求める法律上の利益があると解することができない。

3 したがって、本訴請求は訴の利益を欠く不適法なものというべきである。

二  以上によれば、争点2(本案の争点)について判断するまでもなく、本訴請求は訴訟要件を欠く不適法なものであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官木下順太郎 裁判官一木泰造 裁判官遠藤俊郎)

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