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仙台高等裁判所秋田支部 昭和44年(ネ)30号 判決 1970年7月22日

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは控訴人合資会社渡辺製麺所に対し、連帯して、金一三〇万〇、六六〇円およびこれに対する昭和四二年三月二〇日から右支払済に至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。被控訴人らは控訴人田畑久蔵に対し、連帯して、金一一〇万一、八五〇円およびこれに対する昭和四二年一月一七日から右支払済に至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張、証拠の関係は、次のことを付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人らの主張)

一、仮に東北栄養食品協会(以下単に協会という)が民法上の組合でなく権利能力のない社団であつても、協会は営利団体であるので、商法一九四条との均衡からいつても報償責任の観点から見ても、協会の本件債務はその構成員たる被控訴人らにおいて負担すべきものである。もし、被控訴人らをして協会のなした本件取引による責任から免れしめるならば、法人である合名会社の社員でさえも無限責任を負担するのに、事実上法的になんら規制を受けない株式会社を認めるのと同じ結果を招来し、商法の会社制度の実効性、有用性が甚だしく害されるものといわなければならない。

二、右主張が認められず、権利能力のない社団の債務が社団の構成員に合有ないし総有的に帰属しているとしても、それは社団とその目的が存続している限りのことであつて、その社団が実体を喪失し目的の事業を廃止した以上、社団の債務は構成員である個人に帰属するに至るものと解すべきである。本件において協会は、(1)昭和四一年一二月一〇日ごろ取引停止処分を受けて倒産し、(2)そのころ総会の決議をもつて解散し、(3)現在に至るまでなんら事業を行わず、常駐の役職員、事務員がなく、資産も皆無であり、(4)協会の定款第三〇条によると、精算が完結したときに残存する財産を構成員に帰属せしめる旨定めているから、被控訴人らは協会の本件取引によつて生じた控訴人らに対する債務の支払義務を免れない。

三、社団法人において、法人格が全く形骸に過ぎないかまたはそれが法律の適用を回避するために濫用された場合には、その取引の相手方は法人格を否認することができるが、この理は権利能力のない社団についても妥当し、その取引の相手方は、権利能力のない社団の社団性を否認してその構成員である個人の責任を追及することができるものといわなければならない。本件における協会は、社団として営業活動をしているにもかかわらず社団法人ないし会社の設立を回避したものであるから、控訴人らはその社団性を否認し、本件債務について構成員たる被控訴人ら個人の責任を追及できるものというべきである。

(被控訴人らの答弁および主張)

一、協会は、民法上の社団法人として発足する予定であつたが、早急に主務官庁の許可が得られなかつたのでいわゆる権利能力のない社団として運営されていたものであつて、公益を目的とし営利を目的とする団体ではない。控訴人らは、被控訴人らが本件取引による責任を負わないとすれば会社制度の実効性、有用性が甚だしく害されると主張するか、これまで協会と取引をした第三者の中には、個人保証をとつている者もいるのであつて、取引の相手方が権利能力のない社団であることを知りうる以上不測の損害を被ることはなく、構成員にしても、協会の取引の相手方に対し直接債務を負担するとは夢にも考えていなかつたのである。控訴人らの主張は、立法論としても問題があるところであり、解釈論として採りうる余地は全くない。

二、控訴人ら主張の二の(1)の事実、同(3)の事実中協会に役職員がないことを除くその余の事実および同(4)の事実を認め、同(2)の事実を否認する、協会の役職員は従来のまま存続している。控訴人らは、権利能力のない社団が実体を喪失し目的の事業を廃止した以上社団の債務はその構成員である個人に帰属するに至ると主張するが、いかなる状態をもつて権利能力のない社団が実体を喪失し事業を廃止したとするのか明らかでないのみならず、そのような場合にこそ、権利能力のない社団の構成員が社団の取引の相手方に対し直接債務を負わないとすることの意義があるのである。

三、協会は、偶々実績がなかつたため権利能力のない社団として発足したに過ぎず、将来は実績をもとに公益社団法人の設立を目的としていたものであつて、法人格の取得を回避する意図がなかつたから、控訴人ら主張の法人格否認の法理は本件に当てはまらない。

(証拠関係)(省略)

理由

一、原審における被控訴人菊地亮也および同城谷義満の各本人尋問の結果を総合すると、訴外宇野六朗こと宇野勇が、昭和四一年四月ごろに東北栄養食品協会の常務理事に就任し、爾来協会の代表者の一員としてその業務一切を担当していたことが認められ、原審証人渡辺政隆の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証、右認定事実に原審証人渡辺政隆の証言および原審における被控訴人城谷義満の本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第二ないし第七号証、右認定事実に原審における控訴人田畑久蔵および被控訴人城谷義満の各本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第八ないし第一三号証、原審証人渡辺政隆の証言および原審における控訴人田畑久蔵、被控訴人城谷義満の各本人尋問の結果を総合すると、前記宇野が、協会の代表者として、昭和四一年八月二九日から同年一二月一五日までの間に、協会の名において控訴人らと、控訴人ら主張のような取引(原判決事実摘示の請求原因第三項ないし第五項記載のとおり)をしたことが認められ、原審証人渡辺政隆の証言中右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二、控訴人らは、協会が民法上の組合であることを前提として、その構成員である被控訴人らにおいて協会のなした本件取引に基づく債務を履行すべき義務があると主張する。しかし、協会は、民法上の組合ではなくいわゆる権利能力のない社団と認むべきものであつて、この点に関する当裁判所の事実認定および法律上の判断は原審のそれと全く同一であるから、原判決の四枚目表五行目から六枚目裏一〇行目までの記載をここに引用し、従つて、協会が民法上の組合であることを前提とする控訴人らの請求は理由がない。

三、次に、控訴人らは、仮に協会が権利能力のない社団であつても、その構成員である被控訴人らは協会のなした本件取引に基づく債務を履行すべき義務があると主張するので検討する。いわゆる権利能力のない社団については、民訴法四六条によつて訴訟の当事者能力が認められているほか何ら明文の規定が存しないので、その社団の債務について、何人がいかなる財産につきいかなる限度においてその責任を負うべきかは頗る困難な問題である。しかし、かかる社団は、社団そのものに権利能力がない結果、その資産は社団に加入している構成員に総有的に帰属してはいるが(最高裁判所昭和三九年一〇月一五日第一小法廷判決、集一八巻八号一、六七一頁参照)、社団の資産に包含されない構成員の個人財産までが構成員全員の総有となつている関係にあるわけではない。そして個人財産から区別された社団の資産というものが独立に存在するところから、その債務についても、真実これを負担するのは構成員にほかならないけれども、その責任の範囲は原則として社団財産の範囲に限定されるものと解するのを相当とし、その社団の目的や事業内容のいかんにより、また社団がその後実体を喪失し事業を廃止したか否かによつて、その結論を異にすべき事由を見いだし難いのである。思うに取引の安全、衡平ならびに取引当事者としての意思等の観点から考察すれば、特段の事情ある場合例えば、定款その他の内部規約あるいは総会の決議などによつて、社団の債務について社団財産をもつて弁済するに止まらず構成員個人が責任を負担する旨を定めているような場合には、もとより構成員は、右規定や決議のあることを知りあるいは知りうる状態の下に構成員たる地位に止まつているのであるから、その個人的財産をもつて社団の債務を支払わしめてもなんら不都合はないと考えられ、また、直接このように社団の債務をその構成員が負担する旨の定めがなくても、構成員が主として当該社団から利益の配分を受けることを目的とするものであるときは(営利を目的とする権利能力のない社団に多いと思われる)、自ら社団を営利の手段としながらその損失の危険から免れしめるのは衡平の観念に反するから、構成員をして社団の債務を支払わしめる余地はあろうと思われるが、かかる特段の事情が存しない場合には、社団の名において直接第三者と取引をした者以外の構成員にとつて、自己の個人財産を提供までして社団の債務を負担しなければならないということは全く予期せず、他方社団と取引行為をする相手方にしてみても、社団の構成員個人に着目することなく、社団自体ないしは直接の行為者を対象として取引することが常態であると認められるから、かかる取引に基づく社団の債権者としては、社団の資産の範囲において弁済を受け、場合によつては直接の行為者個人の責任を追及すれば足り、取引に直接関与していない社団の構成員個人の財産をもつて弁済が受けられなくても、取引の安全を害することにならないものというべきである、以上のような理由により前示のとおり社団の債務は社団の総有財産のみが引当となり構成員はその限度において責任を負うに過ぎないものと解するのを相当と考えるのである。本訴において控訴人らの請求にかかる債権は、前記認定のとおり協会の常務理事であつた訴外宇野勇が控訴人らとの間でなした取引行為から生じたものであり、また、これについて協会の構成員個人が責任を負担すべき特段の事情は認められないから、被控訴人らは控訴人らに対してその個人的財産をもつて右債務を履行すべき義務がないものといわなければならない。

控訴人らの主張する商法一九四条は、株式会社が成立しない場合においてそれまで会社の設立に関してなした行為、例えば設立事務所の賃料や事務員の給料などについて発起人全員が連帯してその支払いに任ずることを定めた規定であるが、これに反し本件は社団の設立に関係ない取引行為から生じた債務であるからその前提を異にするのみならず、また、合名会社は、法人格を付与せられてはいるもののその本質は社団の性格を有しない人的会社であるから、権利能力のない社団の取引行為から生じた社団の債務の責任の範囲を定めるについて、これらの規定や制度との均衡を云々するのはあたらない。

四、更に、控訴人らは、権利能力のない社団についても、その社団が全く形骸に過ぎないか、またはそれが法律の適用を回避するために濫用された場合には、法人格否認の法理の準用によつて、その取引の相手方はその社団の社団性を否認して構成員である個人の責任を追及することができる旨主張する。しかしながら、前記認定(原判決引用)によれば、東北栄養食品協会は、秋田県内の集団給食の栄養管理の向上、県民に対する栄養知識の普及、合理的な食品の消費の指導ならびに食生活の改善を図ることを目的とし、これに賛同する秋田県内の栄養士ら六三名をもつて設立せられた権利能力のない社団であつて、加入申込者のうち四八名より合計金七三万一、〇〇〇円の出資金の払い込みがあつたので、昭和四〇年八月七日秋田保健所において設立総会を開催して定款を審議可決し、定款の定めに従つて会長、理事、監事らの役員を選出し、以来、秋田市大町に協会事務所を置き、理事を中心に定款所定の各種事業を営み、協会の名で銀行取引を含む諸種の取引活動を行つていたのであるから、協会が全く形骸に過ぎないということはできない。また、成立に争いがない甲第一および第二号証、原審における被控訴人城谷義満、原審および当審における被控訴人菊地亮也の各本人尋問の結果を総合すると、協会の設立発起人らは、当初民法上の社団法人の設立を企図していたが、監督官庁である秋田県公衆衛生課より事業実績がなければ社団法人の許可がえられない方針であることを聞知し、取敢えず権利能力のない社団として発足し、将来事業の実績を積み重ねたうえで社団法人の許可申請をする予定であつたことが認められ、協会が当初から社団法人ないしは会社の設立を回避したものということはできないのみならず、他に、本件取引にあたつて、権利能力のない協会が法律の適用を回避するために濫用せられたことを認むべき証拠はない。従つて、仮に法人格否認の法理が権利能力のない社団について準用があるとしても、本件には適切でないから、被控訴人らが本件取引に基づく債務を支払う義務はない。

五、以上説示のとおり、控訴人らの本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものであり、これと同旨の原判決は相当であつて本件各控訴は理由がないので棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条本文、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

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