大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所秋田支部 昭和39年(う)73号 判決 1966年9月01日

本籍ならびに住居 鶴岡市大字辻興屋丙九番地

農業 菅原圭治

大正一二年四月六日生

<ほか一名>

右の者らに対する公務執行妨害被告事件につき、昭和三九年四月一七日山形地方裁判所鶴岡支部が言い渡した判決に対し、被告人らから控訴の申立があったので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人草島万三提出の控訴趣意書および控訴趣意補充書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

控訴趣意第一点(理由不備、理由そごの主張)について。

所論は、要するに、原審において弁護人は、大山町教育委員会がその実施を決定した本件学力調査は、元来文部省がその所管事務として実施することを決定した「昭和三六年度全国中学校一せい学力調査」を、文部省の請求に従い、同教育委員会管内の中学校生徒に対して実施しようとしたものであって、大山町教育委員会が、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下、地教行法という。)第五四条第二項、第二三条第一七号を右調査実施の形式的根拠とした点よりするも、また本件学力調査が、その実質において、生徒の学力の評価という本来教員の行なうべき教育に属する事項にわたり教育基本法により行政調査としては許されないものである点よりするも、同教育委員会の前記決定は不適法違法なものである旨主張したが、原判決が十分な理由を示すことなく右主張を排斥したのは、理由不備または理由そごの違法を犯したものである、というにある。

しかし、原判決を仔細に精査検討するも、原判決に刑事訴訟法第四四条第一項および第三三五条第一項所定の要請を満たすについて不備ありとは認め難いばかりでなく、その主文および理由を通じて原判決に理由そごの違法ありともいうことができない。もっとも、原判決は、弁護人らの主張に対する判断中において、一面、「教育行政機関がある時期における全国中学生の学力の水準を学校別あるいは地域別に一定の基準をもって測定し、具体的な教育諸条件との相関関係を明らかにするため、生徒に対しその学力のテストをすることは行政調査として許される」ものとするとともに、他面、右に続く行文中において、「生徒個人の評価は教育活動に属し、担当教員のみがこれをなしうる。」旨判断して、前後一見矛盾したるがごとき判示をしていること所論指摘のとおりであるが、後者の文言は、調査の結果を個々特定の生徒の生徒指導要録に記録することを目的として、教育行政機関が本件のごとき学力調査を実施することが許されるかどうかの問題との関連においてなされた立言であり、元来生徒指導要録なるものが、教員において個々特定の生徒を理解し指導するために作成されるものであることにかんがみれば、前者の文言と後者のそれを通じて原判決のいわんとするところは、教育諸条件の整備確立をはかるため、学校別あるいは地域別単位の中学生の集団を対象として、その学力の一般的水準を一定の基準によって測定した調査の資料を得ることを目的として学力調査を行なうことは、その過程において、調査の対象となった生徒集団を構成する個々の生徒につき、その学力の程度を右の一定の基準との相関関係において明らかならしめる段階を当然含むものではあっても、対象が生徒の集団であって個々特定の生徒ではないので行政調査として許されるが、学力調査の結果を個々特定の生徒の生徒指導要録に記録することを目的として調査を行なうことは、結局個々特定の生徒につき学力調査の結果を検討し、どの生徒がいかなる程度の学力を示したかを把握して、個々特定の生徒に対する将来の学習指導等に役立てようとするものであり、これを調査から結果の利用までの一連の過程においてみれば、まさしく教員の行なうべき教育の一部として、担当教員のみがなしうるところであって、教員行政機関の行なう学力調査も、かかる目的の下に行なわれる限度においては、その結果の利用を教員の任意にゆだねないで拘束的なものとし、教員を介して学力調査の結果を個々特定の生徒の学習指導等に役立てることを意図したものとなるので、教員の教育活動の分野を侵すものとして合法ということができないというにあるものと解される(文部省の定めた「昭和三六年度全国中学校一せい学力調査実施要綱」においては、一見学力調査の結果を生徒指導要録に記録することを要求するがごとき一項目の記載があるが、これをもって原判決のいうがごとくに、右要綱が、生徒指導要録への記録を全国いっせい学力調査の目的として掲げたものと解すべきでないことは、右の事項が、調査の目的として明示されているものとは別に、調査の結果が個々の生徒の学力の評価に利用される可能性のある各種の場合につき、利用者に対して指導助言を与えたものと認められる、利用の際の留意事項の項目中に、個々の生徒の調査結果を公表しないこと、進学のための内申書に記入しないことなど明らかに調査の目的とはいいえない事項とともに掲げられていることに照らすも明らかであり、さらに大山町教育委員会においても本件学力調査の結果を生徒指導要録に記録して利用することについては、単なる指導助言の限度を越えて、その職務命令によりかかる方法による利用を実行する意図であったものとは証拠上認めることができないので、同委員会が実施を決定したその管内中学校における本件学力調査も、その結果を生徒指導要録に記録することを目的としたものということはできない。)ので、原判決の判断自体にはなんら前後矛盾ありとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(法令適用の誤りの主張)について。

所論は、地教行法その他の非刑罰法規に属する諸法条を掲げてその解釈適用の誤りをいうのであるが、実質的には結局、それら法条の解釈を誤った結果の事実の誤認を主張せんとするに帰するものであって、要するに、原判決は、大山町教育委員会教育長山浜敏雄および田川地方教育出張所職員斎藤松之助がそれぞれ西郷中学校における本件学力調査実施のテスト補助員として適法に職務を執行中であったとの事実を認定したが、右は、地教行法第五四条第二項、第二三条第一七号、教育基本法第一〇条等の解釈を誤まり、文部省が定めて行なわんとする国の事務でありかつ生徒の学力の評価を実質とする全国中学校いっせい学力調査を適法に実施する権限のない大山町教育委員会の不適法違法な決定に基づき、右学力調査実施のため同委員会教育長山浜敏雄がみずからテスト補助員となり、また田川地方教育出張所職員斎藤松之助が同教育長によってテスト補助員に命ぜられて、それぞれテスト補助員として行なった違法な行為を適法な職務の執行であるとしたものであって、原判決には、この点において事実を誤認した違法がある、というにある。

原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、山形県教育委員会が、文部省から地教行法第五四条第二項を根拠として、同省の定めた「昭和三六年度全国中学校一せい学力調査実施要綱」に則り管内中学校の二、三学年の生徒を対象として実施した学力調査の結果を提出すべき旨の請求を受け、ついで同県大山町教育委員会が、右県教育委員会から同県教育庁田川地方教育出張所を通じ同条項を根拠として右と同旨の請求を受けたこと、大山町教育委員会が、右の請求を契機として、地教行法第二三条第一七号所定のいわゆる団体事務たる教育に係る調査に関する事務の管理執行権に基づき、団体事務として前記文部省の定めた実施要綱に従った学力調査を行なうことが、右の権限を執行するための一方法として許される妥当なものと認め、右実施要綱に準拠して、管内の町立中学校である西郷中学校ほか一校の各二、三学年の生徒に対して、試験問題その他文部省の定めた様式に従った学力調査を昭和三六年一〇月二六日実施する旨の決定をするとともに、その執行を同教育委員会教育長山浜敏雄に委任したこと、および山浜教育長が西郷中学校については同校校長五十嵐作太郎に対して学校行事として本件学力調査の実施を命ずるとともに、同校長をテスト責任者に、田川地方教育出張所職員斎藤松之助等をテスト補助員にそれぞれ命じたほか、自己もまたテスト補助員としての職務を行なう旨決定したことが明らかである。よって、まず大山町教育委員会の前記措置が、地教行法第五四条第二項、第二三条第一七号および教育基本法第一〇条等の解釈上所論指摘のごとく不適法違法なものかどうかにつき考究するに、

(一)  都道府県教育委員会が文部大臣より、また市町村教育委員会が都道府県教育委員会より、それぞれ地教行法第五四条第二項を根拠として、都道府県または市町村の区域内の教育に関する事務に関し、一定の調査その他の資料の提出を求められた際、同条項は調査の実施を請求する権限を直接文部大臣ないし都道府県教育委員会に付与したものではないから、請求を受けた当該教育委員会としては、既存の調査資料中に要求の趣旨に添うものが存しないときは、新たな調査を義務づけられないまでも、教育行政機関として互に協力関係に立ち、ひとしく教育基本法第一〇条第二項所定の教育諸条件の整備確立という共通の目標に奉仕すべき立場から、調査結果の資料が当該教育委員会の行なうべき教育行政の目的にも利用しうるものと認められる限りは、その地教行法第二三条第一七号所定の地方公共団体の処理する教育に係る調査に関する事務の管理執行権の範囲内で、団体事務として新たに調査を実施したうえ、要求に添う調査資料を作成して提出することも、自由裁量行為として当然許されているばかりでなく、具体的にいかなる様式により右の調査を行なうかも、かかる調査の様式について特に規定したものがない限りは、教育に対する不当な支配とならない限り、当該教育委員会の自由な裁量により妥当な様式として選択し決定するところに任されているものと解するのを相当とする。本件につきこれをみるに、大山町教育委員会が地教行法第二三条第一七号所定の権限に基づいて行なった、文部省の「昭和三六年度全国中学校一せい学力調査要綱」に則り、昭和三六年一〇月二六日試験問題その他文部省の定めた様式に従って、本件学力調査を実施する旨の決定は、調査結果の資料が同委員会の教育行政の目的にも利用できるものと認めるとともに、同委員会の行なうべき教育調査の様式につき特に規定したものは存せず、文部省の定めた様式に従うことが妥当と認められたため、大山町の教育に関する団体事務としてその自由な裁量により、山形県教育委員会に対し文部省の要求に添う調査資料を提出せんとしてなされたものであることが証拠上明らかであって、その間その自由裁量権の範囲を逸脱したものありとは認められず、この点において同委員会の右の措置につきその適法性の有無を問題とする余地の存しないことは明らかである。

(二)  よってさらに、教育委員会が地教行法第二三条第一七号所定の教育に係る調査の方法として本件のごとき学力調査を行なうことが、教育行政機関が教育の内容に介入し、これを不当に支配する行為として、教育基本法第一〇条第一項に違反することとなるかどうかにつき検討するに、教育委員会が主体となり、管下の各学校またはその特定の学級の生徒集団を対象として本件のごとき様式による学力調査を実施することは、調査の対象である生徒集団を構成する個々の生徒の学力の程度を一定の基準に基づいて判定する、調査の過程に必然的に含まれる作業の段階に関する限りは、教員が主体となり、自己の担当する個々特定の生徒を対象として行なういわゆる学力検査の場合と行為の外形においてなんら異なるところがないので、行為の外形だけに着目するときは、後者が教育であるならば前者もまた教育ではないかとの疑問がありえないではないが、およそ外形において同種の行為も、それが行なわれる際の主観的客観的諸事情に照らして認められる、行為主体の主観的意図のいかんによりその意味を異にし、従ってまたその規範的評価に差異を生ずることのありうべきことは多言を要しないところであって、学力調査と称されるものについても、その呼称のいかんにかかわらず、これを実施する主体の意図するところが、個々特定の生徒を対象としてその学力の程度を把握し、これをその個々特定の生徒に対する学習の指導等に直接役立てようとするにあるかどうかにより、教員の行なうべき教育と認むべきものとしからざるものとの別を生ずるものというべく、本件につきこれをみるに、大山町教育委員会が昭和三六年一〇月二六日実施する旨の決定をした本件学力調査は、もとより、その管内中学校の教員が昭和三五学年度において、文部省の定めた学習指導要領を目標として一、二学年の個々の生徒に対して行なった既往の教育活動とその教育活動の場を構成した教育諸条件との協働的所産である教育の現実の成果が、昭和三六学年度においてすでに二、三学年の生徒として在学中の右の個々の生徒につき前記目標をいかなる程度に達しているかを、一、二学年の教科を基に作成された試験問題により合理的に測定せんとする作業を含んだものではあるが、個々特定の生徒が調査に当って示した学力の程度を検討して、個々特定の生徒に対する学習の指導等に直接役立てしめることを意図したものではなく、どの特定の生徒が具体的にいかなる程度の学力を示したかにかかわりなく、個々の生徒が文部省の定めた試験問題に含まれた一定の基準との相関関係において示した学力をその担当教員以外の採点責任者において採点して得られた数字を集計し、これを学習指導要領に基づく基準に照らして、大山町教育委員会管下の各中学校の二、三学年の生徒集団に対する前学年度における教育の成果を相対的に把握することにより、調査の結果を文部省ならびに山形県および大山町各教育委員会として行なうべき教育課程に関する諸施策の樹立、学習指導の改善および学習の改善に役立つ教育諸条件の整備ならびに大山町教育委員会管下の各中学校の行なうべき学習指導の一般的向上等全般的な教育行政の上に反映させようとする意図に出たものであることが記録上明らかであるから、本件学力調査は、所論のごとくこれを教員の行なうべき教育とみるべきものではなく、調査から結果の利用までの過程を有機的全体的に考察して教育行政機関の権限に属する教育調査と認めるのを相当とする。果してしからば、本件のごとき学力調査の学力測定方法としての正確性の批判ないしは現実の教育事情の下における教育政策上の長短得失の論はしばらく措き、大山町教育委員会がその地教行法第二三条第一七号所定の権限により前記のごとく本件学力調査の実施を決定したのは、その実質についてみるも、教員の行なうべき教育を不当に支配し、教育基本法第一〇条第一項に違反する事項を内容とした違法な措置ということはできない。

従ってまた前記経緯により右(一)および(二)のいずれの点よりするも不適法ないし違法と認むべからざる本件学力調査実施の決定に基づき、大山町教育委員会からその執行を委任された教育長としての権限により、みずから適法にテスト補助員の地位についたと認められる山浜敏雄ならびに地方自治法第二五二条の一七および地教行法第二〇条第一項により同教育長から適法にテスト補助員に任ぜられたと認められる斎藤松之助が、それぞれテスト補助員として調査実施のためテスト用紙を携えて教室に赴こうとした証拠上認められる原判示行為も、適法な職務の執行と認められるので、原判決にはこの点において所論のごとき事実誤認の違法は認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点の一(事実誤認、法令適用の誤りの主張)について。

所論は、原審証人山浜敏雄および同榊原末生の各供述ならびに被告人宮野定の検察官に対する昭和三六年一一月二九日付供述調書によれば、本件テスト補助員山浜敏雄および同斎藤松之助が教室に向かうため西郷中学校の校長室を出ようとした目的は、当時平常授業をしていた教員に対し、テスト実施についての協力方を求めるための説得をすることにあって、テスト補助員としての本来の職務を行なうためでなかったことが明らかであるにかかわらず、原判決が右山浜および斎藤の両名はテストを実施するため教室に赴かうとしていたとの事実を認定したうえ刑法第九五条第一項を適用処断したのは、事実を誤認し、法令の適用を誤ったものである、というのである。

しかし、原判決挙示の所論の点に関する各証拠を総合すれば、本件テスト補助員山浜敏雄および同斎藤松之助の両名が昭和三六年一〇月二六日午後二時頃西郷中学校の校長室において、同日午後二時二〇分から国語のテストを行なう旨の決定に基づき、これを実施するため他のテスト補助員とともにそれぞれテスト用紙を携え、教室に赴くべく校長室の出口に向かっていたとの原判示事実を認めるに十分であり、さらに記録を精査するも、原判決には右の点につき事実を誤認したことを疑うべき事由を見いだすことができない。もっとも所論の証拠を総合すれば、山浜敏雄が、テスト補助員としてテスト用紙を携え、同じくテスト用紙をそれぞれ携えた斎藤松之助ら他のテスト補助員五名の先頭に立って、校長室から出るためその出口に向かって進んでいた際、所論指摘のごとく、被告人宮野から「どこに行くか。」と尋ねられて、「これから学力テストを実施するため先生方にお願いに行く。」と答え、本件学力調査の対象となった生徒集団の担当教員に対して調査実施の協力方を依頼する意図であることを明らかにした事実も認められるが、右山浜の言辞は、単に所論の程度の意味を有したにとどまらず、より積極的にテストそのものを実施せんとする態度を表明したものであり、かつ被告人らにおいてもかようなものとして感知したものであることは、テスト開始の時刻が約二〇分後に迫っており、しかもテスト用紙が携行されようとしている事実と併せ考え、また山浜の右の返答にかかわらず、被告人菅原において「テスト用紙を置いていかねば出さぬ。」と応酬している前記証拠上明らかな事実等に徴するも明瞭であるから、右の返答をとらえて、所論のごとく山浜等テスト補助員にテスト実施の意図がなかったとするのは当らず、しかしてテスト補助員がテスト用紙を携えて調査の対象となった生徒の現在する教室に赴くことは、それ自体調査のため必要にして欠くことのできない行為として、教室に臨んで調査に必要な各種の事務を行なうことと同様、テスト補助員としての職務を行なうことにほかならないものというべきであるから、原判決が判示の事実を認定したうえ、テスト実施に赴かんとする公務の執行を妨害したものとして刑法第九五条第一項を適用処断したのは正当であって、その間原判決に所論のごとく事実を誤認しまたは法令の解釈適用を誤った違法のかどは認めることができない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点の二、補充控訴趣意(事実誤認、法令適用の誤りの主張)について。

所論は、被告人らは本件テスト補助員山浜敏雄および同斎藤松之助に対して、「テスト用紙を置いていってくれ。」といいながら、せいぜい一回くらい両手を上げて、「まあまあ、ちょっと待ってください。」と制止して、話合いの機会を作るための行動に出たに過ぎないにかかわらず、原判決が暴行の事実を認めて刑法第九五条第一項を適用処断したのは、証拠の価値判断を誤って事実を誤認しかつ法令の適用を誤ったものである、というのである。

しかし、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、判示暴行の事実をも含めて優に所論の点に関する原判示事実を認めることができ、所論にかんがみさらに記録を精査するも、原判決にはこの点に関し事実の誤認あることを疑うべき事由を発見することができないばかりでなく、原判示各暴行が公務執行妨害罪を構成すべき暴行に該当するものであることも明らかであるので、原判決には法令の解釈適用を誤った違法のかども認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点の三(事実誤認、法令適用の誤りの主張)について。

所論は、要するに、一面、被告人らの本件所為が、前記控訴趣意第三点の二および補充控訴趣意指摘の程度のものに過ぎずして、公務執行妨害罪の構成要件たる暴行に該当しない旨主張しながら、他面、被告人らの右所為が、被告人らにおいて本件学力調査の中止などの措置を求めて行なっていた大山町教育委員会に対する説得工作を成功に導かんとする正当な目的を達成するための手段として行なわれた社会通念に照らして相当な行為であるから、その実質的違法性を欠く旨主張し、後者の主張を排斥して被告人らに対し有罪の言渡しをした原判決には、違法性阻却事由についての事実誤認または法令適用の誤りがある、というのである。

しかし、所論は、被告人らの本件所為が、犯罪の構成要件に該当する形式的違法性のあるものであることを前提とすることなく、その所論の正当な目的を達成するための社会的に相当な行為として実質的違法性の阻却さるべきことを主張せんとするにあって、実質的違法性阻却の主張としてはその前提を欠くが、仮に所論が被告人らの原判示所為を前提としてその実質的違法性の阻却を主張するものとして考察するも、およそ資源の開発による健康、知識、富、権力その他の社会的諸価値の形成とその配分に関する相対立する各種政策上の主張は、各その主張者において自己の主張を正当化してその貫徹を期するとともに、相手方の主張の実現を阻止せんとする意欲を内包するものであるが、個人の尊厳を究極的目標価値とし、強制力の行使を最少限度にとどむべきものとする憲法体制下の民主的社会の通念においては、かかる意欲の達成は、諸価値の形成と配分についての一般的に確立された制度を通じ、相手方に対する平和的にして秩序ある理性的な説得の方法によるべく、たとえ相手方が自己の説得に服しない場合においても、自己の主張を貫徹し、相手方の主張の実現を阻止する手段として、一般の制度によらず、社会の通念に照らして相当と認められる限度を逸脱して、相手方に対して暴行その他の実力による私的強制力を行使して、その心身の平穏安全等個人の尊厳実現の基礎となるべき諸価値を不当に剥奪するの挙に出ることは、あらゆる主張者が、それぞれ自己の追及するところを貫徹するがための手段として、ほしいままに私的強制力を選択行使するがままに任せられた場合の結果に想到しても明らかなごとく、主張の当否いかんにかかわらず、一般の制度を中核とする社会秩序を乱るものとして到底許されないところといわねばならない。これを本件につきみるに、被告人らにおいて、本件学力調査およびその結果の利用が、個人の尊厳を究極的目標価値とする民主教育を助長し、真理と正義、個人の価値、勤労と責任、自主的精神等についての啓発と心身の鍛錬とにより知識、健康等の諸価値を前記窮極的目標価値実現のための基礎として学習者に付与し形成すべきものとする教育基本法第一条の教育の目的を達成するうえに障害となるものと主張し、地教行法第二三条第一七号所定の権限により本件学力調査の実施を決定した大山町教育委員会に対してその中止または実施期日の変更等の要求を掲げて極力説得に努めたにかかわらず、同教育委員会が、本件学力調査は教育の目的を達成するための諸条件を整備するうえに必要にして妥当な方法であるとして、右の説得に服することなく、あくまで文部省の指示した様式により本件学力調査を実施する態度を固執していた当時の情勢下にあって、山浜敏雄らテスト補助員がすでにテスト用紙を携えて本件学力調査実施のため教室に赴かんとする事態にまで立ち至った事情の存することが記録上明らかではあるにしても、これを阻止せんとして行なわれた被告人らの原判示所為が、前記の説得行為を成功に導き、被告人らの要求を貫徹せんがための手段として、社会通念に照らして相当な私的強制力の行使とは到底いうことができず、その社会秩序を乱るものとして許されないものであることは、前記説示に照らし明らかであって、すでにこの点において被告人らの原判示所為は、その実質的違法性阻却の事由を欠くものというべきであるので、原判決に所論のごとき事実誤認ないしは法令適用の誤りありとは認めることができない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法第三九六条を適用して本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法第一八一条第一項本文、第一八二条に則り全部被告人両名に連帯して負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎茂 裁判官 柴田久雄 裁判官 緒賀恒雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例