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仙台高等裁判所 昭和62年(ネ)229号 判決 1988年8月31日

控訴人

八島よし子

右訴訟代理人弁護士

村上敏郎

被控訴人丹野保雄訴訟承継人

丹野端人

丹野さた

右両名訴訟代理人弁護士

佐々木健次

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人と被控訴人丹野保雄との間の仙台法務局所属公証人宮澤源造作成にかかる昭和五七年第三九二号金銭消費貸借契約公正証書に基づく強制執行は、同被控訴人承継人丹野さたに対してこれを許さない。

2  その余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人丹野保雄の承継人丹野端人の各負担とする。

三  本件につき、原審が昭和五七年一〇月七日になした仙台地方裁判所昭和五七年(モ)第一六六四号強制執行停止決定は、被控訴人丹野保雄の承継人丹野端人の関係においてこれを取り消す。

四  前項につき仮りに執行することができる。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人承継人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人承継人ら代理人は控訴棄却、「控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、双方において「承継前の被控訴人丹野保雄(以下、被控訴人保雄という)が昭和六二年四月二〇日死亡し、その承継人である丹野端人及び丹野さたが、被控訴人保雄の権利、義務を各二分の一の割合により相続し、承継した。」と述べ、この承継に伴い、被控訴人承継人らから請求の趣旨を主文第一項同旨及び「主文第一項記載の公正証書に基づく強制執行は被控訴人保雄承継人丹野端人に対してこれを許さない。」旨に改め、双方からそれぞれ別紙(一)、(二)のとおり事実上、法律上の主張を補足し、当審における証拠関係が当審記録中の証拠目録のとおりであるほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。

理由

一請求の原因事実(被控訴人保雄と訴外八島勝郎との間において控訴人主張の内容と同被控訴人の執行受諾の旨とが記載された公正証書((主文記載の公正証書、以下本件公正証書という。))が存在し、控訴人が訴外八島から本件公正証書記載の債権の譲受人として承継執行文の付与を受けた事実)は当事者間に争いがない。

二そこで、本件公正証書の効力について検討するに、控訴人は、訴外八島から訴外堀江弘一に対して従前貸与していた六五〇万円の貸金債権に更に二〇〇万円を貸し増して八五〇万円の準消費貸借に改め、被控訴人保雄が訴外堀江の右債務について連帯保証をし、それについて本件公正証書が作成されたものであるが、右連帯保証契約と本件公正証書作成の嘱託は被控訴人保雄の承継人の一人である丹野端人(以下、単に端人ともいう。)が被控訴人保雄から授権を受けてその代理人として行為したものであると主張している。

成立に争いのない甲第一号証、第一六号証ないし第一八号証、前出甲第一七号証の印影と対照して被控訴人保雄名下の印影又は訂正印が同被控訴人の登録印鑑(実印)により押捺し顕出されたものと認められる甲第一四号証の一、二(ただし、これらの文書中、被控訴人保雄作成名義の部分は、後に補説するように、結局真正に成立したものとは認め難い。甲第一四号証の一中、被控訴人保雄以外の者の作成名義にかかる分は原審における承継前の証人丹野端人の証言、原、当審における証人八島勝郎の証言により真正に成立したものと認められる。)と弁論の全趣旨によれば、本件公正証書は、甲第一四号証の二の、被控訴人保雄名義の委任状によってなされた嘱託に基づき、甲第一四号証の一の借用証書及び被控訴人保雄外二名の関係者の印鑑証明書(甲第一六号証ないし第一八号証)を資料とし、右借用証書の内容に即して作成されたものであることが認められる。

しかし、本件公正証書作成の嘱託に用いられた右委任状及びその基礎となった右借用証書中の被控訴人保雄名義の作成部分は、承継人丹野端人の原、当審における本人尋問の結果(但し原審では承継前につき証人として尋問。以下同じ)、原審における被控訴人保雄本人尋問の結果によると、端人が被控訴人保雄の住所、氏名を代書し、同人の実印を押捺して作成したものであることが認められるところ、端人がこのようにしてこれらの文書を作成し、捺印するについて、被控訴人保雄の了解を受け、或はその授権を得ていたことは、本件の全立証によるも、これを認めることは困難である(むしろ、次項に補説する如く、これは端人が被控訴人保雄の意思によらないで擅に同被控訴人の名により文書を作成し、同人の実印を押捺したものであることが認められる。)。

したがって、本件公正証書(したがって執行受諾約款も)は被控訴人保雄の意思に基づく嘱託がなくして作成されたものであり、特段の事由がない限り無効であり執行力を有しないものといわなければならない(換言すれば、これは無権代理人の嘱託に基づいて作成された公正証書と目すべきものであるが、これが無効とならない特段の事由があるか否かについてはのちに更に検討する。)。

三本件公正証書作成の経緯について補説すると次のとおりである。

前出甲第一号証、第一六号証ないし第一八号証、成立に争いのない甲第二一号証(原本の存在も争いがない。)、乙第二〇号証二、四ないし七、承継人丹野端人の当審における本人尋問の結果、被控訴人保雄の原審における本人尋問の結果により被控訴人保雄名義の作成部分が同人の意思を承けた端人により作成されたものであり、その余の部分がその名義人の意思により作成されたものであって結局全体が真正に成立したものと認められる甲第二号証、当審における証人丹野栄子の証言により原本の存在と成立が認められる甲第三号証、端人名義の部分の成立に争いがなく、その余の部分が原審における証人八島勝郎の証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一八号証、第二〇号証の一、同証言により真正に成立したものと認める乙第一七号証、前顕甲第一四号証の一、二、承継人丹野端人の原、当審における本人尋問の結果、原審における被控訴人保雄本人尋問の結果と前顕甲第一七号証の印影とを併せて、被控訴人保雄名義の部分が、端人が被控訴人保雄の住所氏名を代書し、同人の実印を押捺して作成したものと認められ、その余の部分が弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一号証(第二〇号証の三はその写、ただし、被控訴人保雄名義の部分は、甲第一四号証の一、二と同様に結局は真正に成立したものとは認め難い。)、承継人丹野端人の原、当審における本人尋問の結果、原審における証人丹野仁(第一、二回)、当審における証人丹野栄子、原審及び当審における証人丹野貞子の各証言、当審における控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件公正証書作成の経過として、次の事実を認めることができる。

被控訴人保雄は文化財保護法による特別名勝として指定されている宮城県宮城郡松島町手樽字葉ノ木田四番地山林二七九三平方メートルを所有しており、その親戚に当る訴外丹野栄子はその地続きの同所二番山林二一四二平方メートルを所有していたが、昭和五六年半ば頃から不動産業者によりこれらの土地を菜園として造成のうえ分譲するについてその買収の申込がなされるに至り、同年末頃には、松島町教育委員会から、そのための現状変更の許可が下りた。そして初めに買収の申込をしてきた業者との話は合意に達しなかったが、その後、同年末に、山形県天童市内の不動産業者である東北住販こと堀江弘一が同様の買収申込をしてきたことから右両名所有の山林売買の話が進展し、昭和五七年一月に入って同人と被控訴人保雄及び丹野栄子との間で右それぞれの山林の売買契約を結ぶことについて、ほぼその合意が成立した。

被控訴人保雄は右山林売買の話が持ち上る以前の昭和五六年八月から松島町内の病院において入院加療中の身であったので、右山林売買の件は、その長男に当る端人が被控訴人保雄に代って交渉に当り、被控訴人保雄は端人からその経過報告を受けるとともに山林売買について同人に了承を与え、また、同人から、右山林売買に関して買受人側の資金都合により三か月未満の短期決済を目途に二〇〇万円の銀行融資を受けるのについてその保証をする件についても、その了承を与え、これらの件について、端人が被控訴人保雄の名により代理して契約を結ぶ権限をも任せた。

そして、同年二月二日、丹野栄子(その夫仁)方において、買主側の堀江弘一と売主側の丹野栄子及びその夫仁、被控訴人保雄の代理人たる端人並びに堀江が連れてきた金融業者である訴外八島勝郎(当時、控訴人の夫で、のちに離婚)らが会合して、右各山林売買についての最終交渉をし、同日、被控訴人保雄が前記葉ノ木田四番山林を代金六七七万三〇〇〇円で、丹野栄子が同所二番山林を代金五一九万四〇〇〇円で、契約成立と同時に手付金各一〇〇万円を、同年四月二〇日限り残代金を各支払い、契約成立とともに造成販売を認める等の約旨により、それぞれ堀江に売り渡す旨の売買契約を結び、その契約書(甲第二号証、第三号証)を作成して取り交わした(ただし、葉ノ木田四番山林の売買については代金額の少い契約書((乙第二〇号証の五))も作成された。)。

ところで、右売買契約においては、契約成立と同時に、手付金一〇〇万円ずつ合計二〇〇万円を買主から売主らに支払うこととされたが、買主にその資金がなかったため、予め、買主の堀江がその融資を前記八島勝郎に依頼し同人を、資金準備のうえで右売買の最終交渉の席に同席させたのであるが、八島は、右手付金に充てる二〇〇万円を融資する条件として先に堀江に対して六〇〇万円の貸金債権を有していてそれが未回収となっていたところから、それに金利を加え更に右手付金に充てる新規の融資分二〇〇万円を加えた八五〇万円について改めて堀江が借用証書を書き替え、被控訴人保雄がそれに連帯保証人として署名、押印をすることを求め、その条件が充たされなければ融資に応じない態度であったため、堀江は、同年四月二〇日の残代金支払期までには自己の責任において右借金債務を処理することを誓って、端人に対し被控訴人保雄の名により借用証書に連帯保証人として署名、捺印することを頼んだ。端人は、堀江から右の頼みを受けるや、同人が短期間内にその責任で債務全額の処理をし、被控訴人保雄が連帯保証人としてその責任を問われることは事実上あるまいとの期待のもとに、被控訴人保雄の了解を得ずに堀江の頼みに応じ、かくして、その場で、貸金額八五〇万円、弁済期同年四月二〇日、遅延損害金年三割、公正証書を作成すべきこと等の内容の借用証書に借主として堀江弘一が、連帯保証人として被控訴人保雄の名を端人がそれぞれ記名又は署名、捺印して借用証書(乙第一号証。第二〇号証の三はその写。なお甲第一四号証の一は、公正証書作成委嘱の資料とするためのもので、乙第一号証と同時期に作成されたが、記名及び署名のみで、名下の捺印のない、別個の書面である。乙第二〇号証の三は乙第一号証の写であり、これと、この貸付関係の一連の文書と共に綴られその間に、関係者らの契印がなされていることからみると乙第一号証の写を作成し、これも含めた右関係書類に契印した時点において貸金額「八五〇万円」の文字がすでに記載されていたものであり、空白部分をのちに補充したものではない。)を作成した。

それとともに、右借用証書の趣旨に従って公正証書の作成を嘱託することにし、その嘱託用として、端人が被控訴人保雄の名を代署し、捺印して公正証書作成嘱託の委任状(甲第一四号証の二)を完成し、前記八島に交付した。

端人は、右借用証書と公正証書作成嘱託の委任状について、被控訴人保雄の名を代署し、捺印するについて、被控訴人保雄の了解がないままに、前記山林売買のために預かり携帯していた被控訴人保雄の実印を用い、擅に代署し、捺印した。

このようにして各山林売買契約書、金銭借用証書及び公正証書作成嘱託の委任状が作成され、その取り交わしが済んだので、前記八島から堀江に対しその場で現金二〇〇万円が追加融資金として交付され(乙第一七号証)るとともに、これをもとに堀江から売主側に対し、各一〇〇万円ずつの手付金の支払がなされた。

なお訴外八島は、堀江から右融資の依頼を受けた際、予め公正証書の作成を意図し、融資前に仙台法務局所属公証人宮澤源造に相談して所要の指導を受け、貸付の実行に当ってはその作成嘱託のための準備として、必要な書類を調製し、前述の委任状をも徴してこれを保存していたのであるが、貸付後その弁済期を過ぎても弁済がなかったため、同年五月右公証人に対して本件公正証書の作成を委嘱したところ、同公証人から、公正証書作成の資料として提出した借用証書(甲第一四号証の一)中不要の事項(利息の定めがないのに拘らず、利息の支払遅滞の場合の期限の利益喪失条項が記載されていた。)五八字を抹消する必要がある旨の連絡があったため、堀江に右の削除をなすべき旨の指示を与え、堀江が同公証人から右借用証書の一時返戻を受けて端人から被控訴人保雄の実印による捺印を得て削除の扱いをしこれを八島に届け、八島から再度同公証人にこれを提出するという段取りを経て、本件公正証書が作成されたが、端人が右の削除について被控訴人保雄の実印を押捺するについても、被控訴人保雄の了解を得ず、自宅にあった被控訴人保雄の実印を擅に使用した。

以上の事実を認めることができ、前掲証人丹野仁、同丹野栄子、同丹野貞子の各証言、承継人端人の本人尋問における供述中、以下の認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を動かす証拠はない。

右事実によると、本件公正証書作成のもととなった金銭借用証書中の被控訴人保雄の連帯保証の部分も、被控訴人保雄名義の本件公正証書作成嘱託の委任状も、端人が、連帯保証責任や公正証書に基づく責任が被控訴人保雄について現実化することはあるまいとの予測のもとに、同被控訴人の意思に基づかないで署名を代行し、無権代理行為として文書を作成してその記載内容の意思表示をしたものというべきである。

四控訴人は、本件公正証書作成の嘱託(したがつて執行受諾の意思表示)に関し、端人の無権代理行為について、被控訴人保雄に表見代理に基づく責任があると主張するけれども、強制執行受諾の意思表示については表見代理の法理が適用されないものであるから、この主張は採用できない。

五しかし、本件公正証書作成嘱託の名義人となつている被控訴人保雄が昭和六二年四月二〇日に死亡し、端人及び承継人さたが被控訴人保雄の権利、義務を各二分の一ずつ相続し、承継するに至ったことは当事者間に争いがないので、本件公正証書に関する法律上の地位ないし権利義務の関係も右相続により右両名に対し右の割合に応じて帰属するに至ったものというべきである。

そうだとすると、本件公正証書のうち、相続により端人に帰属するに至った二分の一の部分は、無権代理人が本人を相続した場合に当るから、本人自らの嘱託により公正証書が作成されたと同様の効果が生じたものと解すべきものであり(最判昭和四〇年六月一八日民集一九巻四号九八六頁参照)、結局この分は強制執行受諾の点も含めて有効なものとなり、端人に対する執行力を有すべきものである。

被控訴人らは、無権代理人が本人を相続した場合に、本人自らが行為をしたのと同様の効果が生じるものとされるには、無権代理人が単独で本人を相続した場合に限られるべきであり、本件のように、無権代理人とその他の者が本人を共同で相続した場合には右の理は妥当しない旨を強調するのであるが、無権代理人とその他の者とが共同で本人を相続した場合であっても、その無権代理人が承継すべき「被相続人」(本人)の法的地位の限度ではこの地位が確定的になったものとみられるかぎり、本人自らしたのと同様の効果が生ずべきことは異なることはないと解するのが相当である。本件においては、本人の相続人のうち一部の者が相続を放棄し、承継人さたと無権代理人たる承継人端人とが、本件の公正証書上の金銭債権の債務者たる地位(その執行受諾に関する点も含めて)を各自二分の一ずつの割合により相続承継し、承継人らのこの地位はすでに確定的なものとなっているものである(このことは前記当事者間に争いのない事実及び当審における承継手続の証拠関係から認められる。)から、無権代理人たる承継人端人が相続により本人(被控訴人)の地位を承継した分について本人自らが行為したと同様の効果が生じるものである(このように解したとしても共同相続人の他の一人であるさたの権利、義務に対する影響はなく、何らの不都合も生じないのである。)。

したがって、本件においては、承継人端人が相続により承継した分について本人たる被控訴人保雄自らが本件公正証書の作成を嘱託したと同様の効果が生じ、承継人端人はその効果を受けるものと解すべきである。

なお、承継人端人は、無権代理人の行為について本人自らが行為をしたのと同様の効果が生じたものとするには、行為の相手方が善意、無過失であったことを要するのに訴外八島が悪意有過失であったと主張するが、無権代理人の行為について相手方が善意、無過失であることを必要と解すべき合理的な理由はない。けだし、無権代理人が「本人」の地位を承継した結果、その承継した限度において、行為時にいわば「本人として行為したとみられるべきことから生ずべき法的効果であって、決して「無権代理人」を「本人」または「有権代理人」と信じたこと(たとえば表見代理)によって生ずべき法的効果ではないからである。被控訴人のこの点の主張は、他に判断するまでもなく理由がない。

なお、承継人端人は、別紙(二)補足主張二3の事情を掲げて無権代理人の嘱託により作成された本件公正証書が有効となることはないと争うのであるが、採用できない。

本件公正証書中、相続により承継人さたに帰属するに至った分については、無権代理人の嘱託により作成された瑕疵は治ゆされることなく、結局同承継人に対しては執行力を有しないものである。

六以上に説明したとおりであり被控訴人保雄(その承継人ら)の本件公正証書の執行力の排除を求める本訴請求は、同承継人さたの関係で同人が相続により承継した分についての執行力の排除を求める限度で理由がありこれを認容すべきであるがその余(同承継人端人の関係で、同人が相続により承継した分についての執行力の排除を求める部分)は理由がなくこれを棄却すべきである。

したがって、原判決中右の結論と趣旨を異にする部分は相当でなく、本件控訴は一部理由があるので、民事訴訟法三八六条、三八四条一項に従い、原判決を変更し、訴訟費用の負担につき同法九六条、九二条、八九条を、強制執行停止決定の取消及び仮執行の宣言につき民事執行法三七条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官伊藤豊治 裁判官石井彦壽)

(別紙(一)) 控訴人の補足主張

一 かりに、本件公正証書が承継人端人の無権代理行為による嘱託に基づいて作成されたものであったとしても、無権代理人たる同人が本人たる被控訴人を相続承継したので、本件公正証書のうち少くとも承継人端人の承継した部分については本人自らの嘱託により作成されたのと同様の効果が生じた(最判昭和四〇年六月一八日民集一九巻四号九八六頁参照)ので同人は本件公正証書に基づく執行力を受けるべきである。

二 かりに、公正証書上の執行認諾の意思表示が公法上(訴訟上)の行為であって、無効な債務名義が相続によって当然に有効なものに転化しないとしても、承継人端人は本件公正証書記載の連帯保証の実質的当事者であるから、同人は本件公正証書の執行認諾の意思表示の無効を主張することは信義則上許されない。

三 承継人主張の悪意、有過失の点は否認する。

(別紙(二)) 被控訴人の補足主張(反論)

一 承継人端人は、本件公正証書記載の金員貸借の連帯保証について被控訴人保雄のために代理行為をしたことはない。承継人端人は、あくまで、北日本相互銀行からの二〇〇万円の借金の連帯保証のみを考えていたのであり、しかも、それが昭和五七年四月二〇日限り解除されるとの前提で保証の意思表示をしたにすぎない。

二 かりに、承継人端人が本件公正証書記載の金員貸借の連帯保証につき、訴外八島勝郎に対し被控訴人保雄のために無権代理行為をしたとしても、同人の死亡により本人自らの嘱託により本件公正証書が作成されたと同様の効果が生じることはありえない。

1 無権代理人の地位と本人の地位が同一人に帰属した場合に関する裁判例(大判昭和二年三月二二日民集六巻一〇六頁、最判昭和四〇年六月一八日民集一九巻九八六頁)によれば、無権代理人の行為について本人自らが行為したと同様の効果が生じるためには、無権代理人が単独で本人を相続した場合に限られるべきである(右最高裁判例参照)。しかし、本件においては承継人らが共同で被控訴人保雄を相続したもので、無権代理人が単独で本人を相続した場合ではなく、右の効果は生じない。

2 次に、右1の各裁判例によれば、無権代理人の行為が本人自らがしたと同様の効果を生じるためには、無権代理人が民法一一七条に基づく責任を負う場合、すなわち相手方が無権代理行為につき善意、無過失であったことを要するものである。

しかし、本件においては、無権代理行為の相手方である訴外八島は悪意又は有過失であったものであり、本件公正証書が本人たる被控訴人保雄自らの嘱託により作成されたと同様の効果が生じることはない。

3 なお敷えんするに、本件においては、承継人端人には、無権代理行為をなすにつき積極的、能動的な行為が全くなく(公正証書作成嘱託の委任状は訴外八島が用意したものであり、承継人端人は被控訴人保雄の印鑑証明書についてもこれを山林売買に必要であると理解していたにすぎない。)、また、承継人端人は本件公正証書記載の金員貸借(被控訴人保雄の連帯保証にかかる)による金員を受領したこともなく、本人たる被控訴人保雄も同様である。

他方、訴外八島は住所を同じくしたことのある訴外堀江と意を通じて承継人端人を籠絡したものであり、被控訴人保雄の連帯保証を得ることにより利益を得る者は訴外八島と堀江のみである。これらの事情に照らし、訴外八島は悪意又は有過失であることが明らかであるばかりか、これらの事情のもとでは本人たる被控訴人保雄が死亡しても、このことにより本件公正証書が有効になることはない。

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