大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和60年(行コ)2号 判決 1988年2月23日

控訴人(第一審被告)泉市長

鈴木幸治

右指定代理人

浅野正樹

外九名

被控訴人(第一審原告)

濱田啓

右訴訟代理人弁護士

袴田弘

山田忠行

小野寺信一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張及び証拠

左記のとおり付加するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決三枚目裏四行目及び六行目の「著名」をいずれも「著明」と改める。)。

(当審における新たな主張)

一  控訴人

厚生大臣が予防接種法(以下「法」という。)一六条に基づいて、公衆衛生審議会の意見を聴いて行う疾病とワクチン接種との因果関係の認定の判断は、高度の医学的知見に基づく判断を基礎とする厚生大臣の裁量により決定されるべきものであつて、専門技術的裁量行為に該当するものであり、その判断が違法であるといいうるのは、その裁量権の踰越・濫用がある場合に限られるところ、因果関係を認定しなかつた厚生大臣の本件判断には、医学専門家の常識ないし支配的見解に反するところも、被控訴人を特に不利益扱いしているところも認められず、他にもその裁量権を踰越・濫用した形跡はないから、何ら違法なものではない。

二  被控訴人

右主張を争う。

理由

一以下の事実は当事者間に争いがない。

1  予防接種の実施

被控訴人は、昭四〇年四月八日出生した男子であるが、肩書住所地に居住し、泉市南光台小学校に在籍していた昭和五二年一〇月二五日、同小学校において控訴人が予防接種法七条に基づく一般的な臨時の予防接種として実施したインフルエンザHAワクチンの予防接種(本件ワクチン接種)を受けた。

2  被控訴人の発病

被控訴人は、本件ワクチン接種から四日後の昭和五二年一〇月二九日夕刻から腹部不快感と両側上腿の疼痛を訴え、翌三〇日夕刻嘔吐(一回)と尿失禁をみた後、入浴中意識混濁と両下肢麻痺をきたし、仙台市内の矢内外科医院に入院して診察を受けたところ、同医院の医師は小児麻痺を疑つた。そこで、被控訴人は、同年一〇月三一日東北公済病院に転院したが、そのころから嗜眠状態となり、項部硬直と運動性失語が徐々に出現するなどしたため、脳腫瘍を疑われ、同年一一月四日東北大学医学部附属病院長町分院脳神経外科に入院して種々検査を受けた結果、急性散在性脳脊髄炎(アデム)と診断された。このため、被控訴人は、翌五日同病院脳神経内科に転科して治療を続けたところ、症状が安定してきたため、昭和五三年六月二七日国立療養所西多賀病院に転院し、治療、機能訓練を受けながら現在に至つている。

この間、被控訴人は、東北大学附属病院長町分院脳神経内科に入院時右上肢の痙縮が著明であつたが、二日後弛緩性麻痺となり、昭和五二年一一月八日には左上肢遠位部筋力低下が出現した。後者は約一〇日後に正常に戻つたが、右上肢は同年一一月末から肘関節屈曲が可能になるとともに痙縮が徐々に著明になるなどの経過をたどつた。その後、右上肢は同年一二月末には手指の軽度屈曲が可能となり、筋力も徐々に増加し、これと平行して知覚も回復し、軽い知覚鈍麻を残す程度となつたが、第五胸髄以下の知覚脱失は変わらず、両下肢は依然弛緩性麻痺を呈しており、表在及び深部反射はすべて消失したままの状態にある。

被控訴人の発病以後の症状は以上の経過をたどつたものであり、被控訴人の右疾病(本件疾病)は、東北大学附属病院長町分院脳神経外科の診断のとおり急性散在性脳脊髄炎(アデム)である。

3  行政処分の存在

被控訴人は、昭和五三年二月二六日、控訴人に対し法一六条一項に基づき本件疾病にかかる医療費及び医療手当の支給を請求したが、控訴人は、同条項による厚生大臣の本件ワクチン接種と本件疾病との因果関係の認定が却下されたため、昭和五四年一二月一二日被控訴人の右請求を棄却する旨の処分(本件棄却処分)をし、同処分は同日被控訴人に通知された。

二本件救済制度の仕組み

法は、市町村長が法一六条以下の給付制度(以下「本件給付制度」という。)による給付をなすためには、その前提として厚生大臣が当該疾病と予防接種との因果関係を認定することを要するものとしており、厚生大臣は公衆衛生審議会の意見を聴いて右認定を行うものと定めている。

そして、右認定申請手続については明文の規定はないが、<証拠>によれば、右認定は健康被害者からの直接の申請に基づいてなされるものではなく、健康被害者から本件救済制度に基づく給付請求を受けた市町村長が給付決定の前段階として厚生大臣に認定進達を行うという流れで行なわれており、厚生大臣の認定拒否に対する健康被害者からの独立した不服申立を認める規定も何ら具備されていない。

そうすると、右認定は、市町村長と厚生大臣という行政機関相互間でなされる内部的な行為であり、右認定を拒否された健康被害者は、市町村長の給付申請の棄却という行政処分に対する不服申立の手続の中で、因果関係を認定できないとした厚生大臣の判断の違法を争い得べく、右不服申立が右棄却処分に対する抗告訴訟によりなされた場合に、審理の結果、右厚生大臣の判断に違法があると認められるときは、裁判所は右棄却処分が違法な判断に基づくものとしてこれを取消すべきこととなる。

三そこで、本件給付請求における厚生大臣の認定拒否の判断が違法であるか否かについて判断する。

1  本件救済制度の趣旨及び因果関係の判定基準

<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

(一)  法による予防接種制度は、伝染病の集団的まん延防止は集団の非感受性者の比率が高まることにより集団免疫の現象が生じ当該伝染病の流行が阻止されることによつて達成できるという経験則と理論に基づき、集団内の各個人に免疫原(ワクチン)を接種して免疫を賦与することにより集団の免疫水準を維持し、その効果により伝染病の流行を防止し、当該個人はもとより社会の防衛を図ることを究極の目的とするものである。

しかるところ、予防接種は、右目的のために人体への侵襲行為の一つとしてワクチンという異物を健康者に接種するものであつて、関係者がいかに注意を払つても微少の確率ではあるが不可避的に事故が起こりうることは現代医学をもつてしても否定できない。そして、法はそれにもかかわらず、前記の目的達成のため国民に対して右接種を義務づけているが、法により強制的に接種される法二条所定の各種予防接種のワクチンによる副反応の実態及びその発症のメカニズムについても、未だ研究途上にあつて、最高水準の医学知識をもつてしても十分に解明されていないものも多く、特定のワクチン接種から特定の疾病が生じうるものか否かについて医学者間で見解の分かれることもあるし、そのうえ予防接種後の神経系疾病の臨床症状や病理学的所見は予防接種以外の疾病によるものと異るものではない(非特異性がある)ため、個々のケースにおいて予防接種とその後に起つた疾病との因果関係を医学的に証明することは事実上困難であることもある。

(二)  右のような状況下で、予防接種により健康被害を被つた者を簡易迅速に救済するため、政府は、昭和四五年七月閣議了解をもつて当面緊急の行政措置として、予防接種の副反応と認められる疾病により現に医療を必要とする者に対し、医療費その他の給付を行うこととしたが、右のような予防接種による健康被害の性格と副反応研究の現下の状況等に鑑みて、右救済の対象となる疾病のなかには、予防接種の副反応の疑いのある疾病も含めるものとしていた。

(三)  その後、厚生大臣の諮問を受けた伝染病予防調査会において審議を重ねた結果、昭和五一年三月二二日答申において「予防接種を受けた者のうちには、実施に当たり医師等の関係者に過失がない場合においても極めてまれにではあるが不可避的に重篤な副反応がみられ、そのため医療を要し、障害を残し、ときには死亡する場合がある。これら予防接種に伴う無過失の健康被害者に対しては、現在のところ現行実定法上救済される途がなく、また、たとえ接種者側に過失が予想される場合であつても司法的救済を得るための手続に相当の日時と経費が費やされるのが普通である。法に基づく予防接種は、公共目的の達成のため行なわれるものであり、この結果健康被害を生ずるに至つた被害者に対しては、国家補償的精神に基づき救済を行い社会的公正をはかることが必要と考えられる。したがつて、国は法的措置による恒久的救済制度を設けるべきである。」との答申をなした。

右答申を受けて、昭和五一年法律第六九号予防接種法の一部改正法により本件救済制度が設けられるに至つたものであるが、本件救済制度における因果関係については、右答申は「この制度において救済の対象とするに当つては、因果関係の立証を必要とすることはもちろんであるが、予防接種の副反応の態様は予防接種の種類によつて多種多様であり、当該予防接種との因果関係について完全な医学的証明を求めることは事実上不可能な場合があるので、因果関係の判定は、特定の事実が特定の結果を予測し得る蓋然性を証明することによつて足りることとするのもやむを得ないと考える。」と述べている。

また右改正法の国会審議において、政府委員は、本件救済制度は損害賠償ではなく、損失補償的制度であること、右伝染病予防調査会の答申にもあるように、予防接種と事故との因果関係については蓋然性をもつて認定しうるものとし、疑わしいものについてもできるだけ諸般の事情をよく見て認定してゆきたい旨答弁している。

(四) 本件救済制度が右のような経緯で立法化されたことを受けて、疾病とワクチン接種の因果関係の認定について厚生大臣から意見を聴かれる公衆衛生審議会は、そのなかに公衆衛生、小児科、整形外科、精神科、病理学等の医師や弁護士等を含む一五名の委員をもつて構成される予防接種健康被害認定部会(以下単に「認定部会」という。)を設置して、疾病とワクチン接種との因果関係の有無を審査・判断し、その結果を公衆衛生審議会の意見として厚生大臣に答申することとなつたが、右認定部会も、右因果関係については、前記答申の「特定の事実が特定の結果を予測し得る蓋然性を証明することによつて足りるとするのもやむを得ないと考える」との方針に従つて認定を行うこととし、具体的には、(1)当該症状が当該ワクチンの副反応として起こり得ることについて、医学的合理性があるかどうか、(2)当該症状がワクチン接種から一定の合理的な時期に発症しているかどうか、(3)他の原因が想定される場合には、その可能性との考量を行うこと、との三つの判定基準を設けて認定判断を行い、厚生大臣も右認定部会の判定に従つて認定を行つている。

右にみたとおり、本件救済制度の目的が、伝染病の集団的まん延防止という公益目的実現のために強制的に予防接種を行う過程で不可避的に発生する被害を補償するところにあることや、予防接種ワクチンによる副反応の多様性や非特異性並びに副反応研究の現下の状況から生じる因果関係の医学的証明の困難を考慮し、前記のような経緯で健康被害者に対する簡易迅速な救済を企図して制定された本件救済制度の趣旨に照らすと右認定部会ひいて厚生大臣の運用方針及び判定基準は、合理的で法の趣旨によく適合しているものということができ、逆に、厚生大臣において、具体的な事実関係が右運用方針に照らし右判定基準を十分に充たしていて因果関係を積極に認定すべきであるにもかかわらず因果関係の認定を拒んだときは、右厚生大臣の判断は、事実を誤認し、本件救済制度についての法の趣旨に反して、法が救済を予定した健康被害者への救済を拒む結果をもたらすものとして違法なものというべきである。

2  本件給付請求における厚生大臣の判断

<証拠>によれば、次の事実が認められる。

被控訴人の本件疾病と本件ワクチン接種の因果関係について厚生大臣から意見を聴かれた公衆衛生審議会の認定部会は、

(一)  判定基準(1)については、本件インフルエンザHAワクチンのような、脳物質を含んでおらずかつ不活化されたワクチンの接種によつてアレルギー性の反応が起こり、被控訴人のような中枢神経系の炎症性疾患であるアデムの発症しうる可能性は経験的にも理論的にも未だ確立されていない。この点に関し、昭和五一年にアメリカ合衆国において、Aニュージャージー型インフルエンザワクチン接種後に末梢神経の遅延型アレルギー反応である多発性神経炎(ギランバレー症候群)が多発したことがあり、このことはインフルエンザワクチンからもアレルギー性の末梢神経炎の発症しうることを示すものではあるが、右の場合にも、脳炎とか脳脊髄炎等の中枢神経系の疾患が多発したことはないうえ、右Aニュージャージー型インフルエンザワクチンはブタを使用して製造するものであるのに対し、本件インフルエンザHAワクチンは受精卵を使用し、精製技術も高度化したものである点で異つていることからすると、右事例は必ずしも本件インフルエンザHAワクチンからアデムのような中枢神経系のアレルギー性疾患を発症することの根拠とすることはできない。

(二)  判定基準(2)の発症時期の合理性ついても、仮にインフルエンザHAワクチンからアデムが発症しうるものとしても、被控訴人の場合、ワクチン接種後四日(便秘もアデムによる膀胱直腸障害として症状に含めるとすれば接種後二日)で発症しており、前記ギランバレー症候群がインフルエンザワクチン接種後二ないし三週間後に発症したことや、狂犬病ワクチンのような神経組織を含むワクチンを接種した場合に起こるアレルギー性の脱髄疾患の潜伏期間が二ないし三週間であること、また動物実験で脱髄疾患を起こす場合にもほぼ同様の期間を要することと対比してみても、被控訴人の本件疾病の発症は早すぎて、合理的な時期に発症しているとはいえない。

(三)  判定基準(3)の他原因の可能性についても、被控訴人の発症後一週目の血清のムンプスウイルスに対するCF抗体価が四倍以下であつたのに、三週目の血清では八倍であつたことが検査結果から認められ、このことは被控訴人がムンプスウイルスに感染したことを示すものであり、このムンプスウイルスの感染(不顕性感染)が被控訴人のアデムの原因となつたことが想定されるし、もともと小児については、原因不明の突発性の脳炎、脳症は相当の割合で認められるところであるから、被控訴人の本件疾病も、本件ワクチン接種とはかかわりなく発症した原因不明の突発性のものとみる余地が多分にあることからしても、本件疾病と本件予防接種との因果関係は消極に判定すべきである。

と判断し、医療費給付不相当の答申を行つたので、厚生大臣もこれを受けて、被控訴人の本件疾病については、法一六条一項の規定による認定をすることができない旨の判断をし、控訴人に通知したものである。

3  右厚生大臣の判断の適否

そこで以下に、右認定部会ひいて厚生大臣の判断の適否を右判定基準に則して順次検討する。

(一)  判定基準(1)について

被控訴人の本件疾病(アデム)が本件ワクチン接種(インフルエンザHAワクチン接種)の副反応として起こり得ることについて医学的合理性があるか否かについて判断する。

(1) <証拠>によれば、次の事実が認められる。

(イ) 医学上一般に承認されていることとして、アデム(急性散在性脳脊髄炎)とは急性に発病する中枢神経系の散在性炎症性疾患であり、その経過は単相性で、病理学的に静脈周囲性細胞浸潤及び脱髄巣を示すものをいい、原因的にみて、(1)急性感染疾患に続発するもの(感染後脳脊髄炎)、(2)各種ワクチン接種後に発生するもの(ワクチン接種後脳脊髄炎)、(3)突発性のもの(突発性散在性脳脊髄炎)の三種類に分類され、このうち感染後脳脊髄炎は流行性耳下腺炎(ムンプス)や麻疹、帯状包疹などの感染後通常一〜二週間して、またワクチン接種後脳脊髄炎は一般には狂犬病ワクチンや種痘等の接種後通常一〜二週間して発症してくること、その臨床症状、病理所見は一般に類似しており区別し難いが、実験的アレルギー性脳脊髄炎(EAE)の病理像に類似することから、遅延型過敏症によるアレルギー性脱髄炎と考えられる。

(ロ) 昭和四〇年に横浜市立大学医学部神経科教授猪瀬正らは、三〇才の主婦がインフルエンザワクチン接種後一週間目に高熱を発し、接種後三六日目に突然右半身麻痺を生じ、四〇日目から意識障害が現われ、四六日目に死亡した脳炎症状の事例について、解剖の結果、大脳各葉で静脈周囲に脱髄が生じていたことを報告し、「種痘後脳炎や感染後脳炎に関する近年の知見を参照しつつ、神経病理学的所見と病因論とを考察して、インフルエンザワクチンの接種の病因可能性を推定した。」と結論づけている(甲第五五号証)。

(ハ) 昭和五〇年に厚生省特定疾患・多発性硬化症調査研究班の中村晴臣は、四一才の男子がインフルエンザHAワクチン接種後四日目に発熱し、接種後八日目に意識不明となり、その後度々消失を伴う全身けいれんを起こし、項部硬直、左方への共同偏視等の脳脊髄炎症状をみた後、接種後二三日目に死亡した事例について、解剖の結果明らかな脱髄巣はみられなかつたものの、脳軟膜及び脳内小血管周囲にリンパ球の浸潤、脳の浮腫性変化のみられた例を報告し、右は症状及び解剖結果からアレルギー性のものとみられ、「かかる反応を惹起する因子は、ワクチン接種以外に既往歴に見出されず、本例の脳病変はワクチン接種後脳炎と判断せざるを得ない。」と結論づけている(甲第三五号証)。

(ニ) アメリカ合衆国において、昭和五一年一〇月一日から同年一二月一六日までの間に行なわれたAニュージャージー型インフルエンザワクチンの接種によつてギランバレー症候群の多発が認められた(この点は当事者間に争いがない)が、右ギランバレー症候群は末梢神経の遅延型アレルギー反応たる多発性神経炎であり、アレルギー性機構があつた場合に、遅延型アレルギー反応が末梢神経に現われれば多発性神経炎に、脳や脊髄に現われれば脳脊髄炎になり、したがつてAニュージャージー型インフルエンザワクチンの接種により右のとおり多発性神経炎が起こる以上、同じ発生機序によりインフルエンザワクチン接種によりアレルギー性脳脊髄炎が発生することが十分に考えられる。

(ホ) 被控訴人が昭和五二年一一月五日に東北大学附属病院長町分院脳神経内科に入院してから被控訴人の主治医として診察、治療にあたつた同大学医学部脳神経内科助手斎藤博医師が、被控訴人のアデムの原因について探究するため外国の文献を調査したところ、インフルエンザワクチン接種後に神経症状を呈した報告例が二五例以上あり、その中には脳症、髄膜脳炎等の中枢神経疾患も多数含まれていた。

(ヘ) 石崎朝世らは、昭和六一年の日本小児科神経学会機関誌「脳と発達」において、「昭和四二年から同五九年に東京女子医大小児科に入院し、予防接種と症状発現の時間的なつながり、他疾患の除外などにより、その発症は予防接種との因果関係が十分に考慮されるべきであると診断されていた神経疾患一四例」について検討した結果、このなかにインフルエンザワクチン接種後アデムを発症したもの一例及び多発性神経炎を発症したもの一例があつたこと、また「昭和五三年一月から五年間に東京女子医大小児科に入院したアデム、脳炎、脳症例(アデム五例、脳炎二八例、脳症一九例)」につき予防接種歴を確かめたところ、発症前一か月以内の予防接種施行例はアデム五例中三例、脳炎二八例中二例で、脳症では該当例がなく、右のアデムについての接種ワクチンはインフルエンザワクチン二例、ムンプスワクチン一例であつた旨を報告している(甲第一〇六号証)。

(ト) 我国における代表的な専門書の一つである沖中重雄監修「神経学」第四巻(甲第四〇号証)は、ワクチン接種後脳脊髄炎の原因として、種痘や狂犬病ワクチンと並んでインフルエンザワクチンもあげている。

(チ) インフルエンザHAワクチンのように、神経組織を含まない不活化されたワクチン中のいかなる成分がいかなる機序でアデムのようなアレルギー性の脱髄疾患を引き起こすのかについては定説はないが、有力な医学者の間で、①いかに精製技術が高度化したインフルエンザHAワクチンであつても、製造過程で微少ながら必然的に含有されることになる鶏卵成分や、製造過程でワクチン中に混入することがある夾雑物が右のようなアレルギー反応を惹起する可能性があるとする考え方があり、また②同ワクチンの本体をなすインフルエンザウイルスの化学物質自体(ワクチンの場合、インフルエンザウイルスは不活化されているが、その化学物質自体はワクチン中に残つている。)に、動物の神経組織と共通する抗原性があり、また接種後にもこの種の共通抗原が形成され、それらが攻撃的な共通抗体その他を産出し、その結果神経系の脱髄炎が引き起こされるとする考え方などがある。

そして、アメリカ合衆国ワシントン大学のアルボードらは、昭和六〇年の「サイエンス」に登載された論文(甲第九七号証)において、「感染後あるいはワクチン接種後に発生する脱髄性脳脊髄炎及び末梢神経炎は、中枢及び末梢神経系の髄梢部位に同質である特定のウイルス性抗原決定基が引き起こす免疫上の交叉反応によるものであることが考えられる。コンピューターを使つた検索で、人間の二つの髄鞘蛋白のデカ・ペプチド(アミノ酸一〇個からなるペプチド)と人間に感染することが知られているウイルスの蛋白とを比較してみると、そこに同質性を見い出すことができた。これらのウイルスの中には、ハシカ、エプスタイン・バー、インフルエンザA及びBその他の上部呼吸器感染を引き起こすウイルスが含まれている。」旨を報告している。このことは、インフルエンザやインフルエンザワクチンの中に含まれている蛋白と人間の髄鞘蛋白の間に同質性があり、前者によつて引き起こされた免疫上の反応が後者をも攻撃してしまうことの可能性を示すものである。

(リ) 前記のとおり、被控訴人が昭和五二年一一月五日に東北大学附属病院長町分院脳神経内科に入院してから同五三年七月二七日に転院するまでの間、主治医として診察、治療にあたつた同大学医学部脳神経内科助手斎藤博医師は、同科講師高瀬貞夫や同科教授板原克哉の指導を受けながら、被控訴人のアデムの原因について探究するため、種々の検査や文献上の調査を行つた。その結果、前記のとおり一般にアデムの原因とされているもののうち、(1)感染後脳脊髄炎については、種々の検査を行つた結果によつても、被控訴人の血清及び髄液のウイルス抗体価が有意の上昇ないし変動を示したことはないうえ、咽頭粘液、尿、髄液から既に知られているウイルスは分離されなかつたことから本件アデムの原因がウイルス感染によるものであることはまず否定され、(2)被控訴人は本件疾病の発症前の近接した時期には本件インフルエンザワクチン以外のワクチンや血清の接種は行つていないことから、これらによるものとは考えられず、(3)前記外国文献の調査の結果では、インフルエンザワクチン接種後の神経症状は接種後平均5.7日で発現しており、被控訴人の場合は接種後四日で発症していて、右と対比しても合理的な期間内に発症しており、(4)アデムは全く原因不明の場合にも発症しうるが、右のような事実関係のもとでは、被控訴人のアデムを原因不明と判定するよりはインフルエンザHAワクチンの副反応とみるのがはるかに合理的であると判断し、被控訴人のアデムは本件ワクチン接種の副反応によるものと推定し、斎藤医師に対し指導助言し自らも被控訴人の診察にあたつた同科教授板原克哉も、同様に被控訴人の本件疾病は本件予防接種が誘発したものと考えるのが合理的であると判断している。

なお斎藤医師は、インフルエンザHAワクチンからアデムの発症する機序については不明であるが、インフルエンザHAワクチンの中に微量ながら含まれている卵蛋白成分が何らかのアレルギー反応を引き起こし、本件疾病に至つた可能性があるものと考え、卵蛋白による皮内反応検査を行つたところ、皮内反応はマイナスであつたものの、その一週間ないし一〇日後の髄液の検査の結果では、これまで次第に減少していた髄液中の蛋白及び免疫グロブリンの値が再上昇したため、注射された卵蛋白成分が免疫反応を改めて賦活化したものと考える余地があるものと判断している。

また斎藤医師は、被控訴人の右症例及び推定を「インフルエンザワクチン接種後のアデム」として論文(甲第一四号証)にまとめ、同論文は世界でも有数の権威ある雑誌と考えられている米国医学会発行の「アーカイズ・オブ・ニューロロジー」に受け入れられて登載された。

(2) 右認定の事実によれば、一般にインフルエンザHAワクチンの中のいかなる成分がいかなる機序でアデムを引き起こすかについては未だ定説はないものの、インフルエンザHAワクチンの副反応としてアデムが生じうること自体についての医学的合理性は経験的にも理論的にも十分あるものと認められ、更に被控訴人の場合の本件ワクチン接種の副反応として本件疾病が起こり得ることの医学的合理性は右にみた斎藤医師らの行つた種々の医学的検査とその推論の経過の合理性に照らしても十分に首肯されるところである。

(3) なお控訴人が、本件ワクチン接種の副反応として本件疾病が起こり得ることの医学的合理性を否定すべき根拠として主張するところについて、以下に判断を加える。

(イ) <証拠>中には、①アデムの発生機序は、髄鞘を構成する塩基性蛋白が抗原となつてリンパ球を感作し、この感作リンパ球が血管を経由して脳脊髄に達し、その髄鞘を選択的に破壊してひき起こすところの自己免疫疾患であり、②狂犬病ワクチンの接種によつてアデムが発症するのは、同ワクチンが動物(やぎ)の脳の中で狂犬病ウイルスを培養することによつて作られるため、すべての動物の脳にある共通抗原を含んでおり、そのため同ワクチンの接種により右抗原に対して一種の自己抗体(感作リンパ球)が産生され、これが脳脊髄に作用して脱髄現象を起こすのに対して、③インフルエンザHAワクチンは、インフルエンザウイルスを鶏卵の中で培養して製造されるもので、抗原となるべき脳物質を含んでいないから、同ワクチンによつてアデムが起こるとは考えられない旨の供述部分がある。

しかし、右<証拠>によつても、右のようにアデムの原因物質を脳物質に限定する考え方では、前記のとおり、医学上一般に、アデムが種痘のように脳物質を含まないワクチンの接種によつても生じるものとされていることや、インフルエンザワクチンの接種によつてアレルギー性脱髄疾患であるギランバレー症候群が多発したことを十分に整合的に説明しうるものとは認められず、右のような考え方をもつて、インフルエンザHAワクチンからアデムの発症しうることの合理性を理論的に否定すべきものとは解されない。

なおギランバレー症候群の多発のみられたAニュージャージー型インフルエンザワクチンがブタを使用して製造するのに対し、インフルエンザHAワクチンは受精卵を使用するなどの点で異つていることについては、右各証人及び当審証人植村慶一の証言によつても、Aニュージャージー型インフルエンザワクチン中のいかなる物質がギランバレー症候群を引き起こしたのかは十分に解明されておらず、右Aニュージャージー型インフルエンザワクチン中にのみ含まれているインフルエンザHAワクチンの中には含まれえない物質がアレルギー性脱髄疾患を引き起こしたと認めるべき根拠もなく、むしろ両者に共通に含まれるインフルエンザウイルスの化学物質自体が右疾病を引き起こす可能性等が医学者らによつて追究されていること前認定のとおりであることにも照らすと、右製造方法等が異る点も、本件インフルエンザHAワクチンの副反応としてアデムの起こり得ることの医学的合理性を否定する根拠とすることはできない。

(ロ) 当審証人植村慶一は、末梢神経系の脱髄疾患であるギランバレー症候群と、中枢神経系の脱髄疾患であるアデムは、いずれもアレルギー性の脱髄疾患という点では同じであるが、中枢神経と末梢神経の髄鞘では構成蛋白などが異つており、動物実験の場合も、マウス、モルモット等の動物に神経物質を注入して中枢神経系の脱髄を生じさせる実験(EAE)で使用する物質は中枢神経系の塩基性蛋白あるいは抗原性ペプチドであるのに対し、末梢神経系の脱髄を生じさせる実験(EAN)で使用する物質は末梢神経系組織あるいは抗原性ペプチド等であつて、別々の材料を使つており、EAEの場合には中枢神経系にのみ脱髄を生じ、EANの場合には末梢神経系のみ脱髄が生じることから、人間の場合も、インフルエンザワクチンの接種によつてギランバレー症候群が発症したということからアデムも発症しうるとはいいえない旨証言する。

しかし他方、<証拠>によれば、EAEに用いる塩基性蛋白の抗原性決定部位は実験動物によつて異り、同じ種類の動物でも系統によつて反応が異ること、右植村証人の執筆した論文(乙第五〇号証)にも人に対する活性部位は全く不明である旨記載されていること、前記アルボードらの論文(甲第九七号証)も、「近親交配の系統の異るマウスその他の動物の間で脳脊髄炎を生じさせる塩基性蛋白が異なる配列であることからして、遺伝的に異種的である人間は、近親交配でないサルやラビットがそうであるように、いくつかの異なる抗原決定基に反応するように思われる」旨述べていること、実際にも人間の場合は、例えば狂犬病ワクチンのように中枢神経物質のみを含むワクチンの副反応として中枢神経系だけでなく、末梢神経の脱髄疾患も生じていることが認められ、これらの事実に照らすと、EAEやEANの実験結果から直ちに人間の場合に中枢神経系と末梢神経系のアレルギー性脱髄疾患を引き起こす原因物質が異るものであるはずだとは言うことができず、右実験結果をもつて、インフルエンザワクチンの接種からアデムの発症しうることの合理性を否定することはできない。

(ハ)  実際になされているインフルエンザワクチン接種数の厖大さに比して、その副反応の症例報告の僅少であることは事実であるが、<証拠>によれば、前記のとおり、予防接種による副反応の実態及びその発症の機序について未解明のところが多いうえ、副反応による疾病の非特異性から医学的な因果関係の判定は容易でなく、その報告に慎重になり、又は医師に見過ごされる可能性も多分にあり、またワクチン接種後の疾病発生状況について正確な調査が行なわれているとはいえず、これらの点からすると、右のように症例報告の少いことやインフルエンザワクチン接種後のアデムの発症が統計上有意に高いことを示すデータが存在しないからといつて、直ちにインフルエンザワクチンの接種によりアデムの発症しうることの合理性を否定すべきものとは解されない。

(ニ) <証拠>によれば、内外の臨床医学の教科書中には、アデムのような脳脊髄炎を引き起こすワクチンとして種痘や狂犬病のワクチンをあげ、インフルエンザワクチンをあげていないもののあることが認められる。しかし、<証拠>によれば、一般に臨床医学等の教科書には、床例報告の集積等によつて医学的に十分に確かめられて後はじめて記載される場合が多いことが認められ、このことからすると右教科書にインフルエンザワクチン接種後の脳脊髄炎のことが記載されていないからといつて、必ずしもインフルエンザワクチンの接種によつてアデムのような脳脊髄炎の発症しうることの合理性を否定する根拠とすることはできない。

(ホ) <証拠>によれば、ウェルズ、シュテール、エーレングートは、各々その論文(昭和四六年から同五二年にかけてのもの)において、インフルエンザワクチン接種とそれに続く神経疾患の因果関係は肯定も否定もできない旨を述べていることが認められるが、右各論文はいずれも比較的古い時期のものであるだけでなく、インフルエンザワクチン接種により神経疾患の発現する可能性を否定しているわけではない。また<証拠>によれば、ヘネッセンら及びグエレロらは、それぞれ主として疫学的考察に基づいてインフルエンザワクチン接種とこれに続く神経疾患との間の因果関係について懐疑的ないし否定的な報告をしていることが認められるが、右(ハ)の項にみた疫学的研究の不完全性や右(2)の各項にみた諸事実と対比すると、右各論文や報告の記載は、これをもつてインフルエンザワクチン接種によりアデムが発症しうることの医学的合理性を否定すべき根拠とするに足るものは認められない。

(ヘ) 被控訴人に対し、卵蛋白の皮内反応検査を行つた結果皮内反応がマイナスであつたことは前認定のとおりであるが、<証拠>によれば、右のことは必ずしも被控訴人に卵蛋白アレルギーがないことを示すとは限らないことが認められるうえ、インフルエンザワクチン中のアデムを引き起こす原因物質は卵蛋白以外にも前記のとおり考えられているのであるから、右の点をもつて本件疾病が本件ワクチン接種によるものであることを否定する根拠とはできない。

(二)  判定基準(2)について

認定部会ひいて厚生大臣が、被控訴人の本件疾病は、本件ワクチン接種のアレルギー性副反応としては早すぎて合理的な期間内に発症していないと判断した点について検討する。

(1) 被控訴人が本件ワクチン接種の四日後である昭和五二年一〇月二九日夕刻から腹部不快感と両側上腿の疼痛等の発症をみたことは前記のとおりである(<証拠>によれば、被控訴人はその二日前の一〇月二七日頃から便秘をしていた事実が認められるが、その間右便秘以外にアデムの発症を窺わせるような症状の発現は認められず、右便秘がアデムによる膀胱直腸障害と認めるに足る証拠はない。)。

(2) <証拠>によれば、ワクチン接種によつて遅延型アレルギー性副反応が発症するまでの潜伏期は個人ごとに相当の差があり、接種後数日から十数日、更には数十日を要することもあり、早ければ四日目ぐらいまで潜伏期間が短縮されること、接種後の経過期間と発症個体数の関係をグラフにすると自然曲線になるのであつて、疫学的には右曲線のピークを中心にして潜伏期間を考えるのであるが、そのことは必ずしも右ピーク時以外の発症をありえないとするわけではないこと、また潜伏期はワクチンの種類によつても差異があり、同じアデム発症の可能性が一般に承認されている狂犬病ワクチンと種痘とでも潜伏期間に差異が認められており、種痘の場合では接種後四日で神経系障害が発現し、全経過一一日で死亡した例等があること、従つて、一般に狂犬病ワクチンの接種からアレルギー性の脱髄疾患の発症する潜伏期間が二ないし三週間とされていることや、EAEの場合の脱髄疾患発症までの期間がほぼ同期間であるからといつて、被控訴人の接種後四日の発症が合理的期間内の発症でないとはいえないことが認められる。

また被控訴人のアデムが潜伏期間と考えられる期間のうち相対的に早い四日後に発症した点については、右各証拠によれば、被控訴人の脱髄疾患は、症状の経過からみて、脳幹ないし脊髄という狭くかつ神経繊維が集約されている部位に、最初にかつ最も強く発症していると認められるところ、このような狭い部位に脱髄疾患が生じた場合は、大脳等に生じた場合に比して早く症状が現われ潜伏期間が短くなることには十分な医学的合理性がある(実際にも、前記種痘後四日目で発症した事例では間脳から脳幹に脱髄病巣が顆しく多発していたが、大脳には小数かつ小型にすぎなかつた。)こと、更に被控訴人は、本件ワクチン接種以前に既にインフルエンザワクチンの接種を六回受けており、これによつて同ワクチン中の抗原物質に対する抗体産生の感受性が先行的に上昇していた可能性があり、このような場合も、本件のように接種後四日で発症しても何ら不自然とは言い難いことが認められる。

以上の点からすると、被控訴人の本件疾病の発症は、インフルエンザワクチン接種の副反応として十分合理的な期間内に発症しているものというべきである。

<証拠>中右認定に反する部分は直ちに採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  判定基準(3)について

他原因の可能性について厚生大臣のした判断の適否について以下に判断する。

(1)  本件給付請求について、認定部会ひいて厚生大臣は、前記のとおり被控訴人の発症後一週目の血清のムンプスウイルスのCF抗体価が四倍以下であつたのに三週目には八倍であつたことから、被控訴人がムンプスウイルスに感染し、このムンプスウイルス感染が被控訴人のアデムの原因となつたことが想定されると判断したが、<証拠>によれば、右程度のCF抗体価の上昇は、手技によるブレの範囲内の値であつて、それ自体でムンプスウイルスの感染を示すものではなく、むしろ実際にムンプスウイルスに感染したときは、五週目の血清でCF抗体価が三二倍とか六四倍とかの高い数値でなければならず、かつムンプスウイルスのHI抗体価にも変動がみられるはずであるのに、被控訴人の場合は、五週目の血清のCF抗体価が四倍であることからも、またムンプスウイルスのHI抗体価が発症後一週目、三週目、五週目を通じて八以下であることからも、被控訴人がムンプスウイルスに感染したことは否定されるべきものであることが認められる。<証拠>中右認定に反する部分は、右各証拠に照らし直ちに採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2) 次に認定部会ひいて厚生大臣が、被控訴人のアデムは原因不明の突発性のものとみる余地があることを理由に本件疾病と本件予防接種との因果関係は消極に判定すべきものとした点については、<証拠>によれば、もともと小児については原因不明の突発性の脳炎、脳症は相当の割合でみられるものであることが認められ、本件の被控訴人のアデムの場合も、原因不明の突発性のものであることを医学的に厳密に否定するに足るだけの証拠のないことは事実である。

しかしそもそも前記のようなワクチン接種による副反応の非特異性や副反応研究の現下の状況に照らすと、原因不明の特発性のものでないことを医学的に証明することは不可能であるか若しくは著しく困難なことであつて、被控訴人の場合のごとく、前記判定基準(1)、(2)を十分に満たしているにもかかわらず、原因不明の突発性のアデムの可能性を否定できないとの理由で本件救済制度における因果関係の認定を拒むことは、右判定基準(3)の趣旨自体に乖離するものであり、右のような意味での因果関係の医学的証明の困難も考慮して健康被害者に対する簡易迅速な救済を企図して立法化された本件救済制度の趣旨に明らかに反するものというべきである。

4  まとめ

以上を要するに、(1)被控訴人の本件疾病が本件ワクチン接種の副反応として起こり得ることについては経験的にも理論的にも医学的合理性が十分にあり、(2)被控訴人の本件疾病は本件ワクチン接種の副反応として合理的な期間内に発症しており、(3)本件疾病の他の原因としてムンプスウイルスの感染は想定することができないほか、他の具体的な原因を想定することはできず、前記判定基準を全て満たしており、本件疾病と本件ワクチン接種との間にはむしろ高度の蓋然性があつて、厚生大臣は、前記因果関係の判定基準及び本件救済制度の運用方針に従つても、当然に因果関係を認定すべきものであつたというべきである。

しかるに、本件給付請求について、厚生大臣が、前記のような判断に基づいて因果関係の認定を拒んだことは、事実を誤認し、これにより法が救済を予定した健康被害者に対して救済を拒む結果をもたらすものとして違法のものというべきである。

なお控訴人は、本件給付請求について厚生大臣のした判断は、同大臣に委ねられた専門技術的裁量の範囲内に属するもので違法でない旨主張するが、右のように具体的な事実関係が、因果関係を認定すべき判定基準を十分に満たしているにもかかわらず、因果関係の認定をできないものと判断したことは、客観的事実の認定を誤つたものというほかなく、これによつて法が当然に救済を予定した健康被害者への救済を拒む結果をもたらすものであるから、このような場合には、専門的技術的裁量を理由に違法性を免れるものではないというべきである。

四以上によれば、控訴人のした本件棄却処分は、右のとおり違法な厚生大臣の判断に基づくものであつて、違法として取消すべきであり、被控訴人の本訴請求は理由があり認容すべきである。そうすると、原判決はその結論において相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊藤和男 裁判官岩井康倶 裁判官西村則夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例