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仙台高等裁判所 昭和60年(ネ)356号 判決 1993年12月20日

控訴人

白石精一

白石しみえ

白石美恵子

右三名訴訟代理人弁護士

佐藤正明

被控訴人

村上逸朗

株式会社村上材木店

右代表者代表取締役

村上逸朗

右両名訴訟代理人弁護士

佐藤唯人

小島妙子

被控訴人

気仙沼市

右代表者市長

小野寺信雄

右訴訟代理人弁護士

小笠原一男

小松亀一

被控訴人

宮城県

右代表者知事

浅野史郎

右訴訟代理人弁護士

稲村良平

主文

一  原判決中、被控訴人村上逸朗及び同株式会社村上材木店に関する部分を、次のとおり変更する。

1  被控訴人村上逸朗は、控訴人白石しみえに対し、金一〇五万円及び内金二五万円に対する昭和四九年九月六日から、内金六〇万円に対する昭和五一年一月一三日から、内金二〇万円に対する昭和五三年三月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人株式会社村上材木店は、控訴人白石しみえに対し、金一〇五万円及びこれに対する昭和六〇年二月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人村上逸朗は、控訴人白石精一及び同白石美恵子に対し、それぞれ金二五万円及び内金一〇万円に対する昭和四九年九月六日から、内金一〇万円に対する昭和五一年一月三一日から、内金五万円に対する昭和五三年三月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人株式会社村上材木店は、控訴人白石精一及び同白石美恵子に対し、それぞれ金二五万円及びこれに対する昭和六〇年二月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

5  控訴人らの被控訴人村上逸朗及び同株式会社村上材木店に対するその余の請求を棄却する。

二  控訴人らの本件控訴中、その余の部分を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人らと被控訴人村上逸朗、同株式会社村上材木店との間に生じた部分はこれを三分し、その一を同被控訴人らの負担、その余を控訴人らの負担とし、控訴人らと被控訴人気仙沼市及び同宮城県との間に生じた部分は、控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴の申立て

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人村上逸朗(以下「被控訴人村上」という。)、同気仙沼市(以下「被控訴人市」という。)及び同宮城県(以下「被控訴人県」という。)は、控訴人白石しみえに対し、連帯して金四四〇万円及び内金四〇〇万円に対する昭和四九年九月六日から、内金四〇万円に対する昭和五三年三月二六日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人村上、被控訴人市及び被控訴人県は、控訴人白石精一(以下「控訴人精一」という。)に対し、連帯して金二二〇万円及び内金二〇〇万円に対する昭和四九年九月六日から、内金二〇万円に対する昭和五三年三月二六日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人村上及び被控訴人県は、控訴人白石美恵子に対し、連帯して金二二〇万円及び内金二〇〇万円に対する昭和四九年九月六日から、内金二〇万円に対する昭和五三年三月二六日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。

5  被控訴人株式会社村上材木店(以下「被控訴会社」という。)は、控訴人らに対し、それぞれ金二二〇万円及びこれに対する昭和六〇年二月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  当事者の主張は、次のほかは、原判決事実摘示のとおりである。

1  原判決八枚目裏一〇行目の「被告市は、」の次に「国家賠償法一条一項に基づき、」を加える。

2  同九枚目裏四行目の「被告県は、」の次に「国家賠償法一条一項に基づき、」を加え、九行目の「苦痛が」を「苦痛により」に改める。

3  同一〇枚目裏二、七、一〇行目の「各損害金」の次に「合計の」をそれぞれ加える。

4  同一一枚目表一行目の「支払い」の前に「連帯」を加える。

5  同一七枚目裏九行目の冒頭に「菊三郎が死亡したことは認めるが、その余は」を加える。

6  同一八枚目裏九行目の「認める。」の次に「同3」を加える。

7  同二〇枚目表四行目の「5」を「4」に改める。

理由

第一  被控訴人村上及び被控訴会社に対する各請求について

一  請求原因1(控訴人らの地位等)及び2(被控訴会社の製材工場設営)の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因3(被控訴人村上及び被控訴会社の責任原因)について判断する。

1  (本件における受忍限度の考察)

(一) (被控訴会社工場及び控訴人方家屋の状況)

原判決二五枚目裏九行目冒頭から一一行目末尾までを引用する。

(二) (増築前の騒音状況)

成立に争いのない丙第五号証の一ないし五によると、被控訴会社工場増築前の昭和四六年五月一三日、被控訴人市が工場騒音を測定したところ、測点ア付近で六八ないし七〇ホンあったことが認められるが、右程度の騒音でも、控訴人らは、昭和四八年二月の増築前には、材木を下ろすときに二回程控訴人宅にぶつかったことから、被控訴人村上に注意した位で、さして問題にはしなかったことが認められる。

(三) (増築後の騒音発生状況及びこれに対する被控訴人村上の対応)

原判決二六枚目表二行目冒頭から三〇枚目裏五行目末尾までを引用する。ただし、原判決二六枚目表六行目の「六、」の次に「七、」を、「九、」の次に「原審における」をそれぞれ加え、末行の「右認定に反する証拠はない。」を「当審において取り調べられた証拠を含め、右認定を覆すに足りる証拠はない。」に改める。

(四) (被控訴会社工場及び控訴人方家屋の地域性)

原判決三〇枚目裏七行目冒頭から三二枚目表一行目末尾までを引用する。ただし、次のとおり付加する。

(1) 原判決三〇枚目裏七行目の「一、二、」の次に「丙二〇号証、」を加える。

(2) 同三一枚目表三行目の「別紙」の次に「図面」を加え、六行目末尾に「なお、右用途地域の指定は、「用途地域に関する都市計画の決定基準について」と題する建設省都市局長通達に基づき、「原則として道路等土地の範囲を明示するのに適当なものにより定める。」とされており、その具体的線引き方法は、被控訴人市の裁量に属するものであるところ、右の具体的線引き方法は、それなりの合理性があり、裁量の範囲を逸脱するものではない。」を加える。

(3) 同三一枚目裏四行目及び七行目の「(二)」を「(三)」に改める。

(五) (公的基準)

原判決三二枚目表三行目冒頭から三三枚目表四行目末尾までを引用する。ただし、次のとおり付加、訂正する。

(1) 原判決三二枚目表七行目の「右規制基準は」の次に「、騒音を防止することにより」を加える。

(2) 同三二枚目裏一行目及び一〇行目の「(三)」を「(四)」に改める。

(六) (騒音の程度)

原判決三三枚目表六行目冒頭から同裏七行目末尾までを引用する。

(七) (本件における特殊事情)

原判決三三枚目裏九行目冒頭から三四枚目表五行目末尾までを引用する。ただし、原判決三三枚目裏九行目の「精一」の次に「(原審)」を加え、同三四枚目表一行目の「四七年」を「四八年」に、二行目の「(一)」を「(三)」にそれぞれ改める。

(八) (その他の事情)

原判決三四枚目表七行目冒頭から三六枚目裏七行目末尾までを引用する。ただし、次のとおり付加、訂正する。

(1) 原判決三四枚目表一〇行目の「精一」の次に「(原審)」を加え、「(三)」を「(四)」に改める。

(2) 同三五枚目裏四行目の「当たって」の次に「考慮すべき程」を加える。

(3) 同三五枚目裏六行目冒頭から三六枚目表六行目末尾までを、次のとおり改める。

「(2)菊三郎の死亡等

原本の存在及び成立に争いのない甲第九、第一〇、成立に争いのない第三六号証、証人葛但夫の証言及び原審における控訴人精一本人尋問の結果によると、菊三郎は、昭和四三年ころ、脳軟化症で入院したが、まもなく退院し、しばらくして服薬も中断していたが、昭和四八年一一月ころ、発作を起こして医師の診察を受け、昭和四九年八月一九日からは脳軟化症の再発で床につき、同月二一日以降意識不明となったことが認められ、菊三郎が同年九月五日死亡したことは当事者間に争いがない。

控訴人らは、菊三郎の死亡は、工場騒音によるものである旨主張する。

しかしながら、これを認めるに足りる証拠はない。なお、当審において提出された甲五七号証において、医師比村龍男は、菊三郎の場合、ストレス(騒音)は、脳梗塞の危険因子である高血圧及び脳動脈硬化に対しても、また、脳梗塞発生後の経過に対しても、悪い影響を与えたものと考えられると述べているが、右の結論は、本件における騒音の状況を十分検討しないまま、ストレスが身体に与える影響に関する一般論から容易に導き出されたものであり、採用し難い。また、原本の存在及び成立に争いのない甲七二号証によれば、六〇ホンを超えると、血圧の上昇など生理的変調をもたらすことが認められるが、後述のとおり、屋内の騒音レベルは、屋外の騒音レベルより一〇ホン程度少ないものと推定されることを基に、前認定の騒音の状況をみると、控訴人方家屋内において、六〇ホンを超えたことはさほどないことが明らかであるから、甲七二号証から、被控訴会社工場の騒音によって、菊三郎の血圧が上昇するなど同人の生理的変調がもたらされたなどと断ずることもできない。その他、本件の工場騒音と菊三郎の病状悪化との因果関係を認めるに足りる証拠はない。かえって、証人葛但夫は、本件の工場騒音と菊三郎の病状悪化との因果関係を否定する証言をしている。

そして、菊三郎が病身であった(成立に争いのない甲二三号証によると、被控訴人側は、遅くとも昭和四九年四月ころにはこのことを了知していたものというべきである。)とはいえ、前認定のとおり、同人は、製材工場を営むということで、被控訴人村上に対して被控訴会社工場敷地を貸し渡し、集塵機の稼働は予想せず、ローラー付帯鋸盤の動力数はもう少し低いものと予想していたとはいえ、増築を承諾していたのであるから、受忍限度の考察に当たり、菊三郎の健康状態は、他の控訴人らと同一視はできないにしても、過大視すべきではない。また、被控訴人村上本人尋問の結果によれば、被控訴人村上は、昭和四九年八月一四日から一八日までお盆休みで工場作業を行わなかったこと、同人は、昭和四九年八月一九日、控訴人らから菊三郎の容態が悪いと言われるや、お盆休み明けで注文もあったにもかかわらず、同年九月二日まで機械の稼働をほとんど中止して協力したことが認められ、これらの事実によれば、被控訴人村上側は、菊三郎に対して相当の配慮をしていたものというべきである。」

(4) 同三六枚目表八行目の「原告」の次に「ら」を加え、末行の「(二)」を「(三)」に、「(七)」を「(八)」にそれぞれ改める。

(5) 同裏三行目の「原告」を「原審における控訴人精一」に改める。

(九) (結論)

以上認定の諸事情を総合考慮すると、本件における受忍限度は、控訴人方家屋内和室八畳間中央付近(ただし、南側廊下のガラス戸を開けた状態)で昼間五五ホンであると認めるのが相当である。(なお、測点アに近い測点オと控訴人家屋内における騒音レベルの差が一〇ホン程度であることは、原判決三八枚目表二行目から一〇行目までの括弧内において説示するとおりであり、更に、前記昭和四八年八月二九日の測点アでの騒音レベルと測点イ(木製ドアのある被控訴会社工場の出入口付近)での騒音レベルを比較すると、測点イの方が数ホン高いことがうかがわれ、このことからすると、控訴人方家屋内和室八畳間中央付近の騒音レベルは、測点イ付近の騒音レベルよりは一〇数ホン低いことが推認される(成立に争いのない乙三号証にも、屋内の騒音レベルは、屋外の騒音レベルより一〇ホン程度低いものと推定される旨の記載がある。)。)

すなわち、まず、基準場所として屋内、屋外のいずれとするかであるが、私法上の救済においては具体的な被害を問題とすべきであるところ、本件においては、控訴人らの生活の本拠たる屋内が右の趣旨に最も適合する。もっとも、屋外も生活の用に供しているのであるから、事情として、屋外における生活状況、騒音の状況も考慮に入れるべきであろう。次に、規制基準及び環境基準との関係であるが、公法上の規制と私法上の救済とでは、趣旨、目的が同一ではないから、公的基準に反したからといって直ちに私法上の違法性が肯定されるものではない。しかし、公的基準は、生活環境保全のための重要な基準であるから、特に騒音を発生させている者に有利な事情のない限り、公的基準を超える場合は受忍限度を超え、違法と認むべきである。そこで、これを本件についてみると、公的基準は前認定のとおりであるが、前記(二)の事実(増築前は、測点ア付近で六八ないし七〇ホンあったのに、問題にされなかったこと)、(四)の事実(控訴人方家屋敷地が道路に面していること、車両通行等による暗騒音は、控訴人方家屋内和室八畳間中央付近で最高六〇ホン、測点ア付近で最高がほぼ七〇ホンであったこと)、(七)の事実(菊三郎が被控訴人村上に対して被控訴会社工場敷地部分を貸し渡したこと、その後、控訴人方家屋を現在地に移築したこと、控訴人が、控訴人方家屋の裏側に工場を増築することを承諾したこと)等騒音を発生させている被控訴人村上側に有利な事情が存する。しかし、他方、被控訴会社増築前は、控訴人らが問題にしている集塵機は稼働していなかったこと、車両通行による暗騒音が測点アにおいて最高でほぼ七〇ホンあったとはいえ、環境基準として、本件が該当する二車線以下の車線を有する道路に面する(したがって、車両通行による暗騒音が生ずる。)地域の戸外で、当該地域の騒音を代表すると思われる地点等で、昼間六五ホン以下に定められていること、車両通行音と本件工場騒音では、音の出方や音質に違いがあること、控訴人側は、工場の増築にあたって製材作業がなされることについて承諾したとはいえ、集塵機の稼働は予想せず、設置されたローラ付帯鋸盤の動力数はもう少し低いものと予想していたことなどの事情も存する。これら諸般の事情を総合考慮すると、本件における受忍限度を控訴人方家屋内和室八畳間中央付近で昼間五五ホンと認めた先の結論は妥当なものというべきである。

2  (受忍限度を超える騒音発生の有無)

そこで、工場騒音が受忍限度を超えているかどうかについて判断する。

前認定によれば、屋内における騒音レベル五五ホンを屋外における騒音レベルに換算すると、六五ホン程度であるところ、被控訴会社工場が増築された昭和四八年二月以降、最終的に騒音防止設備が整えられた昭和五一年一月三一日以前においては、屋外において六五ホンを超え、したがって、屋内における騒音レベル五五ホンを基準とする受忍限度を超えたことがあったことが明らかである。

しかし、前認定によれば、右時点以降においては、受忍限度を超えてはいない。もっとも、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四二号証、成立に争いのない同第四三ないし第四六、第六九、第七四号証、当審における控訴人精一本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第六三号証、原審及び当審(第一、二回)における控訴人精一本人尋問の結果及び検証(第一回)の結果によると、控訴人側がその所有する測定計によって、主に測点イ付近における騒音を測定したところ、高レベルであったことが認められる。しかし、甲第六三、第六九号証中、昭和五八年八月三一日分は、その記載からすると、異常に高いレベルを継続的に示していることになるが、他の分は、二〇メモリで、一〇ホンを示しているのに、この日の分は、一〇メモリで一〇ホンを示しており、メモリの設定に疑義がある。メモリの設定が正しいとしても、前認定のように、大型車でほぼ七〇ホンなのに、この日の自動車騒音は、高いレベルで八〇ホン前後が多く、時には八六ホンにも上っていることからすると、その正確性については、多大の疑問を抱かざるを得ない。その他の書証中にも、高レベルを示しているものがあるが、右正確性についての検討結果や前記昭和五一年一月三一日以降の被控訴人市及び本件第一回検証時の騒音測定結果に照らすと、その正確性については疑問があり、容易に採用できない。

3  本件工場騒音は、右受忍限度を超える限度で違法というべきであり、被控訴人村上本人尋問の結果によれば、騒音の原因となった被控訴会社の製材作業は、被控訴会社の事業としてその従業員らが行っていたことが認められるところ、少なくとも過失が推認されるから、被控訴会社は民法七一五条一項の責任を負う。そして、被控訴人村上が実質的経営者であったことは当事者間に争いがなく、被控訴会社の従業員が四名であったことは前認定のとおりであり、被控訴人村上本人尋問の結果によれば、被控訴人村上自身日頃から被控訴会社工場に出向いて監督していたことが認められるのであるから、被控訴人村上は、使用者である被控訴会社の代理監督者であったということができ、したがって、民法七一五条二項の責任を負う。

三  そこで次に、損害及び相続について検討する。

前認定事実からすると、右受忍限度を超える騒音が発生していたのは、請求の始期である昭和四八年二月の被控訴会社増築後防音設備を施した最終時点である昭和五一年一月三一日までの期間、ほぼ午前八時から午後五時までの間であり、その程度は測点アにおいて、被控訴会社工場の控訴人方家屋側の外壁部分に騒音防止対策を実施した昭和四八年一二月二五日までは前記受忍限度の基準地である五五ホンを最高一一ホン程度、それ以降は、最高四ホン程度超えることがあったものと推認されること、その他、暗騒音の程度、被控訴会社工場敷地貸借及び工場増築の経緯、被控訴会社の騒音防止の努力等諸般の事情を総合勘案し、個別的に、日頃右時間帯に控訴人方で生活していたのは菊三郎、控訴人しみえ、徳子であり、控訴人精一、同美恵子は、仕事や学校に行っていて、右時間帯に控訴人方にいることは少なかったこと(徳子及び控訴人精一(原審)の本人尋問の結果)、被控訴人村上側に了知されていた菊三郎の健康状態を斟酌すると、慰謝料としては、菊三郎について四五万円、控訴人しみえ及び徳子について各三〇万円、控訴人精一及び同美恵子について各一〇万円が相当である。

菊三郎が昭和四九年九月五日死亡したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、同人の慰謝料請求権は、妻である控訴人しみえ、子である徳子及び控訴人精一、同美恵子に相続され、昭和五五年法律第五一号による改正前の民法九〇〇条所定の法定相続分(妻三分の一、子三分の二)に従って分割されたことが認められる。したがって、控訴人しみえが一五万円の請求権を、徳子及び控訴人精一、同美恵子がそれぞれ一〇万円の請求権を取得した。

また、徳子及び控訴人らが昭和五三年(ワ)第二〇二号事件を提起し、控訴人らが昭和六〇年(ワ)第一一二号事件を提起し、これらを維持するために同人らの代理人として弁護士を委任したことは記録上明らかであるところ、事件の難易、認容額等諸般の事情を斟酌すると、弁護士費用としては控訴人しみえ及び徳子について各一〇万円、控訴人精一及び同美恵子について各五万円が相当である。

そして、徳子が昭和五四年一〇月一三日死亡したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、徳子が取得した菊三郎の慰謝料請求権及び徳子固有の慰謝料請求権並びに弁護士費用の損害賠償請求権を控訴人しみえが相続したことが認められる。

四  よって、被控訴人村上逸朗は、控訴人白石しみえに対し、一〇五万円及び内金二五万円に対する遅滞後である昭和四九年九月六日から、内金六〇万円に対する遅滞後である昭和五一年一月三一日から(慰謝料請求権はこれ以前から継続的に発生していたものというべきであるが、その時々の金額は明らかにできず、右時点以前に、いかなる金額の慰謝料請求権についていつ遅滞に陥ったかを証明することはできない。)、内金二〇万円に対する遅滞後である昭和五三年三月二六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人株式会社村上材木店は、控訴人白石しみえに対し、金一〇五万円及びこれに対する昭和六〇年二月七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人村上逸朗は、控訴人白石精一及び同白石美恵子に対し、それぞれ金二五万円及び内金一〇万円に対する昭和四九年九月六日から、内金一〇万円に対する昭和五一年一月三一日から(前同)、内金五万円に対する昭和五三年三月二六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人株式会社村上材木店は、控訴人白石精一及び同白石美恵子に対し、それぞれ金二五万円及びこれに対する昭和六〇年二月七日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、控訴人らの被控訴人村上及び被控訴会社に対する請求は、右の限度で認容し、その余は棄却すべきである。なお、被控訴人村上の債務と被控訴会社の債務とは重なる限度で不真正連帯債務である。

第二  被控訴人市及び同県に対する各請求について

一  建築確認等について

控訴人らは、(一) 被控訴人市については、四七年確認、四九年確認の各申請につき、現地確認をしないまま、用途地域を住居地域であるのに商業地域として副申し、漫然と本件の高騒音発生を伴う違法建築物の設置・使用を放置した点が、(二) 被控訴人県については、右の建築確認申請につき、住居地域であるのに、虚偽の申請事実に基づき商業地域であることを前提に四七年確認をなし、その後間もなく申請事実が虚偽であることを知った控訴人精一から申出を受けていたにもかかわらず、昭和四九年五月七日までこれを放置し、同日に至ってようやく新設動力の使用禁止を命じたものの、その後においても依然違法状態が継続していたのに、四九年確認をなし、本件の高騒音発生を伴う工場使用を放任した点が違法である旨主張する。

しかしながら、右の違法を認めるに足りない。すなわち、

1  本件土地に関する用途地域の指定、いわゆる線引きについては上述したとおりであり、建築物の敷地が商業地域と住居地域にまたがっている場合、いずれの地域内の建築物に関する法令を適用するかは、いずれの面積が過半かによって決するものである(昭和五一年法律第八三号による改正前の建築基準法九一条)ところ、前記丙第一四号証の一、丁第三、第四号証、成立に争いのない丙第一九号証、丁第一号証の二、第二号証の二、三、六、官署作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分につき証人宮井新の証言及び被控訴人村上本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる丁第一号証の一、第二号証の一、同証言により真正に成立したものと認められる丁第一号証の三、第二号証の四、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丁第一号証の四、第二号証の五、調査嘱託の結果、証人浦島達夫、同千葉盛正の各証言及び原審における控訴人精一本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、調査嘱託の結果及び証人宮井新の証言中、この認定に反する部分は採用できず、その他、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 四七年確認申請については、申請書及び添付図面の記載に基づくと、商業地域が過半であることが明らかだった(敷地面積が508.425平方メートル、商業地域は270.337平方メートル。)ので、被控訴人市は、申請にかかる地域を商業地域と認定して副申した。なお、主要用途は製品置場と記載されていた。

(二) これに対し、被控訴人県の建築主事は、昭和四七年一二月一四日、過半を占める地域が商業地域であるとして、商業地域内の建築物に関する関係法令の規定に適合するものであることについて確認した。

(三) ところが、その後、控訴人精一が騒音規制を求めて被控訴人市と交渉したことが契機となって、昭和四八年八月ころから被控訴人県の建築主事との話合いが始まり、現実に使用しているのは、住居地域の方が広く、しかも、実際は製材工場として使用され、動力も増設されていることが判明したため、特定行政庁である宮城県知事の命を受けた建築監視員は、昭和四九年五月、新設された動力の使用禁止命令を発した。

(四) そして、昭和四九年六月一二日、四九年確認申請がなされたが、申請書の記載では、敷地面積は457.26平方メートルで、住居地域の土地が過半にならないよう限定されていた(主要用途を製材工場に変更)ため、被控訴人市は、商業地域と認定して副申した。

(五) これに対し、被控訴人県の建築主事は、昭和四九年六月一八日、過半を占める地域が商業地域であるとして、商業地域内の建築物に関する関係法令の規定に適合するものであることについて確認した。

(六) その後、昭和四九年七月ころ、建築監視員でもあった建築主事千葉盛正は、敷地使用範囲が申請書と異なるとして、是正するよう警告を発するとともに、現状での使用を継続する場合は再度確認申請するよう促し、昭和四九年八月二六日には、確認申請書の範囲で使用するよう催告するとともに、現在の使用範囲は、住居地域が過半を占めており、建築基準法四八条に抵触するので、催告に従わないときには相当の処分をすることもある旨警告し、その後も指導を続け、その結果、前述のとおり、遅くとも昭和五二年八月ころまでに、使用範囲は商業地域が過半となった。

ところで、建築主事は、建築主の確認申請書に基づいて、建築計画が関係法令の規定に適合するかどうかを判断すれば足り、申請の不実や過誤が疑われ、現地確認によってこれを確認する必要が生じた場合など、特段の事情が存する場合を除き、現地に臨んで実情が申請書の記載に符合するかどうかを調査する義務を負わないものというべきである。

これを四七年確認申請についてみると、そのような特段の事情は見当たらない。次に、四九年確認申請についてみると、当時は、四七年確認に関する申請の不実が判明していたけれども、申請書上、住居地域が過半にならないよう限定されており、それは、被控訴会社ないし被控訴人村上の日常の使用の仕方、その意思にかかっているのであるから、現地を確認するまでもないものというべきである。したがって、四七年確認及び四九年確認について、現地確認の義務はなかったものといわなければならない。まして、被控訴人市は、建築主の申請に基づき副申するに過ぎず、現地確認の義務はない。

そして、確認後に、申請書の記載と異なる使用をした場合は、是正措置命令等事後的手段に委ねるべきであって、そのような違反が懸念されるからといって、不確認とすることはできないであろう。また、商業地域が過半であれば、動力の使用は可能であるから、動力使用による違法状態が存することにはならない。

以上によれば、四七年確認申請及び四九年確認申請につき、用途地域を商業地域として、被控訴人市が副申し、被控訴人県が建築確認したことに違法はないものというべきである。

2  また、特定行政庁である宮城県知事は、違反建築物に対する是正措置命令等をなす権限を有する(被控訴人県が右の権限を有するものではなく、特定行政庁ではない被控訴人市にも右の権限はない。)が、右是正措置命令等の手段は、国民の生命、健康及び財産の保護を図る等公共の福祉増進に資することを目的としてなされる建築基準法上の建築物の敷地、構造設備及び用途に関する規制を確保するために設けられたものであり、これら是正措置等を命ずるか否かは、特定行政庁の裁量に委ねられているものと解される。そして、特定行政庁の右権限の不行使は、具体的事情の下において、右権限が付与された趣旨・目的に照らして著しく不合理と認められるときでない限り、是正措置命令等の受命者たるべき者の行為により損害を被った第三者に対する関係において違法の評価を受けないものと解すべきである。

これを本件についてみると、宮城県知事の命を受けた建築監視員が新設動力の使用禁止命令を発していることは、前認定のとおりであるが、右命令の権限不行使については、被控訴会社ないし被控訴人村上が申請書どおりの範囲で使用すれば、商業地域の方が広くなり、新設された動力を使用しても違法の責めを負うことはないのであって、違反者自ら違法状態を解消することは容易であり、これが全く期待できなかったとはいえないこと、被控訴会社工場敷地の使用の実態・動力の増設が建築監視員らに判明してから新設動力の使用禁止命令が発せられるまでの期間、受忍限度を超える工場騒音の程度などを勘案すると、到底違法の評価は受けないものというべきである。右使用禁止命令についても、前記1(六)の認定事実のとおり、相応の措置を講じていること、受忍限度を超える工場騒音の程度などを勘案すると、権限不行使の違法は認められないものというべきである。

二  騒音規制について

控訴人らは、被控訴人市が騒音規制法により騒音を規制しなかったことが違法である旨主張する。

しかし、右の違法を認めるに足りる証拠はない。かえって、前認定の事実によれば、被控訴人市は、騒音防止のために相応の措置を講じ、最終的な防音対策実施後、二度にわたって騒音測定した結果、控訴人方家屋和室八畳間において五五ホンを超えることはなかったものと推定される程度の騒音だったのであるから、被控訴人市に規制権限不行使の違法はないものというべきである(なお、規制基準は、行政上の取締りの基準ではあるが、規制基準を超えた場合に放置すれば直ちに違法になるものとは解されない。このことは、騒音規制法九条、一二条が、特定工場等の周辺の生活環境がそこなわれると認めるときに改善勧告等ができる旨定めていることに照らしても明らかである。また、第三者に対する関係において違法の評価を受けるのは、前記是正措置命令等について説示したと同様の場合に限定されるものと解される。)。

三  よって、被控訴人市及び同県に対する請求はいずれも理由がないから、棄却すべきである。

第三  結び

以上の次第であるから、原判決中、被控訴人村上及び被控訴会社に関する部分を変更し、被控訴人市及び同県に対する控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野貞夫 裁判官 小島浩 裁判長裁判官 佐藤邦夫は、転補につき、署名捺印できない。裁判官 小野貞夫)

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