大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和59年(ネ)581号 判決 1987年4月27日

控訴人

木立昭裕

右訴訟代理人弁護士

石田恒久

被控訴人

桜田純三

右訴訟代理人弁護士

山崎智男

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し金一五〇〇万円及びこれに対する昭和五六年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通してこれを三分し、その二を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

この判決は第二項に限り仮りに執行することができる。

事実

一  控訴代理人は、当審において請求の一部を減縮し、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、金二七〇〇万円及びこれに対する昭和五六年三月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「控訴棄却、控訴費用控訴人負担」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、当審において、双方からそれぞれ次のとおりの主張を補足し、当審における証拠関係が当審記録中の証拠目録のとおりであるほかは原判決の事実摘示(ただし、原判決二枚目表三行目の「左記内容の」の次に「根」を、同五枚目一〇行目の「金員」の次に「からその後三〇〇万円の支払を受けこれを損害賠償債権元金の内入に充当したので残額二七〇〇万円」をそれぞれ加える。)のとおりであるから、ここに、これを引用する。

三  控訴人の補足主張

1  訴外美松商事の代表者松尾泰夫(以下松尾という。)は、同会社所有の本件土地建物に順位一番の根抵当権を設定する約定のもとに、控訴人から融資を受けることにしたものであり、このことは、本件根抵当権設定契約がなされた昭和五三年三月一四日当時は、まだ訴外青森信用金庫からの同会社に対する二億五〇〇〇万円の融資とその根抵当権設定も日本ビテイ株式会社(以下日本ビテイという。)の根抵当権設定もいずれも確定的となつていなかつたものであること、松尾の意図は、控訴人の本件根抵当権について第一順位で登記がなされても、その後に金融機関から受ける融資金により控訴人に対する債務を弁済し登記を抹消すればよいと考えていたものであることからも明らかである。

2  控訴人は被控訴人に対し、昭和五三年三月一四日本件根抵当権について順位一番により登記申請の手続をなすべきことを委任し、同年同月一五日までに、登記申請に必要な根抵当権設定契約書、登記申請委任状、登記済権利書を被控訴人に交付し、また本件根抵当権設定登記申請に必要な登録免許税等の費用及び被控訴人の手続報酬として二回にわたり合計一三万八八〇〇円を完済し、委任者としてなすべきすべての行為及び義務を尽したのであり、被控訴人としても右同日には根抵当目的物件中の本件建物について同会社の名義に所有権保存登記を完了したのであるから、これより本件土地、建物について本件根抵当権設定登記手続をなすべき条件はすべて整つたのである。

四  被控訴人の補足主張

1  本件根抵当権設定登記を他の根抵当権設定登記より先順位とすることは次の事情により許されない客観情勢であつた。

(一)  美松商事は本件土地につき、青森信用金庫に対し極度額五四〇〇万円(一番)および日本ビテイ(昭和五二年五月六日住金鋼材工業株式会社に合併)に対し極度額三億三〇〇〇万円(二番)の各根抵当権を設定、登記していたほか、代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をしていた。

また美松商事は、日本ビテイに対し、本件建物についても完成後引渡しまでに同様の契約(根抵当権については順位一番)をする旨約していた(乙四の一の三枚目の担保の項)。

(二)  松尾は資金として青森信用金庫に対し二億五〇〇〇万円以上の融資を申込んだが、本件土地、建物について、同金庫(同金庫取扱分を含む。)のため最優先順位、住金鋼材工業株式会社のため次順位の各根抵当権設定登記を経なければ、融資を受けられなかつたことは疑問の余地がなく、この融資額は、全国信用金庫連合会七〇〇〇万円(青森信用金庫取扱い)、青森信用金庫極度額一億五〇〇〇万円、日本債券信用銀行三〇〇〇万円(青森信用金庫取扱い)、住金鋼材工業株式会社極度額二億六三六六万円、計五億一三六六万円という莫大な額に達するのであり、控訴人の三〇〇〇万円の比ではない。

もし、この融資が受けられなかつたなら、美松商事のみならず、松尾個人の資産も(乙五)直ちに差押えを受け倒産するという緊急状況にあつたのである。

このような事情をみると、融資に伴う根抵当権の順位の調整、処理は一切青森信用金庫と住金鋼材工業株式会社に任され、松尾や控訴人の抜けがけ的、詐欺的思惑を超えた問題であつた。

控訴人は「松尾は控訴人のためまず一番根抵当権設定登記をし、融資を受けたら控訴人に返済し登記を抹消する考えであつた」というが、青森信用金庫等が、松尾が街の金融業者から借入れをしていることを知れば、融資申込みが拒絶されることは明らかであつた。松尾はこのような思惑を、青森信用金庫等や、被控訴人にひと言も話していないが、それは当然のことというべきである。

2  控訴人の本件根抵当権設定登記申請手続の依頼は次のとおり後順位とし、改めて指示があつたときに申請する旨の合意があつた。

(一)  被控訴人は、本件建物の所有権保存登記申請手続の依頼を正式に受託し、委任状を貰い、早速翌一五日、受託番号三一二で申請し、登記を了したうえ、登記簿謄本を松尾に渡し、松尾はこれを青森信用金庫に渡した。

(二)  被控訴人が直ちに本件根抵当権設定登記の申請手続をしなかつた理由は前記の客観情況が許さなかつたことの外、松尾と控訴人が、青森信用金庫等の根抵当権設定登記完了後、控訴人から改めて被控訴人に指示した時点で本件根抵当権設定登記を申請するという特約をしていたためである。

従つて、被控訴人は本件根抵当権設定登記申請手続の依頼を受けたが、これについては受託番号を打たず、申請を留保したのである(費用は松尾に代り控訴人が支払つたので、預つておいたものである)。

司法書士事務所に勤務した経験があり、また金融業者として登記に精通していた控訴人は、当然のこととしてこのような扱いを熟知していたのである(類似の件、乙一〇の三)。

被控訴人は本件根抵当権設定登記申請手続の依頼を受けた当時はまだ、青森信用金庫からの根抵当権設定登記申請手続の依頼を受けていなかつたのであるから、控訴人を無視するとか、失念する筈はあり得なかつたのであり、この点からも松尾と控訴人の申出があり、合意のもとに申請手続を留保したものであることが明らかである。

(三)  右合意に関するその他の事情

(1) 控訴人からは、申請手続依頼の時点で本件根抵当権設定登記申請に必要な委任状を貰つていない(松尾の委任状のみ押印を貰う。乙二の三)。

本件根抵当権設定契約書の債権者欄は空白であつた(甲八)。即ち、同人は個人名のほか、多数の会社名を使つて登記申請をしており、その特定がなされていなかつた(会社名は乙七、八、九、一〇の一〜三、一四)。

また控訴人本人の住所は転々変るので、申請時点で確認する必要があつた。当時債権者の住所も記載されていなかつた(甲八)。

(2) 控訴人は昭和五三年三月二〇日及び同年同月三一日に、それぞれ被控訴人に対して別件の登記申請手続を依頼し、また同年四月二三日以降同年七月一三日までの間にも二回にわたり別件の登記申請手続を依頼したが、その際、被控訴人に対して何らの異議申立もしていない。同年四月二六日には、わざわざ本件建物内の動産について、執行免脱を目的に松尾と内容虚偽の公正証書の作成を嘱託しているのに、最も関心のあるべき建物に対する本件根抵当権設定登記について触れなかつた。これは、先順位の根抵当権が附されることを覚悟し、動産によつて債権の回収をはかる挙に出たためとしか考えられないのである。控訴人の本件根抵当権設定登記申請がなされたのは同年七月一三日であるが、これは、控訴人から改めて指示があつたときに登記申請をするという約束であつたところ、同日その指示があり、また根抵当権者とその住所がこの時点で決まり、控訴人が委任状に押印したからである(乙第二号証の二、三甲第三号証ないし第五号証の各三の消印、消印の方法を対比)。

控訴人としては、美松商事が青森信用金庫等から融資を受けたときに元利金の返済を受ければよいと思つていたのに、松尾がその時点で返済しなかつたばかりか行方をくらましたために、慌てて、同年七月一三日の直前になり登記申請の指示を与えたのが真相である。

控訴人は、さらに同年七月一三日ののちにも同一一月までの間に四回にわたり被控訴人に対して別件の登記申請手続を依頼し、本訴提起後も同様に登記申請手続を依頼しており、また本訴の提起は本件根抵当権設定登記後約二年八か月後になされているのであり、控訴人の失念や無視により損害を受けた者にはありえないことである。

理由

一<証拠>を総合すると、金融業者である控訴人が昭和五三年三月一四日美松商事との間で控訴人主張(請求の原因1)のとおり、本件土地、建物(建物は当時未登記)について、債権極度額三〇〇〇万円の根抵当権設定契約を結び、これを担保として同会社に対し、控訴人主張(請求の原因3)のとおり、六回にわたり、同会社振出の約束手形を受け取り合計金三一〇〇万円(その弁済期は手形の書替をへて最も遅いものでも同年八月一五日)を貸し付けて同額の貸金債権を取得し、これらの貸金債権が判決により確定したことがそれぞれ認められ、この認定に反する証拠はない。

二次に、控訴人と美松商事との間の本件根抵当権設定契約に基づく根抵当権設定登記について、右契約と同日の同年三月一四日、控訴人から被控訴人に対し、登記申請手続の委任がなされた事実(請求の原因2)及び被控訴人が右委任に基づく登記申請を同年七月一三日に至つて手続し、同日その登記がなされたが、その間に、控訴人主張(請求の原因4)のとおり四個の根抵当権又は抵当権設定登記(債権額又はその極度額総計五億一三六六万円)と一個の所有権移転請求権仮登記が控訴人の本件根抵当権に先立つ権利として登記されたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件土地、建物は、昭和五六年四月二〇日、青森信用金庫の申立による抵当権実行に基づく競売(青森地方裁判所昭和五三年(ケ)第一六〇号)の結果、土地、建物を合せて合計金三億二六〇〇万円(うち建物の代金は二億二七七九万円)で売却されたが優先順位の抵当債権者に売得金の全部が配当されて、控訴人の抵当債権に対しては全く配当がなく、もし、本件根抵当権設定登記が前記四個の根抵当権又は抵当権設定登記(以下他の根抵当権設定登記という。)より先順位でなされていれば、その債権極度額である三〇〇〇万円の範囲では根抵当権の被担保債権の満足が得られた筈であるのに、登記の順位が他の根抵当権設定登記より遅れたために、結局三〇〇〇万円の弁済が得られず、同額の損失を受けたことが、それぞれ認められ、この認定に反する証拠はない。

してみると、控訴人から本件根抵当権設定登記申請手続の委任を受けた被控訴人は、特段の事情がない限りは、受任後合理的に手続のために必要とされる期間内に手続を進めるべきであり、その期間をはるかにすぎたと評価せざるをえない約四ケ月後に至つて他の根抵当権設定登記に遅れて本件根抵当権設定登記手続をなしたことは、被控訴人に、委任の趣旨に反する債務の不履行があつたものとして、その結果控訴人に生じた損害の賠償をなすべき義務があるというべきである。

三そこで、被控訴人の抗弁について検討するに、被控訴人は、控訴人の本件根抵当権設定登記申請手続を他の根抵当権設定登記より後順位でなすべきことについて、控訴人との合意があつた旨の主張をし、<乙第一号証>(美松商事代表取締役松尾泰夫作成名義の被控訴人あての昭和五六年四月八日付確認書)には、美松商事から被控訴人に対し、本件根抵当権設定登記を他の根抵当権設定登記後になすべきこととして控訴人も了承のうえ登記申請の委任をした趣旨の記載があり、また、原審及び当審における被控訴人本人尋問における供述中にも、同旨の部分があつて、これらの証拠は被控訴人の右主張を裏付けるかの如くである。

しかし、他方、<証拠>を総合すれば、本件根抵当権設定登記申請手続が委任され、その事務処理がなされた前後の事実経過は次のとおりであつたことが認められるのである。

すなわち、美松商事は、昭和五一年末頃より、本件土地上に「ホテルロンシャン」(旧名称美松ホテル)の名称のもとに、本件建物の新築工事を、工事費約二億九四〇〇万円により日本ビテイ(のちに住金鋼材工業株式会社に併合される。)に請け負わせて施行するとともに先に、本件土地について青森信用金庫に対し債権極度額五四〇〇万円(昭和五一年六月三〇日登記)及び日本ビテイに対し右工事費、立替金等の担保として債権極度額三億三〇〇〇万円(同年一二月一七日登記)の二個の根抵当権設定登記を経由していたが昭和五三年三月初頃、美松商事の松尾から控訴人に対し、同会社の当座の資金繰りのため七〇〇万円ほどの融資申入がなされ、さらに近々増加貸付を受けることを前提にして、これらの担保として本件土地及びすでに完成し所有権保存登記をなすことが可能となつていた本件建物を共同担保として債権極度額三〇〇〇万円の根抵当権設定をなすことの申し入れがなされた。控訴人はこれに対し、本件土地については既存の右二個の根抵当権設定登記の次順位として、また本件建物については第一順位の各根抵当権設定登記を経由すれば十分の担保価値があるものと考えて、松尾の右申入に応じ、同年三月一四日本件抵当権設定契約(その証書が甲第八号証)を締結し、同日その登記手続を嘱託するため、松尾と同道して被控訴人の司法書士事務所を訪れ、被控訴人に対し、本件土地について本件根抵当権設定登記及び本件建物について美松商事のための所有権保存登記と本件根抵当権設定登記の各申請手続を委任し、同時に控訴人から、これらの登記申請手続に要する費用や被控訴人の報酬等として一三万円及び七一万三六〇〇円(本件根抵当権設定登記手続の分が前者、所有権保存登記申請手続の分が後者、なお後者の領収書は美松商事宛で作成されているが実際は控訴人が支出したものである。)を被控訴人に支払うとともに、松尾から登記申請に必要な土地登記済権利証、美松商事の登記申請委任状、本件根抵当権設定契約書(一部空白部分があつたが、被控訴人において所要の補充記入をなしうるもの)を被控訴人に交付し、控訴人の登記申請委任状は登記権利者の場合登録印である必要がないところから被控訴人の手許にある適宜の有合印を用いて被控訴人の手により作成してほしい旨の委嘱をし、次いで、その翌三月一五日には被控訴人から手続費用及び報酬の不足分があるとの連絡があつたところから、控訴人から同日被控訴人に対し費用・報酬の不足額合計八八〇〇円を追加して支払い、本件根抵当権設定申請手続に要する費用及び報酬のすべてを完済した。

被控訴人は右の委任に基づき、本件建物について、同日美松商事の名義に所有権保存登記を経由したので、同年三月一五日以降は本件土地、建物について直ちに本件根抵当権設定登記手続を進めることが可能な状態となつた。ところで、美松商事は控訴人との間で本件土地、建物について右の如き順位により本件根抵当権設定登記を経由する約定のもとに当座の資金の貸付を申し込んだが、他方において当時まだ未決定であつたものの右申込より先の同年二月末か同年三月初頃には青森信用金庫に対して本件建物の工事費等に向ける資金として二億五〇〇〇万円の融資を申し込んでおり、これについて本件根抵当権設定契約後の同年三月末頃になり、一億五〇〇〇万円の融資決定がなされたのをはじめ、その頃訴外株式会社日本債権信用銀行から三〇〇〇万円、同じく全国信用金庫連合会から七〇〇〇万円の各融資決定がなされ、これらの融資債務について本件土地、建物を共同担保として各根抵当権設定登記をなすほか、本件建物の請負人日本ビテイの承継者である住金鋼材工業株式会社に対しても、日本ビテイの前記三億三〇〇〇万円の根抵当権設定登記に代えて新たに二億六三六六万円の根抵当権設定登記をなすこととなり、被控訴人に対してこれらの登記申請手続が一括して委任されることになつた。そのため、これらの各根抵当権設定登記の順位を調整する必要が生じたところから、同年三月二九日頃美松商事の松尾のほか、右各金融機関等の関係者(青森信用金庫が代行したものもある。)及び登記申請手続を担当する被控訴人が青森信用金庫に参会し、控訴人の関与のないままに、右金融機関等四者の各根抵当権設定登記を請求の原因4の(一)ないし(四)の順位によりなすことの協議を遂げた。そして、被控訴人は、この協議結果に従い、同年三月三〇日及び同年四月一三日に右各根抵当権設定登記の申請手続を進め、前記認定(請求の原因4の(一)ないし(四))のとおりの各登記を了したが、本件根抵当権設定登記申請手続を進めずに過していたところ、同年七月一三日の直前頃美松商事の松尾が所在を晦ましたため、これを知つた控訴人は、当時すでに本件根抵当権設定契約に基づき、これを担保として、前記のとおり三一〇〇万円を美松商事に貸与していたこともあり、直ちに所轄法務局において調査した結果、本件根抵当権設定登記がなされていず、却つて前記の如き他の根抵当権設定登記がなされていた事実が判明したので、同日直ちに被控訴人の事務所を訪れて苦情を訴え、登記申請手続の即時遂行を督促し、その結果同日本件根抵当権設定登記申請手続がなされ、登記が完了した。

以上のとおりの事実が認められ、<証拠>中、この認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を動かすに足りる証拠はない。

以上の事実からすれば、控訴人は本件根抵当権設定契約がなされた昭和五三年三月一四日頃当時の登記簿上の記載に基づく順位により根抵当権設定の登記を経由すれば十分の担保価値があるとの前提のもとに根抵当権設定と金員貸付の契約をし、またその登記申請手続が遅滞なくなされるように、同日直ちに被控訴人に対して本件根抵当権設定登記申請手続を委任し、そのための所要の書類を交付するとともに手続費用及び報酬の一切を翌日までに急いで支払つたものであり、これに対し、被控訴人は、速かにその受任にかかる登記申請手続を遂行することが可能であつたのに、その後に受任した他の根抵当権設定登記申請の関係者ら及び設定者たる美松商事の松尾らの前述の協議結果のみにとらわれて、先に委任を受けた控訴人の意向を確めることもないままに本件根抵当権設定登記申請手続を後に回して放置し、他の根抵当権設定登記申請手続を先に進めてしまつたとの疑いが濃厚である。

被控訴人主張の如く、控訴人から本件根抵当権設定登記を他の根抵当権設定登記より後順位とする旨の了解を得ていたものとすれば、他の根抵当権設定登記が完了したのち遅滞なくその手続を進めるのが自然と思われるのに、被控訴人は控訴人から苦情と手続の促進を訴えられるまで長期間手続を進めずに過したのであり(被控訴人は、控訴人から、のちに改めて指示があるまで手続を留保する旨の合意があつたとの趣旨を、原、当審における本人尋問において供述しているけれども、控訴人が前記のように、契約の同日に登記申請手続の委任をし手続費用や報酬の一切を支払つており、手続の早期遂行を強く意欲していたものと認められることと対比して採用できない。)、被控訴人が不注意により本件根抵権設定登記申請手続を放置していたとの疑いは払拭できないのであり、被控訴人主張の如き指示や合意の存在を認めることは困難である。

前記乙第一号証の記載は、被控訴人の作成した案文に基づいて松尾が作成したものであることは原審における同証人の証言により明らかであり、その記載内容は同証人の証言及び以上の認定事実に照らしても事の真相に合致するとは言い難く採用できないし、被控訴人の主張に添う前記被控訴人本人尋問における供述も同様採用できない。

なお、本件建物の所有権保存登記申請手続の費用及び報酬等の領収書である乙第六号証には被控訴人の受託番号の記載があるのに、本件根抵当権設定登記申請手続の費用及び報酬等の領収書である甲第一一号証の一、二には受託番号の記載がないが、このことも、被控訴人の以上の主張を裏付ける決定的な証拠となるものではない。

被控訴人は、当審において、①本件根抵当権設定登記を先順位でなせば、他の金融機関等からの融資が受けられなくなり、客観的にも先順位の登記が許されない情勢にあつたこと、②控訴人が本件根抵当権設定登記が他の根抵当権設定登記より後順位でなされたことを知つたそののちにおいても諸種の登記申請手続を被控訴人に委任したこと、また、本訴提起に至るまで本件根抵当権設定登記に関して異議苦情を言わなかつたことをも挙げて被控訴人の主張の裏付としているのであるが、前段①の点は、たとえそのような客観情勢にあつても、当座の資金繰りに窮した美松商事の松尾が優先順位により本件根抵当権設定登記をなすことを約して控訴人に金員貸付の申込をし、控訴人がその旨の約定をして、被控訴人に対しこれに基づく登記申請手続の嘱託をなすことは必ずしもありえないことではないばかりか、本件根抵当権設定契約の当時は、まだ他の金融機関からの融資は未決定の状態にあつたうえ、控訴人としては、他の金融機関から自己の貸付金額よりはるかに多額に達するものと見込まざるをえない融資がなされてそれらの根抵当権が自己の根抵当権より優先するものとされるのであれば、自己の債権の担保力を実質的に失いかねないことを懸念するのが自然であり、それを甘受してまで貸付をなすことにしたものとはとうてい理解することができないのであるし、後段②の点も、<証拠>によれば、確かに控訴人は本件根抵当権設定登記が他の根抵当権設定登記より後順位でなされたことを知るに至つたのちにおいても、幾つかの別件の登記申請手続を被控訴人に委任していた事実が認められるし、また本件根抵当権設定登記がなされたのちは本訴提起に至るまで、右登記手続についての被控訴人の不手際等を表面的に問題化した形跡がないことが窺われるのであるが、これだけでは、控訴人が本件根抵当権設定登記を後順位ですることを了承ないし合意していたと認めるに不十分であるのみならず控訴人は、本件土地、建物が競売されるまではなお担保力を有するかも知れないことに望みを託し、本件根抵当権設定登記申請手続に関する被控訴人の不手際を敢て問題化することを避け、また別件の登記手続等の事務処理をも委嘱してきたにすぎないことが原審及び当審における控訴人本人尋問の結果によつて認められるのであり(なお、前記各証拠によれば本訴提起後も別件登記申請手続の委任がなされており、控訴人は本件の損害賠償責任追求と他の事務処理の依頼とを区別し、割り切つているものと考えられるのであり、このようなことが被控訴人主張の如く、損害を受けた者にとつてありえない態度と評価することもできない。)、いずれにしても被控訴人の主張を裏付ける根拠とするには足りない。

被控訴人の当審における補足主張中その余の主張事実も被控訴人の抗弁を裏付けるに足りない。

しかして、他には被控訴人の抗弁を認める証拠はなく、結局、被控訴人の抗弁は、その事実を認めるに足りる充分な証拠がないことに帰し採用できない。

四以上の次第で、被控訴人は、控訴人から受任した事務処理を不注意により怠り、そのために控訴人に対して三〇〇〇万円の損失を生じさせたことになるから、債務不履行(不完全履行)に基づく損害賠償責任を負うべきであるが、控訴人に生じた右損失のうち幾何の限度で損害として賠償責任を負うかについては、控訴人側の過失をも斟酌して定めるのを相当とする。そこで更に検討するのに、先に認定した事実関係からすれば、控訴人は昭和五三年三月一四日に被控訴人に本件根抵当権設定登記申請手続を委任したのに同年七月一三日に至るまでその登記申請手続がなされず、被控訴人から登記事務処理の報告もなく、その間に同年三月三〇日と同年四月一三日にそれぞれ他の根抵当権設定登記がなされたのであるが、控訴人はこのような事情にも拘らず、自己の委任にかかる登記申請手続の帰すうについて何らの問合せその他の調査をすることもなく、逐次貸付を実行し、他の根抵当権設定登記が全部なされたのちにも多額(委任後約一か月をすぎ、右各(根)抵当権設定登記がなされたのちの同年四月一五日から同年六月二九日まで合計一八〇〇万円)の貸付金を美松商事に交付し、このようにして自らもまた損害を増大する原因を作つているのである。控訴人は金融業者でもあり、本件根抵当権設定登記申請手続を委任したのに、委任後その事務処理上必要と考えられる相当の期間を経過してもなお受任者たる被控訴人から委任事務処理の報告がないとすれば、その頃不審をもち、調査して然るべきであり、そうすれば、自己のための本件根抵当権設定登記がなされず、却つて、先順位となる他の根抵当権設定登記がなされている事実を知り得た筈であり、その場合にはその後の貸付の実行を控えることにより損害の拡大を防止し得たものと認められるのである。ところで、債務不履行における損害賠償については、債権者、債務者双方が、損害の発生及び拡大の防止について信義則上の義務を有するものと考えられるから、控訴人が損害の拡大を防止しえたのにそれをしなかつた点は、控訴人側の過失として、損害賠償責任の範囲を定めるについて斟酌すべきである。しかして、この点の過失を斟酌するときは、損害賠償の額を前記三〇〇〇万円の損失中六割に相当する一八〇〇万円をもつてその損害とするのを相当と認める。

次に、控訴人が三〇〇万円の支払を受けて、右損害賠償債権の元金に内入充当したことは控訴人の自陳するところであるから、結局残額は一五〇〇万円となり、控訴人の本訴請求(当審における請求の一部減縮後のもの)は一五〇〇万円及びこれに対する訴状送達後であることが記録上明らかな昭和五六年三月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がなく棄却すべきである。

よつて、原判決は以上の結論と異る限度で不当であり、本件控訴は一部理由があるから、原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官伊藤豊治 裁判官石井彦壽)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例