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仙台高等裁判所 昭和57年(ネ)179号 判決 1986年12月25日

控訴人

廣澤一雄

右訴訟代理人弁護士

松澤陽明

鈴木宏一

松倉佳紀

村上敏郎

角山正

被控訴人

日本電信電話公社訴訟承継人日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

真藤恒

右指定代理人

猪狩俊郎

金野光雄

下山政利

大内忠康

白沢徹

渋谷悦男

鈴木正

右当事者間の雇用関係存在確認請求控訴事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「1 原判決を取り消す。2 控訴人と被控訴人との間において、控訴人が労働契約上の権利を有することを確認する。3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、当審における控訴人の補足主張と被控訴人の反論が次のとおりであるほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決二枚目裏一行目の「被告(以下「公社」ともいう。)」を「承継前の被告日本電信電話公社(日本電信電話株式会社法〔昭和五九年法律八五号〕附則一条、四条一項により日本電信電話株式会社が訴訟を承継。以下、承継前の被告を「公社」ともいう。被告又は被控訴人は、昭和六〇年三月三一日までは承継前の被告日本電信電話公社を指し、同年四月一日以降は承継人である日本電信電話株式会社を指す。)」と訂正し、同六行目の「公社」の次に「又は被控訴人」を加える。)。

三  当審における控訴人の補足主張

1  不当労働行為

本件懲戒免職処分は、控訴人の組合活動を嫌忌し、控訴人を職場から排除することによって組合活動を封殺する意図でなされたものであるから不当労働行為として無効である。

なお、被控訴人は、原判決九枚目裏七行目から同一〇枚目裏二行目までの事実(控訴人の逮捕歴、控訴人に対する懲戒戒告処分、控訴人に対する懲戒停職処分)を本件懲戒免職処分を相当とする理由として挙げている。しかし、控訴人の逮捕歴については、デモ隊に対する無差別逮捕によるものであり、控訴人に対する懲戒停職処分については、公社が一組合員を唆して組合の会議を内偵させるという極めて卑劣、悪質な労務政策を採っていたこと等が原因であるから、これらを本件懲戒免職処分の相当性の判断に加えることは不当である。

2  デュープロセス違反

刑事訴訟法の原則によれば、何人も有罪の判決が確定するまでは無罪と推定されるにもかかわらず、公社は、本件懲戒処分を事実の具体的な調査、認定を自ら何一つ為さず、控訴人に対する第一審の有罪判決の言い渡しがなされたという事実だけで、しかも控訴人に弁明の機会を与えずに行った。したがって、本件懲戒免職処分は、デュープロセスに反し無効である。

3  差別的懲戒権の行使

本件懲戒免職処分は、差別的な懲戒権の行使であり、法の下の平等に違背した違法な処分であるから無効である。すなわち、第一に、本件懲戒免職処分は、企業外非行一般に対するものに比し、著しく苛酷であり、そうした差別的な取扱いの背景には、控訴人の組合活動に対する報復、あるいは政治的活動参加に対する弾圧の意図が窺える。第二に、本件懲戒免職処分は、公社の不正経理事件における管理者に対する懲戒処分(減給一か月二名、戒告二名、文書注意一〇名)と対比すると著しく均衡を失しており、差別的取扱いがなされていることが明らかである。

4  抵抗権の行使

仮に、控訴人が本件非行をしたとしても、控訴人の本件非行は、沖縄返還協定批准阻止闘争に参加した正当な行為であって抵抗権の行使として違法性が阻却されるから、私的懲戒処分において、これを非違行為とみなすことは許されない。

四  被控訴人の反論

1  不当労働行為の主張について

本件懲戒免職処分は、その処分事由たる本件非行が極めて反社会性が高く、公社及び公社職員全体の社会的評価を著しく低下毀損するおそれがあると客観的に認められたこと、並びに、控訴人が起訴休職中の身でありながら管理者に対し、種々の暴力行為に及び、停職一年の懲戒処分に付されたことなど過去の懲戒処分歴等を総合的に勘案してなされたものであって、控訴人の組合活動を封殺する目的でなされたものではない。

2  デュープロセス違反の主張について

公社の職員に対する懲戒処分は、公社の自律権として行なわれるものであるから、職員の非行を認定するに当たって、その拠るべき資料の取捨選択は、刑事裁判の経過にかかわらず、懲戒権者の合理的な裁量に委ねられているものである。

3  差別的懲戒権の行使の主張について

事案が異なれば、その選択される懲戒処分が異なることがあるのは自明の理であって、公社における他の事案と処分の内容が異なるからといって、本件懲戒免職処分が均衡を失したものであるとか、差別的であるということはできない。本件非行の性質、態様、情状や過去における控訴人の懲戒処分歴等を考慮すれば、本件懲戒免職処分は、社会観念上極めて妥当なものである。

4  抵抗権の行使の主張について

本件非行は法治国家として到底容認しえない犯罪行為であるから、控訴人のいう沖縄返還協定批准阻止闘争の当否如何は、本件懲戒免職処分の効力に何ら消長を来たすものではない。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断するが、その理由は、原判決の付加、訂正部分及び当審における控訴人の補足主張に対する判断が次項以下のとおりであるほかは、原判決理由説示と同一であるからこれを引用する。

二  原判決理由の付加、訂正部分

原判決二五枚目裏一行目の「証人」の前に「原審」を加え、同一行目の「原告」の前に「原審及び当審における」を加える。

同二五枚目裏二行目のあとに行を変えて、「当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は前記有罪判決に対し昭和五八年三月東京地方裁判所に再審請求をしたが、右請求は排斥されたことが認められる。」を加える。

同二六枚目裏七行目の「ところで、」の次に「昭和五一年当時、」を加える。

同二七枚目表六行目の「あり、」から同七行目の「ともかくとして、」までを「あって、」と訂正する。

同二七枚目裏四行目の「証人」の前に「原審」を加え、「原告」の前に「原審における」を加える。

同二八枚目表一行目の「本件非行は」から同五行目の「得ない。」までを「控訴人の本件非行は、現行法秩序のもとでは到底許されない違法な行為であって、極めて反社会性が高いものであるうえ、控訴人が、昭和五一年七月一五日、東京地方裁判所において、本件非行につき凶器準備集合罪及び公務執行妨害罪の有罪判決の言い渡しを受けたことにより、公社職員である控訴人の本件非行が公知のものとなり、このことによって公社職員としての品位を傷つけ、信用を失わしめ、公社に対する国民の信頼ないし信用が毀損されたと解せられるのみならず、公社が本件非行をそのまま放置するときは、公社自体の社会的評価を一層低下毀損せしめ、同種の非行を防止するために公社として保持すべき企業秩序に悪影響を及ぼすおそれがあるということができる。」と訂正する。

同二九枚目裏五行目の「ものでないとはいえない」を削除する。

同三〇枚目表三行目の「懲戒処分」の前に「右各事情を勘案して」を加える。

同三〇枚目裏三行目の「しかして、」の次に「前出」を、「証人」の前に「原審」を加える。

同三一枚目裏五行目の「場合」から同七行目の「できようが、」までを「などの場合には有罪判決の確定を待って一六号により処分することも一つの方法であるといえようが、」と訂正する。

三  控訴人の当審における補足主張に対する判断

1  不当労働行為の主張について

控訴人の本件非行は、現行法秩序のもとでは到底許されない違法な行為であって、極めて反社会性が高いものであるうえ、控訴人が、昭和五一年七月一五日、東京地方裁判所において、本件非行につき凶器準備集合罪及び公務執行妨害罪の有罪判決の言い渡しを受けたことにより、公社職員である控訴人の本件非行が公知のものとなり、このことによって公社に対する国民の信頼ないし信用が毀損され、公社職員としての品位を傷つけ、信用を失わしめたと解せられるのみならず、公社が本件非行をそのまま放置するときは、公社自体の社会的評価を一層低下毀損せしめ、同種の非行を防止するために公社として保持すべき企業秩序に悪影響を及ぼすおそれがあること、本件懲戒免職処分がこのような控訴人の非行を理由とし、また、控訴人の逮捕歴、懲戒処分歴を勘案してなされたものであることは、既に述べたとおりである(控訴人は、控訴人の逮捕歴については、デモ隊に対する無差別逮捕によるものであり、控訴人に対する懲戒停職処分については、公社が一組合員を唆して組合の会議を内偵させるという、極めて卑劣、悪質な労務政策を採っていたこと等が原因であるから、これらを本件懲戒免職処分の相当性の判断に加えることは不当であると主張する。しかし、控訴人が反戦デモに参加し、道路交通法違反の容疑で逮捕されたことについて、それが違法逮捕であることを認めるに足りる資料はないのみならず、控訴人の過去の懲戒処分の理由とされた控訴人の暴力行為の態様に鑑みると、その動機がいかなるものであるにせよ、少なくともその手段において相当性があるものとは到底解することができないから、控訴人の逮捕歴及び懲戒処分歴を本件懲戒免職処分の情状として考慮することは妨げられないというべきである。)。控訴人は、本件懲戒解雇処分は、控訴人の組合活動を嫌忌し、控訴人を職場から排除することによって組合活動を封殺する意図でなされたものであると主張するが、右主張に副う(人証略)各証言、原審及び当審における控訴人本人の供述は採用することができず、他にそのような事実を認めるに足りる証拠はない。

2  デュープロセス違反の主張について

公社が、いかなる手続によって職員の非行を認定し、懲戒処分をするかは、それが合理的なものである限り公社の裁量に属するものというべきである。そして、既に説示したとおり、公社の控訴人の本件非行を認定するための調査能力に鑑みれば、公社が控訴人の逮捕以来情報の収集を始め、昭和五一年七月一五日に東京地方裁判所において本件非行に関し有罪判決の言い渡しがなされるに至って本件非行の存在を確信し、判決書の謄本を入手するなどして資料を収集した後、本件非行が懲戒事由に当たると判断して本件懲戒免職処分をしたことをもって、その判断の要素の選択や判断の過程に著しく合理性を欠くところがあるとはいえない。また、本件懲戒免職処分の理由となった控訴人の本件非行について有罪の判決が確定したのであるから、結局のところ、公社による本件非行の認定は正しかったことが裏付けられた結果となったものであって、たとえ、公社が本件懲戒免職処分をするに当たり、控訴人に告知、聴聞の機会を与えなかったとしても、公社のした本件懲戒免職処分が違法、無効となるものではないというべきである。よって、控訴人の右主張は、採用することができない。

3  差別的懲戒権の行使の主張について

本件非行の性質、態様、情状や過去における控訴人の懲戒処分歴等を考慮すれば、本件懲戒免職処分が企業外非行一般に比し均衡を失したものであるとか、差別的であるということはできない。控訴人主張にかかる公社の不正経理事件における管理者に対する懲戒処分は、控訴人の本件非行とその性質、態様等が異なるものであり、両者を比較して論ずること自体失当というべきである。したがって、控訴人の右主張は、採用することができない。

4  抵抗権の主張について

控訴人の本件非行は、その動機がいかなるものであるにせよ、現行法秩序の下において違法なものであることは多言を要しない。控訴人の右主張は、独自の見解であり、到底採用することができない。

四  日本電信電話株式会社が、昭和六〇年四月一日、日本電信電話公社の地位を承継したことは、日本電信電話株式会社法(昭和五九年法律八五号)附則一条、四条一項の規定により明らかである(なお、同附則一二条四項参照)。

そうすると、原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奈良次郎 裁判官 伊藤豊治 裁判官 石井彦壽)

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