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仙台高等裁判所 昭和54年(行コ)2号 判決 1983年5月31日

仙台市本町一丁目一〇番一二号

控訴人

菅原光太郎

右訴訟代理人弁護士

太田幸作

松倉佳紀

村上敏郎

仙台市上杉一丁目一番一号

被控訴人

仙台北税務署長

前沢慶一

右訴訟代理人弁護士

伊藤俊郎

右指定代理人

石川智也

佐々木範三

武山洋明

小柳千孝

右当事者間の所得の加算税賦課決定取消等請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和四四年四月二四日控訴人の昭和三九年分および昭和四〇年分の所得税についてした各種加算税の賦課決定処分は、いずれもこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は次に付加するほかは原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決四枚目表五行「別訴で被告に対し更正の請求をしている。」は「別訴で被控訴人に更正の請求をしたが敗訴し、上告棄却の判決により確定した。」と改め、二七枚目表別表(五)の事業所得昭和四〇年分修正申告額欄に「三、〇五二、二二六円」とあるのは「五、〇五二、二二六円」の誤記につき訂正する。)であるから、これを引用する。

(控訴人の追加主張と補足説明)

一  修正申告額に必要経費として算入すべきであるのにされていない貸倒金について

先に主張した株式会社坂東製作所(以下「坂東製作所」という)ほか五名に対する貸倒金のうち坂東製作所に関する金額を五三二万五〇〇〇円と改め、なおそのほかに次の株式会社山口材木店(以下「山口材木店」という)に対する貸倒金一〇八三万七〇〇〇円を加える。

控訴人は山口材木店に対し昭和四〇年において一八回にわたり合計一三六六万六五〇〇円を貸渡したが、その貸金の担保に受取った四一通の約束手形は山口義景が福島第一木材市場株式会社ほか右手形の振出人名義を偽造した手形であり、貸金合計額から、共同担保に受取った真正な手形金額を差引いた実損額は一〇八三万七〇〇〇円となる。山口義景は山口材木店の取締役で同社の実質上の経営者であるが、右偽造手形を担保に山口材木店のために控訴人から金員を借受けたのである。

山口材木店所有の不動産、工場施設などは昭和四〇年当時七二四万円の評価額しかないのに、株式会社七十七銀行の被担保債権額八四〇万円の抵当権と株式会社振興相互銀行の極度額五〇〇万円の根抵当権が設定されており、また山口義景所有の不動産は昭和三八年から競売に付されており、昭和四〇年二月二日には山口材木店によって競落されている(そして山口材木店の所有となった不動産に右のように銀行の抵当権が設定された)から、山口材木店、山口義景のいずれからも回収の見込はなく、担保の手形も偽造手形なのでその名義上の振出人から支払を受けることはできず、回収は不能であった。

従って、山口材木店に対する貸金のうち一〇八三万七〇〇〇円は昭和四〇年の貸倒損失額であり、同年の所得金額の算出にあたって控除されるべきであるのにこれがなされていない。

二  修正申告における明白、重大な錯誤および更正の手続によらず無効としなければ納税者たる控訴人に著しい不利益を及ぼすことについて

控訴人が昭和三九年分、同四〇年分の修正申告をなすにあたっては、仙台国税局において査察課長、担当主査から調査所得金額の内容の説明を受け、右調査所得金額を修正申告したのである。その際、査察課長等より貸倒金についての説明があったが、原判決四枚目表九行から六枚目裏九行まで記載の形式基準による貸倒の特例に該当する損金については、明白な貸倒損金であるにも拘らず、これが損金に該当しない旨の説明を受けた。税務の知識に乏しい控訴人は、専門知識を有する税務担当者より貸倒れによる損金に該当しないという説明を受けてこれが事実であると誤信して本件修正申告に及んだのである。

控訴人が錯誤に陥っていたことは客観的に明白であるし、立会った税務担当者にとってもこの錯誤は明白であった。控訴人のこの点に関する錯誤は、もし貸倒れによる損金になる旨認識していれば、到底これを控訴しないで事業所得の申告を為したとは考えられないものであり、重大な錯誤にあたる場合である。

本件控訴人の錯誤は、専門家である税務担当者によって惹起された。かかる場合まで期間制限のある更正の手続によらなければならないとすることは、著しく納税者に不利益をもたらすものである。

本件の如く、税務担当者の誤った見解に基づいて錯誤に基づき過大な修正申告を為すに至った場合については、更正の手続によらずその無効を争う途を付与すべきである。

三  国税通則法六五条二項の適用あることについて

控訴人が昭和三九年分、同四〇年分について損失申告を行ったのは、右両年度において貸倒れが厖大であり、これが右両年度の損金になると判断したためである。

このうち、控訴人主張にかかる前記の貸倒れは、税法上も形式基準による貸倒れの特例に該当するもので、現実に損金として取り扱われる場合である。従って右金額は国税通則法六五条二項の「修正申告前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて正当な理由がある」と認められる部分に該当するものであるから、右金額については重加算税の額の計算の基礎となるべき税額算出の対象から当然除外されるべきである。

四  仮装隠ぺいの事実の不存在について

被控訴人は、所得金額計算の基礎となる事実につき控訴人による仮装隠ぺいが行われたと主張するが、控訴人がかかる行為をしたことはない。

被控訴人が控訴人による架空名義又は他人名義の預金であると主張するものはすべて控訴人の預金ではない。

被控訴人において控訴人が架空又は他人名義でなした預金であると主張しこれを裏付けるため提出した証拠をみると、たまたま控訴人名義で振出されていた小切手の月日や金額と一致する伝票があったのを控訴人に関するものであると推量したり、銀行内部で不正に操作記帳されていたものを控訴人によってなされたと推量したに過ぎないことが分る。従って、被控訴人の推量はこじつけであって真実に反する。

(被控訴人の答弁と主張の補足)

一  控訴人が主張するような貸倒損失額や雑損失額は存在しない。

(1)  坂東製作所に対する昭和三九年分貸倒損失五三二万五〇〇〇円について

坂東製作所に対し会社更生法による更生手続開始の決定がなされたのは昭和四一年一一月一六日であるし、また、同社に対する債権総額は、控訴人が計上した一〇〇〇万円のうち五〇万円が昭和三九年九月二一日訴外株式会社第一商産振出の約束手形五〇万円により取立てられているから差引き九五〇万円となる。

しかして、右会社更生法の手続開始の決定がなされた場合の税務処理は、債権総額の五〇パーセント相当額を貸倒損失として必要経費に算入することができるので(所得税基本通達二七四の(4)(乙第五号証の二))、本件についても右九五〇万円の五〇パーセント相当額である四七五万円を昭和四一年分の貸倒損失として必要経費に算入したのである。このように控訴人が昭和三九年分と主張する貸倒損失五三二万五〇〇〇円は四七五万円を限度に昭和四一年分に認容されたのであり、したがって、昭和三九年分に適用される余地はないものである。

(2)  株式会社栄食(以下「栄食」という)に対する昭和三九年分貸倒損失六〇〇万円及び同四〇年分貸倒損失三〇一万六四二一円について

控訴人は、栄食が昭和三九年九月一〇日倒産した時点で同社に対し総額一二三〇万円の貸付金を有していたが、右貸付金については動産競売による配当金受領などにより一五九万八七七九円を回収し、更に、昭和三九年九月三〇日訴外株式会社殖産相互銀行から、右栄食所有の仙台市原町苦竹字中谷地一八の一所在の宅地建物に係る根抵当権者としての地位を承継のうえ、同四〇年三月二四日右抵当極度額七〇〇万円のうち確定債権額五〇〇万円について競売の申立てをしている事実を確認した。従って、債権総額一二三〇万円から右根抵当権によって担保されている貸付金五〇〇万円及び昭和三九年中に回収した一五九万八七七九円を控除した残債権の五七〇万一二二一円を昭和三九年分の貸倒損失として認容した。

また、昭和四〇年分については、右競売の結果昭和四〇年七月二六日競落が確定し、同年八月一三日一六八万四八〇〇円の配当を受けているので、五〇〇万円から一六八万四八〇〇円を控除した三三一万五二〇〇円を同年分の栄食への貸倒金として認容した。従って、控訴人は、債権総額一二〇〇万円が昭和三九年に不渡りとなった事実をとらえ債権償却特別勘定として六〇〇万円が昭和三九年分の貸倒れになり、かつ、残六〇〇万円のうち三〇一万六四二一円が回収不能であるとして昭和四〇年分の貸倒金である旨主張するが、控訴人の右主張は事実に反する。

(3)  昭和三九年分の株式会社大一商産(以下「大一商産」という)に対する貸倒損失一二二万五〇〇〇円について

控訴人は、大一商産振出しの約束手形(裏書坂東製作所)二四五万円が昭和三九年一二月二五日不渡りとなったことから債権償却特別勘定の適用を相当とし、右二四五万円の五〇パーセント相当額一二二万五〇〇〇円が昭和三九年分の必要経費になると主張する。しかしながら右約束手形は、控訴人が昭和三九年九月一一日坂東製作所に二〇〇万円を貸付けるに際し、同製作所より右貸付金二〇〇万円の担保として受取ったものであり、右二〇〇万円の貸付金については、前記「一」記載の坂東製作所に対する貸倒損失として認められている。

従って、右大一商産に対する貸倒損失が認められないのは、原因を同じくする債権について二重に貸倒損失を認めない趣旨にほかならない。

(4)  昭和三九年分の極洋産業株式会社(以下「極洋」という)に対する貸倒損失二九万円について

控訴人は、極洋振出の約束手形五八万円が昭和三九年一一月三〇日不渡りとなったことから債権償却特別勘定の適用を相当とし、右五八万円の五〇パーセント相当額二九万円が昭和三九年分の必要経費になると主張する。しかしながら、右約束手形は極洋に対して有する貸付債権に係るものではなく、控訴人が訴外東和工業株式会社(以下「東和工業」という)に貸付けるに際し受領した約束手形五〇万円が不渡りとなったため、同社代表取締役佐藤栄義から右債権保全のために受領したものであり、東和工業の債権については、昭和三九年分の貸倒損失として処理されている。

従って、右極洋の貸倒損失が認められないのも同一債権について二重に貸倒損失を認めない趣旨にすぎない。

(5)  昭和三九年分の皆川利治に対する貸倒損失二五万円について

控訴人は、昭和三九年において訴外皆川利治から受取った昭和三九年八月二四日振出の小切手三〇万円及び同日振出の小切手二〇万円の計五〇万円が不渡りになったことから債権償却特別勘定の適用を相当とし、右五〇万円の五〇パーセント相当額二五万円が昭和三九年分の必要経費になると主張するが、右小切手は皆川利治が控訴人から借入れるに際して振出した小切手ではなく、皆川利治が仙台市連坊小路二二三所在の訴外今野健二から借入れるに際し振出した先付小切手を右今野から控訴人が入手したものと認められる。

ところで、皆川利治が勤務していた皆川材木店は昭和三九年九月五日倒産したが、その際同日振出の五〇万円の小切手一通を除き、控訴人主張の右小切手二通を含むその余の小切手・約束手形等は、すべて買戻しあるいは書換え等により決済されたものである。

また、その際皆川利治と今野健二の間に存する債権債務について、両人間に「債務弁済契約公正証書」が作成されている。

以上のことからすれば、皆川材木店倒産に伴う貸倒損失帰属の問題は、皆川対今野、あるいは今野対控訴人間に生ずることはあっても控訴人対皆川間に生ずる余地はない。

なお、皆川利治が控訴人から直接借入れたのは昭和三九年一月から八月にかけて五〇万円ずつ二回程度で(いずれも約束手形振出しによるもので、小切手によるものではない。)、当該借入れについては前述のごとくすべて返済ずみであり、いずれにしても控訴人主張の貸倒損失は存在しない。

(6)  昭和四〇年分の佐藤大喜に対する貸倒損失一六万円について

控訴人は、昭和四〇年において訴外佐藤大喜より同人振出の小切手及び約束手形(以下「小切手等」という)三二万円が不渡りになったことから債権償却特別勘定の適用を相当とし、右三二万円の五〇パーセント相当額一六万円が昭和四〇年分の必要経費になると主張するが、右小切手等は、控訴人が佐藤大喜に対し貸付けする際に受領したものではなく、当初受領していた小切手等が不渡りとなったことから右債権を保全するために受領したものである。

すなわち、右佐藤大喜は昭和四〇年五月二四日、訴外鈴木康太郎振出の約束手形を使用し控訴人から七五万円を借入れたが、右手形が不渡りとなったので、控訴人は右債権を保全する目的で佐藤大喜に三二万円の小切手等を振出させるとともに鈴木康太郎の動産を差押えた。

ところで右七五万円の弁済に関しては、昭和四一年一一月頃仙台地方裁判所の調停により、佐藤大喜が九二万五七三二円を鈴木康太郎へ支払うことにより一応の決着をみたところであるが、佐藤大喜は、右九二万五七三二円のうち二五万円を鈴木康太郎の代理人である佐藤達夫弁護士に支払い、残金については昭和四一年一二月から各月三万円ずつ直接控訴人に支払うことになり、昭和四一年一二月及び同四二年一月にそれぞれ三万円ずつ二回返済している。

従って、控訴人は右債権について昭和四〇年分の貸倒損失であると主張するが、佐藤大喜が昭和四一年一二月及び同四二年一月に分割して返済している事実からすれば、昭和四〇年分の貸倒損失にならないことは自明の理であり、控訴人の主張は認められないものである。

以上のとおり、控訴人主張の貸倒損失は事実に反し、かつ、債権保全のために入手したいわゆる裏手形が手元にあることを奇貨としてこれが不渡り損失となったというものであり、到底これを容認し得る性質のものでない。

なお、控訴人は、坂東製作所及び山口材木店に関する貸倒損失が認められないとすれば修正申告書に記載した各所得金額を認める旨自白している。したがって、右と異なる新たな貸倒損失を主張することは、自白の撤回にあたり被控訴人としては異議がある。

(7)  山口義景に係る貸倒れ損失の発生時期について

控訴人は、債務者である訴外山口義景が昭和四〇年六月二一日から偽造の見返り手形を差入れ、控訴人から資金を借入れするという詐欺行為をしたため、少なくとも昭和四〇年末には、右詐欺行為により 取された金額が一〇八三万七〇〇〇円はあり、同右金額は詐欺行為のあった昭和四〇年分の損失として必要経費に算入されるべきであると主張するが、そもそも貸倒れ損失の発生時期は、債務者たる偽造者が、<1>破産、事業の閉鎖及び<2>債務超過の状況が相当期間継続し、事業を再興する見通しがない等、債権回収の不可能が確定された時をもって損失の生じた日とするものであり、詐欺行為(偽造の見返り手形による借入れ行為)を行った時点が貸倒損失の発生時期となるのではない。

これを本件についてみると、偽造手形の事実が発覚し、事業再興の見通しが立たなくなった時点は、昭和四二年二月九日以降であるし、貸付金に対する元本の返済が昭和四二年二月までなされているから、貸倒れによる損失の生じた日は、少なくとも昭和四二年二月九日以降になるのであり、従って昭和四二年分以降の必要経費となるのは議論の余地がない。

(8)  雑損失の繰越控除について

被控訴人による調査の結果、控訴人の昭和三八年の総所得金額が火災損失額を超え、従って昭和三九年分の所得税算出にあたり控除すべき雑損失の繰越額はないことが判明した。控訴人は仙台国税局係官からこの旨説明をうけて納得して修正申告をしたのである。

二  修正申告についての錯誤の主張について

控訴人は、昭和四三年一一月二一日本件係争各年分の査察調査を担当した訴外斎藤巽から同各年分の所得金額の計算内容の説明を受けた際、特に貸倒損失について必要経費になるものとそれ以外のものとについて説明を受け、控訴人もその説明に納得して修正申告書を提出したのであって、修正申告の内容については控訴人において何らの錯誤もない。

修正申告書記載の課税標準等の過誤の是正につき、その記載内容について錯誤を主張し得るのは、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって法定の手続による以外にその是正を許さないとすれば納税者の利益を著しく害すると認められるような特段の事情がある場合に限られるものと解されている(東京地裁昭和五三年一月三〇日判決参照)。

ところで、錯誤といえるための客観的に明白かつ重大とは、その申告書に過誤のあることが何人の目にも明らかで税務官庁がその申告に依拠して徴税手続を進めることが合理的に是認しえないような場合、例えば申告書に明白な誤記、誤算があるような場合(最高裁昭和三九年一〇月二二日判決参照)や全くの無権限者である他人が偽って申告書を提出した場合(名古屋高裁昭和四七年二月一六日判決参照)などがこれに当ると考えられる。

そこで仮に、控訴人の主張するような錯誤が本件修正申告の一部にあったとしても、その錯誤は到底客観的に明白かつ重大なものとはいえず、更正の手続によらず無効としなければ著しく納税者に不利益を及ぼすとする控訴人の主張は失当である。

三  国税通則法六五条二項適用の主張について

国税通則法第六五条二項の規定は、本来過少申告加算税に関する規定であって重加算税までも規定したものではなく、既に控訴人の主張する各金額がそれぞれ昭和三九年分及び同四〇年分の貸倒損失にならないことは前記二において述べたとおりである。しかも控訴人は、確定申告に当り所得金額等の計算の基礎となるべき事実を仮装又は隠ぺいしたものであるから、右主張は失当である。

四  所得税算出の基礎となる事実の仮装隠ぺいについて

仙台国税局査察官は、金融業・飲食業等を含む控訴人に対し昭和三九年分及び同四〇年分の所得税の確定申告において、不正な手段を用いて総所得金額を著しく過少に申告していたとの疑いをもったので、国税犯則取締法に基づき査察調査を行ったところ、所得計算上必要な利息収入・家賃収入等を記録した帳簿等の備付及び保存がなく、申告の計算内容がまったく不明であるほか取引事実を隠匿する目的をもって取引関係書類を計画的に破棄しており、右査察官の質問調査においても虚偽の答弁をするなど具体的な取引事実関係について証拠がない限り控訴人からは真実の供述が得られないような状況であった。

このようなことから控訴人の取引銀行及び関係取引先の反面調査を実施したところ次のような仮装隠ぺいの各事実が判明した。

1  銀行の取引関係

(一) 控訴人は、七十七銀行名掛丁支店に、昭和三九年において三二口合計一一〇〇万円の預金をいずれも架空名義の定期預金として設定していた。

(二) 右架空名義の定期預金を担保として同銀行から架空名義で二三〇〇万円(一三口)の手形貸付を受け、昭和三九年中に右借入れをすべて返済していた。

(三) 昭和四〇年においては、同銀行に二二口合計六〇〇万円の預金をいずれも架空名義の定期預金として設定していた。

(四) 同年右架空名義の定期預金を担保として同銀行から架空名義で二一〇〇万円(七口)の手形貸付を受け、これも同年中にすべて返済していた。

(五) 主たる事業(金融業)の資金としている普通預金の取引については、家族(光博)名義を使用していた。

2  取引先関係

(一) 取引先に対し、自己の名前を出さない条件で貸付けを行っていた。

(二) 証拠を残さないようにするため可能な限り領収証等を発行しなかった。

(三) 貸付けに際し、債務者に渡す小切手に債務者の裏書をさせず、自己の名義で裏書押印していた。

(四) 本件各年分の申告について、損失申告書の提出を正当化するための債務者と通謀して虚偽の貸倒損失を査察官に対して主張していた。

(五) 貸付先に対し査察官に取引の実態を話さないよう依頼していた。

(六) 譲渡所得については、譲渡価額を隠ぺいするため真実と異なる契約書を作成していた。

以上の調査によって、仮装隠ぺいの事実に基づく多額の増差所得金額、すなわち重加算税賦課の対象となる所得金額が把握されたほか、確定損失申告書においては、繰越損失・事業所得の赤字によって納税額が生じなかったが、調査によって右繰越損失・事業所得の赤字がいずれも解消したことに伴い、過少申告加算税の対象となる所得金額も確定され、控訴人の本件各年分の所得の種類ごとに対する申告額と調査額の内訳及び調査額のうち仮装隠ぺい部分の内訳は、原判決別表(六)「重加算税対象」欄記載のとおりとなった。

このように控訴人は、確定申告に当り所得計算の基礎となるべき事実を意識的に仮装隠ぺいしたものであり、かつ、本件各年分の申告所得金額の計算内容が不明であるのみならず、実際の所得金額の中から何らの根拠もないまま、その一部分だけを申告したいわゆるつまみ申告を行い、当初の損失申告書の所得金額(損失額)と査察調査を受けた結果提出された修正申告書の所得金額との間には単なる計算違いとは考えられない非常に多額の開きがあったから、これらの点を総合勘案すると、過少申告加算税対象金額(原判決別表(六)参照)を除き控訴人に所得税 脱の意図があったことは明白であり、被控訴人が国税通則法六八条第一項の規定を適用し、重加算税の賦課決定処分をなしたことは適法である。

(証拠)

控訴代理人は甲第一二四ないし第一二七号証、第一二八号証の一、二、第一二九号証の一ないし三、第一三〇号証の一ないし四を提出し、当審証人阿部保男、大沢正治、二上久義の各証言、当審における控訴人本人尋問の結果を採用し、乙号各証の成立(乙第一二六号証の二については原本の存在も)を認めた。

被控訴代理人は、乙第九〇ないし第一一四号証、第一一五号証の一、二、第一一六号証、第一一七号証の一ないし三、第一一八号証の一、二、第一一九ないし第一二五号証、第一二六号証の一、二を提出し、右甲号証のうち甲第一二四号証、第一三〇号証の四の成立は不知、第一三〇号証の一ないし三の各官署作成部分の成立は認めるがその余の部分の成立は不知、その余の甲号各証の成立(第一二八号証の一、二、第一二九号証の一ないし三は原本の存在も認める、と述べた。

理由

一  錯誤に基づく修正申告の無効の主張について

1  控訴人は、昭和三九年、四〇年の各所得税修正申告において、所得金額の算出にあたり必要経費として控除すべき貸倒損失額や繰越損失額があったのにこれをせず、そのため真実に反する過大な所得金額が計上されたがその修正申告には明白かつ重大な錯誤があるから無効であるとし、これを根拠に本件処分の前提たる所得金額そのものの存在を否定する。これに対し被控訴人は、控訴人が原審第一五回口頭弁論において、坂東製作所と山口材木店に対する貸倒金の控除がなければ、控訴人の昭和三九年、同四〇年の所得金額は修正申告書記載のとおりである旨陳述しておきながら、その後に右両名以外の者に対する貸倒損失額や雑損失額がある旨主張するのは自白の撤回にあたるとして右主張に異議を述べ、また貸倒損失額の存在が認められたとしても本件の修正申告にはこれを無効としなければならない重大、明白な錯誤があったとはいえないと主張する。

修正申告は、納税申告書(所得税における確定申告書)を提出した者が、これに記載した税額に不足あるとき、純損失等の金額が過大であるとき、納付すべき税額があるのに記載しなかったときなど、これらを理由に申告期限後、税務署長による更正処分がなされる前に自主的に税額を増額するためになす追加申告であり、申告納税方式に依拠しつつ過少な申告額を是正して公平な租税負担の実現をはかるための方法として行われるのである。一方、右の場合とは逆に税額を誤って過大に申告した場合には、法定納期限から一年以内に限り税務署長に対し減額のための更正の請求をし、税務署長がその請求を理由ありとするときは減額の更正をすることとなっている。

一般に、納税申告はこれにより納税義務を具体的に確定せしめる私人の公法行為であり、かかる公法行為においては表示されたところに基づいて法律関係を明確にし法的安定をはかることの要請が強いのであるから、普通の私法行為における場合と異なり、民法の錯誤に関する規定がそのままは適用されず、錯誤が客観的に明白かつ重大であって、所得税法の定めた右方法による以外に是正を許さなければ納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合以外には、申告書の記載内容につき錯誤を主張することは許されないと解すべきである(原判決も引用している最高裁昭和三九年一〇月二二日判決民集一八巻八号一七六二頁参照)。

このように、納税申告につき錯誤による無効の主張を許容できる特段の事情がない限りは、修正申告又は更正の請求といった租税法の定める手続によらないで申告内容の変更をすることは許さないとする趣旨に鑑みるとき、修正申告の内容を更に変更することはなおのこと許されないのであり、ただ、修正申告書に記載された過誤の税額が著しく多額であるなどその変更を全く認めないとすると納税義務者に対し過当な不利益を生ぜしめる特段の事情があり、かつその過誤が誤記、計算違いなど客観的に明白かつ重大である場合に限り修正申告にかかる税額につき錯誤による無効を主張することができると解するのを相当とする。

これを本件についてみるに、控訴人が主張するようにその貸倒損失額、繰越損失額の全部又は一部を必要経費として所得金額算出の計算上必要経費又は損失額として算入すべきものとし、計算の便宜上仮に、控訴人主張の金額を原判決別表(五)記載の「差引課税総所得金額」「修正申告書」欄記載の金額から控除してみると、昭和三九年分につき二一九四万二九七六円、昭和四〇年分につき三一七万六四二一円がそれぞれ控除されることになるから、課税総所得金額は昭和三九年分につき九二五万三〇二四円、昭和四〇年分につき一一六七万九五七九円となり、算出税額および重加算税額に多大の影響を及ぼし、控訴人に過当な不利益を生ぜしめる結果となりうるわけであるが、控訴人主張の事実、すなわち所得金額算出の計算上必要経費として算入すべき金額の基礎となる事実の存否は、修正申告書又はその添付書類に表われていない事柄に関することであるから、客観的に明白な過誤ということはできない。従って控訴人の主張するところは修正申告を無効たらしめる錯誤にはあたらず、この点において既に控訴人の主張は理由がないというべきである。

2  しかも、以下に述べるとおり、控訴人主張の貸倒損失額、繰越損失額があった事実は、比率の上では僅かな部分となる金額以外には認めえないから、この点からも右主張は理由がないこととなるのである。

(一)  貸倒損失額等についての控訴人の主張に対し、被控訴人は、控訴人において被控訴人主張の所得金額を認めておき乍ら貸倒損失額の存在を主張するのは自白の撤回にあたるとして異議を述べるので判断するに、所得金額すなわち課税総所得金額は、収入金額を税法が定めた項目別に分類してそれぞれの金額を表わし、必要経費や各種所得控除額を差引くなど、収入、支出の金額につき所定の分類、計算が行われて算出されるのであり、このように複数の事実と法の解釈、適用の結果が集積された概念であって事実そのものではないので、自白の対象となるのは事実そのものまたは概念にあてはめた事実であることからして、所得金額は自白の対象にならないと解するのが相当である。もっとも、所得金額が自白の対象にならないとしても、貸倒損失額につき自白があったと考えられる余地もあるが、右「自白」は所得金額を肯定しているのみで、貸倒損失額という事実に向けられたものではないから、これを撤回できないわけではなく、従って、坂東製作所と山口材木店以外の貸倒損失額を主張することも許されるというべきである。

(二)  そこで、控訴人主張の貸倒損失額が存在するか否かについて検討する。

(1) 坂東製作所に対する貸倒損失額について

事業所得を生ずべきその事業の遂行上生じた貸付金などの債権につき貸倒れその他政令で定める事由により生じた損失の金額は、その者のその損失の生じた日の属する年分の事業所得の計算上必要経費に算入する(所得税法五一条二項)。この貸倒れとは、会社更生法二四二条その他法律の規定による債権の切捨てなど貸倒れの事実が明白であること、又は、債務者の資力、支払意思、事業状況等を総合して回収見込のないことが確実であることをいうのであるが、税務の実際の取扱いにおいては、貸倒れに至らない場合でも、債務者につき破産宣告、会社整理・特別清算・和議・会社更生などの開始決定、手形交換所の取引停止処分、事業廃止又は六箇月以上の休業などのうちのいずれかが発生した場合には、債務者に対して有する債権額の五〇%に相当する金額以内の額を貸倒れとして当該事実の発生した日の属する年分の事業所得の計算上必要経費に算入できるといういわば部分的な貸倒れを認める債権償却特別勘定の制度を設けている(乙第五号証の二)。

しかし、坂東製作所につき昭和三九年中に右のいずれかの事由が発生したことを認めるに足る証拠はなく、かえって成立に争いのない甲第七四号証の一ないし六、乙第四号証、原審証人斎藤巽(第一回)の証言とこれにより成立の真正を認めうる乙第三号証の一、二によると、坂東製作所は昭和四一年一一月一六日に会社更生手続開始決定を受けたのであり、控訴人が昭和四一年の所得税確定申告において貸倒金一〇〇〇万円を必要経費に計上したが、仙台国税局の調査に基づいてその修正申告においてこれを四七五万円として必要経費に算入していることが認められるから、坂東製作所に対する貸倒金を昭和三九年の所得税算出の計算上必要経費とすべきであるとの控訴人の主張は理由がない。

(2) 株式会社栄食に対する貸倒損失額について

成立に争いのない甲第一二六および第一二七号証、乙第一〇七号証、当審における控訴人本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は株式会社栄食が昭和三九年九月一〇日に倒産した当時、同社に対し総額一二三〇万円の貸金債権を有していたが、動産競売による配当、土地や機械の代物弁済などで一〇〇万円を下らない債権を回収できたほか、同社所有の土地建物に設定されていた殖産相互銀行の極度額七〇〇万円の根抵当権を同銀行から譲受け、自己の同社に対する右貸金債権額中五〇〇万円を右根抵当権の被担保債権としたうえ、同金額を確定債権額として競売の申立をし、昭和四〇年になって右不動産競売による売得金から一六八万四八〇〇円の交付を受けた事実が認められる。当審における控訴人本人尋問の結果中に、控訴人が右会社の同銀行に対する債務五〇〇万円を弁済して根抵当権の譲渡を受けたので、競売の売得金から受けた右交付金額が右譲受代金額に満たないため損失を受けたとの部分があるがこれは措信しがたく、前記乙第一〇七号証および弁論の全趣旨によると、控訴人が右銀行から根抵当権の譲渡をうけるについて銀行に対価を支払ったとしてもこれは別途回収し、右根抵当権は控訴人の前記会社に対する貸金の回収をはかる目的に利用したと推認するのが相当である。

従ってこれら事実に基づいて計算すれば、昭和三九年については一二三〇万円から回収金一〇〇万円と譲受根抵当権五〇〇万円とを控除した六三〇万円が、また昭和四〇年については右根抵当権の被担保債権五〇〇万円から競売代金交付額一六八万四八〇〇円を控除した三三一万五二〇〇円が貸倒損失額となる。本件修正申告においては昭和三九年につき五七〇万一二二一円、昭和四〇年につき三三一万五二〇〇円を貸倒損失額としているのであるから、昭和四〇年分に関しては計上の誤りはなく、昭和三九年分については計上金額が五九万八七七九円少ないこととなるが、これは後述のように本件修正申告を無効とすべきほどの重大な錯誤にあたるということはできない。

(3) 株式会社大一商産に対する貸倒損失額について

当審における控訴人本人尋問の結果により控訴人が取得した同会社振出の約束手形であると認められる甲第八五号証の一、二によると、この手形は同会社が坂東製作所に対して振出し、控訴人が坂東製作所から裏書譲渡を受けたものであると認められるし、また成立に争いのない乙第一〇八号証によると、仙台国税局の斎藤巽主査が控訴人の坂東製作所に対する貸金債権について調査し控訴人の従業員が記載したメモ書に基づいて作成した調査表には、控訴人が昭和三九年九月一一日に坂東製作所に二〇〇万円を貸渡した際右手形を担保に受取った旨記載されていることが認められるから、この手形は控訴人の坂東製作所に対する二〇〇万円の貸金債権を担保する手形と認められ、乙第一〇八号証中これを否定する控訴人の供述部分および当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。

そして、右貸金について坂東製作所に対する貸倒損失額の中に含めて所得金額算出の基礎とした以上は、更にこれを大一商産に対する貸倒損失額として計上することはできないというべきである。

(4) 極洋産業株式会社に対する貸倒損失額について

成立に争いのない甲第一一〇号証、乙第一〇九号証、当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、控訴人は昭和三九年八月頃東和工業から同社振出の金額五〇万円の約束手形(甲第八二号証の一)を割引き取得したが不渡となり、これが手形債権の担保のために同会社代表者から極洋産業振出の金額五八万円の約束手形(甲第九五号証)の交付を受けた事実が認められ、原審証人斎藤巽(第二回)の証言およびこれにより成立の真正を認めうる乙第三号証の二、弁論の全趣旨によると、控訴人の昭和三九年の所得税修正申告において東和工業に対する債権二〇〇万円が貸倒損失額として計上されていることが認められるから、極洋産業振出の右手形につき同社に対する貸倒損失額を計上することはできないというべきである。

(5) 皆川利治に対する貸倒損失額について

成立に争いのない乙第一一〇号証、当審における控訴人本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

皆川利治は父芳治とともに材木商を営みその事業資金に使用するため控訴人および今野健二から利息月七分位の高利で金員を借用し、その都度その金利額を加えた金額の手形や小切手を振出した。本件小切手二通(甲第一〇一号証の一、二、金額合計五〇万円)はその一部である。昭和三九年九月五日に皆川材木店が倒産し、控訴人はこの倒産後一箇月の間に皆川にきびしく催促して債権の回収をはかったが、その後催促しなくなった。

右事実によると、控訴人は本件小切手を未だ皆川に返還せずに所持しているが、これは未だ支払を受けないからではなくて、この小切手金相当額の支払を受けたか、又は高利を徴していた関係上その支払を受ける必要がなくなったためであると推認するのが相当であり、これに反する当審における控訴人本人尋問の結果は措信できない。

従って、本件小切手金について貸倒損失額があった事実を認めることはできない。

(6) 佐藤大喜に対する貸倒損失額について

成立に争いのない乙第一一一号証、当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は昭和四〇年五月二四日頃、鈴木康太郎振出の約束手形二通金額合計七五万円を担保に、佐藤大喜に対しその手形金額から日歩二五銭の割合による一箇月分の利息を天引した金額を貸渡したが、この約束手形が不渡となったので、佐藤大喜から貸金の一部の返済のために本件小切手約束手形各二通金額合計三二万円(甲一〇二号証の一ないし四)の振出交付を受けるとともに、鈴木康太郎の動産に対し強制競売の手続をとり、その後佐藤大喜との間の民事調停により、昭和四一年一二月から毎月三万円ずつの分割により六七万五七三二円の支払を受ける合意が成立して昭和四一年一二月と翌四二年一月に各三万円ずつの支払を受けたことが認められるから、佐藤大喜振出の小切手、約束手形各二通金額合計三二万円が昭和四〇年のうちに不渡になったからといって同年の所得金額の算出上これを貸倒損失額に計上すべきであるとは認められない。

(7) 山口材木店に対する貸倒損失額について

原審証人斎藤巽(第一回)の証言により成立の真正を認めうる乙第一号証によると、山口材木店は昭和四二年二月九日まで事業を営んでいたことが認められ、また成立に争いのない甲第四五条証、原本の存在と成立に争いのない甲第一二九号証の一ないし三、成立に争いのない乙第六および第九六号証、原審および当審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人が昭和四〇年中に山口材木店に一八回にわたり貸渡した合計一三六六万六五〇〇円の貸金の担保に受取った約束手形五三通(振出名義人福島第一木材市場株式会社ほか)金額合計一九五六万二四二〇円のうち四一通金額合計一六七三万二九二〇円は、山口材木店の取締役であり事実上の経営者である山口義景が偽造した手形であり(もっとも、真正な手形も担保に受取っていたから右貸渡した金額から真正な手形の金額を差引くとその実損額は一〇八三万七〇〇〇円となる)、昭和四二年二月に控訴人が振出名義人に請求したために偽造の事実が発覚したことが認められる。かかる場合、控訴人は山口義景に対し不法行為を理由に損害賠償請求権を行使できるほか、右のように山口材木店についてはもとより山口義景についても昭和四〇年中においては貸倒損失を計上できるような事態は発生しておらず、手形の偽造が発覚して山口が捜査を受けたりまた山口材木店が倒産したのは昭和四二年になってからのことであるから、右貸金について貸倒損失が生じたとすればそれは昭和四二年の所得金額の算出にあたって貸倒損失額を計上すべきものと認められる。従って、昭和四〇年の所得金額の算出につき山口材木店に対する貸倒損失額を計上すべきであるとの控訴人の主張は理由がない。

(8) 雑損失の繰越控除について

成立に争いのない乙第八八号証、原審証人斎藤巽(第二回)の証言とこれにより成立の真正を認めうる乙第八九号証によると、控訴人は昭和三八年分の確定申告において火災による損失額が所得額を上まわるとして損失申告したが、昭和四二年六月二〇日から翌四三年一一月二〇日まで行われた仙台国税局による調査の結果、昭和三八年中において火災による損失額を上廻る所得金額のあったことが判明した事実が認められ、従って、昭和三九年に繰越されるべき雑損失のあった事実は認められない。

以上のとおりであって、控訴人が主張する貸倒損失額、雑損失額は、昭和三九年における株式会社栄食に対する五九万八七七九円を除いてはこれを認めることができない。

そこで昭和三九年の所得金額を算出するにあたって、右の株式会社栄食に対する貸倒損失額を計上しなかったことにより修正申告が無効になるか否かを検討するに、右の貸倒損失額をそのまま必要経費として控除すべきものとしても、その金額は控訴人の昭和三九年の課税総所得金額三一一九万六〇〇〇円の一・九%にすぎないから、この金額の点からみただけでも修正申告に重大な錯誤があったということはできない。また、重加算税の対象となる昭和三九年分の所得金額を二五四四万三六四八円としたことが違法になるということもできない。

控訴人が本件各修正申告をするに至るまでの経過は原判決理由「二」(原判決一六枚目表二行から一七枚目裏七行まで)記載のとおりであるからこれを引用することとし、このように控訴人は仙台国税局の一年以上にわたる調査の結果に基づく説明を聞き、また相互に質疑をするなどして自ら納得して修正申告したのであって、国税局係官の指示に盲目的に追従して修正申告書を作成したのではない(これに反する当審における控訴人本人尋問の結果は措信できない)から、所得金額の算出にあたって若干の貸倒損失額の算入漏れがあったことは、修正申告を無効としなければならないような重大、明白な錯誤に該当するものではない。

3  よって、控訴人の錯誤を理由とする修正申告無効の主張は、客観的明白性の点において既に成立しないのみならず、重大性の要件にも欠けるので、いずれの点からもこれを採用することはできない。

二  重加算税を賦課しないとの約束の存否について

仙台国税局係官が本件重加算税を賦課しない旨控訴人に約束した事実が認められないことは原判決理由「三」(原判決一七枚目裏八行から一八枚目表四行まで)記載のとおりであるからこれを引用する。これに反する当審における控訴人本人尋問の結果は措信できない。

三  事実の隠ぺい、仮装について

本件各処分の対象とされた控訴人の所得金額につき、その計算の基礎となる事実に控訴人による隠ぺい、仮装にあたる行為があったことは原判決理由「五」(原判決一九枚目裏六行から二二枚目裏三行まで)記載のとおりであるから、以下の点を付加してこれを引用する。

原判決一九枚目裏九行「ものであることが認められるところ」を「のであるが、納税者が税額計算の基礎となるべき事実につき隠ぺい又は仮装にわたることをなし、それに基づいて納税申告書を提出したときに重加算税を課することとされており(国税通則法六八条一項)、その事実の隠ぺいとは課税要件の全部又は一部を隠すことであり、事実の仮装とは存在しない事実を存在したかのように装って事実を歪曲することであるから」と改める。

原判決二〇枚目表五行「第八七号証」の次に「成立に争いのない乙第九三ないし第九六号証、第九八、第九九および第一〇一号証」を、同二〇枚目裏一行「虚構であり、」の次に「真実は昭和三九年一〇月三〇日に貸渡した二五七一万二七一八円につき、債権放棄した事実がないのに藤野卓児と共謀して控訴人が口頭により債権放棄したかのような虚構を作っていたのであって、」を、同六行「受領していながら」の次に「売買代金額を四二万八〇〇〇円と記載した虚偽の売買契約書を作成し」を、同七行「隠ぺいしたこと、」の次に「株式会社三協興産、山口材木店、庄司清五郎らに対し金員を貸渡すについては貸主として控訴人の氏名を出さないことの条件を付したこと、貸金に対する利息の支払を受けても領収証を発行せず、南部正寿から貸金の利息を受取っておき乍ら同人に対し国税局から調査を受けたときは利息のことを話さないよう依頼して利息は支払わない旨の虚偽の申述をさせたこと、」を各挿入する。同二一枚目二行「二、三〇〇万円」を「二、一〇〇万円」と訂正する。同二一枚目表九行「増差がある点」の次に「および前述のように仙台国税局係官が控訴人の取引先や銀行などを調査し、控訴人の申述の矛盾や不自然な点につき控訴人に根気よく説明を求めるなどして漸くその所得を確認し、控訴人の本件修正申告に至った経過」と挿入する。

四  国税通則法六五条二項の適用の有無について

右の条項は、確定申告における申告額が過少であったことについて正当な事由がある場合には、その正当な事由のある事実にかかる金額については過少申告加算税を賦課しない旨規定する。しかし、重加算税に関してはかかる規定はない。過少申告加算税は、税法の解釈に関して公表されていた見解が改変されたため修正申告した場合とか、盗難品が予期せず返還されて修正申告した場合など、これを賦課するのが苛酷とされるような正当な理由がある場合には例外的に賦課しないとするのに対し、重加算税は事実の仮装隠ぺいという脱税を意図した行為があったことを理由に重い税率の加算税を賦課するのであるから、仮装隠ぺいしたことについて正当な理由があるなどとして過少申告加算税におけるような例外を設ける意味がないからである。

従って、控訴人の主張は理由がない。

五  以上のとおり控訴人がした本件各処分は適法であるから、その取消を求める控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よって民事訴訟法三八四条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 小林啓二 裁判官 斎藤清実 裁判長裁判官福田健次は転補のため署名押印できない。裁判官 小林啓二)

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