大判例

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仙台高等裁判所 昭和49年(う)236号 判決 1977年2月10日

本籍 宮城県塩釜市錦町二〇番地の一

住居 同県多賀城市笠神黒石崎一二の八

金田商店従業員 早坂孝

昭和七年九月一三日生

右の者に対する業務上過失致死傷被告事件について、昭和四九年一〇月一一日仙台地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、検察官桑原一右名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人柴田正治、同阿部長連名の答弁書(一)、同(二)記載のとおりであるから、これらをそれぞれ引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

所論は要するに、本件公訴事実は、「被告人は、宮城県塩釜市錦町一七番一八号有限会社早坂僑師商店代表取締役として、同所所在の工場建物を管理し、製造機械および製品の衛生管理を担当し、従業員一九名を指揮監督してさつまあげの製造販売等の業務に従事していたものであるが、かかる業務に従事する者は食品衛生法および同法施行細則に則り食品が病原微生物によって汚染されないように防鼠設備が完備した製造工場において清潔で衛生的な方法により食品を製造すべきであるから、さつまあげを製造するに際し、鼠が侵入しないように工場建物を常に点検補修し、工場内の鼠を完全に発見駆除する等の措置をとり、もってさつまあげに病原微生物が附着するのを未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、昭和四三年五月下旬頃から前記製造工場製品搬出用出入口シャッター扉下部コンクリート床外二ヶ所に鼠が容易に侵入しうる隙間が生じていたのにこれを補修せずして鼠を同工場内に侵入させたのみならず、同工場内の鼠の駆除措置をなさずして同工場内にこれを棲息徘徊させたままさつまあげの製造を継続し、同年六月四日製造中のさつまあげに鼠の糞尿によるサルモネラ菌を附着媒介させ、これらさつまあげを同日から同月五日に亘り、……(中略)……消費者に販売すべく引渡した過失により、これを購入して食用に供した別表記載の佐々木次男外三一〇名に対し、サルモネラ菌による食中毒症状を与え、よって右佐々木次男外三名を死亡させ、佐々木トシ子外三〇六名に食中毒による発熱・下痢等の傷害を与えたものである。」というものであるところ、原判決は、サルモネラ菌が附着した原因および経路に関し、「原材料である助宗鱈が被告人方工場に納入される以前に、既にサルモネラ菌で汚染されていた疑いがある」旨判示し、右公訴事実の証明は不十分であるとして無罪を言い渡した。

しかしながら、サルモネラ菌汚染の時期は原材料が被告人方工場に納入された後油前のさつまあげ製造過程中であって、かつ汚染された物は同工場内の魚肉入れバット内に入れられていた副材料である「摺り玉葱」である可能性が強い。従って、原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認の違法があり、破棄を免れない、というのである。

よって所論に鑑み記録を精査し、原審ならびに当審において取調べた証拠を総合して検討考察するに

一、関係証拠によれば、本件公訴事実記載の食中毒は原判決が詳細説示するとおり、昭和四三年六月四日被告人方工場において製造販売されたさつまあげに、サルモネラ菌が附着しており、それが原因となって発生したものであることは明らかである。

二、≪証拠省略≫によると、当時被告人方工場内には、原判決も指摘するとおり、多数の鼠が棲息徘徊していたことが窺われ、また同工場内一階中央部付近に存する排水溝と道路沿いの側溝との接続部分、同工場製品搬出口(工場内車庫)シャッター扉下部付近コンクリート床および同工場原料搬入口シャッター扉下部板戸の三箇所に原判示のような破損がみられ、鼠は同所を通路として工場内外を出入りできる状況にあった本件発生直後の六月一七日頃塩釜市環境衛生課で全市一斉の鼠取り駆除を行った際被告人方工場に比較的近い位置にある同市海岸通りの護岸において捕獲した七匹中四匹の鼠から更に同市北浜一丁目の護岸において捕獲した七〇匹中二匹の鼠からそれぞれサルモネラ菌が検出され、また同月一五日警察官が被告人方工場に臨場した際、同工場一階揚釜付近コンクリート床上に鼠一匹が出現し、同工場従業員佐藤孝一の手により捕獲されたが、塩釜保健所あるいは宮城県衛生研究所で検査した結果右鼠からサルモネラ菌が検出され、また同工場内の合成樹脂製バット一個の内側より同菌が検出された。

以上の事実が認められる。

三、次に関係証拠によれば

1  被告人方では、同年六月三日塩釜市内の商店から助宗鱈三、一七〇キログラムを仕入れたが、右助宗鱈は、五月二八日北海道釧路副港に水揚げされ、釧路市内の株式会社大丸渋谷商店の工場で無頭処理されたうえ、翌二九日貨車で発送され、六月二日に塩釜市に到着したもの(七、四三八キログラム)の一部であること。

2  右仕入れ魚は六月三日午前六時三〇分頃から同七時頃までの間に被告人方工場に納入され、同日同工場で製造されたさつまあげの主原料として使用されたが、原判示のような経緯で、その一部は翌四日に持越され、同日午前の製造過程でもこれが使用された可能性があること。

3  六月三日右仕入れ魚を使用して被告人方工場で製造販売されたさつまあげからは、食中毒患者が発生したり、サルモネラ菌が検出されたりした形跡はないこと。

4  六月四日同工場で右仕入れ魚の残部を使用して製造されたと思われるさつまあげは、原判示のような経緯ですべて木箱(三二一組、一組四箱で二〇〇枚入り、合計六四、二〇〇枚)に詰め込まれた可能性が強いところ、うち一〇五組は宇都宮市、水沢市、郡山市等の各方面に出荷、販売されたが、これらのさつまあげからも、食中毒患者が発生したり、サルモネラ菌が検出されたりした形跡がないこと。

5  残り二一六組(八六四箱)は仙塩水産加工業協同組合事務所製氷冷凍庫に入庫、保管されていたが、六月一〇日宮城県衛生研究所がその一部(一箱)を抽出して細菌の検出検査を行ったところ、これからは異常に大量の大腸菌が検出されたが、これは油時油温度が低下した事実があり、ために同菌が生残したものと考えられるもので、他にサルモネラ菌は検出されなかったこと。なお大腸菌とサルモネラ菌はいずれも腸内細菌で耐熱性が近似しており、仮に両菌が成形されたさつまあげに練り込まれて同一条件で油された場合、いずれも死滅するか、または生残するものである。

6  六月二〇日右研究所が前記冷凍庫保管中のさつまあげ二五箱につき抽出して細菌検出検査を行ったが、これからもサルモネラ菌が検出されたような形跡はないこと。

7  なお下山商店の下山宗治も、被告人方で商店から助宗鱈を仕入れた同じ日、同商店から被告人方と同様前記貨車積の助宗鱈の一部約二、〇六〇キログラムを仕入れ、被告人方工場と殆んど同じ過程でさつまあげを製造して、これを東京、横浜、福島、山形の各方面に出荷、販売しているが、そのさつまあげからも食中毒患者が発生したり、サルモネラ菌が検出されたりした形跡はないこと。

以上の事実が認められる。これによれば六月四日被告人方工場で製造販売されたサルモネラ菌汚染のさつまあげは、商店から仕入れた魚ではなく、それを全部使い果した後に他の商店から仕入れた魚を使用して製造されたものであることが推認される。

四、然るに原判決は右商店より仕入れた魚が被告人方工場に納入される以前にサルモネラ菌による汚染の疑いが残るとしているので、この点につき考察するに、

1  乾貞視の≪証拠省略≫によると、右助宗鱈は五月二八日早朝釧路副港市場岸壁に水揚げされた後、貨物自動車で釧路市内にある株式会社大丸渋谷商店冷凍工場に搬入され、同所で約五時間に亘って無頭処理が施され、その後鮮度の低下を防ぐために砕氷を使用して一時保管された後貨車に積み込まれ、翌二九日釧路の浜釧路駅から塩釜市に向け発送されたことが認められ、関係証拠によればこの間同地区において右助宗鱈がサルモネラ菌に汚染されるような事情が存した形跡はなく、またサルモネラ菌を保有した鼠、ゴキブリ等保菌動物が出現し、魚類等がこれに汚染されたというような形跡も全く窺われない。

2  次に、貨車積みされた助宗鱈の保管状況についてみるに、商店の販売係長鈴木喜助の司法警察員に対する供述調書の記載即ち助宗鱈が積み込まれた右「貨車は鉄製で内部は木造冷蔵庫で魚などの場合は氷なども一杯入っており、空気さえ簡単に入るようにはなっておりません。鉄板の厚さも一センチメートル以上で、ドアは二箇所にありますが厚さ一〇センチメートル位の鉄のとびらで施錠も完全になされております。従ってこの貨車内にはネズミ一匹入ることは出来ない状況になっております。その上中の魚が無用の者には手をふれられないように巾一・五センチメートル長さ三〇センチメートル位の鉄板で列車自体ととびらに封いんがなされ、それに番号迄施されております。若し万一この封いんが無かったりした場合は、魚などの生物などの場合商品としての価値は全く疑われ商売の原則である信用までも無くしてしまうことになり、こんなおそれのあるものは取扱わないし、輸送の責任者である日通側でもその原因を当然追求し原因を明らかにしなくてはなりません。(中略)この封いんを開く時は輸送を受け持った日通側と私の店の方で立会いのもとに開くのです。開く時間はこの魚を売りに出すときであります。ですから早坂商店に納めた魚も六月二日に塩釜魚市場内のホームに着き、貨車ごと一晩日通管理の下にそのままの状況で保管されるのです。六月三日朝売りに出した後は貨車から人の手でフォークなどで直接降すのです。このような状況でありますから、この段階で魚の中にネズミが入り込んで糞尿したりしたということは全く考えられないことであります。」との記載からも窺われるように、助宗鱈が貨車内に積み込まれていた間も、これが鼠等の接触により直接間接サルモネラ菌に汚染される可能性は極めて稀薄で寧ろなかったとみるのが相当であることが認められる。

3  さらに貨車積みの助宗鱈が塩釜魚市場から被告人方工場に納入されるまでの状況をみるに、≪証拠省略≫によると、六月三日午前六時頃から同七時頃までの間に、塩釜魚市場において右貨車積みの助宗鱈が同貨車から直接同人らの運転する自動車二台に積み替えられ、車両ごと計量したうえ被告人方工場に搬入され、同工場内にある魚洗機前のコンクリート床上に降ろされたことが認められるが、関係証拠によれば、この間においても特に鼠等の介在を窺わせるような事情は存在しないことが推認される。

五、以上一ないし四認定の事実を総合すれば、サルモネラ菌による本件さつまあげの汚染源については、工場外汚染の可能性はなく反面工場内汚染の可能性は高度であるということができるところ、当審事実取調の結果に徴すると、サルモネラ菌が付着したと考えられる原材料は魚肉入れ合成樹脂製バット内にあった摺り玉葱である可能性が極めて濃厚であることが推認されるのである。

六、ところで記録によれば原審検察官は、原審第二回公判期日における冒頭陳述において、サルモネラ菌汚染の原因および経路につき、油後放冷機上およびこれに付属するベルトコンベア上に放置されてあったさつまあげに、サルモネラ菌を保有する鼠が接触し、その糞尿によって同菌をこれに付着媒介させたものである(以下「油後放冷機上汚染」という。)と述べ、さらに第二三回公判期日において、右陳述を維持する旨の釈明をなし、これに対し原裁判所は、検察官の右「油後放冷機上汚染」の陳述を訴因であると解し、特定明示された訴因に基づく本件公訴事実は証明不十分であるとして被告人に対し無罪を言渡したことが明らかである。

思うに、公訴事実の記載が、訴因の特定・明示の要求に適合しないために、これが補正が必要となり、検察官においてこれを補正するということは実際上起りうることである。このような場合には、補正のために主張された事実が起訴状記載の公訴事実と一体不可分の関係に立ち、合して特定・明示された訴因としての評価を受けることになろう。しかし、当初より公訴事実の記載において訴因の特定・明示の要求に欠けるところがない場合には、たまたま検察官が冒頭陳述あるいは釈明の形で、さらに公訴事実を敷衍して陳述したからといって、これが直ちに訴因としての評価を受けるというものでないことはいうまでもない。

これを本件についてみるに、起訴状記載の本件公訴事実中前記サルモネラ菌の汚染の原因、経路に関する部分は、被告人がさつまあげ製造業者として、防鼠駆除措置を講ずべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、製造を継続したことから、被告人方工場内において、「製造中のさつまあげに鼠の糞尿によるサルモネラ菌を附着媒介させ」たというものである。本件は、事柄の性質上いわゆる疫学的立証が要請される事案であり、その汚染の原因、経路の特定、明確化には自ら限界がある。このような事案の特質並びに原審における審理の経過にかんがみると、先に当裁判所が当審第七回公判期日において、「裁判所の見解」として表明したとおり、本件公訴事実の記載としては、右の程度の記載をもって訴因の特定・明示の要求に欠けるところはないとしなければならず、「油後放冷機上汚染」との検察官の前示陳述を強いて「訴因」と解さなければならぬ程の理由、必要性は見い出し難いといわなければならない。右陳述は、訴因たる事実を推知させる可能な個々の事実についての検察官の一応の見解の表明にとどまるものとみるのが相当である。

ところで、原審においては、前示のような「油後放冷機上汚染」との検察官の陳述に基づき、当初からこの点を中心に審理が進められた。裁判所としては、審理の経過にかんがみ、検察官の右陳述にとらわれることなく、右以外の点である油前工場内汚染の可能性を示唆、指摘するなどして、当事者、主として被告人側にその点に関する反証活動の機会を与え、防禦の十全を期すべきであった。しかるに、原裁判所は、前記のように右検察官の陳述を「訴因」として捉えたため、かかる措置に出ることなく、しかも工場内汚染の可能性が極めて濃厚であり、工場外汚染の認められない事案であるにもかかわらず、結局本件公訴事実については証明が十分でないとして、被告人を無罪としたのである。即ち、原判決には訴因の意義を誤解し、審理を尽さず事実を誤認した違法の廉が存することが明らかであるから、破棄を免れない。論旨は理由がある。

しかして、右のような審理の経過にかんがみると、当審において自判するのは相当でなく、原審においてさらに審理を尽させるのが相当であると考えられる。

よって、刑事訴訟法三九七条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととして主文のとおり判決する。

検察官 有元芳之祐 出席

(裁判長裁判官 三浦克巳 裁判官 松永剛 裁判官 小田部米彦)

<以下省略>

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