大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和38年(ネ)174号 判決 1965年7月14日

控訴人・被控訴人(原告) 山口忠重 外一五二名

被控訴人・控訴人(被告) 福島県

主文

第一審原告等並に第一審被告の本件各控訴をいずれも棄却する。

第一審原告等の控訴費用は同原告等の負担とし、第一審被告の控訴費用は同被告の負担とする。

事実

第一審原告等代理人は、「原判決中第一審原告等敗訴の部分を取消す。第一審被告は第一審原告等に対し夫々別紙一、二に記載の請求金額内訳中勤勉手当欄記載の金員及びこれに対する昭和三四年三月二二日からその支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。第一審被告の本件控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審被告の負担とする。」との判決を求め、第一審被告代理人は、「原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。第一審原告等の請求をいずれも棄却する。第一審原告等の本件控訴をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告等の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は第一審被告代理人において、「第一審被告等は教育公務員として全力をあげて公共の利益のため職務に専念すべき義務があるに拘らず職務を放棄し自らその欠勤相当分の給与の減額をうくべきことを認めながら、しかも結局は少しも給与の不払にはならないのに拘らず右減額分の支払を求めるものであつて、かかる請求は信義誠実の原則にもとるものであり権利の濫用として許されない。」と述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。(但し、右引用中原判決七枚目表七行目に「3、小島」とある部分は訴の取下により削除訂正する。)

(証拠省略)

理由

当裁判所も第一審原告等の本訴請求は原審認容の限度においてこれを是認すべきものであり、その余の部分は失当として棄却すべきものであると判断するが、その理由は左記のとおり附加並に牴触部分の訂正を加えるほか、原判決記載の理由と同一であるからこれを引用する。

一、原判決の言ういわゆる「調整的相殺」は、賃金相互間の調整、清算若しくは後の支払期における給与額の計算方法としての意味を有するもので、その差引かれた時点に立つて見ればそれまでの賃金の全額が支払われ結果において全額払の要件が充たされることになり、同じく相殺といつても賃金とは無関係の他の債権をもつてする相殺とは異るところがあるのであるから、これを原判決の判示するように労働者の日常生活の安定を保障するという労働基準法第二四条第一項の本来の立法趣旨に照して考えてみれば、右「調整的相殺」が(イ)給与の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされ、(ロ)事前に予め労働者にそのことが予告され、(ハ)相殺額にして労働者の経済生活の安定をおびやかす虞がない場合(その額については民法第五一〇条、民事訴訟法第六一八条第二項の制限に服すべきものと解する。)である限り右立法の趣旨に牴触するところはないと考えられるのであり、右法条の全額払の原則はかかる場合についてまでこれを禁止するものではないと解するのが相当である。

これを本件について見ると、本件は第一審原告等が昭和三三年九月五日から同月一五日までの間に一定の期間(時間)勤務しなかつたためそれに相当する賃金請求権を有しなかつたのに第一審被告がこれを過誤払(支払の時期は給与及び暫定手当については同年九月二一日、勤勉手当については同年一二月一五日)したと認むべき事案であり、当事者に争いのない事実と原審証人伊東徳祐、当審証人池下泰弘の各証言を綜合すれば、第一審被告は昭和三四年一月一五日から同月二〇日までの間に第一審原告等に対して夫々右過払金の返納を求めると共にこれに応じないときは翌月分の給与から右過払額を減額する旨通知した上で同年二、三月分の給与からこれを減額していることが認められる(三月分から減額されたのは別紙二の請求金額内訳中勤勉手当欄記載の金額でその余は全部二月分から減額されている。)のであるから、右減額中昭和三三年一二月一五日支払の勤勉手当欄記載の分についてはその時期、方法、金額において前記(イ)乃至(ハ)の要件を備える適法な調整的相殺として是認できるけれども、その余の部分(昭和三三年九月二一日支給の給与、暫定手当)については当該減額の事由が生じた月から四ケ月目に始めて減額の予告がなされた上五ケ月目の給与から減額がなされているのであるから、最早給与の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされたと認めるに困難であり適法な調整的相殺とは認め難い。

もつとも、原審証人伊東徳祐、当審証人池下泰弘の各証言によれば、昭和三三年九月当時の福島県下には六百に近い小学校、三百余の中学校、六八の高等学校、四の盲聾学校等があつてその教員数は一万四、五千名に及び、このうち同月中に勤務しなかつた教員のあつた学校は同月一五日だけでも三九校、その人数は五百余名に達していることが認められるのであるから、若しこれ等の者を調査特定の上その個々人について各個の過払額を計算確定するために前示四ケ月の期間が客観的に見てどうしても必要であるとすれば、右の期間もなお合理的に接着した時期になされたものと認めるに妨げないけれども前記伊東徳祐の証言によれば、このような計算確定の事務は普通一ケ月も二ケ月も要するというものではなく、四ケ月もの期間を経過したのは他に事由があつたとは言えその主たる原因はこれが福島県下始めての大規模な減額措置であるというので第一審被告においては昭和三三年九月二〇日頃から同年一二月二〇日頃までの約三ケ月を減額措置のための研究、検討に費やしその後になつて始めて減額のための具体的な措置がとられるに至つたためであることが認められるのであるから、このような研究、検討に費やした期間までも過払額を計算確定するために客観的に必要な期間と認めることは相当でなく、右減額は合理的に接着した時期になされたものとは認め難い。

二、つぎに、第一審被告は本訴請求が信義則にもとる権利の濫用であると主張するけれども、別紙一、二の請求金額内訳中勤勉手当欄記載の金額以外の給料及び暫定手当欄の金額について減額(調整的相殺)の容認できないことはすでに説明のとおりであり、労働者が資金の全額払を請求できることは労働基準法第二四条第一項がまさに保障しているところであるから同項但書の認められない本件において第一審原告等が減額された部分の未払賃金の支払を請求できることは当然であり、また第一審原告等は本訴において争点単純化の目的からいわゆる職場離脱行為の適法性の主張を撤回したにとどまり給与の減額を受くべきことまでも認めているのではないのであるから、第一審原告等が教育公務員であるとの理由で或いは結果においては経済的に全額の支払を受けたと同一の利益を得たことになりその点から見れば少しも給与の不払があつたことにはならないとの理由で本訴請求中別紙一、二の請求金額内訳中給料及び暫定手当記載の金額の請求を信義則違反或いは権利の濫用というのは当らない。

三、そうすれば、原判決は相当であり、第一審原告等並に第一審被告の本件控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条第一項に従つて主文のとおり判決した。

(裁判官 田中宗雄 上野正秋 藤井俊彦)

(別紙一、二省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例