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仙台高等裁判所 昭和32年(ネ)518号 判決 1959年5月27日

控訴人(原告) 鈴木覚太郎 外一名

被控訴人(被告) 山形県知事

原審 山形地方昭和三〇年(行)第六号(例集八巻一〇号174参照)

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は「原判決を取り消す。被控訴人知事が昭和二二年七月二日附山形(ろ)第八七六号買収令書をもつて原判決添附別紙第二目録記載の土地について、同日附山形(ろ)第八七五号買収令書をもつて同第三目録記載の土地についてした各未墾地買収処分の無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、控訴人ら代理人において

一、前記第二、三目録記載の土地は全部未墾地として買収されたもので、付帯地として買収されたものではない。

二、右第三目録記載の土地は、本件買収当時登記簿上伊藤清美の所有名義になつていたが、実際は買収前右清美は死亡し、控訴人源三郎がその家督を相続して所有権を承継していたものである。

と述べ、被控訴代理人において

一、本件の買収計画面積は前記第二、三目録記載の各土地(本件各土地)を含めて五五町二反九畝二五歩であつた。はじめその開発計画では大部分を畑にし、一部を採草地あるいは採草地を含む放牧地として利用する予定であり、本件各土地はこの開畑以外の用途にあてるべく計画に見込まれていたものである。しかし買収令書にはこの点を明示しないで右五五町二反九畝二五歩を一括して本件自創法第三〇条による買収をしたのである。従前本件各土地を付帯地として買収した旨主張して来たが、それは前叙の趣旨であつて、本件各土地を付帯地として特定して買収したものではないから、右従前の主張を以上のように訂正する。

二、控訴人主張の前記一の事実は争わない。本件買収令書は伊藤清美宛になつているが、それは登記簿上の所有者宛にしたもので、清美の死亡により控訴人源三郎が家督相続しているのであるから、買収の効力は同控訴人に及んでいるものである。

と述べた。

(証拠省略)

理由

原判決添付第二目録記載の土地は控訴人鈴木覚太郎の、同第三目録記載の土地は控訴人伊藤源三郎の各所有であつたところ、被控訴人知事が昭和二二年七月二日第二目録記載の土地につき山形(ろ)第八七六号の、第三目録記載の土地につき山形(ろ)第八七五号の各買収令書をもつて旧自作農創設特別措置法第三〇条による買収処分をしたことは当事者間に争いがない。

控訴人らは本件未墾地買収については山形県農地委員会が買収計画樹立の公告をしなかつたから、それに基く本件買収処分は無効であると主張するけれども、成立に争のない乙第三号証によれば、同委員会が昭和二二年五月一三日右未墾地買収計画を樹立し、その旨を同日付山形県公報に登載して公告したことが明らかであるから、右主張は採用できない。

控訴人らは、前記第二、第三各目録記載の土地(本件各土地)はいずれも急傾斜地で開墾不適地であるから、これを開墾適地として買収した本件買収処分は重大かつ明白な瑕疵があるもので無効であると主張するに対し、被控訴人は本件各土地が開墾不適地であることを争うほか、本件買収計画は本件各土地を含む五五町二反九畝二五歩を一括してその対象としたものであるが、この買収した土地の開発計画としては右五五町二反九畝二五歩の内大部分を畑にし、一部を採草地あるいは採草地を含む放牧地として利用することとしたもので、本件各土地は右後者の土地、すなわちいわゆる付帯地として利用する計画のもとに買収されたものである。尤も買収に当つては本件各土地を付帯地と特定することなく、一括して本件自創法第三〇条による買収をしたものであると争うので判断する。

原審における検証の結果及び鑑定人白石広、山崎広の各鑑定の結果に徴すれば、前記第二目録記載の(3)(4)(5)の土地はいずれも三一度ないし三五度の急傾斜地で、しかも買収計画樹立当時控訴人鈴木はここに樹令一七、八年に及ぶ杉約三〇〇本を植林しており、造林地に適地であるけれども、開墾には不適な土地であり、また前記第三目録記載の(6)(7)の土地も(6)は三三度の、(7)は三〇度ないし三七度の急傾斜のため開墾不適地であることが認められる。

しかしながら、いずれも成立に争のない甲第二、第六、第七号証の各一、二、当審証人本間常雄の証言及び原審検証の結果を綜合すると、本件買収処分の前提になつた買収計画(山形県南置賜郡広幡地区未墾地買収計画)においては、本件各土地を含む五五町二反九畝二五歩を一括してその対象とし、その開発計画としては内約五〇町歩を開畑し、その余は採草地または放牧地とすることとしたこと、本件各土地は右後者の用途に充てることに予定したものであること、及び買収にあたつては本件各土地については当時の自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第三〇条の規定によることを明らかにしたに止まり、同条第一項第一号によるものとはされていなかつたことが認められ、これらの認定を左右すべき証拠はない。

ところで、本件買収の行われた昭和二二年七月二日当時の自創法第三〇条第一項によれば、自作農を創設し、または土地の農業上の利用を増進するためには、農地以外の土地で農地の開発に供しようとするもの(第一号)のほか、開発後における第一号の土地の利用上必要な土地(第七号)をも買収し得ることになつていたもので、開発に適するか否か、すなわち農地として耕作に適するか否かが問題にされるのは、右の内第一号の土地についてのみであつて、第七号の土地について耕作に適するかどうかは問題にならないことはいうまでもない。この趣旨から考え本件のごとく五五町二反九畝二五歩を、その大部分を農地に開拓すべき土地とし、その余をその付帯地とする開発計画のもとに買収する場合、その土地の内付帯地としての利用を計画されている合計五反二畝二三歩(本件土地の反別合計)の土地が開墾すなわち耕作に適しないからといつて、これをもつて右買収処分を無効と解することはできない。(なお、これは控訴人らにおいて特に主張していることではないが、本件各土地の買収処分が前記自創法第三〇条第一項の何号によるかを明らかにしなかつたことは違法には相違ないが、この瑕疵はこの処分の取消の理由にはなり得るとしても、無効の理由とするには足りないと解する。)

控訴人はそれぞれ、本件各土地は付帯地としても買収する必要がなかつたものであると主張すると主張するが、当審証人本間常雄の証言によれば、前記開発計画においては買収の土地を開拓する農家をして、山羊、緬羊等の家畜を導入することにより現金収入を増し、経営を合理化せしめることを企図したもので、それがためには前記五五町二反九畝二五歩の内約五〇町歩以外の面積の土地は、これを採草地、放牧地として利用する必要ありとの農業技術上の判断に基いたものであることを認めることができるし、この認定を左右すべき証拠がない。そして右のような開拓の計画が農業技術上不合理であつて本件各土地を付帯地として買収する必要がなかつたものと認めるべき証拠はない。そうだとすれば本件各土地を付帯地として買収する必要があつたことは、これを肯定すべきである。

次に(一)、控訴人鈴木は、前記第二目録記載の(3)(4)(5)の土地は、(1)東方田地の水源林として、(2)その北方を通る県道の防雪林として、それぞれ公共の利益に資する土地である旨主張するが、右(1)の事実はこれを認めるに足る証拠はない。そして原審における検証の結果によれば、右(2)の事実は一応これを認めることができるが、これを防雪林として存置することと、前記開拓計画に基く付帯地としてこれを利用することと比較して、公共の利益上前者をもつて特に重要視すべきものであると認めるべき証拠はない。(二)、控訴人伊藤は前記第三目録記載の(6)(7)の土地につき、同控訴人方にとつて(6)は薪炭林として、(7)は採草地として、同控訴人方の農業経営上必要な土地である旨主張し、原審における検証の結果と原審及び当審における控訴人伊藤本人尋問の結果を綜合すれば、右(6)(7)の土地がそれぞれ右のような用途に供されていたことはこれを認めることができるが、右控訴人本人尋問の結果に徴しても、同控訴人は右(6)(7)の土地以外に雑木林約六町歩(そのほかに栗林一反六畝歩)を所有しているのであるから、(6)の土地を失つたからといつて薪炭林に不自由するとは認め得ないし、面積八畝二二歩である(7)の山林の代りにする採草地を造成し得ないものとも認め得ず、要するに控訴人伊藤が(6)(7)の山林を失うことによつて、その農業経営が不可能または著しく困難になるものとは考えられない。

以上の次第であつて、本件買収処分にはこれを無効と認めるべき瑕疵は存しない。従つて控訴人らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべく、右と同趣旨の原判決は相当であり、本件控訴はその理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第九三条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木禎次郎 上野正秋 兼築義春)

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