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仙台高等裁判所 昭和29年(ネ)189号 判決 1958年6月30日

控訴人 俣野七郎

被控訴人 博田儀八郎

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の建物を明け渡し、且つ同建物につき売買による所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の建物を収去して同目録記載の宅地を明け渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め、なお控訴代理人は予備的請求として若し右建物につき被控訴人の買取請求が容れられるならば主文第二項同旨の判決を求めると述べた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、控訴代理人において、

一、仮に被控訴人が本件建物の買受当時石橋源治郎を代理人として同建物につき地主山内重蔵と賃貸借契約を締結したとしても、右契約は昭和二四年五月二三日甲第一号証により合意解除のうえ明渡期限を同日より五ケ年と定められたものであり、そうでないとしても同号証の契約により期間を五ケ年としたいわゆる一時賃貸借契約に改められたから、被控訴人は右期間の経過とともに本件宅地を明け渡す義務がある。

二、被控訴人の本件建物の買取請求について。被控訴人は右買取請求権行使後本件建物に対し(1) 設定日昭和三〇年六月二七日、債権額金三〇〇、〇〇〇円、債権者上部格之助、(2) 設定日同三一年一月二〇日、債権額金一〇〇、〇〇〇円、債権者宮古商工業協同組合、(3) 設定日同三一年五月三一日債権額金三四三、六五〇円、債権者株式会社興産相互銀行なる各抵当権の設定登記をした。かような行為に出ることは権利の行使者として信義則に反するものであるから右買取請求権は当然その行使の効果を失つたものである。

三、仮に控訴人の右買取請求権の行使が有効であるとするなら、予備的に被控訴人に対し本件建物を明け渡し、且つ同建物につき売買を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。ただし本件建物の時価が金二、四〇〇、〇〇〇円であることは否認する。同価額は敷地に賃借権のない建物の時価として高価に過ぎる。のみならず被控訴人は本件建物中その居住部分を除く他の部分(同建物の二分の一に当る)を石橋源治郎に賃貸しているから、この点をも前記抵当権の存在とともに右建物の時価の算定に考慮すべきである。

四、被控訴人の同時履行及び留置権の抗弁に対し。本件建物には前記のごとく三箇の抵当権の設定登記があるから、民法第五七七条の規定により買主たる控訴人は滌除の手続を終るまで本件建物買取請求による売買代金の支払を拒むことができる。従つて右売買代金支払の弁済期はまだ到来していないから右抗弁はいずれも理由がない。

と述べ、被控訴代理人において

一、被控訴人が本件建物を所有して本件宅地を占有していることは争わない。

二、被控訴人は黒沢圭三より本件建物を本件宅地の借地権とともに譲り受けるに当り、地主山内重蔵より右借地権譲受の承認を得ることと同人に地代を支払うことについては右建物の賃借人石橋源治郎に委任したから、石橋において右借地権譲受の承認を得、また昭和二四年度までの地代を支払い山内においてこれを受領している以上右借地権は被控訴人に有効に譲渡されたものである。仮に右石橋が右の点について被控訴人の代理であることを右山内に告げなかつたとしても、被控訴人は当時洋品呉服物等の販売を業とする商人であつたから、右のような委任による代理行為は商法第五〇四条により被控訴人に効力を生ずるべきものである。

三、控訴人主張の甲第一号証の契約は、もともと石橋源治郎は本件宅地の借地人ではないのであるから同人にかような契約をする権限はないし、また被控訴人の代理人としてしたとしても被控訴人は石橋にそのような権限は与えたことはないから委任の本旨に反した行為であり、いずれにしても被控訴人に効力を生じるいわれはない。仮に被控訴人に効力を生じるとしても、借地人に不利な契約であるから借地法第一一条により無効のものである。

四、被控訴人は先に原審に提出した答弁書において仮定抗弁として本件建物の買取を請求すると主張したが請求の日に誤りがあるので、これを昭和三二年二月四日と訂正する。

五、本件建物の時価は被控訴人が同建物の一部に居住した昭和二九年六月頃増築した中二階三坪の建築費用と二階及び屋根等の修理費用の合計金四〇〇、〇〇〇円を併せるならば少くとも金二、四〇〇、〇〇〇円が相当である。

六、右買取請求の仮定抗弁に関しては、該買取請求により控訴人の負担すべき買取代金債務に対して同時履行の抗弁と留置権を主張する。

七、仮に本件建物に控訴人主張のような三個の抵当権の設定登記がなされているとしても、それらはいずれも前記訂正された本件建物買取請求権行使の日の前のことにかかり、また本件審理の経過より見て被控訴人は当然右建物を自己の所有と確信していたことが明らかであるから右抵当権の設定になんら信義則違反はない。従つてこの場合右抵当権の存在はその各債権額を建物の時価算定に勘案すれば足るのであつて、右買取請求の効力に消長を来すものではない。

と述べ

証拠として控訴代理人は甲第四ないし七号証を提出し、当審証人大井佐太郎、石橋源治郎の各証言並びに当審における控訴人本人尋問の結果及び鑑定人藤原岩太郎の鑑定人尋問の結果と鑑定の結果(第一回)を援用し、当審において提出の乙号各証中第一八、一九号証の成立は知らないが、その余の同号各証の成立(第二〇、二一号証については各原本の存在とも)は認めると述べ、被控訴代理人において乙第一一号証、第一二、一三号証の各一、二、第一四号証、第一五、一六号証の各一、二、第一七ないし二一号証を提出し、当審証人博田ますえ、山内幸平、中沢周治の各証言並びに当審における被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)及び鑑定人藤原岩太郎の鑑定の結果(第二回)を援用し、甲第四号証の成立は知らないが、同第五ないし七号証の成立は認めると述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるので、これを引用する。

理由

控訴人主張の本件宅地がもと訴外山内重蔵の所有であつたが、控訴人がその主張の日時売買によりその所有権を取得し、その旨の登記を経由したこと及び右宅地上に被控訴人が控訴人主張の本件建物を所有して同宅地を占有していることは当事者間に争がない。

そこで先ず被控訴人が本件宅地につきこれを占有する正当権限を有するかどうかを判断する。訴外高橋京三が大正一五年頃本件宅地を山内重蔵から非堅固建物所有の目的で存続期間の定なく賃借し、本件建物(ただし当時は木造亜鉛板葺二階建建坪三一坪二合、二階坪一五坪であつた)を築造し、同年九月一日その所有権保存登記をしたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第七号証、乙第一号証によれば高橋京三は昭和九年一月一一日本件建物を訴外渡辺ツネヘ、渡辺ツネは同一〇年二月二二日訴外黒沢圭三へ、黒沢圭三は同一九年二月八日被控訴人へ順次これを売り渡し(黒沢が被控訴人へ売り渡したことは当事者間に争がない)、それぞれ即日その旨(ただし黒沢、被控訴人間においては贈与に因る)の所有権移転登記をしたこと及びその間本件建物が被控訴人の手に渡るまでに改築により別紙目録記載のような二棟の建物になつたことが認められる。この点について被控訴人は本件建物の右譲受人等は譲受と同時にそれぞれ前主の本件宅地に対する借地権の譲渡を受け且ついずれも該借地権の譲渡につき地主である山内重蔵の承諾を得た旨主張するので案ずるに、成立に争のない甲第二、三号証、第五号証、当審証人石橋源治郎の証言により成立を認める同第一、第四号証に原審及び当審証人大井佐太郎、当審証人石橋源治郎の各証言並びに前認定の事実を綜合すると、前示のように本件建物が高橋京三から渡辺ツネヘ、渡辺ツネから黒沢圭三へ譲渡される際前記山内重蔵において本件宅地に対する借地権が順次右建物の譲受人へ承継されることを承諾したこと、昭和二三年の水害の直前頃黒沢圭三より大井佐太郎を介し山内重蔵に対し本件建物を訴外石橋源治郎に使用させることにしたから右石橋へ前示借地権を譲渡することを認めてもらいたい旨申出があつたのに対し、山内が黒沢の責任において石橋に右借地権を譲渡することを承認したので、その後本件宅地の地代は石橋が山内に支払つたこと、昭和二四年になつて山内重蔵は前記水害罹災等による痛手から立ち上るため本件宅地を前示のように控訴人に売り渡すことになつたが、その際山内において予め石橋源治郎に交渉して右宅地の明渡期限を昭和二四年五月二三日より五ケ年とする旨の念書を取つて同宅地の売却を有利にしたことが認められ、また前出甲第二、三号証、成立に争ない乙第一六号証の二、前出証人石橋源治郎の証言に原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果(ただし当審は第一回)を併せ考えると被控訴人は前示本件建物の買受に当り黒沢圭三より本件宅地に対する借地権を譲り受けたことが推認できるけれども、被控訴人の全立証をもつてしても右借地権の譲受について被控訴人が直接山内重蔵から承諾を得たことを認めるに足りない。被控訴人は右石橋源治郎を代理人として(1) 前示借地権譲受の当時この譲受につき右山内の承諾を得た旨、(2) また同人に昭和二四年度までの地代を支払つた旨主張し、当審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)中には右(1) の点に副う趣旨の部分があるけれども、該部分は前示のように石橋が本件宅地の借地人として振舞つていた事実に照らしにわかに措信し難く、他にこの点を認めるに足る証拠はない。また前出乙第一六号証の二の記載、原審及び当審証人博田ますえ、当審証人山内幸平、中沢周治の各証言並びに原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果(ただし当審は第一回)中には右(2) の点に副う趣旨の部分があるけれども、前示のとおり石橋は本件宅地の借地人として山内に地代を支払つていたのであり、山内も石橋をその借地人として扱つていたのであるから、仮に石橋と被控訴人との間に地代の支払につき内部的に右のような代理関係があつたとしても、山内においてこの関係を知るはずなく、従つて前記地代支払の事実があつても被控訴人の前記借地権譲受についての山内の承諾(黙示)を推認するよすがとはなり得ない。そしてこのことは商法第五〇四条によつて右地代の支払の効力が被控訴人に生じたとしても同じである。結局右主張はこの場合採ることができない。

次に被控訴人は本訴請求は信義則違背ないし権利の濫用である旨抗争するけれども、被控訴人の全立証をもつてしてもそのような事実を認めるに足りないから、右主張も採用できない。

そこで被控訴人の本件建物買取請求の仮定抗弁について判断する。被控訴人が本件建物につき借地法一〇条による買取請求権を有することは控訴人の認めるところである。そして本件記録に徴すれば、被控訴人が原審昭和二八年一一月四日の口頭弁論期日において右買取請求権を行使したことが明らかである。被控訴人は先に右買取請求権行使の日を右のように主張しながら、後で昭和三二年二月四日とその主張を訂正するけれども、右買取請求はたとえ仮定的抗弁であるとしても前記原審昭和二八年一一月四日の口頭弁論期日において抗弁として主張された以上被控訴人の答弁が容れられない限りこの時に権利行使があつたものと見るほかなく、また買取請求権は請求者の一方的意思表示によつて売買関係を成立せしめる一種の形成権と解すべきであるから、一旦それが行使された限り原則として(本件でも例外は認められない)取消ないし撤回し得ないものといわなければならない。従つて前述のごとく買取請求権行使の日を訂正することは意味をなさないものというべきである。控訴人は被控訴人が右買取請求の後本件建物に三箇の抵当権設定登記を経由したことをとらえてかような行為に出ることは権利の行使者として信義則に反するから、被控訴人は右買取請求権行使の効果を主張し得ない旨主張し、前出甲第七号証によると被控訴人が本件建物に控訴人主張の三箇の抵当権を設定登記したことが認められるけれども、被控訴人は右買取請求を仮定抗弁として主張しているのであり、また第一審において本件建物は被控訴人の所有に属し、その敷地につき被控訴人に控訴人に対抗し得る借地権のあることの判断が一応出ており、控訴人の控訴による当審においても被控訴人は第一次的には本件建物が被控訴人の所有にかかること右借地権の存在を主張して譲らないのであるから、被控訴人が本件訴訟の経過において本件建物を自己の所有であると信じて疑わなかつたことは首肯できないわけのものではない。かく考えるならば被控訴人が本件建物を自己所有としてこれに前記のように三箇の抵当権を設定するがごときは同建物が係争中のものである以上勿論避けなければならないことではあるが、さればとて信義則に反するとして前記買取請求権行使の効果までを否定し去るほど非難すべき所為とはいい得ないから、右主張は採用できない。

そこで本件建物の右買取請求権行使当時の時価について案ずるに、当審における鑑定人藤原岩太郎の鑑定人尋問の結果と鑑定の結果(第一回によると、右建物の昭和二八年一〇月当時の時価は金八三一、〇〇〇円であることが認められ、右認定に反する前出山内幸平、中沢周治の各証言並びに当審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)の各一部は措信できない。それなら反証のない限り同年一一月四日当時の時価も右と同額と見るべきである。控訴人主張の前記三箇の抵当権の設定や被控訴人主張の本件建物についての中二階の増築、その他の修理等のことはいずれもその主張自体右買取請求権行使後のことにかかるから、右時価の算定に考慮すべきではない。

そうすると右買取請求権の行使により本件建物につき昭和二八年一一月四日控訴人(買主)と被控訴人(売主)との間に代金八三一、〇〇〇円をもつて売買契約が成立したというべきであるから、被控訴人は控訴人に対し本件家屋を明け渡すとともにこれにつき右売買による所有権移転登記をする義務があるわけである。この点につき被控訴人は控訴人の負担すべき前記買取代金債務に対し同時履行の抗弁と留置権をもつて抗争するけれども、本件建物に設定登記された前示三箇の抵当権は右買取請求権行使後にかかるものとはいえこれに対し控訴人において右建物の所有権取得をもつて対抗し得ない筋合のものであるから、控訴人は民法第五七七条の規定により滌除の手続を終るまで右代金の支払を拒むことができるわけである。すなわち右買取代金債務は右抵当権の滌除の手続が終るまで弁済期にないと同じ趣旨において、被控訴人の右主張は採用できない。

果して以上のとおりであるとするなら本件建物を収去して本件宅地の明渡を求める控訴人の本位的請求は、被控訴人の本件建物の買取請求によつて理由がなくなつたが、右買取請求に基く売買により本件建物の明渡と所有権移転登記手続を求める控訴人の予備的請求は正当として認容すべきである。右と結論を異にし控訴人の請求を棄却した原判決は取消を免れない。

よつて民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 板垣市太郎 石井義彦 上野正秋)

目録

宮古市宮古第五地割字八幡沖一〇番の一八

宅地五五坪六合一勺所在

家屋番号第二区第一五八番(ただし昭和三〇年六月二七日第一五七番となる)

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建店舗 一棟

建坪二三坪七合、二階坪一五坪

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平屋建店舗 一棟

建坪 七坪五合

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