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仙台地方裁判所 昭和44年(モ)1008号 判決 1973年6月27日

債権者 財団法人 学徒援護会

右代表者理事 関野房夫

右訴訟代理人弁護士 成田篤郎

同 神谷春雄

同 林久二

債務者 新妻良

<ほか六三名>

右訴訟代理人弁護士 青木正芳

同 小野寺照東

主文

一、債権者と債務者ら間の当庁昭和四四年(ヨ)第三〇二号建物明渡仮処分事件について、当裁判所が同年九月四日になした仮処分決定を取消す。

二、債権者の本件仮処分申請を却下する。

三、訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

債権者訴訟代理人は、主文第一項掲記の決定を認可するとの判決を求め、次のとおり述べた。

(申請原因)

一、債権者は別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を所有しているが、債務者らはこれを不法に占有しているので、債権者は債務者らに対しその明渡しを求める権利を有する。

二、そして、次に述べるような事情から、債権者は債務者らに対し直ちに右明渡しを求める必要がある。すなわち、

1  債権者は、終戦直後学徒に対する物心両面の援護を目的として設立された財団法人であり、その経費の大部分(約九五パーセント)を国庫の補助金によってまかなっているものであって、実質的には文部省の外郭団体たる性質を有し、文部省大学学術局学生課の所管のもとにその監督指導を受けているものである。その主な事業内容は学徒を収容する寮の経営とアルバイトのあっせんを中心とする相談所の経営とであり、これまでに一一の寮を所有していたが、最近長崎と松山の寮を廃止して現在九つの寮を所有しているものである。そして、本件建物は仙台学生会館(以下本件会館ともいう。)と称し、仙台市所在大学に在籍する学徒の収容を目的とするものである。

2  債権者は、前記寮の管理のため、昭和三九年一一月七日「財団法人学徒援護会学生会館管理規程」(以下管理規程という。)を同四〇年三月一日「仙台学生会館管理規程細則」(以下細則という。)を制定施行したところ、本件会館在住の学生らは他の学生会館の学生らと共に、管理規程および細則に反対し、昭和三九年以降、債権者の意に反し仙台学生会館自治委員会等の名で、入館募集と選考をしたうえ多数の学生を本件会館に勝手に入館させた。そこで、債権者は右不法入館生らに対し、口頭または書面で再三、右各規則に定める正規の入館手続を取るよう催告し、昭和四一年三月七日内容証明郵便で各別に同月二二日までに右所定の入館手続を取るよう重ねて催告し、もし右期限までにこれを履行しない場合には退館を求める旨通告した。しかるに、右不法入館生らはこれに応ぜず、さらに新規の入館募集を行なうに至った。そこで、債権者は、昭和四一年三月三〇日債務者目録1ないし3の者を含む当時の不法在館生を相手方として当庁に本件会館の占有移転禁止の仮処分申請をし、当庁から同年四月一日付執行吏保管占有移転禁止の仮処分決定を得、同月六日ないし八日その執行を了した。その際、右仮処分債務者らに対し右仮処分の趣旨を告げ、かつその趣旨を記載した公示書を本件会館入口および事務室入口向側の二か所に貼付し、その後も機会あるごとにその趣旨を館生に注意し、昭和四四年三月二六、二九、三一日の三回にわたって、河北新報紙上に仮処分決定の存在、本件会館の入館募集は中止していること、入館選考委員会等の名による不法な募集に応募して不法に入館することのないよう広告を出して一般学生にも警告したが、館生らは無断募集と選考を繰り返し、多数の学生を入館させるに至った。そして前記三名を除く債務者らはいずれも右仮処分後に不法に入館した者である。

この間、前記仮処分債務者らから右仮処分に対する異議の申立がなされ、その訴訟中、約二年間にわたって和解の交渉がなされ、債権者は館生が管理規程と光燃水料の館生負担を認め、所定の入館手続を取ればそのまま在館を認めることまで譲歩したが、右仮処分債務者らはこれに応じなかったので、昭和四四年一月和解による紛争の解決を断念し、同年三月二九日当時の在館生である別紙債務者目録記載の1ないし48の者を被告として本件建物の明渡訴訟を提起し、現在係属中である。

その後、文部省当局から紛争中の寮には経費の支出を認めることはできないから強硬な措置を取ってでも一定の期間内に紛争を解決するよう勧告され、さらに同年六月二五日以後三年以内に紛争を解決するよう指示されたので、債権者は同月三〇日役員会を開催して本件会館を昭和四四年度中に廃止し、その敷地を処分してより多くの学生に役立つ事業の資金に当てることを決定した。

なお、債権者の予算年間二億円余りのうち、仙台支部のものは約八〇万円で、これは本件会館勤務の男女二名の職員および東北大学事務室内に設けている相談所職員の人件費に当てられ、また本件会館に勤務する女子は栄養士であって在館生の食事の献立および会館事務を担当し、同男子は用務員として会館施設の用務を担当し、在館生との間で特別敵対関係にあるわけではない。

3  以上述べたとおり、債権者は年度予算の大部分を国庫補助によってまかなっている関係上、債務者らの本件不法占有を排除しなければ、国庫補助金の交付を停止される虞れがあり、そうなれば、債権者の事業の継続が不可能となり、ひいては現在および将来債権者の援護を要する数十万、数百万の学生に右援護を失なわしめることとなり、債権者および多数の受益学生の損害は測り知れないものがある。ちなみに、債権者が本件会館の廃止を決定するまで昭和四四年度補助金の交付が停止され、同四五年度の概算要求も受け付けてもらえなかった次第である。

また、別紙債務者目録49ないし65の者に対しても本件建物明渡訴訟を提起すべく準備中であるが、債務者らはいずれも前記占有移転禁止の仮処分を無視するような者であるから、本案訴訟で勝訴の判決を得ても、その執行は不可能かまたは少くとも著しく困難となることが明らかであるので、仮処分の執行によって一挙に明渡しを実現する必要がある。

しかも、債権者は前記のとおり、より多くの学生の利益に資するため、その事業の一部の転換を計画しているので、右計画の実現のためにも本件建物の明渡しは焦眉の急となっているのである。

また債務者目録29の者は東北学院大学学生、同32の者は東北福祉大学学生、同6364の者は宮城教育大学学生、その余の債務者らはすべて東北大学学生であるが、これら大学の寮は完備していずれも収容能力に余裕があり、しかも東北大学当局からいつでも学生を引き受ける旨の回答を得ており、他は少人数であるのでいつでも所属大学の寮を利用できる状態にあり、また街の下宿も容易に得られる状態にあるから債務者らは本件建物から退去しても宿舎に困ることはほとんどない。また、その立退きに際しては、当座の宿泊料および荷物移転料として一人金五、〇〇〇円を支払う準備がある。

4  よって、債権者は当庁に「債務者らは債権者に対し別紙物件目録記載の建物を仮りに明け渡せ」との仮処分申請をし、これを認容した原決定は正当であるので、その認可判決を求める。

(抗弁に対する答弁)

抗弁事実は否認する。

管理規程および細則の定める入館手続は次のとおりであり、このような手続を経ないものに入館は許可されないのである。

一、入館希望者は所属大学学長の推薦書その他の書類を添えた入館願いを債権者の仙台支部長を経由して理事長に願い出る。

二、入館選考は会館運営委員会の議を経て支部長が行なう。

三、入館許可は前項の選考の結果に基づき理事長が行なう。

四、入館を許可された者は誓約書、保証書を提出し、入館費三〇〇円を納入して指定された期限までに入館する。

(仮定的再抗弁)

管理規程によると在館年限は四年であるが、債務者目録1ないし3の者はいずれも入館後右年限を経過しているので、退館すべき義務を有する。

債務者ら訴訟代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、次のとおり述べた。

(申請原因に対する答弁)

一、申請原因一のうち、本件建物が債権者の所有であること、債務者らが本件建物を占有していることは認めるが、その余は否認する。

二、同二の1の事実、同2のうち本件館生が管理規程および細則に反対を唱えたこと、債権者主張の催告があったこと、右館生らがこれに応じなかったこと、債権者主張の頃仮処分決定(ただしその内容は後記のとおり債権者の主張とは異なる)がなされ、公示書が貼付されたこと、債権者主張の新聞広告がなされたこと、同3のうち債権者主張の債務者らがそれぞれその主張の大学に在籍していることは認め、同二の23のうち本件会館の廃止および事業転換計画の事実については不知、その余の事実は否認する。債権者主張の前仮処分は、本件建物のうち各個室につきそのもと居住者宛に出されたものであり、その余の部分を対象とせず、しかも右個室についても執行がなされなかったものである。したがって、本件仮処分決定は、その必要性を欠くもので失当であるからこれを取り消し、本件申請を却下するとの判決を求める。

(抗弁)

本件仮処分申請は次のとおり被保全権利を欠くので、この点からも本件仮処分決定の取消しおよび申請却下の判決を求める。

一、債務者らは、いずれも二〇年間伝統的に行なわれて来た正規の入館手続を経て入居している者であるから正当な占有者である。すなわち、本件会館は、その開設以来、その管理運営を全面的に館生の自治にゆだねられ、その入館手続は、在館生が自主的に選考し、債権者の仙台支部長にその結果を通知することのみで足り、債務者らはいずれもその手続を了しているものである。

本件会館における右館生自治は単なる事実たる慣習たるにとどまらず、一つの権利として公認され、昭和三二年の館生自治会と債権者との間の協定でこれが確認され、しかも仙台学生会館規程(旧会館規程という。)第八条には右館生自治を明記しているのである。

また、大学目的を補完する施設団体には憲法第二三条所定の学問の自由の保障が適用されるべきであり、本件会館は大学目的を補完する施設たる性格を有するので、憲法上の学問の自由ないし大学の自治の一部として本件会館における館生自治の原則が保障されねばならない。したがって、館生自治の原則を否定し、館生の同意なくして制定施行された管理規程は無効であり、これを根拠とする債権者主張の入館手続はこれを履行することを要しないものである。

二、本件明渡請求は、もっぱら館生自治を否定するためになされたもので、権利の濫用として許されない。

(再抗弁に対する答弁)

債権者の主張事実を否認する。かりに、管理規程に債権者主張の規定があるとしても同規程は前記のとおり無効であるからこれを根拠とする債権者の主張は失当である。

疏明≪省略≫

理由

一、債権者が本件建物を所有し、債務者らがこれを占有していることはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで被保全権利に関する債務者ら主張の抗弁の成否について検討する。

債務者らは、本件会館の管理運営がその開設以来全面的に館生自治にゆだねられ、このような館生自治は、事実たる慣習たるにとどまらず、昭和三二年に館生自治会と債権者との間で確認されたものであるから、本件会館の入館手続は、在館生が自主的に選考し、債権者の仙台支部にその結果を通知することのみで足りるものである旨主張するけれども、≪証拠省略≫を総合すれば、債権者は、その仙台支部の職員に本件会館の管理に当らせ、これまで他の何人にもその管理の委嘱をしたことがないものであること、債権者は、自ら本件建物の管理維持費を負担する外、管理規程の制定施行までは在館生が使用する光燃水料まで負担していたものであること、入館手続については従来本件会館管理のために制定された旧規程に規定があり、これによれば入館希望者が所属大学の推薦を得て支部長に願い出、支部長は理事会にはかって支障のない者に入館を許可することと定められていたこと、もっとも、入館後の館内生活においては館生の相当広範囲の自治活動が認められ、館生自治会は炊事婦を雇って館生の食事を作らせ、本件会館の予算の配分についても債権者にその希望を述べることもあったこと、また、相当長期間にわたって、館生らに入館生の募集、希望者の選考をさせ、その選考に合格した者のみが、所属大学の補導協議会委員の推薦印をもらい、もと東北大学学生課内にあった債権者の仙台支部事務室に出頭し、債権者職員と面接したうえ、所定の手続を経て、すべて入館が許可されていたこと、しかるに、在館生らは、昭和三七年ころから、学生による選考後の手続は形式的なものに過ぎないと主張し、新入館生の氏名、所属学部等の一覧表を仙台支部に提出するのみで、支部職員の催促にもかかわらずこれを無視して前記所定の入館手続を履行しなかったこと、その後債権者主張のとおり管理規程および細則が制定施行されたが、在館生らは右管理規程に反対し、その後の入館者はすべて右新規定に定める入館手続を履行していないものであることが認められる。

これらの事実から判断すれば、館生は、本件会館内における生活において相当広い自治活動が認められていたことがうかがえるけれども、債権者との間の法律関係は、本件会館内の部屋の借主ないし本件会館内の便益の利用者として、使用貸借ないしこれに準じた契約上の地位に立つ(前同資料によれば館生は以前毎月一五〇円の館費を支払うべきこととされていたが、これが部屋の使用ないし便益の対価たる性質を有するものではない。)者にすぎないのであって、新入館生の最終の決定を含む本件会館の管理について何らかの権限があったものとは到底考えられないのである。また、在館生らが相当長期間にわたって新入館生の募集と選考を行なっていたことは前記認定のとおりであるが会館内の生活は多数学生の共同生活であるから、債権者としては、これら共同生活に適する学生を入館させる必要があり、そのためには、現実に館内生活を行なっている館生に事前の選考を行なわしめるのが相当であるとの観点から、いわば館内生活自治の尊重から在館生の事前の選考を認めていたものと考えられ、前記館生の法律上の地位から判断して、事前の選考がたとえ長期にわたって行なわれていたからといって、館生が本件会館の管理権まで取得するいわれはないし、他に館生が本件会館の管理運営権を全面的に債権者から委ねられていたような事実を肯認する証拠はないから、債務者らの前記主張は採用できない。

債務者らは、旧会館規程第八条に館生自治を認める規定がある旨主張するが、≪証拠省略≫によれば、同条の規定は、同規程第五、六条と対比して明らかなとおり、本件会館内における学生生活に関するものであって、債務者ら主張のような管理権限を含ましめた意味での館生自治を認めた規程ではない。

また、債務者らは、本件会館が大学目的を補完する施設たる性格を有するので、学問の自由ないし大学の自治の原則から館生自治が保障されねばならない旨主張し、会館内における私生活において学問の自由その他基本的人権が保障されねばならないことは当然のことであり、また、債権者の設立目的が学徒に対し物心両面の援護をなすことにあって、本件会館が仙台市所在大学に在籍する学徒の収容を目的とするものであり、しかも債権者の経費の大部分が国庫補助によってまかなわれていること(以上の各事実についてはいずれも当事者間に争いがない)、から判断すれば、本件会館の管理運営について公益的教育的配慮がなされなければならないことは勿論であるが、学問の自由の原則が当然に所有権の制限を意味するものではなく、また本件会館は大学の施設ではない関係から大学の自治そのものが適用されるものではないから、これら学問の自由ないし大学の自由の原則から館生の管理権限を結論づけることはできないし、他に管理規程および細則を無効とする理由は存しないから、この点に関する債務者らの主張も採用できない。

そうだとすれば、債務者らがたとえその主張のような手続をなしたとしても、債権者所定の入館手続を了していないのである以上、債務者らの本件建物の占有は違法なものといわねばならない。

債務者らは、債権者の本件建物の明渡請求が権利の濫用に当る旨主張するが、本件建物の所有者たる債権者がその不法占有者たる債務者らに対し本件建物の明渡しを求めることは法律上許されることであって、その権利行使が濫用に当るものと推認すべき疏明資料は存在しない。

以上の次第で、本件仮処分の被保全権利たる本件建物明渡請求権の存在は明白といわねばならない。

三、そこで、以下、本件仮処分の必要性の存否について検討する。

1  債権者は、その年度予算の大部分を国庫補助によってまかなっている関係上、債務者らの本件不法占有を排除しなければ、国庫補助金の交付を停止される虞れがあり、そうなれば債権者の事業の継続が不可能となるので、本件断行の仮処分の必要がある旨主張するのでこの点について判断するに、当事者間に争いのない事実と≪証拠省略≫を総合すれば、債権者は、文部省の所轄のもとに厚生補導事業団体として、単年度予算により、毎年債権者経費の約九五パーセントの補助金の交付を受け、かつ平素から文部省の行政指導を受けてきたこと(債権者が国庫から補助金の交付を受け、文部省の監督指導を受けていたことは当事者間に争いがない。)、債権者は、かつて全国一一の学生会館を経営していたが、文部省の指示により、その主張のころ管理規程を制定施行し、館生にその遵守を求めたが、館生らは、右規定そのものに反対して債権者の指示に従わなかったため、両者の間に紛争が生じ、昭和四四年四月当時既に長崎と松山の会館は廃止し、東京と熊本の会館は館生が債権者の指示に従うことで解決していたが、本件会館を含むその余の会館は館生が入館問題を含めた意味での館生自治を主張して債権者の指示に従わず、紛争が長期間継続していたこと、文部省は、債権者に対し、昭和四四年度の補助金の交付申請、ついで同四五年度の補助金の概算要求のための各年度の事業計画の作成に際し、会館の紛争の抜本的解決方針の提案を求め、その頃相互に度々交渉協議した結果、同年六月二五日、債権者は、会館紛争の処理を最重点とし、同四七年度までに東京および熊本を除く会館全部を廃止すること、このため早急に断行仮処分を含む紛争処理を行なうこと、紛争処理が完了した時点において新規事業の実施を考えること、学生会館・学生相談所等への転換は行なわず、新規事業のための財源として保留すること、以上の点で債権者と文部省当局との間で意見の一致をみたこと、そこで、債権者は、同年六月三〇日、理事会(当時の文部省学術局長も理事として出席)および評議員会を開催し、本件会館を同年度中に廃止し、必要により明渡しの仮処分を実施すること、同施設は状況により取り壊すこともやむを得ぬものとの承認を得たこと、この間、同四四年度の補助金交付申請のための同年度事業計画の作成その他交付申請手続が前記基本方針の決定等の事情から遅れたことが原因で同年度の補助金の交付決定が遅れ、そのため、債権者は、一時、市中銀行から借り受けた金員等で、緊急な事業費その他の経費に当てたこともあるが、文部省当局が、前記基本方針を了承し、同四四年六月二七日、同年度の補助金の交付決定をし、これに基づき間もなく同年度の第一、第二、四半期の補助金の交付がなされたため事業に支障をきたさなかったこと、以上の各事実を認めることができる。

しかしながら、昭和四四年六月末ころには、債権者側で紛争中の会館を昭和四七年度までに廃止するとの方針を立て、文部省当局の了解を得ていたのであるから、文部省当局との意見の不一致を理由に爾後の補助金の交付が停止されるなどの不利益が生じたものとは考えられないし、また、≪証拠省略≫によれば、会館問題は昭和四四年度補助金交付決定の条件とされず、かつ会館問題に関する文部省当局の指示は、昭和四七年度までに紛争中の会館を廃止すること、そのために早急に紛争処理(断行仮処分を含む)を行なうこと、紛争処理を最重点とし、その完了まで新規事業を行なわず、学生会館は新規事業の財源として保留することにつきるのであって、その指示の限度で、いつどこの会館を廃止するか、どのような方法で紛争を処理するかは債権者自身の決定に任されていたものであることが認められるし、文部省当局の右指示中にある紛争処理の方法として断行仮処分を含む旨の示唆の点も、断行の仮処分が認められるか否かはこれに必要な要件をみたすか否かという客観的事実にかかるのであり、またその事実の認定は裁判所の専権に属するところであって、文部省当局から右のような抽象的な指示があったからといって、それのみで本件会館について断行の仮処分の必要性が充足されるというようなものでないことは明らかであるから、文部省当局の指示ないし意向によって本件断行の仮処分の必要性を根拠付けようとする債権者の主張は理由がなく、採用できない。

2  債権者は、本件会館について事業の転換を計画しているので、右計画の実現のためには本件建物の明渡が焦眉の急である旨主張するが、≪証拠省略≫によっても明らかなように、本件仮処分申請当時、仙台においては特に事業転換は考えられておらず、したがって新規事業の具体的計画もまとまっていなかったものであるのみならず、債権者において本件仮処分決定の執行後直ちに本件建物を取毀し、その敷地は更地となっているにもかゝわらず未だに、その新たな利用方法については具体的な計画が立てられていない状態であることが認められるから、転換する新事業の実現のために直ちに本件断行の仮処分をなす必要性が存したものとも認められない。

3  なお、債権者は、債務者らが先行の占有移転禁止の仮処分に違反して入館したものであるから、本件仮処分の必要がある旨主張するところ、債務者らは右先行仮処分の執行の点を争うので判断するに、債権者がその主張のころ当庁に対し仮処分申請をし当庁が右申請を認容する仮処分決定をしたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右仮処分決定は、当時本件会館内の各室に居住する者を相手方とし、それぞれの室について、いわゆる占有移転禁止の仮処分決定(執行吏保管、債務者使用、保管の公示、占有移転禁止を命ずるもの)であって、共用部分を含む本件建物全部を対象とするものではないところ、≪証拠省略≫を総合すると、債権者から右仮処分決定の執行を委任された執行官(吏)は、昭和四一年四月六日、本件会館を訪れ、執行のため決定書記載の債務者の確認をしようとしたところ、在館生が決定書表示の場所の特定が不充分であると異議を申し述べ、騒然となったので、執行しないまま退去し、同月八日多数の警察官を伴って再び本件会館を訪れたが、在館生がピケを張って入館をこばもうとしたので、警察官の援助をえて本件建物玄関附近まで入ったが、決定書記載の各室を訪れてその居住者を確認することなく、仮処分決定の公示書を玄関のカウンター上部および事務室入口向側附近に貼付したのみで、執行を完了したとして退去したものであること、右の当時在館生の部屋替えによって各室の占有状態は決定書表示の者と異なっていたものであること、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。債務者の占有を解いて執行官(吏)に保管を命ずる旨の仮処分を執行するためには、執行官は、債務者の占有の場所にのぞみ、その占有を解いて自己の保管を確立しなければならず、引き続き債務者の使用を許す場合には、執行官の保管は観念的なものとなることは否定しえないけれども、その場合でも執行官は、債務者の占有場所にのぞみ、その占有状態を確認したうえで執行が可能か否かを判断し執行が可能な場合には執行官の保管下に移したことを外形的に認識しうるように公示すべきものであって、若し、右執行に際して抵抗を受ける場合においても、警察官の援助を求めるなどして右の執行行為をなす必要があるものといわなければならない。しかるに、前記仮処分の執行にのぞんだ執行官(吏)は、当時決定書記載の各室の占有状態と現実の各室の占有状態とが異っていたものであるにもかゝわらず、その執行対象たる館生の自室にも至らず、その占有状態を全く確認することなく、室外に公示書二枚を貼付したにすぎないのであるから、到底右仮処分の有効な執行があったものとは認められない。そうだとすれば、債務者らが右先行仮処分に違反したことを前提として本件断行の仮処分の必要性を理由付けることは、その前提を欠くものとして失当といわねばならない。

4  また、債権者は、本案訴訟で勝訴判決を得たとしても、その執行は不可能かまたは著しく困難であるから本件断行の仮処分によって一挙に明渡しを実行する必要がある旨主張する。

なるほど、以上認定の事実と≪証拠省略≫によると、本件仮処分申請後も館生が管理規程所定の入館手続を履行しないで新入館生を入れる可能性があったこと、また在館生が個室の入替えをしても昭和四一年四月以降は各館生の個室番号を秘匿しこれを会館の事務員にも一切報告しなくなっていたこと等が認められるから、そのまゝ放置すれば、債権者が本案訴訟において勝訴してもその執行が著しく困難若しくは不可能となる虞が大であったことは認められるが、本件のような本案訴訟で勝訴したと全く同様な申請人の満足を目的とする仮処分は、本案判決の執行が単に著しく困難若しくは不可能となる虞れがあるというだけではなく、それ以上に今直ちにこれを実現することを必要とする特段の緊急の必要性が申請人に存する場合に限り許されるものであるところ、本件において直ちに本件建物の明渡をうけなければならない特段の緊急の必要性が債権者に存したことについてはこれを肯認し得ないものであること前に認定判断したとおりであるから、本案判決の執行が著しく困難若しくは不可能となることを防止するに必要な限度の仮処分は兎も角、前記事由のみで本件申請のような本案訴訟において勝訴したと全く同様な申請人の満足を目的とする、いわゆる断行の仮処分は許されないから、債権者の前記主張も理由がないものといわなければならない。

四、以上認定判断したところによると、本件において、本案判決の執行を保全するため「債務者らの占有を解いて執行官に本件建物の保管を命ずる。」旨の、いわゆる本件建物を執行官の保管にのみ付する仮処分の必要が存したことは認められるが、それ以上に債権者に本件申請のような仮処分によって本件建物の明渡をうけ、もって本案勝訴の判決で実現したと同様の終局的な満足を直ちにうけなければならない必要性が存したことは認められないし、先に認定したように本件仮処分執行後本件建物が取毀わされ既にこれが存在しなくなった現在、本件仮処分決定を右のような執行官保管の仮処分に変更してこれが執行を継続する余地はないから、結局本件仮処分申請はその必要性を欠くものとして却下を免れ得ないものといわなければならない。

五、してみると、債権者の本件仮処分申請を認容した本件仮処分決定は失当であるから、本件につきさきになされた本件仮処分決定を取消して本件仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤和男 裁判官若林昌俊、同手島徹は転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 伊藤和男)

<以下省略>

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