大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成9年(ワ)1162号 判決

主文

1(1)  被告は,原告A及び原告Bに対し,各金350万円及びこれに対する平成9年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告は,原告C及び原告Dに対し,各金12万円及びこれに対する平成4年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを5分し,その4を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決の第1項(1)及び(2)は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1(1)  被告は,原告A及び原告Bに対し,各金3236万3110円及びこれに対する平成4年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  被告は,原告Cに対し,金779万6311円及びこれに対する平成4年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被告は,原告Dに対し,金659万6311円及びこれに対する平成4年3月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第2事案の概要

1  本件は,Eの出産後の死亡は,被告病院の医師らが出血性ショック及び播種性血管内凝固症候群に陥ったEに適切な治療を行わなかったことによるものであると主張して,Eの子又は親である原告らが,被告に対し,民法715条1項(使用者責任)又は民法415条(診療契約の不履行)に基づき,損害賠償を請求した事案である。

2  争いのない事実等

(1)  当事者,診療契約

ア Eは,昭和37年12月5日,原告C及び原告Dの長女として出生し,昭和63年2月1日,Fとの婚姻届出をした。

Eは,昭和63年12月20日,長女である原告Aを出産した。

イ 被告は,G病院(以下「被告病院」という。)を経営する者である。

ウ Eは,出産が近づいたため原告C方に帰省し,平成4年2月25日,被告病院を受診し,被告との間で,Eの分娩に伴う疾患につき適切な治療を行うことを内容とする診療契約(以下「本件診療契約」という。)を締結した。(争いのない事実,甲2の1及び2,51,原告C)

(2)  Eの出産,死亡

ア Eは,同年3月14日14時ころ被告病院に入院し,同日16時35分ころ原告Bを出産し,同日19時55分ころ,被告病院において死亡した。

イ 同月14日にEの診療に当たった医師は,H医師と,途中から加わったI医師である。

被告は,H医師,I医師並びに同月14日にEの治療に関与した被告病院の看護婦及び薬局局員らの使用者である。(争いのない事実)

(3)  遺産分割

原告A及び原告Bは,遺産分割により,Eの被告に対する同月14日の死亡による損害賠償請求権を2分の1ずつ相続した。(甲4)

3  争点

(1)  Eの診療経過

(2)  Eの死因

(3)  被告医師らの医療措置上の過失の有無

(4)  死亡との因果関係

(5)  適切な治療を受けることができるとの「期待権」の侵害

(6)  損害額

4  争点についての当事者の主張

(1)  Eの診療経過

ア 被告の主張

(ア) Eの症状経過及びEに対する診療経過は,別紙の「診療・症状経過」欄及び「検査・処置」欄に記載のとおりである(以下,時刻のみの表示は,平成4年3月14日のことである。)。

(イ) 看護記録(乙1の27頁から31頁までの部分)は,覚書(乙18の1ないし5)や看護婦の手に直接記載されたメモに基づき,Eの死亡後,J看護婦及びK看護婦らによって記載されたものである。このような覚書や手への記載は,看護記録を直ちに記載する時間のない患者についてよく行われるものである。

(ウ) また,「マスクO25リットル,左橈骨動脈」の記載が後記17:06報告票に謄写された理由は,血液ガス分析検査報告書用紙(乙1の18頁裏)自体がカーボン用紙となっており,単純に血液ガス分析検査報告書の上から筆圧を加えれば青字で謄写される仕組みであるため,たまたま下にあった17:06報告票に転写されたものである。

イ 原告らの主張

(ア) 被告主張のEの診療・症状経過の基礎となる診療録(乙1)は,書き換えられたものである。その事情は,以下のとおりである。

(イ) 看護記録

a 看護記録(乙1の27頁から31頁までの部分)の17時00分の箇所には,「BD86~(触),胸部苦痛(+),口唇チアノーゼ(+),顔色不良」との記載がある。しかし,記載の基となったと被告が主張する覚書(乙18の1ないし5)の17時00分の欄には上記記載はなく,かえって,胸部苦痛及び口唇チアノーゼの症状が出たのが17時10分,血圧測定がされたのが17時13分であると記載されている。

b 看護記録の17時13分の箇所に「胸部苦痛強度あり,体動激しくあり」,17時36分の箇所に「胸部苦痛強度,体動激しい」,17時47分の箇所に「チアノーゼ相変わらずあり」,18時12分の箇所に「意識明瞭」とそれぞれ記載されているが,覚書(乙18の1ないし5)にはこれらに対応する各記載がない。

c 看護記録の28頁から29頁にかけての形態が,不自然である。

(ウ) 診療録

a 診療録(乙1)の22頁には,「16時55分 胸痛(+),呼吸困難(+),血圧低下(+),羊水塞栓疑い」との記載がある。しかし,看護記録の16時22分,16時47分の箇所等には,医師が診察した旨の記載があるのに,16時55分の箇所にはそのような記載がない。また,医師が,致死率の高い羊水塞栓を疑いながら血圧,脈拍及び呼吸の測定をしなかったり,測定しながらその数値を診療録に記載しないことはあり得ない。そうすると,16時55分に医師が診察したこと自体疑わしく,診療録の16時55分の部分は,後から振り返って書き加えられたものである。

b 血液学検査(Ⅰ)報告票(乙1の18頁。「17:06」との記載があるもの。以下「17:06報告票」という。)の記載内容が,17時06分に行われた採血についてのものであるか疑わしい。その理由は,第1に,血液学検査(Ⅰ)報告票のうち,採血時間が書き込まれているものは17:06報告票だけであること,第2に,診療録7頁の筆跡との対比からみて,医師が後から17時06分と17:06報告票に書き入れたと思われること,第3に,17時18分に行われた血液ガス分析検査報告書(乙1の18頁裏)備考欄の「マスクO25リットル,左橈骨動脈(注:原文は英語)」の記載が,それより12分前に検査したはずの17:06報告票にも転写されていることである。

(2)  Eの死因

ア 原告らの主張

(ア) Eは,弛緩性子宮出血による出血性ショックと,播種性血管内凝固症候群(以下「DIC」という。)と,輸血処置の遅れにより,失血死したものである。

すなわち,Eには,最初に濃厚赤血球を投与した19時40分の時点で推定3643gの出血があり,死亡の時点では推定3852gの出血があった。この大量出血とショック症状(尿量減少,血圧低下,血液ガス分析値,頻脈,意識障害,チアノーゼ等)の発現時期も一致している。

(イ) 羊水塞栓ではなかったと考えられる理由は,次のとおりである。

a 羊水塞栓の場合,破水前後かせいぜい胎児娩出までの間に産婦の容態は急変するのが通常であるが,Eは,胎児娩出をしてから20分も経過した16時55分になってから胸部苦痛を訴えており,Eの死因が羊水塞栓であるとするのは不自然である。

b 病理診断の結果,胎盤及び羊膜に血栓塞栓症の所見は見られていない。

c 胸部X線検査の結果(乙4)も,あくまで羊水塞栓の「疑い」の域を出ていない。

d 仮にH医師が16時55分の時点で羊水栓塞を疑ったのならば,直ちに気道を確保し,以後継続して呼吸状態を厳重に観察するとともに,必要に応じて人工呼吸に切り換えたと考えられるところ,H医師らは,18時33分に気管内挿管をするまでの間,このような措置を採っていない。

(ウ) 仮に,Eが羊水塞栓に罹患していたとしても,弛緩出血による循環不全と羊水塞栓による急性心肺不全とが相まって,Eの死因となったと考えるべきである。

a まず,Eの羊水塞栓は,それ単独で急性心肺不全による不可逆性ショックをもたらすほど重症であったものではない。胸部X線検査は,少なくとも羊水塞栓の重症度を推測する上では決定的な意味を持つが,胸部X線検査の結果(乙4)からは重症であることと矛盾する所見が見られる。

b また,Eには,胸部苦痛を訴える前から子宮収縮不良による出血があった。17時26分には,子宮収縮剤であるプロスタグランジンが子宮に直接筋注されていることからすると,この時点においても子宮収縮が不良であったものである。

さらに,18時33分の時点では,循環血液量の38%を喪失している。

イ 被告の主張

(ア) Eの死因は,羊水塞栓による急性心肺不全である。

Eが分娩室に入室してから16時55分までの間,羊水込みで1340gの出血があったが,それは,羊水塞栓及びこれに伴うDICに基づくものである。なお,原告らによる出血量の推定は,十分な根拠がない。

(イ)a 羊水塞栓においては,胎毛,脂肪,胎便等を含んだ羊水が血管内に入り,これが肺に運ばれて肺の血管を塞栓し,肺の血管中に広範に血栓が形成される。そのため,血液凝固因子が大量に消費され,凝固系異常を認めることになる。さらに,血管内凝固が亢進すると,生体反応によって形成された血栓を溶かす作用が働き,線溶系異常の状態(FDPの高値)となる。羊水塞栓では,高率にDICを伴い,出血もその症状の一つとされている。

b 本件では,血圧の低下は胸部苦痛を訴えてから生じているが,これは羊水塞栓により急性心肺不全が生じたためである。また,17時00分に採血した末梢血データによれば,FDP40以上と異常高値を示し,明らかな線溶系異常となっていた。17時18分の動脈血ガス分析の結果によれば,コンデンサーバッグ付きマスクを使い5リットル/分の酸素を投与しているにもかかわらず,PO2は56.1に低下しており,呼吸障害があることを示唆する。さらに,チアノーゼは血液中に酸素と結合していないヘモグロビンが5g/dl以上になると生じるところ,Eは強いチアノーゼを伴っていたものであり,この点も肺の病変が主体であることを示している。

c Eの子宮はマッサージ等によって収縮し,弛緩した状態は持続していなかった。

(ウ) 原告らの主張(イ)に対する反論は,次のとおりである。

a 羊水塞栓は,分娩中と分娩直後に突発するものばかりではないから,分娩後20分経過して呼吸困難となる症状経過は,何ら不自然ではない。

b 胎盤や羊膜は,胎盤剥離面よりも胎児側にあり,羊水が胎盤剥離面から母体側に流入したとしても,胎盤や羊膜に血栓塞栓症は起こらない。

c 胸部X線写真(乙4)は,羊水塞栓をかなりの程度疑わせるものである。

d H医師は,Eが呼吸困難,胸痛を訴えたとき,羊水栓塞を疑い,直ちにコンデンサーバック付きマスクを使用して酸素を5リットル/分で投与を開始し,ヘパリン3000単位の静注も行っている。また,気管内挿管を行ったのは,Eは強度の呼吸困難を訴えてはいたものの意識は明瞭であったが,症状の改善が見られなかったため,Eの疲労度も考慮し,人口換気の方がよいと判断したためである。

(3)  被告医師らの医療措置上の過失の有無

ア 原告らの主張

(ア) 診断ミス

Eには大量出血など出血性ショックの徴候があったのに,H医師は,過失により,出血性ショックとの診断をしなかった。

(イ) 止血処置の不十分

a Eには弛緩性出血による大量の出血が継続していたから,H医師が採った子宮底マッサージ,止血剤投与等の止血処置では不十分であり,子宮及び膣の強填タンポン法,動脈結紮及び子宮摘出等の手術による止血処置を行うべきであった。

b 逆に,H医師は,診断を誤って羊水塞栓を疑ったため,出血傾向を助長するヘパリンを2度投与し,更に大量の出血を招いた。

(ウ) 輸液の遅れ,輸液量の不足

a 出血性ショックに対しては有効循環血液量の確保が必要であり,出血が500ccを超えた段階で,出血量の2.5倍程度の輸液を行うべきである。

H医師は,Eの出血量が1340gであると判明した16時55分の時点で輸液を開始すべきであり,また,18時00分の時点までに合計5640mlの輸液をすべきであった。

しかるに,H医師による輸液開始は17時13分と遅れ,実際に行われた輸液量は1500mlにすぎず,必要とされる輸液量には不十分であった。

b 被告は,大量の輸液を行った場合に右心負荷を増悪させる可能性があった旨主張するが,大量の輸液を行ったとしても直ちに急激な心膜腔への液体貯留をもたらすものではない。仮に右心負荷の可能性があるとしても,循環血漿量を補うことによるメリットと右心負荷を増悪させる可能性のデメリットを衡量の上妥当な輸液量を判断して投与すべきであるところ,胸部X線検査上右心負荷の存在は疑問があり,大量出血のあった本件では,循環血漿量を補う必要性の方が高かったものである。

(エ) 輸血の遅れ,輸血量の不足

a 出血量が1000ccを超えるとショック状態に陥り生命に危険を生じさせることとなるから,直ちに出血量の1.2ないし1.5倍の輸血を開始する必要がある。

Eの出血量は16時55分には1340gとなっており,この時点で注文すれば,新鮮凍結血漿(FFP)及び被告病院内にあった濃厚赤血球(CRC)とも,17時25分には投与開始が可能であった。

しかるに,H医師は,新鮮凍結血漿の投与開始は18時00分と30分以上を空費し,濃厚赤血球の投与開始は19時40分と2時間15分を空費した。また,これらの投与量も不足した。

b 被告は,当時,Eのほかにも大量輸血を必要とする急患が存在していた旨主張するが,Eこそ生命の危機に瀕する状況にあったのに,Eよりも優先しなければならない他の患者の存在等につき具体的な立証していない。また,交差適合試験に時間を要するとの点についても,通常30分程度で足りる交差適合試験に2時間35分も要することはあり得ない。

(オ) 気道確保及び呼吸管理の遅れ

a Eは,16時55分に呼吸困難を訴え,17時00分からチアノーゼを呈し,17時18分の動脈血ガス分析結果では,酸素投与が行われているにもかかわらずPO2が56.1と低値であり,急性の呼吸不全とそれに伴う代謝性アシドーシスの状態に陥っていた。したがって,遅くとも17時18分の動脈血ガス分析結果が判明した時点には,他の医師の応援を求めて,気道確保の上,人工呼吸器による陽圧呼吸に切り換えて酸素投与を行うべきであった。なお,この時点であれば,Eは,オピアル及びセルシンを投与しても問題はない状態であった。

しかるに,H医師は,直ちに他の医師の応援を求めず,応援を求められて来棟したI医師による気管内挿管は18時33分,アンビューバックによる加圧呼吸は18時40分,人工呼吸器装着は18時45分と時機に遅れた。

b オピアルは,重篤な呼吸抑制,慢性肺疾患に続発する心不全及び重篤な心疾患の場合には,呼吸抑制増強,循環不全増強及び症状悪化の危険性があるので禁忌とされている。心機能障害,呼吸機能障害,ショック状態及び代謝性アシドーシスの場合にも慎重投与とされている。その用量は,1回10mgの皮下注射とされている。

オピアルが投与された18時25分の時点におけるEの循環動態は,十分な輸液,呼吸管理及び濃厚赤血球の投与のいずれもされず,心機能障害,呼吸機能障害,ショック状態,代謝性アシドーシスの状態にあるなど,破綻に瀕していた。

しかるに,I医師は,過失により,そのような時期にオピアルを過剰投与し,同じく慎重投与条件にあったセルシン10mgもその5分後に投与した。

そのため,Eは,18時33分以降,血圧,脈拍及び自発呼吸が急激に低下し,著しい循環不全に陥った。

(カ) 代謝性アシドーシス補正の遅れ

(オ)aのとおり,Eは17時18分には代謝性アシドーシスの状態に陥っていたから,H医師は,直ちにメイロン(炭酸水素ナトリウム)を投与して代謝性アシドーシスの補正をすべきであった。

しかるに,H医師によるメイロン投与開始は18時15分と遅れ,Eのショック状態を悪化させた。

なお,17時13分,同25分のラクトリンゲル各500mlの投与は,即効性のないものであり,メイロンの代替とはならない。

(キ) DIC治療の不十分

a DICに対する治療としては,抗凝固療法と,消費された凝固因子の補充療法がある。

抗凝固療法としては,ヘパリン及びアンチトロンビンⅢ製剤が投与されるべきである。アンチトロンビンⅢ製剤については,DICでは血中アンチトロンビンⅢ濃度が70%以下になっていることが多く,ヘパリンを投与するか否かを問わず,これを補充する意味で用い,ヘパリンと異なり出血傾向を助長する副作用がないので出血個所がある場合でも用いることができるとされている。

消費された凝固因子の補充療法としては,新鮮凍結血漿(FFP),新鮮血及びフィブリノーゲン製剤の投与等の治療を開始することが重要である。止血困難な場合には,フィブリノーゲン製剤が用いられるべきである。

b 本件では,アンチトロンビンⅢ製剤は,ヘパリンを投与した17時06分以降,死に至るまで常にその時々に投与されるべきであった。また,Eは,17時25分にサラサラした460gの出血があり,DIC発症を疑わしめる所見を示していたから,17時25分以降,新鮮凍結血漿,新鮮血及びフィブリノーゲン製剤を投与可能なものから順次投与すべきであった。

c しかるに,H医師は,新鮮凍結血漿については18時00分まで投与の開始が遅れ,その他の製剤等については,ヘパリンを投与したのみであった。

イ 被告の主張

(ア) 診断ミスについて

Eの症状からは,羊水塞栓が最も疑われた疾患であり,H医師が16時55分の時点で羊水塞栓を疑ったことに誤りはない。

(イ) 止血処置の不十分について

a H医師は,出血点の検索を行い,軟産道検査によって子宮頸管や膣からの出血はなく子宮内からの出血であることを確認し,子宮底マッサージ,止血剤投与,子宮収縮剤投与,輸液処置等を施行するなど,十分な止血処置を行った。

手術による止血処置については,Eの全身状態は手術に耐え得るものではなく,不可能であった。

b ヘパリンは,羊水塞栓におけるDIC治療において第一に挙げられるものであり,その投与は適切であった。

(ウ) 輸液の遅れ,輸液量の不足について

a 15時45分以降,ソルデム3A,ラクトリンゲル,プレドパを合計1700ml輸液しており,不十分ということはない。

b 原告ら主張のような大量輸液は,Eの生命予後に影響する右心負荷を増悪させる可能性があったから,行うべきではない。

(エ) 輸血の遅れ,輸液量の不足について

a 後期妊産婦は循環血量が増加しており,1000g前後の出血までは,通常はショックに陥らず,輸液のみで十分である。

Eの16時55分までの出血量は,羊水を除くと約1000gと推定され,緊急輸血が直ちに必要な状態ではなかったし,子宮底マッサージにより子宮収縮は良好となり,出血量も減少していた。17時06分の末梢血データも,出血性ショックを示すものや輸血療法の適用を示すものではなく,まず輸液療法が選択されるべき数値であった。

また,DICの治療として輸血療法を施行する場合には,大量の赤血球の投与による赤血球崩壊の突発という合併症の危険性を常に念頭に置く必要があるが,本件では,貧血所見は認められなかったのであり,直ちに緊急輸血を必要とする状態ではなかった。

b しかし,H医師は,Eの出血傾向が持続したことから,羊水込みの出血量が1340gであることが判明した17時05分までに,新鮮凍結血漿5単位,濃厚赤血球5単位を注文した。そして,新鮮凍結血漿については血液型のチェックや血漿の解凍等の準備ができた時点である18時00分から,濃厚赤血球については交差適合試験をして19時40分からそれぞれ輸血を開始した。

被告病院の置かれた立地環境,当時被告病院内にEのほかにも大量輸血を必要とする急患が存在していたこと,新鮮凍結血漿を解凍するために時間を要することなどからすると,輸血の開始に遅れはない。

(オ) 気道確保及び呼吸管理の遅れについて

a 気管内挿管が必要となる根本的な理由は,気道が閉塞するなどして口又は鼻から肺に至る空気のルートの確保が困難となる事態を回避するためである。したがって,意識のある患者が呼吸をしてルートが保持されていれば,気管内挿管が絶対適応とされることはない。

Eは,意識は明瞭であり,咽喉頭及び気管に狭窄はなく,自発呼吸も充分に見られていたもので,気道の確保はされており,換気量は十分であった(17時18分の動脈血ガス分析結果でPCO2値が低いのは,呼吸が激しく行われていて,二酸化炭素が過度に排出されていることを示している。)。

しかし,Eの呼吸困難が改善せず,疲労度が増して極度の不安,不穏状態になったため,I医師は,人工呼吸の方がよいと判断し,気管内挿管を行い,挿管後直ちにアンビューバックによる人工呼吸を開始し,そのままCCU(冠動脈疾患集中治療室)に移して人工呼吸器を装着した(18時25分の意識低下は,上記挿管のためのオピアル投与により起きたものである。)。

したがって,本件において気道確保や呼吸管理の遅れはなく,全経過を通じてEの呼吸は保たれている。Eの呼吸が全体的に低下したのは,羊水塞栓の進行によるものである。

b Eに気管内挿管を行うに当たっては,Eは呼吸困難及び不穏状態のため静止していることができず,意識を保ったまま挿管をすることは極めて困難であり,また,気道損傷等の偶発症を発生させる危険性が高いと判断されたため,I医師は,オピアル20mgを投与し,鎮静させた上で挿管を行った。

オピアルの極量は1回30mgとされており,Eに対するオピアルの投与量も適量である。

救急の場面では,救命のための積極的な医療がより一層求められており,このことは,薬剤の選択,投与方法,用量の選択における治療行為の適否の判断において十分考慮されるべきである。

Eは,強度の呼吸困難を訴えていたものの投与時まで意識は明瞭であり,意思の疎通もすることができた。Eのその後の血圧の低下は,羊水塞栓が進行したためであって,オピアル投与によるものではない。

(カ) 代謝性アシドーシス補正の遅れについて

17時18分の動脈血ガス分析結果によれば,メイロンの投与が必要とされる状態ではなかった。

また,H医師は,18時15分以降,メイロンを投与している。

(キ) DIC治療について

a Eの呼吸状態が18時25分まで悪いながらも増悪の傾向がなかったことは,17時06分に投与したヘパリンが有効に働いて,羊水塞栓による肺血管の閉塞が進行していなかったことを示すものであり,アンチトロンビンⅢが必要量存在したことを推定することができる。したがって,本件では,アンチトロンビンⅢ製剤を投与する必要はなかった。

b 補充療法については,H医師は,18時00分から18時33分までの間に,新鮮凍結血漿を合計5単位投与しており,必要な処置を行っている。

(4)  死亡との因果関係

ア 原告らの主張

Eが羊水塞栓による急性心肺不全も関与して死亡したものであるとしても,H医師らが輸血及び呼吸管理等の適切な処置を遅滞なく採っていれば,また,オピアル等が投与されることがなければ,Eは,19時55分に死亡することなく,延命することが可能であった。

イ 被告の主張

羊水塞栓を発症した場合,肺塞栓の原因そのものを取り除く根本的かつ効果的な治療法は存在しない。そして,Eの羊水塞栓及びこれに伴うDICの発症,進行は顕著であったものであり,大量輸血等いかなる処置を採ろうとも,Eの救命は不可能であった。

仮に死亡には至らなくとも,羊水塞栓による子宮静脈内への羊水の流入,肺動脈の閉塞による肺血流の減少,ショック状態,心停止,肺血管閉塞という経過を阻止できない以上,重篤な低酸素脳症による重度後遺障害となっていた可能性が高い。

(5)  適切な治療を受けることができるとの「期待権」の侵害

ア 原告らの主張

仮に,Eの死が避けられないものであったとしても,診療契約上,医師は医療水準に適った適切な治療を行う義務を負っており,医療水準に達しない治療行為をしたときは,そのこと自体が診療契約上の債務不履行であって,それにより患者が被った精神的苦痛に対する慰謝料請求が認められるべきである。

羊水塞栓の死亡率は60から80%であるとされているが,逆にいえば20から40%の患者は救命することができるのであり,呼吸管理,循環管理及びDIC治療が適切に行われていれば,Eはその死亡の時点でなお生存していた相当程度の可能性を有していたものである。

したがって,Eが被った精神的苦痛に対する慰謝料請求は認められるべきである。

イ 被告の主張

争う。

(6)  損害額

ア 原告らの主張

(ア) 逸失利益(原告A及び原告B) 各2536万3110円

a Eは死亡当時29歳(昭和37年12月5日生)の主婦で,家事労働に従事していたところ,本件事故によって死亡しなければ,その後67歳まで38年間にわたり稼働することができた。

b この間,少なくとも平成4年度賃金センサス第1巻第1表産業計企業規模計女子労働者高専・短大卒年齢階級別平均給与額表の年間給与額345万5700円と同程度の収入を得ることができた。

c Eの生活費割合は,30%とみるのが相当である。

d したがって,以上を基礎として新ホフマン方式(新ホフマン係数20.970)により年5分の中間利息を控除して計算すると,Eの逸失利益は,合計5072万6220円となる。原告A及び原告Bは,それを2分の1ずつ相続した。

(イ) 原告A及び原告Bの慰謝料

a 過失行為とEの死亡との間に因果関係が認められる場合 各700万円

Eは,本件事故がなければ夫ら家族と暖かい家庭を築くことができたものであり,殊に幼い原告A及び原告Bのために母親としてなすべきことをなしえないまま死亡したことによる悲痛,悔恨の思いは計り知れない。Eの精神的苦痛に対する慰謝料は800万円が相当である。原告A及び原告Bは,それを2分の1ずつ相続した。

また,原告A及び原告Bは,子として,Eの死亡により甚大な精神的苦痛を被った。同原告らの精神的苦痛に対する慰謝料は,各300万円が相当である。

b 期待権の侵害の場合 各400万円

Eは,当時の医療水準に適った適切な治療を受けられなかったことにより,多大な精神的苦痛を被ったが,それに対する慰謝料は800万円が相当である。原告A及び原告Bは,それを2分の1ずつ相続した。

(ウ) 原告C及び原告Dの慰謝料(過失行為とEの死亡との間に因果関係が認められる場合) 各300万円

原告C及び原告Dは,両親として,Eの死亡により甚大な精神的苦痛を被った。同原告らの精神的苦痛に対する慰謝料は,各300万円が相当である。

(エ) 葬儀費用(原告C) 120万円

原告Cは,Eの葬儀費用として120万円の損害を被った。

(オ) 弁護士費用(原告C及び原告D) 各359万6311円

原告C及び原告Dは,自らのため並びに原告A及び原告Bの法定代理人として,本件訴訟追行を原告ら訴訟代理人に委任し,上記各損害金の合計額7192万6220円の約1割を弁護士費用として支払う旨約した。

イ 被告の主張

いずれも争う。

第3当裁判所の判断

1  Eの診療・症状経過について

(1)  証拠(甲51,乙1,18の1ないし5,証人J(乙20を含む。以下,同じ。),証人K(乙21を含む。以下,同じ。),証人H(乙22及び24を含む。以下,同じ。),証人I(乙23を含む。以下,同じ。))並びに弁論の全趣旨によれば,Eの診療・症状経過は,別紙の「診療・症状経過」欄及び「検査・処置」欄に記載のとおり並びに必要な箇所につき以下に詳述するとおりであることが認められる。

ア 16時35分,Eは原告Bを出産したが,Eには入院時から血性羊水と羊水混濁が認められた。

そのため,16時43分,H医師は,出血原因を検索するために軟産道検査を実施し,頸管裂傷はないことを確認したが,子宮腔から出血気味であった。そこで,H医師は,子宮底マッサージを行い,その結果,子宮収縮は良好となり,出血量は減少した。

イ 16時53分,再び子宮収縮が不良となったため,Eに対し,子宮収縮剤であるメテルギン1A及び止血剤であるブロッケル1Aが点滴内混注され,子宮底マッサージが継続された。

ウ 16時55分,Eは,強度の胸痛及び呼吸困難を訴え,血圧も低下した。そのため,H医師は,羊水塞栓を疑い,Eに対し,コンデンサーバッグ付きマスクを使用して酸素5リットル/分を投与した。

17時05分ころ,16時55分までの出血量が羊水込みで1340gであることが吸水シートの交換により判明した。H医師は,その結果から,羊水を除いたEの出血量が1000gであると判断し,新鮮凍結血漿及び濃厚赤血球を取り寄せるよう指示した。

17時06分,H医師は,Eに対し,ヘパリン3000単位を投与した。

エ 16時55分から17時25分までのEの出血量は460gであり,血液はサラサラした状態であった。

オ 17時30分ころ,17時00分に採取した末梢血データが判明した。H医師は,この結果から,Eは貧血の症状ではなく,線溶系に異常を来しているものと判断した。

さらに,H医師は,17時50分ころ判明した胸部X線検査の結果(乙4)から,Eの左上肺野,左中肺野及び右上肺野が白っぽく写っており,心胸比が50%であったことから,肺血管が塞栓している疑いがあると判断した。

カ 17時58分,H医師は,夫であるFに対し,Eが羊水塞栓であって生命が危ういこと及び人工呼吸器を装着する必要性があることを説明した。

そして,内科のI医師に応援を要請した。

このころ,H医師は,輸血を急ぐため,新鮮凍結血漿については交差適合試験を省略し,濃厚赤血球についてだけ交差適合試験を行うように指示した。

キ 18時00分,Eに対し,新鮮凍結血漿の1単位目が投与された。

ク 18時12分,I医師が来棟した。そして,I医師は,意識があり,体動が激しいEに安全に気管内挿管をするため,18時25分にオピアル20mgを筋注し,18時30分にセルシン10mgを側注した。Eは,オピアル投与後間もなく,意識が不明瞭となった。そして,I医師は,18時33分,Eに対し,気管内挿管を行い,直ちにアンビューバッグによる人工呼吸を開始した。

Eの血圧は,気管内挿管がされたころ,触診不能の状態となった。

ケ 18時40分,Eは,CCU(冠動脈疾患集中治療室)へ移送され,18時45分,人工呼吸器が装着された。

コ 19時40分,Eに対し,濃厚赤血球が投与された。

サ 19時55分,Eは死亡した。

(2)ア  原告らは,看護記録について,覚書(乙18の1ないし5)に記載のない事項が記載されていること,看護記録の28頁から29頁にかけての形態が不自然であること,診療録についても,16時55分に医師が診察した旨の記載がないこと,17時18分に行われた血液ガス分析検査報告書(診療録18頁裏)備考欄の「マスクO25リットル,左橈骨動脈」の記載が,それより12分前に検査したはずの17:06報告票に転写されていることなどを理由として,看護記録及び診療録は書き換えられている旨主張する。

イ  確かに,証拠(乙1,18の1ないし5)によれば,次の事実が認められる。

(ア) 覚書(乙18の1なしいし5)に記載されていない次の事項が,看護記録及び診療録(乙1)に記載されている。

(a) 「17:00」の欄に,「BD86~(触)胸部苦痛(+)口唇チアノーゼ(+)顔色不良」(29頁)

(b) 「17:13」の欄に,「胸部苦痛強度にあり,体動激しくあり」(29頁)

(c) 「17:36」の欄に,「胸部苦痛強度 体動激しい」(29頁)

(d) 「17:47」の欄に,「チアノーゼ相変らずあり」(30頁)

(e) 「18:12」の欄に,「意識明瞭」(30頁)

(イ) 看護記録中の28頁に,バインダーで綴じられている看護記録用紙の上に,別の用紙が貼り付けられている。28頁裏には,16時47分から同55分まで記載があるが,それとほぼ同旨の記載が,29頁の上部に重ねて記載されている。

(ウ) 診療録(乙1)の18頁に貼付されている各種検査結果報告書のうち,検査を実施した時刻が書き込まれているのは,「17:06」との書き込みがある17:06報告票のみである。

(エ) 血液ガス分析検査報告書(乙1号証18頁裏)備考欄の「マスクO25リットル,左橈骨動脈」の記載が,17:06報告票及びもう1枚の報告票(乙1号証18頁表)に転写されている。

ウ  しかしながら,証人H,証人J及び証人Kは,原告らの提示する疑問点につき,その証人尋問等において次のとおり説明しているところ,これらの説明は首肯し得るものであるから,原告ら指摘の点から,看護記録及び診療録が改ざんされた可能性があると認めることはできず,他に前記(1)のEの診療・症状経過についての認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

(ア) Eを分娩室に収容してから,特に16時55分以降は,Eに対する処置を優先する状態であり,処置と平行して看護記録を記載することができなかった。覚書のうち乙18の5は,分娩室に設置された記録台上に看護記録用紙を用意しておき,それに複数の看護婦らが記入することによって作成された。

(イ) 看護記録のうち乙18の1ないし4は,Eが分娩室からCCU(冠動脈疾患集中治療室)に移された後に,同集中治療室内にある紙等に複数の看護婦らが記入することによって作成された。

(ウ) 看護婦らは,忙しい際,ボールペン等で自分の手や腕に数値,血液型,時間等を記載することをよく行っており,本件においてもそのようなことが行われた。

(エ) 看護記録は,Eの死亡後翌日早朝までの間に,J看護婦及びK看護婦が,上記(ア)ないし(ウ)の資料,及びファーラー位等の出来事から喚起した記憶に基づき,記載した。

(オ) 看護記録の用紙にはバインダー用の穴が空いているが,J看護婦は,看護日誌の28頁を記載した際2頁目となる裏から先に記載してしまったため,その両端を切り取り,バインダーに綴じた白紙の看護記録用紙に上記のように記載した看護記録用紙を貼り付けた。

(カ) 血液学検査(Ⅰ)報告票には採血時間が自動的に記載されることはないため,多数の検査が行われる場合には,混乱しないように採血時間を記載する必要がある。そのため,本件においても,H医師は,「17:06」と記載した。また,血液学検査(Ⅰ)報告票及び血液ガス分析結果報告書は,いずれも用紙自体がカーボン用紙になっており,上からボールペン等で記載をすると,その下にある他の用紙にも記載されてしまうが,「マスクO25リットル,左橈骨動脈」との記載も,上記理由で記載されたものと考えられる。

2  争点(2)(Eの死因)中,羊水塞栓及びそれに伴うDIC罹患の有無について

(1)  証拠(甲9,10,13ないし17,20,21,23,42,乙12ないし16,鑑定人Lの鑑定結果(以下「鑑定」という。))及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

ア(ア) 弛緩出血とは,分娩後の子宮の収縮不全により胎盤剥離面の断裂血管からの出血が止まらず,500mlを超えて出血するものをいう。(甲10,11,13,鑑定)

(イ) 羊水塞栓においては,胎毛,脂肪,胎便等を含んだ羊水が血管内に入り,これが肺に運ばれて肺の血管を塞栓する。羊水栓塞では,高率にDIC(播種性血管内凝固症候群)を伴う。

(ウ) DICにおいては,血液の凝固性が異常に亢進し,微少循環系で血液が凝固し,多数の微少血栓を形成して循環障害を起こし,出血や壊死によりそれぞれの臓器で機能障害が生じる。血液凝固が進むと,血小板,繊維素原,プロトロンビン等の諸種の凝固因子が消費されるため,凝固不良の状態となるが,生体反応として血栓を溶かす作用が働き,線溶系異常の状態(FDPの高値)となり,ますます出血傾向が強くなる。(甲9,14ないし17,20,21,42,乙12ないし16)

(エ) 羊水塞栓の確定診断には,死後の剖検により肺組織中に羊水や胎児成分を証明する方法,生存中ではスワン-ガンツカテーテルで肺動脈血を採取して羊水成分を証明する方法,羊水中にしか存在しない化学物質(コプロポルフィリン)を母体血中に証明する方法があるが,本件ではいずれも行われていない。(甲9,16,21,乙12ないし16,鑑定)

(オ) 羊水塞栓の臨床症状は,分娩中又は分娩後,特に破水以後に発症する呼吸困難,血圧低下,チアノーゼ,胸部痛,胸内苦悶,けいれんなどである。

後記の出血性ショックにおいても,呼吸困難やチアノーゼの症状は見られるが,胸部苦痛という症状は,出血性ショックには見られない。(甲16,17,20,21,乙12,13,15,16,鑑定)

(カ) ショックには,出血性ショック(弛緩出血はこれに属する。),心原性ショック(広義では,肺塞栓症など心臓以外の原因で循環系の主血流が閉塞されるためのショックを含む。)及びアナフィラキシーショック(羊水塞栓はこのいずれかに属すると考えられる。),並びにその他のショックがある。

出血性ショックでは,ヘマトクリット(Ht)値(血液中に占める赤血球の容積の割合を指す。なお,女性の平均値は39.1%である。)が低下するのに対し,心原性ショック及びアナフィラキシーショックではそれがない。(甲21,23,鑑定)

イ(ア) Eには子宮収縮不全が見られ,これが出血の一因であったが,16時43分以降の子宮底マッサージ,16時35分及び同53分のメテルギン静注,17時26分のプロスタグランジン1A子宮筋注により,子宮収縮不全は改善された。(甲25の1,証人H)

(イ) 前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,17時00分に採血した末梢血データにおけるEのヘマクリット値は41.3%である。この数値は,Eのショックが出血性ショックではないことを意味している。(鑑定)

(ウ) 前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,Eには,17時00分の時点で,胸部苦痛及び口唇チアノーゼの症状が見られ,それ以降も,強度の胸部苦痛,口唇チアノーゼ及び四肢チアノーゼ等の症状が見られた。

(エ) 前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,17時18分に採血された動脈血ガス分析結果は,5リットル/分の酸素吸入下で,酸素分圧(PO2)が56.1となっている。1500g以下の出血でここまで酸素分圧が低下することはない。(鑑定)

ウ(ア) 原告らは,Eは胎児娩出から20分経過後に胸部苦痛を訴えており,羊水塞栓と考えるには不自然な症状経過である旨主張するが,分娩後に発症する例も少なくない。(乙12,鑑定)

(イ) 原告らは,病理診断の結果,胎盤及び羊膜に血栓塞栓症の所見が見られなかったことを指摘するが,胎盤や羊膜は胎盤剥離面よりも胎児側にあり,羊水が胎盤剥離面から母体側に流入したとしても,胎盤や羊膜に血栓塞栓症は起こらない。(鑑定)

(ウ) 原告らは,胸部X線検査の結果も飽くまで羊水塞栓の「疑い」の域を出ていない旨主張するが,少なくとも右肺野の透過性が亢進しており,右肺血管の閉塞はうかがわれるものである。(乙4,鑑定)

(エ) 原告らは,仮にH医師が16時55分の時点で羊水塞栓を疑ったのならば,直ちに気道を確保し,以後継続して呼吸状態を厳重に観察するとともに,必要に応じて人工呼吸に切り換えていたはずである旨主張するが,前記説示のとおり,H医師は,17時06分にヘパリンを投与しており,H医師が羊水塞栓を疑っていたことは明らかである。

(オ) そうすると,原告ら指摘の(ア)ないし(ウ)の点は,Eが羊水塞栓に罹患していたと認定することの妨げとなるものではない。

エ 以上によれば,Eは,17時00分の時点で,羊水塞栓及びそれに伴うDICに罹患し,それに基づくショック状態にあったものである。また,少なくとも16時55分以降のEの出血は,主としてDICによる出血傾向に基づくものである。

3  争点(3)(被告医師らの医療措置上の過失の有無)のうち,診断ミス及び止血処置の不十分について

(1)  診断ミスについて

原告らは,H医師が羊水塞栓と診断したことに過失がある旨主張する。

しかし,前記2に説示のとおり,Eは羊水塞栓及びそれに伴うDICに罹患し,それに基づくショック状態にあったものであり,少なくとも16時55分以降のEの出血は,主としてDICによる出血傾向に基づくものであるから,原告らの上記主張は,理由がない。

(2)  止血処置の不十分について

a 原告らは,Eには弛緩性出血による大量の出血が継続していたのであるから,H医師が採った子宮底マッサージ,止血剤投与等の止血処置では不十分であり,子宮及び膣の強填タンポン法,動脈結紮又は子宮摘出等の手術による止血処置を行うべきであった旨主張する。

しかし,前記2に説示のとおり,Eの出血の原因は,弛緩出血ではなく,羊水塞栓からDICを来した結果であるところ,証拠(鑑定)によれば,強填タンポン法はDICに起因する出血への止血としては無効であり,動脈結紮や子宮摘出等の手術による止血処置は,DICが改善しない時点では危険であると認められるから,原告らの上記主張は,理由がない。

b さらに,原告らは,出血傾向を助長する作用を有するヘパリンを投与した点にも過失がある旨主張するが,前記2に説示のとおり,Eの出血の原因は,弛緩出血ではなく,羊水塞栓からDICを来した結果であるから,原告らの上記主張は,その前提を欠き,理由がない。

4  争点(3)(被告医師らの医療措置上の過失の有無)のうち,輸液の遅れ,輸液量の不足及び輸血の遅れ,輸血量の不十分について

(1)  はじめに

証拠(甲11,16,鑑定)によれば,羊水塞栓の治療は呼吸管理,循環管理及びDIC治療が基本となることが認められる。本項では,循環管理について検討する。

(2)  Eの出血量について

ア 前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,Eが死に至る状態である不可逆性ショックの状態になったのは,血圧触診不能となった18時33分であると認められる。

イ 前記1に説示のEの診療・症状経過並びに証拠(証人H,鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,

(a) Eの分娩室入室(15時45分)から16時55分までの出血量は,羊水込みで1340g(羊水を除くと1000g程度と推定される。),

(b) 16時55分から17時25分までの出血量は460g,

(c) 17時25分から同32分までの出血量は160g,

(d) 17時32分から同58分までの出血量は260g,

(e) その後の出血量を17時32分から同58分までの出血量に基づき10g/分と仮定して推定すると,17時58分から不可逆性ショックとなった18時33分まで350g,

以上合計2230gとなることが認められる。

ウ 証拠(甲3,9,11,22,鑑定)によれば,循環血液量の15%の出血では無症状で,15ないし25%では軽度ショック,25ないし35%で中等度ショック,35ないし45%で重症ショック,45%以上で不可逆性ショック(危篤ショック)の状態になると考えられているが,Eの非妊娠時の体重に近い妊娠10週時の体重59.8kg(甲3)に基づきEの分娩時の循環血液量を計算すると,5860mlとなり,その45%は2637gとなることが認められる。

(3)  輸液の遅れ,輸液量の不足について

ア 証拠(甲11,17,22,鑑定)によれば,出血に対する輸液は,成分輸血を含めた輸血が開始されるまでの間に行うものであり,本件の場合,18時00分に新鮮凍結血漿の輸血が開始されるまでの間がそれに該当するところ,一般に,輸液量は,出血量の3倍を目安に投与することとされていることが認められる。

イ 前記(1)イに説示のとおり,15時45分から17時58分までの出血量は,合計1880gである。

ウ これに対し,前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,18時00分までに行われた輸液は,

(a) 15時45分開始のソルデム3A500ml,

(b) 17時13分開始のラクトリンゲル500ml,

(c) 17時25分開始のラクトリンゲル500ml(第2の点滴ルートによる。)の合計1500mlであり(17時32分開始の輸液プレドパ200mlは,循環血漿量を維持する輸液の目的からは除外されるべきである(鑑定)。),18時00分までの輸液速度も,5ないし18ml/時程度のものである。

エ 証拠(甲16,乙13)によれば,輸液は,スワン-ガンツカテーテルを挿入し,肺動脈圧及びCVPの測定を行い,その数値に注意しながら行うべきであることが認められ,本件ではスワン-ガンツカテーテルの挿入が行われていないが,上記アに指摘されている点からすると,18時00分までに現実に輸液された量はやはり少ないといわざるを得ないのであり,H医師には,輸液の遅れ,輸液量の不足の過失があったものと認めるべきである。

オ 鑑定は,「Eは16時55分の時点で羊水塞栓を発症していた可能性が高く,そうであるなら右心負荷があったと推測され,16時55分から18時00分までの1時間あまりの間に5640ミリリットルもの輸液を行うことは,Eの右心負荷を著しく増悪させる可能性がある。」と述べる。しかし,羊水塞栓の治療のための循環管理の一つとして輸液が挙げられているものであるから(甲11,17,22),Eが羊水塞栓に罹患していたことだけでは輸液をしない理由とはならない。また,鑑定が指摘する右心負荷を著しく増悪させるとの問題点も,1時間で5640mlもの大量輸液をすることを前提として述べているものと解されるから,上記認定と矛盾するものではない。

(4)  輸血の遅れ,輸血量の不十分について

ア 濃厚赤血球について

a 証拠(甲11,17,20,22,25の7,鑑定)によれば,本件のように羊水塞栓によるショックが先行している場合であっても,出血量の増加とともに出血性ショックを合併し,それが重症化すればEの状態はますます悪化することになるから,それを阻止するために濃厚赤血球の投与が必要となること,投与の時期は,出血が1000mlを超えてなお持続するときは血液を注文し,血液が到着次第輸血を開始すべきであり,ショック度の観点からは,遅くとも重症ショックとなるころにはその投与を行うべきであること,そうすると,本件において投与すべき時期は18時00分ころであることが認められる。

b 前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,H医師は17時05分の時点で濃厚赤血球を注文したことが認められ,注文の時点につき遅れは認められない。

しかしながら,前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,Eに対し濃厚赤血球の投与が開始されたのは,Eが不可逆性ショックの状態に至った時点(18時33分)後である19時40分である。

現実の投与の時期の遅れに過失があるか否かについて検討すると,証拠(乙5の1ないし3,6ないし8,44,証人H)及び弁論の全趣旨によれば,平成4年3月14日,Mに対する外科手術のために,Eと同じB型Rh+の濃厚赤血球20本が被告病院内に存在したこと,Mの外科手術は16時47分に終了し,上記濃厚赤血球をEのために使用することが可能であったこと,濃厚赤血球の投与のためには,交差適合試験が不可欠であるが,それに要する時間は30分程度であること(緊急度に応じて,より短い時点が行う方法もある。)が認められ,これらの事実によると,交差適合試験以外にも,運搬,準備等に多少の時間を要すること,当日の16時55分に救急車で搬入された交通外傷の重症患者がいたこと(乙7,8),当日は第2土曜日の休診日であったこと(乙8によれば,当日は,検査技師,薬局局員の呼出しが頻繁に行われていることが認められる。)を考慮しても,遅くとも18時00分には濃厚赤血球の投与を開始することを期待することができたものであり,これに遅れた被告病院の体制には過失があったものというべきである。

c そして,証拠(鑑定)及び弁論の全趣旨によれば,Eが不可逆性ショックに陥る前である18時33分までの間に濃厚赤血球が投与されていれば,Eの状態の改善に積極的に作用した可能性があったことが認められる。

イ 新鮮凍結血漿について

後記7で判断する。

5  争点(3)(被告医師らの医療措置上の過失の有無)のうち,気道の確保及び呼吸管理の遅れについて

(1)  気管内挿管,高濃度酸素による陽圧呼吸の遅れについて

ア 証拠(甲16,17,20,37,38,乙14ないし16,鑑定)によれば,次の事実が認められる。

(ア) 羊水塞栓の治療のうちの呼吸管理については,速やかに挿管の上,高濃度酸素による陽圧呼吸を行うべきである。前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,本件においても,17時18分の動脈血ガス分析結果は,5リットル/分の酸素吸入下でもPO2は56.1しかなく,肺のガス交換機能の低下がうかがわれている。

(イ) したがって,H医師としては,上記動脈血ガス分析結果が判明した17時23分以降直ちに,気管内挿管の上,高濃度酸素による陽圧呼吸を行うべきであった。

イ 前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,H医師は,コンデンサーバッグ付きマスクによる酸素投与は17時23分以前から行っていたものの,気管内挿管による高濃度酸素による陽圧呼吸は18時33分以降まで1時間以上遅れたものであり,H医師には,呼吸管理上の過失がある。

ウ なお,循環管理及びDIC治療も行わなければならないH医師一人で気管内挿管等を行うことが無理であったとしても,総合病院である被告病院においては,当直医(その存在は,H医師も証人尋問において認めている。)や緊急呼出しにより同僚医師の応援を得ることができるものであるから,H医師一人でEの治療に当たっていたことは,直ちに気管内挿管の上高濃度酸素による陽圧呼吸を行わなかったことをやむ得ないものとする事由とはなり得ない。

(2)  オピアル及びセルシンの投与について

ア 証拠(甲31,32,鑑定)によれば,次の事実が認められる。

(ア) オピアルの極量は1回30mgであるが,当時のEは慎重投与の条件に該当した。

(イ) また,セルシンは,心障害のある者,高度重症患者,呼吸予備力の制限されている患者では,静注時に無呼吸,心停止を起こしやすいところ,当時のEは慎重投与の条件に該当した。

(ウ) したがって,気管内挿管を担当したI医師としては,オピアルの投与を10mgにとどめ,かつ,セルシンとの併用を避けるべきであった。

イ しかるに,前記説示のEの診療・症状経過によれば,I医師は,18時25分にオピアル20mgを投与し,18時30分にセルシン10mgを側注したのもであるから,オピアルを多量に投与し,かつ,セルシンを併用した点において過失がある。

ウ そして,前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,オピアルが投与される前の18時25分時点では,血圧が74/50,心拍数167と低いながらも肺のガス交換機能は保たれていたものであるが(鑑定),セルシン投与直後の18時33分に血圧触診不能の状態に陥ったものであり,このようなオピアル及びセルシンの投与とEが血圧触診不能に陥った時期との時間的関係からすると,オピアル及びセルシンの投与がEのショック状態の悪化に及ぼした影響は,相当程度あったものと認められる。

6  争点(3)(被告医師らの医療措置上の過失の有無)のうち,代謝性アシドーシス補正の遅れについて

(1)  前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,17時18分にされた動脈血ガス分析結果は,pH7.316,BE(ベースエクセス)-10.4であるから,Eは代謝性アシドーシス(甲33)の状態にあったものである。

(2)  証拠(甲11,17,25の5,鑑定)によれば,H医師としては,上記動脈血ガス分析結果が判明した17時23分以降直ちに,即効性のあるメイロン(炭酸水素ナトリウム)を投与すべであったことが認められる。

(3)  しかしながら,前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,H医師がメイロンを投与したのは18時15分であり,H医師には,代謝性アシドーシスを補正する処置を50分程度遅れた過失がある。

(4)  証拠(甲25の2,乙11,鑑定)によれば,酸塩基平衡から見た不可逆性ショックの基準はpH7.0以下であること,pHが7.15を割った場合にメイロンを用いるべきであるとされていること(乙11)からすると,Eの代謝性アシドーシスの程度はさほど差し迫った状況ではなかったものと認められる。そして,即効性はないものの17時13分,同25分にラクトリンゲル各500mlの投与が開始されていたことも合わせ考慮すると,代謝性アシドーシス補正の遅れがEのショック状態の悪化に与えた影響はさほどなかったものと認められる。

7  争点(3)(被告医師らの医療措置上の過失の有無)のうち,DIC治療の不十分について

(1)  証拠(甲9,11,12,16ないし18,20,25の6,42,乙13ないし16,証人H,鑑定)によれば,次の事実が認められる。

ア 羊水塞栓の治療のうち,DIC治療については,抗凝固療法と,凝固因子が消費されるためこれを補う補充療法が必要である。

イ 抗凝固療法としては,羊水塞栓についてはヘパリンが用いられ,血中のアンチトロンビンⅢが低下しているときはアンチトロンビンⅢ製剤を補充し,フサン等のセリンプロテアーゼインヒビターを用いる。

ウ 補充療法としては,新鮮凍結血漿,血小板,新鮮血輸血を行う方法があるが,凝固因子を補充する目的での輸血においては,新鮮凍結血漿で十分であり,新鮮血までは必要ではない。それでも止血困難な場合には,フィブリノーゲン製剤が用いられるが,肝炎ウイルスの除去が完全ではないことから慎重投与が必要である。

(2)  前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,H医師は,17時06分にヘパリン3000単位を投与し,18時19分にフサン10Aを投与している(なお,不可逆性ショックとなった後である18時38分にもヘパリン3000単位を投与している。)。

(3)  H医師は,アンチトロンビンⅢ製剤は投与していない。この点につき,H医師は,17時06分のヘパリン投与後1時間半にわたってEの意識等が維持されたのはアンチトロンビンⅢが低下していなかったことを示し,アンチトロンビンⅢ製剤を投与する必要はまだなかった旨証言するが,前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,確かに,18時25分のオピアル投与までEの意識は明瞭であったものであるから,H医師のこの点の判断が誤りであるとはいえない。

(4)  補充療法としては,前記1に説示のEの診療・症状経過によれば,H医師は,17時05分に新鮮凍結血漿を注文し,到着した新鮮凍結血漿を解凍の上,18時00分から投与を開始し,Eが不可逆的ショックに至った18時33分前までに4単位を投与している。

また,肝炎ウイルスの点も考慮すると,本件において,新鮮凍結血漿に加えて,フィブリノーゲン製剤を投与すべきであったとまでは認められない。

(5)  以上によれば,DIC対策の不十分をいう原告らの主張は,理由がない。

8  争点(2)(Eの死因)及び争点(4)(死亡との因果関係)について

(1)  Eの死因

前記2に説示のとおり,Eは,17時00分の時点で,羊水塞栓及びそれに伴うDICに罹患し,それに基づくショック状態にあったものである。

そして,前記4に説示のとおり,Eの分娩室入室(15時45分)から不可逆性ショックとなった18時33分までに合計2230gの出血があったものと推定することができる。

そうすると,Eが18時33分に不可逆的ショックに陥った原因は,羊水塞栓及びそれに伴うDICに罹患し,それに基づくショック状態にあったところ,出血量の増加とともに出血性ショックを合併し,それが重症化したことによって,Eの状態がより悪化したものと認めるべきである(鑑定)。

(2)  救命可能性

ア 証拠(乙15)によれば,羊水塞栓は,母体血中に流入した羊水の量及び流入速度により,軽症のものから死亡に至る重症のものまで幅広い臨床像を示すこと,軽症例では,分娩後の一過性の呼吸苦や出血量の増加があるが,重症例では,予後不良例が多いことが認められる。

前記1に説示のEの診療・症状経過及び前記2に説示のEがDICの状態にあったことによれば,Eは,重症例に属するものと認められる。

羊水塞栓が発症した場合の母体死亡率については,80%以上(甲21。平成9年当時の文献),60ないし80%(甲20。平成3年当時の文献),80%(甲17。平成6年当時の文献),90%(乙15。平成7年当時の文献で,重症例における死亡率。),50%以上の救命率を得ることは難しい(乙14。平成2年当時の文献)とされている。

イ そうすると,H医師らの過失行為がなかった場合,Eの延命を図ることができたと高度の蓋然性をもって認められるのは数時間程度であると認められる(鑑定)。しかし,H医師らに,輸液の遅れ,濃厚赤血球の投与の遅れ,気管内挿管の上,高濃度酸素による陽圧呼吸の遅れ及びオピアル等使用上の誤り,代謝性アシドーシス補正の遅れ(特に,濃厚赤血球の投与の遅れ,オピアル等使用上の誤り)の過失がなければ,その後のEの救命率は20%程度あったものと認めるのが相当である。

9  争点(6)(損害額)について

(1)  原告A及び原告B

前記8に説示のとおり,H医師らの過失行為がなかったとしても,Eの延命が可能であったのは数時間程度であること,しかし,H医師らに,輸液の遅れ,濃厚赤血球の投与の遅れ,気管内挿管等の遅れ及びオピアル等使用上の誤り,代謝性アシドーシス補正の遅れ(特に,濃厚赤血球の投与の遅れ,オピアル等使用上の誤り)がなければ,20%程度の救命可能性はあったこと,その他本件に顕れた諸般の事情を総合すれば,Eに対する本件診療契約の不履行による慰謝料額は,700万円と認めるのが相当である。原告A及び原告Bは,その2分の1である各350万円を相続したものである。

同原告らの逸失利益の請求は,理由がない。

(2)  原告C及び原告D

前記8に説示のとおり,H医師らの過失行為がなかったとしても,Eの延命が可能であったのは数時間程度であること,その他本件に顕れた諸般の事情を総合すれば,原告C及び原告Dについては,不法行為により,慰謝料各10万円及び弁護士費用各2万円並びにこれらに対する平成4年3月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を認めるのが相当である。

原告Cの葬祭料の請求は,理由がない。

10  結論

以上のとおり,原告A及び原告Bの請求は,本件診療契約の不履行による損害金各350万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成9年11月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を,原告C及び原告Dの請求は,不法行為による損害金各12万円及びこれに対する平成4年3月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから認容し,原告らのその余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条及び65条1項本文を,仮執行の宣言について民事訴訟法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市川正巳 裁判官 千々和博志 裁判官 工藤哲郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例