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仙台地方裁判所 平成6年(ワ)1426号 判決

原告

株式会社バイクハイ

右代表者代表取締役

渡邉登

右訴訟代理人弁護士

玉川敏夫

被告

本田孝

被告

本田正敏

右両名訴訟代理人弁護士

杉山茂雅

主文

一  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金三〇〇万円及びこれに対する平成六年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、オートバイによる配達業を目的とする会社であり、被告本田孝(以下「被告孝」という。)は平成五年一〇月二五日に入社し、平成六年六月六日に退社した原告の元従業員であり、被告本田正敏(以下「被告正敏」という。)は被告孝の実父である。

2  被告ら及び取下前相被告木村弘志(以下「木村」という。)は、被告孝及び木村が原告を退社した平成六年六月下旬ころから、被告正敏がその肩書住所地に設立経営している訴外有限会社本田設備(以下「訴外会社」という。)内に、被告正敏がスポンサーとなり、被告孝が代表者となって、「コメット」という店名で、原告と営業内容を同じくするオートバイによる配達業を開設した。

3  被告ら及び木村の経営する「コメット」は、そのころから被告孝及び木村が原告の承諾なしに無断で持ち出した住所録と題する顧客名簿を使って営業を開始し、現在まで原告の得意先を訪ねて物品配達を引き受けて営業を続け、原告の得意先を奪い取ってその営業を妨害し、原告に多大の損失を与えた。

4(一)  被告ら及び木村は、共謀して、被告孝及び木村が原告の元従業員として、社会慣行上当然に認められている秘密保持義務と競業避止義務に違反して原告に営業上の利益を失わしめたものであるから、その共同不法行為による損害を賠償する義務がある。

(二)  被告孝は、木村とともに原告の顧客名簿である住所録を無断で持ち出し、被告正敏とともに「コメット」の商号で、原告の得意先を奪い取って物品配達の営業を続けて原告の営業を妨害し、原告に損害を与えたものであって、不正競争防止法二条一項七号所定の「営業秘密を保有する事業者からその営業秘密を示された場合において、不正の競業その他の不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為」に該当し、不正競争行為となるから、被告らは原告の被った損害を賠償する義務がある。

5  原告が被った損害の額は、平成六年六月から本訴提起までの五ケ月間で月額粗利益で金六〇万円宛であり、原告は三〇〇万円の損害賠償請求権を有する。

6  よって、原告は、被告らに対し、不法行為損害賠償請求権及び不正競争防止法に基づき、連帯して金三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年一一月二七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、被告孝が「コメット」の代表者となったことは否認し、その余は認める。

3  同3及び4は否認し、争う。

4  同5は争う。

三  被告の主張

1  原告のいう住所録(甲第一号証、以下「本件住所録」という。)は、被告孝が原告で働いていた際に、バイクの箱の中に入れられていたものであるが、被告孝は、原告をやめる際にはバイク便の仕事をする意思はなく、退職に際して原告に返還しており、また、コピーを取ったこともない。

2  被告孝は、その後、木村に誘われてバイク便をすることになったが、その際に本件住所録を利用してダイレクトメールを送ったことはない。但し、自分が実際に回っていたところについては、バイク便を始めるに際して、ダイレクトメールを一部送ったことはある。

3  被告孝がバイク便を始めてから、原告の顧客であったものから、原告が対応できなかったような場合に単発的に配達の仕事を依頼されたことはある。しかし、原告の顧客を奪い、原告の営業を妨害したような事実はない。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  原、被告らの関係、コメットの開業と原告との競業状況等について、まず判断する。

1  請求原因1及び被告孝が「コメット」の代表者となったことを除く、その余の請求原因2の各事実は当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いがない事実に、証拠(甲一、乙一、二、原告代表者本人及び被告孝本人)を総合すれば、以下の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、オートバイによる配達業を目的とする会社であり、被告孝は、平成五年一〇月二五日に入社し、オートバイによる配達員として稼働していた。本件住所録は、被告孝が原告で働いていた際に、バイクの箱の中に入れられており、原告の顧客から配達の依頼があると、本件住所録で当該顧客の住所を調べて荷物をとりに行くように指示されていた。被告孝は、配達の途中での会社員とのトラブルを契機として平成六年六月六日に原告を退社した。

(二)  木村も、また、原告の従業員であったものであるが、原告を退社した後、バイク便の会社を設立しようとしていた。しかし、木村の右計画は平成六年六月末ころには頓挫した。木村は、被告孝の父被告正敏が会社を経営していることを聞き知っていたことから、同年七月初旬ころ、被告らにバイク便の事業を行うことを提案した。被告正敏が、これに賛同したことから、被告正敏がその肩書住所地に設立経営している訴外会社の一部門として、「コメット」という店名で、原告と営業内容を同じくするオートバイによる配達業を開設し、同年八月二三日から営業を開始した。

(三)  被告らは、「コメット」の開業に当たり、その宣伝活動として「『配送部門』の発足のご挨拶」と題するチラシ(乙第一号証)及び「書類、小荷物のバイク便急送!」と題するチラシ(乙第二号証)を作成し、電話帳で調べたバイク便を利用しそうな事業所に右チラシをダイレクトメールで送付し、また、仙台市の中心部の事業所のあるビルのポストに右チラシを投函したりした。そして、右チラシの投函の途上、以前原告に稼働していた際の顧客に開業の挨拶をしたりもした。

そのため、原告のもとには、アテナ代行センター、ライトスタッフ、イズミコピーセンター、アートデンタル、デザインスタジオドゥー、トラスト等一〇数社から、原告の元従業員が新しくバイク便を始めたのでよろしくといった様な挨拶があったとの情報が伝えられた。

コメットの開業の後、以前、原告の顧客であったアートデンタル、ライトスタッフとがコメットと取引があるほか、本件住所録に記載された会社のうち、一〇社程度がコメットと取引がある。

3  なお、原告は、被告らが被告孝らが原告の従業員をしていたときに貸与されていた本件住所録を持ち出し、もしくは不正複写して営業を開始し、現在まで原告の得意先を訪ねて物品配達を引き受けて営業を続けていると主張するが、木村が本件住所録から抜粋して作成したとして提出されているメモ(甲第六号証)も、原告代表者本人尋問の結果を前提にしても、木村が原告に在籍中に利用していたものと認められ、自らが訪問することの多い事業所を原告の事業遂行上の便宜のために本件住所録から抜粋していたのではないかと窺われ、被告本人尋問の結果も併せると、右の存在をもって、原告の主張事実を推認できないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

二 前項の認定事実を踏まえて、被告らの責任の存否について判断する。

1  労働者は、その負担する誠実義務の一つとして競業避止義務を負うと解されるが、労働者には職業選択の自由が保証されていることから、商法等により特別規定された場合を除き、雇用関係終了後は、当事者間で特約された場合において、しかも合理的な範囲においてのみ競業避止義務を負うものと解するのが相当である。もっとも、労働者が雇用関係中に知りえた業務上の秘密を不当に利用してはならないという義務は、不正競争防止法の規定及びその趣旨並びに信義則の観点からしても、雇用関係の終了後にも残存するといえようが、右を不正、不法と評価するに際しては、労働者が有する職業選択の自由及び営業の自由の観点から導かれる自由競争の原理を十分斟酌しなければならない。

右観点からすれば、雇用契約上、雇用関係終了後の競業避止義務及び秘密保持義務について何らの規定がない場合において、労働者が雇用関係終了後に同種営業を開始し、開業の際の宣伝活動として、従前の顧客のみを対象とすることなく、従前の顧客をも含めて開業の挨拶をすることは、特段の事情のない限り、自由競争の原理に照らして、許されるものというべきである。

2 これを本件について見るに、被告らがコメットの開業に際して作成した二通のチラシは、特別、原告を誹謗し、中傷する内容を含むものではないし、一般的な開業の挨拶と料金の掲載程度に止まるものであり、被告らの開業の際の宣伝活動は右チラシの電話帳を利用したダイレクトメールの送付と無作為のポスティングが中心になっており、そのチラシの投函の過程で原告の従業員であった際に回っていた顧客に開業の挨拶をしたに止まるものであるから、信義則上負担する前記義務に違反するものであるとは評価することは困難であるというべきである。

したがって、不法行為損害賠償請求権に基づく原告の請求は理由がない。

3  また、被告らがコメットの開業に際して本件住所録を利用して宣伝活動をしたと認められないことは、先に判示したとおりであり、他に被告らが原告の営業の秘密を図利加害目的で不正に利用したと認めるに足りる証拠はないから、不正競争防止法違反をいう原告の主張もまた理由がない。

三  結論

以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官深見敏正)

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