大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成26年(ワ)468号 判決

主文

1  被告らは,原告Aに対し,連帯して2675万8614円及びこれに対する平成26年5月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告Bに対し,連帯して1709万6407円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告らは,原告Cに対し,連帯して1709万6407円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  原告らのその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は,これを20分し,その3を原告らの負担とし,その余を被告らの負担とする。

6  この判決は,第1項ないし第3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告らは,原告Aに対し,連帯して3596万2096円及びこれに対する平成26年5月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは,原告Bに対し,連帯して1825万6048円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告らは,原告Cに対し,連帯して1825万6048円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告Fの設置管理する医療機関「G」(以下「被告クリニック」という。)において経口避妊薬の処方を受けていたDが死亡したことにつき,Dの相続人である原告らが,被告Eに添付文書に違反して経口避妊薬を処方した等の過失があったとして,被告Fに対しては,診療契約上の債務不履行責任又は不法行為責任(使用者責任)に基づき,被告Eに対しては,不法行為責任に基づき,それぞれ損害賠償金及び訴状送達の日の翌日である平成26年5月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  前提事実(争いのない事実又は証拠等によって容易に認定することができる事実。以下,各証拠等に付記された【 】内の数字は該当箇所を示す。)

(1)  原告AはD(昭和44年11月20日生まれ)の夫,原告B及び原告CはDの子である。原告らは,平成21年6月11日にDが死亡したため,原告Aは法定相続分2分の1の割合で,原告B及び原告Cはいずれも法定相続分4分の1の割合で,Dの権利義務を共同相続した。(甲C1の1ないし1の5)

(2)  被告Fは,本件クリニックを設置管理する医療法人である。被告Eは,本件クリニックに勤務する医師であり,Dの診療を担当した。(争いのない事実)

(3)  診療経過

ア Dは,平成20年8月5日より被告クリニックを受診し,被告Fとの間で,医療行為を受けることに関する診療契約を締結した。

イ Dは,平成20年8月16日から平成21年5月18日にかけて,低用量経口避妊薬(低用量OC。以下,単に「OC」という。)である「トリキュラー錠28」(以下「トリキュラー28」という。)及び「オーソM-21錠」(以下「オーソM-21」という。)の処方を受けた(なお,一時処方が中断された期間がある。)。(甲A6【3ないし5頁】,乙A1)

(4)  Dは,平成21年6月11日,財団法人仙台市医療センター仙台オープン病院(以下「仙台オープン病院」という。)に救急搬送され,死亡した。(甲A1)

(5)  医学的知見

ア 血栓症とは,血管内で血栓(血小板,フィブリン,赤血球等の血漿成分が凝固したもの)が形成されることをいい,静脈血栓塞栓症(VTE。以下「VTE」という。)と動脈血栓塞栓症(ATE。以下「ATE」という。)に分けられる。(乙B1,2)

イ 肺血栓塞栓症(以下「肺塞栓」という。)とは,下肢や骨盤の静脈からの血栓,空気等が右心系を経て肺動脈の閉塞を起こすことをいい,VTEに含まれる。(甲B1)

ウ 低用量経口避妊薬(OC)は,経口避妊薬のうち,含有ホルモン量が低用量化しているものであり,トリキュラー28,オーソM-21はいずれもOCに当たる。(甲B5,乙A1)

エ WHOの医学的適用基準(第3版。以下「WHO基準」という。)は,OCの処方について次のとおり定めている。(甲B5)

(ア) 分類3;収縮期140~159mmHg又は拡張期90~99mmHgの血圧レベル(他に適当な方法がない場合を除き,通常は使用を推奨できない。)

(イ) 分類4;収縮期160mmHg以上又は拡張期100mmHg以上の血圧レベル(使用してはいけない。)

オ オーソM―21の添付文書の禁忌欄(次の患者又は女性には投与しないこととされている。)には以下の記載が存在する(甲B2。以下,この記載を「本件記載」という。)。

高血圧のある患者(軽度の高血圧の患者を除く)[血栓症等の心血管系の障害が発生しやすくなるとの報告がある。また,症状が増悪することがある。]

2  争点

本件の争点は,(1)Dの死因,(2)被告Eに添付文書に違反してDにオーソM-21を処方した注意義務違反があるか,(3)被告EにDに血栓症に関する指導をしなかった注意義務違反があるか,(4)上記各注意義務違反とDの死亡との間に因果関係があるか,(5)損害の発生及び額であり,これらの点に関する当事者の主張は,以下のとおりである。

(1)  Dの死因

(原告らの主張)

Dの死亡に至る経過,救急搬送記録及び診療録の記載等によれば,Dの死因は肺塞栓による呼吸不全である。

(被告らの主張)

Dは死後に病理解剖されておらず,その死因を特定することはできない。また,肺塞栓は,血液凝固能の亢進がリスク因子となって生じるところ,Dの心肺停止後の出血・凝固検査結果によれば,PT(プロトロンビン時間。血液凝固による血栓形成・補強という二次止血能のうち,特に外因系凝固因子を評価するもの。PT%は80%~120%が基準値とされ,活性の低下は凝固能低下を示す。)の活性の低下,APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間。二次止血能のうち,特に内因系凝固因子を評価するもの。25~40秒が基準値とされ,55秒以上の高度延長では凝固因子の欠乏症の可能性がある。)の高度延長が見られた。これらの数値は血液凝固因子が不足,欠乏し,むしろ出血をきたしやすい状態となっていることを示唆するものであり,肺塞栓の症状と整合しない。

(2)  被告Eに添付文書に違反してDにオーソM-21を処方した注意義務違反があるか。

(原告らの主張)

ア オーソM―21の添付文書は,本件記載のとおり,高血圧のある患者への処方を禁忌としている。

平成21年4月21日のDの血圧は,拡張期が112mmHgであり,WHO基準の分類4に該当した。また,同年5月18日のDの血圧は,収縮期が141mmHg,拡張期が95mmHgであり,WHO基準の分類3に該当した。したがって,上記の2日のDの状態は,上記添付文書が禁忌とする高血圧に当たる。

イ そうすると,被告Eには,平成21年4月21日及び同年5月18日,Dに対し,オーソM-21を処方しない注意義務があったにもかかわらず,これを処方した注意義務違反がある。

(被告らの主張)

ア 平成21年4月21日のDの血圧は,形式的にはWHO基準の分類4に該当するが,血圧は,被測定者の体調を含む測定環境によって大幅に変動することから,一過性の変動ではなく,継続的な測定結果に基づき評価をすることが必要であるところ,Dの同日前後の血圧を含めた平均血圧はWHO基準の分類3にとどまる。そして,同分類3は軽度な高血圧にすぎないから,Dへの処方は上記添付文書が禁忌とする高血圧のある患者への処方に当たらない。

また,同年5月18日のDの血圧は,WHO基準の分類3にとどまるから,Dへの処方は上記添付文書が禁忌とする高血圧のある患者への処方に当たらない。

イ 仮に,Dの死因が肺塞栓であり,かつ,DへのオーソM-21の処方が,上記添付文書が禁忌とする高血圧のある患者への処方に当たるとしても,上記添付文書の本件記載は,肺塞栓を含むVTEではなく,ATEを念頭に置いたものであって,Dの死因である肺塞栓は,上記添付文書が防止しようとした結果ではないから,被告Eの過失が推定されるものではない。

ウ したがって,原告らの主張する過失は存在しない。

(3)  被告EにDに血栓症に関する指導をしなかった注意義務違反があるか。

(原告らの主張)

オーソM-21の添付文書には,顕著な血圧上昇が見られた場合は,直ちに医師等に相談するように,あらかじめ説明するよう求める記載がある。したがって,被告Eは,平成21年3月30日,Dに対し,顕著な血圧上昇が見られた場合には,血栓症が発生し死に至る危険があるため,医師に相談することを指導し,相談すべき血圧上昇の基準を説明する指導義務があるにもかかわらず,これを怠った注意義務違反がある。

(被告らの主張)

添付文書及びガイドラインでは,OCの服用を中止すべき「顕著な血圧上昇」についての具体的基準が定められていないから,被告Eに原告らの主張する指導義務はない。

また,被告Eは,OCの初回処方時,Dに対し,胸の苦しさ,足の痛み,頭痛等,通常と異なる症状があれば服用をやめて連絡するように指導した上で,副作用の説明が記載されたパンフレットや服用者向け情報提供資料を交付した。したがって,被告Eは指導義務を尽くしている。

(4)  上記各注意義務違反とDの死亡との間に因果関係があるか。

(原告らの主張)

ア 上記(2)の注意義務違反とDの死亡との間の因果関係について

オーソM-21を含むOCを服用すると,VTEのリスクが高まる。また,Dには,平成21年4月21日及び同年5月18日当時,高血圧,頻脈,体重増加等の症状が表れており,VTEのリスクが高まった状態であった。このため,被告Eが同年4月21日及び同年5月18日にDにオーソM-21を処方したことによって,これを服用したDが肺塞栓を発症したのであり,被告Eが上記処方をしなければ,Dが肺塞栓を発症することはなく,呼吸不全に陥ることもなかった。

したがって,Dの死亡を回避することができた高度の蓋然性があり,被告Eの上記(2)の注意義務違反とDの死亡との間には因果関係がある。

イ 上記(3)の注意義務違反とDの死亡との間の因果関係について

被告Eが平成21年3月30日に,Dに対し,顕著な血圧上昇が見られた場合には,医師に相談することを指導し,相談すべき血圧上昇の基準を説明していたならば,同年4月21日にDに対するオーソM-21の処方が再開されることはなく,DのVTEのリスクは徐々に減少し,肺塞栓を発症することもなかった。

したがって,Dの死亡を回避することができた高度の蓋然性があり,被告Eの上記(3)の注意義務違反とDの死亡との間には因果関係がある。

(被告らの主張)

VTEとATEは別個の病態であり,高血圧はVTEのリスクを高めるものでない。仮にDがVTEである肺塞栓を発症し死亡したとしても,それはD自身に内在していた,肥満やうつ状態に伴う長期臥床,うつ病の薬パキシルの服用中断といった,高血圧やOC服用以外の要因によって発症したものにすぎない。

したがって,上記各注意義務違反とDの死亡との間に因果関係はない。

(5)  損害の発生及び額

(原告らの主張)

ア Dの損害を相続したもの

(ア) 死亡慰謝料 2200万円

(イ) 逸失利益  3638万5629円

Dは,家事従事者であったから,平成21年賃金センサス女性労働者学歴計全年齢平均年収348万9000円を基礎として,ライプニッツ式計算方法により,年5%の中間利息を控除し,生活費控除率を30%,就労可能年数を28年(39歳(Dの死亡時)から67歳まで)として計算すると,その逸失利益は,348万9000円×(1-0.3)×14.8981=3638万5629円となる。

(ウ) 原告ら各自の相続額

原告らは,Dの死亡慰謝料及び逸失利益を,原告Aが2分の1,原告B及び原告Cが4分の1の割合で相続したから,それぞれ,2919万2815円,1459万6407円,1459万6407円となる。

イ 原告Aの固有の損害

(ア) 葬儀費用  150万円

(イ) 慰謝料   200万円

ウ 原告B及び原告Cの固有の損害

慰謝料    200万円ずつ

エ 弁護士費用

原告A 326万9281円

原告B 165万9641円

原告C 165万9641円

オ 原告らの各損害額

原告A 3596万2096円

原告B 1825万6048円

原告C 1825万6048円

カ 素因減額

被告らは,Dの肺塞栓発症には,肥満,うつ状態に伴う長期臥床,パキシルの服用中断等の要因が関与しているから,大幅な素因減額がされるべきであると主張するが,素因減額は,発生した損害がその加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超える場合にのみ認められるところ,Dが肺塞栓によって死亡したことは,加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超える損害であるとはいえないから,被告らの主張は理由がない。

また,肥満,長期臥床及びパキシルの服用中断については,これらを体重測定や問診等によって把握しなかったこと自体が被告Eの落ち度であり,素因減額の要因とすることは相当ではない。

キ 損益相殺

被告らは,医薬品副作用被害救済制度に基づき原告Aに対して支払われた遺族一時金及び葬祭料につき損害額と損益相殺されるべきであると主張するが,遺族一時金は,遺族に対する見舞等を目的とするものであり,また,遺族一時金及び葬祭料の支給対象者は,独立行政法人医薬品医療機器総合機構法施行令によって定められており,民法の相続規定に従っていない。したがって,遺族一時金及び葬祭料は損害の填補を目的とするものではなく,被告らの上記主張は理由がない。

(被告らの主張)

ア 葬儀費用を除いて争う。

Dは,不安神経症やうつ状態のため家事ができない状態であったから,逸失利益の算出における基礎収入は,平成21年賃金センサス女子労働者学歴計全年齢の平均賃金年収額348万9000円の50%である174万4500円とすべきである。

イ 素因減額

Dの肺塞栓発症には,肥満,うつ状態に伴う長期臥床,パキシルの服用中断等の要因が関与しているから,大幅な素因減額がされるべきである。

ウ 損益相殺

原告Aは,独立行政法人医薬品医療機器総合機構から,医薬品の副作用救済給付として,遺族一時金713万5200円及び葬祭料19万9000円の支給を受けており,同額について素因減額後の損害額と損益相殺がされるべきである。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

上記前提事実に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を併せると,以下の事実が認められる。

(1)  診療経過について

ア Dは,平成20年8月5日,被告クリニックを受診し,被告Eに対し,月経痛及び月経前に調子が悪いとの月経困難症を訴え,血液検査等を受けた。Dが,たばこを1日に1箱吸っていると申告したところ,被告EはOCを処方するためには,たばこの本数を1日10本以下にする必要があると指導した。(甲A6【2,3頁】)

イ Dは,平成20年8月16日,被告クリニックを受診し,OC問診チェックシートにたばこを1日5本吸うと記載した。同日の血圧測定の結果は収縮期118mmHg,拡張期78mmHgであり,WHO基準の分類3及び分類4のいずれにも当たらないものであった。

被告Eは,同日,Dに対し,トリキュラー28を1か月分処方した。(甲A6【3,16頁】)

ウ Dは,平成20年9月12日,被告クリニックを受診し,たばこを1日10本吸っていると申告した。同日の血圧測定の結果は収縮期137mmHg,拡張期87mmHgであり,WHO基準の分類3及び分類4のいずれにも当たらないものであった。

被告Eは,同日,Dに対し,トリキュラー28を2か月分処方した。(甲A6【3頁】)

エ Dは,平成20年11月4日,被告クリニックを受診し,たばこを1日10本吸っていると申告した。同日の血圧測定の結果は収縮期150mmHg,拡張期86mmHgであり,WHO基準の分類3に当たるものであった。

被告Eは,同日,Dに対し,トリキュラー28を3か月分処方した。(甲A6【3頁】)

オ Dは,平成21年1月27日,被告クリニックを受診し,被告Eに対し,トリキュラー28を服用しても月経前の調子が悪く,現在デバス(うつ病等に効果がある薬剤で,0.1%~5%未満の頻度でふらつき,めまい等の副作用が生じるとされる。乙B4-8),パキシル(うつ病に効果がある薬剤で,1%以上の頻度で,倦怠感,疲労,めまい等の副作用が生じるとされる。乙B4-9)等を服用していると申告した。同日の血圧測定の結果は収縮期150mmHg,拡張期88mmHgであり,WHO基準の分類3に当たるものであった。

被告Eは,処方するOCをトリキュラー28からオーソM-21に変更することとし,同日,Dに対し,オーソM-21を1か月分処方した。(甲A6【3,4頁】)

カ Dは,平成21年2月25日,被告クリニックを受診した。同日の血圧測定の結果は収縮期142mmHg,拡張期95mmHgであり,WHO基準の分類3に当たるものであった。

被告Eは,同日,Dに対し,オーソM-21を1か月分処方した。(甲A6【4頁】)

キ Dは,平成21年3月30日,被告クリニックを受診した。同日の血圧測定の結果は,1回目が収縮期179mmHg,拡張期116mmHg,2回目が収縮期155mmHg,拡張期104mmHgであり,いずれもWHO基準の分類4に当たるものであった。

被告Eは,同日,Dに対し,OCを処方しなかった。(甲A6【4頁】)

ク Dは,平成21年4月21日,被告クリニックを受診し,被告Eに対し,自宅での血圧測定の結果が収縮期138mmHg,拡張期が112mmHgであることを伝えた。上記の血圧は,WHO基準の分類4に当たるものであった。

被告Eは,同日,Dに対し,オーソM-21を1か月分処方した。(甲A6【4頁】)

ケ Dは,平成21年5月18日,被告クリニックを受診し,被告Eに対し,自宅での血圧測定の結果が収縮期141mmHg,拡張期95mmHgであることを伝えた。上記の血圧は,WHO基準の分類3に当たるものであった。

被告Eは,同日,Dに対し,オーソM-21を1か月分処方した。(甲A6【5頁】)

コ 平成21年6月11日の経過

(ア) 原告Aは同日午前6時頃,自宅トイレ内において物音がしたため様子を見に行ったところ,トイレの扉が開き,Dが崩れ落ちるように出てきて倒れ込み,息苦しそうな様子であった。原告Aは,同日午前6時14分頃,救急車を要請した。(甲A13,17)

(イ) 救急隊は,同日午前6時23分頃,Dの自宅に到着した。その際,Dは廊下に側臥位となっており,顔面蒼白,失禁が認められた。救急隊がDに対し主訴を確認するも明確な回答はなく,うなっている状態であった。(甲A13)

(ウ) 救急隊は,同日午前6時28分頃,Dを救急車に収容し,仙台オープン病院に搬送した。収容時のDの意識状態はJCS(ジャパンコーマスケール。以下「JCS」という。)3~10,呼吸が36回/分,脈拍が140回/分,血圧が収縮期210mmHg,拡張期159mmHg,Sp0?(動脈血酸素飽和度)が90~95%であり,頻呼吸,頻脈といえる状態であった。救急隊は,搬送中にDに対し,カニューラ及びリザーバーマスクを用いて酸素投与をしようとしたものの,Dが嫌がり外したため,カニューラ及びリザーバーマスクを口元に近づけることで酸素投与を行った。(甲A13,弁論の全趣旨)

(エ) 救急車は,同日午前6時39分頃,仙台オープン病院に到着した。

Dは呼吸苦を強く訴えており,顔面にチアノーゼ(血中の還元ヘモグロビン又は異常ヘモグロビンの増加によって,皮膚及び粘膜が暗紫赤色を呈する状態のこと。甲B4の3)が強く出現していたが,体幹,四肢等にはチアノーゼは見られなかった。

仙台オープン病院では,呼吸状態把握のため,血液ガス検査等の準備をしていたが,意識レベルが低下し徐脈となり,同日午前6時47分には心肺停止となった。

(オ) 心肺停止後,即座にCPR(心肺蘇生法)が開始され,心臓マッサージ,15Lリザーバーマスク,アンビューバッグによる換気,エピネフリン5Aの処方がなされた。気管挿管も試みるが,気管内にチューブを挿入することはできなかった。同日午前6時55分頃,PEA(無脈性電気活動。心停止の一種)となり,同様の状態が続いた。

その後,心拍,自発呼吸の再開をみることなく,同日午前8時頃,Dの死亡が確認された。((エ)ないし(オ)について,甲A3【2枚目表】)

サ 死体検案書において,Dの直接死因は呼吸不全であるとされている。(甲A1)

(2)  独立行政法人医薬品医療機器総合機構は,平成27年4月10日,原告Aの請求を受けて,Dが医薬品の副作用によって罹患した肺塞栓によって死亡したことを前提に,原告Aに対し,遺族一時金713万5200円及び葬祭料19万9000円を支給した。(甲C10)

(3)  医学的知見

ア VTEについて

(ア) 静脈に血栓が生じるVTEには,深部静脈血栓症と肺塞栓がある。

静脈に生じる血栓はフィブリンや赤血球から構成されることが多く,血小板の関与は比較的少ないとされる。

四肢の静脈には筋膜より浅い表在静脈と深い深部静脈があり,骨盤や下肢を中心とする深部静脈で血栓が発生するものが深部静脈血栓症である。肺塞栓は深部静脈血栓症と連続した病態であり,深部静脈血栓症の合併症ともいえる。(甲B4の8,乙B2,7,16)

(イ) VTEの危険因子としては,血流停滞,血管内皮障害,血液凝固能亢進が挙げられている。(甲B4の8)

(ウ) OCを服用すると,凝固因子であるフィブリノゲン,プロトロンビン等が上昇する一方,凝固抑制因子であるアンチトロンビン,プロテインS等が低下するため血液凝固能が亢進する。

OCの服用により,VTEを発症する危険は3~5倍程度増加する。OCを服用している際は,VTEを発症する危険は,服用開始後3か月以内が一番高く,その後減少するが,非服用者と比べれば発症の危険は高い。

また,4週間又はそれ以上の休薬期間をおき,再度服用を開始すると,開始後数か月はVTEを発症する危険が高くなる。(甲B5,乙B4-3,14)

(エ) 海外の研究においては,高血圧がVTE(肺塞栓を含む。)のリスク因子になるとの報告がある。(甲B6資料2-11,同2-14,7の3,7の6)

(オ) 厚生労働省の研究班の調査には,高血圧等の生活習慣病を有する者には,深部静脈血栓症や肺塞栓が生じやすいとの報告がある。(甲B13)

イ ATEについて

(ア) ATEでは,動脈において血栓が生じ,その血栓の成分は主に血小板凝集塊と細いフィブリン繊維からなっており,血小板の関与が大きいとされる。(乙B2,16)

(イ) ATEの危険因子としては,糖尿病,高血圧,喫煙等が挙げられている。(乙B2)

ウ 肺塞栓について

(ア) 肺塞栓とは,下肢や骨盤の静脈からの血栓,空気等が右心系を経て肺動脈の閉塞を引き起こすこといい,急性肺塞栓と慢性肺塞栓に分けられる。(甲B1,4の8)

(イ) 急性肺塞栓とは,静脈,心臓内で形成された血栓が遊離して,急激に肺血管を閉塞することにより生じる疾患であり,主たる病態は急速に出現する肺高血圧症,低酸素血症である。特異的な症状はないものの,呼吸困難,胸痛が主要症状である。特徴的発症状況としては,安静解除直後の最初の歩行時,排便・排尿時,体位変換時がある。頻呼吸や頻脈が高頻度に認められ,ショックや低血圧を認めることもある。我が国のデータにおいては,急性肺塞栓の死亡率は14%である。(甲B4の8)

(ウ) 呼吸困難,失神,低血圧又はチアノーゼは広範囲の肺塞栓を示す。(甲B4の12)

エ OCの使用に関するガイドライン

日本産科婦人科学会編「低用量経口避妊薬の使用に関するガイドライン(改訂版)」(平成17年12月作成。以下「本件ガイドライン」という。)では,WHO基準(甲B5(参考)WHO医学的適用基準(第3版,WHO,2004)2頁)に則って,OCの使用によるリスクが利益を上回る状況にある場合として2つの分類を挙げ,WHO基準の分類3(高血圧については,収縮期140~159mmHg又は拡張期90~99mmHg)の場合は,利益を上回るリスクがあるものとして,臨床診断ができている場合には他に適当な方法がない場合を除き通常は処方を推奨できない,臨床診断が十分でない場合は処方できない(原則的禁忌)とされており,分類4(高血圧については,収縮期160mmHg以上又は拡張期100mmHg以上)の場合は,容認できない健康上のリスクがあるものとして,OCを処方することはできない(絶対的禁忌)とされている。(甲B5。なお,本件ガイドラインの上記基準には,一部WHO基準と表記が異なる部分(「および」,「,」)があるが,当該部分は誤記であり,WHO基準記載のとおり「又は」が正しいものと認定した。本件ガイドラインの改訂版である乙B14では,上記誤記が訂正されている。)

2  争点(1)(Dの死因)について

(1)  上記認定事実(3)ウ(イ)及び(ウ)によれば,急性肺塞栓には特異的な症状はないものの,主要症状として呼吸困難及び胸痛が,特徴的発症状況として安静解除直後の最初の歩行時,排便・排尿時,体位変換時が挙げられている上,頻呼吸や頻脈が高頻度で現れ,チアノーゼも肺塞栓を示すものとされているところ,上記認定事実(1)コのとおり,Dは,平成21年6月11日午前6時頃,自宅トイレ内で物音がした後にその扉が開いて崩れ落ちるように出てきて倒れ込んで息苦しそうな様子をしており,呼吸困難の状態にあったと認められるほか,救急車に収容された時には頻呼吸及び頻脈が,搬送先の仙台オープン病院では呼吸困難とチアノーゼが現れていたものである。このように,Dには,同日,呼吸困難,頻呼吸,頻脈及びチアノーゼといった肺塞栓を示す症状が出ている上,早朝,自宅のトイレで呼吸困難が起きたことも,肺塞栓の特徴的発症状況(安静解除直後の歩行時,排便・排尿時)と整合するということができる。

また,上記認定事実(3)ア(ウ)によれば,OCの服用により,血液凝固能が亢進し,VTEを発症する危険は3~5倍程度増加し,その危険は服用開始後3か月以内が一番高く,その後減少するが,非服用者と比べればその危険は高く,また,4週間以上の休薬期間を置き,再度服用を開始すると,開始後数か月はVTEを発症する危険が高くなるとされているところ,上記認定事実(1)イないしケによれば,Dは,平成20年8月16日以降,OC(トリキュラー28,オーソM-21)の処方を受けて服用するようになり,平成21年3月30日までの約7か月半の間,服用を続けた後,4週間未満とはいえ,同日から同年4月20日まで22日間程度の休薬期間を挟んで,同月21日から再びOC(オーソM-21)の処方を受け,再度の使用開始から2か月弱後の同年6月11日に上記のとおり呼吸困難の症状を発症して死亡したことが認められ,そうすると,Dが上記呼吸困難を発症した当時,Dは,OCの服用によってVTEを発症する危険が高まっている状態にあり,そのような状態の下で上記呼吸困難を発症したことが認められる。

これらの事情に加えて,肺塞栓は深部静脈血栓症と連続した病態であり,深部静脈血栓症の合併症ともいえること(上記認定事実(3)ア(ア)),独立行政法人医薬品医療機器総合機構は,Dが肺塞栓により死亡したことを前提に,原告Aに遺族一時金及び葬祭料を支給していること(上記認定事実(2)),Dの呼吸困難発症後死亡に至るまでの急激な経過を説明できる他の原因が存在しないことも併せ鑑みると,Dは深部静脈血栓症を発症した後,肺塞栓を発症し,呼吸不全により死亡したものと推認される。

したがって,Dの死因は肺塞栓による呼吸不全であると認められる。

(2)  これに対し,被告らは,Dが死後に病理解剖されていない以上,Dの死因を特定することはできないと主張するが,DがOCを処方されてから死亡に至るまでの経緯等から,Dの死因が肺塞栓であると認めることができるのは上記(1)のとおりであり,被告らの主張は理由がない。

また,被告らは,Dの心肺停止後の出血・凝固検査において,PTの活性の低下,APTTの高度延長が見られ,これらは血液凝固因子が不足,欠乏し,むしろ出血をしやすい状態を示しており,肺塞栓の症状と整合しないと主張し,これに沿う内容の宮城県産婦人科医会の意見書(乙B18)を提出する。

医学的知見では,PT%が基準値である80~120%を下回る場合及びAPTTが基準値である25~40秒を上回る場合は,血液の凝固能低下を示すものとされているところ(乙B19-1,19-2),証拠(甲A3)によれば,Dが心肺停止した後である平成21年6月11日午前7時14分頃に行われた血液検査の結果,PT%が48%,APTTが56秒であったことが認められ,上記の血液検査の結果は,上記検査時点でのDの血液の凝固能低下を窺わせる数値であったといえる。

しかしながら,上記検査結果は,Dが心肺停止した同日午前6時47分から27分が経過した後に採取した血液に係るものであり,心肺停止による低酸素及び虚血の影響を受けたものと推認されるため(甲B16【3頁】),血液凝固能低下の有無を正確に推測し得るのか明らかではない。また,肺塞栓のように広範囲に血栓を生じると,それのみで体内の血液凝固因子を大量に消費するが,肝臓が十分に機能していないと凝固因子が補給できずに凝固因子不足に陥ることがあるところ(甲B16【8頁】),Dについても,肺塞栓の発症により広範囲に血栓を生じ(呼吸困難やチアノーゼは広範囲の肺塞栓を示すところ,Dにそれらの症状が見られたことは,上記認定事実(1)コ及び(3)ウ(ウ)のとおりである。),血液凝固因子を消費したにもかかわらず,27分間の心肺停止により肝臓に血液が供給されず,機能が停止して血液凝固因子が補給されず,血液凝固能が低下した可能性もあることに鑑みると,被告らが主張する血液検査結果の数値は,必ずしもDが上記呼吸困難に陥った時点における血液凝固能の低下を示すものとはいえないのであって,そうすると,Dの死因が肺塞栓であったという上記判断を左右するものではない。

したがって,被告らの上記主張は採用することができない。

3  争点(2)(被告Eに添付文書に違反してDにオーソM-21を処方した注意義務違反があるか)について

(1)  医薬品の添付文書の記載事項は,当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が,投与を受ける患者の安全を確保するために,これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから,①医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず,②それによって医療事故が発生した場合には,③これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り,当該医師の過失が推定されるものというべきである(最高裁平成4年(オ)第251号平成8年1月23日第3小法廷判決・民集50巻1号1頁参照)。

そこで,以下,上記の各要件について検討する。

(2)  ①医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったことについて

ア 上記前提事実(5)オによれば,オーソM-21の添付文書(本件記載)では,高血圧のある患者(軽度の高血圧の患者を除く)に対する処方は禁忌とされている。

そして,上記認定事実(3)エによれば,本件ガイドラインは,WHO基準に則って,高血圧の患者に対するOCの使用につき,OCの使用によるリスクが利益を上回る状況にある分類3(原則的禁忌)と分類4(絶対的禁忌)の各場合を定めているところ,本件ガイドラインは日本産科婦人科学会により平成17年12月に作成されたことに照らせば,その内容は,臨床医学の実践における当時の医療水準を示すものとして,合理性を有するものと推認される。そうすると,本件記載が禁忌としているのは,本件ガイドラインで示されているWHO基準の分類3に当たる場合(収縮期140~159mmHg又は拡張期90~99mmHg。ただし,臨床診断ができ,他に適当な方法がない場合を除く。)及びWHO基準の分類4(収縮期160mmHg以上又は拡張期100mmHg以上)に当たる高血圧のことであると解される。

なお,平成27年に作成された日本産科婦人科学会編集・監修のOC・LEPガイドライン(乙B14)は,収縮期160mmHg以上又は拡張期100mmHg以上の高血圧のみを禁忌とし,収縮期140~159mmHg又は拡張期90~99mmHgの高血圧は慎重投与としているが,同ガイドラインは原告らの主張する注意義務違反の時期(平成21年4月及び5月)に存在していたものではないから,当時の医療水準を判断する根拠とすることはできない。

イ 以上を前提に判断すると,上記認定事実(1)ク及びケによれば,Dの平成21年4月21日の血圧は拡張期が112mmHgであり,WHO基準の分類4(収縮期160mmHg以上又は拡張期100mmHg以上)の高血圧に当たり,また,Dの同年5月18日の血圧は収縮期が141mmHg,拡張期が95mmHgであり,WHO基準の分類3(収縮期140~159mmHg又は拡張期90~99mmHg)の高血圧に当たり,本件添付文書では投与が禁忌とされていた状態にあった。そして,被告Eは,同年4月21日にDの血圧がWHO基準の分類4に該当するほどの高血圧であったこと,同年5月18日にDの血圧がWHO基準の分類3に該当するほどの高血圧であったことをそれぞれ認識していたにもかかわらずDにオーソM-21を処方したことが認められ,しかも同年5月18日において,オーソM-21の処方の他に適当な方法がなかったとは認められないから,上記のオーソM-21の処方はいずれも本件記載に従わずにされた処方であったというべきである。

したがって,被告Eは医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項である本件記載に従わなかったものと認められる。

ウ これに対し,被告らは,血圧は,測定環境によって大幅に変動することから,一過性の変動ではなく,継続的な測定結果に基づく評価が必要であるところ,(ア)Dの同年4月21日の前後の血圧の状況からすれば,Dの同日の血圧はWHO基準の分類3にとどまること,(イ)同年5月18日時点のDの血圧もWHO基準の分類3にとどまることから,本件でのオーソM-21の処方はいずれも本件記載に違反するものではないと主張することから,以下,(ア)及び(イ)について検討する。

(ア) 平成21年4月21日の処方について

「高血圧治療ガイドライン2004」(甲B6資料2-15)によれば,血圧は変動しやすいので高血圧の診断のためには少なくとも2回以上の異なる機会における血圧値に基づいて行うべきであるとされる。

しかしながら,上記ガイドラインは高血圧の治療のための診断方法が記載されたものであり,OCの処方の可否を判断するために作成された基準ではないことに加え,本件ガイドラインには血圧の測定方法について継続的な測定結果に基づく評価をすべきという記載は見受けられないことからすれば,OCの処方の可否を判断するに当たり,当然に2回以上の異なる機会における血圧値に基づく必要があるとはいえない。

また,仮に血圧を継続的な測定結果から評価するとしても,上記認定事実(1)エないしキによれば,平成20年11月4日から平成21年2月25日の間に被告クリニックで測定された際のDの血圧はいずれもWHO基準の分類3に,同年3月30日に測定された際のDの血圧はWHO基準の分類4に当たることからすれば,Dの血圧は持続的にWHO基準の分類3ないし4に該当する状態であったことが認められ,そうすると,同年4月21日のオーソM-21の処方は本件記載に違反するものであるといえる。

そして,上記アで説示したとおり,本件記載が禁忌としているのは,患者の血圧がWHO基準の分類3に当たる場合(ただし,臨床診断ができ,他に適当な方法がない場合を除く。)及びWHO基準の分類4に当たる場合を指すというべきところ,WHO基準の分類3であるからといって,OCの処方が原則的に認められるわけではなく,禁忌に該当することには変わりがないから,WHO基準の分類3に該当する場合には本件記載に違反しないとの被告らの主張は,その前提を異にするものであって採用することができない。

したがって,被告らの主張は上記の判断を左右するものではない。

(イ) 平成21年5月18日の処方について

上記(ア)で説示したとおり,本件記載が禁忌としているのは,患者の血圧がWHO基準の分類3に当たる場合(ただし,臨床診断ができ,他に適当な方法がない場合を除く。)及びWHO基準の分類4に当たる場合を指すのであって,Dの血圧がWHO基準の分類3に当たる状態であったからといって,OCの処方が原則的に認められるわけではないから,被告らの主張は理由がない。

(3)  ③これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がないことについて

上記(2)で説示したとおり,被告EはDに対しオーソM-21の添付文書に記載された使用上の注意事項である本件記載に従わずにそれを処方したことが認められるところ,被告Eは,その本人尋問において,平成21年4月21日にオーソM-21の処方を再開した理由として,精神科の医師から緊張で血圧が高くなっていると聞いた旨のDの発言があったこと,DがOCの処方を強く希望していたことを挙げる(被告E本人【12頁】)。

しかしながら,同日に申告されたDの血圧は,自宅での血圧測定の結果であり,緊張で血圧が高くなる状態であるとは考え難い上,医薬品の添付文書が投与を受ける患者の安全を確保するために製造業者等からこれを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載されていることに照らせば,たとえ患者であるDによるOC処方の希望があったとしても,医師である被告EがOCの添付文書である本件記載に従わない特段の合理的理由には当たらないというべきであるから,被告Eの上記供述部分は採用することができない。

しかして,本件においては,被告EがDに対し,本件記載に敢えて従わないでオーソM-21を処方したことを正当化するだけの特段の合理的理由は認められない。

(4)  ②それによって医療事故が発生した場合について

ア 添付文書の記載は,医薬品の効能を十分に発揮させるとともに,不都合な結果の発生をできる限り防止するために作成されるものであるから,医師に結果発生につき添付文書の記載事項の遵守違反による過失が推定されるためには,医師が使用上の注意に従わなかったことによって,添付文書の記載が防止しようとした結果が発生したことが必要となると解される。そして,上記前提事実(5)オによれば,本件記載は,高血圧のある患者については,血栓症等の心血管系の障害(以下「血栓症等」という。)が発生しやすくなる又は症状が増悪することがあることから,血栓症等の発生を防止するために高血圧のある患者に対する投与を禁忌とした記載であるところ,以下,本件記載の「血栓症等」がDに発症したVTE(深部静脈血栓症,肺塞栓)を含むものであるか否かを検討する。

イ 上記前提事実(5)アによれば,血栓症とは,血管内で血栓(血小板,フィブリン,赤血球等の血漿成分が凝固したもの)が形成されることをいい,VTEとATEを含むところ,本件記載ではVTEとATEは区別して記載されておらず,オーソM-21の添付文書の詳細な情報が記載されているインタビューフォーム(甲B11の2の2)にも,血栓症との記載があるのみで,VTEとATEを区別した記載は存在しない。しかも,オーソM-21を販売している持田製薬株式会社は,仙台弁護士会の照会に対し,本件記載の「血栓症」はVTEとATEのいずれかに限定されているものではない旨回答している(甲B11の1,11の2の1)。また,上記認定事実(3)ア(エ)及び(オ)によれば,海外の研究において,高血圧がVTEのリスク因子となるとの報告があること,厚生労働省の研究班の調査において,高血圧等の生活習慣病を有する者は,深部静脈血栓症や肺塞栓が生じやすいとの報告があることが認められ,その医学的な機序が明確ではないとしても,高血圧とVTEの関係性が疑われている。

これらの事情によれば,本件記載における血栓症等とは,VTEを含むものと解するべきである。そして,上記2で説示したとおり,本件でDは深部静脈血栓症を発症した後,肺塞栓による呼吸不全で死亡したものであり,本件記載が防止しようとした結果(VTE)が発生したものと認められるから,医師が添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったことによって,医療事故が発生した場合に該当するということができる。

ウ これに対し,被告らは,VTEとATEは別個の病態であることを前提に,本件記載は,VTEではなく,ATEを念頭に置いたものであり,Dの死因である肺塞栓は,添付文書が防止しようとした結果ではないと主張する。

上記認定事実(3)ア及びイによれば,VTEは,静脈において血栓が生じるものであり,生じる血栓はフィブリンや赤血球から構成されることが多く,血小板の関与は比較的少ないとされ,その危険因子としては,血流停滞,血管内皮障害,血液凝固能亢進が挙げられている一方,ATEは,動脈において血栓が生じるものであり,血小板の関与が大きいとされ,その危険因子としては糖尿病,高血圧,喫煙等が挙げられており,これらの医学的知見からすると,VTEとATEはその形成過程及び原因において異なる点があると認められる。

しかしながら,VTE及びATEは,いずれも血管内の血漿成分が凝固し,血栓を生じるという点で機序が共通しているほか,上記イで説示した海外の研究及び厚生労働症の研究班の調査のように,高血圧とVTEとの関係性を肯定する方向の証拠も存在するのであるから,本件記載が,当然にATEのみを対象としているということはできない。

また,被告らは,高血圧とVTEは無関係であると主張するところ,確かに,喫煙,高血圧及び糖尿病のような動脈疾患の重要な危険因子は,VTEの危険因子であるとは思われないとのWHOの科学グループの報告(甲B19-1,19-2,乙B15)があるが,上記の報告において,高血圧がVTEの危険因子ではないことを裏付ける根拠は示されていない上,上記の報告において危険因子であることを否定された喫煙は,後の調査によりVTEの危険を上昇させることが判明しており(乙B14),動脈疾患の重要な危険因子であることとVTEの危険因子であることは矛盾しないことからすると,上記の報告の記載から,高血圧とVTEの関係性を否定することはできない。

そうすると,被告らの主張はいずれも上記の判断を左右するものではない。

(5)  小括

以上によれば,①医師である被告Eは,医薬品であるオーソM-21を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項(本件記載)に従わず,②それによってDが肺塞栓により死亡するという医療事故が発生したものであって,③被告Eが本件記載に従わなかったことにつき特段の合理的理由はないから,被告Eの過失が推定されるというべきである。

したがって,被告Eには,平成21年4月21日及び同年5月18日に添付文書に違反してDにオーソM-21を処方した注意義務違反が認められる。

4  争点(3)(被告EにDに血栓症に関する指導をしなかった注意義務違反があるか)について

(1)  原告らは,オーソM-21の添付文書には,顕著な血圧上昇が見られた場合は,直ちに医師等に相談するように,あらかじめ説明するよう求める記載があることから,被告Eには,平成21年3月30日に,Dに対し,顕著な血圧上昇が見られた場合には,血栓症が発生し死に至る危険があるため,医師に相談することを指導し,相談すべき血圧上昇の基準を説明する義務があったにもかかわらず,これを怠った注意義務違反があると主張する。

(2)  そこで検討するに,証拠(甲B2)によれば,オーソM-21の添付文書には,医師に対し,オーソM-21の服用者に顕著な血圧上昇が見られた場合は,直ちに医師等に相談するようあらかじめ説明するよう求める記載があること認められるが,添付文書及び本件ガイドラインによっても,「顕著な血圧上昇」の具体的内容は明らかではない。また,証拠(甲B5)によれば,被告EがDに対するOCの処方を中止した平成21年3月30日当時は,本件ガイドラインにおいて,OCによるVTEのリスクは,服用中止後3か月以内に,非服用者のリスク値まで戻るとされていたことが認められ,そうすると,DがオーソM-21の服用を中止した同日以降,VTE等の血栓症を発症する危険は減少することが予想されたことが認められる。

(3)  したがって,被告Eには,平成21年3月30日にDに対し血栓症に関する指導をすべき注意義務があったとまではいえず,原告らの上記主張は理由がない。

5  争点(4)(上記3の注意義務違反とDの死亡との間に因果関係があるか)について

(1)  被告Eには,上記3のとおり,平成21年4月21日及び同年5月18日に添付文書に違反してDにオーソM-21を処方した注意義務違反が認められるから,同注意義務違反とDが同年6月11日に死亡したという結果との因果関係の有無について検討する。

(2)  上記2で説示したとおり,Dの死因は深部静脈血栓症に続発した肺塞栓による呼吸不全であると認められる。

また,上記2で説示したとおり,OCの服用により,血液凝固能が亢進し,VTEを発症する危険は3~5倍程度増加し,その危険は服用開始後3か月以内が一番高く,その後減少するが,非服用者と比べればその危険は高く,また,4週間以上の休薬期間を置き,再度服用を開始すると,開始後数か月はVTEを発症する危険が高くなるとされているところ,Dは平成20年8月16日から平成21年3月30日までの約7か月半の間OCの処方を受けて服用を続けた後,同日から同年4月20日までの休薬期間を挟んで,同月21日から再びOCの処方を受け,再度の使用開始から2か月弱後の同年6月11日にVTEである肺塞栓を発症したという経過を辿っており,肺塞栓の発症当時,DはOCによって肺塞栓を発症する危険が高まっている状態にあったことが認められる。

さらに,上記3で説示したとおり,VTEとATEは,血栓の形成過程や原因において異なる点があるものの,いずれも血管内の血漿成分が凝固し,血栓を生じるという点で機序が共通しており,高血圧とVTEの関係性を否定することはできず,本件記載が防止しようとした「血栓症等」にはVTEが含まれると解すべきところ,同年4月21日及び同年5月18日の時点において,Dは,本件ガイドラインが則っているWHO基準の分類3(OCの使用を推奨できない。ただし,他に適当な方法がない場合を除く。)又は分類4(使用してはいけない。)に該当する程度の高血圧の状態にあった(分類3と分類4に規定する高血圧のいずれの基準とも本件記載が禁忌としている高血圧に該当することは,上記3(2)で説示したとおりである。)ことに鑑みると,Dが本件記載により禁忌とされるほどの高血圧であったにもかかわらず,被告EがDに対しOC(オーソM-21)を処方して服用させたことによって,DがVTEを発症する高度の危険を発生させたことが認められる。

これらの事情を総合すると,Dが同年4月21日及び同年5月18日に処方されたオーソM-21を使用したことによって,血液凝固能が亢進し,深部静脈血栓症を発症した後,肺塞栓を発症し,呼吸不全となって死亡したものと認められる。

そうすると,被告Eの上記注意義務違反とDの死亡との間には因果関係が認められる。

(3)  これに対し,被告らは,Dが肺塞栓を発症した原因は,高血圧やOCの処方ではなく,肥満やうつ状態に伴う長期臥床,うつ病の薬パキシルの服用中断であった旨主張することから検討する。

ア 肥満について

弁論の全趣旨によれば,日本肥満学会では,BMI=体重(kg)÷(身長(m)×身長(m))に関し,25以上30未満を肥満1度,30以上35未満を肥満2度としているところ,証拠(甲A6【16頁】)及び弁論の全趣旨によれば,平成20年8月16日の時点で,Dの身長は152.5cm,体重は52.0kg,BMIは22.36であったことが認められ,上記基準に照らすと肥満とは評価されないものである。そして,同日より後のDの体重については,証拠(甲A14,15の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,平成21年2月26日の時点で体重が6kg増加しており,その時点のBMIが24.94であったことが認められるものの,上記の肥満の基準には満たないから,Dが肥満であったと認めることはできない。

そうすると,Dに肺塞栓の危険因子として肥満が存在したとは認められないから,Dが肥満によって肺塞栓を発症したということはできず,上記(2)の判断を左右しない。

イ うつ状態に伴う長期臥床,パキシルの服用について

証拠(甲A14,15の1・2,乙B4の8・9)及び弁論の全趣旨によれば,Dは,平成20年12月8日から平成21年6月4日までの間,精神科の医療機関「広瀬通クリニック」を受診し,家事ができない,調子がよくないなどの症状を訴えていること,Dには,いずれもうつ病の薬であるデパスが平成20年12月8日から,パキシルが同月15日からそれぞれ処方されていることが認められ,これらの事実からすれば,Dが肺塞栓を発症した当時,長期臥床に近い状態にあった可能性を否定することはできない。

しかしながら,上記(2)で説示したとおり,高血圧であったDはOCの服用によって肺塞栓を発症する高度の危険を生じていたことに照らすと,仮にDが長期臥床に近い状態であったとしても,そのことのみを原因として肺塞栓を発症したとみることはできず,それらの要因が重なった結果として肺塞栓となったといい得るにすぎない。

そうすると,たとえDが長期臥床に近い状態にあった可能性があったからといって,高血圧であったDに対するOCの処方とDが肺塞栓を発症して死亡したこととの間の因果関係を否定することはできないというべきであり,上記(2)の判断を左右するものではない。

ウ したがって,被告らの上記主張は理由がない。

6  争点(5)(損害の発生及び額)について

(1)  上記2,3及び5で説示したところによれば,被告らは,上記3の過失によりD及び原告らに発生した損害につき,被告Eは不法行為責任に基づき,被告Fは不法行為責任(使用者責任)に基づき,原告らに対し,損害賠償義務を負うものというべきところ,D及び原告らには,被告らの不法行為によって,以下の損害が発生したことが認められる。

(2)  Dに生じた損害

ア 死亡慰謝料 2200万円

Dは,死亡当時39歳であり,その後の人生を失った無念は甚大であったというほかなく,その精神的苦痛を金銭的に評価すると,2200万円をもって相当と認める。

イ 逸失利益 3638万5629円

上記のとおり,Dは死亡当時39歳であり,弁論の全趣旨からすれば,家事従事者であったことが認められるから,平成21年賃金センサス女性労働者学歴計全年齢平均年収348万9000円を基礎収入とし,生活費控除率を30%として逸失利益を算出すると,下記計算式のとおりとなる。

なお,被告らは,Dが死亡前に家事ができない状態であったとして,基礎収入は,上記賃金センサスの50%である174万4500円にとどまると主張するところ,確かに,上記5(3)イのとおり,Dが平成20年12月8日以降,精神科の医療機関に通院し,家事ができないなどの症状を訴えたことが認められるが,証拠(甲A14,15の1・2)によれば,Dの上記症状がひどくなったのは同日の2週間又は3週間前頃からであることが認められ,その後平成21年6月4日まで通院を継続したことを踏まえてもなお,一時的な症状であった可能性が高いから,逸失利益の基礎収入を減額することは相当ではなく,被告らの上記主張は採用しない。

(計算式)

348万9000円×(1-生活費控除率0.3)×14.8981(Dが死亡した39歳から67歳までの28年に対応するライプニッツ係数)=3638万5629円

ウ Dの夫である原告Aは,上記Dに生じた損害の合計である5838万5629円の2分の1である2919万2814円を,Dの子である原告B及び原告Cは,同額の4分の1である1459万6407円を相続により取得した。

(3)  原告らに生じた損害

ア 近親者慰謝料 各100万円

原告Aはその妻を,原告B及び原告Cはその母を失ったことにより甚大な精神的苦痛を被ったことその他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,原告ら固有の慰謝料としては,それぞれ100万円の支払をもってするのを相当と認める。

イ 葬儀費用    150万円

証拠(甲C11)によれば,原告Aが,Dの葬儀を執り行い,葬儀関係の費用として合計170万0100円を支出したことが認められるところ,このうち150万円を被告らの不法行為と相当因果関係のある損害と認める。

(4)  素因減額        なし

被告らは,Dが肥満やうつ状態に伴う長期臥床,パキシルの服用中断等の肺塞栓発症の危険因子を抱えていたことから,大幅な素因減額がされるべきであると主張する。

被害者に対する加害行為と被害者の罹患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態様,程度などに照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,被害者の当該疾患をしんしゃくすることができるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年(オ)第1094号平成4年6月25日第1小法廷判決・民集46巻4号400頁参照)。

これを本件についてみるに,上記5(3)アで認定したとおり,Dが肥満であったとは認められない。また,上記認定事実(1)オのとおり,Dは,平成21年1月27日,被告Eに対し,うつ病の薬であるデバス及びパキシルを服用していることを伝えていたことに照らすと,被告Eがその点に関連した問診を行えば,Dがうつ状態に伴う長期臥床の状況にあるか否かを認識した上でOCの投与による肺塞栓発症の危険を評価することができたというべきであるから,仮にうつ状態に伴う長期臥床やパキシルの服用等が肺塞栓発症について何らかの影響を及ぼしたとしても,加害者である被告Eに損害の全部を賠償させるのが公平を失するとは認められない。

したがって,被告らの上記主張は採用することができない。

(5)  損益相殺について

被告らは,原告Aが独立行政法人医薬品医療機器総合機構から,医薬品の副作用救済給付として支給を受けた額について本件不法行為による損害額と損益相殺すべきであると主張するため,以下検討する。

被害者が不法行為によって損害を被ると同時に,同一の原因によって利益を受ける場合には,損害と利益との間に同質性がある限り,公平の見地から,その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要があり,また,被害者が不法行為によって死亡し,その損害賠償請求権を取得した相続人が不法行為と同一の原因によって利益を受ける場合にも,上記の損益相殺的な調整を図ることが必要なときがあり得る(最高裁昭和63年(オ)第1749号平成5年3月24日大法廷判決・民集47巻4号3039頁参照)。

上記認定事実(2)及び弁論の全趣旨によれば,独立行政法人医薬品医療機器総合機構は,平成27年4月10日,原告Aの請求を受けて,上記不法行為と同一の原因であるところのDが医薬品(OC)の副作用によって罹患した肺塞栓によって死亡したことを前提に,原告Aに対し,遺族一時金713万5200円及び葬祭料19万9000円を支給したことが認められる。

そして,独立行政法人医薬品医療機器総合機構法は,副作用救済給付に係る疾病,障害又は死亡の原因となった許可医薬品又は副作用救済給付に係る許可再生医療等製品について賠償の責任を有する者がある場合には,その行った副作用救済給付の価額の限度において,副作用救済給付を受けた者がその者に対して有する損害賠償の請求権を上記機構が取得すると定めている(同法18条2項)ことから,これにより,同機構は,上記支給の限度で原告Aが被告らに対して有する損害賠償請求権を代位取得したものと認められる。

そうすると,上記給付は損害の?補の性質を有すると認められ,損害と利益との間に同質性があるから,公平の見地から,上記給付の額を損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要があると考えられる。

したがって,原告Aの被告らに対して有する損害賠償請求権は,上記給付額の範囲で減少したと解するのが相当である。

(6)  弁護士費用

本件訴訟の内容,難易,審理経過及び認容額等に照らすと,被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては,原告Aにつき240万円,原告B及び原告Cにつき150万円をもって相当と認める。

(7)  合計額

ア 原告A 2675万8614円

イ 原告B 1709万6407円

ウ 原告C 1709万6407円

第4結論

以上によれば,被告らは,原告Aに対し,連帯して2675万8614円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26年5月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を,原告Bに対し,連帯して1709万6407円及び同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を,原告Cに対し,連帯して1709万6407円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負うことになる。

よって,原告らの請求は主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。なお,仮執行免脱の宣言については,相当ではないからこれを付さない。

仙台地方裁判所第3民事部

(裁判長裁判官 大嶋洋志 裁判官 北嶋典子 裁判官 木村洋一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例