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仙台地方裁判所 平成25年(行ウ)6号 判決

主文

1  仙台市長が,原告に対して平成24年6月28日付けでした災害弔慰金不支給決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,原告が,内縁の妻であるA(当時85歳)が平成23年8月7日に播種性血管内凝固症候群により死亡したのは,同年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(以下「本件震災」という。)により,Aが本件震災後3日間を自家用車内で過ごし,その後は全壊となった自宅で生活せざるを得ず,介護施設への通所もできなくなった等,住環境及び生活環境の著しい悪化があったために,心理的ストレス等により体調を崩して嚥下障害となり,誤嚥性肺炎を発症したり,食物摂取障害により栄養が低下し,免疫力及び体力が低下したためであるから,Aの死亡は本件震災によるものであるとして,仙台市長に対して災害弔慰金の支給を請求したところ,仙台市長が本件震災とAの死亡の間に因果関係は認められないとして災害弔慰金を不支給とする決定をした(以下「本件処分」という。)ことから,原告が被告に対し,本件処分の取消しを求める事案である。

2  前提事実

以下の事実は,当事者間に争いがないか又は括弧書きで摘示した証拠及び弁論の全趣旨により認めることができる。

(1)  当事者等

Aは大正15年2月1日に出生した。原告は,原告の母の介護を通じてAと親しくなり,平成10年頃からAと同居するようになり,内縁関係となった(甲23,24。以下,原告とAのことを併せて「原告ら」という。)。

(2)  本件震災の発生

平成23年3月11日(以下,単に月日のみを記載したものは,平成23年の月日を指す。),東北地方太平洋沖地震(本件震災)が発生したところ,原告らは,仙台市a区bc丁目d所在の自宅(以下「本件自宅」という。)に居住していた。

(3)  Aの死亡

Aは,8月7日,播種性血管内凝固症候群のため85歳で死去した(乙4)。

(4)  本件訴訟に至る経緯

ア 原告は,平成24年3月15日,仙台市長に対し,Aの死亡は本件震災によるものであるとして,災害弔慰金に係る受領申出書を提出した(乙1)。

これに対し,仙台市長は,同年6月28日付けで,Aの死亡と本件震災との間に因果関係が認められないとして,災害弔慰金を不支給とする決定をした(本件処分,乙2)。

イ 原告は,同年8月28日,仙台市長に対し,Aが死亡したのは,本件震災による住環境及び生活環境の悪化や変化,これによる心的疲労が原因である等として,本件処分について異議申立てをした(乙3)。

これに対し,仙台市長は,同年10月2日付けで,Aの死亡と本件震災との間に因果関係は認められないとして,原告の異議申立てを棄却する旨の決定をした(甲2)。

ウ 原告は,平成25年3月29日,当庁に対して本件訴訟を提起した(顕著な事実)。

3  関係法令

別紙「関係法令」のとおり。

4  争点

本件震災とAの死亡との間に因果関係が認められるか否か。

5  争点に関する当事者の主張

(1)  原告の主張

ア 本件震災後の生活状況等

本件自宅は本件震災により全壊となり,電気・ガス・水道といったライフラインが全て停止した。原告は,Aの介護の都合から避難所へは行かず,やむなく本件震災後3日間は自家用車内で過ごし,その後は何とか整理した本件自宅で生活を送った。電気は本件震災後4日ほどで復旧したものの,水道は本件自宅敷地内の配管が損傷したため復旧が遅れ,原告は給水車から給水を受けたり近所の公園へ水を汲みに行くなどし,原告らは必要最小限の水しか使わないようにしていた。また,ガスは本件自宅内のパイプやガス器具が損壊したため,Aが特別養護老人ホームであるBに入所することとなった4月28日まで復旧しなかった。

Aは,平成22年12月から通所介護施設Cに通所していたが,本件震災後しばらくは通所することができず,平成23年3月28日から通所を再開した。Aは,本件震災後,Cへの通所が再開するまでの間,入浴することができなかった。

食事については,地域全体に物資が不足しており,原告らは知人に食料を分けてもらったり,誰かに買ってきてもらったりしてしのいでいた。

原告は,仙台市より本件自宅からの退避勧告が出ていたこと及びBに空きができたことから,4月28日にAをBに入所させた。

イ Aの健康状態等

Aは,本件震災前までは,主食・副食ともに全て自分で食べるなど問題なく食事を取っていた。しかし,本件震災後,住環境及び生活環境が悪化する中,4月6日頃には食欲が落ちて食事量が減り,微熱が出るようになった。また,同月22日頃には,食欲がなく,食事の飲み込みが悪くなり,喉がゴロゴロし,咳が出るといった状態になった。

そして,Aは,同月28日にBに入所後,急激に体調を悪化させ,食べようとするとむせてしまい,食事が取れない状態となり,翌29日にはDへ搬送され,そのまま入院することとなった。その後Aは肺炎と診断され,治療を受けたところ,5月11日にいったん肺炎が治ったとの診断を受けたが,同月13日に再発した。

原告は,AがDに入院後も食事を取れない状況が続いていたため,Aに胃ろうを作ってもらおうとしたが,本件震災の影響で病院に空きがなく,転院先が見つからないまま時間が経過し,7月13日にようやくEに転院したときには,もはやAの体力が著しく低下しており胃ろうを作ることができない状態であった。

Aは,その後も食事を取ることができないまま,8月7日に死亡した。

ウ 前記ア及びイに述べたAの本件震災前後の健康状態及び本件震災後の生活状況からすれば,Aは,本件震災による住環境及び生活環境の著しい悪化のために肉体的疲労を与えられ,心理的ストレスを受けて体調を崩し,4月11日頃までの間に嚥下障害を発症し,これにより2度の誤嚥性肺炎となった上,食物摂取障害による栄養低下,それに伴う免疫力・体力の低下により,8月7日に死亡するに至ったものである。

そうすると,Aの嚥下障害は本件震災によるものであり,本件震災がなければ8月7日にAが死亡することはなかったということができるから,本件震災とAの死亡との間に因果関係が認められる。

(2)  被告の主張

ア 災害弔慰金は,災害弔慰金の支給等に関する法律及び仙台市の災害弔慰金の支給等に関する条例に基づき,「災害により死亡した」者の遺族に対し支給すべきものであり(同条例1,3条),災害と死亡との間に因果関係が認められる場合に限り支給される。

本件処分は,専門的知見を有する委員で構成される判定委員会の検討結果を受けて行われた。判定委員会は,Aについて,平成23年5月の時点で肺炎の症状は改善しており,肺炎が死亡時まで継続していたとみるのは難しいこと,本件震災の影響で胃ろうを作るのが難しかったという事実は認め難いこと等を議論した上で,本件震災とAとの死亡の間に相当な因果関係があるとは認定できないとした。

このように,本件震災とAの死亡との間に因果関係は認められないとの判定委員会の判断は医学的見地からされたもので妥当なものであり,同検討結果を受けて行われた本件処分に違法はない。

イ 原告の主張に対する反論

Aは,本件震災よりかなり以前からアルツハイマー型認知症になっており,本件震災前の時点ではこれが進行して重度の認知症となっていたと認められる。Aの嚥下障害は,アルツハイマー型認知症の進行による脳機能低下による可能性が高く,食欲低下及び誤嚥性肺炎もこれによるものと考えられる。

したがって,Aの死亡は,既往のアルツハイマー型認知症の進行に伴い嚥下障害等が引き起こされた結果によるものと推定されるから,本件震災との間に因果関係を認めることはできない。

第3争点に対する判断

1  認定事実

前記前提事実,後記各項末尾の括弧内に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

(1)  本件震災前のAについて

ア Aは,平成21年4月頃から物忘れが認められ,同年5月頃には迷子になるなどし,平成22年夏頃からは症状が増悪して興奮や妄想がみられるようになった(甲3,17,28)。

イ Cへの通所(乙14の1ないし36)

Aは,平成22年12月からCへ週3回程度通所するようになった。Aは,Cにおいて,入浴サービスを受けたり,職員や他の利用者と会話をするなどして過ごしていた。

Cで提供される食事については,あまり食べない日もあったが,半分ないし全て食べることが多かった。

ウ Fへの通院(甲28)

(ア) Aは,1月20日に初めてFを受診した。同日の診察時,Aは興奮状態で会話することができず,頭部CTも実施できない状態であった。

原告は,Fの外来問診票において,Aの症状に当てはまる項目として,「人の名前や漢字が思い出せない」,「言葉が思い出せない・言い間違い」,「外出して家に帰ってこられなくなった」等,18項目に印を付けたが,「元気がない・食欲がない・意欲の低下」という項目には印を付けなかった。また,原告は,外来問診票に次のaないしdの事項を記載した。

a 受診理由

1か月前から右手に比べて左手に力が入らない。

b いつからどんな症状があるか

平成21年5月頃迷子になった。意味不明なことを言う。両親が亡くなったことを忘れる。

c 身長,体重 150㎝弱,42~43㎏

d 食欲 普通にある

(イ) Aは,2月2日にFを受診した。この際,Aは,穏やかな状態であり,夜もぐっすり眠れ,暴力行為はなく,薬の効果がみられた。

(ウ) Aは,3月10日にFを受診し,頭部CTを受けた結果,慢性進行性認知症(脳血管障害を伴ったアルツハイマー病)と診断された。

原告は,Aの要介護認定を申請するため,Fの医師に主治医意見書の作成を依頼した。その際,原告は,「介護保険『意見書』申し込み書」(甲28[26頁])を作成し,Aの現在の症状に当てはまるものとして,「失語がある」,「すぐ忘れる・ぼんやりしている」等の項目に印を付けたが,「うまくのみこめない」,「よくむせこむ」,「いつもゼイゼイしている」,「食欲がない」という項目には印を付けなかった。

Aの主治医であったG医師は,主治医意見書(甲28[25頁])を作成し,同意見書において,Aの状態について「平成21年4月頃から物忘れが出現し,平成22年夏頃から増悪する。徐々に,興奮することが増えて妄想が目立ってくる。平成22年12月~介護保険利用してデイサービスなど利用中。上記症状が増悪して平成23年1月20日に当科初診となる。診察時に興奮状態で蹴る叩く怒鳴っていて頭部CTも撮影できない状態で,会話も通じず。まずは精神状態を落ち着けるため投薬を開始したところ2月2日の受診時には穏やかであり,3度目の受診時(3月10日)には頭部CTも撮影出来て急性病変は否定された。慢性進行性の認知症に対して投薬継続中。」と記載し,栄養状態については「良好」に印を付け,サービス提供時における医学的観点からの留意事項については「摂食 あり(摂食拒否あり,介助要)」,「嚥下 特になし」と記載した。

(2)  本件震災後のAの生活状況等

ア 本件自宅の被害(甲29,30)

本件自宅は,本件震災及びその後の余震により,敷地にひび割れや陥没が生じ,土台部分が損傷して建物が傾き,外壁に多数の亀裂が生じ,外壁に設置されていたガス管やガス給湯器が外壁の傾きと共に破損するなど,大きく損傷した。

本件自宅は,平成24年3月29日付けで,仙台市太白区長により,「一見して傾いていることが明らかな家屋」であるとして,被害の程度を全壊とするり災証明を受けた。

イ 原告らの生活状況及びAの体調等(甲28,30ないし32,34,乙3,乙14の39ないし50)

(ア) 原告らは,本件震災により,本件自宅が激しく損傷し,また電気,水道及びガスが停止したため,本件自宅内で生活することができなかったが,Aは一人でトイレに行くことができず,1日最低3回はおむつ替えを要する状態であり,介護の都合から避難所へ行くこともできなかったことから,本件震災後3月15日まで原告の軽自動車の中で過ごした。

(イ) 原告らは,3月15日に電気が復旧したことから,本件自宅の玄関や窓ガラスの応急の調整をした上で,同日より,こたつのある居間で布団を敷いて寝泊まりするようになった。本件自宅は,土台や外壁を激しく損傷しており,隙間風が吹き込んでくる状態であった。Aは,自力で歩くことができなかったため,1日中こたつに入って過ごしていた。

原告らは,本件自宅敷地内の水道配管の損傷により水道の復旧が遅れ,給水車から給水を受けたり,公園へ水を汲みに行かねばならなかったため,必要最小限の水しか使わないようにして生活していた。

また,本件自宅浴室の床が陥没したり,パイプやガス器具が損傷したため,AがBに入所した4月28日までの間に本件自宅のガスは復旧しなかった。

(ウ) Aは,3月28日からCへの通所を再開し,これにより本件震災後初めて入浴することができた。Aは,4月1日には主食をほぼ全て,副食を半分食べ,同月4日には主食を僅か,副食をほぼ全て食べたが,同月6日以降は主食,副食ともに僅かしか食べないようになり,また,その頃から37度前後の微熱のみられる日が多くなるとともに,同月15日には痰の絡みがみられた。

(エ) Aは,4月11日,Fを受診した。同診察の際に原告が医師に話したこととして,カルテ(甲28[21頁])に次の記載がある。

「家は半~全壊 何とか住んでいる。

本人は地震後も変わらずやれている。少し食欲がない。水分はとれている。」

(オ) 原告は,4月22日,Fに電話を掛け,Aが「最近食欲なく,咳があり,食事ののみ込みが悪く,喉がゴロゴロして,すごくやせてしまった。診察してほしい。」と相談をしたところ,一般内科を受診するようにとの指示を受けた。

(カ) 原告は,4月28日頃,Bに空きがあるとの話を受けて,同日,AをBに入所させた。

(3)  Bにおける経過等(甲34,乙12)

ア Aは,4月28日午後2時半頃,Bに入所した。その際,原告は,Bの職員に対し,Aの状況について,Aは体調を崩してから食事量が少なくなり1,2週間ほとんど食べていないと述べた。

イ Aの体重は,服を着たままの状態で26.2㎏であった。

ウ Bの職員は,同日午後4時頃,Aに牛乳とヨーグルトを提供したが,むせ込み,痰がらみが激しいため50㏄程で中止した。

エ Aは,同日午後6時頃,夕食を提供されたが,飲み込みが悪く,むせ込みがあったため,主食,副食とも1割程度しか摂取することができなかった。

オ Aは,4月29日午前7時30分頃,朝食を提供されたが,飲み物等を口に入れる度にむせ込み,飲み込むことができず,1割程度しか摂取することができなかった。

カ Aは,Bにおいてほとんど食事を摂取することができず,痰がらみもあるため,Dを受診することとなり,同日午前9時45分頃,Bを出た。

(4)  Dにおける経過等(4月29日から7月13日。甲23,34)

ア Aは,4月29日,Dを受診したところ,肺炎と診断されて入院することとなった。

イ Aは,抗生剤の投与を受けて,5月上旬には肺炎が快方に向かった。原告は,5月11日,医師からAの肺炎は治ったとの説明を受けた。しかし,Aは5月13日に再び肺炎と診断された。

ウ D入院中のAの食物摂取は,入院時よりほとんど食べる事ができない状態であり,5月初め頃に1日に数口食べることができる日もあったが,むせ込みや痰がらみが見られ,5月下旬以降は絶食状態となった。

エ Dの看護師が7月11日に作成した「患者申し送り書」(甲23[116頁])には,次の記載がある。

(ア) 病名 誤嚥性肺炎,アルツハイマー型認知症

(イ) 入院中の経過

「肺炎に対しては抗生剤使用し熱は解熱みられ,炎症反応はまだ高も入院時よりは改善みられている。8病日目より食事開始してみるが,認知強く食事摂取できず又誤嚥もみられ絶食となる。」

オ Dの医師が作成した「退院サマリー」(甲23[3頁])には,次の記載がある。

(ア) 確定診断名,転帰

1  肺炎 治癒

2  認知症

3  嚥下困難

(イ)  入院経過

「4月30日肺炎で当院入院。加療で治癒。嚥下困難あるため,嚥下リハビリ開始。(肺炎再発あるも加療で治癒)しかし,リハビリに抵抗あるため断念。胃瘻も治療に抵抗あるため危険で断念。血管確保困難なときもありそのときは皮下注補液で対応。当院では重症の認知症あるため,補液する以外なにも出来ないと家人に説明したところ,認知症専門病院であるEを強く希望。その後ADL徐々に低下し寝たきり状態となる。Eより依頼受け,7月9日,右大腿静脈よりCVカテーテル挿入。(15㎝)」

(5) Eにおける経過等(7月13日から8月7日。甲24,乙4)

ア Aは,7月13日にDからEに転院した。同日のカルテ(甲24)には,次の各記載がある。

「ストレッチャーにて来院。開眼しており,Drを目で追うが発語は全くなし。疎通はとれず。指示も入らず。」

「高度認知症状態」

「昨年より身内の認識ができなくなる。精神症状も昨年より顕著となる。夫に対して暴力あり。」

「H23.3月より今のように大人しくなり会話乏しく発語なし。寝たきりの状態となる。食事量は昨年より徐々に減り,3月の地震後から激減。」

イ Aは,Eへ転院後も症状の改善はなく,8月7日,敗血症による播種性血管内凝固症候群により死亡した。

(6) Aの死亡に関する医師の説明等(甲3,17,24)

ア 原告は,平成24年3月18日,Eに対し,Aの死亡がいわゆる震災関連死に当たる可能性について問い合わせた。Aの主治医は,同月21日,原告に対しファクシミリで回答した。同回答(甲24[1頁])には次の記載がある。

「(恐らく)『関連死ではない』と考えられる。

(H23.7.13) 当院医療保護入院のPt

Dより看取り目的で当院入院。

♯1 嚥下困難にて肺炎反復し,H入院加療

♯2 アルツハイマー型認知症 H15.11月頃より症状出現♯1も脳機能低下の一つの症状と考えられること」

「アルツハイマー型認知症は,進行性であり,精神症状を穏やかにする対症療法のみである。

H15年11月頃より症状は出現していて,その後進行した結果,嚥下障害,嚥下性肺炎反復したと考えられる(H)。」

イ 原告は,平成25年4月14日頃,Fに対し,本件震災がAに与えた影響について問い合わせた。FのI医師は,原告に対し,「患者・家族への説明内容」と題する書面(甲3,17)を交付して回答した。同書面には,FにおけるAの初診日である平成23年1月20日から同年4月22日までのAのカルテの記載内容をまとめた内容の記載のほか,次の記載がある。

「現在,担当医は転勤のため当院には在籍していません。カルテの内容以上のことは分かりません。震災が症状にどれだけ影響したかについての検討はされていません。

一般的には,震災によって,アルツハイマー病などの認知症の行動・精神症状(BPSDと言います)が増悪することがあっても,生命に影響することは考えにくいと思います。」

(7) 嚥下障害,誤嚥性肺炎に関する知見等(甲18ないし22)

誤嚥とは,唾液や食物,胃液などが気管に入ることをいい,その食物や唾液に含まれた細菌が気管から肺に入り込み,炎症を起こすことで誤嚥性肺炎となる。誤嚥性肺炎は,高齢者に多く発症し,再発を繰り返す特徴がある。発熱,激しい咳と膿性痰が出る,呼吸が苦しい,肺雑音がある,というのが誤嚥性肺炎の典型的な症状である。

食物を噛んだり,唾液で噛み砕いた食物をうまく飲み下すことができない状態を嚥下障害といい,誤嚥性肺炎を引き起こす原因の一つとなる。嚥下障害の症状として,食事中によくむせる,食事中でなくても突然むせる,咳き込む,食べるとすぐ疲れて全部食べられない,体重が徐々に減る等がみられる。嚥下障害を引き起こす疾患には様々なものがあるが,特に脳梗塞や脳出血などの脳血管障害,神経や筋疾患などによる場合が多いほか,加齢による嚥下機能の低下も要因となる。

2  争点に対する判断

(1)  災害弔慰金の支給等に関する法律3条及び仙台市の災害弔慰金の支給等に関する条例3条が災害により死亡した者の遺族に対し災害弔慰金を支給すると規定している趣旨からすると,災害弔慰金を支給するためには,法的に見て災害により死亡したといえること,すなわち災害と死亡との間に相当な因果関係が認められることが必要であるというべきである。

(2)  そこで,本件震災とAの死亡との間に相当な因果関係が認められるか,以下検討する。

ア(ア) 前記前提事実及び認定事実によれば,本件震災前において,Aは,平成21年頃から認知症の症状が出始め,平成22年夏頃から増悪して興奮や妄想が出現するようになり,平成23年3月10日には慢性進行性認知症(脳血管障害を伴ったアルツハイマー病)と診断されたこと,他方,Cでの食事をほぼ全て食べることが多いなど,食欲があって嚥下に問題はなく,栄養状態は良好であったことが認められる。

(イ) 本件震災後のAの生活状況についてみると,前記認定事実のとおり,本件震災及びその後の余震により,本件自宅について,敷地にひび割れや陥没が生じ,土台部分が損傷して建物が傾き,外壁に多数の亀裂が生じ,外壁に設置されていたガス管やガス給湯器が外壁の傾きと共に破損するなど,大きく損傷した上,電気,水道及びガスが停止したため,原告らは本件震災後3月15日まで原告の軽自動車内で生活したこと,3月15日に電気が復旧したことから,原告らは,本件自宅の玄関や窓ガラスの応急の調整をした上で,同日より居間で寝泊まりするようになったものの,本件自宅には隙間風が吹き込んでくる状態であり,またAは自力で歩くことができなかったため,1日中こたつに入って過ごしていたこと,水道の復旧が遅れたため,原告らは必要最小限の水しか使わないようにして生活していたこと,ガスの復旧も遅れ,AはCへの通所が再開した3月28日まで入浴することができなかったことがそれぞれ認められる。

(ウ) そして,本件震災後のAの様子については,通所していたCにおいて,4月1日には食欲があり,Cにおいて主食をほぼ全て,副食を半分食べたものの,同月6日以降は主食,副食ともに少量又は僅かしか食べなくなり,同月15日には痰の絡みがみられ,同月6日以降,37度前後の微熱がみられる日が多くなったことが認められる。また,4月11日にFを受診した際,原告から見たAは,少し食欲がないものの,本件震災前と変わらず過ごせている様子だったが,同月22日には,食欲がなく,食事の飲み込みが悪く,喉がゴロゴロして咳がみられ,4月28日にBへ入所した際,Aは一,二週間ほとんど食べていない状態であり,服を着たままの状態でも体重が26.2㎏しかなかったこと,Bで飲食物を提供されても,むせ込み,痰絡みが激しくほとんど摂取することができなかったこと,翌29日にDを受診したところ,肺炎と診断されたことが認められる。

イ 前記認定した本件震災前から平成23年4月末頃までのAの体調の経過をみるに,Aは,本件震災前は食欲があって嚥下に問題はなく,栄養状態は良好であったが,本件震災後,4月上旬から食事量が減少し,同月中旬頃には痰や発熱がみられ,同月下旬頃にはむせ込み,痰絡みが激しく,食物をほとんど摂取することができない状態になっており,同年1月には42ないし43㎏ほどあった体重が,同年4月末には26.2㎏にまで減少したことが認められるところ,前記1(7)の嚥下障害及び誤嚥性肺炎の知見等に照らせば,Aは,本件震災後,4月上旬頃から嚥下障害となり,4月下旬には誤嚥性肺炎を発症したものと認められる。

Aは,平成21年頃から認知症の症状が出始め,平成22年夏頃には増悪して興奮や妄想が出現するようになり,平成23年1月にも興奮状態で暴れるなどの症状があった一方で,本件震災前までは食欲があって嚥下に問題はなく,栄養状態が良好であったところ,本件震災1か月後には嚥下障害となって食物をほとんど摂取することができず,同1か月半後には体重が約16㎏も減少し,誤嚥性肺炎を発症したという急激な経過に鑑みると,Aが嚥下障害となったのは,単に既往の認知症の進行や加齢のみによるものとは考え難いところであり,前記アに認定したように,本件震災によりAの生活環境及び住環境が著しく悪化し,Aの心身に多大な負担が掛かったことがその大きな要因となったものと合理的に推認することができる。

そして,前記認定事実によれば,Aは,4月末に誤嚥性肺炎を発症した後,Dにて治療を受け,5月上旬には快方に向かい,いったんは治癒したとの診断を受けたものの,同月13日には再び肺炎と診断されているが,証拠(甲23)によれば,その間Aの嚥下障害が改善したとは認められないことからすれば,2度目の肺炎も4月上旬以降の嚥下障害により引き起こされたものと認められる。そして,その後Aは,肺炎が治癒することなく,5月下旬以降は絶食状態となり,全身状態が悪化していき,8月7日,敗血症による播種性血管内凝固症候群により死亡したことからすれば,本件震災の発生及びAの嚥下障害,これによる誤嚥性肺炎の発症から死亡に至るまでの一連の経過には,相当な因果関係があると認めるのが相当である。

以上によれば,本件震災とAの死亡との間に相当な因果関係が認められる。

ウ なお,前記1(6)のとおり,Eの医師は,本件震災がAの死に影響を与えたとは考えられないとの趣旨の意見を述べているが,AがEに入院したのは,Dにおいて寝たきりになった後であり,同医師は誤嚥性肺炎発症時から診察していたのではなく,前記に認定の本件震災後のAの病状の推移等からすると,上記医師の見解により,前記判断を左右するものということはできない。また,FのI医師もAの死亡に対する本件震災の影響を否定的に述べているが,同医師はAを診察していたものではない上,一般的な意見を述べたにすぎないから,前記判断を左右しない。

第4結論

以上によれば,Aの死亡と本件震災との間には相当因果関係があると認められるから,災害弔慰金を不支給とした本件処分は違法である。

よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙宮健二 裁判官 荒谷謙介 裁判官 遠藤安希歩)

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