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仙台地方裁判所 平成24年(ワ)486号 判決

主文

1  被告は,原告X1に対し,611万4477円及びこれに対する平成23年3月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告X2に対し,550万円及びこれに対する平成23年3月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,原告X1に生じた費用の20分の17を同原告の負担とし,原告X2に生じた費用の20分の17を同原告の負担とし,原告X3に生じた費用を同原告の負担とし,被告に生じた費用の5分の2を原告X1の,5分の2を原告X2の,20分の1を原告X3の各負担とし,その余を被告の負担とする。

5  この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,原告X1に対し,4039万0022円及びこれに対する平成23年3月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,原告X2に対し,4014万2170円及びこれに対する平成23年3月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被告は,原告X3に対し,220万円及びこれに対する平成23年3月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

本件は,高次脳機能障害を有するV(以下「V」という。)が,被告が運営する自立訓練通所施設内で東日本大震災に遭い,その後,親族の迎えが来なかったため,被告の本部において職員に付き添われて避難生活をしていたが,東日本大震災の約10日後に被告が運営する別の施設に移されて一人で宿泊したところ,その日の夜間に外出して河川で溺水し死亡したことにつき,Vの子である原告X1及び原告X2並びに義兄である原告X3が,被告に対し,主位的に,被告がVを一人で宿泊させたことが安全配慮義務に違反すると主張し,予備的に,Vを一人で宿泊させることを原告らにあらかじめ告げなかったことが説明義務に違反すると主張して,債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき,原告X1につき4039万0022円,原告X2につき4014万2170円及び原告X3につき220万円並びにこれらに対するVが死亡した日である平成23年3月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。

1  前提事実(争いがない事実,当事者が争うことを明らかにしない事実及び当裁判所に顕著な事実については特に根拠を明記しない。)

(1)  V(昭和36年▲月▲日生まれ)は,原告X1(平成7年▲月▲日生まれ)及び原告X2(平成10年▲月▲日生まれ。以下,同原告らを「原告子ら」という。)の父であり,平成21年7月27日,脳出血を発症し,その後遺症として,失見当識,記憶障害,注意障害,左半側失認等の高次脳機能障害を残した。(甲3,弁論の全趣旨)

(2)  原告子らの母(Vの妻)であるWは,平成22年6月20日,死亡した。(甲1の1,弁論の全趣旨)

(3)  被告は,高次脳機能障害者の自立支援事業等を行う特定非営利活動法人であり,仙台市●区●に主たる事務所(以下「aの本部」という。)を置き,次に掲げるものを含む複数の施設を設置,運営している(なお,以下,被告の職員や理事等の役員のことを,単に「職員」と表記することがある。)。

ア 自立訓練通所施設である「甲」(仙台市●区●所在。以下,当事者双方が同施設を「bの施設」と呼称していることに鑑み,同施設を「bの施設」という。乙20)

イ 就労支援B型通所施設である「乙」及び共同生活援助のためのグループホームである「丙」(いずれも仙台市●区●所在の同じ1棟の建物内にある。以下,併せて「cの施設」という。)

(4)  Wの兄である原告X3は,平成22年7月2日,Vの代理人として,被告との間で,Vがbの施設に通所して自立訓練(生活訓練)を受けることを目的とする施設利用契約(以下「本件利用契約」という。)を締結した。その後,Vは,平日に原告子らの肩書住所地所在の自宅マンション(以下「本件自宅」という。)からbの施設に通所した。

(5)  平成23年3月11日午後2時46分,東日本大震災(以下「震災」ともいう。)が発生し,Vは,bの施設内で被災した。Vは,同日,職員らとともに宮城県仙台第一高等学校(以下「仙台一高」という。)に宿泊し,翌12日,職員らとともに仙台一高からaの本部に移動し,同日以降,aの本部において,職員らが同泊する中で避難した。この間,原告らは,Vを引き取らず,被告にVを預けたままにしておいた。

(6)  被告が,平成23年3月23日午後7時頃,Vをaの本部からcの施設に移し,前夜までとは異なり職員が同泊しない状態でVを同施設に宿泊させたところ,Vは,同日深夜,同施設から外出し,翌24日午前零時頃,仙台市●区●■川内付近において溺水により死亡した(以下「本件事故」という。)。(甲8)

(7)  原告X3は,平成23年6月20日,原告子らの未成年後見人に選任され,同月23日,就職した。(甲2,弁論の全趣旨)

2  争点

(1)  震災後に被告がVを保護すべき義務の有無及び内容(争点1)

(2)  被告のVに対する注意義務違反の有無(争点2)

(3)  被告の注意義務違反とVの死亡との相当因果関係(争点3)

(4)  損害額(争点4)

(5)  過失相殺(争点5)

(6)  損益相殺(争点6)

3  争点に対する当事者の主張

(1)  震災後に被告がVを保護すべき義務の有無及び内容(争点1)

(原告らの主張)

ア 契約に基づく義務

Vは,被告との間で本件利用契約を締結しており,また,震災当日,被告の職員が原告X1との間で被告においてVを預かる旨の合意をしたから,被告は,本件事故当時,契約上の義務として,施設利用者であるVの行動を注視し,その身体的安全が確保されるよう適切に配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っていた。

イ 事務管理の管理者としての注意義務

被告が震災後にVを預かっていた行為が事務管理(民法697条)であったとしても,被告は,Vが高次脳機能障害を有し,常に監視介助又は個室隔離が必要とされていることを十分に認識しながら自己の施設内でVを預かっていたのであるから,契約に基づく安全配慮義務と同様の義務を負っていたというべきである。

本件事故は,震災の緊急状況下を脱し,震災による混乱が相当程度落ち着いた段階における被告の業務再開に向けた動きの中で発生したものであるから,緊急状況下と称して責任を回避しようとする被告の態度は容認できない。

(被告の主張)

ア 契約に基づく義務について

本件利用契約は,bの施設の利用契約にすぎず,本件利用契約上,震災時における被告の義務は,緊急時連絡先である原告X3に速やかに連絡するところまでであって,親族である原告らが一向に迎えに来ないVを,いつまでも預かる義務はない。

また,被告の職員は,震災当日,原告X1に連絡を取った際,Vが仙台一高に避難していることは知らせたが,Vをいつまでも預かることに同意したことはない。そもそも同職員には,被告を代理してそのような合意をする権限はない。

イ 事務管理の管理者としての注意義務について

被告がVをcの施設に宿泊させた行為は,震災から約10日しか経っておらずライフラインが復旧せず都市機能が混乱した状態の中で,原告らが引き取りに来ようとせず,行政からもふさわしい場所が提供されないVに対し,見るに見かねて緊急避難的に寝食の場所を提供したもので,緊急事務管理(民法698条)であったから,被告はこれについて悪意又は重過失が認められない限り損害賠償責任を負わない。

(2)  被告のVに対する注意義務違反の有無(争点2)

(原告らの主張)

ア Vを一人にしてはならない注意義務違反(主位的主張)

被告は,高次脳機能障害を有するVが失見当識により徘徊する傾向があることを認識していたから,震災によりbの施設で被災したVの安全を確保するため,常に職員が付き添うなどの方法によりVが一人で外出しないように注視すべき注意義務を負っていた。しかし,被告は,震災後,aの本部において職員も宿泊してVを避難させていたのに,平成23年3月23日,職員が宿泊しない前提でcの施設にVを移し,実際にも職員が宿泊しないでV一人で宿泊させた。被告は,Vを一人にすれば外出して失見当識により徘徊し,事故に遭って生命,身体に危害を受けることを予見し得たというべきであり,また,被告は,Vを一人にしない状態で保護を継続することも可能であった。したがって,被告には,被告の保護下にあるVを一人にしてはならない注意義務に違反した過失がある。

イ 説明義務違反(予備的主張)

仮に,被告がVを職員が同泊するaの本部に避難させ続けることができず,職員が同泊しないでcの施設に移さざるを得ないというのであれば,原告らに対し,Vを一人にすることをあらかじめ説明すべきであったのであり,原告らは,被告からVを一人にする旨の説明を受けていればVを引き取っていた。被告には,Vを一人にすることを原告らに説明すべき義務に違反した過失がある。

(被告の主張)

ア Vを一人にしてはならない注意義務違反について

Vは,bの施設における通所支援等により,震災前の時点では,本件自宅とbの施設との間のルートを覚え,自らの欲求を言葉で表現できるようになっていた。そして,震災後,Vは,aの本部で避難する中で問題行動を起こすことはなく,一人で外出しようとすることもなかった。したがって,被告は,Vを一人にしてはならないとは認識しておらず,cの施設に移して職員の付添いなしで宿泊させた場合にVが一人で外出することを予見することはできなかった。また,被告は,aの本部を通常の業務体制に戻す必要があり,Vをaの本部に引き続き避難させたりcの施設に職員を宿泊させたりすることはできなかったし,グループホームであるcの施設に施錠することは法令上認められていない。そうすると,被告には,Vを一人にした場合にVが失踪することについての予見可能性はなく,結果回避可能性もなかったから,Vをcの施設に移して一人で宿泊させたことに過失はないというべきである。

イ 説明義務違反について

原告らは,震災後,被告及びVに対し連絡の電話1本も入れず,仙台市障害者更生相談所に対しては,Vの引き取りに応じない意向を明らかにしていた。このため,被告は,やむを得ずcの施設にVを移すことになったものであり,このような状況で,被告には,原告らに対しVをcの施設に移すことを説明すべき義務などない。

(3)  被告の注意義務違反とVの死亡との相当因果関係(争点3)

(原告らの主張)

高次脳機能障害を有するVには失見当識等の症状があり,実際,失見当識により長時間徘徊して捜索願の提出に至ったことが数回あった。このようなVが,初めて訪れた●地域で夜間に一人で外出すれば,失見当識により道に迷い,長時間徘徊する蓋然性があるところ,Vが徘徊する場所は,安全な場所であるとは限らず,交通量の多い道路,崖,川等の生命,身体の危険に直結する場所も当然に含まれる。Vが,cの施設からどのようなルートを辿って本件事故のあった場所まで歩いて行ったのかは不明であるが,いずれにしても,Vは,一人で外出し,道に迷って徘徊するうちに■川に転落し,高次脳機能障害の影響によりこれに対処できず溺死したものであり,Vが一人で外出すれば失見当識により徘徊して死亡することは一般に予見可能である。そうすると,被告が平成23年3月23日夜にVを一人にさせた過失と,Vが一人で外出して翌24日午前零時頃本件事故により死亡したこととの間には,相当因果関係がある。

(被告の主張)

仮にVの失踪について被告の注意義務違反が認められるとしても,その注意義務違反とVが本件事故で死亡したこととの間に相当因果関係はない。すなわち,認知機能に問題がある者が施設を離れた場合の事故については,抽象的に死亡の危険があるからといって死亡との相当因果関係を認めることはできないのであって,Vは,事理弁識能力を喪失していたわけではなく,身体的には健康であり,自らの生命,身体に及ぶ危険から身を守る能力まで喪失していたわけでないから,被告が,このようなVを一人にしたからといって,そのこととVの死亡との間に相当因果関係はない。

(4)  損害額(争点4)

(原告らの主張)

ア Vの固有の損害(合計6528万4339円)

(ア) 給与収入の逸失利益 2564万6654円

V(事故当時50歳)は,リハビリのため休職中(一般社団法人東北地区信金共同事務センター勤務)であり,職場復帰後,年額352万9680円の給与収入が見込まれていたところ,Vが原告子らを扶養していたことに鑑み,生活費控除率を30%とし,就労可能年数を65歳までの15年間として算定すべきである。

(計算式)352万9680円×(1-0.3)×10.380(15年間のライプニッツ係数)=2564万6654円

(イ) 年金収入の逸失利益 1563万7685円

Vは,本件事故当時,障害年金を受給していなかったが,障害者等級2級としてその受給権は取得しており,休職中の傷病手当金の受給期間が満了する日の翌日である平成24年5月11日から障害年金を確実に受給し得た。その障害年金の額は,平成26年4月現在,障害基礎年金が77万2800円で,障害厚生年金が72万6700円であるから(これらに原告子らに係る加給年金は含まれない。),年金収入の逸失利益の基礎収入はこれらの合計である149万9500円となり,生活費控除率を上記(ア)と同様に30%とし,V(事故当時50歳)の平均余命年数を28年間として年金収入の逸失利益を算定すべきである。

(計算式)149万9500円×(1-0.3)×14.898(28年間のライプニッツ係数)=1563万7685円

(ウ) 死亡慰謝料 2400万円(不法行為の場合)

Vの死亡慰謝料は2400万円が相当である。

ただし,被告の責任原因が,不法行為でなく債務不履行として認められる場合には,原告子らの近親者慰謝料(イ(イ)とウ(ア)の合計800万円)は請求せず,その代わりにVの死亡慰謝料を3200万円として請求する。

(エ) Vは,平成23年3月24日に死亡し,これにより,原告子らは,各2分の1の法定相続分によりVを相続したから,前記(ア)ないし(ウ)の合計6528万4339円の各2分の1である3264万2169円(1円未満切捨て)の損害賠償請求権をそれぞれ承継取得した。

イ 原告X1の固有の損害(合計774万7853円)

(ア) 葬儀費 24万7853円

(イ) 近親者慰謝料 400万円

(ウ) 弁護士費用 350万円

ウ 原告X2の固有の損害(合計750万円)

(ア) 近親者慰謝料 400万円

(イ) 弁護士費用 350万円

エ 原告X3の固有の損害(合計220万円)

(ア) 近親者慰謝料 200万円

原告X3は,Vの事実上の後見役として面倒をみてきた者であり民法所定の近親者に準じて慰謝料が認められるべきである。

(イ) 弁護士費用 20万円

(被告の主張)

ア Vの固有の損害について

(ア) 給与収入の逸失利益(2564万6654円) 否認する。

Vが職務に復帰する蓋然性があったことは立証されていない。

(イ) 年金収入の逸失利益(1563万7685円) 金額を争う。

Vに障害基礎年金及び障害厚生年金が支給されることを積極的に争うものでないが,原告子らは具体的支給額を立証すべきである。生活費控除率については,80%(少なくとも50%)とすべきである。

(ウ) 死亡慰謝料(2400万円又は3200万円) 金額を争う。

原告子らが主張する2400万円(不法行為の場合)又は3200万円(債務不履行の場合)の慰謝料額は,いずれも明らかに過大である。

イ 原告X1の固有の損害について

(ア) 葬儀費(24万7853円) 不知。

(イ) 近親者慰謝料(400万円) 不知ないし金額を争う。

(ウ) 弁護士費用(350万円) 否認する。

ウ 原告X2の固有の損害について

(ア) 近親者慰謝料(400万円) 不知ないし金額を争う。

(イ) 弁護士費用(350万円) 否認する。

エ 原告X3の固有の損害について

(ア) 近親者慰謝料(200万円) 否認する。

(イ) 弁護士費用(20万円) 否認する。

(5)  過失相殺(争点5)

(被告の主張)

ア V自身の過失

Vは,事理弁識能力は有しており,自らの生命,身体に及ぶ危険から身を守る能力まで喪失していたわけではない。誤って河川に転落して死亡したことは,V本人の不注意による結果であり,V自身に過失があるから,相応の過失相殺をすべきである。

イ 原告らの過失

原告らは,震災後,速やかに被告からVを引き取るべきであったが,震災後10日以上が経過し,原告子らが本件自宅に戻り,電気,水道が復旧してVを引き取ることができる状況になっても,原告らと同様に被災した被告に対し,Vを押し付けて引き取ろうとしなかった。これは原告らの過失に当たるから,相当の過失相殺をすべきである。

(原告らの主張)

ア V自身の過失について

被告は,Vに高次脳機能障害の症状としての失見当識による徘徊の危険性があることを認識しながら,これを防止する注意義務に違反したものである以上,Vが失見当識により徘徊して死亡したことについてV自身の過失を認めるべきではない。

イ 原告らの過失について

原告らは,Vがその症状を熟知する被告の下にいれば安全であると思って信頼していたのであり,仙台市障害者更生相談所が,平成23年3月23日以降もVがaの本部で避難する計画を立てていたことからしても,原告らがVを引き取らなかったことに過失があるとはいえない。また,原告らが被告に連絡しなかったことについても,むしろ被告が緊急連絡先とされていた原告X3に連絡すべきであったから,原告らに過失はない。さらに,原告X3は,Vと身分上,生活関係上一体をなす関係にあるといえず,仮に原告X3に過失があったとしても,これを被害者側の過失として考慮することはできない。

(6)  損益相殺(争点6)

(被告の主張)

原告子らはVの死亡による遺族年金を受給しているから,受給が確定した遺族年金については,損害額から損益相殺すべきである。

(原告らの主張)

ア 原告X1(平成7年▲月▲日生まれ)は,Vの死亡による遺族基礎年金及び遺族厚生年金を,支給事由消滅日である平成26年3月31日(原告X1が18歳に達した日以降の最初の3月31日)まで受給した。その受給額の合計は,235万1892円である。

イ 原告X2(平成10年▲月▲日生まれ)は,Vの死亡による遺族基礎年金及び遺族厚生年金を,平成29年3月31日(原告X2が18歳に達した日以降の最初の3月31日)まで受給する見込みであるが,平成26年6月13日受給分までの確定受給額の合計は,248万1308円である(なお,原告X2は,その後も遺族年金を受給している。)。

ウ もっとも,原告子らが本件の損害賠償金の弁済を受けた場合には,遺族年金の支給を停止され又は返還請求を受ける可能性があるから,原告子らが受給した遺族年金は,その全額につき損益相殺をすべきでない。

第3争点に対する判断

1  認定事実

前記前提事実(第2の1)に後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の各事実が認められ,これらを左右するに足りる的確な証拠はない。

(1)  被告の事業等

被告は,もとは「高次脳機能障害者を支援する会」と称する団体であったが,平成19年4月,法人化してYとなり,主たる事務所を仙台市●区●に置き(aの本部),高次脳機能障害者の自立支援事業等に関する事業等を行っており,これらの事業のため,同市内に4か所の通所施設及び1か所のグループホームを設置,運営している。このうち,同市●区●には,自立訓練通所施設である「甲」を設置しており(bの施設),また,同市●区●所在の建物(一軒家)の1階部分には,就労支援B型通所施設である「乙」を設置し,その2階部分及び1階の共用部分には,共同生活援助のための「丙」を設置している(以上の2施設がcの施設である。)。(甲16,乙11ないし13(枝番を含む。),17,20,弁論の全趣旨)

(2)  Vの精神障害の発症等

Vは,平成21年7月27日,脳出血を発症して入院し,その後,リハビリ,通院治療を受けたが,脳出血の後遺症である失見当識,記憶障害,注意障害,左半側失認等の高次脳機能障害の症状が残り,平成22年6月24日,障害等級2級(日常生活が著しい制限を受けるか,又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のもの)の状態にあるとして精神障害者保健福祉手帳の交付を受けた。(甲3,4,13)

(3)  Vの生活状況等

Vは,当時,本件自宅(仙台市●区所在のマンション)において原告子らとともに生活しており(原告子らの母は,平成22年6月20日死亡している。),原告X1は仙台市立P中学校に,原告X2は同市立Q小学校に,それぞれ本件自宅から通学していた。(乙10)

(4)  失見当識による1回目の徘徊

一般に,失見当識のある高次脳機能障害者が一人で外出すると,現在どこにいるのか分からなくなって目的地に到着できないことがあり得るところ(以下,この意味で「徘徊」という。),失見当識のあるVは,同年6月10日,本件自宅から一人で外出して夜になっても帰らなかった。そこで,原告らが,翌日,仙台東警察署にVの行方不明者届を出したところ,Vは,本件自宅からかなりの距離を歩いて,仙台市●区●所在の飲食店(吉野家)で現金を所持せず食事し,その後も歩き回って,民家の敷地内で発見されたことがあった(以下「1回目の徘徊の件」という。)。(甲13,証人A,証人E,原告X3,調査嘱託の結果)

(5)  本件利用契約の締結等

原告X3は,同年7月2日,Vとともにbの施設の施設長であるA(以下「A所長」という。)と面談し,Vの代理人として,被告との間で,bの施設に通所して自立訓練(生活訓練)事業及び就労継続支援(B型)事業に係るサービス(以下「本件サービス」という。)の提供を受けることを目的とする本件利用契約を締結した。その際,原告X3と被告は,事故時の対応等として,本件サービスの提供に際してVに急変があった場合,被告が,医師や家族への連絡その他適切な措置を迅速に行うこと,Vに事故,病気等があった場合や天災等により施設を休みとし早く終了するなどの場合における緊急時連絡先を原告X3とすることについても合意した。その際,原告X3は,A所長に対し,1回目の徘徊の件を伝えた。(甲13,乙1,2,20,証人A,原告X3,弁論の全趣旨)

(6)  失見当識による2回目の徘徊

Vが,同年7月10日,本件自宅から夜間に一人で外出して帰らなかったため,原告らは,翌朝,仙台東警察署にVの行方不明者届を出した。Vは,翌11日,仙台市●区●付近を歩いているところを保護され,仙台徳州会病院に救急搬送された(以下「2回目の徘徊の件」という。)。原告X3は,数日後,bの施設のA所長及びB職員(以下「B職員」という。)に対し,2回目の徘徊の件を伝えた。(甲13,乙5,原告X3,調査嘱託の結果)

(7)  Vの通所状況等

Vは,本件利用契約を締結した後,平日にbの施設に通所した。bの施設は,通所者の送迎を行っていないが,Vについては,単独での通所が困難であり家族のニーズもあったため,来所支援プログラムとして,B職員が,朝,本件自宅に迎えに行き,夕方,本件自宅に送り届けていた(以下「通所支援」という。)。(甲15の2,乙3,20,証人A)

(8)  Vの障害診断書等

原告X3は,Vが団体信用生命保険契約を締結していた明治安田生命保険相互会社(以下「明治安田生命」という。)に対し,Vが高次脳機能障害になったことを理由とする保険金の支払を請求し,その保険金を本件自宅のローンの返済に充てるため,主治医に依頼して,同年10月20日付けで障害診断書を作成してもらった(以下「本件診断書」という。)。これによれば,Vは,精神の障害に関し,「障害が高度で常に監視介助または個室隔離が必要」とされ,高次脳機能障害の内容に関しては,「失見当識,記憶障害,注意障害,左半側失認がみられ」,回復の可能性等に関し,「回復の見込みなし,初診時より変化なく症状固定」とされ,高次脳機能障害がADL(日常生活動作のこと)に及ぼす影響に関し,①「失見当識,記憶障害があり日時の感覚が皆無となってしまっている。日常生活で必要な時間感覚が無く,食事時間,入浴時間や清潔にも全く無頓着。常に声がけをしないと自分からは日常生活で必要な動作も行わない。」,②「失見当識,注意障害,左半側失認があり,食事を食べる動作や咀しゃく嚥下は可能だが,自分の分を認識できない。足りないと他人の分も無意識に食べてしまうことがある。さらに,他人の分を食べても何が悪かったのかを反省できない(無断の食事をすぐに忘れてしまうため)。」,③「本年2月から本日まで,無断外出と失見当識のため警察に捜索願を数回出している。本件自宅からかなり離れたところで数日後に発見されることもあり,家族構成上(父は30年前,妻と母親が今年相次いで亡くなっており,Vは,中学生,小学生の原告子らと同居し,Vが本件自宅にいるときは原告子らが身の回りの世話をしている。),原告子らの通学時などに徘徊し行方不明となる可能性が高い。」とされた。(甲3,13,原告X3)

原告X3は,明治安田生命に対し,上記保険金請求の資料として,本件自宅の玄関の内側に「V,勝手に家を出るな。」との貼り紙をした状況等を撮影した写真(撮影者はB職員である。)を本件診断書に添付して送付した。(甲13,証人A)

(9)  本件自宅の施錠措置等

同年10月22日,仙台市障害者更生相談所(身体障害者,高次脳機能障害者の支援を業務とする仙台市の機関であり,現在の名称は仙台市障害者総合支援センター,以下「仙台市障害者相談所」という。甲22の1,2,乙9)の担当者,A所長及び原告X3によるケア会議が実施され,原告X3は,本件診断書を持参してVの症状等を説明した。また,同月頃,原告X3は,原告子らの在宅中,Vが本件自宅から外出できないようにするために,本件自宅の玄関ドアの内側にダイヤル錠(暗証番号を知る原告子らしか解錠できない。)を取り付け,原告子らの外出中,Vが本件自宅から外出できないようにするために,玄関ドアの外側にチェーンロックを取り付け,A所長に対し,これらの措置を講じた旨を伝えた。これに対し,A所長は,原告X3に対し,上記の措置はVの人権を侵害するので,これを中止し,常に誰かがVに付き添うように指導したが,原告X3は,従わなかった。(甲13,原告X3)

(10)  明治安田生命の担当者とA所長との面談等

明治安田生命の担当者が,前記(8)の保険金請求を受けて,同年12月15日,A所長と面談したところ,A所長は,同担当者に対し,Vの高次脳機能障害や生活の状況等につき,大要,次のとおり述べた。

ア Vがbの施設に通所した当初からの症状は,現在まで改善されていない。具体的には,記憶力が低下し,現在の状況を理解できず,無気力で意欲が低下し,食欲は異常で過食傾向にあり,朝起きることができず,原告子らが着替えをさせて全ての世話をしている状況である。

イ 話はするが,理解して言葉を使っているわけではなく,すぐに話の内容を忘れてしまう。食欲が異常にあり残飯でも人のものでも見付けたら食べようとする。トイレには行っても便器の中に用を足すことができない。着替えを一人ではできず,季節にあった服を選べない(半袖のTシャツ1枚で冬期に来所したりパジャマで来所したりする。)。歩行はできるが徘徊状態であり,施設内では一日中ウロウロし,「何をしているの。」と聞くと「仕事をしています。」と言う。人の名前を覚えられず,自分の年齢,妻が亡くなったこと,季節,日付が分からない。お金を持たなくても買物をしようとしたり飲食店に入って注文して食べたりする。誰かが付いていなければ生活できない。認知症のような症状であり,終日徘徊行動がある(ただし,一般には見当識障害から生じる行動として徘徊のような状態となることはあり得るところ,ここでいう徘徊とは,一人で外出すると,現在どこにいるのかが分からなくなって目的地に着くことができず,帰ることができなくなる状態という趣旨を含む。)。(甲15の1,2,乙18,証人A)

(11)  Vを本件自宅に一人で過ごさせたこと(1回目)

原告X3は,同年12月頃,年末年始の過ごし方のシミュレーションと称し,V一人を本件自宅に残して外鍵(前記(9))をかけ,火を使わずに食事できる状態にして,Vを本件自宅に一人で過ごさせた。仙台市障害者相談所及びA所長は,同月21日,このことを問題視し,年末年始にV単独で生活することは危険であり,生命に関わることを理解してもらい,ショートステイの利用を要請するとの方針を確認し,原告X3に対し,そのために必要な働き掛けを行った。(乙5,20,証人A,原告X3)

(12)  Vを本件自宅に一人で過ごさせたこと(2回目)

しかし,原告X3は,bの施設に対し,年末年始にVを本件自宅に一人で過ごさせる方針を改めて伝えた上,同年12月31日,bの施設の職員に対し,Vが在宅中に本件自宅の外鍵をかけることを依頼したが,同職員がこれを拒否したため,原告X3は,自ら本件自宅に外鍵をかけた上で,原告子らを同日から山形県内の親族宅に1泊させた。(乙5,7の2,証人A,原告X3)

(13)  Vの要介護認定

Vは,平成23年1月21日,仙台市から要介護2の認定を受けた。その際,「長期間にわたり審査判定時の状況が変化しないと考えられる」として,認定有効期間が24か月に延長された。(甲5)

(14)  通所支援の状況等

その後も,Vに対する通所支援(前記(7))は継続されており,Vは,次第に本件自宅とbの施設との間の固定ルートは覚え,信号の色についても,分からないときより分かるときの回数が増えたが,周囲の状況から車が来たら止まることなどを自ら判断して行動に移すことが難しいため,職員がVに声がけをし,周囲の状況を気付かせて行動に移させており,安全面については今後の課題として残されていた。また,bの施設においては,Vは,職員や家族の付添いなしでは一人きりにしておけず,見当識障害があって一人で外出したら帰ってこられない通所者であると認識されており,実際にも通所中にVを一人きりにはしておらず,このようなVの状態については,被告が運営する他の施設の職員に対しても,文書や会議等を通じて情報提供されていた。(乙5,証人A)

(15)  東日本大震災の発生

同年3月11日午後2時46分,東日本大震災が発生し,仙台市内は激しい揺れに襲われ,ライフラインが途絶した(当裁判所に顕著)。これによりbの施設が被災し,同施設の職員3名(A所長,B職員,C(以下「C職員」という。))は,Vを含む通所者約11名を連れて仙台一高に避難した。同日中に家族が迎えに来ない通所者は,Vを含め3名となり,同日夜にB職員が原告X1に電話をした際,原告X1は,自らはP中学校に避難しており,Vを迎えに行けないため預かってほしい旨を伝え,これに対し,B職員は,「お父さんと一緒にいるからね。大丈夫だよ。」などと述べてVの状況を知らせ,当夜はVとともに仙台一高に宿泊する旨を伝えた。(乙20,23,証人A,原告X3)

(16)  震災翌日以降のVの状況等

震災翌日の同月12日,aの本部から来た職員らが,Vほか1名の通所者を連れて(残り1名の通所者は家族が迎えに来た。),仙台一高からaの本部に移動した。aの本部は一軒家であり,同所には,職員,通所者等を合わせて十数名が避難し,毎日数名の職員らが同泊して避難中の通所者らをケアしていた。Vは,aの本部では,具体的に指示しないと行動できないが,問題行動を起こすことはなかった。また,原告らと被告は,Vに関し,それぞれ仙台市障害者相談所と協議することはあったが,原告らと被告との間で直接連絡を取り合って協議することはなかった。(乙19,20,23,証人A,証人E,原告X3)

なお,A所長及びB職員は,同日にいずれも帰宅しており,その後,本件事故が発生するまでの間,aの本部には来ていない。(乙23,証人A,証人E)

(17)  被告と仙台市障害者相談所との協議等

被告代表者は,震災後,仙台市障害者相談所に対し,aの本部のライフラインの復旧が不十分であるため,aの本部で預かっているVを山形県内の親族でケアできないか,また,本件自宅における生活の目処について家族に確認してほしい旨を要請した。(甲22の2,乙19)

(18)  原告らの避難状況等

震災後,原告X1は,山形県内の同級生の実家に避難し,原告X2は,山形県内の親族宅に避難していたところ,原告子らは,同月19日,本件自宅に戻った。その頃には,本件自宅の電気及び水道は復旧し(ガスが復旧したのは同月25日頃である。),原告X3が,生活ができる程度に本件自宅を片付けており,Vの食料の調達等に不便が残ることを除けば,本件自宅にVを引き取ることは可能な状況であった。他方,原告X3は,震災後,同人の肩書住所地所在の自宅で生活し,仙台市●区●所在の清掃工場で勤務していた。(原告X3,弁論の全趣旨)

(19)  仙台市障害者相談所とVの親族らとの協議等

仙台市障害者相談所は,同月22日,山形県在住のVの親族に対し,Vの一時的な預かりを要請したが拒否され,また,原告X1に対し,Vを本件自宅に引き取る見通しを聞いたが,原告X1は,「正直,今帰ってこられても困る。」として難色を示し,また,被告がVを預かることによる利用料の負担を気にしていた。そこで,仙台市障害者相談所は,同日,被告代表者に対し,親族からVの一時的な預かりや引き取りについて了解が得られなかった旨を伝えた。これに対し,被告代表者は,仙台市障害者相談所に対し,同月23日にVをaの本部からcの施設に移す意向を伝えたが,その際,cの施設において職員がVに付き添うか否かについては言及しなかった。(甲22の2,乙10,弁論の全趣旨)

(20)  Vをcの施設に移す決定等

被告は,同月22日頃,aの本部を通常の業務体制に戻すことを検討しており,aの本部において,いずれも被告の施設長クラスの職員であるD(代表者),E(監事),F,G,H及びIの6名が協議し,Vを職員の夜間付添いがない前提でaの本部からcの施設に移動することを決定した(以下「本件決定」という。)。他方,bの施設の職員であるA所長,B職員及びC職員は,本件決定に関与しなかった。(乙23,証人A,証人E,弁論の全趣旨)

なお,A所長は,当時,仕事を休んで自宅におり,携帯電話が使用できないなど被告と連絡が取りにくい状況にあったが,A所長の自宅は,仙台市●区●所在でaの本部からは徒歩15分位の場所にあり,実際にも複数の職員らが自宅を訪れ,aの本部の状況を伝えるなどしていた。(証人A,証人E,弁論の全趣旨)

(21)  cの施設への移動等(本件事故の前日)

Vは,同月23日,職員に付き添われて,一旦本件自宅に戻り(この時,原告子らも本件自宅におり,Vと顔を合わせている。),身支度をして原告X1の卒業式に参列し,その後,本件自宅へは戻らず,aの本部に戻って食事をしてから,同日午後7時頃,職員に付き添われてcの施設に到着した。この時,Vに付き添った職員は,cの施設の職員に対し,①Vは,aの本部での生活ではおとなしく皆と一緒に活動参加ができていたこと,②Vは,朝起きるのが苦手なことの2点について申し送りをした上で,aの本部に戻った。cの施設の職員は,Vに施設の内部を案内し,Vを1階の部屋に一人で寝かせた上で,帰宅した。当夜,cの施設では,V以外にグループホームの利用者1名が2階に居住していたのみであり,職員が同泊する措置は執られなかったほか,法令上,利用者を拘束できないことを理由として,施錠の措置は執られなかった。(乙19,証人A,証人E,弁論の全趣旨)

なお,被告は,原告らに対し,Vをcの施設に移して職員の付添いなしで宿泊させることをあらかじめ伝えなかった。(弁論の全趣旨)

(22)  本件事故の発生

Vは,同月23日の深夜頃,cの施設から外出し,同月24日午前零時頃(その時間帯の仙台市の天気は晴れ,気温は1℃前後であった。),cの施設から南東方向に直線距離にして約1.5km離れた場所にある,仙台市●区●■川内付近において,溺水により死亡した(本件事故)。(甲8,10の1ないし3,甲17,弁論の全趣旨)

(23)  本件事故後の状況等

被告の職員は,同月24日午前8時頃,cの施設に出勤したところ,Vが同施設内にいないことに初めて気が付き,aの本部に連絡するなどした。aの本部の職員は,「Vが川に浮いている旨の知らせが警察からあった」旨の連絡が原告X3からあったことを,A所長から電話で聞き,Vが本件事故で死亡したことを知った。(弁論の全趣旨)

(24)  他の通所者の避難状況等

aの本部に避難中の通所者は,震災翌日以降,Vを含めて4名程度であったところ,Vがcの施設に移された同月23日時点では,1名(M氏)のみとなり,同人は,同日以降も職員数名が同泊する中でaの本部で避難生活を送り,同月29日,家族によって引き取られた。(乙23,24,証人E)

2  争点1(震災後に被告がVを保護すべき義務の有無及び内容)について

(1)  契約に基づく義務について

ア 前記1の認定事実によれば,本件利用契約は,Vがbの施設に通所して本件サービス(自立訓練事業等)の提供を受けることを目的とし,事故時の対応等として,被告は,本件サービス提供に際してVに急変があった場合,医師や家族への連絡その他適切な措置を迅速に行い,また,Vに事故,病気等があった場合や天災等により施設を休みとし早く終了するなどの場合における緊急時連絡先を原告X3とするものであったところ(前記1(5)),このような本件利用契約の内容に鑑みれば,本件サービスの提供中に震災が発生し,これにより本件サービスが中断された本件のような場合,被告には,高次脳機能障害のため,自力では帰宅できず自らの生命,身体の安全を図るための状況判断ができないVを保護し,緊急時連絡先である原告X3又は同居家族である原告子らに対し,必要な連絡を行い,速やかにVを引き渡すべき本件利用契約上の義務(以下「本件利用契約上の被災時義務」という。)があったと認められる。この点,bの施設の職員らが,平成23年3月11日の震災後,Vを保護して仙台一高に避難し,原告X1に電話で連絡してVの状況を伝え,Vに付き添って仙台一高に宿泊したこと(前記1(15))は,本件利用契約上の被災時義務に基づいた措置であったというべきである。

イ もっとも,本件利用契約上の被災時義務は,その内容からみて,被告が,緊急時連絡先である原告X3又は同居家族である原告子らに対し,速やかにVを引き渡すことを前提としたものと解され(扶養義務者であるVの直系血族及び兄弟姉妹には,Vを震災時に保護すべき本来的な義務がある。民法877条参照),原告らがVを引き取るために要する合理的な期間を超えてVを引き取らない場合には,被告の本件利用契約上の被災時義務は消滅するというべきである。

この点,前記1の認定事実によれば,原告らは,震災後,被告及び仙台市障害者相談所に対し,Vを引き取る意向を示さず,むしろ仙台市障害者相談所に対しVの引き取りに難色を示し,震災後10日以上が経過した同月23日に至ってもVを被告に預けたままにしていたところ,この間,原告X3は,被災した本件自宅の片付け作業を進めており,同月19日には,生活ができる程度に本件自宅が片付き,原告子らも避難先から本件自宅に戻り,ガス以外のライフラインは復旧していた(前記1(18))ことに加えて,Vは,同月23日,原告X1の卒業式に参列するため,本件自宅に一時帰宅していること(前記1(21))からすれば,遅くとも同日には,原告らは,Vを本件自宅に引き取ることが可能な状況にあったと認められるのであり,それにもかかわらず原告らがVを引き取ろうとしなかった以上,遅くとも同日以降は,被告が本件利用契約に基づきVを保護すべき義務を負うということはできない。

ウ 原告らは,震災当日,原告X1とB職員との間で,被告が震災後もVを預かることについての合意が成立したと主張する。

しかしながら,前記1(15)の認定事実によれば,震災当夜,原告X1は,B職員に対し,自らはP中学校に避難しておりVを迎えに行けないため預かってほしい旨を伝え,B職員は,「お父さんと一緒にいるからね。大丈夫だよ。」などと述べてVの状況を知らせ,当夜はVとともに仙台一高に避難する旨を伝えたことが認められるところ,このやり取りは,原告らが後日速やかにVを引き取ることを前提として,とりあえず震災直後の混乱状態にある間は,原告らがVを引き取るまで被告がVを保護する旨を原告X1とB職員との間で確認したものにすぎないと評価するのが相当であり,被告との間で本件利用契約上の被災時義務を超えて被告がVを預かる義務を負う新たな合意がされたと認めるに足りる的確な証拠はないから,この点に関する原告らの主張は採用できない。

(2)  事務管理の管理者としての善管注意義務について

Vは,自らの生命,身体の安全を図るための状況判断ができないのであるから,被告としては,遅くとも平成23年3月23日以降は,上記のとおり本件利用契約に基づく保護義務は消滅したというべきであるものの,Vを事実上の保護下に置いていた管理者(民法697条)として,原告らなど他にVの安全に責任を負うべき者に同人を引き渡すまでは,善管注意義務(同法698条参照)をもってVの保護を継続すべき義務を負っていたというべきである。

これに対し,被告が同日にVをcの施設に宿泊させたのは,V本人の身体等に対する急迫の危険を免れさせるための緊急事務管理(同法698条)であったから,被告は,これについて悪意又は重大な過失がなければ責任を負わない旨主張する。

しかしながら,同日時点では,震災の発生から10日以上が経過し,震災直後の混乱が次第に収束しつつある一般的状況にあったと認められ(仙台市内には震災により極めて甚大な被害を受けた地区があるが,aの本部がそのような被害を受けた地区と同様の被災状況に置かれていたと認めるに足りる証拠はない。),被告においても,V本人の身体等に対する急迫の危険を免れさせるためにVをaの本部からcの施設に移したと認められるような緊急の客観的状況下でなかったことは,前記1(15)ないし(24)の認定事実からも明らかであるから,この点に関する被告の主張は採用できない。

3  争点2(被告のVに対する注意義務違反の有無)について

(1)  そこで,被告が,Vに対し,震災後の平成23年3月23日の当時,事務管理に基づき善管注意義務をもってVを保護すべき義務を負う関係にあったことを前提とし,まず,被告が,同日,Vをそれまで避難していたaの本部から夜間に職員の付添いを付けないとの前提でcの施設に移動させて同施設にVを単独で宿泊させた(以下「本件行為」という。)ことをもってVを一人にしてはならない注意義務に違反したといえるか否かについて検討する。

(2)  結果予見可能性について

ア 前記1の認定事実によれば,①被告は,高次脳機能障害者の自立支援事業等を行う法人であって,高次脳機能障害者の症状に関する一定水準の知識,経験を有しており,一般に失見当識のある高次脳機能障害者が一人で外出すると現在地が分からなくなって目的地に到着できないことがあることを知っていたこと(前記1(1),(4),(6),(10)),②Vには,高次脳機能障害である失見当識,記憶障害,注意障害,左半側失認の症状があったところ(前記1(8)),bの施設の職員は,Vの1回目の徘徊の件及び2回目の徘徊の件を原告X3から聞かされて知っていたこと(前記1(4)ないし(6)),③原告らは,本件自宅の玄関に貼り紙をしたり,被告からVの人権侵害と指摘されるような施錠措置を講じたりして,Vが一人で本件自宅から外出することを防がざるを得ない状況にあったところ,bの施設の職員は,そのことを現認するなどして知っていたこと(前記1(8),(9),(11),(12)),④Vは,通所支援を通じ,本件自宅とbの施設との間の固定ルートは覚えたが,周囲の状況判断をすることが難しいため,安全面は今後の課題とされており,bの施設において,職員や家族の付添いなく一人きりにしておけない通所者の一人であると認識されていたこと(前記1(14)),⑤Vの状況は,bの施設以外の職員に対しても文書や会議の場を通じて情報提供されており(前記1(14)),施設長クラスの職員であれば,それについてはある程度知っていたと推認されるところ(証人A),本件決定には,施設長クラスの職員が関与していたこと(前記1(20)),⑥被告は,本件決定に際し,当時,aの本部に応援に来ていたbの施設のC職員(前記1(15))から,Vを夜間に職員の付添いなしでcの施設に宿泊させることについて意見を聞くことが可能であったこと(証人Eは,C職員から特別な情報は得られなかったと証言するが,C職員に対しVをcの施設に一人で泊まらせることを伝えたかは記憶にないとも証言しており,他にVを一人で宿泊させることを伝えた上でC職員の意見を聞いたと認めるに足りる証拠がないことからすると,同証言は前記の評価を左右しない。),⑦被告は,本件決定に際し,当時自宅で仕事を休んでいたA所長からもVを一人でcの施設に宿泊させることを伝えた上で意見を聞くことが可能であったこと(前記1(20))が,それぞれ認められる。

イ 上記アの認定判断を踏まえると,aの本部において職員が同泊しているというそれまでの状況を一変させ,Vが初めて訪れるcの施設において職員の付添いを付けないでVを宿泊させた場合,被告は,Vが一人で夜間外出するおそれがあることは予見できたというべきであり,前記認定のとおり失見当識があるVが,cの施設から一人で夜間外出してしまえば,夜間でしかもそもそも不案内な●地区において現在地が分からなくなって同施設に戻れなくなる可能性が高いことも,被告において予見可能であったといわざるを得ない。そして,Vが,夜間に不案内な場所をさまよい歩いて生命,身体に危険を及ぼし得る場所(Vが死亡していた河川周辺もこれに含まれる。)で事故に遭遇することは予見できたといわざるを得ない。

ウ これに対し,被告は,Vは,aの本部に避難中,徘徊等の問題行動を起こしていなかったから,Vが一人で夜間に外出して徘徊することは予見不可能であった旨主張する。

しかしながら,前記認定のとおり,本件決定に関与した職員らは,bの施設におけるVの高次脳機能障害の内容についてある程度知っていたと推認されることに,bの施設の職員に対し,Vの症状について確認することが可能であったことを併せ考慮すると,当時,組織体である被告としては,Vが一人で外出して失見当識により徘徊する可能性があることを知っていたといわざるを得ない。そうすると,Vが,震災後,aの本部において,被告の職員が同泊する状態で約10日間の避難生活を送る限りでは徘徊等の問題行動がみられなかったとしても,そのことは,職員の付添いがなくなった場合にVが一人で外出することの予見可能性を否定する根拠にはならないというべきである。この点に関する被告の主張は,採用できない。

(3)  結果回避可能性について

ア 前記1の認定事実によれば,被告が本件決定をした平成23年3月22日頃,aの本部においては,本来の業務の再開に向けた作業が行われており,aの本部を避難所として使用する状況を次第に解消する必要があったことが認められるが,他方,Vがaの本部からcの施設に移された同月23日以降も,同月29日までは通所者であるM氏がaの本部に引き続き宿泊して避難しており(前記1(24)),その間,複数の職員が宿泊していた(同月23日に宿泊した職員は6名である。乙23)のであるから,aの本部を震災前の通常の体制に順次戻していく必要があったという,被告の当時の事情を考慮したとしても,同月23日の段階で,直ちにVをcの施設に移して職員の付添いなしに同施設に宿泊させる以外に採るべき方法がないという状況であったとは認められないというべきである。

イ そうすると,被告は,同月23日時点において,少なくとも,Vをcの施設に移すことなく,引き続きaの本部において,職員らが同泊する中で避難させることが可能であったといわざるを得ないから,同日,Vを職員が同泊しないcの施設に移し,Vが一人で外出して翌24日午前零時頃に本件事故により死亡するという結果を回避することが可能であったと認められる。

ウ これに対し,被告は,原告らと同様に被告の職員も被災しており,被告の業務を本来の体制に戻す必要にも迫られている中では,夜間に被告の職員がVに付き添い続けることは困難であったと主張する。

確かに,当時は,被告の職員は,自らも被災する中で,aの本部で避難中の通所者らをケアしていたものであり,原告らが引き取りに来ないVにaの本部で避難を続けさせることは,被告の職員にとって相当の負担であったと認められるが,他方,Vがcの施設に移された同月23日以降も,通所者のM氏がaの本部で職員が同泊する中で避難生活を送っていたことに鑑みれば,Vをaの本部で避難させることは可能であったといわざるを得ず,この点に関する被告の主張は採用できない。

なお,証人Eは,aの本部に同泊する職員が女性であるため,女性のM氏をaの本部に宿泊させることに問題はないが,男性のVを宿泊させることには支障がある旨を証言するが,そうした事情は,Vの前示の症状を踏まえた対応を左右し得る事情とは認められないから,この点に関する証人Eの証言は採用できない。

(4)  以上によれば,被告は,平成23年3月23日に,Vを一人でcの施設に宿泊させたこと(本件行為)により,事務管理の管理者としてVに対して負っていた善管注意義務に違反したと認められる。

4  争点3(被告の注意義務違反とVの死亡との相当因果関係)について

(1)  前記1の認定事実によれば,一般に,高次脳機能障害による失見当識のある者が一人で外出すると現在地が分からなくなって目的地に到着できないことがあるところ,高次脳機能障害を有するVには,失見当識,記憶障害,注意障害,左半側失認の症状があり,実際にも1回目の徘徊の件及び2回目の徘徊の件があったとおり,一人で本件自宅から外出して長距離をさまよい歩き,帰宅できなくなったことがあること,このため,原告らは,本件自宅に施錠措置をするなどして,Vが一人で外出することを防がざるを得ない状況にあったこと,Vは,被告による通所支援を受ける中で,本件自宅とbの施設との間の固定ルートは覚えたが,周囲の状況判断をすることが難しいため,安全面は今後の課題とされており,bの施設においては,職員や家族の付添いなく一人きりにしておけない通所者として扱われていたことが,それぞれ認められる。

(2)  そうすると,Vは,cの施設に職員の付添いなしで宿泊した際,一人で夜間外出し,不案内な地域において失見当識による徘徊状態となり,そのような状況に陥る中で上記施設からそう遠くない場所を流れる■川に転落し(前記1(22)及び(23)の事実によれば,Vは,何らかの理由により■川に転落し,溺水して死亡したものと推認される。),こうした突発的な事態に適切に対処できず,1℃前後という外気温の下で死亡することは十分あり得ることであり,本件行為とVの死亡との間には相当因果関係があると認められる。

(3)  以上によれば,自らの保護下にあるVを一人でcの施設に宿泊させたという被告の善管注意義務に違反する行為と本件事故によるVの死亡との間には相当因果関係があると認められる。

5  争点4(損害額)について

以上の検討によれば,被告は,本件行為(平成23年3月23日にVを一人でcの施設に宿泊させたこと)により事務管理の管理者としてVに対して負っていた善管注意義務に違反し,この注意義務違反とVの死亡との間には相当因果関係があると認められるから,被告は不法行為に基づきVが死亡したことによる損害を原告らに賠償すべき義務を負うと認められる。そこで,次に,Vの死亡による損害額につき検討する。なお,弁護士費用については,後記8で検討することとする。

(1)  Vの固有の損害について

ア 給与収入の逸失利益 0円

原告子らは,Vは,勤務していた一般社団法人東北地区信金共同事務センターをリハビリのため休職中であり,復帰後は,年額352万9680円の給与収入が見込まれていた旨主張するが,前記認定のVの高次脳機能障害の症状,自立訓練の経過等に鑑みると,Vが将来勤務に復帰できたと認めるに足りず,勤務復帰を前提とした給与収入の逸失利益をいう原告子らの上記主張は採用できない。

イ 年金収入の逸失利益 1116万9775円

障害年金を受給していた者が不法行為により死亡した場合には,その相続人は,加害者に対し,障害年金の受給権者が生存していれば受給することができたと認められる障害年金の現在額を同人の損害として,その賠償を求めることができると解すべきである(最高裁平成9年(オ)第434号,435号同11年10年22日第二小法廷判決・民集53巻7号1211頁)。この点,証拠(甲4,6,24の1ないし5,25の1ないし6)及び弁論の全趣旨によれば,Vは,本件事故当時,障害等級2級に該当する精神障害の状態にあるとの認定を受けており,休職中に東北しんきん健康保険組合から傷病手当金を支給されていたため障害年金の受給申請をしていなかったが,傷病手当金の受給期間が満了する日の翌日である平成24年5月11日から申請をして障害年金を確実に受給し得たと認められるから,上記の傷病手当金の受給期間の満了後に引き続き受給できたと認められる障害年金の現在額をVの損害とすべきである。そして,証拠(甲27,28)及び弁論の全趣旨によれば,Vが上記の傷病手当金の受給期間の満了後に引き続き受給できたと認められる障害年金の年間受給額は,平成26年4月現在,障害基礎年金が77万2800円(原告子らの加給年金を含まない額)及び障害厚生年金が72万6700円と認められるから,これらの合計である149万9500円を基礎収入として年金収入の逸失利益を算定すべきである。生活費控除率については,上記の基礎収入が,V自身の障害年金の額であって原告子らに係る加給年金は含まれていないことや,Vの前示の障害の内容及び生活状況を総合考慮すると,50%と認めるのが相当である。また,V(本件事故当時50歳)の余命については,原告らが主張する28年間として逸失利益を算定すべきである。そうすると,年金収入の逸失利益は,1116万9775円と認められる。

(計算式)基礎収入149万9500円×(1-生活費控除率0.5)×14.898(28年間のライプニッツ係数)=1116万9775円

ウ 死亡慰謝料 1800万円

Vの死亡慰謝料を算定するに際しては,震災前におけるV及び原告子らの生活状況及び経済状況,震災後の被告の保護下におけるVの避難状況,震災後の仙台市内の一般的な被災状況,本件事故に至る前示の経過を考慮した上,これを1800万円と認めるのが相当である。

(2)  原告X1の固有の損害について

ア 葬儀費 24万7853円

証拠(甲7)及び弁論の全趣旨により認められる。

イ 近親者慰謝料 100万円

原告X1とVの震災前の生活状況等,震災後の原告X1のVとの関わり等に鑑み,原告X1の民法711条所定の近親者慰謝料は,100万円を相当と認める。

(3)  原告X2の近親者慰謝料 100万円

原告X2とVの震災前の生活状況等,震災後の原告X2のVとの関わり等に鑑み,原告X2の民法711条所定の近親者慰謝料は,100万円を相当と認める。

(4)  原告X3の近親者慰謝料 0円

原告X3は,Vにとって義兄(妻の兄)に当たり(前記前提事実(4)),民法711条所定の近親者(被害者の父母,配偶者及び子)に該当しないところ,原告X3は,Vを代理して本件利用契約を締結し,自ら緊急連絡先となり,Vに代わって原告子らの生活の面倒をみていたことを考慮しても,被害者であるVとの間に,同条所定の者(被害者の父母,配偶者及び子)と実質的に同視できる身分関係があるとまでは認められないから,この点に関する原告X3の主張は採用できない。

6  争点5(過失相殺)について

(1)  V自身の過失について

Vは,前示のとおり,高次脳機能障害の影響により,一人で外出すれば失見当識により元の場所に戻ることができず,突発的な事象が生起した時に周囲の状況を判断して自ら行動することが困難であったのであり,そうであればこそ,被告はVを一人にしてはならなかったのであるから,被告が,Vを一人にしてはならない義務に違反し,そのためにVが一人でcの施設から外出して失見当識により徘徊し,これにより本件事故で死亡した以上,V自身の過失を理由に過失相殺することは相当でない。

(2)  原告らの過失について

ア 前記1の認定事実及び2で検討したところによれば,本件利用契約は,Vが被告の運営する施設に通所してサービスの提供を受けることを内容とするものであって,Vが被告の施設に宿泊することは前提とされていなかったこと,被告は,震災後,本件利用契約上の被災時義務に基づいて,原告らがVを引き取るために要する合理的な期間はVを保護する義務を負ったものの,遅くとも平成23年3月23日には上記義務は消滅していたこと,その後は,Vを事実上保護下に置いていたことから事務管理としてVを保護していたことが認められるところ,上記の事務管理は,原告らがVの速やかな引き取りに協力しないため,自立訓練通所施設を運営する事業者としての社会的責務及びVに対する好意関係に基づいてVの保護を無償で継続せざるを得なかったことに基づいて生じたということができる。

本件利用契約は被告の施設への宿泊は前提とされていなかったのであるから,Vの親族としてVを保護すべき本来的な義務を負う原告らは,震災発生直後の混乱によってVを引き取ることが物理的に不可能な状態にあった間はともかく,そのような状態が解消され次第,Vを被告から引き取る義務があったというべきである。また,Vを引き取ることが物理的に不可能であった間においても,原告らには,信義則上,Vを保護している被告に対し,自らも直接連絡し,自らの避難状況を伝えるとともに,Vをいつどのような方法により引き取るかについて被告と積極的に協議し,被告が,Vをいつまでどのような方法により保護しなければならないのかについて見通しを立てられるように適切に配慮すべき義務があったというべきである。しかるに,原告らは,震災後,被告に対し,一度も直接連絡をせず(原告らが,震災後,被告に直接連絡することができなかったことがやむを得ないといえるだけの物理的な支障があったと認めるに足りる証拠はない。),平成23年3月23日には,被告の職員と直接会って上記の事項について協議すべき機会があったのにこれをせず,しかも,遅くともその頃にはVを本件自宅に引き取ることが可能であったにもかかわらず,被告に対し,Vの保護を漫然と委ね続けたものである。このような原告らの対応が,被告を困惑させるとともに,震災後でVに対する十全な対応をすることがそもそも難しい状況下において,被告の前記3の注意義務違反を招来した側面を否定し難いというべきである。

以上の諸点を総合考慮すると,Vの死亡によって生じた前記5の損害の全部を被告に賠償させることは著しく公平を失するといわざるを得ないから,損害の公平な分担の観点から,民法722条2項を適用ないし類推適用し,Vの死亡によって生じた全損害について50%の減額をすることが相当である。

イ これに対し,原告らは,原告X3は,Vと身分上,生活関係上一体をなす関係になく,その過失をVの関係では考慮できない旨主張する。

しかしながら,原告X3は,本件事故の当時,V及び原告子らの事実上の後見役として,Vの代理人として本件利用契約を締結し,V及び原告子らの生活上の面倒をみており,本件自宅の残ローンの返済についても必要な措置を講じるなど,Vと身分上,生活関係上一体をなす関係にある者に準じるということができるし,原告X3の過失ないし賠償額の減額事由は,実質的にも原告子らの過失として同視することが当事者間の公平にかなうというべきであるから,この点に関する原告らの主張は,上記アの認定判断を左右するものではない。

7  争点6(損益相殺)について

(1)  障害年金の受給権者が不法行為により死亡した場合において,その相続人のうちに,障害年金の受給権者の死亡を原因として遺族年金の受給権を取得した者があるときは,遺族年金の支給を受けるべき者につき,支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で,その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものと解するのが相当である。また,遺族年金をもって損益相殺的な調整を図ることのできる損害は,財産的損害のうちの逸失利益に限られるものであって,支給を受けることが確定した遺族年金の額がこれを上回る場合であっても,当該超過分を他の財産的損害や精神的損害との関係で控除することはできないと解するのが相当である(前掲最高裁平成11年10年22日第二小法廷判決)。

原告子らが受給した遺族年金の全額について損益相殺をすべきでないとの原告子らの主張は,上記に照らして採用できない。

(2)  原告X1が受給した遺族年金に係る損益相殺について

ア 前記前提事実(第2の1)及び弁論の全趣旨によれば,原告X1(平成7年▲月▲日生まれ)は,Vの死亡による遺族基礎年金及び遺族厚生年金を,支給事由消滅日である平成26年3月31日(原告X1が18歳に達した日以降の最初の3月31日)までに,合計235万1892円受給したことが認められる。

イ そうすると,原告X1に対する上記の受給額である235万1892円は,Vの障害年金の逸失利益(1116万9775円(前記5(1)イ))に被告の過失割合である50%を乗じた558万4887円のうち,原告X1が相続した279万2443円(法定相続分2分の1)から控除すべきであり(最高裁平成24年(受)第1478号同27年3月4日大法廷判決・判例集未登載参照),原告X1が相続したVの障害年金の損益相殺後の逸失利益は,44万0551円となる。

(3)  原告X2が受給した遺族年金に係る損益相殺について

ア 前記前提事実(第2の1)及び弁論の全趣旨によれば,原告X2(平成10年▲月▲日生まれ)は,Vの死亡による遺族基礎年金及び遺族厚生年金を平成29年3月31日(原告X2が18歳に達した日以降の最初の3月31日)まで受給する見込みであるところ,本件の第1審口頭弁論終結時(平成27年1月29日)までの受給確定額(平成27年1月分まで)は,299万8972円であることが認められる。

イ そうすると,原告X2に対する上記の受給確定額である299万8972円は,Vの障害年金の逸失利益(1116万9775円(前記5(1)イ))に被告の過失割合である50%を乗じた558万4887円のうち,原告X2が相続した279万2444円から控除すべきであり,原告X2が相続したVの障害年金の損益相殺後の逸失利益は0円となる。

なお,原告X2の遺族年金受給確定額のうち上記の損益相殺後も残る分については,前記(1)の理由により他の財産的損害や精神的損害との関係で控除することはできないというべきである。

8  原告らの請求についてのまとめ(弁護士費用の判断を含む。)

(1)  原告X1の請求についての認容額 611万4477円

ア V固有の損害の相続額(法定相続分2分の1)

(ア) 給与収入の逸失利益 0円

(イ) 年金収入の逸失利益 44万0551円(過失相殺及び損益相殺後)

(ウ) 死亡慰謝料 450万円(過失相殺後)

イ 原告X1の固有の損害

(ア) 葬儀費 12万3926円(過失相殺後)

(イ) 近親者慰謝料 50万円(過失相殺後)

(ウ) 弁護士費用 55万円

(2) 原告X2の請求についての認容額 550万円

ア V固有の損害の相続額(法定相続分2分の1)

(ア) 給与収入の逸失利益 0円

(イ) 年金収入の逸失利益 0円(過失相殺及び損益相殺後)

(ウ) 死亡慰謝料 450万円(過失相殺後)

イ 原告X2の固有の損害

(ア) 近親者慰謝料 50万円(過失相殺後)

(イ) 弁護士費用 50万円

(3)  原告X3の請求についての認容額 0円

ア 近親者慰謝料 0円

イ 弁護士費用 0円

9  原告らの予備的主張に係る被告の説明義務違反については,原告らが,震災後10日以上を経過してもVを引き取ろうとしなかっただけでなく,この間,Vが被告によってどの施設でどのように保護されているのかを尋ねようともせず,かえって仙台市障害者相談所を通じてVの引き取り自体に難色を示していたなどの事実経過に照らすと,被告に説明義務違反がありかつこれとVの死亡との間に相当因果関係があることを認めるに足りない。

第4結論

以上によれば,原告子らの請求は前記第3の8の限度で理由があるからこれらを一部認容し,原告X3の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用につき民訴法61条,64条本文,65条1項本文,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 市川多美子 裁判官 工藤哲郎 裁判官 志田智之)

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