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仙台地方裁判所 平成21年(わ)789号 部分判決

主文

本件区分事件の公訴事実につき,被告人は無罪。

理由

1  本件区分事件の公訴事実の要旨

本件区分事件の公訴事実の要旨は,「被告人は,D,E,Fと共謀の上,A(当時31歳,以下「被害者」という。)を殺害しようと計画し,平成11年1月31日午前9時過ぎころ,東京都a区〈以下省略〉bハイツ○号室の被害者方居室内において,就寝中の被害者に対し,殺意をもって,被告人が被害者の顔面,頭部等を鉄パイプで多数回殴り,Eが被害者の頚部をロープで絞め付け,よって,そのころ,同所において,被害者を死因不詳により死亡させて殺害した。」というものである(以下同月中の出来事については年及び月を省略する。)。

2  争点及び当事者の主張(以下本件区分事件を指して「本件」という。)

本件の争点は,被告人が被害者の顔面,頭部等を鉄パイプで多数回殴るという殺害行為を実行したか否か及び被告人とD,Eらとの間で被害者を殺害することについて意思を通じ合っていた,すなわち共謀があったか否かの2点である(以下前者を「争点1」,後者を「争点2」という。)。検察官は,争点1については,証人Dの当公判廷における供述(以下証人の当公判廷における供述を単に「供述」という。)やこれを裏付ける被害者の遺体の発見事実,通話履歴,遺体の鑑定結果,被告人から犯行告白を聞いた証人Gの供述により,被告人が被害者の顔面,頭部等を鉄パイプでめった打ちにする殺害行為を実行したことが認められ,争点2については,D供述により,被告人がDらとの計画に基づいて被害者を殺害していること及び殺害後に被害者の遺体を遺棄して殺人の証拠を隠滅したことなどが認められるから,被告人とDらとの間で被害者を殺害することについての共謀があったことが明らかである旨主張する。これに対し,弁護人は,争点1については,被告人が31日に被害者方居室に入ったことはあるが,殺意を持って被害者の顔面,頭部等を鉄パイプで多数回殴ったことはない,争点2については,被告人は被害者を「さらう」,すなわち拉致するとだけしか聞いておらず,Dらと被害者を殺害することについての共謀をしていない旨主張し,被告人は本件公訴事実につき無罪であると主張する。

3  証拠関係

本件では,被告人による被害者殺害行為の実行及び被告人とDらとの間での被害者殺害についての共謀(以下これらを併せて「被告人の本件殺人への関与」という。)のいずれの事実についても,直接的な裏付けとなる客観的証拠は存在せず,被告人の本件殺人への関与を述べるD供述(以下これを指して「D供述の核心部分」という。)が唯一の直接証拠である。したがって,D供述の核心部分の信用性に関する判断が,本件の各争点についての結論を左右するといえる。

4  D供述の核心部分の信用性

(1)  Dは,大要,以下のとおり供述している。

ア  Dは,平成6年ないし7年頃,高校の同級生であり友人として交際していたBとともに,マフィアに憧れて犯罪組織を作った。同組織の結成時のメンバーは,D,B,Bの地元の後輩である被告人,被告人の幼なじみのEの4名であり,組織内では,D及びBがトップの地位にあり,その下に被告人,さらにその下にEという序列があった。

イ  その後,Bは,同組織を□□(「殺すために生まれてきた」という意味の英語に由来)と名付け,同組織のメンバーは,恐喝,詐欺,強盗傷害等の犯罪を行っていた。

ウ  Dは,上京して東京の暴力団の組員となっていたが,平成10年夏頃,その暴力団の上位者であった被害者から日常的に暴力を受けるなどしていたことから,被害者を殺そうと考えるようになった。Dは,同年の終わりか年明け頃,暴力団の仲間であったFに被害者を殺す計画を打ち明け,Fもそれに同調した。なお,被害者は,平成11年1月上旬,D及びFの同居する被害者方に移り住んだ。

エ  Dは,前記組織のメンバーによる過去の犯罪の中での被告人の実績や,被告人が組織の仲間であり,経験上頼みを断られたこともなかったことなどを考慮し,被害者の殺害の協力者として被告人が適任であると考え,20日頃,仙台にいた被告人に電話で連絡し,被害者の殺害への協力を依頼し,被告人は直ちにこれを了承した。Dは,22日か23日,被告人からEが被害者の殺害を手伝う旨の連絡を受けた。

オ  被告人とEは,30日,東京に行きFと合流し,その後,Dと被告人とで被害者の殺害計画を電話で打ち合わせた。被告人は,当初被害者方居室で被害者を殺害することを提案したが,Dは,自己の居住する被害者方居室から殺人の痕跡が出ることを恐れたため,被害者方に帰宅する前に被害者を拉致し,別の場所に移動させてから殺害したいと考えていたため,被告人にその旨を言って,被告人に具体的な殺害方法を検討するよう指示した。こうして,被害者とDが帰宅した際,被告人が被害者の注意を引きつけ,その隙にEが被害者の後ろから鉄パイプで襲い,被害者を車のトランクに詰めて拉致して殺すという計画が決められた。

D,被告人,E及びFの4名は,同日深夜,被害者方アパート前で同計画を実行しようとしたが,Eが被害者を襲うことができなかったため,同計画は失敗した。4名は,近くの駐車場に集まって話し合い,被告人らにおいて再度殺害計画を立てることとし,Dは被害者方に戻った。

カ  Dは,31日午前1時か2時頃,被告人からFの携帯電話で連絡を受けて呼び出され,被告人,E及びFの待機していたFの車の中で,被害者の殺害計画について話し合った。Dは,被告人から,被害者方居室で被害者を殺害することを再度提案され,これを了承した。この時点で,Dには被害者を被害者方居室から拉致した上で殺すという考えはなかった。そして,Dは,被害者が自宅で寝ているところを被告人が鉄パイプで殴り,その反動で起き上がった被害者の首をEがロープで絞めて殺害するという方法を被告人から提案され,これを了承した。

キ  Dは被害者方へ戻り,31日午前8時か9時頃,Fに電話で被害者が寝入った旨伝えた。これを受けて,被告人とEが被害者方に侵入し,被告人が二段ベッドの下段で寝ている被害者の顔面を鉄パイプで殴り,Eが上体を起こした被害者の後方からその首をロープで絞めた。被告人は上体を40度くらい起こした体勢の被害者を鉄パイプで殴り続け,Dはその様子を二段ベッドの上段から身を乗り出して見ていた。

その後,被告人の指示で,Eがロープで被害者の首を絞めたまま,被害者を床に下ろし,被告人が膝立ちの状態になった被害者の顔面辺りを鉄パイプで殴り続けた。

その後,被害者は床に横向きに倒れて動かなくなったが,被告人は「プロゴルファーレイコ」と言いながら鉄パイプをゴルフスイングのように振り下ろして被害者の頭部を殴るなどした。その後,Eが被害者の脈をとり,被害者の死亡を確認した。

被告人は,約15分の間に,合計約70発以上,被害者を鉄パイプで殴ったが,Dはこれに加わる隙がなかったことから,自らは殴打行為等を行わず,その犯行の始終を側で見ていた。

ク  被害者を殺害後,衣服に返り血が付着していたことから,被告人がDのジャンパーを借りてこれを当時着用していたトレーナーの上から着用し,Eが被害者の衣服を,当時着用していたトレーナー及びスラックスの上から着用した。

ケ  その後,Dから電話連絡を受けたFも合流し,被告人が当時前記組織のメンバーであったGに対して被害者の遺体の遺棄への協力を依頼し,Gの協力も得て,被害者の遺体を宮城県●●山中に埋めた。

(2)  供述経過について

検察官は,被害者の遺体が見つかっておらず,自供しなければ処罰を受けることもない中,Dが死刑を覚悟の上,本件犯行を自発的に自供したことや,平成16年にBを殺害して遺体を埋めたという話が真実であることを捜査官に信用してもらい,過去に組織のメンバーが犯した犯罪についての捜査を進めてもらうことによって,Bの遺体を遺族に返したいと思って本件を自供したという自供の動機,経緯などに照らせば,D供述には高い信用性が認められる旨主張する。

なるほど,検察官の指摘する事情は,一般的には供述の信用性を高める事情と評価しうるものである。しかしながら,このような事情を根拠として,供述の具体的な内容の検討を加えることなくして,その供述の信用性を安易に認めるのは相当ではないし,そもそも,そのような考え方が供述者であるD自身に関わる部分のみでなく,被告人ら他の共犯者に関わる部分についても妥当するのかどうかについては,いわゆる共犯者の自白の危険性との関係で慎重に検討する必要がある。そして,本件におけるD供述については,自己が首謀者であったことを認めるものの,自身は一切被害者の殺害行為に加わっていないという内容であることや,Dには被告人らに対する責任転嫁や引き込みを図る動機がないことを裏付ける事情も証拠上現れてはいないこと,Dの述べる自供の動機は,一般的な感覚からすると,その心情を理解することが困難な部分があること,そして,Dは既に本件公訴事実と同じ事実で確定判決を受けているものの,被告人ら他の共犯者に関する部分を含め,その供述内容は自己の公判の段階からほぼ一貫していることからすれば,D供述について被告人らに対する責任転嫁や引き込みの危険性を否定することはできない。

結局,本件では,前記検察官指摘の事情それ自体をもってD供述の核心部分の信用性を担保する事情として評価することができない。

(3)  客観的証拠との関係について

ア  まず,検察官は,Dが自供した場所から被害者の白骨遺体が発見されたことから,犯行の経緯や犯行状況等,本件犯行全体についてのD供述は客観的証拠により裏付けられている旨主張する。

確かに,被害者の死体発見状況及び死因等についての統合捜査報告書(甲25)及び証人Qの供述からすれば,Dの指示した場所から被害者の白骨遺体が発見されたことが認められ,この事実は,D供述のうち,D自身が被害者の殺害及びその遺体の遺棄に関与したという部分が客観的証拠により担保されていることを示すものといえる。しかしながら,この事実は,被告人が本件殺人に関与したという供述まで直接裏付けるものではないから,D供述の核心部分の信用性を裏付ける事情というには限界がある。

イ  次に,検察官は,Dの供述する犯行態様と被害者の遺体の頭部の損傷状況が合致している点を,被告人が被害者の顔面,頭部等を鉄パイプでめった打ちにする殺害行為に及んだというD供述の核心部分の信用性を高める事情であると主張する。

この点,証人Iの供述によれば,遺体の頭蓋骨には多数の骨折が存在し,これらの骨折は,少なくとも前額部,頭頂部の左後方,左側頭部の3か所に対する鈍体による打撲による外力作用によって生じうるものと認められ,環椎の離断は首の後ろ側からの打撲により生じた可能性が高いものと認められるから,この事実は,D供述の核心部分のうち,主に被害者の顔面及び頭部に対する鉄パイプによる殴打という犯行態様と矛盾しないものといえる。ただ一方で,これらの損傷はそれぞれが1回の打撲でも生じうるというのであるから,検察官が主張する約70回以上の殴打という点とは必ずしも合致しているとまではいえない(なお,弁護人は,この点を始め,遺体の手や腕,下顎の骨には損傷が確認できないことなどから,被害者の遺体の損傷状況とD供述は矛盾する旨主張するものの,鉄パイプによって殴打された場合に必ず骨折が生じるものではないのであるから,この主張は採用できない。)。

以上の事実は,被害者に対する殴打行為の主体が被告人であるという供述部分まで裏付けるものではないことからすれば,D供述の核心部分の信用性を高める事情として過大に評価することはできない。一方で,被害者の遺体の舌骨が欠損していることから,D供述の核心部分のうち,Eが被害者の首をロープで絞め付けたという犯行態様に関する点については,裏付けとなる客観的証拠が全くないこととなり,この点は,犯行態様に関する部分全体の信用性にも影響しうるものというほかない。

ウ  次に,検察官は,D及びFの通話状況一覧の作成についての捜査報告書抄本(甲69)から認められるDらの携帯電話の通話履歴と,Dの供述する犯行前後の経緯が合致している点を,D供述の信用性を高める事情であると主張する。

確かに,前記通話履歴は,発信及び受信に係る携帯電話の本来の使用者並びにおおよその通話開始時間という点において,Dの供述する犯行前後の経緯と合致している。しかしながら,通話履歴が携帯電話による会話の主体や会話の内容についてまで裏付けるものではないことや,Dが,本件の犯行時刻について,捜査機関から通話履歴を示されてから,これに沿うように供述内容を変えたという事情があることを考慮すると,前記通話履歴との符合の点をD供述の核心部分の信用性を高める事情と認めることはできない。

(4)  供述の具体性,迫真性,自然性について

ア  検察官は,D供述の内容がDと被告人の関係に合致していることや,具体的で迫真性があることを,その信用性が認められる根拠として挙げているが,当裁判所は,むしろ,D供述には不自然な点が多数存在するのであって,これらはD供述の核心部分の信用性を減殺する事情と考える。

(ア) まず,被告人がDから被害者の殺害に協力することを依頼されたのに対し,返答を留保することもなく直ちに了解したという点は,Dの供述するDと被告人との上下関係等を考慮すれば,およそあり得ないとまではいえないものの,もともと被害者を殺害する計画が専らDの個人的恨みに端を発するものであり,被告人には被害者を殺害することについて固有の動機がなかったことに照らせば,相当不自然であるといわざるを得ない。

(イ) 次に,Dの供述する被害者を殺害する計画の立案過程等をみると,

① Dは,当時自己の所属していた暴力団の上位者であり,かつ,同居人でもある被害者を殺害することを計画していたにもかかわらず,被害者の遺体の処理方法等を具体的には決めていなかったという点

② Dは,自身が本件殺人を計画した首謀者であるにもかかわらず,具体的な殺害方法や共犯者間の役割を被告人に考案させたという点(なお,Dは東京において被害者と行動をともにしていた一方で,被告人及びEは,犯行日の前夜に仙台から上京してきたものであって,土地勘には大きな差があるといえることも考慮すべきである。)

③ Dは,当初被害者方居室内に殺人の証拠が残ることを恐れ,被害者を拉致してから殺害するという計画を立て,一度は実行を試みたにもかかわらず,その後間もなく,被告人から被害者方居室内で被害者を殺害することを提案されるや,これを了解したという点

④ 被害者を殺害する計画は,Dの個人的恨みが理由であるにもかかわらず,Dは被害者に対して自らは一切手を出さず被害者が殺害される現場を傍観していたという点

については,いずれも,個々の点だけをみると,それぞれ一応の説明を加えて理解することが不可能ではないものの,これらを全体としてみれば,なお不自然さが残ることは否定できず,この判断はD供述には不自然,不合理な点はないとする検察官の主張を踏まえて検討しても揺るがない。

(ウ) さらに,Dの供述する被告人及びEの犯行態様についてみると,

① Dは,当公判廷で被告人及びEがしたという犯行態様について具体的に供述し,これを動作で再現したものであるが,被告人が二段ベッドの下段で寝ている被害者の顔面付近を鉄パイプで殴打した場面について,Dの供述及び再現した内容に沿って被告人自身が当公判廷でこの動作を試みたところ,鉄パイプが二段ベッドの上段に当たってしまった。すなわち,少なくとも,Dが供述及び再現したとおりの態様そのままでは,被告人が二段ベッドの下段で寝ている被害者を鉄パイプで殴打することは不可能であるといえる。

この点,検察官が指摘するように,事件の発生から12年以上が経過していることやDの身長が被告人よりもかなり低いこと(Dは約164センチメートル,被告人は約180センチメートル)などからすれば,Dが被告人による犯行を正確に再現できていたかについて疑問がないとはいえないものの,少なくとも,被告人が二段ベッドの下段で寝ている被害者を殴打することが可能であるような位置ないし姿勢として想定しうるものが,Dの再現したものと大きく異なっていることは,被告人自身が二段ベッドの下段で寝ている被害者の脛を殴打した場面を当公判廷で再現した状況と比較すれば明らかであり,これを記憶の曖昧さなどによる誤差の範囲として説明することは到底できない。

② 被告人が後方からEによりロープで首を絞められている状態の被害者を鉄パイプで合計約70回以上殴打したという点については,弁護人が指摘するように体力的にそのような回数の殴打行為をすることが不可能とまではいえず,また,Eと被害者との間には一定の距離があったというのであるから,Eとの位置関係からしても不可能とまではいえない。しかしながら,殴打行為に関しては,以上に加え,被害者が二段ベッドの下段で上体を40度くらい起こした体勢で約30回以上,ベッドから床に引きずり下ろされた後,膝立ちの状態で約10回ないし20回被告人から鉄パイプで殴られ続けていたという点は,いずれも被害者が殴打される体勢として不自然であるといえるから,これらの点も指摘するのが相当である。

(エ) 加えて,被害者を殺害後,被告人が自身よりも身長が約16センチメートル低いDのジャンパーを借りてこれを当時着用していたトレーナーの上から着用し,当時身長が約177センチメートルで体重が約95キログラムであったEが,身長約170センチメートルで中肉の被害者の衣服を,当時着用していたトレーナー及びスラックスの上から着用したという点については,相当に不自然であり,この点は,犯行後の事情ではあるものの,D供述の核心部分の信用性にも影響しうる事情というべきである。

(オ) 以上のとおり,D供述には不自然な点が相当数存在し,これらを全体としてみると,D供述の核心部分の信用性を相当程度減殺する事情として評価すべきである。

イ  検察官は,D供述が具体的で迫真性があるとして,被告人は「プロゴルファーレイコ」と言ってゴルフスイングのような形で被害者の頭を殴ったという供述部分を挙げるが,このような供述が実際に目撃した者でなければ供述できないような内容であるとまで断定することはできず,加えて,前記のとおり,D供述には不自然な点が相当数存在することも考慮すれば,検察官の挙げる点をもって,D供述の核心部分の信用性を高めるような内容であると評価することはできない。

(5)  G供述について

ア  検察官は,G供述が,それ自体被告人の本件殺人への関与を強めるものであり,かつ,その内容がD供述と合致しており,互いに信用性を高めあっている旨主張する。

イ  この点,当裁判所は,検察官が挙げるGの供述部分のうち,「事件から約半月後,被告人から『未成年のEに被害者を絞め殺させようとしたが,被害者が暴れたので,被告人が鉄パイプで頭を殴って殺した』旨教えられた。Dが二段ベッドの上で声をかけるだけだったことについて被告人が文句を言っていた。」という内容の供述については,その信用性が肯定されれば,D供述の核心部分の信用性を一定程度補強する意味をもつものと考える。そして,Gが本件について積極的に嘘をつく動機は証拠上見当たらず,その供述内容が具体的であることからすれば,前記G供述の信用性は一応認めることができる。

しかしながら,Gは,Dらと被害者の殺害を共謀したという被疑事実(その中には,被告人とEの具体的な犯行態様も明記されていた。)で逮捕された後,間をおいてから,被告人やEの関与を含めた点につき詳細な供述を始めたというのであり,このような供述経過からすれば,長い年月の経過による記憶の劣化や混同を来しているのではないかとの疑問を提起しうるし,また,弁護人も指摘するように取調べを通じていわゆる記憶の刷り込みが生じた可能性も否定できない。さらに,前記G供述はあくまで伝聞供述であり,それ自体被告人の本件殺人への関与を証明するものとしての意味は強くないことや,その供述について客観的証拠による裏付けがないことも併せ考慮すると,前記G供述がD供述の核心部分の信用性を補強する力には限界があるというべきである。

ウ  なお,当裁判所は,検察官の挙げるGの供述部分のうち,

①「事件の日,被告人から『Dさんたちと人を殺したから死体を埋める場所を探してほしい』などと言われた。」

②「事件から約1か月後,私の実家近くの公園に停めた車の中でEから『人を殺せるようになった自分が怖い』と言われた。」

という内容の点については,一応被告人及びEが本件殺害に関与したことを示唆する内容を含むものの,その文言が具体的でなく,多様な解釈の余地があることから,そもそもD供述の核心部分の信用性を補強するものとしての効果は弱いものと考える。

(6)  被告人供述について

ア  検察官は,被告人の供述が信用できないことにつき,様々な根拠を挙げて論じている。この点,仮に被告人供述が全面的に信用できないものであったとしても,そのことによって直ちにD供述の核心部分の信用性が増強される関係にあるとは考えられないが,一方で,被告人供述中にD供述と矛盾し,かつ,排斥できない部分がある場合には,D供述の信用性自体にも影響が及ぶことになるし,ひいては本件公訴事実を認めることについての合理的な疑いの存否にも影響することになるから,以下検討する。

イ  被告人は,大要,以下のとおり供述している。

(ア) 被告人は,平成8年か9年頃,幼なじみであるE,地元の先輩であるB,Bの友人であるDらとともに,恐喝や詐欺等の犯罪を行っていたが,Dの述べるような犯罪組織などというものは存在していなかった。

(イ) 被告人は,平成11年1月半ば,Dから電話で連絡を受け,東京で仕事がある,人を「さらう」すなわち拉致するのを手伝ってほしい旨依頼されたが,返答を留保し,Bに相談した。被告人は,拉致する相手が暴力団関係の人間であることをBから聞いていたが,BからDの依頼する仕事を手伝ってほしい旨言われ,最終的には,Dに対して仕事を手伝うことを了承した。その後,被告人は,DからEも東京に連れてくるよう頼まれ,EをDから依頼された仕事に誘ったところ,Eも,最終的には仕事を手伝うことを了承した。なお,被告人は,Dから相手を車に詰め込むところまでやってほしいと言われており,拉致する場所や方法,拉致した後に相手をどうするかという点についての具体的な説明は受けていなかった。

(ウ) 被告人とEは,30日,東京に行き,Fと合流した。F,被告人,Eの3名は,Fの居住する被害者方居室で待機するなどし,その間,Fは何度か電話をかけていた。そして,被告人,E,Fの3名は,被害者が帰宅した際,被告人が被害者の注意を引きつけ,その隙にEとFが被害者の顔に紙袋を被せてその視界を奪い,被告人が鉄パイプで被害者の脛を殴り,被告人,E,Fの3名で被害者の手足をロープで縛り被害者を車に押し込むという計画を話し合って決めた。

(エ) 被告人,E,Fの3名は,同日深夜,同計画を実行しようとしたが,Eが待機していた場所から出て来られなかったため,同計画は失敗した。

(オ) 被告人,E,Fの3名は,被害者方近くの駐車場で待機していたところ,31日午前2時から2時半頃,Dが来て車内でFと二人で話し,被害者方へ戻っていった。

その後,被告人とEは,Fから,今度は相手が寝た後に部屋からさらう,被告人とEが鉄パイプ,ロープ,紙袋を持って部屋に入り,被害者を移動できる状態にする,Fは被害者を移動させる車を準備する役割である旨説明を受けた。

(カ) 被告人とEは,31日午前6時から7時頃,Dからの合図を受けて,被害者方に侵入した。そして,被告人が二段ベッドの下段で寝ている被害者の右足の脛を鉄パイプで殴り,上体を起こした被害者の首に組み付いたEと,布団ごと被害者の足を持った被告人が,被害者を二段ベッドから床の上にうつ伏せに降ろし,Eが被害者の背中に,被告人が被害者の太腿の裏側に馬乗りになって,Eが被害者の頭部に紙袋を被せた。

その後,二段ベッドの上段から降りてきたDとEが入れ替わり,Eと被告人が入れ替わった。

EとDは被害者の両手首と両足首をロープで縛ったが,途中,被害者が抵抗して横向きになったため,被告人はゴルフスイングのような形で被害者の腹部を鉄パイプで殴ろうとしたところ,被害者が身体を丸めたため,鉄パイプは被害者の唇辺りに当たった。なお,被害者の両手首を縛ったロープの結び目は緩い状態であった。

被害者を移動できる状態にした後はEとFが交代する計画であったことから,被告人とEが入れ替わり,EはFと交代するために被害者方から外に出ていった。

その後数分待ってもFが被害者方に来なかったことから,Dは被告人に対して外の様子を見てくるよう指示し,被告人は被害者方から外に出た。

被告人は,FとEを捜したが見つからなかったため,被害者方に戻り,Dにそのことを報告した。Dは被告人と入れ替わり,一旦被害者方の外に出てFに携帯電話で連絡しようとしたが,Fが電話に出なかったため,被告人にもう一度外を見てくるよう指示し,被告人は再び被害者方から外に出た。なお,被害者は手足をロープで縛られて以降,特段声を出したり抵抗したりすることはなかった。

(キ) 被告人は,FとEを捜したが見つからなかったため,再び被害者方に戻ると,床に倒れている被害者の横にDが立ち,被告人に対し,「やっちまったかもしんねえ」などと言い,被害者が木刀か何かに手を伸ばそうとしたかあるいは木刀か何かを掴んだために思わず被害者をはたいた旨述べた。

その後,被告人は,被害者方の外に出て被害者方アパートの入り口にいたEと合流し,二人で被害者方に戻り,Eが被害者の脈を取り死亡を確認した。

(ク) その後,Fも被害者方に戻り,仙台にいたGの協力を得て,被害者の遺体を宮城県●●山中に埋めた。

ウ  以上の被告人供述を検察官が指摘するところも踏まえて検討すると,確かに,被告人供述には,不自然な点が多数含まれており,とりわけ,拉致の実行場面に関する部分,すなわち,

(ア) 被害者方居室内から被害者を拉致する手段として,まず始めに被告人が二段ベッドの下段で寝ている被害者の脛を鉄パイプで殴ったという点

(イ) 被害者の両手首を縛っていたロープが緩んでいたのに,被告人が,ロープを縛り直すこともなく,Dを室内で被害者と一対一の状況に置いて屋外に出たり,Dと被告人が立ち替わり部屋を出たり入ったりしていたという点

(ウ) 被害者の頭部に被せたという袋について,捜査段階ではビニール袋であったという供述をしていたものが,紙袋であったという供述に変遷しており,これについて合理的な理由が説明されていない点

(エ) 被害者が手足をロープで縛られて以降,特段声を出したり抵抗したりすることもなかったという点

については,相当不自然,不合理であると指摘できる。

エ  しかしながら,被告人供述のうち,Dから依頼された内容が,人を拉致するというものであったという点や,Bに頼まれてDの依頼を了承したという点については,B,D,被告人及び被害者との間の当時の関係を踏まえればそれ自体自然な内容であり,これと矛盾するような他の証拠も存在しないことからすれば,被告人供述のうち,Dらとの間では被害者を拉致する計画であったという点については,前記のとおり被告人供述の拉致実行場面に多数の不自然,不合理な点が存在することを踏まえても,あり得ないとまではいえない。すなわち,Dとの間で被害者を殺害することについての共謀はなかった旨の被告人供述を排斥することはできないというべきである。

(7)  D供述の核心部分の信用性評価についての結論

以上述べた事情を踏まえ,D供述の核心部分の信用性を総合的に検討すると,まず,被害者の顔面,頭部等を鉄パイプで多数回殴打するという殺害行為を被告人が実行したことや被害者に対して頚部をロープで絞め付けるという殺害行為が加えられたことについては,いずれも裏付けとなるような客観的証拠が欠けていることは前記のとおりである。そして,検察官がD供述の信用性を担保する事情として指摘する各点(供述経過,客観的証拠との関係,供述の具体性,迫真性,自然性,G供述)は,いずれも,そのような事情と認めることができないか,あるいは被告人の本件殺人への関与というD供述の核心部分との関係では,その信用性を高める効果に限界があるものというほかない。D供述の内容自体に不自然な点が多数存在することは,D供述の核心部分の信用性を相当程度減殺する事情と評価すべきであるところ,このような減殺を補い,又はこれを上回る程度に,信用性を高める事情は,本件全証拠を踏まえても存在しないというほかない。加えて,被告人供述については,多数の不自然,不合理な点はあるものの,少なくとも,Dとの間で被害者を殺害することについての共謀はなかったという点につき,これを排斥することができないことも前記のとおりである。

したがって,D供述の核心部分には,その信用性に合理的な疑問が残るのであって,被告人の本件殺人への関与を直接証明するに足りる信用性を肯定することはできない。

5  結論

以上のとおり,被告人の本件殺人への関与を直接証明する唯一の証拠であるD供述の信用性が肯定できず,他にこれを証明する証拠は提出されていないのであるから,被告人が本件殺人へ関与したことについての証明はなされていないというほかない。結局本件区分事件の公訴事実については犯罪の証明がなく,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の判決の言渡しをしなければならない事由があるから,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律79条により部分判決でその旨の言渡しをすることとする。

(検察官保坂直樹,同鴫谷学,同福岡文恵,主任弁護人杉山茂雅,弁護人小幡佳緒里,同高橋善由記各出席)

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