大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成18年(行ウ)16号 判決

主文

1  原告の被告仙台市長に対し被告仙台市交通事業管理者に別紙補助金目録記載の補助金を仙台市高速鉄道事業会計から仙台市一般会計に返還請求することを求める訴えを却下する。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  請求の趣旨

(1)  被告仙台市長(以下「被告市長」という。)は,被告仙台市交通事業管理者(以下「被告管理者」という。)に対し,別紙補助金目録記載の補助金(以下「本件補助金」という。)を仙台市高速鉄道事業会計(以下「本件特別会計」という。)から仙台市一般会計に返還するよう請求せよ。

(2)  被告市長が,本件補助金について,本件特別会計から仙台市一般会計に返還させる措置を怠っていることが違法であることを確認する。

(3)  被告管理者が,別紙補助金目録記載の補助金について,本件特別会計から仙台市一般会計に返還する措置を怠っていることが違法であることを確認する。

2  請求の趣旨に対する答弁

(1)  被告市長

原告の被告市長に対する請求をいずれも棄却する。

(2)  被告管理者

ア 本案前の答弁

原告の被告管理者に対する訴えを却下する。

イ 本案に対する答弁

原告の被告管理者に対する請求を棄却する。

第2事案の概要

本件は,原告が,仙台市における平成17年度及び18年度の仙台市一般会計から本件特別会計に対し支出された本件補助金について,その支出が違法であり,被告市長が本件特別会計に係る事業の管理者である被告管理者に対し不当利得返還請求権を行使すべきであるにもかかわらずこれを怠っているとして,地方自治法242条の2第1項4号本文に基づき,被告市長に対し,その返還請求をすることを求めるとともに,同法242条の2第1項3号に基づき,被告市長及び被告管理者に対し,本件補助金を本件特別会計から仙台市一般会計に返還させ,又は返還する措置を怠っていることが違法であることの確認を求めた事案である。

1  前提事実(証拠等を掲げた事実のほかは,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 原告は,地方行財政の不正を監視,是正すること等を目的として結成された,仙台市の住民により構成されている権利能力なき社団である。

イ 被告市長は,仙台市の長として予算を調整し,その執行の任に当たるものであり,被告管理者は,地方公営企業法(以下「地公企法」という。)7条に基づき,交通事業(自動車運送事業及び鉄道事業)の業務を執行するものである。

ウ 仙台市は,地公企法2条1項5号所定の鉄道事業として,仙台市営地下鉄を経営し,これに関して,同法4条に基づき,仙台市交通事業の設置等に関する条例(昭和41年仙台市条例38号)を制定するとともに,同法17条に基づき,本件特別会計を設けている。

(2)  関係法令等の定め

本件に関連する地公企法の規定等は以下のとおりである。

ア 3条(経営の基本原則)

地方公営企業は,常に企業の経済性を発揮するとともに,その本来の目的である公共の福祉を増進するように運営されなければならない。

イ 17条(特別会計)

地方公営企業の経理は,2条1項に掲げる事業ごとに特別会計を設けて行なうものとする。

ウ 17条の2(経費の負担の原則)

1  次に掲げる地方公営企業の経費で政令で定めるものは,地方公共団体の一般会計又は他の特別会計において,出資,長期の貸付け,負担金の支出その他の方法により負担するものとする。

一  その性質上当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充てることが適当でない経費(以下「1号該当経費」という。)

二  当該地方公営企業の性質上能率的な経営を行なってもなおその経営に伴う収入のみをもって充てることが客観的に困難であると認められる経費(以下「2号該当経費」という。)

2  地方公営企業の特別会計においては,その経費は,前項の規定により地方公共団体の一般会計又は他の特別会計において負担するものを除き,当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充てなければならない。

なお,地公企法施行令8条の5は,1号該当経費として,水道事業,工業用水道事業及び病院事業に関する特定の経費を,2号該当経費として,軌道事業及び病院事業に関する特定の経費をそれぞれ定めているが,鉄道事業については定めていない。

エ 17条の3(補助)

地方公共団体は,災害の復旧その他特別の理由により必要がある場合には,一般会計又は他の特別会計から地方公営企業の特別会計に補助をすることができる。

オ 18条(出資)

1  地方公共団体は,17条の2第1項の規定によるもののほか,一般会計又は他の特別会計から地方公営企業の特別会計に出資をすることができる。

2  地方公営企業の特別会計は,前項の規定による出資を受けた場合には,利益の状況に応じ,納付金を一般会計又は当該他の特別会計に納付するものとする。

カ 18条の2(長期貸付け)

1  地方公共団体は,17条の2第1項の規定によるもののほか,一般会計又は他の特別会計から地方公営企業の特別会計に長期の貸付けをすることができる。

2  地方公営企業の特別会計は,前項の規定による長期の貸付けを受けた場合には,適正な利息を一般会計又は当該他の特別会計に支払わなければならない。

(3) 補助金の支出

仙台市は,議会の議決を経た上で,平成17年度の一般会計から本件特別会計に対し別紙補助金目録1記載の補助金小計12億1154万5910円を含む収益的収支に係る補助金12億3360万2691円を支出し,平成18年度の一般会計から本件特別会計に対し別紙補助金目録2記載の収益的収支に係る補助金小計13億5282万8019円を支出した。

本件補助金のうち別紙補助金目録記載の各項目の補助金は,それぞれ次に掲げる経費を補助の対象とし,うち,アないしオは,総務省自治財政局長発出に係る平成17年4月20日付け各都道府県知事及び各指定都市市長宛て「平成17年度の地方公営企業繰出金について(通知)」及び平成18年4月19日付け各都道府県知事及び各指定都市市長宛て「平成18年度の地方公営企業繰出金について(通知)」(以下,併せて「総務省通知」という。)が定める公営企業会計への繰出しの基準に準拠するものとして支出されたものである(甲2,乙2,3,弁論の全趣旨)。

なお,上記(2)のとおり,これらは,地公企法施行令8条の5において1号該当経費又は2号該当経費として定められていない。

ア  基礎年金拠出金負担金  地下鉄事業の職員に係る基礎年金拠出金に係る公的負担額(前々年度における経常収支の不足額を限度とする。)

イ  児童手当負担金  地下鉄事業の職員に係る児童手当に要する経費のうち,3歳から小学校第3学年(平成18年度にあっては,小学校第6学年)終了までの児童を対象とする特例給付に要する額

ウ  新々特例債元金償還補助金  昭和52ないし57年度に発行された地下鉄建設事業債に係る利子相当額(建設利息相当額を除く。)を対象として,平成5ないし14年度に発行した地下鉄事業特例債の元金償還金

エ  新々特例債利子補給補助金  上記の地下鉄事業特例債の支払利息(利率1.2パーセントを限度とする。)

オ  続特例債利子補給補助金  昭和58ないし平成2年度に発行された地下鉄建設事業債(借換債を含む。)に係る利子相当額(建設利息相当額を除く。)を対象として,平成15ないし24年度に発行を認められる地下鉄事業特例債の支払利息(利率1.2パーセントを限度とする。)

カ  一時借入金利子補給補助金  本件特別会計で一時的に現金が不足した場合の借入金の利子支払額

キ  資本費負担緩和分企業債利子補給補助金  地下鉄事業の建設改良のための企業債に係る支払利息(建設利息及び地下鉄事業特例債の対象となるものを除く。)について,利息負担の平準化を図るため起債した資本費負担緩和分企業債(当年度に増加が見込まれる不良債務の額を限度とする。)に係る支払利息の50パーセント

(4) 住民監査請求等(本訴の経緯は当裁判所に顕著な事実)

原告は,平成18年7月12日,仙台市監査委員に対し,本件補助金の支出を違法として,被告管理者に対し,地方自治法242条1項に基づき,受領した補助金を仙台市一般会計に返還する措置をとること等を求める住民監査請求をしたが,同監査委員が,本件補助金の支出行為は地公企法17条の3に基づく適法な公金の支出であるとして,同年9月6日付けでこれを棄却したため,同年10月3日,本訴を提起した。

なお,原告は,平成18年度の補助金の一部については,当初,支出差止めを求めたが,本訴係属中に支出がされたため,訴えを交換的に変更した。

2  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  被告管理者に対する訴えの適法性

ア 被告管理者の主張(本案前の主張)

地方自治法242条1項所定の「財産の管理」は,当該財産の財産的価値に着目し,その価値の維持,保全又は実現を直接の目的とする財務会計上の財産管理行為をいい,同項所定の「怠る事実」に係る行為は,地方公共団体の財産に対し損害をもたらすようなものであることを要する。したがって,財産の管理を怠る事実があったとしても,それにより地方公共団体に損害が発生しない場合には,地方自治法242条の2所定の住民訴訟の対象となる「怠る事実」には該当しないと解すべきである。

そして,原告が被告管理者に対し違法確認を求める事実は,被告管理者が補助金について本件特別会計から仙台市一般会計に返還する措置を怠っていることであるところ,そのような被告管理者の行為は,被告管理者の管理する本件特別会計にとって利益となることであっても,被告管理者の管理する財産に何らかの損害をもたらすものではなく,また,被告管理者の権限が及ぶのは,交通事業の用に供する資産についての取得,管理及び処分であり,被告市長の管理する財産を管理する権限もなければその義務もないから,被告管理者を被告とする怠る事実の違法確認の訴えは不適法というべきである。

なお,平成18年度の本件特別会計には,原告が主張するところの使い残しはない。

イ 原告の主張

被告管理者は,一般会計について管理義務を負うわけではなく,管理下にある本件特別会計について管理義務を負うものであるが,相対的に独立しているとはいえ仙台市に帰属しているのであるから,仙台市に損害が生じないように本件特別会計の管理を行う義務がある。

なお,被告管理者は,平成18年度の本件特別会計の決算において,仙台市一般会計から本件特別会計に繰り入れられた金員に使い残しがあれば,仙台市一般会計に返還しているのであるから,本件特別会計に違法に繰り入れられた本件補助金についても返還義務があり,被告管理者がこれを怠っていることは違法である。

(2)  本件補助金支出における地公企法17条の3所定の「特別の理由」の有無

ア 原告の主張

本件補助金の支出は,地公企法17条の3所定の「災害の復旧その他特別の理由により必要がある場合」におけるものではないから,違法である。

地方公営企業につき独立採算制の原則がとられ,補助金はその例外であることにかんがみれば,「特別の理由」とは,災害に準じるような一時的な企業外の要因又は要請により企業会計において所要経費をまかなうことが客観的に困難又は不適当な場合をいい,真にやむを得ないものに限定されるべきであり,「地方公営企業法及び同法施行に関する命令の実施についての依命通達」(昭和27年9月29日自乙発第245号。以下「依命通達」という。)もそのように定めている。

総務省通知は,単なる行政庁の内部的意思の通知にすぎないし,これが,増資又は長期貸付けによる資金調達を否定しているとは解されず,補助金という形式ではなく,一般会計からの出資又は長期貸付けの形式による方が企業会計上も明確であるし,将来的に地下鉄事業の収益的収支が黒字になる見込みがあるのであれば,この形式によるべきである。

また,公益上の必要性を理由として,地下鉄事業の収益的収支の不足を補助金という形式で補てんすることは,鉄道事業法5条1項1号所定の「その事業の経営が経営上適切であること」との鉄道事業許可基準の審査に際し,収支計画の提出が求められ,経営上黒字になることが要求されていることを無意味にするものである。

イ 被告らの主張

本件補助金の支出は,①公営地下鉄事業が,地下構造物の建設に多額の投資を必要とする一方で,株式による外部からの資金調達ができないことなどから,不可避的な資金不足を生じることが多い実態にあること,②仙台市営地下鉄事業が,交通における利便性の向上,交通混雑の緩和,都市景観の保全,環境負荷の軽減等,極めて公共性の高い事業であること,③地下鉄事業の経費すべてを受益者である地下鉄利用者からの料金収入に負担を求めるとすれば,大幅な運賃値上げをせざるを得ず,利用者の減少等の結果を招いて地下鉄事業のサービス提供に重大な支障を生ずるおそれがあること,④基礎年金拠出金負担金,児童手当負担金,新々特例債元金償還補助金,新々特例債利子補給補助金及び続特例債利子補給補助金は,総務省通知が定める繰出しの基準に準拠しており,基準内の補助金は地方交付税算定の基礎となる基準財政需要額に算入されること,⑤一時借入金利子補給補助金及び資本費負担緩和分企業債利子補給補助金は,総務省通知が定める繰出しの基準に準拠していないが,資金不足を補うための一時借入金及び資本費負担緩和分企業債の利子に対する補助であり,真に必要な使途のためのものであること,⑥被告市長は,地公企法24条に基づき,本件特別会計予算について仙台市議会の議決を得ており,かつ,地公企法30条に基づいて,年度終了後にも監査委員の監査後に議会の認定を受けていることからすると,公営企業の経営健全化と市民の日常生活に必要不可欠なサービスの安定的供給を図るという高度の公共目的達成の見地からされた合理的なものであって,地公企法17条の3所定の「特別の理由」がある。

なお,地公企法施行令9条3項,16条及び依命通達によれば,収益的収支(損益勘定における収益勘定と費用勘定)と資本とは峻別されており,地方公営企業において出資金をもって収益的収支の不足をまかなうことは認められていない。

第3当裁判所の判断

1  原告の請求の趣旨(1)に係る訴えの適法性について(職権による判断)

職権により原告の請求の趣旨(1)に係る訴えの適法性につき判断するに,本訴のうち請求の趣旨(1)に係る部分は,被告管理者を地方自治法242条の2第1項4号の請求(以下「4号請求」という。)の相手方とするものであるが,被告管理者は,仙台市の機関であって,権利義務の帰属主体とならないことが明らかであるから,不適法として却下を免れない。

この点について,原告は,被告管理者個人は不当利得又は不法行為をしているものではないが,行政機関としての被告管理者が地方公共団体の内部において相対的に独立しているものとして取り扱われていることからすると,被告管理者が管理する本件特別会計自体が不当利得しており,4号請求には,このような地方公共団体の内部において相対的に独立している者に対する不当利得返還請求も含まれ,また,4号請求の相手方は,私法的な権利義務の主体に限定されるものではないから,行政機関として執行権ないし代理権を与えられた被告管理者も4号請求の相手方たり得る旨主張する。

しかしながら,4号請求に係る訴訟について,損害賠償又は不当利得返還の請求を命ずる判決が確定した場合には,地方公共団体の長は,判決が確定した日から60日以内を期限として,当該請求に係る損害賠償金又は不当利得の返還金の支払を請求しなければならず(地方自治法242条の3第1項),この場合において,当該判決が確定した日から60日以内に当該請求に係る損害賠償金又は不当利得の返還金が支払われないときは,当該地方公共団体(なお,地方公共団体の長ではない。)は,当該損害賠償又は不当利得返還の請求を目的とする訴訟(いわゆる第2段目の訴訟)を提起しなければならない(同条2項)のであるから,4号請求の相手方としては,最終的に損害賠償請求又は不当利得返還請求に係る民事訴訟の当事者適格を有する者が想定されていると解され,そのような実体上の権利義務の帰属主体ではないため民事訴訟の当事者適格を有しない被告管理者はこれに該当しないといわざるを得ない。

よって,原告の主張は採用できない。

2  争点(1)(被告管理者に対する訴えの適法性)について

被告管理者は,本案前の主張として,被告管理者が本件特別会計から仙台市一般会計に補助金の返還を怠ったとしても,被告管理者の管理する財産に損害をもたらすものではないなどとして,被告管理者を被告とする怠る事実の違法確認の訴えは不適法である旨主張する。

そして,地方公共団体の長の財産管理等に違法があるとしても,それが当該地方公共団体に財産上の損害をもたらさないのであれば,そのような財産管理に係る怠る事実は,地方自治法242条の2所定の住民訴訟の対象となる「怠る事実」には該当しないと解される(昭和38年法律99号による改正前の地方自治法243条の2第4項所定の住民訴訟に関する最高裁第三小法廷昭和48年11月27日判決裁判集民事110号545頁参照)ところ,本件特別会計のみに着目すると,被告管理者が補助金の返還を怠ったとしても,財産上の損害が発生しないのは被告管理者が主張するとおりである。

しかしながら,被告管理者は,仙台市の機関であるから,自らが管理する本件特別会計に財産上の損失が生じなければよいというものではなく,仙台市において違法に財産上の損失が生じることを防止するため,自らの権限を行使することが可能であれば,これを行使すべき義務があるというべきところ,原告が主張するとおり,仙台市一般会計から本件特別会計への本件補助金の支出が違法であれば,仙台市一般会計において財産上の損失が生じ,そのため,仙台市において公益上必要な各種支出ができなくなる事態を招くことが想定できるのであるから,被告管理者は自らの権限に属する本件補助金返還の措置をとる義務があると解される。

よって,被告管理者の主張は採用できない。

3  争点(2)(本件補助金支出における地公企法17条の3所定の「特別の理由」の有無)について

(1)  独立採算制の原則

地方公営企業は,その経営主体が地方公共団体であるけれども,一定の事業目的のために地域住民に財貨又はサービスを供給し,その費用を受益者から料金の形で回収することにより生産活動を継続する点で民間企業と同様である。また,地方公営企業の供給する財貨又はサービスが特定の利用者のみによって受益されることからすると,地方公営企業の経費は受益者たる利用者が負担することが,住民の負担の衡平の見地からも企業の能率的経営を図る見地からも望ましい。

そこで,地公企法は,地方公営企業に対し,常に企業の経済性を発揮することを要請し(3条),地方公営企業の経営活動に伴う収益と費用とを正確に把握することを可能にするため,地方公営企業の経理については一般会計とは区別して事業ごとに特別会計を設けることを原則とし(17条1項),会計処理の方法も一般会計のそれとは異なり企業会計に準拠した取扱いとし(20条,地公企法施行令9条等),公益性の高い特定の経費を一般会計又は他の特別会計により義務的に負担させ(17条の2第1項),それ以外の経費は当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充てなければならないこととし(17条の2第2項),当該地方公営企業特別会計が安易に一般会計に依存しないようにし,独立採算制の原則を採用していると解される。

(2)  独立採算制の例外としての地公企法17条の3

もっとも,地方公営企業は,地方公共団体が経営するものであるから,単に経済性の見地のみならず,住民の福祉の増進を図る(地方自治法1条の2第1項。なお,地公企法3条は,公共の福祉の増進を本来の目的と規定する。)という公共性の見地も不可欠である。地公企法17条の3は,このような見地も踏まえ,独立採算制の例外として,一般会計等から地方公営企業に係る特別会計への補助を「災害の復旧その他特別の理由により必要がある場合」の要件の下で認めているが,同条が,補助を認める「特別の理由」の例示として「災害の復旧」を掲げるのは,災害があった場合,多少の内部留保があったとしても,地方公営企業自身では,その復旧を図ることが不可能なことがあり,また,災害復旧のための財源を料金原価に織り込むと,住民の日常生活に不可欠なサービス等の提供に支障を来すことがあるため,単に受益者のみによって災害復旧経費をまかなうことは衡平ではないと考えられることに基づくものと解され,さらに,地方公営企業に対し一般会計から補助をすることは,安易に一般会計に依存し,企業としての合理性及び効率性の追求をなおざりにし,負担の衡平を害するおそれがあるから,上記(1)にみた独立採算制の趣旨に照らしても,地方公営企業に係る特別会計への無限定な補助は許されないと解される。

以上のような地公企法17条の3の趣旨等に照らせば,同条所定の「特別の理由」とは,地方公営企業の責めに帰すべからざる要因ないし公共性の要請があるため,公営企業会計において独立採算制の原則を維持しながら所要経費をまかなうことが客観的に困難又は不適当な場合をいうと解すべきであり,この場合に当たるか否かは,補助を必要とするに至った理由のほか,補助の目的及び効果,補助の規模及び態様(独立採算制の原則との乖離の程度),地方公営企業の負担能力等の諸般の事情を総合して判断すべきであり,依命通達が,同条所定の「特別の理由」につき,「補助は経費負担の原則の例外をなすものであるのでその運用にあたっては真にやむを得ないものに限定されるべきであること」と定めている(乙1)のも,基本的には,そのような趣旨と解される。

なお,現在の地公企法17条の3は,昭和38年法律112号による地公企法改正の際,その前身である当時の地公企法17条の2第2項として制定されたものであるところ,改正時の第43回国会参議院地方行政委員会において,法案提出に係る政府委員は,「特別の理由」に関して,当時の東京都,大阪市,名古屋市及び帝都高速度交通営団の各地下鉄事業(ただし,正確には,大阪市の地下鉄事業は軌道事業である。乙8)における利子補給のための補助金を例示しつつ,一般会計から企業特別会計にある程度援助する必要がある旨を答弁していること(乙9の4),改正時の衆議院及び参議院においても,当時の地方公営企業における交通事業に経営状態が悪化しているものがあることを踏まえた上,地方公営企業には,その料金,使用料等が政府の認可,統制に服し,企業自らの努力によるのみではその収支の均衡を維持することが困難なものがあり,そのため,企業を経営する地方公共団体が企業の赤字の一部を補てんすることを適当とする場合があるとの考えから,「政府は,地方公営企業の国民生活に占める地位の重要性にかんがみ,その健全な発展を期するため,(中略)地方公営企業中,その事業の態容及び企業経営の現状から地方公共団体の一般会計においてその赤字の一部を補てんすることを適当とする場合等においては,国においてもその地方公共団体に対し必要な財政援助の措置を講ずること」旨の附帯決議がされていること(乙9の3及び6)にもかんがみると,地公企法の立法者等は,地方公営企業が経営する地下鉄事業について,非効率な経営のために生じた収益的収支の不足に対し慢然と補助をすることが認められないとしても,必要性と合理性があれば,これを補てんするために一般会計から補助金を支出することは,地公企法17条の3所定の「特別の理由」がある場合として想定していたということができる。

おって,原告は,公益上の必要性を理由として,地下鉄事業の収益的収支の不足を補助金という形式で補てんすることは,鉄道事業法5条1項1号所定の「その事業の経営が経営上適切であること」との許可基準の審査に際し,経営上黒字になることが要求されていることを無意味にする旨主張するが,地方公営企業の経営する鉄道事業について,上記「その事業の経営が経営上適切であること」が収益的収支の黒字のみを意味するかはさておくとしても,以上にみた地公企法17条の3の趣旨等に照らせば,同条が,事業開始後に現実に補助の必要性と合理性が生じた場合にまで,地下鉄事業の収益的収支の不足を補助金という形式で補てんすることを禁止するものとはいい難いから,原告の主張は採用できない。

(3)  本件補助金の支出を必要とする理由等

以上を本件についてみるに,次の点を指摘することができる。

ア 補助を必要とする理由

(ア) 一般に,地下鉄事業は,地下構造物の建設に多額の投資を必要とする一方,地公企法により,地方公営企業は,株式による外部からの資金調達ができないことから,地下鉄建設に要する資金財源を有利子負債である企業債に依存せざるを得ないため,経常支出から多額の支払利息を長期にわたり負担する必要がある。

(イ) 仙台市営地下鉄事業においては,平成17年度及び平成18年度とも,営業費用及び営業外費用の合計額が営業収益を30億円近く上回ること(乙5の1,乙14の1)から,営業収入のみで支出をまかなうためには,大幅な運賃の値上げをせざるを得なくなり,このような大幅な値上げが,利用者の減少等を招き,それ自体としてサービスの低下になるとともに,地下鉄事業の経営を圧迫して事業遂行に重大な支障を生ずるおそれがあることは否定できない。

(ウ) 地下鉄事業の性格からすれば,本来,一般会計等において負担すべき経費があると考えられるところ,地方企法17条の2が義務的な負担区分を規定するものであることにかんがみ,同法施行令8条の5は,1号該当経費及び2号該当経費として,特定の事業に関する特定の費用に限定して規定しているため,現行法の下においては,収益的収支の不足に対する一般会計等からの支出は補助金によらざるを得ない。

なお,地公企法18条による出資については,自己資本として必要とされる一般会計等からの出資及び財産等の移管による現物出資をいうものであって,収益的収支の不足まかなうためのものではないと解されるし,同法18条の2による長期貸付けについても,仙台市営地下鉄事業の収益的収支の不足は,平成16年度には40億円を超えていたこと(乙5の1)にもかんがみると,直ちにこれが解消されるとは見込まれないから,この形式によるべきとはいい難い。

(エ) なお,仙台市営地下鉄事業が,いわゆる放漫経営に陥っていることをうかがわせる証拠はない。

イ 補助の目的及び効果

仙台市営地下鉄事業は,仙台都市圏における基幹的交通機関として,単に地下鉄利用者に対する交通の利便性の向上に役立つのみならず,通勤・通学時の付近道路の交通混雑の緩和,都市景観の保全,二酸化炭素排出削減等の環境負荷の軽減等を図ることなどの様々な公共的な行政目的を有するものであり(甲2,弁論の全趣旨),このような公共的な行政目的の受益者は,地下鉄利用者のみに限定されないから,これのみを受益者として,地下鉄事業の経費をまかなうことは,かえって衡平でない面もある。

ウ 補助の規模及び態様(独立採算制の原則との乖離の程度)

本件補助金(ただし,平成17年度については,これを含む補助金全額)の規模は,平成17年度が12億3360万2691円,平成18年度が13億5282万8019円であるが,仙台市営地下鉄事業による収益的収入は,平成17年度が141億4656万7472円(乙5の1),平成18年度が141億9753万3204円(乙14の1)であり,本件補助金の規模は,該当する年度の収益的収入のおよそ8.5パーセントないし9.5パーセント程度であるから,過大であるとまではいい難い。

国は,総務省通知において,繰出しの基準を定めるとともに,これに準拠して地方公共団体が一般会計から地方公営企業会計に繰出しをした場合に,地方交付税等において考慮することを定めているところ,その趣旨は,地公企法に定める地方公営企業の経営の基本原則を堅持しながら,地方公営企業の経営健全化を促進し,その経営基盤の強化を図ることにある(乙2,3)から,地公企法17条の3所定の「特別の理由」の有無の判断に際して,総務省通知の定める繰出しの基準は,それ自体が法令としての性質を有さないことはもちろんとしても,一般会計が地方公営企業に対して補助等をすることが適当と認められる経費を示すものとして,独立採算制の原則との乖離の程度を考察する場合の指標として差し支えないと解される。

そして,本件補助金支出のうち,基礎年金拠出金負担金,児童手当負担金,新々特例債元金償還補助金,新々特例債利子補給補助金及び続特例債利子補給補助金は,総務省通知による繰出しの基準に準拠するものであり,一時借入金利子補給補助金及び資本費負担緩和分企業債利子補給補助金も,上記基準に準拠してはいないものの,資金不足を補うための一時借入金及び資本費負担緩和分企業債の利子に対する補助であって,上記基準の基本的な考え方に沿わないものではない。

このように,本件補助金の支出は,合理的な根拠に基づき限定されており,相当な限度を超えた無限定な補助とはいい難く,上記補助の規模にもかんがみると,独立採算制の原則との乖離の程度は大きくない。

(4)  小括

以上によると,本件補助金の支出は,補助を必要とするに至った理由のほか,補助の目的及び効果,補助の規模及び態様(独立採算制の原則との乖離の程度),地方公営企業の負担能力等の諸般の事情を総合して勘案するならば,地方公営企業の責めに帰すべからざる要因ないし公共性の要請があるため,地方公営企業会計において独立採算制の原則を維持しながら所要経費をまかなうことが客観的に困難又は不適当な場合とみることが可能であり,地公企法17条の3所定の「特別の理由」があるとの被告市長の判断は是認することができるから,被告市長が議会の議決を経た上でした本件補助金の支出を違法ということはできず,したがって,本件補助金につき,被告市長が本件特別会計から仙台市一般会計に返還させないこと,あるいは,被告管理者が本件特別会計から仙台市一般会計に返還しないことをもって,違法なものということはできない。

4  結論

よって,原告の請求の趣旨(1)に係る訴えは不適法であるからこれを却下すべきであり,その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畑一郎 裁判官 廣瀬孝 裁判官 浅海俊介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例