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仙台地方裁判所 平成18年(ワ)758号 判決

原告

同訴訟代理人弁護士

野呂圭

被告

「aラーメン」ことY

同訴訟代理人弁護士

佐藤裕人

佐藤美保

主文

1  被告は,原告に対し, 217万6868円及びうち108万8434円に対する平成17年12月1日から支払済みまで年14.6%,うち108万8434円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の各割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  主位的請求

主文と同旨

2  予備的請求

被告は,原告に対し,108万8434円及びこれに対する平成17年12月1日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  訴訟物

本件は,有限会社b(以下「訴外会社」という。)及び被告に雇用されていた原告が,被告に対し,

(1)  主位的に,原告と訴外会社及び被告との間の雇用契約に基づく時間外手当及び労働基準法114条に基づく付加金並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求め(遅延損害金の起算日は,時間外手当については退職日の翌日である平成17年12月1日,付加金については本判決確定の日の翌日である。遅延損害金の利率は,時間外手当については賃金の支払の確保等に関する法律所定の年14.6%,付加金については民法所定の年5%である。),

(2)  予備的に,被告の訴外会社の取締役又は清算人としての責任(有限会社法30条の3第1項,同法75条2項,会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律25条)に基づき,時間外手当相当額の損害金及びこれに対する退職日の翌日である平成17年12月1日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者等

ア 訴外会社は,飲食店の経営などを目的として平成6年5月24日に設立された有限会社であり(目的は甲1),仙台市若林区cと同市太白区dにあるラーメン店2店(以下,これらの店舗を「c店」及び「d店」という。)を経営していたが,平成17年10月20日に社員総会の決議により解散した(解散事由は甲1)。

訴外会社の取締役は,被告,被告の妻であるa,被告の義母であるcの3名であり,被告が代表取締役を務めていた。同社の解散に伴い,被告が清算人に就任した。(甲1)

イ 被告は,平成17年10月21日以降,個人で「aラーメン」の屋号を使用して,c店及びd店を経営してきた。

(2)  雇用契約の締結

原告と訴外会社は,平成16年9月1日,以下の内容で期限の定めのない雇用契約を締結した。

ア 業務内容 調理補助,ホール係

イ 賃金額

平成16年9月~同年11月 月額14万5000円

(通勤手当込み)

同年12月~ 月額15万円 (通勤手当込み)

締切日 毎月末日

支払日 翌月5日

ウ 所定労働時間  午前9時から店の仕事が終了するまで

エ 所定休日  週1日(水曜日)

(3)  雇用契約の終了

原告は,平成17年11月30日,自己都合により,被告との雇用契約を終了した。

(4)  未払の時間外手当の額

原告に対する未払の時間外手当の額は,別紙「未払残業代請求目録」及び「月別残業代計算表」記載のとおり,合計108万8434円である(弁論の全趣旨)。

3  争点

(1)  被告は,原告に対し,営業譲渡又は法人格否認の法理により,訴外会社との雇用契約に基づいて発生した時間外手当の支払義務を負うか。【主位的請求関係】

(原告の主張)

ア 営業譲渡

被告は,従前,訴外会社の代表取締役としてc店及びd店を経営していたが,平成17年10月20日に同社を解散した後も,同じ屋号,店舗,備品,材料,調理方法,従業員等を維持したまま両店の経営を続けており,訴外会社と被告との間では,ラーメン店「aラーメン」の営業譲渡契約が成立し,明示又は黙示に,原告との労働契約も被告に承継する旨の契約が成立していたと認められる。

したがって,被告は,原告に対し,訴外会社の原告に対する時間外手当の支払義務を承継するというべきである。

イ 法人格否認の法理

(ア) 訴外会社の解散及びこれに引き続く被告の個人営業は,訴外会社の原告に対する時間外手当の支払義務等の債務の履行を免れるために同社を解散させて個人営業に切り替えたものであり,法人格の濫用に当たる。

すなわち,被告は,訴外会社の経営者であったところ,同社の有する税金や時間外手当などの支払義務を回避する目的で同社を解散させ,個人営業に切り替えた。これは原告との関係では時間外労働による割増賃金の支払を規定する労働基準法37条を潜脱する意図の下になされたものであり,違法,不当な目的が認められる。

また,被告は,従前,訴外会社の代表取締役として同社を経営しており,資本関係についても,被告,被告の妻及び被告の義母が各100万円を出資した形にはなっているものの,いわゆる同族会社であり,会社の実質的支配権は被告が有していた。また,訴外会社時代と現在の被告個人経営とを比較しても,営業の実態や被告が営業を仕切っている事実には変わりがない。したがって,本件は,訴外会社の実質的支配者であった被告によって新しい法人格である被告個人の経営に切り替えられたものであり,新旧の法人格の実質的支配者は同一であると認められる。

(イ) 「aラーメン」の実質的な営業主体は開店時以来被告であった。そして,平成6年5月24日から平成17年10月20日までの間存在していた訴外会社は,「aラーメン」に関する債務が被告に及ばないようにするために法人格を濫用したものであるか,労働契約の相手方である原告に対し営業主体を誤認させる,若しくは訴外会社の債務についても被告が個人として責任を負うかのような信頼を引き起こすものである。

(ウ) 法人格の同一性を基礎付ける事実

a c店の店舗及び敷地は被告所有であるが,訴外会社から被告に対し賃料の支払がされていない。

b 訴外会社が平成17年10月20日に解散した後も,被告は個人の営業許可を取得せず,同社の営業許可のまま従前どおり営業を続け,原告退職時の離職票の事業主欄も訴外会社であった。

c 被告は,本来は被告個人の債務である住宅金融債権管理機構及び住宅金融公庫に対する債務を訴外会社の債務として扱っていた。

d 被告は,訴外会社の解散前,c店のレジから自由に現金を持ち出していたほか,同店の営業用のキャベツ,水,ぎょうざなどを自宅に持ち帰り,私物のように扱っていた。

(エ) 以上によれば,被告は,訴外会社とは法人格が別であることを理由として,同社の債務の履行を拒絶することは許されず,原告に対する時間外手当の支払義務を負うものというべきである。

(被告の主張)

ア 原告の主張は否認し争う。

イ 平成17年10月20日に訴外会社が解散するまでの間は,原告の雇用者は訴外会社であった。同日,訴外会社の解散により当該雇用契約は終了し,翌21日,原告は被告との間で雇用契約を締結した。被告は,訴外会社の解散に際し,解散後は被告個人との雇用契約になり,各種社会保険も変更されることを原告を含む従業員に説明して了解を得ている。

よって,仮に訴外会社との雇用契約において未払の時間外手当が発生していたとしても,雇用契約の当事者ではない被告は,原告に対し,その支払義務を負わない。

ウ 訴外会社と被告との間には営業譲渡契約はない。

工 被告は,個人資産と営業用資産を分離して事業の永続性を図るとともに,事業の社会的信用を得る目的で訴外会社を設立したものであり,同社の設立は違法な目的によるものではない。また,訴外会社は,解散までの間,法人として業務を行い,決算,確定申告,雇用保険等の各種社会保険加入など法人としての実体を有していた。訴外会社の資産と,代表取締役であった被告の個人資産は,会計上明確に区別されていた。被告が訴外会社を違法,不当な目的のために利用したこともない。

訴外会社は,経営が不調で各種税金の滞納があり(平成16年度で約1400万円),その支払を優先すると従業員の給与や仕入先への支払が滞るおそれがあったことから,やむを得ず解散し,個人事業として再出発せざるを得なかったものであり,訴外会社の解散には法人格の濫用はない。

被告が被告個人の債務を訴外会社の債務として扱っていたことは認めるが,これは,当時関与した税理士が,訴外会社の節税対策として被告の個人資産及び負債を会社に付け替えたものと思われる。

(2)  被告に付加金の支払義務が認められるか。【主位的請求関係】

(原告の主張)

原告は,被告に対し,平成17年12月7日付け内容証明郵便によって時間外手当の支払を請求したが,被告はこれに応じる意思を示さなかった。このように,原告の催告にも誠実に応じようとしない使用者を,労働者である原告の犠牲のもとに格別保護する必要はなく,むしろ時間外手当の不払という犯罪行為(労働基準法119条)を行っている使用者に対しては,法秩序維持の観点からも厳正に対処すべきである。

したがって,被告に対しては,付加金の支払が命じられるべきである。

(被告の主張)

原告の主張は争う。

被告は,平成17年10月20日以前における原告の使用者ではなく,付加金の支払義務はない。

(3)  被告は,原告に対し,訴外会社の取締役又は清算人としての責任に基づく損害賠償義務を負うか。【予備的請求関係】

(原告の主張)

被告は,訴外会社の代表取締役又は清算人として,労働者である原告に対して時間外労働をさせながら時間外手当を故意又は重過失により支払わず,原告に損害を与えた。

よって,被告は,原告に対し,有限会社法30条の3第1項,同法75条2項に基づき(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律25条),未払の時間外手当相当額の損害賠償義務を負う。

(被告の主張)

有限会社法30条の3第1項,同法75条2項に基づく取締役又は清算人の責任は,取締役又は清算人の職務を行うにつき違法行為があった場合に発生する責任である。そして,取締役の職務は会社の目的達成のための職務,すなわち取引行為及びこれに類する行為を意味し,清算人の職務は清算手続に関する職務を意味するもので,いずれも本件のような労務管理行為を含むものではない。

被告は,原告を職人として育成するために雇用したとの実態があり,いわゆるサービス残業を原告に強制しているとの認識は全くなかった。また,原告から在職中に時間外手当の請求を受けたこともなかったことから,被告がその認識を持つことは困難であった。よって,被告には悪意又は重過失はない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(営業譲渡又は法人格否認の法理の成否)について

(1)  前提となる事実に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。

ア 訴外会社は,「aラーメン」の屋号でc店及びd店を経営していた。被告は,訴外会社の代表取締役を務めていた。

イ 訴外会社は,平成10年ころから売上げが低迷して経営が悪化し,法人税及び所得税の滞納があり,平成17年10月時点の滞納額はc店だけで約1400万円に上っていた。そこで,被告は,個人事業として再出発するため,同年10月20日,訴外会社を解散した。(被告本人6~8ページ)

ウ 被告は,同月21日以降,「aラーメン」の屋号,c店及びd店の店舗及び設備,ラーメンの調理方法及び従業員を,そのまま引き継いで,両店を経営してきた(被告本人)(ただし,現在,d店の経営は同店の店長に任せており,c店も平成19年3月ころから,被告の息子が経営する会社が経営している(被告本人)。)。

c店の建物及び両店のじゅう器備品等は,被告が訴外会社から無償で借用していた(被告の平成18年9月20日付け第1準備書面)。

エ 訴外会社の解散後も,被告は,c店について個人の営業許可を取得せず,同社の営業許可のまま同店の営業を続け(甲7),原告が退職したときの離職票の事業主欄も訴外会社のままであった(甲6)。

オ 原告は,訴外会社の解散に際し,同社から解雇通告を受けておらず,解雇予告手当の支払も受けていないし,被告との間で雇用契約の締結をしていない(甲14,原告本人)。

(被告は,d店の店長を通じて,原告に対し,訴外会社の解散に伴い,社会保険の分は控除せずに支給する旨を説明したと供述するが(被告本人),これをもって原告と被告との間で改めて雇用契約が締結されたと認めることはできない。)

カ 訴外会社の解散の前後を通じ,原告を含む従業員の労働条件には何ら変更はなかった(原告本人,被告本人)。

キ 「aラーメン」は,昭和58年ころ被告本人が開店したラーメン店であり,平成18年8月にはc店の辛みそラーメンがテレビ番組で東北のラーメンの第2位に選ばれるなど,東北地方の有名ラーメン店である(甲5,8,被告本人,弁論の全趣旨)。

(2)  以上の認定した事実のほか,被告が,当初,平成17年10月21日,訴外会社から経営権等の譲渡を受け,個人でラーメン店の経営を始めたと主張していたこと(答弁書)にも照らせば,訴外会社及び被告の間に明示的な営業譲渡契約は存在していないが,被告は,従業員の雇用関係を含めたラーメン店「aラーメン」の営業を訴外会社から譲り受けたものと認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

そして,ラーメン店の屋号「aラーメン」が営業主体を表示するものとして重要な機能を営んでおり,これを営業譲受人である被告が継続して使用してきた本件においては,被告は,営業譲渡に伴い,訴外会社の原告に対する未払時間外手当の支払義務を負うものというべきである。

2  争点(2)(付加金)について

訴外会社及び被告が,原告の雇用期間を通じて時間外手当の支払を怠ってきたこと,原告が,被告に対し,平成17年12月7日付け内容証明郵便によって時間外手当を請求したにもかかわらず(甲4),被告がこれに対し誠意ある対応をしてこなかったこと(被告は,争いのない被告個人の時間外手当の支払義務すら履行していない。)など,本件の実情に照らせば,未払の時間外手当と同額の付加金の支払を命じることが相当である。

3  結論

よって,原告の主位的請求は理由があるから認容し,主文のとおり判決する。

(裁判官 中丸隆)

〈別紙〉 未払残業代請求目録

省略

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