大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成18年(ワ)1054号 判決

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,1842万2767円及びこれに対する平成18年9月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,原告が,被告との間で締結した店舗総合保険契約に基づき,被告に対し,火災保険金1842万2767円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年9月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  前提となる事実(証拠等を掲記していない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告は,メリヤス製品の縫製及び加工販売等を目的とする有限会社である(弁論の全趣旨)。

イ 被告は,損害保険業等を目的とする株式会社である(当裁判所に顕著な事実)。

(2)  保険契約の締結

原告は,被告との間で,平成17年1月ころ,次の内容の店舗総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した(保険期間が継続であることにつき甲1)。

ア 保険期間 平成17年2月5日~平成18年2月5日(継続)

イ 保険の目的及び保険金額

(ア) 建物 800万円

(イ) じゅう器 1500万円

(ウ) 商品等 300万円

ウ 月額保険料 1万0670円

(3)  保険約款の定め(免責条項)

本件保険契約に適用される店舗総合保険普通保険約款第2条第1項(1)には,保険契約者,被保険者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは,その理事,取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意若しくは重大な過失又は法令違反によって生じた損害に対しては,被告は保険金を支払わない旨が規定されている(乙9。以下「本件免責条項」という。)。

(4)  火災の発生

平成17年12月17日午後4時45分ころ,宮城県栗原市ab番地に所在する原告代表者所有の木造トタン葺平屋建て縫製工場(以下「本件建物」という。)内で火災が発生し,内壁及び天井約4m2,エアコン2台,アコーディオンカーテン,アイロンプレス台及び両頭グラインダーなどが焼損し,工業用ミシン13台などが水損した(以下,この火災を「本件火災」という。)(甲2,3,乙1の1,1の4)。

栗原市築館消防署の消防司令作成に係る平成18年5月12日付け出火原因判定書によれば,本件火災の出火場所は本件建物内の縫製室内南側アイロンプレス台付近であり,出火原因は不明であるとされている(乙1の2・5ページ)。

3  争点

(1)  免責事由の有無

(被告の主張)

本件火災は,原告(原告代表者)の放火により生じたものであるから,本件免責条項により,被告は原告に対し保険金支払債務を負わない。

(原告の主張)

被告の主張は否認し争う。本件火災の出火原因は不明であり,原告又は原告代表者の故意又は重過失によって生じたものではない。

(2)  保険金額

(原告の主張)

ア 建物

本件建物は原告代表者が母親名義でa農業共済組合との間で締結していた火災共済契約の対象となっていた。同共済組合からは,本件建物の評価額が1120万4244円,本件火災による損害額(取片付費用を含む。)が601万8176円であるとして,本件保険契約とあん分して373万8259円の火災共済金が支払われた。

よって,原告は,被告に対し,本件建物について上記損害額から既払分を控除した227万9917円の保険金支払請求権を有する。

イ じゅう器

原告が平成17年12月21日付けで築館消防署長に届け出た「り災申告書(動産)」によれば,本件建物内のじゅう器類の損害額は合計1611万0800円である。上記損害額は購入時の価格を基準としたものであるが,中古で購入した物については更なる減価は考え難いこと,本件火災時の時価を一義的に確定することは困難であることから,原告は,じゅう器類の損害額を1611万0800円と主張し,被告に対し,1500万円の保険金の支払を請求する。

ウ 商品等

前記り災申告書(動産)によれば,本件建物内の商品等の損害額は合計114万2850円である。

よって,原告は,被告に対し,商品等について114万2850円の保険金支払請求権を有する。

(被告の主張)

原告の主張は不知ないし争う。

損害保険における保険金請求権者は被保険者であり,被保険者とは当該保険目的物の所有者である。したがって,原告代表者が所有する本件建物について原告はそもそも保険金請求者とはなり得ない。

(原告の主張)

原告代表者は,原告に対し,平成19年4月19日,本件建物についての保険金請求権を債権譲渡し,同月20日,これを被告に通知した。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(免責事由の有無)について

(1)  検討の順序

被告は,本件火災が原告(原告代表者)の放火により生じたものであると主張している。そこで,以下,本件火災の出火原因が放火であるかどうか,放火に原告代表者が関与したかどうかについて,順に検討を加えることとする。

(2)  本件火災の出火原因が放火であるかどうかについて

ア 出火場所

(ア) 後掲各証拠によれば,次の各事実が認められる(なお,建物の方角については原則として消防記録に従った。)。

a 現場付近の状況

本件建物の付近一帯は田畑等が広がる農村地帯であり,一般住宅が点在しているものの,極めて閑散とした地域であって,車の交通量及び人通りは少ない。本件建物の周囲には,同一敷地上に原告代表者所有の母屋建物兼裁断工場(以下「別棟建物」という。)及び倉庫が存在しているが,そのほかには近接する建物等はなく,他人所有建物等に延焼する可能性は極めて小さい立地条件にある。なお,本件建物と別棟建物は下屋によりつながっている。(甲10,甲3=乙1の4・1ページ,乙3の3・5~10ページ,乙3の4・写真22~24)

b 本件建物の構造

本件建物の構造は,おおむね別紙「第3図平面図」のとおりである。

本件建物は,大きく南側の休憩室兼事務室(以下,単に「休憩室」という。)と北側の縫製室に区分され,休憩室の東側の一部が更衣室になっていた。縫製室は,西側約3分の1が製品の搬入や搬出,加工した製品のこん包等のための場所(以下「製品こん包場」という。)とされ,東側約3分の2が縫製場として工業用ミシンなどが置かれていた。

(甲3=乙1の4・2~3ページ,第3図平面図)

c 本件建物の焼損状況

(a) 縫製場南側のアイロンプレス台付近(別紙「第4図焼損図」,「第5図焼損図」及び「第6図復元図」を各参照。)

① 更衣室出入口西側の柱の西側内壁から15cm北側にあるアイロンプレス台は,南西側部分が40cm×30cm,南東側部分が30cm×20cmの大きさで焼け落ちており,天板の上側よりも下側の炭化が激しくなっている(甲3=乙1の4・3ページ,乙4・15~16ページ「キ」,乙3の4・写真164~175)。

② 更衣室出入口西側の柱には,床面から120cmの高さにカレンダーが掛けられていたが,この部分の柱は,炭化模様の幅が広く焼損の強い状況であり,炭化はアイロンプレス台に接した付近が深くなっている(甲3=乙1の4・5ページ,写真14,16,25,乙3の4・写真134,乙4・12ページ「オ」)。

③ 縫製場と更衣室を隔てるアコーディオンカーテンは,その北側面がアイロンプレス台方向から三角形状に焼損,融解している(甲3=乙1の4・6ページ)。

④ 石こうボード張りの天井は,更衣室出入口西側の柱を中心として,東側に2m,西側に2m,北側に1mの範囲で焼損している(甲3=乙1の4・6ページ)。

⑤ 縫製室と休憩室を隔てるアルミサッシ製腰高窓のガラスは完全に破壊され,窓枠も敷居部分が黒く変色して縫製室側に少し湾曲している。この腰高窓の下の内壁(アイロンプレス台わきの内壁)は焼け抜け,同窓の敷居を支える木製窓台はきっ甲型に深く炭化している。もっとも,上記木製窓台の上部は浅い炭化状態にとどまっている。(乙4・12ページ「オ」,14ページ「エ」,甲3=乙1の4・写真26~28,乙3の4・写真134~145)

⑥ アイロンプレス台下の床面は,縫製室と休憩室を隔てる腰高窓下の内壁に接した部分が内壁に沿って炭化している。また,同所には段ボール箱の焼残物があり,その中には焼損した合成樹脂の溶解物が認められ,周囲の床板は筋状に黒く変色している。ただし,段ボール箱底部は焼損を免れており,床板にも焼損や変色はなく,原形をとどめている。(乙4・14~15ページ「オ」,甲3=乙1の4・写真26,27,乙3の4・写真146~149)

⑦ アイロンプレス台上には両頭グラインダー及び工業用スチームアイロンが置かれていたが,同アイロンプレス台の天板上にアイロン底部の焼け付いたこん跡はなく,アイロン本体及び電気配線等にも焼損はなく,両頭グラインダーにも大きな焼損は見られない(乙4・13ページ「ア」,16~17ページ「ア」「ウ」,甲3=乙1の4・3~4ページ,写真11~14,20)。(原告は,アイロンプレス台の天板を撮影した写真(甲3=乙1の4・写真12)では下方の焼けた部分と思われる黒く変色した部分に,アイロン底部の形状かもしれないへこんだ部分があるように思われると主張している(原告の平成19年5月8日付け準備書面2ページ)。しかし,原告が指摘するへこみの位置は必ずしも明らかでないし,そもそもアイロン本体がアイロンプレス台の炭化した箇所には置かれていないこと(甲3=乙1の4・写真11,14),消防署による現場見分調書(甲3=乙1の4)にも原告が指摘するアイロン底部の焼け込みの有無について触れた記述がないことに照らせば,原告の主張を採用することはできない。)

(b) 縫製場のそのほかの箇所

① 北側

縫製場北側には工業用ミシンがアルミサッシ製腰高窓に沿って計5台置かれているが,いずれのミシンにも焼損はなく,ミシンごとに掛けられている化学繊維製カーテンにも焼損又は溶解はなく,床面にも焼損のこん跡は認められない(乙4・19~20ページ「エ」,乙3の4・写真66)。

② 東側

縫製場東側には,機械油等が入ったロッカーがあるが,焼損や油の流出はない。ロッカー前に置かれている工業用ミシン等に焼損は認められない(乙4・20ページ「オ」(ただし「縫製室内西側」と記載されている部分は「縫製室内東側」の誤記であると解される。),乙3の4・写真67~70)。

③ 中央付近

縫製場中央付近には,ブルーヒーター及び反射式石油ストーブが各1台置かれているが,いずれのスイッチも「消」になっている(甲3=乙1の4・2ページ)。

上記ストーブ等からの灯油の流出や焼け崩れはなく,周辺の段ボール箱等にも焼損したこん跡はない。また,周囲の床面には,布類の残焼物が散乱しているが,床面に焼損のこん跡は認められない。(乙4・13~14ページ「イ」,20ページ「カ」,甲3=乙1の4・写真5,乙3の4・写真77~80)

(c) 製品こん包場

製品こん包場と縫製場とを区分する化学繊維製カーテンにすすなどが薄く付着している。西側のアルミサッシ製掃き出し窓前に掛かっている化学繊維製カーテンも同様でレールから取り外され垂れ下がっているが,同所に置かれている段ボール箱,ビニール袋等に焼損はなく,床面に焼損のこん跡は認められない。(乙4・19ページ「ウ」,乙3の4・写真59~65)

(d) 更衣室及び休憩室

更衣室及び休憩室には焼損箇所は認められない(甲3=乙1の4・3ページ)。

d 消防隊員による燃焼状況の視認

本件建物内で消火活動に当たった消防隊員は,本件建物内南側にうっすら赤い炎を視認し,その炎に向けて放水を行った(乙1の3)。

(イ) 以上に認定したとおり,本件建物内の縫製場南側のアイロンプレス台付近,とりわけ同アイロンプレス台下付近には顕著な焼損等のこん跡が残る一方で,ほかの場所には焼損等のこん跡がほとんど認められないこと,消防隊員が本件建物内南側に赤い炎を視認していることからすると,本件火災の出火場所は,縫製場南側のアイロンプレス台下付近であると認められる。

イ 放火以外の出火原因の可能性

(ア) 工業用スチームアイロンによる出火の可能性について

本件火災当日の午後6時ころ,原告代表者と築館警察署刑事課長の立会いの下で,b電力株式会社c営業所の職員であるaが,工業用スチームアイロンの中間スイッチカバーを分解したところ,中間スイッチは,シーソー式で焼損しているものの電源が「入」の状態であり,温度調節つまみは右全開で最高温度であったことが確認されている(乙1の2・4ページ,甲3=乙1の4・4ページ)。

しかし,工業用スチームアイロンの通電状態について,aは,本件火災の現場見分に際しテスターを使用しての導通試験はしていない,消防からの要請により中間スイッチのカバーを外したものの,その内部構造や中間スイッチ端子の位置等は確認していない,温度調節つまみについても「入」の状態であったかどうかは判別できなかった旨述べており(乙6),このことからすると,本件火災当時,実際に,工業用スチームアイロンが通電状態にあり,最高温度となっていたかどうかは明らかでないというべきである。

また,工業用スチームアイロンから出火したとすれば,同アイロン自体が焼け崩れたり,アイロンプレス台の天板が焼け下がったり,アイロン底部が焼け付くなど,同アイロンが火元になったことの顕著なこん跡が残ると考えられる。しかし,前記のとおり,工業用スチームアイロン本体及び配線等に焼損はなく,アイロンプレス台の天板にもアイロン底部の焼け付いたこん跡はない。

さらに,工業用スチームアイロンから延びる電気配線には短絡や半断線,被覆の焼損箇所等は一切認められないこと(乙1の2・4ページ),原告代表者によれば,本件建物内での縫製作業は本件火災の3日前である平成17年12月14日が最終であるところ(甲32・2ページ),その時から本件火災時までアイロンが通電状態にあったとすれば,その間に何らかの異常が発生すると考えられるが,本件火災の二,三時間前に本件建物に立ち入った原告代表者が何らの異変にも気付いていないこと(原告代表者14ページ)にも照らせば,工業用スチームアイロンによる出火の可能性は小さいというべきである(乙1の2・4~5ページ)。

なお,アイロンプレス台付近の壁には,工業用スチームアイロンと両頭グラインダーのコードが差し込まれているコンセントがあったが,このコンセント及びこれに差し込まれているコードには,焼損のこん跡が一切ないから(甲3=乙1の4・写真19),トラッキング現象により同コンセントから出火した可能性も認められない。

(イ) 両頭グラインダーによる出火の可能性について

本件火災発生の約二時間前に原告代表者が本件建物を出た時点で両頭グラインダーのスイッチは入っていなかったこと(原告代表者15~16ページ),前記のとおり,同グラインダーに大きな焼損は見られないことからすれば,両頭グラインダー本体から出火した可能性は小さいというべきである。

他方,両頭グラインダーの電源コードの2か所(別紙「第7図現場復元図」のA地点及びB地点)には断線とねじれが認められる(甲3=乙1の4・5ページ)。しかし,原告代表者が,消防司令に対し,平成17年9月以降両頭グラインダーを使用していないと説明していること,両頭グラインダーのスイッチは焼損により「入」「切」は判別できないものの,2本の心線相互が直接接触しない限り短絡は発生しないと考えられること,本件火災の前に本件建物に立ち入った原告代表者が何らの異変にも気付いていないこと,B地点の断線箇所は,火災の熱によるか,両頭グラインダーがアイロンプレス台から落下した際に加わった力によって断線したものとも考えられること(以上につき,乙1の2・3ページ)などからすれば,短絡による出火の可能性も小さいと考えられる。

以上によれば,両頭グラインダーによる出火の可能性は小さいというべきである(乙1の2・3~5ページ)。

(ウ) たばこの火の不始末等による出火の可能性について

原告代表者が,心臓の病気を患っており,たばこを吸わないこと(甲32・3ページ),現場見分時,アイロンプレス台付近から吸い殻や灰皿等は発見されていないこと(甲3=乙1の4)からすれば,たばこの火の不始末による出火の可能性も考えられない。

そのほか,出火場所付近において火元となる物の存在は認められない(甲3=乙1の4)。

ウ 出火原因についてのまとめ

以上のとおり,工業用スチームアイロン及び両頭グラインダー並びに各電気配線による出火の可能性が小さく,たばこの火の不始末による出火も考えられないこと,出火場所付近にほかに火元となるような物の存在が認められないことからすれば,本件火災は,何者かの放火行為により生じたものであると推認される。

なお,株式会社dの試験報告書では,本件建物内から油性成分は検出されなかったとされているが(乙3の3・125~139ページ),油性成分は火災により完全に焼失することもあるから(乙4・32ページ),油性成分が検出されていないことをもって,直ちに,本件火災が放火によるものではないと断ずることはできない。

(3)  放火に原告代表者が関与したかどうかについて

ア 本件建物の施錠状況及びかぎの管理状況について

(ア) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。

a 本件建物の施錠状況

本件火災当日に本件建物内に立ち入ったのは原告代表者のみであるが,同人は,午後2時ないし2時半過ぎに退出する際,本件建物に施錠をした(甲32・3ページ,原告代表者3~5ページ,11~12ページ)。

また,本件火災発生後,消防団がポンプ車を出動させて火元と見られる本件建物内に放水しようとしたが,すべての窓及び出入口が施錠されていたため,内部放水を断念し,本件建物の屋根部分にのみ放水して消防隊の到着を待った(甲12=乙1の6,乙3の2・62ページ)。その後,現場に到着した消防隊が開口部を確認したところ,すべてかぎが掛けられている状態であったため,窓ガラスを破壊し本件建物内に進入して内部放水を行った(乙1の3)。

以上によれば,本件火災当時,本件建物の窓及び出入口は完全に施錠されており,少なくともかぎを持たない第三者が本件建物内に立ち入って放火をすることはできない状況であったと認められる。

この点,原告代表者は,本件建物の更衣室に通じる戸(乙3の4・写真52)は,かぎが閉まった状態でもぐっと引っ張れば開けることができたなどと供述するが(原告代表者12~14ページ),上記の認定事実に照らして信用できない。

b かぎの管理状況

本件建物のかぎは,原告代表者と同人の妻及び従業員のbの3名のみが所持していたが(乙3の2・36ページ),本件においてかぎが盗難に遭ったり,紛失した等の事情はうかがわれない。

(イ) 以上の認定事実によれば,本件火災は施錠完全な建物内部への放火であり,本件建物のかぎは原告代表者及びその妻並びに従業員1名のみが所持していたのであるから,少なくとも原告と無関係の第三者が本件建物内に侵入して放火行為を実行し得るような状況にはなかったことが明らかである。

また,本件において,原告代表者の妻及び従業員が本件建物に放火するような動機の存在は何らうかがわれない。

イ 本件火災前後の原告代表者の行動について

(ア) 本件火災前後の行動についての原告代表者の供述内容

原告代表者は,本件火災当日の行動について,変遷はあるものの,最終的には,調査会社に対し,概要次のとおり供述している(乙3の1・54~57ページ,乙3の2・48~50ページ)。

すなわち,当日は昼過ぎまでパチンコ遊技をし,その後入院中の実母の見舞いと衣類の洗濯を思い立ち,パチンコ店を出て実家に向かった。午後1時20分ころ実家に到着し,4日前から軒下に干していた実母の肌着やタオル等を取り込んだが,びしょぬれの状態で乾いていなかったことから,本件建物内にあるブルーヒーター及び反射式石油ストーブを点火して洗濯物を乾かすことにし,その間は母屋建物に戻って家事をしていた。約1時間後,本件建物に戻り,洗濯物は干したままの状態でストーブ等を消した。その後,本件建物の施錠をした上で,午後2時20分ころ,洗濯物は持参せずに実母の入院先に向かい,午後3時ころから約1時間ほど同所で過ごした。午後4時ころ,入院先を出てパチンコ店に行ったところ,午後5時過ぎころ,妻から携帯電話に火事が起きた旨の連絡が入ったため,車の運転中であり,いったん自宅に戻ってから火災現場に向かう旨を伝えた。しかし,自宅方面への道路がこんでいて全く動かなかったので,携帯電話で自宅に電話を掛け,長男にジャンパーと長靴を持ってくるように指示し,自宅近くで長男と落ち合って本件火災現場に向かった。

(イ) 原告代表者の行動の不自然性及び供述の変遷について

a 原告代表者が本件建物に立ち入った理由に疑問があること

前記のとおり,原告代表者は,実母の衣類等がびしょぬれの状態であったため,これをストーブ等で乾かすために本件建物内に立ち入ったと説明している。しかし,本件建物が所在する築館地区では,平成17年12月15日以降,降水がなかったのであるから(乙3の1・55~56ページ),4日も前から外干しされていた衣類がびしょぬれの状態であったとはにわかに信用し難い。

原告代表者は,本人尋問では,2日前くらいに本件建物内に干したタオルケット等が少し湿っていたことから,それを乾かすために石油ストーブ等を付けたと述べて,衣類を干していた日数や場所等について供述を変遷させている(原告代表者17ページ)。しかし,原告代表者は,供述の変遷の理由について何ら合理的な説明をしていないし,原告代表者の上記供述を前提としても,朝から日が当たる本件建物内(原告代表者19ページ)に2日間も干されていた洗濯物が依然として乾いていなかったというのはにわかに信用し難い。

また,原告代表者は,入院先の実母に週2回の割合で下着を届けていたが,本件火災当日は別の下着を届けているのであり(原告代表者18~19ページ),わざわざ本件建物内に立ち入って,同所に干されていた実母の衣類等を乾かす必要があったかも疑問である。

以上に加え,従業員が,原告代表者が過去に本件建物内に洗濯物を干しているところを見たことがないと供述していること(乙3の1・53ページ,56ページ,乙3の2・66ページ,70ページ,74ページ)にも照らせば,実母の衣類等を乾かすために本件建物内に立ち入ったとする原告代表者の供述の信用性には大きな疑問がある。

b 火災の連絡を受けた後の原告代表者の行動が不自然であること

前記のとおり,原告代表者は,妻から携帯電話で本件火災の連絡を受けた際,パチンコ店にいたと供述しているが,これを裏付ける証拠はない。

また,上記パチンコ店は,原告代表者の当時の自宅(古川市c町d丁目e番f号g住宅h号棟)と本件建物との間にあるから(乙8),自社の工場の火災の一報を受けた原告代表者としては,何よりもまず火災現場に直行するのが当然であるのに,原告代表者は,ジャンパーと長靴を持参するために(原告代表者の供述によっても,これらを持参する必要性は不明である。),パチンコ店から約2.4km以上あり,通常車で10分程度掛かる自宅まで戻ろうとして,火災現場到着まで5~10分程度の余分な時間を費やしているのであり(原告代表者38~39ページ),不自然であるといわざるを得ない。

また,いかに混雑する時間帯であったとしても(原告代表者39ページ),古川市内の一般道路が全く動かないほど渋滞するとは考え難いし,原告代表者が,妻に対し,実際にはパチンコ店内にいたにもかかわらず,車の運転中であると述べて,自らの所在場所を偽っている点も不自然であるといわざるを得ない。(原告代表者は,本人尋問及び陳述書では,妻に運転中であると述べた事実を否認しているが(甲17・2ページ,原告代表者24ページ),供述の変遷について何ら合理的説明をしていないし,同人の妻が原告代表者から運転中であるとの説明を受けたと述べていること(甲18)に照らしても信用できない。)

ウ 原告及び原告代表者の属性並びに動機の有無などについて

(ア) 原告の経営状態が極めて悪化していたこと

a 従業員の稼働状況及び給料の支払状況

本件火災前,原告には4名の従業員がいたが,平成17年10月には,c及びdが,仕事がなく収入も全く見込めないことから退社し(ただし,dは,陳述書(甲28)において,会社を休んでいただけで,辞めたわけではないと述べている。),同年12月5日以降はeも仕事がなく自宅待機となった。そのため,本件火災当時,実際に稼働していた従業員はb一人であった。(乙3の1・53ページ,乙3の2・65ページ,71ページ,73ページ)

また,平成17年における従業員の稼働日数は月平均10日前後で,給料の支払も同年初頭から遅れており,同年9月以降は本件火災時まで給料を全く支給していない状況であった(乙3の1・31ページ,乙3の2・68ページ,74ページ)。

原告代表者は,平成17年9月分及び10月分の給料を支給していたと説明するが(甲16,23),客観的な裏付け証拠を欠いており,採用できない。

b 取引先との取引の状況

原告の主要取引先であるe株式会社からの加工料の支払額は,平成17年9月以降激減し,同年10月以降は発注が途絶えている(乙3の1・32ページ,35ページ,乙3の2・82ページ)。

また,原告は,株式会社fg営業所から週に2回くらいの割合で縫製ミシン糸等を仕入れていたが,平成17年10月上旬以降購入が途絶えており,9000円という小額の未収金すら回収できない状況となっている(乙3の1・32~33ページ)。

c 借入金の状況

原告は,平成15年10月7日,国民生活金融公庫から800万円を借り入れ,平成16年10月25日,追加で200万円を借り入れた。これに先立ち,原告代表者は,上記金銭消費貸借取引等を担保するため,平成15年9月29日,本件建物の敷地及び別棟建物等に根抵当権を設定した。(甲9)

これらの借入金に対する毎月の元金返済額は,800万円の借入れにつき10万円,200万円の借入れにつき3万4000円であったが,平成17年6月時点で遅滞が見られたことから,原告の申入れにより,返済期限を延長し,毎月の返済額を,800万円の借入れについては約6万5000円(元金及び利息の合計額),200万円の借入れについては約1万7000円(元金及び利息の合計額)に減額した。しかし,原告は,平成17年10月25日に支払うべき割賦金の支払を怠って期限の利益を喪失し,その後も返済を怠り,本件火災後は全く支払を停止している。(甲9・5枚目,乙3の2・45ページ,55~56ページ)

また,原告は,h銀行に対し,証書貸付2口の約700万円の借入金債務があり,毎月の返済額は約19万円であったが,上記の借入れのうち,約200万円の借入れについては遅くとも平成17年10月以降から支払を遅延したため,宮城県信用保証協会の代位弁済により,同協会に債権譲渡されている(乙3の1・17~21ページ,24~29ページ,乙3の2・45ページ)。

平成18年3月31日,本件建物の敷地等に設定されていた根抵当権に基づき,同敷地等について担保不動産競売開始決定がされた(甲9)。

d 決算報告書から分析される経営実態

f税理士は,平成15年1月期(平成14年2月1日~平成15年1月31日),平成16年1月期(平成15年2月1日~平成16年1月31日)及び平成17年1月期(平成16年2月1日~平成17年1月31日)の3期分の決算報告書を分析し,原告の財政状態及び経営成績は良好な状況ではなく,借入金に依存した資金運営を行っており,フリーキャッシュフロー(余剰資金等)の創出能力も高い状況にあるとはいえず,経営状態は良好な状況にあるとは考えられないとの意見を述べている(乙3の1・33~34ページ,乙3の2・87~131ページ)。

e 原告の経営状態についてのまとめ

以上の認定事実によれば,原告は,本件火災当時,多額の借財を抱えてその返済を滞らせていた上,収益の落ち込みや主要取引先からの発注停止,給料未払等による従業員の退社等,業績の悪化により極めて苦しい経営状態にあったことが明らかである。

(イ) 原告代表者が困窮した経済状態にあったこと

a 家計の収支

原告代表者によれば,同人の家計の収入は,原告からの役員報酬,各種年金,介護手当及び助成金を合わせて毎月約32万6300円であり,消費者金融に対する返済を除いた支出は月額約22万3500円であった(乙3の2・46~47ページ。乙3の2・46ページでは,毎月の収入の合計額が約33万8800円とされているが,長女の年金の月額計算に誤りがある。)。

b 消費者金融に対する返済額

本件火災当時,原告代表者は,少なくとも消費者金融5社から借入れをしており,借入残高は合計約435万円,返済額は毎月約17万4000円にも上っていた(乙3の2・46ページ,乙5の1~5)

借入先

借入残高

月額返済額

199万8555円

約8万円

78万5375円

約3万円

46万9979円

約2万円

10万円

約4000円

99万9090円

約4万円

合計

435万2999円

約17万4000円

c 原告代表者の経済状態についてのまとめ

以上のとおり,本件火災当時,原告代表者が,消費者金融5社に対し合計約435万円もの借入残高を有していたこと,原告代表者の家計の収入が月額約32万6300円であったのに対し,支出は生活費及び消費者金融に対する返済の合計で月額約39万7500円にも上っていたことからすれば,本件火災当時,原告代表者が経済的に困窮した状況にあったことが明らかである(なお,原告代表者は,a農業共済組合から受領した本件建物の火災共済金約370万円を工場の復旧等に使用せず,生活費に費消したと供述している(原告代表者34ページ)。)。

(ウ) 火災保険の加入状況及び保険事故により原告が受ける利益

a 前提となる事実のとおり,原告と被告との間で本件保険契約が締結されており,その目的及び保険金額は,建物800万円,じゅう器1500万円,商品等300万円の合計2600万円であった。

b 別棟建物については,原告と被告との間で,保険金額合計1000万円(建物500万円,設備・じゅう器等300万円,商品・製品等200万円)の火災保険契約が締結されていた(乙3の1・6~7ページ)。

c 本件建物は,原告代表者の母親名義でa農業共済組合との間で締結された火災共済契約の対象となっており,共済金は建物につき800万円であった。また,別棟建物も上記共済契約の対象となっており,火災共済金の額は,建物につき2000万円,家具類につき1200万円であった。(乙1の2・7枚目,乙3の1・7ページ)

d 以上のとおり,本件建物及び別棟建物には合計7600万円もの火災保険が掛けられていたところ,風向き,風速などの天候状態や,火災の発見・通報,消火活動の遅れ等の要因いかんによっては,本件火災が,本件建物のみならず,これと連結状態にある別棟建物にまで燃え広がる可能性があった。そして,本件火災により,両建物が焼損すれば,原告は多額の保険金を取得できる立場にあった。

(エ) 放火に伴うリスク等

その一方で,本件火災当時,本件建物及び別棟建物が無人であったこと(原告代表者の父は平成11年に他界し,母は平成15年ころから入院生活を送っていた(乙3の2・39ページ)。),本件建物等の周囲に近接する建物等はなく,他人所有建物等に延焼する可能性は極めて小さい立地条件にあったことからすれば,放火により人的被害が発生したり,第三者の所有建物等に延焼するなど,被害が拡大するおそれは大きくなかったと認められる。

エ 過去の火災の状況と保険金取得歴について

原告(当時の商号は,有限会社n商事)は,平成12年12月2日,栗原郡i町jk番地所在の縫製工場の火災により,被告から火災保険金合計4012万2163円(内訳は,損害保険金3143万0053円,臨時費用500万円,取片付費用29万2110円,失火見舞費用40万円,店舗休業保険金300万円)を受領した(乙2の1~9,弁論の全趣旨)。

前回の火災は,出火時刻が午後6時20分ころ(乙2の1),出火場所が縫製工場内の作業台付近,出火原因が不明とされており(乙2の2),火災前に最後まで工場にいたのが原告代表者であることや,同人が施錠して退出後,無人の建物内から出火していること(乙2の6)など,本件火災と類似する状況が認められる(原告代表者は,本人尋問において,最後まで工場にいたのは自分ではない旨供述するが(原告代表者30~31ページ),同人に対する質問調書(乙2の6)の内容に照らして信用できない。)。

そして,原告及び原告代表者は,被告から受領した前記保険金のうち,施設賠償費や作業場改修費等に約1000万円を使用したが,残りを社会保険料未納分,妻や消費者金融等に対する借金の返済等に当てて,借金を完済するなどした(乙3の1・70ページ,乙3の2・50ページ,原告代表者33ページ)。

オ 原告代表者の出火原因に対する態度について

本件火災は,原告の工場内で発生したものであるから,本件火災が不審火又は失火によるものであれば,たとえ消防署が出火原因を不明であるとしていても,原告代表者としては,火災の原因が何であるか,再発を防止するためにはどうすればよいかなど,出火原因につき強い関心や疑問を抱くのが当然である。ましてや,原告は,約5年前にも同様の状況で発生した原因不明の工場火災に見舞われているのであるから,原告代表者としては,再び発生した本件火災の出火原因について,より一層強い関心を抱いて当然である。

それにもかかわらず,原告代表者は,出火原因について何も考えていないし,前回の火災についても原因は分からないなどと供述しているのであり(原告代表者9ページ,29ページ),このような原告代表者の出火原因に対する無関心な態度は極めて不自然であるといわざるを得ない。

カ 原告代表者の関与についてのまとめ

以上に認定したとおり,本件火災は,施錠完全な建物内部への放火であること,原告代表者のほかに本件建物のかぎを所持していた家族及び従業員に放火の動機があったとはうかがわれないこと,本件火災の前後における原告代表者の行動に不自然な点が多々見受けられること,原告が極めて苦しい経営状態にあり,原告代表者も経済的に困窮していたこと,本件建物及びこれと隣接する別棟建物には総額7600万円もの火災保険が掛けられていたこと,放火により第三者等に被害が拡大するおそれは大きくなかったこと,原告が約5年前にも同様の状況で工場火災に遭遇し,被告から4000万円を超える保険金を受領して,その相当部分を借金の返済等に当てていること,原告代表者の出火原因に対する無関心な態度が不自然であることを総合すれば,本件火災は,原告代表者が,経済的な苦境の中,借金の返済等のため,火災保険金取得を企図して,本件建物に故意に放火をしたことにより発生したものであると認められる。

(4)  争点(1)についての判断のまとめ

以上によれば,本件免責条項により,被告は,原告に対し,保険金支払債務を負わないというべきである。

2  結論

よって,原告の請求は,そのほかの争点について判断するまでもなく,理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 中丸隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例