大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 平成12年(ワ)182号 判決

主文

被告人は無罪。

無罪とした理由

第一 本件公訴事実の要旨

本件公訴事実の要旨は、第一に、「被告人は、甲野花子(当時三四歳。以下「花子」という。)を強いて姦淫しようと企て、平成一一年七月二日午後一〇時ころ、宮城県名取市手倉田字堰根〈番地略〉所在の当時の被告人方(以下「被告人方」という。)において、花子に対し、その背部を後方から突き飛ばして同室内の床に転倒させ、その胸腹部を手拳で数回殴打し、その両腕を所携のビニールひも及びガムテープで緊縛した上、その腹部にまたがり、その口を両手で押さえながら、語気鋭く『騒いだら殺すぞ。』などと申し向け、所携の刺身包丁を示すなどの暴行・脅追を加え、その反抗を抑圧して、強いて花子を姦淫した。」(以下「本件強姦の事実」という。)というもの、第二に、「被告人は、上記強姦の際の暴行、脅迫により畏怖している花子から金員を喝取しようと企て、同月三日午後一時ころ、仙台市太白区長町南〈番地略〉所在の株式会社庄子デンキ電激倉庫長町南店駐車場に駐車した普通乗用自動車内において、花子に対し、語気鋭く、『日本信販ならここだ。金を借りてこい。逃げたり下手なまねはするなよ。家族がどうなるか分かるか。』などと申し向けて金員の交付を要求し、その要求に応じなければ、花子及び花子の家族の生命・身体等に危害を加えるかもしれない気勢を示して脅迫し、その旨花子を畏怖させ、花子をして同駐車場設置の株式会社クレディセゾン庄子デンキ長町南店キャッシュディスペンサーから現金一〇万円を引き出させた上、そのころ、上記自動車内において、上記現金一〇万円の交付を受けて、これを喝取した。」、第三に、「被告人は、上記強姦、恐喝の際の暴行・脅迫により畏怖している花子から金員を喝取しようと企て、同日午後四時四〇分過ぎころ、上記駐車場に駐車中の普通乗用自動車内において、花子に対し、語気鋭く、『一〇万円では足りない。もっと金を借りてこい。』などと申し向けて上記同様に脅迫し、その旨花子を畏怖させ、花子をして上記キャッシュディスペンサーから現金三〇万円を引き出させた上、そのころ、上記自動車内において、上記現金三〇万円の交付を受けて、これを喝取した。」(上記各恐喝の公訴事実を以下「本件恐喝の事実」という。)というものである。

第二 争点

一 本件強姦の事実について

本件強姦の事実については、平成一一年七月二日夜、花子が被告人と会い、被告人方に被告人と共に赴いたことは争いがなく、関係証拠上も明らかである。しかしながら、その後の状況について、花子は、名取のアパート(被告人方)の四畳半間で被告人から公訴事実記載の暴行・脅迫を受けて強姦されたと証言するのに対し、被告人は、同日夜は花子と性交しておらず、同月四日夜に同アパート内で花子と性交したが、これは花子から求められて応じたものであり、合意によるものであると供述している。

したがって、本件強姦の事実における争点は、被告人と花子の間の性交の日時の点もあるが、その核心は、要するにこれが強姦か和姦かということに存する。そして、花子の証言と被告人の供述は、強姦か和姦かという犯行状況の本体部分のみならず、知り合うまでの経緯、被告人方に赴くまでの花子の行動、告訴に至るまでの花子側の対応など種々の点で大幅に食い違っているので、いずれが信用できるのか、多岐にわたり検討する必要がある。

二 本件恐喝の事実について

また、本件恐喝の事実についても、公訴事実記載の日時場所において、花子が、同記載のキャッシュディスペンサーからそれぞれ一〇万円と三〇万円の現金を引き出していること、うち、三〇万円が花子から被告人に交付されていることについては、争いがなく、関係証拠上も認められるところである。その上で、花子は、この現金交付をいずれも強姦の際及びその後の暴行脅迫により畏怖させられ、被告人に喝取されたものであると証言するのに対し、被告人は、前記のとおり強姦を否認する供述をしている上、一〇万円については受け取っておらず、三〇万円については、自己の当時営んでいた探偵業に対するスポンサー料ないし出資としてもらったものであると供述している。このように、本件恐喝の事実における争点は、一〇万円の交付の有無及び三〇万円の交付の趣旨の点にも存するが、その核心は、前提となる被告人による強姦及びこれに続く暴行、脅迫の有無であり、その帰すうが本件恐喝の事実の成否を決定づけるというべきである。

三 検討の指針

ところで、本件においては、花子の証言及び被告人の供述以外に強姦か和姦かに関する判断の決め手となる証拠はないから、以下、花子の証言及び被告人の供述の要旨を摘示した上で、花子証言の信用性を被告人供述を含む関係証拠に照らして検討していくこととする。

第三 花子の証言の要旨

花子が当公判廷において証人として供述した要旨は次のとおりである(以下「花子証言」という。)。

一 被告人と知り合った経緯

私は、仙台市内の病院に看護婦として勤務している。被告人と知り合ったのは、私がかつて依頼した興信所「○○リサーチ」の経営者乙野こと乙田太郎(以下「乙野」という。)の事務所に電話したとき、被告人が出たことからである。

私は、平成八年一月ころ、中学校の同級生であった丙野次郎(以下「丙野」という。)と不倫関係を疑われて、自宅周辺に中傷文をばらまかれるという嫌がらせを受けた。また、丙野の妻からも自宅などに嫌がらせの電話がしつこくかかってくるようになった。丙野との不倫関係は事実無根である。そこで、同年二月ころ、犯人を特定するために興信所に調査を依頼し、乙野が担当したが、その結果、同年三月末ころ、乙野が間に入り、丙野との間で、今後丙野側が嫌がらせをしないこと、私が警察に被害届を出さないこと、私と丙野の不倫が事実無根であることを相互に確認し、和解金として丙野が私に四〇〇万円支払う旨の示談が成立した。

この示談金の支払については、乙野が丙野から預かり、嫌がらせが三か月ないことと、私が警察に被害届を出さないことを確認した上で、私に支払うこととされていたが、乙野はこれを勝手に使い込んでしまい、やむなく私に返済することを約束する内容の公正証書を作成するなどした。しかし、乙野は、その後も私に合計で約一五〇万円しか支払わなかった。そこで、私はその残金の支払を乙野に求めていたが、乙野は、支払を求める私に対し、大声で怒鳴ったり、「やくざに手を打った。」などと言って脅して、支払に応じなくなり、平成一一年六月上旬に一部を支払ったのを最後に支払わなくなった。そのような中で、同月上旬ころ、乙野の事務所に電話をかけたとき、被告人が応対に出て、被告人を初めて知った。

その後、同月下旬ころ、被告人から私の自宅に電話があり、直接会って話をした。被告人は、乙野の被害者の代表であり、被害者をこれ以上出さないために協力してほしいと私に言ってきた。また、被告人から、乙野が、私と同様に返済請求している女性に対して、秋田で興信所をしている丁野という者と組んで、その女性を車で拉致してホテルに連れ込んで乱暴して、ビデオや写真を撮ったりして請求をあきらめさせたことがあるが、その女性にも協力を求めたけれども、世間体があるので告訴はできないと断られたという話も聞かされ、そういうこともあるので乙野から全面的に守ってあげますからと言われた。そして、被告人は、私が乙野に対して有している前記の公正証書についても、債権回収をするのではなく、刑事事件として詐欺の証拠として使いたいので貸してほしいと頼んできた。

私は、被告人の話を信用してしまい、その後事件前に二、三回くらい会って、公正証書も渡した。

二 被告人方に行った経緯

同月三〇日、仕事が終って、夫甲野一郎(以下「一郎」という。)と子供と自宅に帰る途中の車の中で、私の携帯電話に被告人から電話があった。その内容は、「自分の後輩にハッカーがいて、乙野の事務所の電話を盗聴していたら、乙野が花子のことをやくざに依頼している内容のテープが取れた。家族のことを守りたかったら、一週間くらい毎日違うビジネスホテルに泊まって身を隠した方がいい。お金がなければカードを持ってくればいい。居所を突き止められないように偽名で予約した方がいい。とにかく急いだ方がいい。危ない。」というものであった、私は、それを聞いて怖くなり、恐怖心で一杯になった。被告人の述べる話は本当だと思い、信用してしまった。そこで、車の中ですぐに一郎に相談した。そして、自宅の玄関に防犯ブザーを取り付けたり、空き缶にビー玉を詰めたものをドアに取り付けて、開けたら音が出るようにした。また、宮城県登米郡東和町にある私の実家に電話をかけて、母に子供を預かってもらえるように頼み、それまでの間の保育園の送迎は一郎に車でしてもらえるように頼んだ。

翌七月一日、被告人から電話があり、どうすることになったかを尋ねてきた。私は、実家に子供を預け、自分はビジネスホテルに泊まることにしたと答えた。すると、被告人は、乙野が雇ったやくざが私のことを尾行しているので、夫の車で子供を実家に連れて行くのはやめた方がよい、電車で行った方がいいなどと言ってきた。

私は、同月二日は仕事を休み、子供を電車で実家に連れて行って母に預けた。母には、ストーカーに追われている説明した。そして、私自身は身を隠すため、職場の近くの「ビジネスホテル××」を予約し、同日夜七時半ころ東北本線新田駅発の電車で仙台に戻った。電車に乗ってから一郎に連絡を取り、子供を実家に預けてこれからビジネスホテルに泊まる旨伝えた。その後、午後八時過ぎころ、被告人から携帯電話に電話があり、今どこにいるのか聞かれた。私が、あと三〇分くらいで仙台駅に着くこと、「ビジネスホテル××」を予約したことを告げると、被告人から、そのホテルはカードキーかと聞かれた。被告人は、カードキーでないと拉致するのは簡単だと言い、「甲野さんにはやくざの尾行が着いているから、ビジネスホテルでもカードキーでないと拉致される。自分の所には婚約者だった彼女との離れもあるし、犬も飼っていて吠えるし、自分は空手もやっていたから、自分の所に来るのが一番安全だ。(仙台駅前の)ビブレ前で車で待っているから急いで来るように。」と言われた。私は、被告人に対し、電車の中でも尾行されている気配がないと言ったら、被告人は、「素人に分かるように尾行するわけないだろう。何人ものやくざが甲野さんを尾行していて危ないので、急いで自分の車の所まで走って来るように。」と指示してきた。私は、乙野から守ってくれるとはいえ、男性の家に泊まることには抵抗があったから、この段階では、被告人の家に泊まることを了解した返事はしていない。

仙台駅には午後九時前ころに着いたと思うが、やくざの尾行があると思ったので、走ってビブレ前まで行った。すると、被告人が車で待っており、私は被告人から促されるまま、助手席に乗車した。被告人は、尾行があるからと何度も右折を繰り返したり、道路をぐるぐる回るなどしながら走りだした。そのような被告人の行為を見て、本当に尾行されていると思った。一時間くらいして、被告人の自宅に着いた。被告人が玄関を開けると中から犬が二匹出てきた。被告人は、自分がキリスト教信者であると何度も言っていたし、犬がじゃれついてきたので、動物を好きな人なら本当に親切な人なのかもしれないと思った。被告人の家に上がったが、被告人の家に泊まることはまだ承諾していなかった。奥の部屋の引戸の前まで案内され、「ここが彼女の部屋だから使っていいから。」と言われた。

三 強姦の被害状況

私が引戸を開けて中を見たとたん、被告人に後ろから突き飛ばされた。私は、部屋の中の段ボールにぶつかって仰向けに倒れた。何があったのか訳が分からなかった。被告人は、倒れた私の前にしゃがんで私の上半身を起こすようにして、私の洋服を胸元まで引き下ろした。私の当時の着衣は、上半身はワンピースの上にメッシュのカーディガンを着ており、スリップは着けていなかった。下は下着とストッキングだった。私は、あわてて、手足を動かして暴れて抵抗したが、言葉は特に出さなかった。被告人は、それに対して、私のみぞおちや腹部を手拳で二、三回くらい思い切り殴ってきた。私は、息が止まるような感じで、意識がもうろうとした。殴られてからは、私は仰向けに倒れた。被告人は、私の頭の方にあった木製の茶色の棚から引っ越しなどで使うような青いひもを取り出し、それを使って私の両手首と首を縛った。その縛り方は、胸の前に両手首が来るようにされ、首も一緒に一本のひもで縛られ、手を動かすと首が締まるようなものだった。更に手首から肘にかけてガムテープでぐるぐると巻かれた。被告人は、ワンピースの下に手を入れてきて、ストッキングとパンティを膝のあたりまで下げた。上半身は、ワンピースとブラジャーを乳房が見えるくらいまで押し下げられた。私は大声を上げた。すると、被告人は、私の上に馬乗りにまたがって両手で口をふさいできた。そして、「騒いだら殺すぞ。」と脅すような口調で言ってきた。被告人は、百円ライターをズボンのポケットから取り出して、「髪に火を付けるぞ。」と言いながら、火を付けて見せ、私の手の甲や頬に火を押し当てた。どちらの側の手の甲だったか、頬だったかは覚えていないが、押し付けられたところは、水泡にはならなかったものの、やけどの跡が残っていた。私は、恐怖で身体が硬直して動かなくなった。泣いた。その後、被告人は、私のお腹に引き下げられた以外の着衣をすべてはぎ取り、私を裸にした。私は、裸にされたので、体を動かして抵抗したら、扉が開いたままの押入れから長い箱を取り出してきて、にやにやしながら箱を開けて、中の包丁を見せた。その包丁は、私が見たことのないくらい長い包丁で、三、四十センチくらいはあったように思う。箱の色や長さから、示された箱入りの包丁(甲9)に間違いない。顔の三〇センチくらいの所に示されて、この包丁で殺されると思い、包丁を見せられてからは一切抵抗できなくなった。

被告人は、仰向けの状態の私に馬乗りになったまま、私の口の中に舌を入れてきて、乳房を触ったり、なめたりしてきた。そして、陰部をさわってから無理矢理陰茎を挿入してきた。被告人は、しつこく「声を出せ。」とか「気持ちよくないか。」とか聞いてきた。何度も挿入の繰り返しをした。さらに、被告人は、部屋に転がっていた五〇〇ミリリットルのペットボトルとか茶色い薬の瓶を私の陰部に挿入したり、乳首をひもで縛って痛みを与えたりした。そして、腹部のワンピースの上に射精した。

被告人は、その後、「女なんて殴って犯せば、みんな喜んで言うことを聞くようになるんだ。お前も今日から俺が調教してやるからな。ビデオを撮って大阪の業者に売る。ポラロイド写真を撮る。」とか言い、私の顔に二回つばを吐きかけて部屋を出て行った。犯された時間は、何時ごろかは覚えていないが、仙台駅に午後九時ころ着き、移動に一時間くらいかかったから、午後一〇時過ぎころだと思う。

自分は縛られたまま部屋に残され、乱暴され放心状態で、逃げたり警察に通報することは考えられなかった。逃げて捕まったら包丁で殺されると思った。

我に返ったのは、被告人に出掛けるから服を着ろと言われた時で、翌三日の朝になっていた。午前一〇時を過ぎていたのではないかと思うが、私は、それまでは、縛られたまま横になって放心状態だった。被告人から、服を着ろと言われ、脱がされた服を捜したが見当たらなかったので、持っていた着替えを着た。ひもやガムテープは解かれていたが、いつ解かれたのかは気が付かなかった。

四 恐喝の被害状況

私は、被告人に言われるまま被告人が運転する自動車の助手席に乗って、ファミリーレストランに連れて行かれた。被告人は、私に、「逃げたり下手なまねはするなよ。」、「逃げたら強姦したことを旦那にばらすし、子供も殺す。逃げたら乙野が尾行しているから、拉致されて殺されるぞ。」などと脅してきたので、私は、被告人の言いなりになるしかないと思った。このころには、被告人と乙野は、もしかしたら最初からぐるではないかと思うようになった。ファミリーレストランでは、ショックと恐怖で食事がのどを通らず、食べることができなかった。被告人は、私の携帯電話と結婚指輪を取り上げた。食事代は三、四千円だったが、私が払わされた。食事の後、また車に乗せられ、被告人から「カードを持ってきたか。どこのカードを持ってきたんだ。」と脅すような口調で尋ねられた。私が「日本信販一枚だけです。」と答えると、被告人は、私を車で太白区長町南の「電激倉庫」の駐車場にあるキャッシングの機械の所に連れていった。そして、被告人は、私に「金を借りてこい。」と脅すような口調で命じてきた。私は、被告人の言うことを聞かないと、殺されたり、私だけでなく、一郎や子供にも危害が加えられるのではないかと思った。被告人は、金額は指定しなかったが、余り少ないと被告人が腹を立てるのではないかと思い、とりあえずキャシングの機械から一〇万円を借りて被告人に渡した。被告人は、明細書も出せと言い、これを見せると、「何だ、五〇万も借りられるのか、まだ四〇万借りられるじゃないか。」と言った。被告人は、現金と明細をズボンのポケットにしまった。

私は、いったん、被告人方に車で連れ戻され、被告人は、その後一人でどこかに出掛けて行った。私は、被告人から、「逃げたらどうなるか分かっているな。」と言われ、仕方なく前記強姦の被害に遭った奥の四畳半の部屋にいた。私は、逃げたいと思ったが、乙野の手配したやくざに拉致されると思って外に出られなかった。警察に通報することも、警察にすべてを話さなければならず、一郎に知られるのが怖くて相談できなかった。

そのうち、被告人が戻ってきて、「もっと金を借りてこい。三〇万借りてこい。」と脅すような大声で言ってきた。私は、被告人にこれまでされたことで言いなりになるしかなかった。さっきと同じ場所に連れて行かれ、カードで同じように三〇万円を引き出し、車の中で被告人に渡した。被告人は、その現金をポケットにしまった。被告人は、私から借りたとか、もらったとか言っているが、そのような事実はない。

五 犯行後の状況

その後、また被告人の家に連れ戻され、逃げられない状態で拘束されていた。私が自宅に帰ったのは、七月一〇日の午前七時前後と思う。それまで、被告人方にそのままいた。

この間、被害を受けていることを気付かれないように、被告人から、毎日一郎に電話をかけるように命じられ、私は、一郎に対し、無事にビジネスホテルに泊まっているから心配はいらないと電話口で話させられた。また、「逃げたら、旦那にばらすし、子供を殺す。警察に言ったらどうなるか分かるな。」と脅された上、同月五日からは、いつもどおり職場にも出るように言われ、被告人に車で送られ、仕事が終わると被告人が待っていて、車で被告人方に連れ戻された。被害に遭ったことを知られたくなかったから、職場の人にも助けを求めることはできなかった。

被告人方に軟禁されている間、毎晩のように、無理矢理性交渉を求められた。

被告人が出掛けたすきに逃げ出したこともあったが、すぐに被告人に車で追いかけられて連れ戻され、被告人から、殴る蹴るの暴行を受けた。

同月九日には、出勤した際に、被告人から逃げようと職場から携帯電話で「ビジネスホテル△△」に予約して、勤務後走るように逃げた。しかし、その後、携帯電話に被告人から何度も電話がかかってきた。表示される番号で被告人と分かったので、始めは電話に出なかったが、何度もかかってきたので、そのうち怖くなって電話に出てしまった。すると、被告人は、「今どこにいるんだ。」と大声で怒鳴り、私がビジネスホテルにいると言ったら、「そんなに子供を殺されたいのか。後輩のハッカーが乙野の事務所の電話を盗聴していたら、旦那の自動車のナンバーから陸運局に行って、戸籍や住民票を取ったという内容のテープが取れたんだぞ。そんなに乙野とやくざに拉致されたいのか。そこの居場所を教えてやる。早くサンクスの前まで来い。」と大声で怒鳴りつけられた。被告人も怖かったが、乙野も怖かったので、被告人の言うとおりにした。被告人方に連れ戻され、頭や腹を殴る蹴るされ、そのまま暴力的にセックスされた。

このままでは殺されると思い、同月一〇日の朝五時過ぎ、被告人が眠っているすきに外に逃げ出した。ひどい雨だったが、逃げ出した。玄関の鍵を開けるときに大きな音がして、被告人に気付かれ、すぐに車で追いかけられて、また捕まってしまった。私は、被告人に警察に行くと行った。車の中で被告人から頭を拳で殴ったり足を蹴ったりされ、「おれは、愛情のない家庭で育った。子供を殺すなんてわけない。」と脅された。本当に被告人に何をされるか分からないと思ったし、乙野にも何をされるか分からないと恐怖心で一杯になった。しかし、被告人は、私が警察に行かないようにしたかったのか、私を自宅前まで車で連れて行き、別れ際に「乙野に旦那と一緒に殺されろ。」と脅すような口調で怒鳴って、私を車から降ろした。

この間に被告人から受けた暴行のため、私の腕や胸や足は内出血で黒くあざだらけだった。また、同月二日に強姦されてから、下血が続くようになった。それまではなかった症状であり、強姦によるショックとストレスが原因だと思う。その後もずっと続いたため、病院で治療し、平成一二年三月からは入院した。

自宅に帰っても、一郎に被害に遭ったことは話すことができず、傷も隠していた。

その後も被告人から現金を脅し取られたり、ホテルに呼び出されて二、三回無理矢理犯されたり、七月末ころ、引っ越しの手伝いを無理矢理させられたりした。そして、同月八月上旬ころ、妊娠に気付いた。私は、同月五日に五橋の被告人の事務所に連れて行かれて、債権譲渡の書類に署名をさせられたが、そのときに、被告人からセックスをされそうになり、被告人に妊娠していると言った。そうしたら、被告人は、私の服を脱がせるのをやめて、「明日、朝七時にセブンイレブンまで来い。」と言われ、そのとおりにすると、被告人から車に乗せられ、「旦那に分からないように始末しろ。」と言われ、腹部を握り拳で殴られ、「こうやって流産させることもできるんだ。」と言われた。戊野産婦人科医院で受診し、中絶手術することを決めた。手術は次の日、同月七日に受けた。費用は私が負担した。一郎とはそのころ性交渉が全くなかったし、妊娠した時期を逆算すると、被告人に強姦されて妊娠したことに間違いない。私は、その後も被告人に現金を脅し取られたが、もうどこからも借りられるお金がなくなると、カードでパソコンを買わされた。しかし、その代金も支払えないし、それまでに借りて都合した金も返済していくことができなくなっていた。これ以上脅され続けては、生活が破綻し、死ぬしかなくなると思い、一郎に被害を打ち明けることを決心し、同年九月一七日に自宅ですべてをうち明けた。私は一郎に告訴を考えていると言ったが、一郎は、「警察に言っても笑われるだけ、惨めになる。忘れてしまった方がいい。」と言って、告訴には反対した。しかし、どうしても許せなかったので告訴した。その前に、八島弁護士に相談し、被害状況を忘れないために、ワープロで文書にまとめ、後で手書きで加筆した。そのメモは警察と八島弁護士に渡してある。

なお、私は、夫に被害を打ち明ける前に、同年七月末ころ、友人の甲田春子と安比で開かれたロックコンサートに泊まりがけで出掛けたとき、同人に強姦の被害に遭ったことを打ち明けている。

第四 被告人の供述要旨

これに対し、被告人の当公判廷における供述の要旨は次のとおりであり、これは捜査段階から一貫するものである。

一 花子と知り合う経緯

私は、乙野の事務所に出入りするうちに、乙野から探偵に向いているのではないかと言われ、自分で勉強して探偵を始めた。しかし、乙野のやり口が余りに汚いと考え、その後、丙田探偵事務所の名称で探偵業をしている丁田三郎(以下「丁田」という。)と結託して、乙野を探偵業界から追放しようとしたこともある。

花子のことは、まだ乙野の事務所に出入りしていたころ、乙野から聞いて知っていた。平成一一年一月ころ、花子が乙野の事務所にかけてきた電話を、いやがらせだろうと従業員が誰も取らないのを仕方なく私が取ったことがある。乙野からは、花子のことについて、「金返せとか、カタにはめるぞなどという同じ内容のファックスを一〇〇通も送ってきた女がいた。」などと聞いていた。

花子と直接会うようになったのは、同年六月中旬ころ、私の探偵社の電話にかけてきて、それが私の携帯電話に転送されてきた。その電話で、花子は、「乙野を業界から追放するために、派手にやっているんじゃないか。」などと言い、「私も乙野を追放するねた持っているから一緒にやらないか。」と言ってきた。そこで、その日に会ったのではないかと思う。花子は乙野のことについて、三〇〇〇万円の仕事をしたらしいと話しており、そこから公正証書のある二七〇万円くらいを回収してほしいということだった。私は、やれるかやれないか分からないが、考えてみると答えた。花子は、にこにこ笑っており、乙野のことを怖がっている様子はなかった。私は、乙野の差し金による接近ではないかとも思い、警戒したが、花子を乙野追放の共同歩調を取っていた丁田に紹介することにし、居酒屋で丁田に引き合せた。しかし、その時は花子と丁田がけんかになってしまった。なお、花子の債権回収については、自分ではやらずに、花子に山田弁護士を紹介した。

二 花子が被告人方を訪れた経緯

花子が私の借家に初めて来たのは同年七月二日である。そのようなことになったのは、その前ころに、花子は、乙野に敵対する私の側に付いたため、乙野から仕返しされると考えていたようで、「髯をはやした男が尾行したり、保育所にやってきたりしている。」などと、あたかもその髯の男が乙野であるかのように話してきた。私は、花子の作り話と思っていたが、一応「そんなに怖いのなら身を隠したら。」というアドバイスはした。私からは、ホテルに泊まることを勧めるようなアドバイスはしていないが、花子は、ホテル代を借りに実家に行ったようだ。花子は、「実家に金を借りに行ったが、実家では金を貸してくれず、怒られた。」と話していた。花子は、私に依頼してきたとき、乙野から回収しなければ生活が成り立たないと言っており、金を持っていないし、金を借りられるカードも持っていないと思っていたので、私が、友達の所にでも泊まればいいのではと言った。しかし、花子は、友達に迷惑を掛けられないなどと言っており、結局私の借家に来ることになった。子供のことについては、実家に預けたと言っていた。

三 被告人方に滞在中の花子との関係

花子は、七月二日に私の借家に来たが、私とは一つの部屋では寝ておらず、別々の部屋で寝た。私は犬と寝ていた。だからその夜は性交渉自体がない。

翌同月三日は、花子は、金を脅し取られたと主張しているが、花子が「日本信販のカードでいくらくらい使えるか分からないから、どこか場所を知らないか。」と私に言ってきて、犬の散歩に出掛けるつもりだったが、それを取りやめてキッシュディスペンサーのあるところに連れて行ってやっただけであり、金を下ろしたのは、花子だし、私は車の中にいたから、いくら下ろしたか自体分からなかった。花子は、その後、一〇万円下ろしてきたと話し、どこか行こうよと行ってきたので、食事だけすることにした。当時、私の探偵業は、電話料金の滞納などで電話も繋がらなくなっていたが、花子は、私に「このまま会社をつぶしたら、乙野に負けたことになるだろう。私がスポンサーになってあげる。」などと言って、同日午後四時ころ、先ほどのキャッシュディスペンサーから三〇万円を下ろして、私の借家に帰ってからその現金の手渡しを受けた。私から頼んだことではなく、花子が勝手に言い出したことである。先に花子が下ろした一〇万円は、花子が自分で持って使っており、私がその日の夕方、仙台市泉附近で用事を足している間、タオルケット、クッションを買うなどしていた。

花子は、その日の夜も私の借家に泊まっているが、この日も肉体関係は持っていない。ただ、花子から求められ、ひもで花子の身体を縛り、愛撫してやったことはある。

同月四日も、花子は借家にいて、午後七時ころ、私がセックスを強要された。花子は、上半身の着衣の肩ひもを外して、「スポンサーになってあげたんだから、この位しなさいよ。」と言ってセックスを求めたきた。私は、花子は元々好みのタイプではなかったが、三〇万円の提供を受けていたので、渋々性交に応じた。そのため、陰茎を花子の陰部に挿入はしたが、射精せずに陰茎がすぐに萎えてしまい、花子に「役立たず。」となじられた。その後、深夜になって、花子は帰ると言い出し、始発電車が出ていない時間なので、早朝に私が車で花子を自宅近くまで送った。

四 花子が帰宅した後の状況

花子が私の借家に滞在している間に、引っ越し予定であることは告げてあったところ、花子は七月末ころ、引っ越しの手伝いに来てくれた。

花子に妊娠したと告げられたのは八月の始めであり、私が不思議そうな顔をしていたら、「コンドームしていてもセックスすればできる可能性はあるのよ。」などと言って、手術代を用意してほしいと言われた。

八月か九月ころから、花子からストーカー攻撃を受けるようになった。市販の請求書に「金返せ」などと大書したような同じ内容のものを一気に連続して五、六通よこすようなもので、毎月五万円返せなどとも書いてあった。ストーカーはそれだけでなく、電話での嫌がらせも続き、事務所で雇っていた従業員を殺すというような話を電話で平気でしてきた。「カタにはめてやる。」などというようなやくざの使う言葉で脅してきた。私自身については、「いたぶって刑務所に入れてやる。」などと言っていた。今現に私は、花子の告訴により被告人の立場に置かれている。

第五 当裁判所の判断

一 花子証言それ自体の基本的信用性

前記の花子証言は、被告人から本件強姦及び恐喝の被害に遭った状況はもとより、花子が被告人と知り合った経緯、平成一一年七月二日に花子が被告人方に行った経緯、さらに被害後告訴を決意するまでの状況などについて、克明かつ詳細に供述しているものである。特に前記第三の三の本件強姦の事実に係る被害状況は、実際に被害に遭った者でなければ語り得ない迫真性のある供述を内容とするものであり、女性にとってはこの上ない屈辱的な虐待・陵辱の状況を、そのような事実がないのに虚偽として供述するということは、なるほど通常は容易に想定することができず、この点に着目すれば、その信用性は基本的に高いと評価することもできる。

二 花子証言に疑義をいれるべき事情

しかしながら、花子証言には、次のとおり、他の証拠と整合せず又はそれ自体不自然な供述部分を少なからず含んでおり、その信用性については、慎重に評価すべきであると考えられる。

(一) 花子が平成一一年七月二日に被告人方に行った経緯に関する説明の不自然性

前記第二の一のとおり、花子が平成一一年七月二日、被害を受けた現場であるとする当時の被告人方に行ったことは争いがないところ、強姦か和姦かが争われる本件においては、どうして花子が被告人方に赴くことになったのかは、重要な事情というべきである。花子は、その理由として、前記第三の一、二のとおり、要するに、被告人から、乙野に狙われ、拉致される危険があると言われ、これを真に受けて著しい恐怖感に陥り、難を避けるためには、ビジネスホテル等を転々とするなどして身を隠した方がいいなどとアドバイスされたため、それに従ってビジネスホテルを予約したが、更に被告人から、カードキーのホテルでなければ拉致の危険は避けられず、むしろ自分の家に来た方が安全であると勧められたため、被告人方に赴くことにした旨説明している。そして、男性である被告人の家に赴くことには抵抗があり、宿泊することまで了解したわけではないとしながら、被告人から促されるままに被告人方に赴き、居宅内に上がり込んだ理由としては、それまでに「やくざに手を打った。」などと脅かされて預り金の返済請求を断念させられ、ただでさえこれ以上かかわりたくないと思っていた乙野から、今度は手配したやくざ者により拉致され乱暴されるなど、直接的な危害を加えられるかもしれない旨の情報を被告人から得て、その脅威におびえていたというのである。

なるほど、花子は、乙野がやくざに依頼して花子を拉致しようとしている旨の被告人からの情報提供に接し、直ちに警報ブザーを買い求め、更に一郎の自作に係る警報装置と併せて自宅玄関ドアに取り付けるなどし、長男を実家に預けるべく、実母に相談して休暇を取ってもらい、休暇が取れ次第、長男を実家に預けに行き、しかも、やくざに一郎が運転する自動車のナンバーも把握されているとして、自動車ではなく電車で実家に行くことにし、「ビジネスホテル××」の予約も取ったというのであり、これらは、そのような脅威を前提に、これを回避するために具体的な行動を取ったものとして、その限りでは、事態の推移としての自然さと合理性を備えているといい得る。

しかしながら、他面、次の①ないし⑤の点も指摘せざるを得ない。

① 花子は、被告人の話を疑いなく信じてそのような行動に出たというのであるが、被告人が話したとされる花子の身の危険は、およそ健全な社会生活を送っている一般人が日常生活上遭遇することが想定されるような事態ではなく、いわゆるサスペンスドラマ張りの現実味の乏しい事柄とも評し得るものである。そのような情報を、面識ができたばかりで、信頼関係が醸成される基盤もまだ形成されていないとうかがわれる被告人から聞かされ、たやすく信用した(しかも、夫一郎も一緒になって)ということ自体に、首肯し難い面がある。そして、当時の花子の生活の周辺に、そのような危険を現実のものとして感じ取ることがもっともであるというような事象が生じていたこともうかがわれない(花子は、返済請求に対して乙野から、やくざを使う旨脅されたというが、一方では、口だけで大したことはないとも思っていたとも述べている。)。

② また、花子は、他方では、看護婦として勤務する自己の身の安全については、「自己の勤務は身を隠している間も通常どおりするつもりだった。休暇の調整はしていなかった。」などと述べており、必ずしも危険を避けるための対策を徹底しているわけではない。また、被告人から、このような身の危険を知らされ、一郎とも相談したと言うが、「一郎とは、実家に子供を預けるということと、子供の保育園への送り迎えを一郎がすること、防犯ブザー・警報装置をつけることなどを相談したが、身を隠した後どうするかについては、考える余裕なく、話し合っていない。」と述べ、さらに、一体乙野の脅威がいつまで続くのか、長期化した場合にはどうするか等については、「一週間くらいと被告人に言われた。被告人の言う一週間にどのような意味があるのかは分からなかったが、そのまま受け取った。一週間後にどうするということは考えていない。先のことよりも今日明日のことで頭が一杯だった。」と述べるにとどまり、同様にその危険について真剣に対応を検討したにしては、徹底していない印象を受ける。

③ さらに、花子は、被告人方で強姦の被害に遭った後、被告人と乙野がぐるではないかという印象を抱いたとはいうものの、乙野の脅威事態はそのまま継続しており、それがために、被告人の不在中に、被告人方から抜け出すということも困難だったと説明している。しかし、花子は、前記第三の五の事柄に加え、七月一〇日に被告人方から自宅に戻った後、その後も通常どおり病院の勤務を続けたこと、同月末ころに、友人甲田春子と安比まで泊まりがけでロックコンサートに出掛けているが、このときには、一郎と子供を残し、特段危害防止の策を施すこともなく自分だけで外出したことを証言している。これらの行動には、実家に子供を預ける際には、わざわざ自動車のナンバーが乙野ないしはその手配したやくざに把握され、尾行されているからという理由で一郎の運転する自動車で行くのを避けたのに、子供を迎えに行くときには同じ自動車を用いるなど、七月二日に被告人方に赴くまでの間の乙野に対する恐怖と警戒の色彩は一切見当たらず、真実、乙野に対する前記の危機感が存していたのであれば、同一人の行動として著しく一貫性を欠いた行動であるというべきである。

④ なお、花子は、実家に子供を車で迎えに行った③の点については、被告人方に軟禁され強姦・恐喝の被害に遭い、ショックと恐怖とで一睡もできず、憔悴しきっていたため、一郎の判断に全部任せて、車を使った旨説明している。しかし、七月二日に長男を実家に預ける際に電車を使用したことに関係して、花子は、当然に一郎に対し、自動車を使うことが危険であることについても説明していたはずであり(一郎も、花子から車を使うことが危険であると聞かされていた旨証言している。)、それならば、どうして一郎がその危険であるとされる交通手段をあえて選択したのかが問題となるのであり、この点について納得のいく説明は、結局のところ存在しないのである。

⑤ 加えて、花子自身、前記のとおり「先のことよりも今日明日のことで頭が一杯だった。」というほどの恐怖感を抱き、自分はビジネスホテルに身を隠し、子供は実家に預けるという、家族三人がバラバラに生活する危険回避措置までとりながら、それがその後どのようにして解消したのか、あるいは、そのような危機感は解消しないが、そのような回避措置に耐えられなくなり、もはや開き直ることにしたのかなどについて、一切説明していない。

上記①ないし⑤の点は、花子証言の内容それ自体において、その中で重要な位置を占める乙野に対する恐怖の実存性に疑義をいれる事情というべきである。

(二) 花子の証言と相反する証拠(証人乙野に対する当裁判所の尋問調書中の供述)の存在

また、花子証言中、前記第三の一の部分については、当裁判所が職権で実施した乙野に対する期日外の証人尋問において、乙野がした供述の内容と真っ向から対立する。すなわち、乙野は、要旨「私は、○○リサーチの屋号で信用調査業をしていたが、花子と知り合ったのは、平成七年二月ころで、花子から、自分の子が不倫してできた子である旨のチラシがまかれたということで、誰がまいたのか調べてほしい、また、不倫の相手に対しては、将来子供の認知はしなくてもいいから、子供のために四〇〇万円を慰謝料として請求して取ってほしいという依頼があった。花子は、自分の子が不倫の子だという事実自体は認めており、相手の男は、丙野だと言っていた。チラシは、職場のトイレ、通路、丙野のマンション、丙野の妻の職場のトイレなどにまかれていた。私もチラシの内容を直接見たが、花子が不倫の子を産んだ、誰と誰の間の子だということが明確に記載されていた。それに先立って、丙野からも同じような内容の調査依頼があった。丙野も、花子の子が自分との間の子であることを認めていた。調査の結果、チラシをまいたのは、丙野の妻しかあり得ないと判断した。結果としては、花子と丙野の間で示談が成立し、丙野が花子に四〇〇万円を支払うことになった。これは、花子と丙野が二人で事務所で取り決めたもので、私は同席していない。四〇〇万円は、私が丙野から預り、うち二〇〇万円については、花子から報酬として私がもらうことになり、残り二〇〇万円については、その中から私が一五〇万円を貸してほしいと花子に頼んで了解をもらい、残りの五〇万円を花子に渡した。この一五〇万円は分割で花子に返済することになっていた。私と花子との間には、その年の秋ころには肉体関係ができたが、平成八年の夏ころ、それが切れた時点で花子の私に対する態度が変わってきた。一五〇万円を分割で返せばよかったはずが、三〇〇万円を返すことにさせられ、同年秋(一〇月二四日)には、その旨の公正証書を作成させられた。応じなければ、肉体関係があったことを妻にばらすと脅された。さらに、花子から、平成一一年五月ころから同年八月あるいは一〇月ころまで、嫌がらせの電話やファックスが事務所に頻繁にくるようになった。このような嫌がらせは、ほとんど毎日あり、ひどいときは「金返せ」、「くそ親父」、「くそデブ」などと書かれたファックスが一〇〇枚くらい連続で送られてきた。私も、売り言葉に買い言葉で、同年六月か七月ころ、花子に対し、「これ以上返さない。やりたかったら好きにやれ。」とか、ほかにも攻撃的で荒い口調で言ったことがある。しかし、私がそのようなことを言っても、花子は全くひるまず、もっと強烈な内容の書面を私の妻の実家に送り付けるなどした。私が困ってファックスの番号を変えたら、同じような文面を事務所のドアに張り付けるなどしてきた。請求が一切なくなったのは、ようやく同年一〇月ころになってからである。」旨供述しているのである。

上記証人尋問は、乙野が別件の刑事被告人として勾留中であることが判明したことから、職権をもって期日外に被告人を在廷させず急きょ行われたものである。そして、出頭した乙野は、証言に当たり、被告人も花子も知人であるとしていずれかに味方するような証言はしたくないという姿勢を明らかにしていた上、いかなる刑事事件の証人となっているのか、自分の証言がその事件の帰すうにどのような影響を与えることになるのかについても、必ずしも把握できないまま証言を求められたものであり、もとより被告人、本件弁護人との事前の連絡は想定し難く、このような状況下で、率直に述べられた供述の信用性は、基本的に高いと評価することができる。なるほど、乙野は、上記証言当時、自らの探偵業務に関する犯罪行為により刑事被告人の立場に置かれていたため、自己の責任を回避する供述傾向が皆無であるとはいえず、特に、花子と丙野間の交渉への関与の度合いや花子に対する預り金の返還義務について説明する部分は、その傾向が顕著であるともいい得る。しかしながら、その供述内容は、証言の約半月前に録取された検察官に対する供述調書(甲49)の内容と対比しても、一貫しており(なお、同供述調書中には、その真偽はともかくとして、被告人の行状の悪さに具体的に触れている部分もあり、そのことからしても、少なくとも、乙野が被告人に迎合的、好意的な立場から被告人に殊更有利な供述をしているとはうかがわれない。)、また、花子自身、丙野との間で、中傷文についての慰藉料ないしは解決金としては、法外に高額な四〇〇万円という示談金がいかなる趣旨で取り決められたのかについては、あいまいな説明しかし得ていないこと、そのために上記示談金を預かった乙野に対する自己の権利主張についても、あいまいな供述となっていること、さらに、平成一一年六月ころ、乙野に対して電話やファックスで返済請求をしたこと自体は認めている上、乙野の上記記述に表れているような過激な言辞を伴ったり、頻回にわたるものであったかどうかについても、明確に否定はしていないことに照らしても、乙野の供述中、少なくとも、上記のとおり、回避傾向が見られる部分以外の供述部分については、おおむね信用し得るものというべきである。

したがって、このような乙野の供述によれば、花子は、かつて丙野との間で不倫関係にあったこと、その間に子まで成し、その子を一郎との間の子として届け出て養育していること、丙野との間の四〇〇万円の示談は、このような通常でない養育関係を金銭的に解決するためのものであったこと、花子は、乙野との間でも情交を結んだことがあったこと、乙野が丙野から花子のために受け取った示談金について、花子は乙野に対し、本件強姦・恐喝事件があったとされる前後においても、かなり厳しい請求を繰り返していたこととなるのであり、少なくとも、これらの点について花子が真実を証言していないのではないかとの強い疑いが生じることは避け難い。

のみならず、上記乙野の供述内容に照らせば、花子が乙野を畏怖していたとは解されないのであり、被告人方に花子が赴いた経緯に関し、花子証言に対する疑念を更に著しく増大させるものというべきである。

(三) 強姦の被害状況に関する供述の不自然性

花子は、強姦の被害を受けた後、放心状態となり、眠ってはいなかったが、ビニールひもやガムテープによる緊縛がいつ解かれたのか分からないと述べている。しかしながら、その供述に係る陵辱の様は言語を絶するものであり、衝撃と苦痛の余り、被害後放心状態に陥るということがあり得ないではないとしても、自己の身体を直接拘束しているひも等が解かれたことについて全く認識がないというのは不自然である。特に、ガムテープにより手首から肘あたりまでぐるぐる巻きにされたというのであるが、その性質上、直接皮膚に粘着しているガムテープをはぎ取れば、通常相当の疼痛を感じるはずであり、これが全く記憶にないということについては、弁護人の指摘するとおり、疑義をいれざるを得ない。

なお、弁護人は、これに加えて、花子の当時の着衣に関する説明が、捜査段階と証言とで変遷していると指摘する。しかし、その程度の変遷については、時間の経過に伴う記憶の減衰ないし変容として十分説明が可能であり、必ずしも花子証言の信用性に疑義をいれるべき事情とまではいい難い。

(四) 被害後、一郎に被害を打ち明けた状況と客観的証拠との不整合

花子は、同年七月一〇日に自宅に戻ってからも、しばらくは一郎に本件各被害に遭ったことを話すことができず、打ち明けたのは同年九月一七日になってからであり、その際、強姦されたこと、妊娠してしまい中絶したこと、金を脅し取られていることを一郎に話したというのである。

①  ところで、花子が同年八月六日、仙台市青葉区所在の戊野産婦人科医院を受診し、ほぼ妊娠第五週であると診断されたため、翌日、人工妊娠中絶手術を受けたことは、客観的証拠である花子作成の同月六日付け人工妊娠中絶に対する同意書(甲42)によっても裏付けられている。しかし、上記同意書には、配偶者として一郎の手書きによる住所の記載及び署名押印が存するところ、その筆跡は、一郎が当公判廷に証人として出廷し宣誓した際の宣誓書の筆跡と類似しており、一郎が署名したものと強く推認される。

② この点につき、花子は、本件審理が終盤に差し掛かった平成一二年一一月二一日付けで、上記一郎の署名は、自ら一郎の筆跡のある書類を下敷きにして自宅のサッシガラス窓に透かして上をなぞり、その筆跡をまねて作成したものであるとの記載のある上申書(甲50)を作成している。しかし、そもそも、人工妊娠中絶の同意書の配偶者欄の記載について、仮に配偶者に無断で提出するにせよ、そこまでの偽造工作をする必要があるとは解し難い(せいぜい、自分のものとは異なる筆跡を装えば足りる。)。加えて、花子が、真実上記上申書の記載のとおりの労を費やしてまで、夫の筆跡に似せて上記同意書を作成したのであれば、かつ、そこまでしなければならないと考えていたのであれば、夫に知られないよう中絶手術を受けなければならなかった事情と共にその言及があってしかるべきであるのに、花子の証言はもとより、弾劾証拠として提出されている警察官面前調書(弁2、3)及びその原型をなしたと思料される花子作成のメモ(甲43)のいずれにおいても、この同意書の配偶者欄の記載をどのように行ったのかについては全く触れられていない。してみると、上記上申書の記載は、それ自体、自己の証言と上記同意書の記載との抵触を糊塗するための苦し紛れの説明であるとの印象を否めないのであり、仮に立証趣旨を超えてその内容に立ち入ったとしても、到底信用することはできず、他に一郎が署名したことを覆すに足りる立証は存しないというべきである。

なお、上記同意書は、本件捜査の終盤と解される同年四月二二日に医師から任意提出され、その記載と花子のそれまでの供述との整合性について検討することが可能であったのに、この点を看過し、当公判廷における花子に対する証人尋問においても全く言及されないまま、尋問手続が完結した後である第六回公判期日(同年九月二五日)においてようやく証拠請求がされ、第七回公判期日(同年一〇月一七日)にその取調べがされ、裁判所及び弁護人から、一郎の筆跡についての指摘がされたものである。上記上申書は、このような経過を踏まえて作成されたものであり、その点においても信用性は乏しいといわざるを得ない。

③  ①によれば、一郎は、花子の妊娠について平成一一年八月六日の時点で認識していたというべきであり、そうであれば、その妊娠の経緯について当然花子から説明があったはずである。

④  そして、仮に被告人から姦淫されたことが原因であると説明していたのであれば、同年九月一七日まで一郎には打ち明けられなかったという証言は、その限りでは虚偽であるということになるとともに、花子が告訴状(甲2)に記載している同年八月七日の現金五万円、同月二六日の現金五万円、同年九月一〇日の現金八万円(口座振り込み)、同月一六日の現金一万円(同)及び同月一七日のパソコンのそれぞれの喝取が、一郎に被害を打ち明けた後にされていることになり、その説明に窮することになる。また、一郎との性交により妊娠したと説明していたというのであれば、その妊娠について、当時夫とは性交渉がなく、被告人の姦淫によるものに違いないと断定している点について、自己矛盾であり、かつ、根拠なく被告人を陥れる供述をしていたことになる。

妊娠及び妊娠中絶の点は、花子が強姦被害の帰結及び証跡として強調していた事柄であり、上記①ないし④に検討した点に照らせば、花子証言の信用性に対し、決定的ともいうべき重大な疑念を差し挟まざるを得ない。

(五) 告訴に至る経過の不自然性

さらに、関係証拠によれば、花子は、本件被害について告訴を決意してから、まず同年一〇月一四日ころ八島弁護士に相談し、その後宮城県警察本部にも相談に赴いたものの、実際に被告人を告訴したのは、平成一二年法律第七四号による改正前の刑事訴訟法による告訴期間の満了に近い平成一一年一二月二四日に至ってからであり、上記告訴は、本件強姦の被害を受けたという時点から半年近くが経過している。もっとも、強姦の被害者が、事が公になることは避けたいと考え、告訴するか否かで悩んでいるうちに時間が経過するということも十分にあり得るから、告訴までに時間がかかっていることだけで、虚偽の告訴である可能性が高いということにはならない。しかし、花子の告訴に至るまでの経緯については、前記(四)の点に加え、次のとおり不自然さを否めない事情が存し、これらの事情を併せ考えれば、本件告訴の真実性に疑念を生じさせるものということができる。

① すなわち、花子証言によれば、花子は、前記第三の五のとおり、まず、甲田春子に対し、同年七月末ころコンサートに出かけた際に被害を受けたことを打ち明け、継いで、同年九月一七日ころ、夫一郎に打ち明けた(時期及び説明内容に関する疑義については前記(四)のとおり)というのであるが、甲田春子には被害から相対的に短期間しか経ていない時点で打ち明けている(それにしても被害後約一か月が経過している。)一方、一郎に対する告白の時期は、花子証言を前提とすると、同居していながら更にその一か月半後(被害から二か月半後)であり、その間、被告人からの度重なる金品の要求に苦しみながら、警察にも他の肉親にも一切語っていないというのである。友人に語り得ていながら、夫や肉親には語り得ず、さらには継続していたという金品喝取の被害を止めるために、警察に相談することができなかったということについて、花子は必ずしも合理的な説明をしていない。

② また、花子は、弁護士に相談する前に、甲田春子、一郎の外、次の者らに強姦等の被害を打ち明けたとしている。すなわち、

(ア) 同年一〇月四日ころ、丙田探偵事務所の前記丁田から、被告人から被害を受けた者として呼び掛けがあり、被告人から被害を受けたという者数名(花子及び後記戊田夏子以外、いずれも男性)が参集し、順次自己の受けた被害を告白した際に、花子も参集した者の前で被害を告白した。

(イ) その後間もなく、上記(ア)で知り合った戊田夏子に対し、被害を告白した。

当公判廷に証人として出廷した戊田夏子(以下「戊田」という。)は、上記(ア)、(イ)に符合する証言をしている(ただし、(ア)については、自らは中座して、その場合では花子の告白は聞かなかったという。また、(イ)の折に花子に弁護士への相談を勧め、八島弁護士を紹介したという。)。しかしながら、(ア)の際、事務所で参集した者に、丁田は「被告人の所在を知らないか。」などと被告人に対し怒っている様子で尋ねていたこと(戊田証言)、被告人がこのころには既に丁田と対立関係にあり、丁田から狙われるようになったと述べていること(甲49、被告人の公判供述)に照らすと、被告人から被害を受けた者との前提で参集したというにせよ、花子がさほど面識のない男性の前で被告人が強姦されたことを告白するという甚だ尋常ではない行動に出たことには、かえって丁田らと共に被告人を攻撃しようとする作為性を感じないでもない。

そして、花子自身、この時期には、被告人を恐れるというよりも、その所在を探求する行動に出ていたことを自認しているところであり、また、被告人とかつて交際しており、被告人方で同年四月ころまで被告人と同居していた証人甲山秋子も、同年一〇月始めころ、花子から、「被告人から、髪を引っ張られ、足を蹴られ、車に乗せられて、金を借りさせられた。それについて訴えようと考えている。」として、被告人の所在を尋ねられ、また、四〇〇万円の貯金はあるかなどと、資産を確認する趣旨の電話による問い合わせを受けた旨証言している。

(六) 小括

以上(一)ないし(五)によれば、花子証言は、それ自体において不自然不合理な供述を含む(前記(一)、(三))上、関係証拠との関係においても、虚偽の供述をしている疑いがあるなど、重大な疑義を挟む余地がある(同(二)、(四)、(五))のであり、これだけに依拠して本件強姦の事実を認定できるほどの信用性は備えていないと評せざるを得ない。

三 花子証言を補強する証拠群の検討

検察官は、前記第三の一、二、の花子証言は、一郎の証人としての当公判廷における供述及び花子の実母甲野冬子(以下「冬子」という。)の司法警察員に対する供述調書(甲15)の供述内容と大筋において符合しており、その信用性が高いと主張する。

(一) 一郎の証言について

しかしながら、一郎は、要旨、「同年六月三〇日ころ、被告人から、花子を介して乙野なる人物が花子を拉致監禁する旨の話がテープに取れたと聞いた。花子だけでなく、自己及び長男の生命身体まで危害が及ぶ可能性があると告げられ、ダイエーに行って防犯ブザーを購入し、またビー玉を空き缶に詰めた自作の警報装置と併せて玄関ドアに取り付けた。同年七月二日ころ、長男を花子の実家に預けた上で、その帰りに、花子から「ビジネスホテル××」を予約した旨電話で聞いた。花子が自宅に帰ってきたのは、同月一〇日ころの朝方だったと思う。同年九月末ころ、初めて花子から、被告人から強姦されたこと、金を騙し取られたことなど、本件の被害に遭ったことを打ち明けられた。花子は、涙を浮かべながら、顔をくしゃくしゃにして話していたので、述べられていたことは真実だと思った。」と述べているが、検察官の主尋問にこそ答えることができたものの、その内容には生々しさがなく、平版な印象を否めない上、弁護人の反対尋問に対しては、その回答はほとんど供述の体をなしていないのであり、それ自体、もはや信用の限りではない。検察官は、時間の経過による記憶において、上記要旨のとおり述べながら、反対尋問では、主尋問と同内容の確認についてすらあいまいな回答しかできない上、弁護人も指摘するように、妻である花子が拉致される危険にさらされているという、特異かつ深刻な事態に関する経験であるだけに、その記憶は鮮烈なものとして保存されているはずであると考えられるのに、証人固有の立場で、そのような危機がどういう経緯から生じたものか花子に確認したのか、そのような危機的状況がいつまで続くと考えたのか、長期化した場合にはどのように対処しようとしたのかなど、当時当然に考えたはずの事柄について、一切明確な回答が得られていない。また、花子が帰宅したときの状況、その時点で上記の危機が解決されたのかどうか、解決されていないとしたら、その後どのように対処すべきかを花子と相談したのかどうかなどについての質問についても、「とにかく花子が無事に帰って来たことで安心した。」という以上に説明はされておらず、不自然、不合理極まりない。このような問題性は、立証趣旨の核心をなすべき被害状況当について花子から打ち明けられた状況についても、同様である。

以上によれば、一郎の前記花子証言に符合する証言は、到底措信することができない。のみならず、花子に最も近しいはずの夫の証言が上記のように不自然、不合理極りないものとなったということは、前記二(四)の人工妊娠中絶に対する同意書に絡む証拠状況とも相まち、花子証言の行為性をも強く感じさせるというべきである。

(二) 冬子の司法警察員に対する供述について

他方、冬子の「平成一一年七月末ころ、花子が当時六歳の孫を実家に預けに来たとき、おびえた様子をしていた。それまでと見違えるほどげっそりと痩せていた。花子は、やくざに追われているので、孫を預ってほしい旨述べていた。」旨の司法警察員に対する供述については、それ自体の信用性に疑義をいれる事情は取り立てて見当たらない。

しかしながら、冬子の供述では、花子が長男を預けに来たのは、同年七月末ころである上、既にげっそりと痩せていたというのであり、花子証言の、実家に長男を預けたのは同月二日であり、げっそりと痩せたのはその後強姦の被害を受けた後であるとする点と、明らかな齟齬を来している。

そして、弁護人が指摘するとおり、花子は、前記のとおり、同月末ころ、泊まりがけで安比で開かれたコンサートに甲田春子と二人で出掛けており、また、これに先立ち、被告人の名取の借家(被告人方)から仙台市太白区八木山への引っ越しの手伝いを深夜にわたってさせられたというのであり、冬子が司法警察員に対して述べている事情は、これらの前後のことではないかとの疑義をいれることも可能である。

この点、検察官は、同年七月上旬と同月末ころとの齟齬については、時間の経過による記憶違いであり、信用性を左右しない旨主張する。しかし、冬子から事情聴取をした警察官である証人甲野四郎の当公判廷における供述によれば、同証人は、花子宅で冬子から事情聴取をしたというのであるが、その際、冬子は、自宅に電話をかけて夫(花子の父)にその日付等を確認した上で、同月末ころという特定をしたというのであって、単純な記憶違いと扱うことがためらわれる状況を伴っている。のみならず、この時期の特定の問題は、病院勤務をしている冬子が、花子から長男を預ってくれと頼まれて、勤務先の休暇を取って対応したというのであるから、冬子がどのような期間の休暇を取ったのかなどを調査すれば、客観的な証拠に基づき容易にその裏付けが可能な事柄であると思料されるところ、検察官はそのような立証はしていない。

また、冬子の供述によれば、花子が長男を預けに実家を訪れた際に、花子に対して、冬子から、やくざに狙われてそれほど危ないのなら、どうして帰るのかと聞くと、花子は、「弁護士さんにお願いしている、連絡の取れるところにいなければならない。」と言っていたということであり、さらに、その一週間後に長男を迎えに来たときには、「もう大丈夫だから。警察のボディガードも付いているし、民間の人も頼んだ。」などと説明していたというのである。これらによれば、花子は、実母に対しては、花子証言及び一郎の前記証言に表れているような深刻かつ切迫した状況にあることの説明はしていなかったばかりか、むしろ「弁護士に依頼していて心配はない」とか「ボディガードが付いている」旨、このような状況とは全く相いれない説明をしていたというべきである。花子は、このような説明をした事実につき、実母にできるだけ心配を掛けたくなかった旨弁明している(ただし、説明したこと自体、当初「覚えていない。」と述べ、弁護人の度重なる念押しで、ようやく「説明したかもしれない。」と述べるに至ったもので、証言回避の傾向がうかがわれる。)。しかし、そうであるとしても、真実ビジネスホテル等を転々として身を隠すことが危険回避のために合理的な手段であると考えていたというのであれば、その旨説明して実母らの不安を解消すればいいだけのことであり、殊更にそれと異なる架空の事実を述べる必然性はないというべきであるから、花子の上記弁明は首肯し難いものといわざるを得ない。

加えて、花子は、実母に対して、前記のとおり長男を預かってもらったりしているほかに、月に一、二回程度は、家族でその実家を訪れる(花子証言、一郎の証言)など、通常の親子としての交流は保たれていたと解されるのに、本件の経緯や被害状況について、実母である冬子に対してすら、平成一二年四月一四日に上記甲野四郎が事情聴取した時点では依然説明していなかったことがうかがわれる。他方で、友人である甲田春子や面識を得たばかりの戊田に対しては、被害状況を吐露しているのであり、肉親には心配を掛けたくないという心情が働いたことを考慮に入れても、既に告訴にまでふみ切っている段階後でもあるだけに、なおさら不自然さを禁じ得ない。

以上によれば、冬子の司法警察員に対する供述は、これまた、花子証言を補強するものではなく、かえって、その信用性を減殺する方向に作用するというべきである。

(三) その他、前記二で検討した花子証言の信用性に対する疑義を打ち消し、あるいは、これを超えてその信用性を増強すべき証拠は存しない。

四 被告人の供述の評価

被告人の供述は、捜査公判を通じて一貫している上、具体性も伴うものであり、花子証言以外に矛盾する証拠は存しない。

もっとも、被告人が属していた探偵ないし信用調査業界の内情、行動パターン等については、当公判廷に提出されている証拠を見ても、虚実相入り乱れている感があり、真相を把握することが困難であって、被告人の供述についても、軽々しくそのすべてについて信用性を肯定することにはちゅうちょを禁じ得ない。

しかし、花子の乙野に対する姿勢や行動などについては、前記二(一)、(二)に照らせば、被告人の供述の方が花子証言よりも信用性が高いというべきであり、結局、花子が被告人方に赴いた経緯について、乙野の脅威を基調とする被告人の詐言に乗せられたという花子証言は採用することができない。そうすると、花子が被告人方に赴いたのは、自主的、自発的な意思に基づくものであったというほかなく、このような事情は、被告人方で花子との性交があった場合に、和姦の方向に作用する事情というべきである。

その他の部分においても、花子証言には、信用性に疑義をいれるべき事情が多々認められ、少なくとも、相反する被告人の供述を虚偽であるとして排斥するだけの信用性は否定せざるを得ない。結局、関係証拠を総合して検討すると、花子証言の信用性は低く、本件が和姦であったという被告人の弁解の根幹部分はこれを排斥することが困難というほかない。

第六 恐喝の点について

本件恐喝の事実については、前記第二の二のとおり、花子は、いずれも強姦の際及びその後の暴行脅迫により畏怖させられ、喝取されたものであると証言しているところ、その核心的な前提を成す強姦につき、和姦であるとの被告人の弁解を排斥することができない以上、その余の点の判断に立ち入るまでもなく、犯罪の証明がないことに帰するというべきである。

第七 結論

以上検討したとおり、本件強姦及び恐喝のいずれの公訴事実についても犯罪の証明がないから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

(裁判長裁判官・畑中英明、裁判官・前田巌、裁判官・櫛橋直幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例