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京都地方裁判所 昭和63年(ワ)1123号 判決 1994年6月29日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  参加人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、そのうち被告に生じた費用は原告及び参加人の、原告に応じた費用は原告及び参加人の、その余は参加人のそれぞれ負担とし、補助参加費用は原告補助参加人の負担とする。

理由

第一  請求

一  原告(被参加人)の請求

1  被告(被参加人)(以下、被告という)は、原告(被参加人)(以下、原告という)から金四三億四、〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙第一物件目録記載の土地(以下、土地一という)につき、昭和六一年七月一〇日付売買を原因とする所有権移転登記手続をし、同土地を引き渡せ。

2  被告は、原告から金一七億五、〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、原告に対し、別紙第二物件目録記載の土地(以下、土地二という)につき、昭和六一年七月四日付売買を原因とする所有権移転登記手続をし、同土地を引き渡せ。

二  参加人の請求

1  原告、参加人と被告の間で、土地一及び二が参加人の所有であることを確認する。

2  被告は、参加人から、金四三億四、〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、参加人に対し、土地一につき、昭和六一年七月一〇日付売買を原因とする所有権移転登記手続をし、同土地を引き渡せ。

3  被告は、参加人から、金一七億五、〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、参加人に対し、土地二につき、昭和六一年七月四日付売買を原因とする所有権移転登記手続をし、同土地を引き渡せ。

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

1  原告の請求は、土地一、二(以下、土地一及び二をまとめて本件不動産という)の昭和六〇年九月二六日付売買契約に基づき、代金支払いと引換えに、被告に対し、所有権移転登記手続及び本件不動産の引渡しを求めるものである。なお、後示昭和六〇年九月二六日付の本件合意は、原告を買主、被告を売主として、遅くとも土地二につき昭和六一年七月四日付で、土地一につき同月一〇日付でそれぞれ売買契約としての効力が生じた。

2  参加人の請求は、右売買契約は、参加人を買主、被告を売主として成立したと主張して、原告及び被告に対し、右売買により取得した本件不動産の所有権の確認を求めるとともに、同契約に基づき、被告に対し、代金支払いと引換えに、所有権移転登記手続及び本件不動産の引渡しを求めるものである。

二  前提事実(争いがない)

1  当事者

(一) 原告は、昭和二三年一二月二五日設立された財団法人で、寄附行為の目的には「東京都における危機的住宅問題の解決に寄與貢献する」とされており、原告の設立時の出資方法は寄附その他の収入で、基本財産として金五〇万円を保有し、主たる事務所は、当初、東京都港区芝田町一丁目六番地に置かれていたが、その後、変更されて、現在登記上、東京都新宿区上落合一丁目四一一番地となつている。

(二) 被告は、浄土真宗の本山として著名な寺を持つ宗教法人である。浄土真宗本願寺派は、いわゆる浄土真宗として著名な宗派を統括する日本有数の宗教法人であり、その下には、一〇〇〇万人の信徒、一万五〇〇〇末寺を有する。被告は、この浄土真宗本願寺派の被包括団体として、同派の財産の管理関係を司る。被告と浄土真宗本願寺派は一体不可分の関係にある。なお、豊原大潤(以下、豊原という)は、昭和五二年五月一八日から昭和六〇年一二月一三日まで、被告及び訴外浄土真宗本願寺派の代表役員を兼任し、両者の代表役員の肩書を厳格に使い分けることなく、対外的に両者の代表として活動していた。

(三) 参加人は、著名な日蓮宗の大本山であり、宗教法人である。

2  本件合意に至る経緯

(一) 昭和五二年五月一八日、被告は、被告の執行長兼代表役員兼浄土真宗本願寺派宗務総長(以下、執行長等という)に豊原を選任した。豊原は、被告境内地の拡大を図るため、被告寺院の北側に隣接する別紙第三物件目録記載の土地(以下、土地三という)の買収交渉を開始した。

(二) 原告理事今村勲(以下、今村という)は、昭和四〇年八月九日に参加人が国家公務員共済組合連合会(以下、連合会という)に売り渡した土地三につき、昭和五四年頃から、参加人の意を受けてその買い戻し交渉を開始した(今村が、原告を買主とする趣旨で活動していたのか、参加人を買主として活動していたのかについては後示のとおり争いがある)。

(三) 昭和六〇年九月一八日、原告から被告に対し、土地三の買入交渉につき後示3(一)ないし(三)と同一の提案がされた。なお、この提案書(以下、提案書という)には、原告と被告が当事者として記載されている。

(四) 同月二四日付の今村から豊原あての念書(以下、念書という)には「被告が連合会から土地三の譲渡を受けることになつた場合には、原告は連合会に対し異議を申立てたり訴訟行為などは一切致しません。参加人の関係に関し原告がすべてを処理し、被告、連合会に今後迷惑をかけない。」旨の記載がされている。

(五) 同月二六日、京都市東山区三条蹴上げ所在の料亭「稲垣」において、今村及び原告理事国島利宏(以下、国島という)と豊原、被告の総務(当時)渡辺静波(以下、渡辺という)及び被告の全国区会副議長谷川秀城(以下、谷川という)と会い、本件不動産に関して協議をした。

右協議において、今村及び国島と豊原との間で、土地三を被告が取得した場合には、被告は本件不動産を原告(又は参加人)に譲渡する趣旨の合意(以下、本件合意という)をした(なお、原告及び参加人は、本件合意を前示のとおり売買契約であるというが、本件合意が通常の売買契約であるか否かには後示のとおり争いがある)。そして、今村らが作成して持参した本件合意の記載がある覚書及び受書に豊原が署名、捺印した。

3  本件合意の内容

(一) 被告が土地三を連合会から買い受けて取得した場合には、同土地を、北側を四、南側を六の面積割合を以て南北に分割するための東西の直線(以下、分割線という)によつて区分し、被告は原告(又は参加人)に対し、右土地の北側部分(土地一)を、被告が連合会から取得した坪単価と同額で売り渡す旨の合意。

(二) 被告は、原告(又は参加人)に対し、土地三の東側に隣接する被告の所有する境内地のうち、土地三の前示分割線を別紙第四物件目録記載の不動産(以下、土地四という)に延長して分割区画される土地の北側部分(土地二)を、坪単価金五〇〇万円で売り渡す旨の合意。

(三) 右合意の際に今村らが作成し、豊原が調印した前示覚書(以下、覚書という)には、「宗議会の承認(決議)が得られた場合は、前示被告の提案書の条項につき原告との間で後日正式に約定書を締結(双方協議の上一部修正を含む)する事を御約束致します」との記載がある。

(四) 同日(九月二六日)、右合意の際に豊原が署名捺印した受書(以下、受書という)には、「念書を原告より受取りました。但し、前示覚書を条件とする。」との記載がある。

4  合意後の被告の対応

同年一二月一五日、豊原は、被告執行長等の地位を退き、後任には、藤岡義昭(以下、藤岡という)が選ばれた。

5  連合会・被告間の売買契約の成立

昭和六一年七月四日、連合会と被告の間で、土地三を代金一〇八億五、〇〇〇万円(坪単価は約一六七万円)で売却する契約が成立し、右契約に従い、同月一〇日付けで被告へ所有権移転登記がされた。

6  右契約後の被告の対応

(一) 同年八月一日頃、藤岡はその地位を退き、渡辺が後任となつた。

(二) 同年九月四日、今村及び国島は、京都市東山区三条所在の料亭「粟田山荘」で渡辺と面談し、同年七月一〇日、本件合意に基づく移転登記義務及び引渡義務が生じたとして、その履行を求めた。

(三) 同年一一月一七日、原告は被告に対して、従前の原告の活動状況及び原告と締結した本件合意の履行を求める旨を記載した通知書(内容証明郵便)を理事長今村勲名義で送つた。

(四) 昭和六二年六月九日、再度、原告は被告に対して、本件合意に基づく債務の履行を原告に対してするように求める催告書(内容証明郵便)を理事長今村勲名義で送つた。

(五) 被告は、右履行を行つていない。

三  争点

1  本件合意(本件売買契約)は原告(財団法人)の目的の範囲内か。

2  本件合意を締結した今村の法的地位(買受人たる原告の代表者としてしたのか、今村個人又は原告が参加人の代理人としてしたのか)。

3  本件合意の法的性質。

4  豊原の本件合意をする権限。

5  豊原の代表権制限と原告の善意、悪意。

6  条件成就の故意妨害。

7  国土利用計画法(以下、国土法という)に違反する契約の効力。

四  当事者の主張

1  原告(財団法人)の権利能力と目的の範囲(争点1)

(一) 原告の主張

(1) 原告法人の実体

原告は、次のとおり設立以来、監督官庁の管理下に種々の公益的活動を行つてきた社会的実体を有する財団法人である。

イ 原告設立当初の監督官庁は、戦災復興院であつたが、建設院を経由して建設省に移つた。

ロ 昭和四二年頃、原告は、当時建設大臣であつた西郷吉之助によつて、全国広域事業を目的として再活用の認可を受けた。

ハ 右再活用の認可を受け、原告は、寄附行為の目的を変更し、その目的を「過疎対策事業ならびに地方自治体体質改善および財政改善の主旨」として、これに寄与貢献することとなつた。なお、寄附行為の目的の変更登記は未了である(補助参加人の主張)。

ニ それ以来、原告は、鹿児島湾内の指宿、喜入地区における石油備蓄基地の設立、霧島、指宿の山林開発、伊勢志摩湾の漁業開発など全国各地で公益事業を推進した。

ホ 昭和四七年頃、原告は、「新日本アスレチック株式会社を事業母体として福島県耶麻郡猪苗代町の二〇〇万坪に青少年育成各種競技団体の便宜をはかるためのスポーツ村の設置計画に寄与貢献すること」を、寄附行為の目的に加えた。なお、寄附行為の目的の変更登記は未了である(補助参加人の主張)。

ヘ 昭和四九年頃、原告は、「京都宗教界および京都地方自治体の要請により、厚生啓蒙に寄与する立場から広域にわたり公的事業計画を推進する一環として、本圀寺跡地利用開発に寄与貢献すること」を寄附行為の目的に加えた。なお、寄附行為の目的の変更登記は未了である(補助参加人の主張)。

ト 昭和五五、六年頃、原告は、東京都から、原告の許可書類は行方が判らず、一切保管されていないこと、及び同書類の内容はわからない旨を聞かされた。

チ 昭和五七、八年頃、原告は、東京都から、原告の土地三に関する買収計画が成功した場合には、原告の基本財産を少なくとも三億円程度に増額し、しかる後、事業規模も大きいので建設大臣の許可を得るのがよいと指示された。

リ 昭和六〇年一一月六日、原告は東京都から指導を受けた。即ち、原告は、その頃主たる事務所の機能を京都市右京区西院東貝川町五沢田ビル八階所在の事務所に移し、帳簿書類なども同所に保管していた。これにつき東京都から、主たる事務所でもない京都の事務所に主たる事務所の機能を置くのは不当であると指摘された。

そこで、原告は、東京にある事務所に主たる事務所としての機能及び帳簿書類等を戻した。その際、京都の事務所は、「京都支所」として残した。

ヌ これまで、原告は、東京都から法人解散の指導を受けたことはなく休眠法人扱いであると指摘されたこともないし、土地三の買戻については東京都から何らの異議もない。

(2) 目的の範囲

「目的の範囲内」(民法四三条)とは、定款、寄附行為に記載された文言を厳格に解すべきではなく、右記載の「目的」を遂行するために必要な行為も目的内に含まれる。そして、次のとおり、本件合意は原告にとつて、少なくとも目的遂行のために必要で有益な行為といえるから原告の目的の範囲に属する。

イ 土地三の旧所有者である参加人と、同寺からこれを買い受けた連合会との間に同土地を巡る紛争があつた。これを解決するために、原告が参加人に金八、五〇〇万円の対価を支払い、土地三を買戻す権利を譲受けた。本件合意は、原告が右買戻権に基づき連合会及び被告と交渉を重ねて締結した契約である。原告は、昭和五三年頃から、土地三の一部を取得したときは、同土地上に東京都の学校の修学旅行生の宿泊施設等を建設することを計画していた。

従つて、本件合意は、東京都の住民とは深い関連性があり、目的の範囲に含まれる。

ロ 他方、原告の寄附行為によれば、理事会の議決を経て各地に支部または支所をも設置することができ(二条)、東京都またはその支部、支所における活動が許されている(三条)。本件では、原告は、昭和五二年一二月一四日、理事会の決議で京都支所を設けており、原告が京都市内の不動産を取引をすることは何ら支障がない。また、原告の寄附行為には付帯事業の記載があり、実践事業として庶民住宅の建設分譲、共同住宅経営、これに付随することあるべき宅地造成公園緑地風致観光施設の設定並びに之等に伴う資金調達運営方法の事業(四条四号)、その他右目的達成に必要とする一切の事項(同条五項)について事業を行うことができるとされている。そして、これらの活動をもつて得た事業収入は原告の資産を構成するものとされ(五条)、資産につき理事会の議決を経て不動産を買い入れ、または処分することもできるとされている(九条)。同条には、買い入れる不動産の所在地を特に東京都内に限る記載はない。

そうすると、本件合意はこれにより取得した本件不動産に宿泊施設等を建設して、右宿泊施設の経営等の事業を行いこれによつて得られた収益を東京都の住宅建設資金の原資とするもので、目的の範囲に属する。

なお、公益法人であつても、本来の目的である公益事業を行う資金を獲得するために収益事業を行うことは、目的遂行上必要な行為である(税法上も、公益法人が収益活動を行うことを前提として、それから生ずる収益について法人税を課することになつている)。

ハ 仮に右主張が認められないとしても、昭和五六年頃、原告と連合会との間で、土地三の問題が解決をしたときにはその代償として連合会が、東京都立川市錦町一三七番地の土地を原告に譲渡する旨の合意をし、それに基づいて、原告は右土地上に交通遺児母子家庭のための低家賃マンションを建設することを計画しており、本件合意は、東京都における住宅問題と関連する。

(3) 反論

被告は、原告が、土地三を取得して、同土地での再興を図る参加人のために本件不動産取引に関与したものであつて、特定団体のための行為であり、原告の目的の範囲外であるという。

しかしながら、昭和五二年頃、当時、日誠土地株式会社の役員であつた今村及び国島は、参加人から土地三の問題について相談を受けた。その後、今村及び国島は、原告理事に就任し、公共性のある宿泊施設等を建設するために土地三を買収することになつた。そこで、同土地の買収計画は、民間企業ではなく財団法人が主体となつて計画する方がよいと考え、原告が主体となつて土地三の買収交渉を進めた。原告は、土地三の連合会に対する買戻権を金八、五〇〇万円で参加人から譲り受け、この時点で、原告の参加人に対する援助、協力その他の関係は終了している。

したがつて、原告は、参加人のために本件合意を締結したものではない。

(4) 信義則違反

仮に本件合意が目的の範囲外であるとしても、次のとおり、被告が本件合意を無効であると主張するのは信義則に反する。

イ 昭和五七年頃、原告は、連合会との土地三の取得交渉の中で、被告も同土地の取得を強く望んでいることを知つた。原告としては、参加人の再興計画等が達成できればよく、土地三の全部を取得する必要がないことから、被告と共同して土地三を買収しようと、同年二月、被告に協力を申し込んだ。被告は法制関係担当の総合企画室部長(当時)白鳥幸雄(以下、白鳥という)を通じて、原告自体のことや右申し入についてよく検討したい旨の回答をした。

昭和五七年六月二一日以降、白鳥は、原告の法人登記簿を調査する等して、原告法人の目的、活動範囲等について調査、検討した。

ロ 昭和六〇年七月一八日、連合会理事長に就任した戸塚岩夫(以下、戸塚という)は、原告顧問野田卯一(以下、野田という)に対し、同年八月下旬までに原告の右土地取得を実現させる方向で検討することを約束した。また、土地三に関し連合会と参加人との間に多くの未解決な問題があつた。そこで戸塚は参加人の関係者を装つて連合会の右土地売却を妨害しようとする者が現れることを危惧し、その排除につき、原告に対して協力を求めてきた。

ハ 同年八月頃、原告側の今村及び国島は、被告側の谷川に対し、原告の活動内容等を詳細に説明し、原告に関する資料等を交付した。

ニ 同月三〇日、原告側の今村、国島及び野田は、連合会の戸塚に会い、土地三の買収に関する諸情報を詳細に説明した。戸塚は、右土地の買戻は必ず実行すること、実行期日は同年九月末日頃とすることを右今村らに約束した。

ホ 同月三一日、今村及び国島は、谷川に対して原告の連合会に対する買収交渉は着実に進行していることを告げた。これに対し、谷川は、「土地は是が非でも、豊原によつて本願寺に取得させてやらねばならない。本願寺も困つている。」「連合会の土地を取得する件について、豊原は、宗会で一任されており、絶対に不義理をすることはない。天下の本願寺だから安心してくれ。」と言つて、今村及び国島に対し原告の協力を求めた。今村らはそれを受入れ、被告が連合会から土地三を譲り受け、その後に、同土地の一部を原告に譲渡するという案で解決する旨の合意をした。

ヘ 同年九月三日、ニューオオサカホテルの一二三〇号室において、豊原及び谷川は、野田に対し、先ず被告が土地三を連合会から取得することを認めてほしいと申し入れ、野田はそれを了承した。

その後、被告は、原告に右案に副つた提案書の提出を求め、同書の内容につき十分検討を加えた。その上で、原告、被告及び連合会の間で話合いが行われ、被告は原告と本件合意に至つた。その際、豊原は、本件交渉は自分が一任されていると繰り返し言明し、門主の承諾も得ていると言つて原告を信用させた。

ト 昭和六一年七月四日、原告の協力により被告は連合会から土地三を取得した。

チ 昭和六一年九月四日、渡辺(当時被告執行長等)は、本件合意による売買(以下、本件売買という)が有効であることを前提に、一年間の履行延期を今村及び国島に申入れした。

リ 原告は、土地三を取得するために、参加人から同土地の買戻権を代金八、五〇〇万円で取得し、その他にも費用として多額な支出をしており、もし本件合意が無効であるとすれば、原告の損害は莫大なものとなる。

(二) 補助参加人の主張

公益法人の法律行為の有効性の判断基準は、「目的の範囲」を基準とすべきではなく、「契約の履行の有無」によるべきである。

即ち、契約当事者の一方もしくは双方が、すでに相手方に対して義務の履行を完了している場合には、その契約が寄附行為に違反していたとしても、公序良俗又は強行規定に反しない限り無効にする理由はなく、当事者の公平、禁反言の観点から、契約の相手方は無効を主張できない。

本件において、原告は、昭和六〇年九月二六日の契約(本件合意)に基づき、土地三の買受人にならない受忍義務を履行(不作為の給付)し、原告はその契約の履行を完了しており、被告の履行を待つ状態にあつた。

したがつて、被告はもはや右契約の無効を主張できないというべきである。

なお、昭和六〇年九月二六日の原、被告間の契約(本件合意)は、次の内容を有する無名契約である。

(1) 原告が連合会から土地三を買収することを断念して同土地を連合会が被告に売却することを承認する。

(2) 連合会と被告の売買契約が完了したときは、ただちに被告が原告に土地一を連合会の売買価格と同一額で売却する。

(3) 原告と被告らは、協力して連合会から土地を買い取れるように行動する。

(三) 被告の主張

(1) 原告法人の実体

原告は、設立以来次のように社会的実体のない休眠状態にあり、およそ公益法人といえない団体であつて、本件合意の主体としては不適当である。

イ 昭和二三年一二月二五日、原告は、東京都の戦災復興事業に寄与することを目的として設立された。しかしながら、原告は、設立以来現在まで、基本財産を全く保有しておらず、設立当初から寄附行為所定の目的を実現することは不可能であつた。そのため、設立以来右目的達成の事業を行つたことはない。

ロ 監督官庁である東京都は、右理由から原告を休眠法人として扱い、従来から再三、解散するように指導していた。

ハ 現在、原告は、設立当初の寄附行為、東京都発行の設立許可書等を保管していない。

ニ 原告事務所の所在地は、寄附行為によれば、東京都港区芝田町一丁目六番地であり、登記簿上は、東京都新宿区上落合一丁目四一一番地である。現在、事務所と称する部屋は、東京都新宿区歌舞伎町二の四二の一三アゼリアビル内にあるが、事務所の移転登記はされていない。

ホ 原告は、自己の京都事務所を京都市右京区西院東貝川町五沢田ビル八階に開設したが、昭和六〇年一二月二〇日、東京都は、原告に対し、東京都の区域外活動を理由に右事務所の廃止を命ずる是正命令(民法六七条二項)を発し、その結果、右事務所は廃止された。

(2) 目的の範囲

公益法人の「目的の範囲内」とは、目的を重視し厳格に解するべきである。そして、法人の目的に反して取引をすることはできない。

原告は、寄附行為で、原告の目的を「東京都に於ける危機的住宅問題の解決に寄與貢献する」としており、本件合意は原告の目的の範囲外であつて無効である。即ち、本件合意(本件売買契約)は、参加人の意を受け、京都市内に存する土地を同人のために買戻すための契約であり、原告の目的となんら関連しない。

公益法人も、原告主張のとおり、収益事業を行うことができるが、それはあくまでもその目的を遂行するに適当な範囲内においてのみ許されるのであつて、参加人から土地三の買戻権を譲受け、約金七〇億円もの取引に関与する本件合意は、公益法人の目的を逸脱している。

また、右買戻のために、原告は特定の民間企業より融資を受ける必要があるが、このように莫大な融資を受けることは、当該特定の民間企業に奉仕する行為であつて、この点からも公益法人の目的を逸脱している。

(3) 信義則違反(反論)

原告は、目的の範囲外として本件合意の無効を主張することは、信義則に反すると主張する。しかし、被告にはなんら信義に反するところはない。むしろ次の事実によれば、虚偽の事実を告げ、豊原を誤信させて本件売買を締結させた原告の態度こそ信義に反する。

イ 昭和六〇年夏頃、豊原は、被告の執行長等に就任以来、土地三の買収交渉にあたつていたがなかなか交渉が進展せず前途を憂慮していた。このように、交渉が進展しないのは、今村ら競争相手がいるためであると考えていた。

ロ 同年八月末から九月上旬頃、今村らは連合会に対し、原告と被告との間で話合いができたと嘘をいつて、土地三の原告への一括売却もしくは分割譲渡を申込んだ。しかし、連合会が白鳥に問い合わせたところ、そのような事実はないことが判明し、右申込みは断られた。

ハ 同年九月一三日、今村、国島及び野田は、戸塚と面談し、「被告と参加人が目録三の土地を分割して購入したい、被告幹部も分割購入を了承している。」旨を戸塚に申し入れた。戸塚は、「分割売却はできない、処分する場合には、運営協議会、評議委員会の議を経て、一括、公正有利に売る。」と回答した。

ニ その頃、今村は、連合会が土地三の売却先として原告及び参加人を除外している事実を秘し、豊原に対し、戸塚は、原告が右土地買収の最有力候補であること及び原告と被告との間で一刻も早く話合いによる解決をすませてほしい旨の発言をしたといつた。そして、豊原に右事実を真実と誤信させ本件合意をさせた。

ホ 本件合意の際、豊原は本件不動産の売却が越権行為となることを恐れ、今村に対し、宗会の議決が得られた場合に本件不動産を譲渡する旨を口頭で申し入れ、その旨を記載した書面を今村に手渡した。これに対し、今村は、右の申入れを承諾し覚書を作成した。豊原は、その覚書及び受書に署名、捺印をした。

ヘ 同年一二月一五日、豊原は被告の執行長等を任期満了により退任したが、土地三の買収交渉は進展せず、被告が同土地を購入できる目処はなかつた。そのため、豊原と後任の藤岡との間に、右覚書を初め土地三買収に関する一切の事務引継ぎはされなかつた。

そのため、被告は、右覚書に拘束されずに、土地三を取得するに至つた。

2  本件合意を締結した今村の法的地位(争点2)

(一) 原告の主張

今村は、原告の代表者理事として、原告のために本件合意を締結したものであつて、原告又は今村個人が参加人を代理して本件合意を結んだものではない。

(二) 参加人の主張

今村は、原告の理事として又は個人として、参加人の代理人となり本件売買契約を締結した。

即ち、本件合意は、従前、参加人が連合会に売却した土地の買戻問題から発展したもので、本件合意の一方当事者は、買戻のために奔走していた参加人でなければならない。また、今村は国島とともに、参加人の寺院再建に協力する人物として昭和五二年に京都仏教会事務局長井上三郎から紹介を受けた。それ以来、今村は参加人のために連合会及び被告と交渉にあたつており、今村が原告を買主として本件合意を締結したとは考えられない。

3  本件合意の法的性質(争点3)

(一) 原告の主張

(1) 本件合意は、売買の本契約であり、しかも、停止条件付契約ではない。

即ち、昭和五二年五月、豊原が被告の執行長等に就任すると、被告は同人に、土地三の買収に関する一切の権限を授与しており(仮に、その事実が認められないとしても、昭和六〇年九月二五日頃、被告は、豊原に対し、本件合意について宗会決議等によりその締結権限を授与している)、豊原は、本件合意である売買契約を締結する権限を有していた。そして、一度、宗会決議等を経ている以上、本件不動産を原告に譲渡するのに、再度の宗会決議は意味がない。そうすると、覚書に記載されている本件不動産の所有権の移転を被告の宗会決議に係らしめる旨の文言は、本件合意の効力とは関係なく、少なくとも、原告との関係では法的に意味のない文言である。

したがつて、本件合意は、本件不動産の売買契約(一種の転売契約)として完全に有効に成立しており、被告が土地三を取得した時点で、原告は、当然に、被告から本件不動産の所有権を取得する。

(2) 仮に、右文言が条件として効力を有するのなら、同条件は停止条件であつて、本件合意は、宗会決議を停止条件とする売買契約である。

(二) 被告の主張

(1) 豊原には、本件不動産に関して交渉権限はあつても処分権限はない。そこで、豊原は、宗会決議を経るとの条件を付した売買契約であつてもこれを締結する権限はない。

したがつて、本件合意は、被告が土地三を取得し、宗会の決議を得ると、直ちに所有権移転の効果が生じる売買契約ではない。

(2) 仮に、本件合意が売買契約であつたとしても、それは、停止条件付売買契約であり、条件が成就しなければ、契約の効力が生じない。

4  豊原の本件合意をする権限(争点4)。

(一) 原告の主張

(1) 昭和五二年五月、豊原が被告の執行長等に就任した当時、被告は同人に、土地三の買収に関する一切の権限を与えた。そして、本件合意は、土地三を買収する際の条件、手段といえるから、豊原は本件合意を締結する権限を有していた。

(2) 仮に右事実が認められないとしても、昭和六〇年八月末頃、豊原は連合会から原告への土地三の譲渡が確実になつた旨を原告側から聞かされた。そこで、同人は被告が土地三の一部でも取得する目的で原告との交渉を始めた。それに伴い、昭和六〇年九月二五日頃、豊原は、本件合意について宗会から一任を得て、門徒総代の意見を聞き、門主の認許を得た。

したがつて、豊原は本件合意をする権限を有する。

(二) 参加人の主張

(1) 昭和六〇年に近い時点において、豊原は、土地三の買収に関して宗会の一任を取りつけて一切の権限を授与された(土地三の買収権限があれば、本件合意についての権限があることになるのは右(一)(1)のとおり)。

(2) 仮に右事実が認められないとしても、昭和六〇年九月二六日に近い時点において、豊原は、宗会から土地三の買収について一任する旨の決議を得て、門主の了解も得た(土地三の買収権限があれば、本件合意についての権限があることになるのは右(一)(1)のとおり)。

ところで、本件合意は、土地一と土地二の譲渡部分から構成され、土地一を被告が参加人ないし原告に譲渡することは土地三の買収の条件ないし手段にすぎないから、本件合意のうち土地一の譲渡部分については宗会決議等は必要がない。即ち、土地一の譲渡部分は、連合会所有地を被告と参加人ないし原告との間で売買する他人物売買であつて、土地一は被告の基本財産を構成することはない。そして、本件合意のうち土地二の譲渡部分は被告の境内地を構成しているので、土地三の買収権限があるだけでは足りないため、その部分について後で宗会の決議等をするように、特に本件合意を締結するに際して特約を付したものといえる。そこで、本件合意後、被告が宗会決議等をしない場合でも、土地一を参加人に譲渡する部分については効力が生じる(補助参加人の主張も同旨)。

(3) 仮に右事実が認められないとしても、本件合意と、連合会と被告との土地三の売買契約は一体となつた契約であるから、被告は昭和六一年四月三日に開催された宗会の土地三の買収決議で本件合意を承認したというべきである。

したがつて、この時点で豊原の権限は追完され、条件も充たし本件合意は完全に有効になつた。

(4) 仮に、昭和六〇年九月二六日までに、土地三の買収又は本件合意について豊原に権限を授与する旨の宗会決議等がない場合であつても、被告の本願寺法等によれば、豊原は代表者として、一般的包括的な対外的行為をする権限を有し、宗会の決議等がなくても不動産を買収できる(ただし、基本財産を構成する不動産を処分するには、宗会の決議及び門主の認許を必要とする)。そして、土地二の部分については効力が生じないと解しても、右(2)のとおり、本件合意のうち、土地一の譲渡部分については効力が生じることになる(補助参加人の主張も同旨)。

(三) 被告の主張

(1) 昭和五二年頃、被告の執行長等に就任した豊原に対し、被告が土地三の買収権限を授与する旨の宗会決議等を行つた事実はない。

(2) 昭和五四年の宗会協議会の申合せは、被告が豊原に対し、土地三の買収交渉の支援を決めたものであつて、同土地を原告又は参加人に転売する権限を授与した事実はない。

(3) 連合会は、原告及び参加人を土地三の売却先の候補としていなかつたにもかかわらず、今村は、原告が売却先の最有力候補であると豊原を誤信させ、あわてて本件合意を締結させた。同合意をする際、豊原が宗会の決議を得ていた事実はない。

(4) 参加人は、土地三の買収、本件合意について宗会決議等がないとしても、豊原は、本件不動産(少なくとも、土地一)を参加人に譲渡する権限を有すると主張する。

しかし、本件合意は、土地一及び土地二という被告の基本財産を構成する不動産を譲渡することを内容としている。そして、被告執行長等の地位にある豊原は、宗制規則によると、不動産を買収する権限は有しても、譲渡する権限はない。即ち、豊原には、不動産を買収する際は何ら制限がないが(但し、財政上の資金計画は別途手続が必要)、不動産を譲渡するには、宗会決議等が必要となる。とすると、本件合意を単に土地三の買収の条件、手段とはいえないし、豊原が不動産を取得する権限があるからといつて、当然に本件合意をする権限があることにはならない。

したがつて、本件合意が仮に売買契約であるとしても、豊原は宗会の決議等を経なければ有効に契約を締結できない。

(5) さらに、参加人は、豊原は、本件不動産のうちの土地一については宗会決議等がなくても譲渡できるという。しかし、被告が連合会から土地三を取得すれば、その一部である土地一についても、ただちに被告の基本財産となり、その売却には、宗会決議等を要する。

また、本件合意をもつて、被告と参加人ないし原告との間で連合会所有地を売買する他人物売買であるというのは妥当ではない。本件合意は、被告が一度取得して、被告の基本財産に組み入れた土地を転売する契約である。

5  豊原の代表権制限と原告の善意、悪意(争点5)

(一) 原告の主張

仮に、本件合意の際、売買契約を有効に締結するために宗会の決議を必要とし、豊原がこれを得ていなかつたとしても、これは豊原の右代表権の制限にすぎない。そして、原告代表者である今村は、この制限につき善意であつた。

したがつて、被告は、右制限違反による売買契約である本件合意の無効を原告に主張できない。

(二) 被告の主張

原告代表者今村は、豊原の代表権の制限について知つていた。

即ち、本件合意を締結するに当たり、豊原は今村に対し、宗会の議決が得られた場合には本件不動産を譲渡する旨を口頭で申し入れ、その旨を記載した書面を手渡している。これに対し、今村は、右申し入れを承諾し、「宗議会の承認(決議)が得られた場合は」と記載した前示覚書を自ら作成、持参し、豊原はこれに署名押印した。

このような本件合意締結の経緯からいつて、今村が、豊原の代表権に制限が付されていることを知つていたことは明らかである。

6  条件成就の故意妨害(争点6)

(一) 原告の主張

売買である本件合意が停止条件付きであるとすれば、被告は、その条件成就を故意に妨げたので本件合意に基づく債務を履行しなければならない。

即ち、被告は、連合会から土地三を取得し、いつでも本件合意について宗会決議をし、同条件を成就させることができる。そして、被告は、本件合意の際、土地三取得後、速やかに宗会の決議をする約束をしているのにかかわらず、未だにその決議をしていない。そればかりか、昭和六三年二月二七日、被告は、宗会で、連合会から購入した土地三は永く護持し売却しない旨の決議をした。

これらの被告の所為は、故意に条件成就を妨げるものであつて、原告は民法一三〇条により、遅くとも昭和六三年二月二七日には条件が成就したと見做し、本訴で本件合意に基づく債務の履行を求めるものである。

(二) 被告の主張

本件合意は宗会の決議が停止条件となつているところ、未だ宗会の決議はない。反対に、昭和六三年二月二七日に、土地三は永く護持し売却しない旨の決議をしている。しかしながら、この反対決議をもつて条件成就を妨げたものとはいえないし、その他に本件合意の条件である宗会決議を故意に妨害した事実はない。

7  国土法違反の契約の効力(争点7)

(一) 被告の主張

本件合意をするに際して、国土法の届出がない。同法は、土地売買等の契約を締結しようとする者に届出義務を課し(同法二三条一項)、その届出をした日から起算して六週間を経過する日(または不勧告の通知のあつた日)までの間、その届出に係る土地譲渡契約はもちろん、その予約さえ締結することを禁止し(二三条三項)、届出をしないで土地譲渡の契約または予約を締結した者は六月以下の懲役または百万円以下の罰金を科している(四七条一号)。

したがつて、右届出のない本件合意は公序良俗(民法九〇条)に反して無効である。

(二) 原告の主張

公法上の違法とその私法上の効力とは別の問題であつて、本件合意は、国土法の届出をしなくても私法上はなんらその効力に影響を及ぼさない。

第三  争点の判断

一  事実の認定

前示第二の二の前提事実、《証拠略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  原告と被告の本件合意に至る経緯

(一) 昭和五二年五月、豊原は、被告代表役員等に就任して以来、従前から被告の永年の懸案となつていた土地三の買収の計画をすすめた。

昭和五四年一月二九日、第一八八回宗会議によつて開催が認められた非公開の宗会議員協議会において、豊原は、出席者に対し、被告が土地三を買受ける熱意を有することを明確にし、連合会との交渉を強力にできるように同協議会の支援を要請した。これに対し、同協議会は、右要請に従いこれに応ずる申合せをした。

(二) 昭和五四年頃から、今村及び野田は、参加人から同寺再興計画の要請を受けて、右土地の買収交渉を始めた。

翌五五、五六年頃、右今村は、連合会に出向き面会を求めたり、内容証明郵便を郵送して土地三の売却を求めた。

(三) 昭和五六年頃、原告は、被告が境内地拡大のため土地三の取得に強い願望があることを知つた。そこで、翌五七年二月一五日、被告に対して、原告が参加人と締結した後示二2(一)(1)の土地三の利用計画を実現するために、連合会から同土地を譲受ける必要があるとして、原告の同土地買収に協力するように内容証明郵便で申し込んだ。

(四) 同年六月二一日、今村らは、藤岡(当時は被告の総務)及び白鳥に対し、土地三買収の協力を申し入れた。

(五) 豊原は、昭和六〇年になつても土地三の買収交渉が進展しないため、交渉の前途を憂慮していた。このように交渉が進まない理由は、今村などの競争相手がいるからだと考えていた。一方、今村らの買収交渉も進展していなかつた。

(六) 同年(昭和六〇年)四月、今村及び国島は、第三者の紹介により、被告の全国区会副議長をしていた谷川の寺院に出向き、同人と初めて面会した。

谷川は、このとき初めて原告と被告との間に土地三の買収問題があることを知つた。

なお、同人は長い間豊原と親密な関係にあつて同人の影となつて業務に側面から助力してきたものである。

(七) 同年六月末頃、連合会理事長に戸塚が就任した。そこで、同年七月一七日、野田は戸塚と面談し、土地三に関する今までの交渉経緯を説明し、同土地の売却意思を尋ねた。これに対し、戸塚は、現在のところ売却する予定はないこと、いずれは売却することになるが、その際には運営協議会、評議員会に諮り、大蔵大臣の認可を受けて最も高く値を付けたものに売却する旨を回答した。野田は、連合会が正規の手続をとつて正々堂々と処分するのであれば自分は何も言わないと述べた。

(八) 同年七月二五日、参加人は、戸塚に対し、土地三を買戻したい旨の陣情書を提出した。

(九) 同年八月上旬頃、今村及び国島は、谷川と、土地三の買戻に関し意見を交換した。この時、谷川は、被告としてはどうしても右土地を連合会から譲り受けたいので協力して欲しいと述べた。

(一〇) 同月下旬頃、野田、今村及び国島は戸塚と面談し、同人に対し「本願寺とは話をつけたので、(土地三を)買戻し願いたい。」と告げた。これに対して戸塚は、土地三は売却するつもりである旨を野田らに伝えた。

それから、連合会は、白鳥に対し、原告と被告との間で話し合いができているのか電話で問い合わせたが、白鳥は、今村と話をつけたという事実はないと返答をした。

(一一) 同年八月三一日、加古川市内のレストラン「白鳳」で行われた谷川の古希祝宴会において、谷川の紹介により、原告側の今村及び国島と被告側の豊原が、初めて面談した。

右祝宴会の際、今村と国島は、谷川に対し、原告の連合会に対する買収交渉が着実に進行していると述べた。これに対し、谷川は、「土地は是が非でも、豊原によつて本願寺に取得させてやらねばならない。本願寺も困つている。」等と言つて、今村及び国島に対し協力を求めた。そこで、今村らと谷川は協力しあうことで合意した。

(一二) 同年九月三日、豊原は、建設大臣等を歴任し原告の顧問をしていた野田を信頼していた。そこで、谷川とともに、ニューオオサカホテルの一二三〇号室で、野田に会い、原告との土地三の買収の協議につき協力を申し入れた。

その結果、同月一二日午後七時三〇分頃から同一〇時三〇分頃までの間、東京都港区赤坂所在のホテル・ニューオオタニ地下二階の料亭「堀川」で会合が持たれた。原告側から今村、国島及び野田が、被告側から豊原、渡辺(当時被告の総務)及び谷川が出席して、同人らの間で土地三の買収について話し合われた。

(一三) 翌一三日、今村、国島及び野田は、戸塚と会談し、「総長(豊原)は、一一月で任期が切れるので早く処理したい。共存共栄、話し合いで分割して買おうじやないかということだ。被告幹部も分割購入を了承している。」と述べて、被告とともに土地三の分割購入を戸塚に申し入れた。戸塚は、参加人には随意契約では売れない、分割では売れない、売却する場合には、運営協議会、評議委員会の議を経て、一括、公正、有利に売る旨を回答した。

右会談後、豊原と戸塚が面談した。その際、戸塚は豊原に対し、土地三を分割して売却はできないこと、買い手が一本に絞られれば土地三の売却は円滑に進む旨を告げた。

右面談後、ホテル・ニューオオタニで、今村、国島と豊原、渡辺、谷川が協議を重ねた。

(一四) 同月(昭和六〇年九月)一五日、今村は、谷川から翌一六日に打合せをしたい旨の電話連絡を受けた。その際、谷川は今村に対し原告と被告が土地三を分割する合意内容を記載した提案書を作成して持参するように要求した。また、谷川は、同提案書を作成する際には、原告と被告の間の土地配分の割合及び被告境内地の譲渡分の評価額は豊原と渡辺の了承が必要なために空欄にしておくこと、日付は同月一八日とすることを指示した。

(一五) 翌一六日、今村及び国島は、谷川の要求どおりの提案書を作成して持参し、提案書の内容につき、約三時間に亘り谷川と協議した。今村及び国島は、協議成立後、完成した提案書(但し、第1条の配分割合及び第2条の坪当たり単価については空欄)及び趣意書を谷川に提出した。谷川はこの時、右提案書及び趣意書は、同月一八日に豊原と渡辺に渡し、検討結果はその二、三日後に連絡すると述べた。

(一六) 同月二一日、今村及び国島は、谷川から、豊原及び渡辺が提案書の内容に異論がない様子であり、豊原が門主から右提案書の内容について了解を得る予定であるという報告を受けた。

(一七) 同月二四日、今村は、谷川と打合せをした。他方、豊原は、門主と会い、土地三買収の今までの経緯及び右提案書について報告をした。門主は、土地三のすべてを取得できなくても止むを得ないと右提案書の内容を了解した。

(一八) 同日、連合会は、参加人の本山本圀寺再興のためといつて連合会に土地三の買受けを申し込んでいた原告について、監督機関である東京都庁で原告のことを調査した。その結果、昭和三〇年に休眠会社として原告に解散勧告を出したが、原告はこれを無視して不動産業、土建業まがいの事業を行つているが実態は不明である、以上のことが判明した。そして、東京都から連合会は原告と係わらぬ方がよい旨の助言を受けた。

(一九) 翌二五日午前八時頃、今村は谷川から連絡を受けた。豊原が門主から本件不動産の取得は全部でなくてよい旨の了解をとりつけた。被告境内地の売却価格については坪当たり五〇〇万円が被告の意向である。また、早くしたいので、翌二六日中に京都市東山区三条蹴上げの料亭「稲垣」において契約を締結したい、というものであつた。

同日午前一〇時頃から、今村と国島は、翌日の契約締結に向けて谷川と打合せをした。この打合せで、今村は、念書は日付を九月二四日として作成し、また、覚書及び受書の文案を作成した。

(二〇) 同月二六日午後五時頃、今村及び国島は、JR京都駅近くの京阪ホテルで、谷川と会い、念書、覚書及び受書につき確認しあつた。

同六時三〇分頃から、今村と国島は、右料亭「稲垣」で、豊原及び渡辺と会い、谷川を立会人として、本件不動産に関して協議をした。

右協議において、今村及び国島は、被告が土地三を取得したときには、原告は、同土地の北側五〇パーセント及びこれに隣接する堀川通りに面した被告境内地を譲り受けることを主張した。これに対し、渡辺は、土地三の分配割合について、被告が七〇パーセント、原告が三〇パーセントを取得する案を主張した。原告側と被告側で議論が交わされ、谷川は、被告が六〇パーセント、原告が四〇パーセントを取得し、堀川通りに面した被告境内地の譲渡価格を一坪当たり金五〇〇万円とする旨の妥協案を提示した。今村、国島、豊原及び渡辺は、右妥協案を了承し、今村らは念書を差し入れた。豊原らは、今村らが持参した前示覚書、受書及び念書並びに提案書の内容を確認した。そして、豊原は、覚書及び受書に署名、捺印しようとしたが、被告代表者としての公印を所持しておらず、今村ら及び渡辺らの了解を得て私印で捺印をした。なお、提案書のなかの空欄部分(第1条の配分割合及び第2条の坪単価)は、後に今村らがタイプで記入した。

2  本件合意後の事情

(一) 昭和六〇年一〇月二一日、戸塚は、連合会の運営協議会に土地三の売却を案件を提出したが、売却案の承認は得られずに終わつた。

ところが、土地三には、毎年、金一、五〇〇万円を超える公租公課がかかるうえ、地価の上昇よりも金利の方が高い。土地三を遊ばせておくことは資産運用上大変な損失であつて、現金化して資産運用した方が良い。土地三には二つの事件が裁判所で係争中であるが、これも連合会側の勝訴で終了する目処がついた。そこで、戸塚は、現在の段階で土地三を処分する決意をし、その後に開かれた連合会の第一一〇回評議員会において、その旨を説明した。

(二) 有限会社太建は、連合会との間に土地三についての仲裁契約があるとして、昭和五三年一二月日不詳の売買契約による所有権移転登記請求権を代位原因として、昭和六〇年一〇月八日受付で連合会の事務所移転及び名称変更の登記、同月一一日受付で地目変更登記をした。

(三) 同年一一月二一日、戸塚は、土地三の処分について運営評議会の議を経て評議員会でその承認を得た。こうして、戸塚は、連合会から土地三を売却する権限を授与された。

同日の評議員会では、前項の有限会社太建による登記の問題や二件の訴訟事件について議論がされたが、これらの問題は、土地三の売却について障害にならないということで、土地三の売却が承認された。

そして、戸塚は、譲渡先を次の三条件を満たす被告に決めた。

(1) 公正で、最高値で売却する。

(2) 右の目的のため土地三を分割することなく一括して売却する。

(3) 一時払いで全額代金決済を受ける。

売却は、随意契約の方法によることにした。それは、一般競争入札では入札価格が著しく適正を欠くことになる可能性が高くなることが予想される。そうすると、国土利用計画法二四条に従い、売却価格が「土地に関する権利の相当な価格に照らし、著しく適正を欠く」と京都府知事に判断されて、売却手続に支障が生じる。そこで、近隣の者の中で最も高く購入することを希望する者に売却する随意契約によることにしたものである。

(四) 同年一二月一五日、豊原は任期満了により執行長等を退任し、後任に藤岡義昭が就任した。その際、豊原は藤岡に対し、前示覚書等、土地三の買収交渉に関するそれまでの経緯を説明し引継ぎを行つた《証拠判断略》)。また、総長の交代に伴い、財務総務は、渡辺から北條に交代した。

(五) 昭和六一年一月、連合会は、京都府知事、京都市長及び商工会議所会頭からの被告への譲渡方副申書を受理した。

(六) 同年二月一八日、昭和六〇年七月二五日付けの参加人による土地三の買戻しを望む陳情書に対し、連合会は、参加人は当会の売却条件に適合しないとする内容証明郵便を送つた。

(七) 昭和六一年二月二四日、京都市東山区の「東山荘」において、連合会の相場常務と大塚部長は、被告側の白鳥及び北條総務に対し、連合会は土地三を被告に売却する旨を内示し、代金一〇八億五、〇〇〇万円で購入する意思があるかを確認した。

その際、連合会は、右土地を被告が宗教団体の目的又は宗教法人法の定める事業のために使用すること及び国有財産の処分に準じ一〇年間は転売しないこと等の具体的諸条件を併せて提示した。

(八) 同年三月二四日、被告は、宗務特別対策委員会で後示(九)の臨時宗会の議案を作成した。その後、同案を被告の宗局会議にかけ、被告門主の認許を得た。

(九) 同年四月三日、被告は、連合会から(七)の内示を秘したまま土地三を買収する件につき、臨時宗会で決議をし、藤岡に対して一切の権限(取引条件の決定も含む)を与えた。

(一〇) 同年五月二三日、藤岡は、連合会理事長と連名で京都市長に対し、国土法二三条一項の届出をした。同市長から同年六月二八日付で同法二四条第一項の規定に基づく勧告をしない旨の通知を受けた。

(一一) 同年七月四日、被告は連合会から、土地三を被告が宗教団体の目的又は宗教法人法の定める事業のために使用すること、訴訟係属中の訴訟事件のうち京都地方裁判所に係属している境界確定事件を被告の責任で処理すること等を約して、右土地を金一〇八億五、〇〇〇万円で買い受けた。

同日、被告は、右土地を一〇年間転売しないこと、前示(二)の有限会社太建との問題も被告の責任において処理すること等を約した覚書に調印した。

(一二) 同月一〇日、土地三について被告に土地所有権移転登記が経由され、同日、被告は京都府知事から、土地三が宗教法人法三条の境内地である旨の認定を受けた。

(一三) 原告は、同年一二月八日、本件訴えを提起した。

(一四) 昭和六三年二月二七日、被告は、宗会において、連合会から購入した土地三について、「新境内地については今後とも、宗門の基本財産として、永く護持し、いかなる売却処分にも一切応ずることがないように、総局は対処すべきである」との決議をした。

二  原告法人の権利能力と目的の範囲(争点1)の検討

1  権利能力

被告は、前示のとおり原告が公益法人として社会的実体のない休眠状態の法人であつて、公益法人として権利能力を有しないと主張する。

法人は、一旦有効に設立された以上、解散による清算終了に至るまでなお存続し、権利能力を有する(民法七三条)。したがつて、法人の活動がなく休眠状態にあるからといつて、直ちに権利能力を失うものではないから(商法四〇六条ノ三参照)、被告の主張はそれ自体失当であつて理由がない。

被告の主張するところは、法人の実体のないことを理由に法人格否認をいうものともいえる。しかし、それならば法人格否認に必要な法人格が全く形骸化にすぎない事実、又は、それが法律の適用を回避するために濫用されている事実の主張、立証がなく、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。

しかも、《証拠略》によれば、原告は東京都から、再三解散するように指導されてはいたが未だ解散していない事実が認められ、同事実に前示第二の二の前提事実1(一)記載の寄附行為、基本財産の存在、主たる事務所の変更の事実を総合して判断すれば、本件合意当時、原告は公益法人として存続し多少の活動をしていたと認められる。

2  目的の範囲

原告は財団法人である。財団法人は寄附行為に記載された所定の目的の範囲内で権利能力、行為能力を有する(民法四三条)。そこで、本件合意が、原告の目的の範囲内の行為であるか否かを検討する。

(一) 事実の認定

《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 昭和四〇年八月頃、参加人は、連合会に対し、京都市下京区猪熊通五条下る柿本町の同寺所有の境内地(土地三は同境内地の一部)を金四億九、七五七万四、〇〇〇円で売却した。その際、連合会は参加人に対して、連合会は、同会が建設する宿泊施設を参加人の利用に供し、参加人の再興、維持にできるかぎり協力する旨を約した。

(2) 右の後、参加人と連合会との間で右代金の支払いを巡る争いが生じた。

(3) 昭和五二年頃、原告側の今村及び国島は、京都仏教会事務局長井上三郎の紹介により参加人を訪ねた。その際、両名は参加人の要請を受けて同寺の再建に協力することを約した。

(4) 右頃、今村は原告理事に就任した。

(5) 昭和五三年一二月八日、右(2)に関する争いは、連合会が、参加人に右売却地の内の三、三〇五平方メートルを返還する旨の和解が成立したことで解決した(右売却地の内の未返還分が土地三である)。

(6) 昭和五四年頃、今村及び国島は、連合会が土地三に建設を予定していた宿泊施設の建設を断念し、他の候補地を探している事実を知つた。

今村及び国島は、原告名義で連合会から土地三を譲受けて、同土地に参加人の会館及び宿泊施設等を設け、その事業収益の一部をもつて参加人の再興の原資にすることを考えた。

(7) 同年二月一五日、今村は、東京都総務局行政部指導課に赴き、中島主事と面会し、原告の主たる事務所を京都に移転することを申し出た。

その後、今村は右事務所移転の申請書を提出したが、東京都はこれを認めていない。

(8) 同月二八日、今村は中島主事と面談し、自分らが原告の理事に就任した経緯を説明した。

(9) 同年三月、参加人は、右(6)記載の参加人の再興計画に同意し、同年五月、参加人が土地三を原告よりも先に取得した場合には、原告に譲渡する旨を承諾した。

(10) 昭和六〇年九月一六日、今村及び国島は、土地三を一部でも取得するために被告に対する前示提案書を作成したが、同書で原告を参加人の再興推進団体であるといつて連合会から土地三の譲渡を交渉していたものと紹介し、被告に協力を求めた。

(11) 同月二五日、今村及び国島は、谷川と本件合意の打合せした。その際、念書を作成することにしたが、今村は、その念書でも原告は大本山本圀寺蘇生再興のため参加人の同意を得て連合会から本圀寺の跡地である土地三の譲渡を交渉していた旨を記載している。

(12) 翌二六日、今村と豊原の間で、右提案書、右念書及び覚書のとおり本件合意をした。

(13) 昭和六〇年一一月一九日、今村は、東京都総務局行政部指導課に赴き、指導課の大内主事外一名と面会した。

(二) 事実のまとめ

右認定した各事実及び前示一1認定の事実、弁論の全趣旨を総合すれば、今村は、参加人から大本山本圀寺の再興に協力を要請され、再興計画を同人が理事を務める原告によつて行うことにしたこと、今村は、連合会及び被告に対し、原告を参加人の再興護持団体であると称して交渉を始め、被告との間で本件合意に至つたことが認められる。そうすると、本件不動産の買収に関する本件合意は少なくとも原告代表者理事今村の意思において参加人の寺院再興のためその計画の一環として本件不動産を取得しようとして締結されたものといわなければならない。

原告は、こう反論する。<1>参加人から土地三の買戻権を譲受けた。<2>土地三の一部に東京都の学校の修学旅行生のための宿泊施設等を建設することを計画した。<3>原告と連合会の間に、土地三の問題が解決すれば、連合会から東京都立川市錦町一三七番地(約四四五八坪)の土地を譲受ける旨の合意があり、原告は、譲り受けた同土地上に交通遺児母子家庭救済のための低家賃マンションを建設する予定であつた。したがつて、本件合意は原告のため原告の事業に関し行つたものであると主張する。

しかし、本件全証拠中に右各事実を認めるに足る的確な証拠はないし、原告主張の右事実があれば、当然存在する筈の計画書、契約書、念書及び覚書等が提出されていない。よつて、原告主張の右各事実は認められない。

なお、原告は買収した本件不動産で事業を行い、得られた収益の一部をもつて東京都の住宅建設資金とする計画であつたとも主張し、原告代表者今村もそれに副う供述をしている。しかし、被告の本件土地取得の経緯を書いた今村の陳述書にはその旨の記載がなく、その他にこれを裏付けるに足りる的確な証拠がなく遽に措信できない。

(三) 検討

(1) 法人の行為が当該法人の目的の範囲内に属するかどうかは、営利を目的としない公益法人であつても、こう考えるべきである。定款ないし寄附行為記載の目的を文字に拘泥することなく、これから推理演繹されるものを含み、かつ、その明示された目的自体に限らず、その目的を遂行するうえに直接又は間接に必要な行為であればすべてこれに包含する。そして、必要か否かは、その行為が目的遂行上現実に必要であつたかどうかをもつて判定すべきなく、行為の客観的な性質に即し、抽象的に判断されなければならない(最判昭四四・四・三民集二三巻四号七三七頁、最判昭四五・六・二四民集二四巻六号六二五頁)。

もつとも、公益法人の場合にはいわゆる員外貸付などその設立根拠法令に限定された事業が明記されているときは、これに反する行為が目的外のものとして無効とされることがある(最判昭四一・四・二六民集二〇巻四号八四九頁、最判昭四四・七・四民集二三巻八号一三四七頁)。

(2) 《証拠略》によると、原告の寄附行為には次の規定がある(甲A二九の2も寄附行為と題する書面であるが、甲A三三、五一に照らし、目的変更の登記もなく信用できない)。

第三条 本会ハ同志ノ協力ニヨッテ、住生活ニ関シ、技術的、学術的、実際的ナ観点ヨリ、ソノ厚生啓蒙ヲ図リ、以テ東京都ニ於ケル危機的、住宅問題ノ解決ニ寄与貢献スルコトヲ目的トスル

第四条 本会ハ前条ノ目的ヲ達成スルタメ左ノ業務ヲ行フ

一、住宅政策ニ関スル調査研究

二、住宅改造ニ関スル技術研究

三、前二項ニ関スル奨励、啓蒙促進

四、実践事業トシテ庶民住宅ノ建設分譲、共同住宅ノ経営

五、其他目的達成ニ必要ナル事項

(3) 土地三の買入のための本件合意が行為の客観的性質に即し、抽象的に判断して前記原告の目的遂行に必要なものであつたかどうかを次に検討する。

本件合意の客観的性質としては土地買入契約のための事前合意であつて、これを抽象的に判断する限り、前示寄附行為第四条四号の庶民住宅ノ建設分譲、共同住宅ノ経営という目的から演繹されるその敷地確保などとして必要な行為であるといわねばならない。

もつとも、土地三は京都市内にある点、原告の前示寄附行為第三条の目的である「東京都ニ於ケル」危機的、住宅問題の解決に寄与貢献するものか否か疑問となる。なるほど、東京都の住宅問題に京都の土地は不要ともいえる。しかし、右地域の制限は法令上のものではなく、これを客観的抽象的にみる限り、東京都に於ける土地、建物取得のため、その代替地などとして京都市の土地を取得することも前示目的遂行に間接に必要な行為といい得るのであつて、客観的には前示寄附行為第四条五項の「其他目的達成ニ必要ナル事項」に当たるというほかない。

もつとも、前示(一)、(二)の各事実に照らすと、土地三の買入れが具体的にみて右寄附行為所定の目的遂行上現実に必要であつたとは認められない。即ち、前認定(一)、(二)のとおり、今村らが原告の代表者などとして土地三の買入に動いているのは、参加人の大本山本圀寺再興のためであつて、その再興護持団体と称して活動していたことが認められる。

そうすると、本件土地三の買入交渉過程における本件合意は、行為の主観的性質に即し、具体的に判断すれば、目的遂行上現実に必要であつたとはいえず、目的外の行為であるといえる。しかしながら、目的の範囲は前示のとおりこれを行為の客観的性質に照らし、抽象的判断すべきものであるから、これをもつて本件合意を目的外行為により無効ということはできない。

右の主観的、具体的な目的逸脱行為は、法人の目的の定めの持つもう一つの法人の理事などの機関に対する行為制限規範に反するものというべきである。それは、理事の法人に対する任務違反による賠償責任の問題にすぎず、その行為の効力を否定することはできない(民法四四条二項参照)。即ち、法人は理事の代表権の制限違反を善意の第三者に対抗できないし(民法五四条)、法人自身がこれを主張する意思がない場合は特段の事情がない限り、第三者の側から法人に対し、その違反による無効を主張することはできない。

したがつて、法人の目的をめぐるその余の検討をするまでもなく、本件合意は原告の目的内の行為であつて、その無効をいう被告の主張は採用できない。

三 今村の法的地位の検討(争点2)

参加人は、今村は、参加人の代理人として(原告が参加人の代理人となる場合も含む)、本件合意を締結したと主張し、原告はそれを争つている。

そもそも、本件合意文書やこれをめぐる提案書、念書、受書には、原告が参加人のためにすることを示した記載(顕名)がない。また、本件合意の際、今村がこれを口頭で示したことは本件全証拠によつても認めるに足らない。それのみならず、第二の二の前提事実、前示認定一、二2(一)の各事実、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

今村は、参加人から同寺を再興するために協力を要請された。同人は、その再興計画を自らが理事を勤める原告によつて行うことにし、原告の理事長として連合会及び被告と交渉し、被告との間で本件合意をした。また、本件合意の締結の際にも、今村は、本件合意の当事者を原告とする意思であり、豊原も、相手方を原告と理解して本件合意をした。本件合意後も、今村は、原告の理事長として、被告に対して本件合意の履行を求めている。そして、右認定に副わないところのある証拠は、当事者間に争いがない前示第二の二の前提事実及び《証拠略》に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。

したがつて、本件合意は、今村あるいは原告が、参加人の代理人として本件合意をしたものとは認められず、今村が原告代表者として本件合意をしたものである。

そうすると、その余の判断するまでもなく、参加人の本件各請求は理由がない。

四  本件合意の法的性質の検討(争点3)

1  本件合意の意味

前示第二の前提事実3(三)記載のとおり、本件合意は豊原が宗務総長として被告を代表して、原告との間に被告が土地三を買受けたときは本件土地を売渡す旨の原告の提案条項につき宗議会の承認(決議)が得られた場合は原告との間で後日正式に約定書を締結(双方協議の上一部修正を含む)することを約束したものである。

そして、前示第二の二2、3の前提事実、前示認定第三の一の各事実、《証拠略》に照らすと、右の原告の提案条項は、原告の申込から始まつて種々交渉を重ねたうえ門主の内諾を得て示されたものであつて、単なる申込とは異なる。その後、提案条項の大綱につき合意が形成されたところで、豊原は本件土地の売渡については宗会の議決を要することに気付いた。そこで、本件合意の中に「宗議会の承認が得られた場合は、後日正式に約定書を締結する」旨の附款の挿入を求め、その後の原告の念書の受書に前示第二の二3(四)のとおり「但し、覚書を条件とする。」旨を附記しそれぞれの署名押印している。

これらの事実に照らすと、右附款ないし条件は単に成立した売買契約の契約書の作成のみをいうものではなく、売買契約(本契約)を後で行うものとして、宗議会の承認(決議)を停止条件として売買契約を締結する債務を負う予約であるというべきである。そうであればこそ前示のとおり、「双方協議の上一部修正を含む」との記載がされているのである。

2  附款ないし条件の性質

本件合意に附された「宗議会の承認(決議)が得られた場合」とか、念書の「覚書を条件とする」という附款ないし条件は、売買本契約に附されたものでなく、互いに本契約を締結する債務を負う予約に附せられたものと解すべきである。それは、もともと被告の執行長等である豊原には、通常の契約締結権はあるけれども(宗教法人法第一八条三項、四項、浄土真宗本願寺派宗法三二条二項、同宗規九条一項、本願寺「寺法」一九条一項など)、境内地にある不動産の処分などについて宗教法人法二三条、二四条及びこれを承けた同宗法九一条一項、同宗規七三条一項、二九条は、執行長等の処分権限を奪いこれを宗会の権限とし、その議決によることとしている。

なお、宗教法人法所定の境内地にない不動産も同宗法九〇条二項、同宗規七二条二項、同寺法二七条三項により基本財産となり、前同様、その処分は宗議会ないし門主、住職の権限としている。この場合には、法人内部の執行長等の代表権限に加えた制限であるが、これに違反する行為は権限外の行為として無効であり、宗教法人法による境内地内の不動産の処分の場合とその効力において異なるところはない(民法五四条、宗教法人法二四条)。

そうであるから、右の宗会の議決を停止条件とした本件合意は後になされる宗会による売買本契約の締結のための予約であるというべきである。そして、このことは、前示のとおり「宗議会の承認(決議)が得られた場合は、後日正式に約定書を締結する」旨の定めや、「覚書を条件とする」との条項及び証人豊原の証言などから明らかである。

3  本件合意の債務と条件

本件合意は前示のとおり本契約の予約であるが、売買一方の予約ではなく、被告において原告の本契約の申込を承諾する義務を負う通常の予約であり、この承諾債務に宗会の承認(決議)という停止条件が附されたものというべきである。このことは、本件合意中の前示「宗議会の承認(決議)が得られた場合は、後日正式に約定書を締結する」旨の文言、《証拠略》により認められる。

4  まとめ

本件合意は以上のとおり宗会の決議を停止条件とした本件土地三の売買本契約をなす債務を負う予約である。

そして、停止条件である宗会の承認(決議)はなく、かえつて、前示認定のとおり土地三を永く護持し譲渡しない旨の宗会決議がなされたものであるから、条件の不成就が確定し、予約である本件合意は失効したので、被告に本件土地の売買契約の承諾義務を生ずる余地はない。

なお、原告は、前示第二の四のとおり被告による条件成就の故意妨害を主張するが、これは本件合意を停止条件付売買契約(本契約)であることを前提としたもので予約ないしそれに基づく売買契約の承諾義務につき述べたものではない。しかも、本来宗会は独自の権限と裁量により土地三の売買契約の当否を判断できるから、右決議をもつて故意に停止条件の成就を妨げたものとはいえず、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。

そして、もともと本件合意は、売買契約(本契約)の承諾をなす債務を発生させるにすぎず、これにより売買契約(本契約)による所有権の移転ないし契約上の売主の義務としての本件土地の所有権移転登記及び引渡請求権は生じない。とすれば、承諾に代わる意思表示を求める請求もない以上、右承諾義務ないし宗会の承諾(決議)をとりつける債務の不履行による損害賠償責任の問題は別として、本件土地の登記引渡を求める本訴請求は理由がない。

第四  結論

よつて、その余の判断をするまでもなく、原告及び参加人の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 中村隆次 裁判官 遠藤浩太郎)

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