大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和63年(ワ)1076号 判決

原告 鎌田房夫

〈ほか四名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 籠橋隆明

被告 淺沼興産株式会社

代表取締役 淺沼禎夫

〈ほか二名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 辻中一二三

右同 辻中栄世

右同 渡辺隆文

主文

一  被告らは原告鎌田房夫に対し、各自金二〇万円及びこれに対する昭和六三年五月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは原告畑道夫に対し、各自金二〇万円及びこれに対する昭和六三年五月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは原告今井孝之助に対し、各自金二〇万円及びこれに対する昭和六三年五月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告らは原告塚本隆治に対し、各自金二〇万円及びこれに対する昭和六三年五月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告らは原告久保田正紀に対し、各自金二〇万円及びこれに対する昭和六三年五月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

六  訴訟費用は被告らの負担とする。

七  この判決は仮りに執行できる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決及び仮執行宣言。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決。

第二当事者の主張

一  原告

1  請求原因

(一) 当事者

(1) 被告淺沼興産株式会社(以下、被告浅沼興産という)は土地、建物の管理、賃貸、売買、仲介および鑑定等を目的とする株式会社である。被告株式会社淺沼組(以下、被告浅沼組という)は建設工事の企画、設計、監理、請負およびコンサルティング業務等を目的とする株式会社である。被告株式会社大京(以下、被告大京という)は不動産の売買、仲介、賃貸、管理、および鑑定等を目的とする株式会社である。

(2) 被告浅沼興産は京都市右京区太秦森ケ西町八番地の二土地上にランオンズマンション太秦(以下、本件建物という)建設を計画し、被告浅沼組が本件建物の建築を請負い、被告大京が被告浅沼興産より本件建物を購入し分譲した。

(3) 原告らは本件建物近隣に居住する者である。

(二) 本件紛争の背景

(1) 被告浅沼興産は昭和六一年七月頃本件建物建設を計画した。

本件建物の概要は次のとおりである。

高さ 九・九〇メートル

容積率 二〇〇パーセント

建蔽率 六〇パーセント

敷地面積 一三〇八・八四平方メートル

(2) 本件建物は一、〇〇〇平方メートルを越える敷地での大規模な開発であるから本来都市開発法上の開発許可が必要であるところ一棟の建物であるため開発許可不要の証明を得て設計された。そのため本件建物は建築基準法五六条の二に規定するいわゆる日影規制がおよばない範囲で同法の規制する容積、高さの極限まで追求した設計となった。

(3) 本件建物建築計画は近隣住民の反対するところとなった。

(4) ところが、反対運動は被告浅沼興産、同浅沼組による金銭賠償を前提とした個別交渉があり、原告らだけが反対することになった。その結果本件建物建設が開始された。

(5) 昭和六二年一〇月二三日、原告らは自分らの権利侵害の回復を求めて本件建物の一部建築禁止を求めて仮処分の申立をした。

(三) 本件和解契約

(1) 昭和六二年一二月二五日右仮処分審理中に原告らと被告らは和解し工事時間について第二項、第三項で次のとおり合意した(以下、本件和解条項という)。

第二項

被申請人らは、申請人等に対し、本件建物の建築工事については、次の事項を遵守する。

工事期間中の作業時間は午前八時三〇分より午後六時までとする。ただし、内装工事に関しては近隣に騒音振動の虞がない場合は午後九時まで延長できるものとする。

第三項

申請人らは、被申請人らが第二、第四、第五日曜日及び祝祭日に工事をなすことを許容する。

(2) イ作業時間について特に和解条項に組み入れたのは被告浅沼興産と同浅沼組の近隣住民に対する説明会に際して原告らが再三にわたって工事時間について交渉を重ねた。ロさらに協定書成立以前の段階であったが被告浅沼興産、同浅沼組が約束した工事時間を何度も違反したからである(甲第一三号証)。

(3) 原告らは右作業時間に関する定めについて違反の場合の違約金に関する規定を入れるよう主張したが、被告らは和解を誠実に履行する旨確約したので、原告らは特に定めないことに同意した。

(四) 被告らの和解契約違反

(1) 昭和六三年三月二〇日、同日が本件和解条項によって作業が禁じられている第三日曜日であるにもかかわらず、被告浅沼組は工事(以下、本件工事という)を強行した。

(2) 右工事は午前八時三〇分より午後六時まで行なわれた。

(3) 右工事は被告浅沼興産、同浅沼組、同大京が共謀の上故意に行なった工事である(甲第一二号証)。

(五) 被告らの本件違法行為による原告らの被害

(1) 作業時間に関する本件和解条項は前示のとおり、原告らの重要な関心事であった。本件和解成立以前原告らはたびたび被告浅沼組現場事務所に抗議し、工事に伴う騒音が原告らをいかに傷つけるかを説明し作業時間の厳守を求めてきたのである。

(2) ところが、被告浅沼組は成立後間もないころから再三右和解条項を踏みにじってきた。原告らが抗議したもののうち、記録に残っているものだけでも次のとおりある(甲第一一号証)。昭和六三年一月九日、一月一九日、一月二六日、二月一二日、三月五日、三月七日、三月一二日、三月一三日である。

(3) 昭和六三年三月一六日、原告らは被告浅沼組の現場所長である訴外中井力より工事の進行について説明を受けたがその際右約束違反の事実を告げ抗議した。この抗議に対し中井所長は「すみません」と繰り返し二度と違反をしない旨明言した。しかしながら、一階道路面工事については七時半前までやると申し向けた。これに対し、同工事が外装工事に当たり午後六時までしかできないと述べるとそれは外装工事には当たらないと奇妙な解釈を持ち出し暗に三月二〇日の違法行為を仄めかした。

(4) 昭和六三年三月一九日土曜日、被告浅沼興産社員訴外三宅哲朗及び前記中井が原告ら宅を訪れ三月二〇日に本件工事を行なう旨申し入れた。右申し入れに対し原告は本件和解契約を遵守してほしい旨を中井、三宅及び被告浅沼興産社員営業部長岩佐康男に対し訴え、翌日の本件工事を中止するよう要求した。しかしながら被告浅沼興産、同浅沼組、同大京はこれを聞き入れず翌日本件工事を実施した。

(5) 以上のとおりであるから昭和六三年三月二〇日に本件工事を行なうという本件和解条項に違反する被告らの違法行為が原告らにもたらした精神的傷の深さは極めて深刻かつ重大である。右精神的被害の程度を金銭に代えて考えることは困難であるが一人あたり少なくとも二〇万円を下らない額が相当するものといわねばならない。

(6) よって原告らは被告らに対し債務不履行及び不法行為に基づき各自連帯して原告一人当たり金二〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日より支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  主張

原告らの本件和解にいたる努力と苦痛の経緯に照らせば、和解条項違反による精神的苦痛は大きい。

二  被告(答弁・主張)

1  答弁

(一) 原告主張の請求原因(一)のうち(1)(2)の事実を認める。

同(一)(3)は、そのうち原告久保田を除き原告らが本件建物近隣に居住している事実を認め、その余を否認する。

(二) 同(二)のうち、(1)、(2)の事実を認める。

同(二)(3)の事実を否認する。

同(二)(4)、(5)の事実を認める。

(三) 同(三)(1)の事実を認める。

同(三)(2)のうちイの事実を認め、同ロの事実を否認する。

(四) 同(四)のうち(1)、(2)の事実を認める。

同(四)(3)の事実を否認する。

(五) 同(五)のうち、(1)、(2)、(3)の事実を否認する。

同(五)(4)のうち、被告浅沼興産、被告大京が工事をしたことを否認し、その余の事実を認める。

同(5)、(6)を争う。

2  主張

被告浅沼組が施工した本件工事は、外装、内装工事で、原告らに迷惑や苦痛を与えるものでなく、原告らに被害は発生していない。

第三証拠《省略》

理由

一  原告主張の請求原因事実中、(一)(1)、(2)の事実、(3)のうち原告久保田の本件建物近隣居住の事実を除く事実、同(二)(1)、(2)、(4)、(5)の事実、同(三)(1)、(2)イの事実、同(四)(1)、(2)の事実、同(五)(1)ないし(3)の事実、同(4)のうち、被告浅沼興産、被告大京の現実の工事施行を除く事実は、いずれも当事者間に争いがなく、右原告久保田の近隣居住の事実、被告浅沼興産、被告大京の本件工事実行の事実及び請求原因(五)の(5)、(6)の事実を除くその余の事実は、《証拠判断省略》を総合して、これを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

二  原告主張の請求原因中、原告久保田が現在、本件建物の近隣に居住しているとの事実は本件全証拠によるもこれを認めるに足りず、《証拠省略》によると、原告久保田は本件和解後肩書住居地である大津市へ転居したことが認められる。

三(一)  原告は本訴において請求原因(四)において和解契約の違反を主張し、同(五)(5)、(6)において本件工事を行うという和解条項に違反する違法行為により原告らが受けた精神的苦痛による慰藉料各二〇万円を債務不履行及び不法行為に基づき請求している。

一般には債務不履行によって何らかの人身損害、財産的損害が生じ、これにつき精神的損害に基づく慰藉料を請求するのが通例であるのに、本件はこのように人身損害、財産損害などを介さず、債務不履行行為自体である不作為の違反行為に基づく直接の慰藉料を請求するものである。

そして、《証拠省略》を総合すると、本件工事による騒音、振動はさほど大きいものでなく、原告鎌田は当日、日曜日ではあるが自宅でコマーシャル脚本執筆中であるうえ、和解違反の本件工事の強行に立腹して僅かな騒音にも精神が苛ら立ち、精神的苦痛を受けたことが認められるが、近隣に居住しない原告大久保を含むその余の原告らが本件工事による騒音、振動によって直接的な損害を受けたとの事実は、その主張もなく、本件全証拠によるもこれを認めるに足る的確な証拠がない。

(二)  他方、《証拠省略》によると、本件建物の建築は被告浅沼興産が施主となり、被告浅沼組が工事を請負い、被告大京が完成建物を譲受けて、一般分譲をする予定であったところ、被告浅沼組では、施主である浅沼興産の営業部長で、本件工事の担当責任者である岩佐康男を中心に検討を加え、納期が遅れている本件建物建築工事を速やかに完成し、工事遅延による損害金を免れた方が、本件和解違反による損害賠償金を支払うより得策であると判断して、原告らの反対にも拘らず、敢えて和解違反の本件工事を実施したものであることが認められ、他にこの認定を動かすに足る証拠がない。

(三)  右認定のように故意による債務不履行の場合には、懲罰的ないし制裁的性質を有する慰藉料の支払義務を科することができるものと考える。

わが民法においても、米法上いわれているのと同様に、当事者は予見可能な損害さえ賠償すれば契約を破り、経済的合理的計算により他の契約と乗り換えることもでき、いわば、契約を破る自由なるものが認められてよい場合があるが、これは損害賠償の負担を前提としていえることであり、しかも、通常の商品売買などの取引的契約の違反についていい得るものであるから、前認定のように原告らが苦心と努力の結果、建築工事に伴う騒音等による精神的苦痛を防止する目的で成立した本件和解条項に違反する行為を故意に敢えて行なった本件では、それ自体違法な行為であるから予見される具体的な騒音等による財産的損害、精神的損害が立証されない場合でも、なお、債務不履行ないし契約違反自体による精神的苦痛に対し、その違反の懲罰的ないし制裁的な慰藉料の賠償を命ずるのが相当である。

(四)  そして、前認定一、三(一)、(二)の各事実、弁論の全趣旨に照らし、原告らに対する被告らの本件債務不履行による慰藉料は原告各自につきそれぞれ金二〇万円が相当であると認められる。なお、右慰藉料の性質に鑑み、原告久保田が本件工事当時、本件建物の近隣に居住していないことは、被告らの同原告に対する右慰藉料の支払義務を左右するものではないし、本件工事を現実に施工したのが被告浅沼組であって、他の被告はその施工に手を下したものでないけれども、前認定一の各事実や前示本件和解成立の経緯に照らし、本件工事の施工ないし本件和解条項の遵守につき被告らは共同責任があり、その違反の本件工事についても共謀があると推認すべきものであるから、右のように被告浅沼興産、被告大京が現実の施工に当っていなかったとしても、被告浅沼興産、被告大京において右慰藉料の支払を免れ得るものではない。

(五)  次に、被告は前示事実摘示第二の二2において、本件工事が外装、内装工事で原告らに迷惑や苦痛を与えるものでない旨主張するが、前示のとおり被告らは本件和解条項違反の本件工事の施行という債務不履行行為自体に対する懲罰的ないし制裁的性質をもつ慰藉料の支払義務を負うから、原告らの本件工事による騒音等の現実的な精神的苦痛の有無を論ずる必要はなく、これをいう被告らの右主張は失当であって、その理由がない。

四  以上のとおり、被告らは、各自、原告らそれぞれに対し慰藉料として各金二〇万円宛の金員及びこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年五月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があることが明らかである。よって、被告らに対しその支払を求める原告らの本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川義春)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例