大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和58年(行ウ)25号 判決 1985年2月27日

京都市山科区四ノ宮大将軍町一四番地

甲事件原告(以下原告という)

岸見明子

同所同番地

乙事件原告(以下原告という)

岸見光子

原告ら訴訟代理人弁護士

高田良爾

京都市東山区馬町通東大路西入新シ町

甲事件、乙事件被告(以下被告という)

東山税務署長

伴恒治

指定代理人検事

中本敏嗣

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

被告が、昭和五七年七月八日付で原告岸見光子に対してした同原告の昭和五四年分の所得税更正決定処分(但し、裁決によって一部取り消された後のもの)のうち、総所得金額が五五万四〇〇〇円を超える部分を取り消す。

被告が、同日付で原告岸見明子に対してした同原告の昭和五五年分、昭和五六年分の所得税更正決定処分(但し、裁決によって一部取り消された後のもの)のうち、昭和五五年分の総所得金額が五四万二〇〇〇円、昭和五六年分の総所得金額が五八万四〇〇〇円をいずれも超える部分を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

1  原告らの本件請求の原因事実

一  原告岸見光子は、昭和五四年中に肩書住所地で玩具小売業を営んでいたが、原告岸見明子(嫁)は、これを引き継ぎ、昭和五五年、昭和五六年中玩具小売業を営んだ。

原告らは、それぞれ、本件係争年分の確定申告(白色申告)をしたところ、被告は、昭和五七年七月八日付で、原告らに対し、更正決定をした(以下本件処分という)。原告らは、これに対し、異議の申立て、審査請求をしたが、その手続的経過とその内容は、別紙1記載のとおりである。

二  しかし、本件処分は、次の点で違法であるから、取消しを免れない。

(一) 本件処分の通知書には、処分理由が全く附記されていなかった。

(二) 被告の部下職員は、税務調査に際し、第三者の立会いを理由に調査をせず、しかも調査理由を開示せず、直ちに反面調査のうえ本件処分をした。

(三) 被告は、原告らの本件係争年分の所得を過大に認定した。

三  そこで、原告らは、被告に対し、本件処分のうち、総所得金額が、請求の趣旨第一、二項掲記の金額を超える部分の各取消しを求める。

2  被告の答弁

本件請求の原因事実中一の事実は認めるが、二の主張は争う。

3  被告の主張

一  被告の部下職員は、昭和五七年四月二六日以降前後七回にわたり原告方に臨場したが、原告らは、「多忙だ」「都合が悪い」「第三者の立会を認めよ」と繰り返えすだけの非協力的態度に終始し、帳簿書類の提示をせず、事業内容の説明をしなかった。

そこで、被告は、やむをえず反面調査のうえ、本件処分をした。したがって、本件処分には、手続的瑕疵がない。

二  原告らの所得金額は、別紙2記載のとおりである。

年分 被告主張額 本件処分額

昭和五四年分 三五一万八八六六円 二九九万九六七二円

昭和五五年分 三三一万九六〇二円 二九一万四一九一円

昭和五六年分 三七一万七八三六円 三五四万九八三二円

(一) 別紙2の<2>売上原価

その内訳は、別紙3記載のとおりである。

(二) 別紙2の<1>売上金額

(1) 同業者の選定

被告は、京都市内の東山、上京、中京、下京、右京、左京及び伏見の各税務署管内の玩具小売業を営む個人事業者のうちから、本件係争年分を通じ、次の条件に該当する同業者を抽出した。

<1> 青色申告書を提出していること。

<2> 他の事業を兼業していないこと。

<3> 売上原価が六〇〇万円から一八〇〇万円までの範囲であること。

<4> 年間を通じて事業を営んでいること。

<5> 不服申立てまたは訴訟係属中でないこと。

(2) 同業者の平均売上原価率の算出

このようにして選ばれた同業者一二件を整理したものが、別紙4であり、同業者の平均売上原価率は、次のとおりになる。

昭和五四年分 七〇・七五パーセント

昭和五五年分 七一・四四パーセント

昭和五六年分 七一・五二パーセント

なお、これら同業者は、原告らと業種が同一であり、規模も原告らと類似しているから、これらの原価率を適用することには、合理性がある。

(3) 売上金額

<1>売上金額は、<2>売上原価を、別紙4記載の右原価率で除したものである。

(三) 別紙2の<3>一般経費

(1) 一般経費率の算出

別紙4の同業者の平均一般経費率を算出すると、次のとおりである。

昭和五四年分 六・八六パーセント

昭和五五年分 六・八九パーセント

昭和五六年分 六・四七パーセント

(2) 一般経費

<1>売上金額に同業者の右平均一般経費率を乗じて算出した。

(四) まとめ

このようにして算出された原告らの本件係争年分の事業所得金額は、本件処分の事業所得金額を超えるものである。

4  被告の主張に対する原告らの反論

一  被告主張の別紙2の<2>売上原価(別紙3の原告らの売上原価)は、認めるが、同業者率を争う。

二  被告主張の同業者率を原告らに適用することは、次の理由で合理性がない。

(1) 原告らは、プラモデルと玩具とを半々に取り扱っていたところ、本件同業者には、プラモデル専門の店、玩具専門の店がそれぞれ含まれている。両者は、取扱う商品が異なるのであるから、原告らと類似性のある同業者というためには、プラモデルと玩具とを半々取り扱っている同業者でなければならない。

(2) 原告らは、それぞれただ一人で事業に従事した。したがって、同業者を選ぶには、従事員(経営者も含む)は、一人であるものを選ばなければならない。

(3) 原告らには、雑収入がない。しかし、本件同業者には、雑収入のあるものがあるはずである。そうすると、仕入金額と対応しない雑収入を含めて原価率を計算していることになり、正確な原価率が得られない。

(4) 税理士報酬は、一般経費に含めて、同業者の経費率を算出しなければならない。

(5) 本件同業者のうち、別紙4の上京1、伏見2の各経費率は、他と比較して低すぎるから、除外されるべきである。

5  原告らの反論に対する被告の反駁

一  本件同業者の雇人費、専従者の給与は、別紙5の1記載のとおりであり、本件同業者中税理士報酬の支払額は、別紙5の2記載のとおりである。

二  玩具小売業は、商品に定価があり値引きが少ない業種であるから、従事員数と無関係に、売上原価に見合う売上金額が想定できるのである。

三  原告らの一般経費が、従業員のいる同業者の一般経費に比して特に多額になることはなく、むしろ、従業員に対する福利厚生費の支出がない点で原告らの方が有利である。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。

理由

一  本件請求の原因事実中一の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件税務調査の違法性について

原告らは、本件税務調査のとき、第三者である民主商工会の者を立ち会わせるよう要求し、被告の部下職員がその立会を認めなかったことは、当事者間に争いがない。

ところで、税務職員が、所得税法二三四条一項による質問検査権を行使する際、その行使の方法や時期について同法にはなんらの定めがないから、その行使の方法や時期の選択は、納税者の営業妨害や人権の侵害にならない限り、その裁量にゆだねられていると解するのが相当である。したがって、税務職員が、第三者の立会を認めるかどうかは、その裁量の範囲内の事柄に属するから、本件でも、税務職員が第三者である民主商工会の者の立会を認めなかったことが、直ちに本件税務調査を違法にならしめるものではない。

また、税務職員は、本件税務調査に際し、原告岸見明子に対し、「申告に間違いがないか調べたいから、帳面を見せて欲しい」と告げたのである(同原告の本人尋問の結果によって認める)。したがって、これによって、本件税務調査の理由が開示されたとしなければならない。

三  理由附記について

所得税法は、青色申告書に係る更正について、更正通知書にその更正の理由を附記することを義務づけている(同法一六六条二項)。しかし、白色申告書に係る更正について、そのような義務を課した規定がない。したがって、被告が本件処分をするについて、理由を附記しなかったことには、なんらの違法がないとしなければならない。

四  本件処分の違法性について

1  原告らの本件係争年分の売上原価は、当事者間に争いがない。

2  本件同業者の選定と原価率、経費率について

(一)  証人西岡達雄の証言によって成立が認められる乙第一ないし第七号証の各一、二や同証言によると、訴外大阪国税局長は、被告主張の各税務署に対し、被告主張の条件で同業者を調査するよう一般通達を発し、被告が提出された回答を整理したものが、別紙4であることが認められ、この認定に反する証拠はない。

(二)  本件同業者は、玩具小売業者であり、原告らとその規模に類似性があるから、次の修正を施して、必要な率を算出することにする。

(1) 被告は、同業者の一般経費から税理士報酬を除外して計算しているが、当裁判所は、税理士報酬は、一般経費に含まれるものと考えるから、これを算入する(その額は、被告が自認している別紙5の2による)。

(2) 本件同業者の算出所得率を算出すると、別紙6の1ないし3の該当欄記載のようになる。そこで、同率に著しい開差がみられる東山2及び上京1を除外する。

(3) そうすると、同業者一〇件の原価率、経費率は、別紙6の1ないし3記載のとおりである。

年分 原価率 経費率

昭和五四年分 七〇・二五パーセント 七・三四パーセント

昭和五五年分 七一・一七パーセント 七・二四パーセント

昭和五六年分 七〇・九五パーセント 六・八二パーセント

(三)  原告らは、本件同業者のうちプラモデル専門店、玩具専門店があり、両者は、取扱商品が異なっていると主張している。

証人西岡達雄の証言によると、本件同業者の中には、玩具が主体の玩具小売業者とプラモデルが主体の玩具小売業者があることが認められる(もっとも、その比は明らかでない)。しかし、別紙6の1ないし3の同業者所得率をみたとき、極端な開差がない(東山2及び上京1は除外)わけであるから、同業者一〇件の平均原価率を算出してこれを適用することには合理性があるとしなければならない。すなわち、原告らは、玩具とプラモデルを半々に仕入れて小売をしているから、同業者も必ずこのように半々に仕入れたものだけでなければ類似性がないとまでは、いえないのである。

(四)  原告らは、同業者を選ぶには、従事員(経営者を含む)が一人であることが条件になると主張している。

本件同業者の中には、専従者のほかに雇人のある者が含まれることは、別紙5の1によって明らかである。

しかし、玩具小売業は、製造業、サービス業、請負業などと異なり、必ずしも従事員の数によって、売上金額が上下するわけではなく、売上は、事業主の経営方針に左右される要素が多分にあるから、原価率と従事員数との間に通常相関関係があるとはいえないとしなければならない。また、経費率は、従事員の雇人費が特別経費として控除される関係上、その数に左右される。しかし、前述したように、同業者一〇件の平均所得率には、極端な開差がないところから、同業者一〇件には、原告らとの類似性がある点に着目したとき、同業者の経費率の開差だけから、同業者の類似性を否定することは、失当である。

(五)  原告らは、雑収入がないところ、同業者には、売上原価に対応しない雑収入があると主張している。

前掲乙号各証によると、大阪国税局長が、被告主張の各税務署に発した一般通達には、「売上金額欄は、決算書の『売上(収入)金額(雑収入を含む』欄の金額を記入する」と記載されていることが認められるから、本件同業者の売上金額に雑収入が含まれていることになる。

この雑収入がなにであるかは、同業者の会計処理上の問題が関係するため判然としないが、それが例えばバックマージンであるなら、原告らにバックマージンが全くなかったとは考えられない(会計処理上仕入から減額するかどうかは別として)。そして、前述したとおり、所得率上極端な開差のない同業者一〇名の平均原価率を算出するのであるから、雑収入の有無が、算出された平均原価率に大きく影響を及ぼし、平均原価率を不合理にするとまではいえない筋合である。

3  当裁判所の認定する原告らの事業所得金額について

前記同業者平均原価率、経費率により、被告主張の算出方法に従って、原告らの本件係争年分の事業所得金額を計算すると、別紙7記載の金額になる。そして、この金額と、本件処分の事業所得金額とを対比すると、後者は、前者の範囲内であることが明らかである。したがって、本件処分は、原告らの事業所得金額を過大に認定したことにはならないし、これをうけてされた過少申告加算税賦課決定処分にも、なんらの違法な点はないことに帰着する。

五  むすび

以上の次第で、本件処分には、原告ら主張の違法がないから、原告らの本件請求を失当として棄却し、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古崎慶長 判事 小田耕治 判事補 長久保尚善)

別紙1 課税処分経緯

<省略>

別紙2 事業所得金額

<省略>

別紙3 原告らの売上原価

<省略>

別紙4 同業者率の計算

<省略>

別紙5の1 同業者の雇人費等一覧表

<省略>

別紙5の2 同業者の税理士報酬

<省略>

別紙6の1 54年分同業者率の計算

<省略>

別紙6の2 55年分

<省略>

別紙6の3 56年分

<省略>

別紙7 裁判所の認定した事業所得金額

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例