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京都地方裁判所 昭和58年(行ウ)22号 判決 1985年2月13日

京都市北区大北山原谷乾町六一番地七

原告

山代忠一郎

訴訟代理人弁護士

高田良爾

京都市上京区一条西洞院東入元真如堂町

被告

上京税務署長

土肥米之

指定代理人検事

田中治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告が、昭和五七年三月二日付で原告に対してした原告の昭和五三年分ないし昭和五五年分(以下本件係争年分という)の所得税に対する更正決定(以下本件処分という)のうち、昭和五三年分の総所得金額が一〇六万八五六二円、昭和五四年分の総所得金額が九五万円、昭和五五年分の総所得金額が九四万五〇〇〇円をいずれも超える部分及び昭和五三年分の過少申告加算税賦課決定処分(以下本件賦課決定処分という)を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  本件請求の原因事実

1  原告は、織物製造業を営んでいるが、本件係争年分の所得税の確定申告をしたところ、被告は、本件処分及び本件賦課決定処分をした。

原告は、これに対し、異議の申立、審査請求をしたが、それらの内容と経過は、別紙1記載のとおりである。

2  しかし、本件処分には、次の違法がある。

(一) 被告の部下職員が、原告に対し税務調査をした際、第三者の立会を認めず、税務調査の理由を開示しなかった。したがって、本件処分には手続上の瑕疵がある。

(二) 本件処分は、原告の本件係争年分の所得を過大に認定した。したがって、本件処分には、実体上の瑕疵があり、これを受けてされた本件賦課決定処分も違法である。

3  結論

原告は、被告に対し、本件処分中請求の趣旨第一項掲記の金額を超える部分及び本件賦課決定処分の取消しを求める。

二  被告の答弁

本件請求の原因事実中1の事実は認めるが、2の主張は争う。

三  被告の主張

(税務調査について)

被告は、昭和五六年一〇月一四日以降、原告の本件係争年分の所得税調査のため、数回にわたり部下職員を原告方へ臨場させた。

右部下職員は、臨場の際、原告が本件係争年分の確定申告書に記載した所得金額が適正なものかどうかを確認するため、調査に来た旨を告げた後、原告の理解と協力を得て本件係争年分に係る所得金額の計算に必要な帳簿書類等の提示を求めて調査をしようとしたが、原告は、右資料を何ら提示せず、調査に関係のない第三者の立会を強要するばかりで、調査に応じようとしなかった。

そこで、被告は、やむを得ず、原告の取引先等を調査し、その結果に基づいて本件係争年分の所得金額を推計の方法によって算定した。したがって、被告の部下職員のした税務調査には、なんら手続的瑕疵はない。

(本件処分及び本件賦課決定処分の正当性について)

1 原告の本件係争年分の総所得金額(事業所得金額)は、別紙2記載のとおりである。以下に分説する。

年分 被告の主張額 本件処分額

昭和五三年分 二六一万八五一七円 二三六万九六一二円

昭和五四年分 一八七万一七〇二円 一七三万二六二二円

昭和五五年分 一五三万二八六四円 一四六万七八三八円

(一) <1>売上金額

別紙3記載のとおり

(二) <2>同業者平均所得率

(1) 同業者の選定

被告は、上京税務署管内の納税者から、次の条件に該当する同業者を抽出した。

(ア) 本件係争年分を通じ青色申告書を提出している個人であること。

(イ) 本件係争年分に織物業のうち帯製造業を営んでいること。

(ウ) 右以外の事業を兼業していないこと。

(エ) 本件係争年分の売上金額が、二五〇万円以上一二〇〇万円未満の範囲内にあること。なお、右売上金額の範囲は、原告の売上金額が、本件係争年分のうち最も多い昭和五三年分の売上金額の一五〇パーセントを上限とし、下限は売上金額が少ない昭和五五年分の五〇パーセントとした。

(オ) 本件係争年分を通じ材料を売上先より無償で支給されていないこと。

(カ) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

(キ) 本件係争年分の課税処分につき、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

この条件によって選出された同業者を整理したものが、別紙4の1ないし3である。

右抽出基準により抽出された同業者は、原告と営業地域、営業形態、営業規模等の点で類似性があるから、原告の所得を推計する基礎としては適当であり、また、右同業者は、青色申告者であるから、その金額等の算出根拠となる資料はすべて正確なものである。また、抽出にあたって、被告の恣意が介入する余地は、全くない。

なお、製造業において、一般には、製造原価は材料費、労務費、経費の合計額とされており、本件帯の製造業においても、売上金額に直接対応する原価の主なものは、材料費、雇人費、外注費で構成されるから、これらの科目を製造原価に含めたものである。

(2) 原告の営業形態が、昭和五三年分は仕入機であり、昭和五四年分及び昭和五五年分は織屋であったから、右同業者を、原告の営業形態に合致されて分類して同業者の算出所得率を算出すると、別紙5の1ないし3記載のとおりになる。

昭和五三年分 三九・四二パーセント

昭和五四年分 四一・一九パーセント

昭和五五年分 四一・五六パーセント

(三) <3>算出所得金額

<1>売上金額に<2>同業者平均所得率を乗じた金額である。

(四) <4>特別経費

別紙6記載のとおりである。

(五) <5>事業専従者控除額

原告の本件係争年分の確定申告書に掲記された金額である。

2 原告の本件係争年分の総所得金額(事業所得金額)は、別紙7記載のとおりであるから、被告は、予備的にこの額を主張する。

年分 被告の主張額 本件処分額

昭和五三年分 二五四万一〇七三円 二三六万九六一二円

昭和五四年分 一八六万八七七一円 一七三万二六二二円

昭和五五年分 一六六万九五一四円 一四六万七八三八円

別紙7の<2>同業者平均所得率は、別紙4の1ないし3の各所得率による。そのほかは、すべて別紙2と同じである。

3 まとめ

被告の主張額は、いずれも本件処分の総所得金額(事業所得金額)を超えるから、本件処分は、原告の本件係争年分の所得を過大に認定した違法はないし、本件賦課決定処分にも、取り消すべき瑕疵はない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  被告の主張は、認める。但し、<2>同業者平均所得率及び<3>算出所得金額をのぞく。

2  被告主張の同業者平均所得率は、次の点で不合理である。

(一) 織物製造業には、織屋と仕入機とがあり、両者は、全く業態が異なり両者には類似性がない。そして、原告は、昭和五三年分が仕入機、昭和五四年分及び昭和五五年分が織屋であった。したがって、同業者も、両者に分けられるべきである。

(二) 同業者のうち、一般経費率の極端に低い同業者は、除外すべきである。すなわち、昭和五三年分同業者3は五・六九パーセント、同4は一〇・九九パーセント、同5は二・八四パーセント、同6は一〇・二六パーセントであり、昭和五四年分同業者3は六・八パーセント、同業者4は一〇・四五パーセント、同業者5は二・九一パーセント、同業者6は六・九一パーセントである。さらに昭和五五年分同業者4は一〇・二七パーセント、同業者5は三・九五パーセント、同業者6は八・六四パーセントである。

これらの同業者は、同業者1、2と比較してもあまりにも一般経費が低すぎると判断せざるをえないから、原告と類似同業者とすることには合理性がない。

(三) 同業者の売上原価の中には、青色専従者給与分(妻の分も含む)を加算したうえ、所得率を算出すべきであるのに、被告は、そうしていない。

そこで、原告が右のように加算して所得率を算出したものが、別紙8の1ないし3である。

(四) 被告は、平均的所得率を算出する方法として同業者の所得率を単純に加算して所得率の平均を求めているが、率を加算して率の平均値を算出する方法は、統計学上誤りである。同業者の売上金額の合計金額と算出所得金額の合計金額を基本として平均所得率を算出すべきである。この方法で所得率を算出すると、昭和五三年分が二二・三一パーセント、同五四年分が二五・〇三パーセント、同五五年分が二八・五〇パーセントになる。

3  原告は、本件係争年分に、訴外船越妙子に帯の製造加工賃として、少くとも次の額を支払った。これは、特別経費に該当するから、控除されるべきである。

昭和五三年分 八四万円(毎月七万円あて)

昭和五四年分 八四万円(同右)

昭和五五年分 八四万円(同右)

五  原告の反論に対する被告の反駁

1  織屋と仕入機とでは、営業形態の基本部分に重要な差異がない。

2  一般経費にばらつきがあるのは、同業者の記帳及び経理方法の違いに基づくもので、同業者の平均所得率を算出する妨げにならない。

3  同業者には、いずれも雇人給料賃金の支払がない。

そして、被告は、原告の妻が本件係争年分に事業に従事していたものとして事業専従者控除をしたから、同業者に妻以外の事業専従者がある場合に、その者の給与額を考慮すれば足りる。ところが、原告の別紙8の1ないし3は、同業者の妻の専従者給与分も含めて計算している点で誤っている。

そして、同業者中妻以外の事業専従者のあるものは、本件係争年分を通じ、同業者2、5だけである。そして、それらは、いずれも一人であり、その専従者給与額は、次のとおりである。

同業者 昭和五三年分 昭和五四年分 昭和五五年分

2 六〇万〇〇〇〇円 六〇万〇〇〇〇円 六〇万〇〇〇〇円

5 六三万〇〇〇〇円 五五万五〇〇〇円 七一万五五〇〇円

4  同業者率に基づく推計課税は、個々の同業者間の率を平均してその業種の平均的同業者率を求めてこれを適用するにあるから、個々の同業者率の平均値を求めるのが合理的である。原告の計算方法は、同業者をまとめて一件とするもので、これでは、業者間の規模の格差によって正しい平均値を算出しえない可能性がある。

5  被告は、同業者所得率の算出に当たり、外注費を含めたから、外注費を特別経費としてその実額を控除することはできない。そのうえ、原告が船越たか子に対する支払の証拠として提出しているのは甲第一号証だけで果してそのような支払があったかどうかは疑問である。

第三証拠関係

本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。

理由

一  本件請求の原因事実中1の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件税務調査の違法性について

税務職員には、所得税法二四三条に規定する守秘義務があるから、税務調査に第三者の立会を拒否するかどうかは、当該税務職員の合理的裁量に委ねられていると解するのが相当である。したがって、本件の場合、税務職員が、本件税務調査に当たり、民商事務局職員の立会を拒否した(この事実は、原告本人尋問の結果によって認める。)ことによって、本件税務調査が直ちに違法になる理はない。

税務職員は、本件税務調査のため、原告方に臨場したとき、原告に対し、本件係争年分の確定申告書に記載された所得金額が適正なものかどうかの調査にきた旨を告げたわけであるが(この事実は、同結果によって認める。)、税務職員には、それ以上に調査の具体的理由や必要性を開示する義務を所得税法上課せられていないと解するのが相当である。したがって、税務職員が、本件税務調査に際し、調査の理由や必要を開示しなかったからといって、直ちに本件税務調査が違法になる理はない。

そして、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、本件税務調査に原告主張の手続的瑕疵のあったことが認められる証拠はない。

そこで、原告のこの主張は採用しない。

三  本件処分及び本件賦課決定処分の違法性について

被告の主位的主張と予備的主張とを対比したとき、主位的主張の方が、原告の本件係争年分の事業形態により近似させて推計することになるから、当裁判所は、主位的主張だけについて判断する。そして、被告としては、主位的主張について判断を受け本件処分が維持されれば、それで、本件処分の正当性が主張、立証されたことになるわけであるから、そのときにまで、予備的主張の点について判断を求める趣旨ではないと解されるのである。

1  被告の主位的主張事実は、<2>同業者平均所得率及び<3>算出所得金額をのぞき、当事者間に争いがない。

2  同業者率について

(一)  証人田中邦雄の証言によって成立が認められる乙第二、三号証、同第八号証の一ないし六や同証言によると、被告は、上京税務署管内から被告主張の条件のもとに同業者を抽出したところ六件の同業者がえられたこと、この同業者を整理したものが別紙4の1ないし3であること、さらに、原告は、昭和五三年分が仕入機、昭和五四年分及び昭和五五年分が織屋とに区別して整理したものが別紙5の1ないし3であること、以上のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

そうすると、同業者平均所得率は、次のとおりになる。

昭和五三年分 三九・四二パーセント

昭和五四年分 四一・一九パーセント

昭和五五年分 四一・五六パーセント

そして、被告の設定した条件には、合理性があるし、原告の営業形態に合わせて、仕入機と織屋とに区分して同業者平均所得率を算出したことにも、合理性があることは、いうまでもない。

(二)  原告は、同業者のうち一般経費率の低い同業者を除外するよう主張している。

しかし、本件では、同業者の平均所得率が適用されるのであって一般経費率が適用されるわけではないから、ここで、一般経費率を問題にする余地がない。そして、別紙5の1ないし3の同業者の所得率を比較したとき、極端な開差がないから、この所得率から平均所得率を算出することには、合理性があるとしなければならない。

(三)  原告は、同業者の売上原価の中に、妻などの青色専従者給与分を加算して所得率を算出するよう主張している。

しかし、被告は、原告の本件係争年分の事業専従者控除額として、妻の労務に対する対価を控除して計算しているのであるから、同業者中妻に関する事業専従者給与を、別紙8の1ないし3のように計上することは、許されない筋合である(原告が引用する当裁判所昭和五九年八月二日の判決の事案は、雇人費率並びに雇人費を特別経費と認めるため、織機一台に一名の従事員が必要であることから、専従者給与額を雇人費と同様に取り扱ったものであって、本件と事案を異にしている。)。もっとも、被告が自認している同業者2、5の妻以外の事業専従者に支払われた給与は、製造業における製造原価に対応する労務費となる余地がある。

ところが、同業者2、5の妻以外の事業専従者は、いずれも、雑用に従事しているにすぎず、織物や仕入機の仕事に直接たづさわっていなかった(当裁判所が真正に作成されたものと認める乙第一〇号証、同第一一号証の一、二によって認める)から、同業者2、5の妻以外の事業専従者に支払われた給与は、製造原価に対応する労務費に算入するわけにはいかないことに帰着する。

なお、同業者には、本件係争年分を通じ、雇人を使用していないため雇人費はない(乙第三号証によって認める。)。

(四)  原告は、同業者の売上金額の合計金額と算出所得金額の合計金額を基本として平均所得率を算出すべきであると主張しているが、ここにいう平均所得率とは、個々の同業者の所得率の平均を意味し、これによって、その業種の平均的な同業者の所得率とするのであるから、被告の算出方法が合理的であり、この方法に原告が主張する統計学上の誤りがあるとするわけにはいかない。

(五)  原告は、船越妙子に加工賃として少くとも毎月七万円あてを支払ったと主張し、原告本人尋問の結果中には、これにそう供述があり、原告は甲第一号証、同第五号証をその証拠として提出している。

しかし、原告は、日計表、出納帳、領収書など原始資料をなんら提出しないから、前掲の各証拠から直ちに原告主張額が支払われたとするわけにはいかない。原告としては、本件係争年分の支出を正確に記載した帳簿書類を提出することが、極めて容易であるのに、それをしないのであるから、その不利益は、原告が甘受すべきである。

3  まとめ

当裁判所は、被告の主位的主張の<2>同業者平均所得率が正当であると認めるから、この同業者平均所得率を適用して<3>算出所得金額を算出すると、被告主張の額になることは、計算上明らかである。

年分 裁判所の認容額 本件処分額

昭和五三年度 二六一万八五一七円 二三六万六六一二円

昭和五四年度 一八七万一七〇二円 一七三万二六二二円

昭和五五年度 一五三万二八六四円 一四六万七八三八円

そうすると、本件処分は、裁判所の認容額(被告の主位的主張額)を下廻るから、本件処分には、原告の所得を過大に認定した違法がないとしなければならないし、これを受けてされた本件賦課決定処分にも、取り消すべき瑕疵がないことになる。

四  むすび

被告のした本件処分には、取り消すべき瑕疵がないから、原告の本件請求を失当として棄却し、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古崎慶長 判事 小田耕治 判事補 長久保尚善)

別紙1 申告・更正等の経過

<省略>

別紙2 本件係争年分の計算明細及び事業所得金額

<省略>

別表3 売上金額内訳明細表

<省略>

別紙4の1 昭和53年分 同業者所得率一覧表

<省略>

(注)<5>所得率は、小数点5位以下を切捨て。

別紙4の2 昭和54年分 同業者所得率一覧表

<省略>

(注)<5>所得率は、小数点5位以下を切捨て。

別紙4の3 昭和55年分 同業者所得率一覧表

<省略>

(注)<5>所得率は、小数点5位以下を切捨て。

別紙5の1 昭和53年分 同業者所得率一覧表(仕入機)

<省略>

(注)<5>所得率は、小数点5位以下を切捨て。

昭和54年分 同業者所得率一覧表(織屋)

<省略>

(注)<5>所得率は、小数点5位以下を切捨て。

昭和55年分 同業者所得率一覧表(織屋)

<省略>

(注)<5>所得率は、小数点5位以下を切捨て。

別紙6 本件係争年分の利子割引料

<省略>

本件係争年分の地代家賃

<省略>

別紙7 本件係争年分の計算明細及び事業所得金額(予備的主張)

<省略>

別紙8の1 昭和53年分 同業者所得率一覧表

<省略>

昭和54年分 同業者所得率一覧表

<省略>

昭和55年分 同業者所得率一覧表

<省略>

(注)<4>については、昭和54年分の額を用いた。

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