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京都地方裁判所 昭和58年(ワ)1925号 判決

原告

渡辺浩三

右訴訟代理人

安保嘉博

被告

岡藤商事株式会社

右代表者

加藤英治

右訴訟代理人

田中成吾

主文

一  被告は、原告に対し、金九一万七五〇〇円及びこれに対する昭和五八年一一月一五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九一万七五〇〇円及びこれに対する昭和五八年一一月一五日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

(一)  被告は、綿花、砂糖、ゴムの販売等を目的とする株式会社で、神戸ゴム取引所の商品取引員であつた。

(二)  原告は、後記取引の当時、奈良県立西の京養護学校教員であり、それまで被告とは一切関係がなく先物取引等の経験がなかつた。

2(ゴム先物取引委任契約の締結に至る経緯)

(一)  訴外団忠弘、及び同谷口憲志(以下、それぞれを、単に、「団」、及び「谷口」という)は、いずれも被告の被用者(団は営業課員、谷口は営業課長)であり、被告の事業の執行として、以下のとおり原告に対する先物取引の勧誘、及び受託を行なつた。

(二)  昭和五七年一一月一〇日、団は、原告の勤務する前記学校に突然電話を入れ、原告に対しはじめてゴム先物取引の勧誘をした。原告はその時、この勧誘を拒絶した。

(三)  同月一三日、団は、連絡なしに同校を訪れ、原告に対し、「ゴム先物取引を今すれば、絶対上がるから、必ず儲かる。」等と勧誘した。原告は再度これを拒絶した。

(四)  その後、団は、同校で勤務中の原告に対し、毎日のように電話をかけて、繰り返し取引を勧誘した。この行為により、勤務に支障を生じたため、原告は、やむなく同月二二日に自宅に来ることを承諾した。

(五)  同月二二日に、団は、原告の自宅を訪問して、「絶対儲かる。」と資料を示しながら取引の勧誘をしたので、ついに原告は、被告に対し、神戸ゴム取引所における先物取引(ただし委託にかかる売買の内容は未定)を同所受託契約準則に従つて委任することを約した(以下「本件契約」という)。

3(取引及び清算の経過)

(一)  その後、同月二二日から二五日にかけ、団は、原告に対し、毎日のように電話をかけ、又は直接原告方を訪問して、執拗に先物取引にかかる証拠金の預託を勧誘した。特に同月二四日、二五日ころには、団及び谷口は、原告方を訪問した上、相場の指標である相対力指数等の説明をして、「九九パーセント値上りする。」「昭和五七年一二月一五日くらいまでは七〇万円儲かる。」と保障し、更に、谷口が「私なら三〇〇から四〇〇万でもいくところだ。」とまで断言して、証拠金の預託をすすめた。

(二)  このような、団及び谷口の勧誘により、原告は、同月二四日、金七〇万円の預託を承諾し、翌二五日に右七〇万円を証拠金として被告に銀行振込みで預託し、その後も団及び谷口の強い勧誘を受けたため、同月二九日、更に金三五万円を同じく振込んで預託した上、同日団に預金通帳と届出印を預けたところ、翌日、団がこれにより金三五万円をひき出したので、原告は即刻これを証拠金として被告に預託した。

(三)  谷口は、一一月二五日以降「今は時期が悪いからもう少し待ちましょう。」と述べて、買付時期を延ばした上、一一月三〇日、神戸ゴム取引所において前場一節でゴム先物一五枚、総価格金一五二一万七五〇〇円、後場三節でゴム先物五枚総価格金五〇五万円の買建玉をした。

(四)  右買建玉のうち、前場取引の一五枚分については、その買付後の同日朝、谷口が原告に対し、注文したと報告したのに対し、原告は、事後承諾をしただけで、全く自分で買付けの判断をしたことはなく、また、後場取引の五枚分についても、同日被告から職員会議の時間中に何度も電話をかけてくるので、原告は冷静な判断をする暇もなく買付注文したものである。

(五)  その後、右取引はゴム相場の値下りにより一二月六日手仕舞されて、同日五枚の売建がされ、これも同月九日手仕舞されて、その決済後、被告は、原告に対し、預託金一四〇万円中、差損金と手数料をさし引いた金五八万二五〇〇円のみを返還し、その余の支払いに応じなかつた。(以上の一連の契約及び取引を、「本件取引」と略記する)

4(被用者の不法行為に対する使用者責任)

(一)  本件取引は、団及び谷口が、原告に対し、利益を生ずることが確実であると誤解されるべき断定的判断を提供し、或いは利益を保証してその委託を勧誘した結果なされたものであり、商品取引所法第九四条一及び二号、神戸ゴム取引所受託契約準則第一七条一及び二号に違反する。

(二)  団及び谷口は売買を行なう日、場、節、委託注文の有効期限等について原告の指示を受けないで先物取引の委託を受けており、これは神戸ゴム取引所受託契約準則第一八条一項、第三条に違反する。

(三)  団及び谷口は、買付をなすにあたり相対力指数なるものを盲信し、これが三〇を割れば必ず値は上昇するものと思い込み、昭和五七年一一月三〇日、原告の名で神戸ゴム取引所でゴム二〇枚の買付注文をしたが、団及び谷口の予想に反して、その後値下りを続け、原告に多大な損害を被らせたものであるから、この点においても、団及び谷口の行為は、善管注意義務に違反しており、違法である。

(四)  以上のとおり、団及び谷口の右一連の行為は、商品取引員の被用者に課せられた義務を著しく怠つたもので、明らかに違法であり、不法行為を構成する。その結果、本件取引は公序良俗に反し無効であるが、右取引の有効、無効に関わりなく、右不法行為は成立するものである。右両名の右行為は、被告の事業の執行につきなされたものであるから、被告は、原告に対し、民法第七一五条に基づき、これにより原告のこうむつた損害を賠償する責任を負う。

5(損害)

(一)  原告は、被告に預託済の証拠金一四〇万円のうち、前記返還金五八万二五〇〇円を控除した金八一万七五〇〇円の返還を受けられず、これと同額の損害をこうむつた。

(二)  そのため原告は、本件訴訟追行を弁護士安保嘉博に弁護費用金一〇万円で委任し、同額の損害をこうむつた。

6(結び)

よつて、原告は、被告に対し、右損害金合計金九一万七五〇〇円、及びこれに対する前記不法行為ののちの本訴状送達日の翌日の昭和五八年一一月一五日から支払済に至るまでの年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因第1項(一)の事実、及び同項(二)のうち、原告がその主張の学校の教員であつた事実、本件取引まで被告と関係がなかつた事実は認める。

(二)  同項(二)中のその余の事実は不知。

2(一)  同第2項中、団及び谷口が被告の被用者(団が営業課員、谷口が同課長)である事実、右両名が被告の事業の執行として本件取引の勧誘及び受託を行なつた事実、団が昭和五七年一一月一〇日、同月一三日及び二二日それぞれ前記学校に電話をし、或いは同校又は原告方を訪れて、ゴム先物取引の勧誘をした事実、その結果同月二二日原告から団に対し神戸ゴム取引所におけるゴム先物取引を同所受託契約準則に従つて被告に委任する旨の意思表示のあつた事実を認める。

(二)  同項中のその余の事実は否認する。

3(一)  同第3項中、団が同月二五日に原告方を訪れ、証拠金の預託を勧誘した事実、その結果、原告が被告に対し、同月二五日、二九日、及び三〇日に、それぞれ、金七〇万円、金三五万円、及び金三五万円を委託証拠金として預託した事実、被告が、同月三〇日、神戸ゴム取引所において原告の名でゴム先物二〇枚の買建玉をした事実、右買建玉は同年一二月六日に手仕舞されて同日五枚の売建がされ、これも同月九日手仕舞されて、その決済後被告が原告に対し金五八万二五〇〇円を返還した事実は認める。

(二)  同項中のその余の事実は否認する。

4  請求原因第4項は争う。

5  請求原因第5項の事実は否認する。

6(一)  請求原因第6項は争う。

(二)(1)  団及び谷口は、原告主張のごとく、「絶対儲かる。」等の断定的判断を提供し、或いは、昭和五七年一二月一五日までに金七〇万円の利益をあげることを保証して本件取引を勧誘したことはない。すなわち、団が勧誘を行なつた当時、原告は相場のリスクがあることは十分熟知していたが、団は、更に先物取引は株式の実物売買と異なり、清算取引であるため損勘定も生ずることがあること、神戸ゴムのこれまでの相場の動き、更に相場値をグラフにした罫線を呈示し、且つ相場が思惑より逆に行つた場合、委託注文した時の値と、ある時点での相場値で仮の計算をして損害勘定が預託された証拠金の半額以上となれば追加証拠金が必要であること、追加証拠金を請求された場合のとるべき措置について説明していた。従つて、原告が団及び谷口の勧誘により取引するに至つたときには、原告は、損する場合も十分あり得るとの覚悟の下に証拠金を預託したものである。その際、団及び谷口は、資料を示して、これまでの相場値からして値上りするであろうとの予測を伝えたことはあるが、ゴム相場が確実に上るとの断定的な説明はしておらず、上る確率が非常に高くなつていると説明したにすぎない。

(2)  団及び谷口が、売買についての原告の指示を受けないで商品取引の委託を受けたとの原告の主張は事実に反する。昭和五七年一一月三〇日ないしその前日に谷口は、原告から、一一月三〇日神戸ゴム取引所において限月昭和五八年四月のゴム先物二〇枚を相場価格で買建るよう指示を受け、同日右指示に従つて買建をしたにすぎない。

(3)  団及び谷口が買建を行なうにあたり善管注意義務に違反した事実はない。原告の主張は、相場の成行を一〇〇パーセント予測せよという全くの不可能な事柄を善管義務とするもので、失当である。相対力指数は予測の確率を高めるために、その判断の一資料としたにすぎない。

第三  証拠<省略>

理由

一被告がゴム等の売買等を目的とする株式会社で、公設の神戸ゴム取引所の商品取引員であること、原告が昭和五七年一一月ころ奈良県立西の京養護学校の教員であつて、それまで被告と関係がなかつたこと、団と谷口が、いずれも被告の被用者(団は営業課員、谷口は営業課長)で、被告の事業の執行として、原告に対しゴムの先物取引の勧誘及び受託を行なつたこと、団が同月一〇日、一三日、二二日に、原告の勤務する前記学校及び自宅に電話したり赴いたりして、ゴムの先物取引の勧誘をし、その結果、原告が同月二二日に団との間で、神戸ゴム取引所におけるゴムの先物取引を被告に委任する旨の契約(本件契約)を締結したこと、その後原告が、団の勧誘により同月二五日に金七〇万円、二九日と三〇日に各金三五万円の合計金一四〇万円を先物取引の委託証拠金として被告に預託したこと、被告が同月三〇日に神戸ゴム取引所において原告の名でゴムの先物二〇枚の買建をしたこと、右買付が同年一二月六日に手仕舞され、同日五枚の売建がされたが、これも同月九日には手仕舞され、右取引後、委託証拠金一四〇万円は、差損金と手数料を控除された上、金五八万二五〇〇円が原告に返還されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、団及び谷口の不法行為の成否につき判断する。

1  ところで、商品取引所における本件取引の如き、商品の先物取引は、少額の証拠金で差金決済により多額の取引ができる極めて投機性の高い行為であつて、取引額が多額にのぼるため僅かな単価の変動により莫大な(しばしば証拠金を上まわる)差損金を生ずる危険があることは公知の事実であるから、商品取引員ないしその被用者において、先物売買取引の委託を受けるにあたつては、委託者の経歴、能力、先物取引の知識経験の有無、委託にかかる売買の対象、数額、価格変動の特性等、並びに委託に至つた事情等を考慮して、委託者に右危険の有無、程度につき判断を誤らせないよう配慮すべきものであり(このことは、商品取引法、及び同準則の趣旨に照し、また信義則上からも要請せられるところである)右商品取引員ないしその被用者において、委託者に対し、同人が右危険の有無、程度につき重要な判断を行なうことを著しく困難とする程度の態様方法により、右取引の勧誘を行なつた場合には、その行為は、不法行為としての違法性を帯び、不法行為を構成するに至ると解するを相当とする。

2  そこで、右の見地に立脚して本件を見るに、前記当事者間に争いのない事実、<証拠>を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は広島大学理学部を卒業後高校教員となり、後記本件取引当時奈良県立西の京養護学校において教育にたずさわつていた者であつて、従前までに先物取引或いは株式相場での売買などの経験も知識も有さず、また関心も有していなかつた。

(二)  被告は先物取引の勧誘と受託を行なうに際し、その従業員が顧客獲得のために、大学の卒業生名簿等を利用し資力をもつと見当をつけた相手に対し、まず電話をもつて勧誘し、一定の感触をえた相手方に電話で或いは直接出かけて強力な勧誘を繰り返すという方法をとることがあつた。

(三)  昭和五七年一一月一〇日ころ、被告の営業課員であつた団は、原告の勤務する前記学校に電話をかけ、それまで面識等のなかつた原告に対し、ゴム先物取引の勧誘を開始した。右勧誘に至つた理由は、団が原告についての広島大学卒業生名簿の記載から原告が三〇歳過ぎて資力があると考えたことが主な理由であり、それまで原告が先物取引等の経験があつたり、或いはこれに興味を有していた等の事情によるものではなかった。

(四)  同月一三日、団は、連絡なしに前記学校を訪れ、原告に対し、「長期上げ相場」と題する書面(甲第三号証)等を示し(同文書には、被告会社営業部長名で、「商品取引は損と儲けが生ずる世界です。それでもなお損することを忘れて儲かることのみ考えてみたくなる絶好のチャンスが一〇年に一度くらいあるものです。」との記載、及び昭和四九年から同五七年一〇月ころまでのゴム相場の値動きを罫線により示したグラフが記入されており、そのグラフには、「57.9.3 二〇二・九円」「54.3.8 二二四・九円」「51.1.22 二〇六・三円」の各ポイントからいずれも280〜300円程度の高いポイントを結ぶ右上がりの三本の赤斜線の記入があつた)、「今ぐんと投資したら儲かる。またとない機会だからどうですか。」「今がどんどん上へ上がつているので、絶対にこれは上がりますよ。」などと、神戸ゴム取引所の過去の相場が、昭和五一年一月から六月にかけて、ないし昭和五四年三月から、六月にかけていずれも八〇円前後の急伸を見せたのと同様の相場の上昇期に入ろうとしており、一〇年に一度というような特別の機会にあると被告が予測していること、従つて、今ゴムの買付をすれば、確実に利益が上がること、普通は証拠金として三五万円程度を預託すること等を述べて、原告を勧誘した。しかし、この当時、原告は、先物取引についての知識がなく、関心もうすかつたので、団の説明の適否も判断できなかつた上、団のいう出資金額が大きかつたこともあつてこの勧誘に応じなかつた。

(五)  しかし、団は、原告の右拒絶後も勧誘を続け、毎日のように前記学校で勤務中の原告に電話をかけ、授業中の原告に対し「絶対上がります。」「新聞見ましたか。予想したようにいつておるでしょう。」などと執拗に勧誘を繰り返した。原告は、団からのたび重なる電話で授業が中断されることに困惑し、ついに同月二二日に原告方で団から説明を聞くことを了承した。

(六)  同月二二日の夜、団は、原告方において、一三日と同様、前記文書(甲第三号証)等のグラフを示し、更に最近一〇日間の神戸ゴム取引所の値動きの数字をあげ、先の会社の予測が、その値動きから裏付けられた旨説明し、「絶対に間違いなく、これは上がります。」「会社の予測は正しかつた。」などと確実に利益が上がる旨の説明に終始した。この際当時の相場が上昇期に入ろうとしていることの根拠について、団は、主に当時の罫線のグラフ形が昭和五一年ないし同五四年当時のそれと相似していることを基礎として説明したにすぎなかつたが原告は将に被告の予測の正しいことが最近の相場の値動きから客観的に裏付けられているものと受取り、当初の懐疑的な態度をかえ、確実に利益があがるかもしれないと考えるようになつた。そこで、団は、更に神戸ゴム取引所受託契約準則に則り売買取引の委託をすることの承諾書(乙第一号証の一)を示し、「契約したからと言つて、すぐお金を払うのではない。」と申し向けて原告を安心させ、同書面並びに受託契約準則第二条第一項の規定による通知書(乙第一号証の二)等に署名押印させて本件契約を締結した。その当時、右乙第一号証の一に印紙は貼用されておらず割印も押印されていなかつたがそのこともあつて原告は右書面が危険性の高い先物取引の委託に関するものであることに十分注意を払つていなかつた。なお、この時点では、委託にかかる売買の内容については買建をすることは決まつていたものの、それ以外の限月、枚数、買付の期日等は未定であつた。

(七)  この時、団は、先物取引及びその委託を解説したパンフレット(乙第四号証の一及び二)を原告に交付し、これらの文書により先物取引の仕組みの外、建玉、各種証拠金、手数料についても解説し「損をすることもある。」旨述べたが、これらの説明に費やされた時間は極めて短時間で、内容も一般的ケースについての説明としてなされたものであり、原告のなす予定の買付注文については、前記のとおり確実に利益が上がるという説明に終始したため、原告は、相場の下落により差損金が発生し、委託証拠金を失う可能性があることをいささかも危惧していなかつた。

(八)  その後も、団は、電話により繰り返し委託証拠金の預託を要請した。原告は、これら一連の勧誘行為から先物取引により確実に利益が得られるものと考えるに至り、実際に神戸ゴム取引所で先物の買建をすることを決意し、委託証拠金として三五万円までなら預託してもよいと考え、同月二四日朝、団からの電話に対し右旨を伝えたところ、同日夜、再度団が、原告方を訪れ原告に対し、委託証拠金として預託する額を三五万円から七〇万円に増額するよう説得した。その際、団は、原告に対し、一一月二四日付のチャートの動きと題する書面(甲第四号証の一)を示し、その神戸ゴム先物の相対力指数欄に二一・九と記入され、三〇を割つていることを指摘し、「過去一〇年間のデーターから見て、これが三〇以下に下がつたことはまずないので絶対上がります。絶対大丈夫ですよ。」などと述べた。当時、団は、被告から、相対力指数なるチャート分析の指標について、その内容、根拠、いかなる限度で指標として役立つものかについて教育を受けていた訳ではなく、その知識を欠いており、ただ被告においては、右指数が三〇以下になれば相場が値上がりするとして、顧客を説得することにしていたためこれに従つたにすぎないものである。団の右説明は、当時の神戸ゴム取引所の相場が相対力指数三〇以下であつたにもかかわらず、なお値下りを続けていた事実からすれば必ずしも十分に客観的根拠を有しているわけではなかつた。しかし、原告は、右説明により被告の予測には、右指数による客観的裏付けがあるものと信ずるに至り、当初予定の金三五万円の外、更に金三五万円を追加して預託することを承諾した。原告は、右合計金七〇万円を同月二五日銀行振込みで被告に預託した。

(九)  同日夜、団及びその上司である谷口が、再度原告方を訪れ、更に金七〇万円の委託証拠金を預託するよう二時間半あまり説得を行なつた。原告は、貯金が底をつくなどの危惧を感じ、これに難色を示していたが、団及び谷口は、一一月二五日のチャートの動きと題する書面(甲第四号証の二)を示し、相対力指数が前日から更に下がり二〇・七になつていることを指摘して、「ここまで下がるのはめつたにないからチャンスですよ。」「一二月半ばまでに少なくとも七〇万円くらい儲かる。」などと相場の値下りが原告の買建にはむしろ有利な事情であり証拠金の追加分程度の利益が一月足らずの間にあがる旨具体的に数字をあげて説明した。

(一〇)  当時輪入商品であるゴムの相場はすでに昭和五七年一〇月から為替相場の円高をうけて下落中であつた。しかし、谷口は、原告にそのことを秘した上、相場の値下りを被告に都合のよいように相対力指数に関連付けて右説明をしたものである。更に谷口が、「自分なら三〇〇万円から四〇〇万円は買う。」とまで断言したため、原告は金七〇万円の追加出費をしても一月たらずで回収できるだろうと考えるに至り、ボーナスをつかつて都合をつける予定で結局右金七〇万円の預託を承諾した。

(一一)  その後同月二九日の夜、団が原告方を訪れた際、団と原告との間で「今週中くらいがそろそろ買い時ですよ。」「買つて下さい。」とのやりとりをした上、更に金七〇万円の証拠金の追加を求め、同日三五万円を受取つたうえ、原告から同人の妻名義の預金通帳を受取り、翌日これを解約し、証拠金の三五万円に充てた。なお二九日には、原告は谷口に買付を依頼したが、限月、指値成行の別等の話は出ておらず、原告としては実際の買付けにあたつて再度連絡があると考えていた。

(一二)  以上の取引の勧誘の一連の過程を通じ団及び谷口は、原告が先物取引の知識経験を欠く者であることを知悉するに至つたが、それでももつぱら相対力指数と前記甲第三号証の一の罫線資料を示して、原告を勧誘したものであり、ゴムの在庫量について概括的な説明をした外は、ゴム先物の相場形成に関係する客観的事情についてはほとんど説明をしなかつた。

(一三)  同月三〇日の朝、谷口は、原告に対し、電話で、同日朝神戸ゴム取引所において二五日の七〇万円と二九日の三五万円の証拠金をもとにゴム先物一五枚を買付けた旨の報告をした。原告は買付けにあたつては相談があるものと考えてはいたが、被告を全く、信用しており、同社がタイミングのよいところで買つてくれたものと考え、この報告を了承した。

(一四)  その後同年一二月三日の夜、谷口は、原告方を訪れ、原告に対し、相場が下落を続けており差損金が発生していること、及びこのままでは委託証拠金が不足するとの見透しを告げ、追加証拠金を出すか、両建にして損害を固定化するか、買建を手仕舞して売建にまわるかしてくれと要請した。原告はここで初めて値下りによる差損金のため、わずか一週間程の間に金一四〇万円の預託金が半分程度に減つていることを知り、大いに驚いたが、専門的知識に欠けるためどうすべきか決定できず、これを放置しておいた。右買建は同月六日に被告からの要請により手仕舞されたが同日、谷口は、更に値が下るとの見透しのもとに、今度は原告に売建をすることを提案し、原告の同意のもとに五枚を売付け、同月九日手仕舞して金八万二五〇〇円の差益金を取得した。右一連の取引の後、被告は取引を清算し、預託金一四〇万円のうち金八一万七五〇〇円について差損金及び手数料名目でこれを原告に返還しなかつた。

3  以上の事実が認められる(但し、前記一において判示の点は当事者間に争いがない)。証人団及び同谷口は、同人らが、原告に対し、追加証拠金の解説をした際、先物取引が投機であつて危険を伴うことを「投機ですから五分五分だ。」「勝つこともあれば負けることもある。」などと述べて、右危険を十分説明したなど右認定に反する供述をしている。しかし、右両証人の右各供述部分は、前掲他の証拠に照し、措信できない。なお、甲第三号証には「商品取引は損と儲けが必ず生ずる世界です。」乙第四号証の一には、「商品取引は投機です。」との記載があることが認められるが、甲第三号証は全体として損害が発生しないことを強調した書面であること、また乙第四号証の一の書面も、原告本人尋問の結果によれば投機一般の説明として交付されたものと認められるから、いずれも前記認定の妨げとなるものではない。他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

4 前記2においての認定の、被告の営業課長の谷口、及び同課員の団の本件取引に関する一連の行為を総合してみれば原告は商品の先物取引の経験もさしたる関心もなかつたのに、団及び谷口は、原告の右知識経験の欠落につけ込んで執拗な勧誘を繰り返した上、相場変動に関係する円相場などの重要な客観的事情については故意に不十分な説明しかしない一方で、必ずしも相場の実勢を反映せず、素人には著しく誤解を招きやすい相対力指数等の資料等を示し、相場が特別の上昇期にあるとの誤まつた情報を提供して、原告が先物取引の重要な事項(危険の有無、その程度等)につき判断を行なうのを著しく困難ならしめたものであり、その状況を利用して、強引に、原告に、本件取引をさせて、証拠金を金三五万円から金一四〇万円へと急拡大させて、多大の損失を与えたものであるから、団及び谷口の右行為は、前記1に説示の不法行為の成立要件としての違法性を有し、原告に対する不法行為が成立するものといわなければならない。

5  被告は、本件買付の受託にあたつては原告の指示に従つて買建をしたにすぎない旨主張するが、前記認定の事実の下では、仮に被告の右主張にそう事実が認められたとしても、原告の指示なるものは、谷口及び団の前記違法な勧誘行為によりなされたものであることが優に推認できるから、同人らの右不法行為の成立の認定を左右するものではない。

三そこで、団及び谷口の右不法行為によつて原告がこうむつた損害を検討するに、原告は被告に金一四〇万円の委託証拠金を預託したところ、被告は原告に対し本件取引による差損金及び委託手数料の合計として金八一万七五〇〇円の返還をなしていないことは当事者間に争いがないから、原告は右金員の損害を受けたことが認められる。また、弁論の全趣旨によれば、原告は被告が右金員の返還に応じないため、巳むなく本件訴訟の提起を弁護士安保嘉博に依頼し、報酬として金一〇万円を支払つたことが認められるが、右金員も、団及び谷口の前記不法行為と相当因果関係のある損害であることが認められる。

四団及び谷口の前記判示の原告に対する勧誘及び受託行為が被告の事業の執行としてなされたものであることは当事者間に争いがないから、右両名の右不法行為は被告の事業につきなされたものであるというべきである。そうすると、被告は、民法第七一五条により、原告に対し、右合計九一万七五〇〇円の損害賠償義務を負うものといわなければならない。

五原告は、右金員についての遅延損害金として、完済まで年六分の割合による金員の支払を求めるけれども、本件不法行為による損害賠償債務は民事上の債務であつて、商法を適用すべき理由はないから、民法第四一九条、第四〇四条により、その遅延損害金の利率は年五分である。

六よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、右損害金九一万七五〇〇円及びこれに対する前記不法行為ののちの本件記録上明らかな本件訴状送達日の翌日の昭和五八年一一月一五日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、この部分を認容して、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但し書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(山﨑末記 杉本順市 玉越義雄)

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